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4.王妃と姫巫女
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エレンと冗談を言い合っていたアイリスだが、セラフィナの別邸に着くと、入り口に王家の物ではない紋章の入った馬車が止まっている事に気付いた。
その紋章は、もう一つの雨巫女の家系であるティアドロップ家の物だ。
「フィーネ?」
雨巫女の三家は、アイリスのスコール家の他に二つある。
レイニーブルー家とティアドロップ家だ。
フィーネというのは、そのティアドロップ家の五女フィーネリアの事だ。
先月までサンライズで降らせる雨は、このフィーネリアとアイリスがひと月毎に交代で行っていたのだが、今月からフィーネリアは婚約者であるウッドフォレストの王太子の許へ行っているので、確か今はこの国にはいないはずなのだが……。
そう思ってアイリスが怪訝そうな表情を浮かべていると、入り口の前に馬車が着いたようで、別邸付きの執事が扉を開けてくれた。
それを確認すると、エレンは別邸の馬房に自分の馬を繋ぎに行く。
その後は従者用の待機部屋でアイリスの用事が済むまで待っててくれるのだ。
「アイリス様、ようこそお越しくださいました」
「ねぇ、あの馬車って……ティアドロップ家の物よね?」
「はい。本日はフィーネリア様にもお越し頂いております」
執事にエスコートされながら馬車を降りたアイリスが、更に怪訝な顔をする。
「でも確かフィーネは、今ウッドフォレストに……」
「ウッドフォレストにお立ちになられるのは三日後だそうですよ」
「そうだったの……」
そのままアイリスは、その執事に邸内へと案内される。
この別邸の執事は、アイリスが幼少期の頃から仕えているので顔なじみだ。
現在では40代半ばくらいなのだが、相変わらずのナイスミドルである。
「アイリス様、こちらで王妃様がお待ちでございます」
「ありがとう」
促されて部屋の中に入ると、中庭が一望出来る部屋付きのテラス席で、王妃セラフィナとフィーネリアがお茶をしていた。
「アイリス! よく来てくれたわね!」
「セラフィナ様、本日はお招き頂きまして、誠にありがとうございます」
「アイリスお姉様!」
「フィーネも久しぶりね? 元気だった?」
「はい!」
フィーネリアは、今年で13になったばかりのまだあどけない少女だ。
雪のように白い肌に透ける様なブロンドのサラサラストレートヘアー、エメラルドの様な濃い緑の瞳を持つ儚げな美少女だ。
実際、性格も内向的でオドオドしており、極度のあがり症でもある。
これだけの美少女なのに勿体ないと思うアイリスだが……。
フィーネリアがそうなってしまったのは、幼少期に原因がある。
今でこそ金髪美少女のフィーネリアだが、8歳くらいまでは酷い赤毛な上に目元辺りはソバカスだらけだったので、それを必至で隠そうと前髪で目を覆っていた。
その所為で、婚約者選別も兼ねた昼食会では、一般の上流階級の男の子達に必要以上にからかわれて、いつも泣いていたのだ……。
その現場をたまたま王妃教育でセラフィナの別邸に来ていたアイリスが遭遇し、その子爵達を言葉だけで言い負かし、返り討ちにした。
それ以来、フィーネリアはアイリスを姉の様に慕って懐いてくれている。
「ごめんなさいね。急に呼び出したりして……。とりあえず座って?」
「はい。失礼いたします。ところで……本日は一体どのような……」
「そうよね。そもそも今回はフィーネの分の雨乞いの儀の引継ぎで、ここに来て貰ったのにそのフィーネがここにいたら、驚くわよね?」
「ごめんなさい……。実はわたくしがセラフィナ様にお願いして、今日ここにアイリスお姉様を呼んで頂いたの……」
「フィーネが?」
「だって……三日後にはウッドフォレストに行ってしまうから、しばらくお姉様に会えなくなってしまうでしょ? だからどうしても今日お会いしたかったの……」
そう言って、申し訳なさそうに俯くフィーネリア。
そんなフィーネリアは、実はアレクシスとは従兄妹関係だったりする。
父である現ティアドロップ伯爵は、現サンライズ国王の弟なのだ。
その為、フィーネリアだけでなく、ティアドロップ家の令嬢全員がサンライズ王家とは血縁関係になる。そんな彼女達は国内では『姫巫女』と呼ばれている。
なので今回の様にセラフィナを通し、簡単にアイリスの事を呼び出せるのだ。
「気にしないで。私だってフィーネに会えなくなるのは淋しいもの……」
「アイリスお姉様……」
「それでね! しばらくフィーネがあなたの歌を聴けなくなってしまうから、ウッドフォレストに向かう前に是非、あなたの歌声を聴きたいって!」
