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15.嫌がらせの真意
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「アスター様、リアトリス様、ようこそお出でくださいました」
ビオラが挨拶をしながら恭しく礼を取ると、アスターが少し気まずそうな笑みで返して来た。そしてその傍らに座っていたリアトリスは、何か思い詰めるような表情をしたまま立ち上がり、深々とビオラに礼を返す。
そのいつもと違うリアトリスの様子にビオラが驚く。
「ビオラ、急に訪問してしまい、すまなかったね」
「いえ……」
「実は君が僕に贈ってくれたあの金のナイフの事で、早急に確認したい事があって……今日はその為に伺わせて貰ったんだ」
「あのナイフの事ですか?」
キョトンとしたビオラの反応に何故かアスターが、安堵の表情を浮かべる。
しかし、その表情はすぐに神妙な顔つきへと変わった。
「ビオラ、今から話す事は他言無用でお願いしたい。そして恐らく君自身、とてもじゃないけれど信じられない内容だと思う。それでも僕とリアにとっては、現実に起こった事なんだ……。信じてくれとは言わないけれど……それを踏まえて聞いて欲しい」
真剣な表情で、そう告げてきたアスターにビオラが戸惑い出す。
そんな前置きをしたアスターは、その『現実に起こった信じ難い事』をゆっくりと語り出した。
そして30分後。
その話を聞かされたビオラは、どう反応していいのか分からず混乱した……。
「では、わたくしがアスター様に差し上げたあの金のナイフは、二百年以上前に禁忌の品として回収対象になった職人の手がけた作品の一つで……。その所為でリアトリス様は、6回も同じ時間を繰り返し、その都度、命を落とされるご経験をなさった……という事ですか?」
とても信じる事が出来ない話を聞かされたビオラは、二人がこの話を真面目に受け止めている事に茫然としながら、今の話を整理する。
そのあまりにも突飛過ぎる話は、一瞬リアトリスが嫌がらせの一環として、デタラメな話を作り上げ、アスターに言ったのでは……とも思ってしまった。
だが先程の前置きで、確かにアスターは言ったのだ。
『僕とリアにとっては、現実に起こった事』と。
つまり、その時間が逆戻って何度も繰り返す現象は、リアトリスだけではなく、アスターも体験したという事だ。
そしてその引き金となっているのが、何度も何度もリアトリスの命を奪う元凶でもあるビオラが贈ったこの金のナイフなのだ。
その信じ難い話を聞かされたビオラの顔が、真っ青になる。
「あ、あの! わ、わたくし……」
例えその事を知らなかったとはいえ、自分の好きな男性とその婚約者を苦しめ続ける結果を招いてしまったビオラが、ショックを受けて震えだす。
そんなビオラの気持ちを察したリアトリスが、静かに首を振った。
「このような非現実的なお話を信じてくださいまして、本当にありがとうございます。ですが、この件に関しては、ビオラ様には責任はないのです……」
「で、ですがっ!!」
もうこのビオラの反応を見ただけで、彼女自身が故意にこの金のナイフをアスターに贈ったのではないという事が、二人にはすぐに分かった。
そうなると……問題は誰がビオラにこの金のナイフを売ったかだ……。
「ビオラ……。僕達は君が悪意を持ってこのような危険な品を贈ったとは、一切思っていないよ? でも、そうさせるように仕向けた人間がいたから、僕は君からこのナイフを贈られたんだ……。だから今日は、君にこのナイフを売った人物について、色々教えて欲しいんだ」
「そう仕向けた人間……」
そう言われ、ビオラは自分に金のナイフを売った女性の事を思い出す……。
「あの金のナイフは、王城の出入り許可証でもあるブローチを身に付けていた美しい女性宝石商から、購入した物です。確か名前は……カロライナと……」
