妖精巫女と海の国

もも野はち助

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13.視線

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 ウェイラル子爵邸で着替えをさせて貰ったアズリエール達は、そのまま邸で軽食をご馳走になり、その後は当初の目的でもあった港町の散策を再開した。

 ちなみに着替えさせて貰った外出用のドレスは、アリスン夫人より愛犬の非礼のお詫びという事で、そのままアズリエールに贈られた。
 それとは別に馬車の中で食べられる焼き菓子もたくさん持たせてくれた。
 それを後からやって来た護衛のラウルが受けっていたが、かなり興味津々に中身を確認したがっていた。
 ラウルは、本当に甘い物には目がないらしい……。

 そのように限られた時間内で丁重にもてなされたアズリエール達は、ウェイラル邸の人々にお礼を言い、少し前にジョイスに飛び付かれた辺りまで、馬車で送って貰った。

「さて、時間もそんなに無いから、見学したい場所を厳選して回る形になるけれど、まずどこから――――」
「あそこ! まずあの香ばしい香りがしているところがいいな!」
「アズリル……。君は先程ウェイラル邸で軽食をご馳走になったよね?」
「ほら! 僕、今育ち盛りだから」
「そもそもその貴族令嬢風の外出着で、買い食いは問題あると思うけれど?」
「大丈夫だよ。中流階級の騎士と、その主であるご令嬢の身分差デートという設定で行けば」
「君は想像力も豊かだよね……」

 若干呆れつつもオルクティスは、その香ばしい香りを放っている屋台の方に向かってくれた。
 そこでは串に刺された厚手の肉を売っており、二人でその肉を頬張る。

「うーん! 美味しい!! やっぱりお肉は最高だね!」
「アズリルは、サンライズでもこういう買い食いはよくしていたの?」
「うん。いつもは少年風な格好だから、そのまま食べ歩きしていても今の様に周りから、そこまで注目はされなかったかったし……」

 そう言われ、オルクティスが自分達の周りにふと視線を向けると、自分達の様子……というよりも主にアズリエールに視線を向けていた数人の男達が、一斉に目を逸らす。
 その周りの反応にオルクティスが、眉をしかめた。

「もう慣れてしまったという感じなんだよね。本来の令嬢らしい格好をしている時は、特にこういう視線を投げ掛けられる事が多いから……」

 そう呟くように話すアズリエールの内容にオルクティスが、更に眉をしかめ、珍しく眉間に皺を刻み込む。

「そういう視線が……怖いと思った事はないの?」
「うーん。子供の頃はあったけれど、今はもう自分の守り方を知っているから。対処法をしっかり準備していおけば、そこまで怖いって思わなくなったかな」

 そのアズリエールの返答を聞いたオルクティスが、同情するように悲しげな笑みを浮かべた。
 恐らくアズリエールの中では、自身がこのように人目を引く容姿だという事に対して、もう諦めている感じなのだろう。
 すると、急にアズリエールが、にぃーっと歯を見せて、あからさまな笑顔を向けてきた。

「でもまぁ、久しぶりに異性から熱い視線を注がれると、なんだかんだ言って気分は良いものだよね!」

 重たい空気になっていたのを払拭するように急にアズリエールが、おどけだす。
 その様子にオルクティスは、苦笑してしまった。

「君はあざといのか、繊細なのか良く分からないよね……」
「『あざとい』は分かるけれど、『繊細』は絶対に違うと思うよ?」

 すると、オルクティスが目を細めながら、極上過ぎる程の優しい笑みを浮かべてきた。

「そうかな?」

 そのままアズリエールの顔を覗き込んでくる。
 そのオルクティスの態度にアズリエールが、驚くように目を見開く。
 しかしそれは、すぐに不貞腐れたような表情へと変わった。

「オルクのそういう『何でも見透かしてます』っていう態度、何だかアレク兄様っぽくて腹黒に見える……」
「酷いなぁ。ただ君の顔を覗き込んだだけなのに」
「今、絶対に僕が無理して明るく振る舞ったって思ったでしょ!?」

 先程の優しい笑みを浮かべたままオルクティスが、わざとらしく小首を傾げる。

「違うの?」

 その返答にアズリエールは、盛大にため息をついた。

「これだから対人スキルが高い人は、厄介なんだよね!」
「ごめんね? でもこのスキルは外交関係を担う人間にとっては、仕事上で必須なものだから」

 申し訳なさそうな笑みを浮かべてはいるが、内心は全くそうは思っていない様子のオルクティスが謝罪してくる。
 アレクシスと違ってオルクティスの場合、やんわわりとアズリエールが無理をしようとしていないか釘を刺してくる。
 心配されるのは嬉しいが、その度にアズリエールは『自分はそこまで弱くないのに』と思ってしまう。
 そんなアズリエールの心の中を見透かしたのか、オルクティスが手を繋いできた。

「オルク?」
「久しぶりな異性からの熱い視線に今は気分がいいかもしれないけれど、長くそういう視線に晒される事は逆にストレスになるからね。でも今は君の婚約者である僕がいる。だからそれを遮る事くらいには役に立てると思うよ?」

 わざと明るく振る舞い、強がっていた事を瞬時に見抜かれたアズリエールは、何ともいえない表情を浮かべた。

「だーかーらー!! そういう所が対人スキルの高い人のダメな所なの!!」
「仕方ないよ。気付いてしまうのだから。だからアズリルは、もっと僕に頼って大いにその利点を活かしていいからね?」
「あからさまにそういう事をお薦めされると、逆に頼りたくなくなるのだけれど……」
「アズリルは普段は自分の気持ちに正直で素直なのに……。こういう所は本当に素直じゃないよね」
「大きなお世話ですぅー!!」

