名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第二章

語る

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 薄暗い蔵の中で、アデルは腕を振り上げた。ぐっと拳を握り、感極まったように目を閉じる。
「ではアデル兄さんによる、魔王とわしの出会いについて語ろうか。わしも随分と眠いが頑張るでな、しばらく付き合ってもらおう」
 アデルは魔法使いの顔を見下ろして、にかっと笑みを浮かべた。

「さて、これよりご清聴いただきますのは、一介の農民に過ぎぬわしと、魔王たるソフィとの出会いについてじゃな。まずはわしについて話しておこう。わしはちょっとした事情があって、魔物討伐軍とかいう軍に無理矢理徴発されておってのう。そこで魔物との戦いに付き合わされておった」
「その軍については、聞いたことがある」
「お? そうか、色々と話題になったようじゃからのう。ならばその終わりも知っておるじゃろ、魔物の軍勢によって全滅させられた。わしはなんとか生き残ることが出来たが、多くのものが死んだ」

 アデルは胸を押さえながら声を滲ませた。
「おのれ魔物め、魔王め、わしはわしの仲間を奪った奴を許せん。そう思ってな、わしは一人で魔王を退治することにした」
「……」
「色々とあちこち巡ってじゃな、わしは魔物が大量に出る森をなんとかつききって、妙な神殿のある場所へと辿り着いた。こんなにでっかかったぞ」

 アデルは神殿の大きさを示すかのように、両手をばっと広げて屋根の形を描くかのように手を動かした。

「まぁさすがにわしが魔王に勝てるとは思っておらんかったがな。しかしまぁ、魔王の牛頭くらい見て、文句のひとつでも言って死んでやろうと思っておった。そしたら、あの子が出てきた。自分のことを魔王などと言っておる。まさかと思ったが、確かにとんでもない攻撃魔法を放ってきてのう……。さすがに死ぬかと思ったが、なんとか逃げることに成功したのよ。そりゃもう逃げる時のわしの姿なんかこう、ひえぇぇ、お助けぇぇとばかりに情けないものでのう」

 アデルは走る真似をしながら、時々後ろを振り返って何かを確認するような仕草を見せた。ランタンの淡い光の中で、アデルの影が蔵の壁に大きく描き出される。その影は壁というキャンバス一杯に広がってせわしなく動いた。

「なんとか森の中に逃げ込むことに成功してじゃな、わしは魔王をやり過ごすことに成功したのよ。そんでじゃな、わしはもう一度神殿のあるところまで戻って、そんであの子が寝起きしてる建物に忍び込んだのよ。抜き足差し足でこう」

 そろりそろりと歩く真似をして、アデルは扉を開ける振りをした。

「で、ちょっと扉を開けてみればじゃな、あの子がすやすやと眠っておる。なんと、魔王というものは眠るものであったのかとわしは驚いた。驚くと同時に、これは好機じゃと思った。なにせ、普通に戦ってもじゃな、防御魔法とかいうもので攻撃が弾かれてしまった。しかし、寝ているところであればさすがにそうはいかんはず。わしは持っておった武器、フレイルという棹を強く握り締めた」

 アデルは蔵の端まで行って、そこに立て掛けておいたフレイルを手にとった。

「フレイルというのはこれのことじゃな、麦を脱穀する時に使うもので、本来は武器などではないのじゃが、この連接棍は意外に強力でのう」

 手に持ったフレイルをじゃらじゃらと鳴らしながら、アデルはそれを魔法使いに見えるよう高く掲げた。

「これを思い切り振り下ろせば、あの子の頭くらいは砕くことが出来る。そして、わしはその機会を得た。邪悪な魔王、わしの仲間を殺した魔王、その魔王を今、わしは殺すことが出来る」

 フレイルを見せ終わって、アデルはそれを蔵の端に戻した。倒れないようにそっと立て掛けて、もう一度魔法使いの前に戻る。
 ランタンの淡い光に照らされたその顔は、こちらの話に興味を示しているのかどうかわからないほどに動きが無い。
 瞳にさえ、興味の色が灯っているとは言いがたかった。

「ありゃ? もしかして実はそんなに興味が無いのか?」
 魔法使いが首を振った。
「興味深い。続けてほしい」
「本当かのう。まぁ、気になったことがあったらその時に尋ねてくれ。では続けるぞ、ええと、こう、眠ってるソフィを前にして、わしはフレイルを強く握り締めた。これを振り下ろせば魔王を殺せる」
「……」
「しかし、わしには出来なかった。こんな小さな女の子を殺すことなど、わしには出来なかった」
「不合理、その時に始末しておけばよかった」
「そう思うのも無理はない。わしだって、自分が馬鹿なことをやっておると気づいておったよ。で、じゃな、翌朝、わしはソフィと再び戦うことになった。杖を取り上げておったのじゃが、それが無いと魔法が使えぬと言うでな、返してやった」
「ありえない」
「ふむ、馬鹿だと思うであろう? その気持ちはわかる。ま、向こうが本気ならばこっちももう容赦はせん、勝てるわけもないが、まぁその時はその時よ。そうしたらじゃな、ソフィの奴がとんでもない魔法を使いおってのう……」

 アデルは顎をさすりながら視線を天井に向けた。梁を眺めながら、アデルは何度か瞬きをする。

「ソフィがその時に使った魔法はじゃな、流星落としとかいうものらしく、隕石を落とす魔法じゃったのよ。隕石というのは知っておるか? 空よりずっと高いところから落ちてくる石のことでな、流れ星じゃな。普通は地上に辿り着く前に消えてしまうが、稀に地上まで落ちてくることがある」
「……続けて」
「ふむ、そんでじゃな、その隕石というのがとんでもなく巨大だという。その隕石が落ちれば、辺り一帯はもう大砲を何千何万と撃ち込んだ跡のようにボロボロになるであろうという代物であった。さすが魔王、とんでもない魔法を使うものじゃな。しかし、そこでわしはひとつ気になった。その魔法でわしが死ぬだけならともかく、そっちは一体どうするんじゃ、とな。そんな隕石がわしの上に落ちてくるという、そしてその隕石は周囲を巻き込んで物凄いことになるという。そしたらソフィの奴、そんなことまったく考えておらんかったのよ。驚きじゃろ?」
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