その瞬間、アスターの顔色が一気に悪くなる。
「もしかして……その女性はカロライナ・ディルフィーユと名乗っていたかい?」
「は……い、確か。執事のアントンが名前を控えていたと思いますので、確認出来ますが……。ですが、どうしてアスター様がその事を……」
そう言いかけたビオラだったが……よく見ると、アスターの隣に座っているリアトリスまで、真っ青な顔色をしていた。
「あ、あの! その女性宝石商は一体……」
「カロライナ・ディルフィーユという女性は、今から50年程前に自ら命を絶って亡くなった伯爵令嬢なんだ」
「今から……50年前……? で、ですが、何故そのご令嬢が今回関係を!?」
すると、アスター深く息を吐く。
「当時彼女は、まだ19歳の若さだった……。とても仲睦まじい婚約者がいたのだけれど、彼女はその亡くなる半年前に急に精神的におかしくなってしまって……。大声で笑いながら、婚約者の目の前で自害したらしい。その時、彼女が自害に使った物が、婚約者の所持品であった金属ペンだった……」
「ペ、ペンで!?」
「自ら首筋を一突きしたそうだよ。そしてその金属ペンは、あの金のナイフを作った彫金職人の作品だったんだ」
その話にビオラの顔色まで真っ青になっていく。
「そしてその後、彼女の婚約者だった男性が結婚した女性というのが、その金属ペンを贈った別の令嬢だった。カロライナの家は彼女の変死後、悪評が広まり、結局取り潰しになってなくなってしまったのだけれど……その婚約者の家系は、未だに続いている伯爵家だ」
そこまでアスターが話すと、ビオラが何かを察した様に青い顔のまま固まる。
つい先程、アスターから聞いた同じ時間を何度も繰り返した二人の話の中で、この状況とそっくりな話があったからだ。
そしてアスター達の方は、カロライナ・ディルフィーユの事については、今朝方受け取った長兄ディアンツが調べ上げた資料内容で知った。
その資料を移動中の馬車の中で、リアトリスと一緒に確認していたのだが……まさか例の彫金職人の最後に回収した作品の被害者の名前が、ビオラの口から出てくるとは思わなかったのだ。
「で、ですが! 50年前に亡くなられたご令嬢とその女性宝石商が、いくら名前が同じと言っても同一人物とは、限らないのでは……」
そうビオラが口にするが、目の前の二人は何故かそっと視線を落す。
時間を繰り返すという奇怪な現象を体験した二人にしてみれば、そのくらいの事は起こるのでは……と思ってしまったのだ。
その二人の反応から、ビオラは自分が50年前に亡くなった死者から、あのナイフを購入してしまったかもしれないという恐怖で、背筋を凍らせた。
「真意は分からない……。けれど君にあのナイフを売った人物は、もうこの世に存在しない人間の可能性もある。だが、それが却って王家に対する陰謀的な動きではない事が分かったよ。でもその代わり、あのナイフがもたらす、まるで呪いのような効果の意図が全く分からない……」
そこでアスターは、一度言葉を切った。
そして今度は核心に迫る様にビオラをじっと見つめて、ある事を確認する。
「ビオラ……君はあのナイフを何故僕に贈ろうと思ったんだい?」
「え……?」
「ホリホック兄上の話では、君は僕に贈る誕生祝の品をかなり悩んで選んでくれたんだよね? ならば何故、僕に贈る品をあの金のナイフに決めたんだい? 購入に踏み切ったのは、何か決め手になる理由があったんだよね?」
その質問の返答に困ったビオラが、ビクリと体を強張らせる。
まさか本人を目の前にして、恋心を伝えられない代わりに恋愛成就の効果があると言われた品をこっそり贈ったなど、言えるはずもない。
だが、アスターが拘ってその事を聞いてくるという事は、二人に起こった不可解な現象の原因が、そこに隠されているという事なのだろう。
