名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第二章

勇者、女の子みたいな男の子と出会う

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 リディアがシシィを揺り起こした。シシィが起きてからもひと悶着あったが、どうにかシシィを宥めることができた。自分が眠ってしまっていたことを恥じているようで、帽子を目深に被って自分の顔を隠している。
 その後で、アデルはリディアに伝えたことをシシィにも伝えた。今は勇者や魔王といったそういうことは他の誰にも喋らないこと、リディアはこの家に滞在するつもりであることなど。
 シシィは黙って話を聞き終えて、最終的には特に文句を言うこともなくこちらの言うことに従ってくれるようだった。

 少しずつ日が傾き、ようやく涼しげな風が流れてきた。日が沈むまでは後五時間ほどあるだろうが、日があるうちにやるべきことをやらなければいけない。
 アデルは馬を預けられないかロルフに相談するつもりでいた。そのついでに、リディアとシシィを途中で出会った村の人たちに紹介しておかなければいけない。話し合った結果、とりあえず二人は旅の途中でこの村に立ち寄った旅人ということにしておくことにした。
 二人ともあまりにも美しいので目立つだろうし、何か疑問を挟まれるかもしれないが、なんとか誤魔化すしかないだろう。

 リディアはすでに着替え終えていたし、シシィも服が破れていたから別の服に着替えていた。シシィはその上にローブを羽織り自分の体を隠している。目深に帽子を被っているせいで、遠目では性別すらわからないくらいだった。
 そうやって顔を隠しているほうが落ち着くらしく、帽子を被ってからは借りてきた猫のように大人しくしている。


 アデルは二頭の馬を眺めて明るい声音で言った。
「さて、と。ではロルフに馬のことを頼んでみるか。どうもこの馬はわしには懐いておらんようじゃし、リディアよ、馬のことをを頼むぞ」
「はいはい、わかったわよ。ほらエクゥ、アト、ちょっと来なさい」
 二頭の馬は暇つぶしとばかりに走り回っていたが、リディアの声を聞いて駆け寄ってきた。呼ぶだけで来るのだから、随分とよく躾けられている。この調子でロルフにも懐いてくれればいいのだが。

「さて、ソフィとシシィさんはどうする? 疲れておるなら休んでおってもよいが」
「何を言うか、妾は一緒に行くのじゃ。魔法使いと一緒では心が休まらんではないか」
「おおソフィ、本人の目の前で言うとはなかなかの度胸じゃな」
 アデルは少し呆れた。気分を害していないかとシシィのほうを見たが、帽子のつばのせいでその顔を伺うことは出来なかった。座ったままでいるということは、一緒に行く気はないのだろうか。
 少し悩んだ後、アデルはシシィに声をかけた。

「のう、シシィさんは行かんのか?」
「わたしはもう少しゆっくりしたい、眠い」
「そうか、ではゆっくり休んでいてくれ。すまんのう、何か飲み物でも出してやらねばと思っておったが、ゴタゴタして忘れておった」
「いい」
「ふむ、ではちょっと行ってくる」

 シシィは返事を寄越さず、軽く俯いた。





 村の中央に向かって歩く。前をリディアと二頭の馬が、その後ろをアデルとソフィが歩いた。わずかに吹いてきた風と、色落ちした太陽の茜色が眠気を誘う。さすがに色々とあって疲れた。木々が久しぶりの風にさわさわと揺れて音を奏でる。
 道の幅は馬車が一台ようやく通れるかという程度で、すれ違うのは不可能なほどに細い。村の中央に近づくと、やがて道はわずかな谷間に入る。切通しのようではあるが、元々こんな感じだったらしい。アデルの身長より少し高い程度の崖だが、土留めには重たそうな石材が使われていて頑強そうだった。
 子どもの頃はこの石を登ってよく遊んでいた。子どもの頃は結構な高さがあると思っていたが、こうやって見ると馬の頭程度の高さしかない。
 その崖の周りには木々が立っていて、その葉が道に影を投げかけている。

 そこを通り過ぎるとようやく村の中央へと入ることが出来る。しばらく歩いていると、村の子どもたちが遊んでいるのが見えた。馬を見て、わぁっと声をあげている。
 その子どもたちの中にカールもいた。ちょうどいい、カールを相手にリディアを紹介してみよう。ちょうどいい練習になる。

「おおいカールよ」
 アデルは大きな声でカールを呼んだ。馬の前に出て、アデルがカールに向かって手を振る。カールの周りにいた四人のチビたちも寄ってきた。
「カール、ちょうどよいところに来てくれた。ちょっと紹介したい御仁がおるでな」
「う、うん」
 カールがアデルの顔を見て、少し不思議そうに首を捻った。さすがにいきなり紹介したい人がいるなどと言われても戸惑うか。こんな田舎では新しい人と知り合う機会などそうそうない。緊張するのも仕方が無いだろう。

 リディアはまとわりついてきたチビたちを相手に笑みを浮かべている。そうやっているのを見ると、昨日襲いかかってきたあの鬼のような武人とは思えない。

「ちょっとよいかリディアよ、この金髪の子はカールと言ってな、わしのことをアデル兄ちゃんと言って慕ってくれている。実に良い子じゃでな、怖がらせてはいかんぞ」
「あんたあたしをなんだと思ってるのよ、こんな可愛い女の子を怖がらせる趣味なんて、無いとは言い難いけどしないわよ」
「どっちなんじゃ。まぁともかく、困らせてはいかんぞ」

 カールがリディアを見て目を丸くしている。こんな綺麗な人を見るのはカールにとっては初めての体験だろう。カールの頬は恥か何かで少し赤くなっていた。その顔をぶんぶんと振って、カールが指をもじもじとさせている。体つきは細いし、顔は女の子みたいだしで、そんな仕草をされると妙な気分になってしまいそうだった。

 アデルはひとつ咳をしてからカールに言った。
「ふむ、緊張しておるところ悪いがカールよ、このお姉さんはしばらくこの村で暮すことになった。仲良くしてやってくれ」
「ええっ? そ、そうなんだ」
「自己紹介を一発かましてやれ」
「か、かますって何を?」
「すまん、普通にやってくれ」
「あ、うん……。ええと、こ、こんにちは。僕はカールって言います」
 カールがまっすぐにリディアを見て言った。にこやかな微笑みを浮かべながら、リディアが綺麗な声で返す。
「あたしはリディア、よろしくねカールちゃん」
「あ、あの……。僕、男です」
 もじもじしながらカールが言う。その言葉を聞いて、リディアが目を丸くした。

「ええっ? 男の子なの? そんな可愛い顔で? 嘘?」
 本気で驚いているのか、リディアはカールの顔をまじまじと眺めている。
 魔獣が現れても、固定化の魔法から解けてからも、まったく動じることなく戦っていたこの勇者がこんなことで驚くとは思わなかった。

 アデルはカールの言葉を肯定してやった。
「その通りじゃ、その子は可愛い顔をしておるが男の子じゃぞ」
「へぇー、こんな可愛い子が」
「まぁ間違えるのも仕方ない。ソフィもカールと最初に会った時は女の子じゃと思ったようじゃしな」
「ふーん、そうか、男の子か。なんかあれよね、年上のお姉さんに誑かされそうな感じね」
「誑かしてはいかんぞ」
「しないわよ、あたしはそっちの趣味はないから。女の子だったらわからなかったけど……」
「こら! 何を言っておるんじゃ! まったく、こんな小さな子たちの前でそんなことを言ってはいかんぞ」
「何よ、いいじゃない別に」

 勇者がふんと首を振る。
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