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11.港町
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翌朝、アズリエールはスッキリした気分で目覚めた。
昨日から滞在しているこのクロフォード家所有の別邸は、所有者のレイオットの趣味なのか、かなり居心地がいい屋敷だったのだ。
昼食後に散策した庭はとても見事な薔薇園があり、その後に食したシフォンケーキは、オルクティスが薦めるだけあって絶品な味わいだった。
そのまま談話室で他愛もない会話を二人でしていたのだが、その部屋の調度品は上品な上に落ち着いた空間を見事に演出する質の良い物ばかり。
座っていたソファーもかなり座り心地が良い物であった。
その後、各自の部屋に案内されてからは、見事な浴室を堪能し、屋敷付きのメイド達にマッサージ等もされ、最終的には今までで体感した事の無いほどの寝心地の良いベッドでグッスリ眠ってしまった。
いくらマリンパール王家から信頼を得ている伯爵家とはいえ、これほどの豪華なもてなしが出来るとなると、明後日登城する予定のマリンパール城でのもてなしは、更に豪華な物になるのでは――――と、アズリエールは期待してしまう一方で、不安も抱き始めた。
そんな事を考えながら、メイド達に朝の身支度を手伝って貰う。
「アズリエール様、本日もドレスでなくてよろしいのですか?」
「うん。今日はここを発った後にお昼休憩で次に滞在するお屋敷近くの大きな港町を見学させて貰えるって聞いてるから、なるべく動きやすい服装の方がいいかなって」
「さようでございますか……」
着替えを手伝ってくれていたメイド3人が、何故か残念そうな表情を浮かべた。
「えっと、何か問題があるかな?」
「いえ、その様な事は! ただ、その……お別れ前にアズリエール様のドレス姿を拝見したかったと皆、思っていたので……」
この屋敷はあくまでもマリンパール城に行くまでの休憩地点に過ぎない。
相手の懐にスッと入ってしまう事が得意なアズリエールは、昨日たった一日を過ごしただけで、この屋敷の使用人達とすっかり打ち解けてしまっていた。
しかし、それは本日ここを発つ際の別れを名残惜しい物にしてしまう。
「ごめんね……。今日はオルクからも『なるべく動きやすい服装で』と言われているんだ」
「さようでございましたか……」
「でもこちらのお屋敷を所有していらっしゃるクロフォード卿のご婚約者のリデルシア様とは、同じ巫女仲間で僕は親しいから、また遊びに来れるようにお願いしてみるよ。その時は、ちゃんと伯爵令嬢らしいドレス姿で遊びに来るから。だからそんな今生の別れみたいな顔をしないで?」
「そう……ですよね。ええ! 再びアズリエール様をおもてなし出来る日を心待ちにしております!」
「僕もまたここの絶品シフォンケーキを堪能出来る日を楽しみにしているから!」
そんな別れを惜しむやり取りを一期一会になりそうな使用人達としていたら、それを見ていたオルクティスが、やや呆れ気味な笑みを浮かべた。
「アズリルは本当に相手の心を鷲掴みにして、タラシ込む事が天才的に上手いよね……」
「失礼なっ! 僕、そんなナンパ師みたいな事はしていないよ!?」
「無自覚って本当に怖いと思うな……」
「無自覚じゃないからね!? 多少は計算しての行動だからね!?」
「それはそれで、かなり問題があると思うのだけれど……」
そんな会話をしながら朝食を取った二人は、次の休息場所でもある王家所有の別邸へと出発した。
しかしその別邸は、最短でも移動に半日ほどかかる為、途中で昼休憩として大きな港町に寄る予定となっている。
オルクティス曰く、登城する前にマリンパールという国の雰囲気をアズリエールに体感して欲しいという事で、このような配慮がなされたらしい。
確かにこの国がどのような雰囲気で、どんな国民性なのかを知っておいた方が、今後アズリエールがこの国でどう振る舞えばよいか、対策が練りやすくなる。
同時にそういう細かい部分への配慮を思いついてしまう程、オルクティスがアズリエールを気遣ってくれている事もよく伝わってきた。
