想いが何度も繰り返させる

ハチ助

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11.繰り返し

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 リアトリスが滞在している部屋の前まで来たアスターは、気持ちを落ち着かせる為、一度大きく深呼吸をしてから扉をノックする。
 すると、リアトリス付きの侍女が恐る恐る扉を開けてきた。

 アスターが部屋に入ると、強張った表情で金のナイフを握りしめて固まっていたリアトリスが、それに気付き立ち上がる。
 それをアスターが手で制して、そのまま座るように促した。
 そしてリアトリスの侍女に部屋を出て行くように目で合図する。

「アスター様、お怪我の方は……」

 再びソファーに腰を下ろしながら、心配そうな表情で自分を見上げてくる婚約者にアスターが、少し困った様な笑みで返す。
 そしてリアトリスの隣にゆっくりと座った。

「大丈夫だよ。ちょっと口の中を切ったけれど」

 そう答えながら、リアトリスが死守するように握りしめている金のナイフに目を向ける。そしてそっと、そのナイフに手を伸ばした。
 しかし、それに気が付いたリアトリスが、悲痛な表情を浮かべながら訴える様に首を横に振った。

「リア……。頼むからその金のナイフを僕に渡してくれないか?」

 アスターのその申し出にリアトリスは、再び首を横に振って拒む。

「お願いだ。今の状態だと、またそのナイフが君に刺さりそうで不安でたまらないんだ……」

 アスターのその言葉にリアトリスが驚いて、大きく目を見開く。

「アスター様、やはり記憶が……」
「僕が持っている記憶は、今と同じようにビオラに嫌がらせ行為をし続けた君が、僕に婚約破棄を突き付けられ、逆上した挙句に僕に襲い掛かるふりをして、自ら命を絶ったという記憶しかない……」

 アスターのその説明を聞いたリアトリスが、茫然とした表情をしながら固まる。

「自ら? どうして、それを……」
「君の死後、あの状況がどうしても納得出来なくて君の事を調べたんだ。そうしたら、その耳飾りの箱から子供の字で書かれたメモが出て来て……」

 現在リアトリスが身に付けているアクアマリンの耳飾りに触れながら、アスターが悲痛な表情を浮かべて、リアトリスの顔を覗き込む。
 それから逃れる様にリアトリスは、視線を床に落した。

「リア、先程も確認したけれど、君は一体何度この現象を繰り返しているんだ? 僕にとって今の人生は2回目の繰り返しだ。でも君はその前から、この時間が巻き戻る現象を何度も体験しているはずだよね? そしてその度に……」

 そう言いかけて、アスターがリアトリスの手の中の金のナイフに目を向ける。

「その金のナイフで命を落としているんじゃないのか?」

 アスターのその質問にリアトリスが、グッと口をつぐみながら更に俯く。

「リア……今の君は、何回目の時間の繰り返しなんだい?」
「3回目です……」

 そのリアトリスの返答にアスターが、盛大に息を吐く。

「頼むから本当の事を言ってくれ……。僕が持っている記憶と合わせても、先程の兄上と対峙した君の様子からでは、とてもじゃないけれど3回目にしては、あまりにも覚悟する事に慣れ過ぎている。僕の記憶の中では、君はあの金のナイフで自害する事を選んでいるけれど……それ以前の繰り返しでは、先程のように兄上にあの金のナイフで、命を奪われる結末の方が多かったんじゃないのか?」
「……………………」
「もう一度聞くよ? 今の君は何回目の時間の繰り返しになるんだい?」

 ずっと顔を背けているリアトリスの両肩を掴み、自分の方へ向けさせたアスターが、彼女の青い瞳をジッと見つめながら再度問う。
 それに観念したのか、リアトリスが目を伏せながら、小さな声で呟く。

「…………7回目です……」
「7……回……?」

 それを聞いた途端、アスターが前方に崩れ落ちるような体勢で頭を抱えた。
 そうなると自分が持っている記憶は、リアトリスにとっての6回目の時間の繰り返しになるという事だ。すなわち、リアトリスはその前に5回もあの金のナイフで刺され、命を落している事になる。
 そしてその犯人は、恐らく毎回次兄ホリホックだった可能性が高い……。

