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第二部 第三章
使いみち
帰り道は長い影と連れ立って歩くことになった。冷たい風を振り切るように早足で歩く。すでに空のあちこちで星が瞬き始めていた。
うかうかしていると、夜の帳に閉じ込められてしまう。自然とさらに早足になった。
「うーむ、お給金を貰ってしまったのじゃ」
手のひらに銀貨を載せている。その銀貨を見下ろしながら目を細めた。ここ一週間、子どもたちの面倒を見ながら糸を紡いだということで、村長から給料を貰った。給金を貰うほど大変なことをした覚えはなかったので、断ろうとしたのだが、村長に言葉巧みに言いくるめられて結局貰うことになった。
なんでも、いつもは怪獣のようにうるさい子どもたちだが、自分がいるとみんな大人しくて良い子にしているとかで、お母さんがたに実に好評だったらしい。そんな特別なことをした覚えはないのだが、何やら高く評価されていたらしい。
糸紡ぎに関してはまだまだ未熟で遅いので、給金を貰うほどの水準には達していないと思う。しかし、それでも仕事は仕事ということでお金を貰うことになった。
「妾も成長したものなのじゃ」
何もできない小娘だったが、ついに仕事を任されて給料を貰うことになった。もちろん、まだまだ至らないのは確かだ。一週間働いてこの額では自分の生活を支えることもできないだろう。
それでも自分がこの村で、この村の娘として働いてお金を貰えたのは嬉しい。
「せっかく貰ったお金ではあるが、さてどうしたものか」
初めて貰った給料だが、何に使うべきかはわからなかった。別に使わずに貯めておいてもいいのだが、ここは使い切ってしまいたかった。
「そうじゃ、日頃お世話になっておるアデルにお酒を買うのもよいかもしれん。アデルのことじゃ、泣いて喜ぶに違いないのじゃ」
立派に成長した自分に対してアデルはきっと喜んでくれるだろう。しかし、アデルのことだからせっかくのお給料は自分のために使えと言うかもしれない。
「ふーむ、そうじゃ。今度、エルナが我が家に来た時のためにもてなしのお菓子でも買うかのう」
今度、エルナとカールを家に呼ぶことにしている。その時、都会で流行している飲み物、つまりカフェをご馳走するつもりでいた。そのお供に何かお菓子があればエルナもカールも喜ぶに違いない。
「いや、しかしエルナのような金持ちはお菓子など食べ慣れておるはず。妾のこのお金でせっかくお菓子を買っても、エルナはこんなもの食べ慣れてますわ、とか言いかねんのじゃ」
そう考えると、お金持ちの娘をもてなすのは大変なことのような気がしてきた。
「どうしたものか……」
そんなことを考えながら家路を急いだ。
「おおソフィよ! なんと成長したことか。わしは嬉しい」
アデルは目頭を指で押さえ、大きな肩を小さく震わせた。右手に持ったスプーンもカタカタと揺れている。
家に帰って早速夕食となった。その席で、村長から給料を貰ったこと、その給料でお世話になっているアデルに何か買うか、エルナのもてなしのためにお菓子でも買おうか迷っていると告げると、アデルは感極まったらしく目頭を押さえたまま首を振った。
「ソフィ、わしはソフィがそう思ってくれただけで十分に嬉しい。わしのことは気にせず、お友達のために使うとよい」
「ではそうするのじゃ」
「うむ。しかしソフィも成長したものじゃ。そうか、子どもたちの面倒を見て、糸を紡いで、働いてお金を貰うとは。うむ、実に素晴らしい。さすがソフィじゃ」
「そんなに大したことではないのじゃ」
アデルは感動したらしく何度も頷いているが、子どもの面倒を見るのも糸を紡ぐのもとりたてて難しいことではない。農作業に比べればまったく力を使わないし、頭を使うわけでもない。
子どもたちの面倒を見るといっても、子どもたちにお話をしたり遊び相手になるだけで、これも別に辛いことでもなんでもなかった。
それでお金が貰えるというのが不思議なくらいだった。
リディアは黙って話を聞いていたが、ここで口を挟んできた。
「それでソフィ、そのエルナっていう子が来るの?」
「うむ、今度カールと一緒に町に迎えに行って、それで家に連れてくるつもりなのじゃ」
「ふーん。じゃあ家の中掃除しなくっちゃ」
「わかっておる。しかし、どうせボロい家なのじゃ、あまり気合を入れて掃除をしても意味もなかろう」
それに、この家の中はアデルが普段掃除しているのでこれといって汚いわけでもない。
アデルが神妙な顔で頷く。
「貧しくとも心は錦のつもりでおるが、さすがにお金持ちの子から見れば我が家はボロっちいでのう。ソフィよ、すまん。わしが金持ちであれば、お友達に自慢できたものを」