「次に休憩する港町って、そんなに大きいの?」
移動中の馬車の中で、アズリエールが持参したマリンパールについて書かれた書籍と地図を見ながら、オルクティスに尋ねる。
「城下町の次くらいに活気づいてるかな? ただその港町は物販搬入のみで、旅行客とかは受け入れていない港なんだ。そうでないとこちらの方で密入国者が増えてしまうから」
「でもそれだと物販の密輸が横行してしまうのでは?」
「そうだね。でもむしろそれで密輸を誘発させて、あえて不正取引を検挙しやすくしているところもあるから」
「なるほど……。じゃあ、これから行く港で不正取引をするという事は『捕まえてください』と言っているような自殺行為だと知れ渡ってるんだね」
「うん。それで二年前に大分不正を行っている国内の組織を検挙出来たからね。同時に港を物販のみに窓口を狭める事で、不正取引の監視を強化して管理しやすくしているんだ」
「それって……やっぱりノクティス王太子殿下がご提案されたの?」
「いや? その提案をしたのは僕の母だね」
サラリと言ったオルクティスの言葉にアズリエールは、手にしていた書籍を取り落した。
「王妃のテイシア様がっ!? うわぁ……。それを聞いてしまうと、テイシア様は相当頭の切れる手強そうな女性だって思ってしまうのだけれど……」
「だから伝えたよね? 母ははっきりした性格だって。自身の考えをしっかり持っていて、それを口に出せるし、納得出来ない事に関しては一切妥協をしない人だよ。その代わり一度懐に入り込めれば、とことん大事にしてくれるから」
「例えそうでも王妃様が、そんなにやり手の女性だったなんて……。サンライズで面会してた時、オルクは一言も教えてくれなかったじゃないかぁ……」
「ごめん。でもアズリルなら、すぐに母に気に入られそうだったから、アドバイスする必要はないかと思って……」
「オルク。忘れているかもしれないけれど、僕はマリンパールでは、あまり印象が良くない令嬢なんだよ? 空を飛べる事だけでも異色なのに男装までしてしまっているのだから、自国の自慢の第二王子の婚約者には、相応しくないと思っている人が大勢いるはずだよ? 特に母親という立場なら、尚更そんな嫁なんて欲しくないと思う!」
アズリエールがキッと見据えるようにオルクティスに訴えた。
しかし、オルクティスのは方はニッコリ笑みを浮かべたままだ。
「オルク……。僕の話、ちゃんと聞いていた?」
「聞いていたよ? でもアズリルは、そのあまり良い印象を持っていなかったマリンパールの人間と、短期間で打ち解けた実績があるじゃないか」
「実績?」
「僕の護衛のラウルと、いつの間にかスイーツ談議で盛り上がるほどの仲になっているよね?」
すると、馬車の外からラウルらしき人物の咳払いが聞こえた。
「ラウルと王妃殿下を一緒にしないでよぉ……。攻略する難易度が全然違うよぉ~!!」
そんな話をしながら、少しずつマリンパールという国についての情報をオルクティスから聞き出していると、いつの間にか馬車の外の雰囲気が賑やかになっていた。
それに気が付いたアズリエールが馬車の窓から身を乗り出す。
「わぁ~! すっごい賑やかな雰囲気! サンライズで言うとお祭りの日みたい!」
「それだと、この港町は毎日がお祭りになってしまうよ?」
「いつもこんなに賑やかなの!? 凄いなぁ……」
「マリンパールの城下町も市場の方は、こんな感じかな?」
「やっぱりサンライズと比べると、マリンパールの人達ってパワフルだね!」
町に入ったばかりだというのに露店が並び、活気ある呼び込みが聞こえてくる。
サンライズでは露店の存在はあるが、ここまで活気づいた威勢のよい呼び込みはしていない。
だがマリンパールという国では、この掛け声のようなテンポの良い呼び込みが、もはや名物になっているようだ。
各店での独自の呼び込み口上があって、それを聞いているだけでも面白い。
その様子に早くもアズリエールの瞳がキラキラし始めると、オルクティスがある提案をしてきた。
「このまま馬車で進むと目立ってしまうし、この辺で降りて港の方まで歩いてみようか?」
「うん!」
そう言って、先に下車したオルクティスがアズリエールに手を差し出す。