「どうして……リアばかりがこんな目に……。その6回も繰り返された時間での僕は、一体何をやっていたんだ!? リア! 君も何故僕に相談……」

 そう言いかけたアスターだが、ジッと床を見つめたまま口を閉ざしているリアトリスの反応を見て、顔から血の気が引いた。

「相談……した事があるのか? それなのに僕は!!」
「アスター様、仕方がなかったのです……。そもそもこのような現象は、実際に体験しなければ、信じる事など出来るはずもございません……」
「だからって!!」

 今にも泣き出しそうな表情をしているアスターにリアトリスが、何かを諦めたような寂し気な笑みを返す。

「わたくしも初めて13年前に時間が戻った際は、信じられませんでした」
「リア……」

 6回も同じ人生を繰り返し、最後には必ず命を落としていたリアトリス。
 しかしアスターはこの状態の原因を調べる為、どうしても彼女が繰り返したその6回分の辛い体験内容を確認しなければならない。
 しかしそれは、リアトリスの傷口を抉る様な行為になってしまう。
 同時に自分にとってもそれは、聞くに堪えられない辛い内容だろう……。
 だがそれを確認しなければ、この不可解な現象の原因は更に分からないままだ。
 一瞬、躊躇したアスターだが、覚悟を決めてその事を確認する。

「リア。辛いとは思うけれど、君が体験した僕の知らない5回分の時間の繰り返しの出来事を……話してくれないか?」

 そのアスターの頼みに一瞬、リアトリスが戸惑うような反応をした。
 しかし小さく息を吐いた後、何かを決意した様な顔をする。

「分かりました……。全てお話致します」

 そうしてアスターの知らない5回分の繰り返した人生を語り出した。

 まず一回目となるリアトリスの人生だが……自分の14歳の誕生パーティーの際、ビオラとアスターの出会いに関しては、特に何も感じなかったそうだ。
 更に次兄ホリホックが今回と同じ様にビオラに一目惚れをし、その事でアスターがビオラを何度も庇うという流れも一緒だった。

 そしてアスターの18歳の誕生日にビオラは、例の金のナイフを贈る……。
 しかし、この時は次兄から守るうちにビオラとアスターの距離が、徐々に縮まっていったようで、それを察したリアトリスは、必死でその気持ちを隠し、婚約を続けようとしていたアスターに自ら婚約解消の打診を申し出た。

 その話し合いをしようとしている所に次兄が、乗り込んで来たそうだ。
 そして口論となってしまい、カッとなった次兄がアスターの執務机の上にあった金のナイフを手に取り、アスターが腹部を刺される……。
 その後、更にアスターに刃を向けたホリホックから、リアトリスが庇おうと前に出た際、彼女は胸を一突きされ、命を落としたそうだ。

 しかしその後、何故かリアトリスは自室のベッドで目を覚まし、自分が5歳の頃に時間が戻っている事に気付く。これが二回目の始まりだ。
 一度体験した人生なので、二度目は色々と対策が出来ると思っていたリアトリスだったが……。まさか成長する中で、その一回目の記憶が失われるとは思わなかった為、何の対策もせずにアスターの18歳の誕生日を迎えてしまう。
 その時は、ビオラの贈り物である金のナイフを見て、一回目の記憶がやっと戻ったらしい。

 しかし一回目の出来事を必死でアスターに伝えて警告するも……奇特な目で見られた上、周りからも気が触れた人間として扱われてしまう。
 更にそれが原因で婚約解消の話にまで発展してしまったそうだ。
 そこでリアトリスは、せめてアスターがホリホックに刺される事がないように金のナイフをアスターの執務室から、盗み出そうとした。
 その際、ビオラの事で抗議をしに来たホリホックと出くわしてしまい、揉み合った末、誤って腹部にナイフが刺さり、また命を落してしまう。

 そして今度は、三回目の人生のやり直しが始まった。
 流石に二回目で教訓を得たリアトリスは、前回の人生の記憶が失われる前に未来の自分自身にメッセージを残す事を思い付く。
 それが9年越しで受け取るアクアマリンの耳飾りの誕生日プレゼントだ。
 しかしアスターと同様、それを言葉にしようとしても5歳児の言語力の為、上手く伝えられる方法がなかったという。