それでもビオラには、それに答える事がどうしても出来なかった……。
だが、そんなビオラの様子を察したリアトリスが、ある事を申し出る。
「アスター様、もし可能であれば、そのご質問のビオラ様の返答を伺う事は、わたくしに一任して頂けないでしょうか?」
するとアスターが、驚きで目を見張った。
「いや、でも……」
「女性同士でないと、お話しできない内容もございます。もちろん、伺った内容はビオラ様からの許可を頂ければ、全てアスター様にもお教え致します。ですが、殿方を目の前にして口にしづらい内容もあるかと思いますので……どうかこの件は、わたくしに聞き役をお任せ頂きたいのです」
「だけど……」
「アスター様、わたくしからもお願い致します……。もしそのようにご配慮頂ければ、購入理由は全てリアトリス様に包み隠さず、お話致します」
二人の女性から懇願され、アスターがやや困惑する。
だが、リアトリスの言い分も確かに一理ある。
「分かったよ。僕は一端、この部屋から退室する。だからリア、ビオラから話を聞けたら、また僕に声を掛けてくれ」
「恐れ入ります……。アスター様」
そうして苦笑気味な表情をしながら、アスターが部屋を出て行く。
それを確認すると同時にビオラが両手で顔を覆って、急に泣き出した。
「も、申し訳ございません……。わたくしは……リアトリス様に辛い体験をさせただけでなく、気分の悪くなる様な聞き役までお願いしてしまって……」
そう零しながら、ボロボロと泣き出してしまったビオラの元にリアトリスが移動し、隣に座って優しく背中を撫で始める。
「わたくしの方こそ……この三年間、本当に酷い事をしてしまって、ごめんなさい……。ですが、ビオラ様の事を嫌い、憎んであのような酷い振る舞いをした訳ではないのです……」
「わ、分かっております……。全てアスター様の為ですよね?」
そのビオラの返答にリアトリスが、一瞬目を見開く。
だが、すぐに悲しげな笑みを浮かべた。
そんなリアトリスの反応にビオラが、再びボロボロ涙を零し始める。
ビオラには、初めから分かっていた事なのだ。
この人には絶対に敵わない……と。
この三年間、リアトリスから受けた嫌がらせだが……それは、ビオラにとって辛いどころか、優しさの溢れる行為でしかなかったのだ……。
リアトリスが辛辣な嫌味を浴びせにやってくる時は、いつもビオラの隣にはピッタリと、くっ付くようにホリホックがいた。
リアトリスがビオラに嫌味を言えば、それを庇おうとホリホックが反論する。
すると、その騒ぎを聞きつけたアスターが、すぐに仲裁に入ってくれる。
気が付くと、いつの間にか自分はホリホックから解放されているのだ。
そしてリアトリスがビオラに故意にぶつかって来た時は、毎回ビオラがホリホックにダンスに誘われ、ダンスホールの方へ移動中の時だった。
だが、その前に二人が口論を始めるので、毎回ダンスをせずに済んでいた。
生意気だと言われて、リアトリスからグラスの水を浴びせられた時も……。
どんなにテーブルの上にワインなどの色付く飲み物が近くにあっても浴びせられるのは、必ず無色透明なただの水だ。
裾がほころびてしまう程、リアトリスに強くドレスを踏まれた時も……。
翌日に『みすぼらしいドレスばかりで、お可哀想なので』という嫌味のメッセージと共に弁償と称して届けられたドレスは、いつもビオラの似合いそうな色合いのドレスばかり……。
そしてそのようにリアトリスが、ビオラのドレスに支障をきたすような嫌がらせをする日は、必ず夜会や立食パーティーの最中にホリホックから、別室で個別にビオラをもてなしたいと声を掛けられた直後なのだ。
そのお蔭でドレスに問題が生じたという建て前で、ビオラはその誘いに応じずに回避出来た事が、何度もあった。
だからビオラは、ホリホックに誘われるお茶の席にリアトリスも招いて欲しいと、自ら提案したのだ。