今日のアズリエールは令息風の服装ではなく、少し裕福な商家の子息風な格好をしている。
もちろん、オルクティスも普段とは違い、中級層くらいの騎士のような服装だ。
一応、護身用で帯刀していても違和感がないように市街地を訪れる際は、この服装をする事が多いらしい。
それでも王室育ちである為、オルクティスの上品な雰囲気は滲み出てしまっている。
そんな商家の子息と、それを護衛する無駄に気品溢れる中級層の騎士という組み合わせの二人は、活気溢れた露店が並ぶ道を港方面へと歩き出す。
すると、香ばしい香りがアズリエールの鼻を誘惑し始めた。
「オルク! 見て見て! あそこですっごく美味しそうな食べ物が売ってる!」
「アズリル、そんなにはしゃぎ過ぎたら危な……」
そんな興奮気味のアズリエールの様子に苦笑していたオルクティスだったが……。
何故か急に言葉を切り、その表情が厳しいものへと変わった。
「アズリルっ!!」
そして、かなり緊迫した表情でアズリエールの方へと駆け寄ってきた。
そんな初めて見るオルクティスの殺気立った表情に驚きつつも、その手が腰に下げられている剣の柄に掛けられている事にアズリエールがすぐに気が付く。
その事で今、自分の身に危険が迫っていると察したアズリエールは、慌てて自分の後ろを振り返って状況を確認しようとした。
しかし、その反応は遅すぎた……。
振り返える前に後ろから大きな黒い影が、アズリエールに覆いかぶさってきたのだ。
そして次の瞬間――――。
「ムギャッ!!」
アズリエールはその大きな影によって、うつ伏せ状態で地面に押し倒される。
一瞬何が起きたか分からず、アズリエールが慌てて起き上がろうと顔を上げると、何故か目の前にいるオルクティスが剣の柄に手を掛けたまま、茫然とした様子で固まっていた。
その婚約者の反応で、ますますアズリエールは自分に覆いかぶさって来た正体が気になり出す。
「な、何っ!? 何が上に乗って……って、ひゃあっ!!」
その覆いかぶさって来た存在の姿を確認しようとアズリエールが体を捻った瞬間、生温かくて湿った物体がアズリエールの頬をデロリと撫でる。
その事に驚いて、瞑ってしまった瞳をアズリエールはゆっくり開く。
すると息遣いが荒い毛むくじゃらの生物が、アズリエールの視界いっぱいに広がった。
「ええっ!? ちょっ……何っ!? な、何が起こってるのっ!?」
その生温かい毛むくじゃらの何かは、更に何度もデロデロとアズリエールの顔中を撫でてきた。
しかもその湿った液体は、何か変な臭いもする……。
その正体を確認しようと、その謎の毛むくじゃらの顔のような部分をアズリエールは両手でガッと押さえつけて凝視した。
すると、その毛むくじゃらは薄いグレー色の長い毛の間から黒くつぶらな瞳で、ジッとアズリエールを見つめてくる。
その瞬間、今自分に覆い被さっている存在が何なのかアズリエールは理解した。
「い、犬……?」
「ご、ごめんなさいっ!! なんだか急にこの子、駆け出してしまって!!」
アズリエールが驚いていると、その大きな毛むくじゃらの犬の後方から、30代くらいのそこそこ身なりの良い女性と、その従者らしき人物が慌てて駆け寄って来るのが見えた。
その声でオルクティスが我に返り、すぐにアズリエールからその犬を引き離そうとする。
しかし何故かその犬は、アズリエールから全く離れようとしない……。
「ほ、本当に申し訳ございません!! 普段のこの子は大人しいのですが……って、オルクティス殿下っ!?」
その女性は何故かオルクティスの事を知っており、その事に気付くと一気に顔色を真っ青にさせた。
「ウェイラル子爵夫人、ご無沙汰……しておりますっ!」
アズリルに伸し掛かっている犬を何とか引き離そうとしながら、オルクティスが挨拶をする。
「ももももも……申し訳ございませんっ!! わ、我が家の駄犬が大変なご無礼をっ!!」
「い、いや。どうやらこの子はっ! 私の婚約者の事を大変……慕ってくれているだけのようだからっ!」
駆けつけた夫人は、オルクティスの『婚約者』という言葉に一瞬、アズリエールの姿を凝視する。