 5歳児が書ける文章力で、未来の自分に助言出来る言葉……。
 この時は、原因がビオラの存在にあると思ったリアトリスは、未来の自分に向けてビオラとアスターの親密度を上げないようにと『びおらさまよりもあすたーさまとなかよくなる』と残した。
 そして14歳の誕生日にその過去の自分からのメッセージを受け取ったリアトリスは、そこでしっかり過去体験した記憶を思い出せたそうだ。

 そしてこの3回目では、ひたすらアスターとの親密度を上げ、ビオラと良好な関係を築きながら、二人の距離が縮まらないように徹底したらしい。
 しかし……アスターの方は、次兄から執着されているビオラを放っておけず、何度か庇ってしまい、またしてもビオラはアスターに好意を抱いて、金のナイフをアスターに贈ってしまった……。

 だがこの時は、アスターがその金のナイフを受け取らなかった。
 それがホリホックの逆鱗に触れ、その金のナイフを無理矢理アスターに受け取らせようとする次兄と、口論になる。
 そして最終的にはホリホックの嫉妬心によって、またしてもアスターが刺されそうになり、その場に居合わせたリアトリスは、またアスターを庇って命を落とす。

 再び目を覚ますと、今度は4回目の人生のやり直しだ。
 今までの事で原因がホリホックにあると考えたリアトリスは、今度はホリホックとの婚約を望み、第二王子の婚約者としての人生を歩み始めた。
 この時、リアトリスが未来の自分に残したメッセージは『ほりほっくさまとけっこんする』だったそうだ……。

 しかし14歳になり、ビオラが社交界にデビューすると、次兄はまたしてもビオラに夢中になってしまう。
 その事で婚約者を蔑ろにする次兄をアスターが、かなり責め立てた。
 この時の二人は、リアトリスが繰り返した中で一番仲が険悪だったそうだ。
 そしてアスターの誕生日には、やはりビオラから金のナイフが贈られる。
 その事でビオラがアスターに好意を抱いている事を知ったホリホックが、リアトリスと婚約破棄をし、ビオラと婚約すると言い出す。

 その二人の婚約破棄現場にアスターが乗り込んできて、二人はそのまま乱闘になるが、そこはアスターの執務室ではないので金のナイフは無いはずだった。
 しかしこの時のアスターは、その金のナイフを帯刀していた……。
 それを揉み合った際、ホリホックが手にしてしまい、またしても刺されそうになったアスターを庇ったリアトリスは、4度目の死を体験する。

 それでも時間の繰り返しは続き、今度は5回目のやり直しに入る……。
 この時のリアトリスの対策法は、ホリホックの恋を成就させる事だった。
 過去4回の中で、どうも原因はホリホックによるアスターに対する嫉妬では、と考えたらしい。
 未来の自分に向けたメモには『びおらさまとほりほっくさまをなかよくさせる』と書いたそうだ。

 そしてビオラが社交界デビューした際、すぐに親しくなってホリホックとの仲を取り持ち始めた。
 そんな二人は、初めは上手く行っているように見えたのだが……。
 次第にホリホックが病的な束縛をし出し、ビオラが恐怖心を抱き出す。
 その後は、どう頑張ってもビオラが次兄に好意的になる事はなかったそうだ。
 それは今のリアトリスが、その時のビオラには本当にかわいそうな事をしてしまったと反省する程、悪手だったらしい。

 そんな二人は弟のアスターから見ても問題がある婚約に見えたようで、ここでもアスターがビオラを過剰に庇う行動をしてしまう……。
 だがリアトリスもこの展開は予想していた。
 だから今度は、ビオラが贈り物にあの金のナイフを選ばない様に動いた。

 リアトリスはプルメリア家御用達の商人を呼び、ビオラの希望予算内で購入出来る範囲内での商品を用意させ、それらを紹介させた。
 ビオラ自身もその紹介された品々に好意的な反応を示していたのだが、アスターに贈られた品は、またしてもあの金のナイフだった……。
 そして今回もビオラは、ホリホックと婚約しているにも関わらず、アスターに心惹かれてしまう。

 結果、婚約者のビオラが弟とは言え、別の男であるアスターに特別な贈り物をした事にホリホックが激怒する。
 誕生パ―ティー後にアスターの部屋に乗り込み、二人は乱闘を始める。
 そしてまたしてもその場に居合わせたリアトリスが、ホリホックからアスターを庇い、命を落としてしまった……。