リアトリスの真意は分からないが、とりあえずそこに同席して貰えば、自分に向かうホリホックを無意識に妨害してくれるだろうと思ったのだ。
それを偶然リアトリスの嫌がらせが、自分の窮地を救ってくれるような展開になっていると思っていたビオラ。
しかし、先程聞かされた6回にも及ぶ、同じ時間を繰り返し続けたリアトリスの体験談を聞いたビオラは、それが偶然ではなかった事にやっと気付いた。
現在7回目の時間の繰り返しとなるリアトリスが行った事……。
自分が死んだ後、婚約者が悲しまないように敢えて、嫌われる様な振る舞いを三年間も積極的に行った。
その一環として行ったビオラへの嫌がらせの殆どは、ホリホックから受ける一方的な愛情表現で、心労を重ねるビオラの負担を減らす意味合いもあった。
最後は、大切な人の命を守る為、自分が死ぬ未来をまた選ぼうとしていた……。
誰にも相談出来ず、たった一人で解決策が見出せないその状況の中で、それでも全員が救われる道を必死で探し続けていたリアトリス。
もし自分が同じ立場になってしまったら、とてもではないが、そんな孤独な戦いを6回も繰り返す事など出来ない。
ましてや大好きな人に憎まれながら自害する選択など、絶対に出来ない……。
だがリアトリスには、その選択が出来る強さとアスターへの想いがある。
そして無自覚だったとはいえ、その元凶を持ち込んで罪の意識に苛まれ、泣きじゃくっている自分の背中を何度も優しく撫でてくれている……。
こんなに強くて優しい……絶対に嫌いになれない女性を恋敵にするなんて。
神様は、なんて意地悪なのだろうか。
そう思えば思う程、ビオラは優しく背中を撫でてくれるリアトリスの方へ、救いと許しを求める様に体を傾けていった。
すると、そのビオラの様子に気付いたリアトリスは、背中を撫でる手を止め、両手を広げてビオラの頭を抱え込む様にして、自分の方へと引き寄せる。
リアトリスの胸元に顔を埋める様な体勢になったビオラは、そのままリアトリスにしがみつく様に手を回し、堰を切った様に声を上げて泣き出した……。
ビオラが挨拶をしながら恭しく礼を取ると、アスターが少し気まずそうな笑みで返して来た。そしてその傍らに座っていたリアトリスは、何か思い詰めるような表情をしたまま立ち上がり、深々とビオラに礼を返す。
そのいつもと違うリアトリスの様子にビオラが驚く。
「ビオラ、急に訪問してしまい、すまなかったね」
「いえ……」
「実は君が僕に贈ってくれたあの金のナイフの事で、早急に確認したい事があって……今日はその為に伺わせて貰ったんだ」
「あのナイフの事ですか?」
キョトンとしたビオラの反応に何故かアスターが、安堵の表情を浮かべる。
しかし、その表情はすぐに神妙な顔つきへと変わった。
「ビオラ、今から話す事は他言無用でお願いしたい。そして恐らく君自身、とてもじゃないけれど信じられない内容だと思う。それでも僕とリアにとっては、現実に起こった事なんだ……。信じてくれとは言わないけれど……それを踏まえて聞いて欲しい」
真剣な表情で、そう告げてきたアスターにビオラが戸惑い出す。
そんな前置きをしたアスターは、その『現実に起こった信じ難い事』をゆっくりと語り出した。
そして30分後。
その話を聞かされたビオラは、どう反応していいのか分からず混乱した……。
「では、わたくしがアスター様に差し上げたあの金のナイフは、二百年以上前に禁忌の品として回収対象になった職人の手がけた作品の一つで……。その所為でリアトリス様は、6回も同じ時間を繰り返し、その都度、命を落とされるご経験をなさった……という事ですか?」
とても信じる事が出来ない話を聞かされたビオラは、二人がこの話を真面目に受け止めている事に茫然としながら、今の話を整理する。
そのあまりにも突飛過ぎる話は、一瞬リアトリスが嫌がらせの一環として、デタラメな話を作り上げ、アスターに言ったのでは……とも思ってしまった。