 プリプリしながらオルクティスを引っ張るように歩き出すアズリエール。
 しかし自分達が手を繋ぎ始めてから、周りの異性からの刺さるような視線がある程度、和らいだ事を実感する。
 その視線は悪気があってのものではないのは重々理解はしているが、幼少期の頃からずっと受ける事が多かった視線だ……。
 それでも巫女力で自身を守るすべを持っているアズリエールは、もしその視線を注いでくる人間が自分に懸想を抱き、暴走して来ても撃退する事が出来る。

 しかし全く同じ顔をしている姉ユリアエールは違う……。
 姉は一時期、その悪気のない憧れや好意を含む視線を酷く恐れていた。
 その事を痛いほど理解出来るアズリエールにとって、その周りから受けやすい視線は、最終的には不快で厄介なものとなる。

 そして、それはオルクティスにとっても言える事だろう。
 彼の容姿も女性からすれば、目を奪われる程の発展途上中の美丈夫だ。
 今現在では恋愛対象として多くの女性の視線を集めているだろうが、幼少期の頃などは第二王子という立場なだけでなく、さぞ愛らしい容姿の子供だったと思われるので、その頃でも人目を引く存在だったはずだ。
 しかし大人の中には、それを純粋に愛らしいと感じず、歪んだ愛で方をしようとする人間がいる。
 例えば7年前のコーリングスターの令息達のように……。

 その容姿に恵まれ過ぎているデメリットをアズリエール程ではないが、オルクティスも経験上で知っているのだろう。
 だからこそ、アズリエールが平気なふりをしている事をすぐに見抜いた。

「人は見た目だけでは、ないと思うのだけれど……」

 アズリエールがポツリと溢すと、今度のオルクティスは本気で苦笑する。

「それでも一番単純に人を惹きつける効果があるのは、容姿だからね……。それを恵まれていると思うか、煩わしいと思うかは、その恵まれた容姿を持った人の認識や向き合い方で大きく変わるから」
「得をする事の方が多いはずなのに……。僕にとってはやっぱり煩わしい恵みだと感じてしまうな」
「アズリルにとっては、そうかもしれないけれど……。僕にとっては、それはメリットでしかないかな?」

 そのオルクティスの言葉にアズリエールが、不思議そうな表情を向けた。

「どうしてオルクにとって、それがメリットになるの?」
「だって、こうして君を連れだって歩いていると、周りの男性から羨むような視線を向けられるから、男としてはもの凄く気分がいいからね」
「それって……どうなの?」
「だからこれからは、アズリルも遠慮なく今日みたいな可愛らしい令嬢の格好をしていいからね?」
「むしろマリンパールに行ったら、そういう格好しか出来ない状況になるのだけれど……」
「それはいい事だね」
「オルク、絶対に面白がってるでしょ!?」

 からかわれている事を悟ったアズリエールが抗議する。
 するとオルクティスが、今日一番の優しい笑みで顔を覗き込んで来た。

「だって、初めて見せて貰った令嬢姿の君は本当に愛らしいから」

 その柔らかすぎる笑みを向けられた瞬間、アズリエールが目を大きく見開く。
 同時に繋いでいた手をパッと放し、視線から逃げるように両手を広げ、勢いよくオルクティスの前にかざした。

「やめて!! オルクみたいな綺麗な顔の男性に微笑まれながら、そういう事を言われると、うっかりときめいてしまうから!!」
「え~? 婚約者同士なのだから、ときめいて貰ってかまわないのに……」
「かまうよ!! オルクはもう少し自分の容姿が持つ破壊力を自覚した方がいいと思う!!」
「それは僕だけじゃなくて君にも言える事だと思うけれど?」

 しれっとした様子で、そう言って来たオルクティスにアズリエールが、やや恨めしそうな視線を向ける。
 サンライズで面会していた時には、あまり感じなかったが……。
 どうやらオルクティスには、やんわりと人を食ったような言動をするところがある。
 それはアレクシスの腹黒さを砂糖でコーティングしたような……そんな緩やかなおちょくり方だ。

 それがここ二日間でアズリエールには、かなり垣間見えた気がした。
 しかし不思議な事にそれを不快だと感じた事は一切無い。
 むしろそのやり取りに心地よさすら感じてしまう。

 そんな心地よいやり取りをしながら、残り僅かな時間でこの港町を散策する。
 サンライズと違い、マリンパールの人々は人との距離感が近く、良い意味でも悪い意味でも自分に正直で、遠慮のない物言いをする人が多い。
 その分、裏表をあまり感じさせない国民性のようだ。
 相手を探るような言動をする事があるオルクティスだが、アレクシスのような腹黒さを感じさせないのは、こういったお国柄も関係しているかもしれない。
 探りを入れてはくるが、その本心は極力隠さず正直に打ち明けてくる。
 アズリエールに婚約を申し込んで来た際のオルクティスが、まさにそういう接し方だった。

 常に相手の顔色を窺う癖が付いてしまっているアズリエールにとって、この国の人々の考えや感情は非常に分かりやすく、接する事でのストレスをあまり感じさせない。
 そしてそういう国で育ったオルクティスだからこそ、アズリエールは相手の気持ちの深読みをする必要がないので、気疲れせずに気楽に接する事が出来る。
 それがきっと、オルクティスと過ごす時間を心地よいものにさせていると思っていた。

 しかしその心地よさは、実は自分達の距離が縮まって感じていたものだとは、この時のアズリエールは全く気付いていなかった。
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