そう言って目をキラキラさせるセラフィナに呆れた目を向けるアイリス。
「セラフィナ様? フィーネではなく、ご自身がお聴きしたいだけなのでは?」
「だって! こういう状況でないと、あなたは人前で歌ってくれないでしょ!?」
「セラフィナ様……」
「お願い! 前回あなたの歌を聴いたのは、もう三ヶ月も前よ!」
そう熱心に懇願してくるセラフィナにアイリスは、大きなため息をつく。
息子のアレクシスと違い、王妃セラフィナはアイリスの歌声を大絶賛している。
そしてそれは自身が主催している婦人会で、アイリスの後援会を二年前に勝手に作ってしまうくらいの熱の入れようだ。最近では、その後援会で会員証まで作ったらしい。もちろん会員番号一番は、セラフィナだ……。
しかし、アイリスの方はアレクシスとの確執が出来てしまったあの雨巫女のお披露目式以降、人前で歌う事をあまり好まなくなった。
それと同時に絶対にアレクシスに自分の歌を聴かせない様にと、徹底している。
普段サンライズ国内で雨を降らせる依頼が来た際も希望期間中であれば、アイリスが好きなタイミングで雨を降らせる事を許されているのだ。
このようなアイリスの我儘を簡単に通して貰えるのは、王妃セラフィナが自身が提案したあのお披露目式の一件で、息子とアイリスの関係が壊れてしまった事に責任を感じているからだ。
「アイリスお姉様、わたくしからもお願い致します」
「フィーネまで……」
「わたくしの様な気の弱い者が、見知らぬ土地で長らく過ごすなど、本来なら怖くて行きたくないのです……。でもアイリスお姉様の歌声を聴けたのなら、きっと勇気が出て頑張れると思うのです」
「でもウッドフォレストに行けば、フィーネがずっと憧れてた王太子様にやっと会えるのだから……怖いどころか楽しみなのではないの?」
「ユテラルド様には、5年前に一度お会いしたきりなので……」
5年前ともなると、まだフィーネリアが赤毛でソバカスだらけの頃だ。
容姿が劇的に変化した彼女を農業の国の王太子は、どう捉えるのか……。
その部分でも、かなり不安を抱いてウッドフォレストに行くのだろう。
「わかりました……。でも一曲だけですよ?」
「アイリス!」「お姉様!」
「ですが、こちらの別邸で私が全力で歌ってしまうと、かなりの大雨が降ってしまって大変な事になりますので、巫女力を発動させないようある程度抑えて……」
「それならば心配ないわ! フィーネ、お願い」
「はい!」
セラフィナに声を掛けれたフィーネリアが、何故か部屋を出て行った。
「あの……セラフィナ様?」
「本当は陛下にお願いしようと思ったのだけれども……。エリアテールが本格的にコーリングスターに嫁ぐ事が決まったでしょ? その関係で両国間での経済が活性化してしまって、新事業の申請書等の確認でお忙しいみたいなのよね……」
「陛下にお願いっ!?」
セラフィナのその言葉から、先程出て行ったフィーネに不安を抱くアイリス。
そしてそれは……見事に的中した。
「やぁ! アイリス、久しぶりだね!」
「ジェ、ジェダイト王弟殿下っ!?」
なんとフィーネリアが連れてきた人物は、彼女の父である現ティアドロップ伯爵こと、王弟殿下その人だったのだ。
本来、王弟でもあるジェダイトが婿入りしたのだから、ティアドロップ家は伯爵家ではなく公爵家になるのだが……。
この気さくな王弟殿下は、他の巫女の家系と差が出る事を懸念し、あえて現爵位のままでと言って、今に至る。
「君の歌を聴かせて貰えると聞いてね。嬉々としてやって来てしまったよ!」
「アイリスお姉様、巫女力は父が抑えるので遠慮なく全力で歌ってくださいね!」
確かに王弟殿下であるティアドロップ伯なら、王族の男性のみが持つ晴天の力が扱えるので、アイリスの起こす大雨をある程度抑える事が出来る……。
だが、その為だけにセラフィナが呼び出した事にアイリスが固まる。
「そ、そんな! わざわざ殿下のお力を使わせる等、その様な恐れ多い事は……」
「何を言っているんだい? 君のファンとしては当然じゃないか」
そう言ってジェダイトがおもむろに自分の服の胸ポケットに手を入れる。
中から出てきたのは、会員番号二番と書かれたアイリスの後援会会員証だ。
それを見た瞬間、アイリスは盛大に肩を落として項垂れた。
ちなみ本格的に作られたこの会員証は、現在50番台に突入しているらしい……。
「ではお言葉に甘えまして、全力で歌わせて頂きます!」
半ば自棄気味になったアイリスが、テラス席から立ち上がり中庭へと出る。
そしてそこで靴を脱ぎ、素足で庭の芝生の上に降り立った。
かなりはしたないが、それがアイリスの雨乞いの儀をする時のスタイルだ。