「別に自慢などするつもりはないのじゃ」
「そうか……、うむ、まぁボロいものは仕方がない。しかしそれでもそのお友達を精一杯もてなせば、きっとその子も喜んでくれるじゃろう。その日はわしも立派な格好をして挨拶をするでな」
「ああそうじゃ、言うのを忘れておった。その日はアデルよ、外に出ておるのじゃ」
そう言うとアデルは体をひねって大げさに仰け反った。その衝撃から立ち直るようにテーブルへ身を乗り出す。
「な、なぜじゃ?! 別にずっとおるわけではないぞ! ただ、ソフィの友達であればわしも家主として一言挨拶をしてじゃな、ソフィをよろしくと伝えるだけじゃ!」
「それがいらんと言っておるのじゃ! 恥ずかしい!」
「何が恥ずかしいんじゃ! わしは別に恥ずかしい存在ではないぞ! かっこよくて力持ちの自慢のお兄さんではないか!」
アデルは眉を上げてさらに身を乗り出してきた。こちらもテーブルに身を乗り出す。
「別に妾はアデルによろしくされねばならんような女ではないのじゃ!」
「これこれ、そうムキにならんでもよかろう。ちなみにわしの筋肉はムッキムキじゃ」
「うむ、アデルよ、帰ってよいぞ」
「ここわしの家ーー!」
その後も悶着はあったが、アデルには外に出ていてもらうことで合意した。女友達を招待するのに、アデルのような大人に挨拶をさせたのでは、自分がまるで頼りない子どものように見られてしまう可能性がある。
それを避けるためにはアデルには外出していてもらう必要があった。
とはいえ、アデルにはダメ人間になってもらって、自分のように可愛くて素敵な娘が面倒を見ているという設定ならエルナに見せてやってもよかったかもしれない。しかしアデルは小綺麗な格好をしていかにも立派そうに見せかけてエルナに接するつもりのようだ。
そんな大人がいたら、自分は庇護されているだけの小娘だとエルナに思われてしまう。
食事も終わろうかという頃になって、リディアが胸を張った。
「仕方ないわね、じゃああたしがエルナちゃんに挨拶しておくわ」
「リディアとシシィにも外に出ていてもらうのじゃ」
「なんでよ。ソフィの姉として挨拶するくらいいいじゃない。こんな綺麗なお姉さんがいるなんて、ソフィちゃん素敵、って思われるわよ」
「いや、エルナは都会でルイゼ姫の凱旋を見たことがあると言っておったのじゃ。もしかしたらリディアの顔を見たこともあるかもしれん」
「凱旋? いつのことよ」
「いつのものかは知らん。しかし、いずれにしてもエルナがリディアを見ておったとすれば大変なのじゃ」
「凱旋なのかしら……、確かに騎士団でなんか沢山の人がいるところを何回か通ったことあるけど」
どうやらそういうことは度々あったようで、リディアにとってはエルナが見たであろう凱旋がどれなのかはわからないようだった。
普通の人はそんな大舞台に立つことさえ無いはずだ。一方、リディアは数えなければならないほどそういう経験を積んでいる。改めて考えると物凄いことだ。
少しばかり感心していると、今度はシシィが声を上げた。
「わたしは参加していないから大丈夫。わたしがソフィの姉としてそのエルナという子にしっかり挨拶をする」
この家で一番大きな胸の持ち主が少し誇らしげに胸を張った。普通の人なら騎士団の一員として都会の大通りを凱旋することに価値を見出すだろう。そんな機会に恵まれれば、喜んで参加するはずだ。
しかしシシィにとってはそれらは煩わしいものでしかなかったのだろう。どうやらまったく参加していなかったらしい。
「いやシシィにも出ていってもらうのじゃ」
「なぜ……」
「何故も何も、そもそもシシィはエルナに会っても仕方がないではないか。それに、初対面の女の子に会って上手くやりとりした経験などシシィには無さそうなのじゃ」
「……そう言われてみると、そうかもしれない」
「それに、関係を説明するのも大変なのじゃ」
シシィと自分の容姿はまったく似ていない。姉だと言って登場しても、血の繋がりは無いし、かといってどういう間柄なのかを説明するのは厄介だ。
出会いや出自については秘しておいたほうが良いことのほうが多い。変なことを口走ってボロを出せば、怪しまれるだけだろう。
シシィはそのあたりを上手く誤魔化せるほど女の子との対話が上手いとは思えなかった。
「とにかく、その日はみんなには出ていってもらうのじゃ。妾は一人でしっかりとエルナをもてなすのじゃ」
そう言い切ると、三人は曖昧にうなずいた。
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