しかし、すぐにオルクティスと一緒に駆け付けた従者と共にアズリエールへ伸し掛かり、ベロベロと顔を舐めまくっている毛むくじゃらの愛犬を引き離した。
「お嬢様、申し訳ございません!! お、お怪我は!?」
「だ、大丈夫です……。犬にこうしてじゃれつかれるのは慣れているので……」
ヨロヨロと立ち上がりながら、そう呟いたアズリエールの言葉に夫人だけでなく、オルクティスも驚く。
「アズリル? それはどういう――――」
「サンライズの巫女って、ある特定の動物に異様に好かれるっていう特徴があって……。僕の場合、それが犬なんだ。だから、街中を歩いていると、結構こういう目に遭うのだけれど……マリンパールの港町は、犬よりも猫が多いって聞いていたから、ちょっと油断しちゃったみたい」
夫人に支えながら立ち上がったアズリエールが、やや情けない表情で苦笑する。
「本当に申し訳ございません……。お顔もですが、お召し物まで汚してしまって……。もしよろしければ、わたくしの屋敷にてお詫びのおもてなしをさせて頂きたいのですが……」
「申し出は大変ありがたいのですが、実は現在、彼女と共にマリンパール城に向かっている最中でして。今日中にセリナス領で所有している屋敷まで移動しなければならないのです……」
「まぁ、それではあまりお時間がございませんね……。でしたら、せめて汚してしまったお召し物の代替えのご用意だけでも我が家の方で……」
夫人の申し出で改めてオルクティスがアズリエールの姿を確認すると、顔は犬の涎だらけな上に着ている服は、背中と胸の辺りに犬の足跡型がベッタリと付いていた。
「確かにこのままでは、ちょっと……。ではお言葉に甘えて、着替えのみお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ! もちろん! さぁ、お嬢様、我が家の馬車があちらにございますので、どうぞ!」
夫人に案内されたアズリエールは、そのままオルクティスと共にウェイラル子爵家の屋敷に案内された。
昨日から滞在しているこのクロフォード家所有の別邸は、所有者のレイオットの趣味なのか、かなり居心地がいい屋敷だったのだ。
昼食後に散策した庭はとても見事な薔薇園があり、その後に食したシフォンケーキは、オルクティスが薦めるだけあって絶品な味わいだった。
そのまま談話室で他愛もない会話を二人でしていたのだが、その部屋の調度品は上品な上に落ち着いた空間を見事に演出する質の良い物ばかり。
座っていたソファーもかなり座り心地が良い物であった。
その後、各自の部屋に案内されてからは、見事な浴室を堪能し、屋敷付きのメイド達にマッサージ等もされ、最終的には今までで体感した事の無いほどの寝心地の良いベッドでグッスリ眠ってしまった。
いくらマリンパール王家から信頼を得ている伯爵家とはいえ、これほどの豪華なもてなしが出来るとなると、明後日登城する予定のマリンパール城でのもてなしは、更に豪華な物になるのでは――――と、アズリエールは期待してしまう一方で、不安も抱き始めた。
そんな事を考えながら、メイド達に朝の身支度を手伝って貰う。
「アズリエール様、本日もドレスでなくてよろしいのですか?」
「うん。今日はここを発った後にお昼休憩で次に滞在するお屋敷近くの大きな港町を見学させて貰えるって聞いてるから、なるべく動きやすい服装の方がいいかなって」
「さようでございますか……」
着替えを手伝ってくれていたメイド3人が、何故か残念そうな表情を浮かべた。
「えっと、何か問題があるかな?」
「いえ、その様な事は! ただ、その……お別れ前にアズリエール様のドレス姿を拝見したかったと皆、思っていたので……」
この屋敷はあくまでもマリンパール城に行くまでの休憩地点に過ぎない。
相手の懐にスッと入ってしまう事が得意なアズリエールは、昨日たった一日を過ごしただけで、この屋敷の使用人達とすっかり打ち解けてしまっていた。
しかし、それは本日ここを発つ際の別れを名残惜しい物にしてしまう。
「ごめんね……。今日はオルクからも『なるべく動きやすい服装で』と言われているんだ」
「さようでございましたか……」