だが先程の前置きで、確かにアスターは言ったのだ。
『僕とリアにとっては、現実に起こった事』と。
つまり、その時間が逆戻って何度も繰り返す現象は、リアトリスだけではなく、アスターも体験したという事だ。
そしてその引き金となっているのが、何度も何度もリアトリスの命を奪う元凶でもあるビオラが贈ったこの金のナイフなのだ。
その信じ難い話を聞かされたビオラの顔が、真っ青になる。
「あ、あの! わ、わたくし……」
例えその事を知らなかったとはいえ、自分の好きな男性とその婚約者を苦しめ続ける結果を招いてしまったビオラが、ショックを受けて震えだす。
そんなビオラの気持ちを察したリアトリスが、静かに首を振った。
「このような非現実的なお話を信じてくださいまして、本当にありがとうございます。ですが、この件に関しては、ビオラ様には責任はないのです……」
「で、ですがっ!!」
もうこのビオラの反応を見ただけで、彼女自身が故意にこの金のナイフをアスターに贈ったのではないという事が、二人にはすぐに分かった。
そうなると……問題は誰がビオラにこの金のナイフを売ったかだ……。
「ビオラ……。僕達は君が悪意を持ってこのような危険な品を贈ったとは、一切思っていないよ? でも、そうさせるように仕向けた人間がいたから、僕は君からこのナイフを贈られたんだ……。だから今日は、君にこのナイフを売った人物について、色々教えて欲しいんだ」
「そう仕向けた人間……」
そう言われ、ビオラは自分に金のナイフを売った女性の事を思い出す……。
「あの金のナイフは、王城の出入り許可証でもあるブローチを身に付けていた美しい女性宝石商から、購入した物です。確か名前は……カロライナと……」
その瞬間、アスターの顔色が一気に悪くなる。
「もしかして……その女性はカロライナ・ディルフィーユと名乗っていたかい?」
「は……い、確か。執事のアントンが名前を控えていたと思いますので、確認出来ますが……。ですが、どうしてアスター様がその事を……」
そう言いかけたビオラだったが……よく見ると、アスターの隣に座っているリアトリスまで、真っ青な顔色をしていた。
「あ、あの! その女性宝石商は一体……」
「カロライナ・ディルフィーユという女性は、今から50年程前に自ら命を絶って亡くなった伯爵令嬢なんだ」
「今から……50年前……? で、ですが、何故そのご令嬢が今回関係を!?」
すると、アスター深く息を吐く。
「当時彼女は、まだ19歳の若さだった……。とても仲睦まじい婚約者がいたのだけれど、彼女はその亡くなる半年前に急に精神的におかしくなってしまって……。大声で笑いながら、婚約者の目の前で自害したらしい。その時、彼女が自害に使った物が、婚約者の所持品であった金属ペンだった……」
「ペ、ペンで!?」
「自ら首筋を一突きしたそうだよ。そしてその金属ペンは、あの金のナイフを作った彫金職人の作品だったんだ」
その話にビオラの顔色まで真っ青になっていく。
「そしてその後、彼女の婚約者だった男性が結婚した女性というのが、その金属ペンを贈った別の令嬢だった。カロライナの家は彼女の変死後、悪評が広まり、結局取り潰しになってなくなってしまったのだけれど……その婚約者の家系は、未だに続いている伯爵家だ」
そこまでアスターが話すと、ビオラが何かを察した様に青い顔のまま固まる。
つい先程、アスターから聞いた同じ時間を何度も繰り返した二人の話の中で、この状況とそっくりな話があったからだ。
そしてアスター達の方は、カロライナ・ディルフィーユの事については、今朝方受け取った長兄ディアンツが調べ上げた資料内容で知った。
その資料を移動中の馬車の中で、リアトリスと一緒に確認していたのだが……まさか例の彫金職人の最後に回収した作品の被害者の名前が、ビオラの口から出てくるとは思わなかったのだ。