 そしてこの後、アスターの記憶にもある6回目の人生のやり直しが始まる。
 しかしこの6回目で、リアトリスは心を完全に折ってしまったそうだ……。

 そして5回の失敗でリアトリスが確信した事は、この3つ。
 ホリホックは毎回ビオラに執着の塊のような恋心を抱いてしまう。
 ビオラも必ずアスターに恋心を抱き、あの金のナイフを贈ってしまう。
 そして自分は、必ずその金のナイフによって命を落とす……

 この5回の人生のやり直しの中で、リアトリスは誰も悲しまない方法はないか、必死で模索して来たが、どれも上手く行かなかった……。
 だがこの三つの条件を満たし、全てが丸く収まりそうな方法を思い付く。
 それが……周りに失望された自分が、ホリホックに殺されるよりも先にあの金のナイフで自決してしまうという考えだった。

 この時、心が折れてしまっていたリアトリスは『もうアスターさえ無事であれば、それでいい』という極論に達してしまったそうだ……。
 毎回アスターはホリホックに刺されそうになり、そしてその引き金になるビオラは、必ずアスターを好きになってしまう。
 何よりもリアトリスの心を折ったのが、毎回死んでいく自分に今にも泣き出しそうな顔のアスターが、必死で生きる様に呼びかけてくる事だった……。

 そんなアスターの姿を見る事に耐えられなくなったリアトリスが選んだ6回目の対策が、アスターに嫌われたまま自決する事だった……。
 そうすればアスターは悲しむ事もなく、自分に好意を抱いているビオラとの幸せな人生をすぐに選んでくれると、リアトリスは考えたらしい。
 そしてその後は、アスターが持っている記憶の展開となる。

 そんな過酷だったリアトリスのその6回分の話を聞いたアスターは、ソファーに座ったまま、うずくまる様に両手で頭を抱え込んでしまう。
 いくら過去の記憶を失ってからの9年間は平穏に過ごせるとは言え、14歳から18歳のまでの三年間は、自分が殺される恐怖心を抱きながら過ごさなくてはならない。
 リアトリスはその三年間を今回も含め、合計7回も体験しているのだ。

「君は……毎回僕を庇って兄上に殺され続けたのか?」

 アスターのその質問にリアトリスは瞳を閉じたまま、何も答えない……。
 そんな婚約者の反応にアスターは、髪をかき乱しながら深く息を吐いた。

 今の話を聞いただけで、リアトリスは少なくとも5回は、金のナイフを手にしたホリホックに命を奪われている。
 それなのに……今回のリアトリスは、過去自分を手に掛けた次兄に物怖じもせず、嫌味を浴びせながら食って掛かっていたのだ。
 しかも一度は、その次兄の婚約者にまでなる事を選択している。

 何度も人生のやり直しが起こる原因も分からず、その度に次兄に命を奪われそうになるアスターを庇い、死を繰り返していたリアトリス。
 知らなかったとはいえ、前回のアスターがリアトリスにした事は……。
 その事を思い出すと、アスターは自分の事を責めずにはいられなかった。
 そんな気持ちを察したのか、前屈みになってうずくまってしまっているアスターの背中にリアトリスが、そっと手を添える。

「アスター様……これはわたくし自身が行動を選択し、その結果がそうなっただけです。アスター様が責任を感じる必要はござません」

 そう言って背中を優しく撫でてきたリアトリスの手を勢いよく両手で握りしめたアスターは、そのまま自分の額へと押し当てた。

「リアがそう思っていても……僕は自分がどうしても許せない」
「アスター様……」

 絞り出すようにそう零すアスターの瞳には、涙が少し溜まり出していた。
 その事に気付いたリアトリスが、困ったような笑みを浮かべる。
 その婚約者の反応から、尚更何も出来なかった自分自身を痛感してしまい、アスターが悲痛な表情を浮かべながら、唇を噛んだ。
 そんなアスターを慰めるように「どうしようもなかったのです……」と、リアトリスが小さく呟いた。
 しかしアスターは、今回の7回目でのリアトリスの行動に疑問を抱いていた。