「でもこちらのお屋敷を所有していらっしゃるクロフォード卿のご婚約者のリデルシア様とは、同じ巫女仲間で僕は親しいから、また遊びに来れるようにお願いしてみるよ。その時は、ちゃんと伯爵令嬢らしいドレス姿で遊びに来るから。だからそんな今生の別れみたいな顔をしないで?」
「そう……ですよね。ええ! 再びアズリエール様をおもてなし出来る日を心待ちにしております!」
「僕もまたここの絶品シフォンケーキを堪能出来る日を楽しみにしているから!」
そんな別れを惜しむやり取りを一期一会になりそうな使用人達としていたら、それを見ていたオルクティスが、やや呆れ気味な笑みを浮かべた。
「アズリルは本当に相手の心を鷲掴みにして、タラシ込む事が天才的に上手いよね……」
「失礼なっ! 僕、そんなナンパ師みたいな事はしていないよ!?」
「無自覚って本当に怖いと思うな……」
「無自覚じゃないからね!? 多少は計算しての行動だからね!?」
「それはそれで、かなり問題があると思うのだけれど……」
そんな会話をしながら朝食を取った二人は、次の休息場所でもある王家所有の別邸へと出発した。
しかしその別邸は、最短でも移動に半日ほどかかる為、途中で昼休憩として大きな港町に寄る予定となっている。
オルクティス曰く、登城する前にマリンパールという国の雰囲気をアズリエールに体感して欲しいという事で、このような配慮がなされたらしい。
確かにこの国がどのような雰囲気で、どんな国民性なのかを知っておいた方が、今後アズリエールがこの国でどう振る舞えばよいか、対策が練りやすくなる。
同時にそういう細かい部分への配慮を思いついてしまう程、オルクティスがアズリエールを気遣ってくれている事もよく伝わってきた。
「次に休憩する港町って、そんなに大きいの?」
移動中の馬車の中で、アズリエールが持参したマリンパールについて書かれた書籍と地図を見ながら、オルクティスに尋ねる。
「城下町の次くらいに活気づいてるかな? ただその港町は物販搬入のみで、旅行客とかは受け入れていない港なんだ。そうでないとこちらの方で密入国者が増えてしまうから」
「でもそれだと物販の密輸が横行してしまうのでは?」
「そうだね。でもむしろそれで密輸を誘発させて、あえて不正取引を検挙しやすくしているところもあるから」
「なるほど……。じゃあ、これから行く港で不正取引をするという事は『捕まえてください』と言っているような自殺行為だと知れ渡ってるんだね」
「うん。それで二年前に大分不正を行っている国内の組織を検挙出来たからね。同時に港を物販のみに窓口を狭める事で、不正取引の監視を強化して管理しやすくしているんだ」
「それって……やっぱりノクティス王太子殿下がご提案されたの?」
「いや? その提案をしたのは僕の母だね」
サラリと言ったオルクティスの言葉にアズリエールは、手にしていた書籍を取り落した。
「王妃のテイシア様がっ!? うわぁ……。それを聞いてしまうと、テイシア様は相当頭の切れる手強そうな女性だって思ってしまうのだけれど……」
「だから伝えたよね? 母ははっきりした性格だって。自身の考えをしっかり持っていて、それを口に出せるし、納得出来ない事に関しては一切妥協をしない人だよ。その代わり一度懐に入り込めれば、とことん大事にしてくれるから」
「例えそうでも王妃様が、そんなにやり手の女性だったなんて……。サンライズで面会してた時、オルクは一言も教えてくれなかったじゃないかぁ……」
「ごめん。でもアズリルなら、すぐに母に気に入られそうだったから、アドバイスする必要はないかと思って……」
「オルク。忘れているかもしれないけれど、僕はマリンパールでは、あまり印象が良くない令嬢なんだよ? 空を飛べる事だけでも異色なのに男装までしてしまっているのだから、自国の自慢の第二王子の婚約者には、相応しくないと思っている人が大勢いるはずだよ? 特に母親という立場なら、尚更そんな嫁なんて欲しくないと思う!」
アズリエールがキッと見据えるようにオルクティスに訴えた。
しかし、オルクティスのは方はニッコリ笑みを浮かべたままだ。
「オルク……。僕の話、ちゃんと聞いていた?」
「聞いていたよ? でもアズリルは、そのあまり良い印象を持っていなかったマリンパールの人間と、短期間で打ち解けた実績があるじゃないか」