「で、ですが! 50年前に亡くなられたご令嬢とその女性宝石商が、いくら名前が同じと言っても同一人物とは、限らないのでは……」
そうビオラが口にするが、目の前の二人は何故かそっと視線を落す。
時間を繰り返すという奇怪な現象を体験した二人にしてみれば、そのくらいの事は起こるのでは……と思ってしまったのだ。
その二人の反応から、ビオラは自分が50年前に亡くなった死者から、あのナイフを購入してしまったかもしれないという恐怖で、背筋を凍らせた。
「真意は分からない……。けれど君にあのナイフを売った人物は、もうこの世に存在しない人間の可能性もある。だが、それが却って王家に対する陰謀的な動きではない事が分かったよ。でもその代わり、あのナイフがもたらす、まるで呪いのような効果の意図が全く分からない……」
そこでアスターは、一度言葉を切った。
そして今度は核心に迫る様にビオラをじっと見つめて、ある事を確認する。
「ビオラ……君はあのナイフを何故僕に贈ろうと思ったんだい?」
「え……?」
「ホリホック兄上の話では、君は僕に贈る誕生祝の品をかなり悩んで選んでくれたんだよね? ならば何故、僕に贈る品をあの金のナイフに決めたんだい? 購入に踏み切ったのは、何か決め手になる理由があったんだよね?」
その質問の返答に困ったビオラが、ビクリと体を強張らせる。
まさか本人を目の前にして、恋心を伝えられない代わりに恋愛成就の効果があると言われた品をこっそり贈ったなど、言えるはずもない。
だが、アスターが拘ってその事を聞いてくるという事は、二人に起こった不可解な現象の原因が、そこに隠されているという事なのだろう。
それでもビオラには、それに答える事がどうしても出来なかった……。
だが、そんなビオラの様子を察したリアトリスが、ある事を申し出る。
「アスター様、もし可能であれば、そのご質問のビオラ様の返答を伺う事は、わたくしに一任して頂けないでしょうか?」
するとアスターが、驚きで目を見張った。
「いや、でも……」
「女性同士でないと、お話しできない内容もございます。もちろん、伺った内容はビオラ様からの許可を頂ければ、全てアスター様にもお教え致します。ですが、殿方を目の前にして口にしづらい内容もあるかと思いますので……どうかこの件は、わたくしに聞き役をお任せ頂きたいのです」
「だけど……」
「アスター様、わたくしからもお願い致します……。もしそのようにご配慮頂ければ、購入理由は全てリアトリス様に包み隠さず、お話致します」
二人の女性から懇願され、アスターがやや困惑する。
だが、リアトリスの言い分も確かに一理ある。
「分かったよ。僕は一端、この部屋から退室する。だからリア、ビオラから話を聞けたら、また僕に声を掛けてくれ」
「恐れ入ります……。アスター様」
そうして苦笑気味な表情をしながら、アスターが部屋を出て行く。
それを確認すると同時にビオラが両手で顔を覆って、急に泣き出した。
「も、申し訳ございません……。わたくしは……リアトリス様に辛い体験をさせただけでなく、気分の悪くなる様な聞き役までお願いしてしまって……」
そう零しながら、ボロボロと泣き出してしまったビオラの元にリアトリスが移動し、隣に座って優しく背中を撫で始める。
「わたくしの方こそ……この三年間、本当に酷い事をしてしまって、ごめんなさい……。ですが、ビオラ様の事を嫌い、憎んであのような酷い振る舞いをした訳ではないのです……」
「わ、分かっております……。全てアスター様の為ですよね?」
そのビオラの返答にリアトリスが、一瞬目を見開く。
だが、すぐに悲しげな笑みを浮かべた。
そんなリアトリスの反応にビオラが、再びボロボロ涙を零し始める。
ビオラには、初めから分かっていた事なのだ。
この人には絶対に敵わない……と。