「だったら何故君は、6回目の時に上手く行かなかった方法を今回また実行しようとしたんだ? それは僕が一番望まない結末なのに……」

 するとリアトリスは、暗い顔で俯きながら語り出す。

「6回目だけ時間の逆戻り方が少し違っていたのです。今までは、あのナイフで刺されて意識がなくなったと同時に自室のベッドで、すぐに目を覚ますという状況だったのですが、前回だけは意識が曖昧なまま暗闇の中に落ちていく感覚がずっと続いて……。それでやっとこの時間の繰り返しが終わるのだと思ったのです。ですが、また5歳に戻ってしまって……。それでも今までと違う状況が起こったので、きっとこの方法に活路があるかと……」

 しかし今回もアスターとホリホックが殴り合いを始めてしまったので、リアトリスは失敗を確信したらしい。
 ホリホックから金のナイフを向けられた時、リアトリスが立ち向かうような表情をしていたのは、次兄に対してではなく、もう一度繰り返される8回目の人生のやり直しに対しての覚悟だったのだ……。
 その事を心苦しそうに話すリアトリスの手をアスターは、更に強く握りしめる。

「だからって!! そんな君だけが苦しむだけの未来を選ばないでくれ……。それは僕が絶対に受け入れられない未来だ……」
「アスター様……」

 まるで懺悔するように再びリアトリスの手に自分の額を押し当てる。
 もうこれが最後で終わって欲しいと願うアスターだが、まだこの時間の繰り返しの原因は、何一つ解明されていない……。
 その原因を突き止めなくては、いくらホリホックを拘束しても再びリアトリスが、あの金のナイフで命を落とすかもしれない。
 そもそもホリホックが手にしなくても6回目のようにリアトリス自身が、このナイフで自害するような状況も無いとは言えない。
 そんな考えを抱いてしまったアスターが、ゆっくりと顔を上げ、握りしめていたリアトリスの手をそっと解放させた。

「リア、君はこの時間が逆戻ってしまう原因は、何だと思う?」
「恐らく……この金のナイフが大きく関係している気が致します。そもそもわたくしが差し上げた銀のナイフは、その金のナイフに対抗出来ないかという思いで、用意した物なので……」

 その言葉を聞いたアスターが、思わず苦笑してしまう。
 確かにあの銀のナイフは物理的だが、絶大な効果で金のナイフが引き起こす惨劇を回避してくれた。
 そういう意味では、本当に邪気払いの効果があったのかもしれない。

「僕もこの時間の繰り返しは、この金のナイフが原因だと思う。でもこのナイフを贈って来たビオラからは、その事を知っているような素振りは、全く感じられないんだ」
「それはわたくしも同感です。わたくしは人生を7回もやり直す中で、ビオラ様と親友のような関係を築いた事もあったので……。ですがビオラ様は、いつの時でも控え目で奥ゆかしく、とても心の優しい女性でした」

 そうなると早急に調べなくてはならない事は、ビオラがあの金のナイフをどのように入手したかになる。
 その結論に達したアスターは再びリアトリスから、その金のナイフを優しく取り上げようとした。
 しかしそれを察したリアトリスは、またしてもそれを拒む……。

「リア。頼むからそのナイフを持つのは、やめてくれないか? 僕の心臓に悪い……。それに本当にこのナイフにそんな不可解な力があるのか、専門家に頼んで詳しく調べなければならないんだよ……」

 まるで幼子に言い聞かせるようにアスターが諭すもリアトリスは口をギュッとつぐみ、ふるふると静かに首を振る。

「リア、お願いだ。そのナイフを僕に返してくれ……」

 アスターが再度困った表情で頼むと、泣き出しそうな顔をしたリアトリスが、やっと金のナイフをアスターに手渡す。
 久しぶりに見た貴重な婚約者の子供っぽい仕草に思わず、アスターが笑みをこぼした。

「ありがとう、リア。これは責任を持って僕が管理して、どういう品なのか専門家に徹底的に調べさせるから……」

 そう言って安心させるように優しく頬に触れると、リアトリスの緊張が少しだけ緩んだのを感じた。
 しかしまだリアトリスの安全が、完全に確保されたわけではない。

 この後アスターは、女性近衛騎士二人を常にリアトリスの警備に付けるよう念入りに指示し、国王である父と長兄ディアンツのもとへと向かった。
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