「実績?」
「僕の護衛のラウルと、いつの間にかスイーツ談議で盛り上がるほどの仲になっているよね?」
すると、馬車の外からラウルらしき人物の咳払いが聞こえた。
「ラウルと王妃殿下を一緒にしないでよぉ……。攻略する難易度が全然違うよぉ~!!」
そんな話をしながら、少しずつマリンパールという国についての情報をオルクティスから聞き出していると、いつの間にか馬車の外の雰囲気が賑やかになっていた。
それに気が付いたアズリエールが馬車の窓から身を乗り出す。
「わぁ~! すっごい賑やかな雰囲気! サンライズで言うとお祭りの日みたい!」
「それだと、この港町は毎日がお祭りになってしまうよ?」
「いつもこんなに賑やかなの!? 凄いなぁ……」
「マリンパールの城下町も市場の方は、こんな感じかな?」
「やっぱりサンライズと比べると、マリンパールの人達ってパワフルだね!」
町に入ったばかりだというのに露店が並び、活気ある呼び込みが聞こえてくる。
サンライズでは露店の存在はあるが、ここまで活気づいた威勢のよい呼び込みはしていない。
だがマリンパールという国では、この掛け声のようなテンポの良い呼び込みが、もはや名物になっているようだ。
各店での独自の呼び込み口上があって、それを聞いているだけでも面白い。
その様子に早くもアズリエールの瞳がキラキラし始めると、オルクティスがある提案をしてきた。
「このまま馬車で進むと目立ってしまうし、この辺で降りて港の方まで歩いてみようか?」
「うん!」
そう言って、先に下車したオルクティスがアズリエールに手を差し出す。
今日のアズリエールは令息風の服装ではなく、少し裕福な商家の子息風な格好をしている。
もちろん、オルクティスも普段とは違い、中級層くらいの騎士のような服装だ。
一応、護身用で帯刀していても違和感がないように市街地を訪れる際は、この服装をする事が多いらしい。
それでも王室育ちである為、オルクティスの上品な雰囲気は滲み出てしまっている。
そんな商家の子息と、それを護衛する無駄に気品溢れる中級層の騎士という組み合わせの二人は、活気溢れた露店が並ぶ道を港方面へと歩き出す。
すると、香ばしい香りがアズリエールの鼻を誘惑し始めた。
「オルク! 見て見て! あそこですっごく美味しそうな食べ物が売ってる!」
「アズリル、そんなにはしゃぎ過ぎたら危な……」
そんな興奮気味のアズリエールの様子に苦笑していたオルクティスだったが……。
何故か急に言葉を切り、その表情が厳しいものへと変わった。
「アズリルっ!!」
そして、かなり緊迫した表情でアズリエールの方へと駆け寄ってきた。
そんな初めて見るオルクティスの殺気立った表情に驚きつつも、その手が腰に下げられている剣の柄に掛けられている事にアズリエールがすぐに気が付く。
その事で今、自分の身に危険が迫っていると察したアズリエールは、慌てて自分の後ろを振り返って状況を確認しようとした。
しかし、その反応は遅すぎた……。
振り返える前に後ろから大きな黒い影が、アズリエールに覆いかぶさってきたのだ。
そして次の瞬間――――。
「ムギャッ!!」
アズリエールはその大きな影によって、うつ伏せ状態で地面に押し倒される。
一瞬何が起きたか分からず、アズリエールが慌てて起き上がろうと顔を上げると、何故か目の前にいるオルクティスが剣の柄に手を掛けたまま、茫然とした様子で固まっていた。
その婚約者の反応で、ますますアズリエールは自分に覆いかぶさって来た正体が気になり出す。
「な、何っ!? 何が上に乗って……って、ひゃあっ!!」
その覆いかぶさって来た存在の姿を確認しようとアズリエールが体を捻った瞬間、生温かくて湿った物体がアズリエールの頬をデロリと撫でる。
その事に驚いて、瞑ってしまった瞳をアズリエールはゆっくり開く。
すると息遣いが荒い毛むくじゃらの生物が、アズリエールの視界いっぱいに広がった。
「ええっ!? ちょっ……何っ!? な、何が起こってるのっ!?」
その生温かい毛むくじゃらの何かは、更に何度もデロデロとアズリエールの顔中を撫でてきた。
しかもその湿った液体は、何か変な臭いもする……。