この三年間、リアトリスから受けた嫌がらせだが……それは、ビオラにとって辛いどころか、優しさの溢れる行為でしかなかったのだ……。
リアトリスが辛辣な嫌味を浴びせにやってくる時は、いつもビオラの隣にはピッタリと、くっ付くようにホリホックがいた。
リアトリスがビオラに嫌味を言えば、それを庇おうとホリホックが反論する。
すると、その騒ぎを聞きつけたアスターが、すぐに仲裁に入ってくれる。
気が付くと、いつの間にか自分はホリホックから解放されているのだ。
そしてリアトリスがビオラに故意にぶつかって来た時は、毎回ビオラがホリホックにダンスに誘われ、ダンスホールの方へ移動中の時だった。
だが、その前に二人が口論を始めるので、毎回ダンスをせずに済んでいた。
生意気だと言われて、リアトリスからグラスの水を浴びせられた時も……。
どんなにテーブルの上にワインなどの色付く飲み物が近くにあっても浴びせられるのは、必ず無色透明なただの水だ。
裾がほころびてしまう程、リアトリスに強くドレスを踏まれた時も……。
翌日に『みすぼらしいドレスばかりで、お可哀想なので』という嫌味のメッセージと共に弁償と称して届けられたドレスは、いつもビオラの似合いそうな色合いのドレスばかり……。
そしてそのようにリアトリスが、ビオラのドレスに支障をきたすような嫌がらせをする日は、必ず夜会や立食パーティーの最中にホリホックから、別室で個別にビオラをもてなしたいと声を掛けられた直後なのだ。
そのお蔭でドレスに問題が生じたという建て前で、ビオラはその誘いに応じずに回避出来た事が、何度もあった。
だからビオラは、ホリホックに誘われるお茶の席にリアトリスも招いて欲しいと、自ら提案したのだ。
リアトリスの真意は分からないが、とりあえずそこに同席して貰えば、自分に向かうホリホックを無意識に妨害してくれるだろうと思ったのだ。
それを偶然リアトリスの嫌がらせが、自分の窮地を救ってくれるような展開になっていると思っていたビオラ。
しかし、先程聞かされた6回にも及ぶ、同じ時間を繰り返し続けたリアトリスの体験談を聞いたビオラは、それが偶然ではなかった事にやっと気付いた。
現在7回目の時間の繰り返しとなるリアトリスが行った事……。
自分が死んだ後、婚約者が悲しまないように敢えて、嫌われる様な振る舞いを三年間も積極的に行った。
その一環として行ったビオラへの嫌がらせの殆どは、ホリホックから受ける一方的な愛情表現で、心労を重ねるビオラの負担を減らす意味合いもあった。
最後は、大切な人の命を守る為、自分が死ぬ未来をまた選ぼうとしていた……。
誰にも相談出来ず、たった一人で解決策が見出せないその状況の中で、それでも全員が救われる道を必死で探し続けていたリアトリス。
もし自分が同じ立場になってしまったら、とてもではないが、そんな孤独な戦いを6回も繰り返す事など出来ない。
ましてや大好きな人に憎まれながら自害する選択など、絶対に出来ない……。
だがリアトリスには、その選択が出来る強さとアスターへの想いがある。
そして無自覚だったとはいえ、その元凶を持ち込んで罪の意識に苛まれ、泣きじゃくっている自分の背中を何度も優しく撫でてくれている……。
こんなに強くて優しい……絶対に嫌いになれない女性を恋敵にするなんて。
神様は、なんて意地悪なのだろうか。
そう思えば思う程、ビオラは優しく背中を撫でてくれるリアトリスの方へ、救いと許しを求める様に体を傾けていった。
すると、そのビオラの様子に気付いたリアトリスは、背中を撫でる手を止め、両手を広げてビオラの頭を抱え込む様にして、自分の方へと引き寄せる。
リアトリスの胸元に顔を埋める様な体勢になったビオラは、そのままリアトリスにしがみつく様に手を回し、堰を切った様に声を上げて泣き出した……。
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