その正体を確認しようと、その謎の毛むくじゃらの顔のような部分をアズリエールは両手でガッと押さえつけて凝視した。
すると、その毛むくじゃらは薄いグレー色の長い毛の間から黒くつぶらな瞳で、ジッとアズリエールを見つめてくる。
その瞬間、今自分に覆い被さっている存在が何なのかアズリエールは理解した。
「い、犬……?」
「ご、ごめんなさいっ!! なんだか急にこの子、駆け出してしまって!!」
アズリエールが驚いていると、その大きな毛むくじゃらの犬の後方から、30代くらいのそこそこ身なりの良い女性と、その従者らしき人物が慌てて駆け寄って来るのが見えた。
その声でオルクティスが我に返り、すぐにアズリエールからその犬を引き離そうとする。
しかし何故かその犬は、アズリエールから全く離れようとしない……。
「ほ、本当に申し訳ございません!! 普段のこの子は大人しいのですが……って、オルクティス殿下っ!?」
その女性は何故かオルクティスの事を知っており、その事に気付くと一気に顔色を真っ青にさせた。
「ウェイラル子爵夫人、ご無沙汰……しておりますっ!」
アズリルに伸し掛かっている犬を何とか引き離そうとしながら、オルクティスが挨拶をする。
「ももももも……申し訳ございませんっ!! わ、我が家の駄犬が大変なご無礼をっ!!」
「い、いや。どうやらこの子はっ! 私の婚約者の事を大変……慕ってくれているだけのようだからっ!」
駆けつけた夫人は、オルクティスの『婚約者』という言葉に一瞬、アズリエールの姿を凝視する。
しかし、すぐにオルクティスと一緒に駆け付けた従者と共にアズリエールへ伸し掛かり、ベロベロと顔を舐めまくっている毛むくじゃらの愛犬を引き離した。
「お嬢様、申し訳ございません!! お、お怪我は!?」
「だ、大丈夫です……。犬にこうしてじゃれつかれるのは慣れているので……」
ヨロヨロと立ち上がりながら、そう呟いたアズリエールの言葉に夫人だけでなく、オルクティスも驚く。
「アズリル? それはどういう――――」
「サンライズの巫女って、ある特定の動物に異様に好かれるっていう特徴があって……。僕の場合、それが犬なんだ。だから、街中を歩いていると、結構こういう目に遭うのだけれど……マリンパールの港町は、犬よりも猫が多いって聞いていたから、ちょっと油断しちゃったみたい」
夫人に支えながら立ち上がったアズリエールが、やや情けない表情で苦笑する。
「本当に申し訳ございません……。お顔もですが、お召し物まで汚してしまって……。もしよろしければ、わたくしの屋敷にてお詫びのおもてなしをさせて頂きたいのですが……」
「申し出は大変ありがたいのですが、実は現在、彼女と共にマリンパール城に向かっている最中でして。今日中にセリナス領で所有している屋敷まで移動しなければならないのです……」
「まぁ、それではあまりお時間がございませんね……。でしたら、せめて汚してしまったお召し物の代替えのご用意だけでも我が家の方で……」
夫人の申し出で改めてオルクティスがアズリエールの姿を確認すると、顔は犬の涎だらけな上に着ている服は、背中と胸の辺りに犬の足跡型がベッタリと付いていた。
「確かにこのままでは、ちょっと……。ではお言葉に甘えて、着替えのみお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ! もちろん! さぁ、お嬢様、我が家の馬車があちらにございますので、どうぞ!」
夫人に案内されたアズリエールは、そのままオルクティスと共にウェイラル子爵家の屋敷に案内された。
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誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。
作者は元サヤハピエン主義を掲げております。
アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
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