後から来た王弟殿下も先程三人でお茶をしていたテラス席に腰を掛ける。
三人に注目されながらも意識を集中する為、アイリスが瞳を閉じて俯く。
基本的にアイリスは全力で歌う際は、相手のリクエスト曲等は聞かない。
その時、今自分の歌いたい歌を勝手に決めて歌う。
それが一番気持ちを込められ、聴き手に最高の歌として届けられるからだ。
そんなアイリスが瞳を閉じてからしばらくすると、空気が少し冷たくなった。
先程までカラっとした気候が、少し湿ったような独特の雨の匂いに包まれる。
そして俯いたまま、両手を胸で重ね、ゆっくりと出だしの歌詞を歌い出す。
その最初のやや低めな第一声を聴いた瞬間、軽く鳥肌が立つのを感じた三人。
それと同時に自分達の周りの空気が静かに震え出す。
アイリスが選んだ歌は、サンライズでは馴染みある『旅立ちの歌』だ。
本来なら、そこまで重厚感のない軽快な歌のはずなのだが、アイリスの歌声にかかると、その歌が一気にゴージャス感を増した歌に聴こえてくる。
そんな本来軽快である歌を……ゆっくりと高める様に。
そしてまるで天に恋い焦がれる様に。
両手を胸に押し当て、天と仰ぐように歌い上げるアイリス。
すると、ポツリポツリと大きな飴玉のような雨粒が落ちてきた。
アイリスの歌声の所為なのか、その雨粒はやけにゆっくり落下するように見え、まるで時間の流れが極端に遅くなった様な錯覚に陥る。
そんな不可思議で幻想的な時の流れに思わず三人同時に感嘆の声を洩らした瞬間、ボタボタと大粒の雨が、あっという間に地面を少し暗めの色に染め上げる。
そしてアイリスが大きく息を吸った次の瞬間、サビの第一声と共に滝のような激しい雨が一斉に地面に降り注いだ。
それと同時にアイリスも大きく体を動かし、更に激しく歌い出す。
誰が見ても一瞬息を呑んでしまう様な美女が、まるで激しく降り注ぐ雨と戦う様に天を仰ぎながら歌い続けるその姿は、圧巻の迫力だ。
三人全員が、その歌声と情景に鳥肌が止まらなくなっていた。
しかしそんな中、ジェダイトだけが慌てる様に空に向かって片手を上げる。
アイリスのあまりにも迫力のある歌う姿に目を奪われ、つい晴天の力で巫女力を抑える事を忘れてしまっていたのだ。
そして慌ててその力を発動させたのだが……ジェダイトは、すぐに顔を歪める。
アイリスの驚異的な巫女力の強さは話には聞いていたが、まさかここまで強い力だとは思ってもみなかったのだ。
折角、伝説と称されている素晴らしい歌声を目の前で堪能する為に来たのだが……正直、力を使う事に手一杯で、それどころではない。
そしてそれは歌が終盤に近づけば近づく程、アイリスの発動する巫女力は上がり、同時に迫力ある歌声も素晴らしさを増してゆく。
これならば無理にでも兄を引っ張ってくれば良かったと、後悔し始めたジェダイトだったのだが……。
何故か急にガクンと、その負担が減った。
そしてアイリスの歌が終盤に差し掛かかり、同時に段々と空が明るくなる。
急に減った負担に疑問を抱きつつ、隣を見ればボロボロと号泣して聴き入ってる義理の姉と、両手を胸の辺りで組んで目をウルウルさせている娘の姿が目に入る。
それと同時に力を使いながら、歌を聴き入る事にやっと余裕を得たジェダイトは、再びアイリスの歌声をじっくり堪能しようとしたのだが……。
悲しい事にすでにアイリスは、愛おしむ様に最後のフレーズを歌い始めていた。
そして歌が終わると同時に彼女の背後にゆっくりと綺麗な虹が掛かり出す。
「アイリスー!! とっても……とっても素晴らしい歌声だったわ~!!」
「アイリスお姉様ぁぁぁー!!」
歌い終わったアイリスに思わず感極まった二人が、抱き付こうとした。
しかしアイリスはバシリと両手を前にかざし、それを制した。
「いけません! 今の私に抱き付けば、お二人共濡れてしまわれます!」
その一言でハッと我に返った二人。
セラフィナは、慌てて侍女たちにタオルを持ってくる様に指示を出し、フィーネリアはそのタオルを一枚受け取り、侍女達と共に雨でずぶ濡れになったアイリスの髪を乾かす作業を手伝い始めた。
そんなアイリス達に目を向けながら、セラフィナがポツリと呟く。
「ジェダイト……。あの子の奇跡的な歌声は神からの授かりものだと思わない?」
「ええ。あのように素晴らしい歌声と出会えるのは、近年稀でしょうね……。ところで義姉上、今回アイリスにここで雨乞いの儀を行わせる事は、兄上にはお伝えしているのですか?」
「いいえ? だって陛下は今、殺到しているコーリングスターとの新規事業の申請確認作業で、殺気立ちながら執務室に閉じこもっておいでだから……」
それを聴いた瞬間、ジェダイトが口元に笑みを作る。
「ジェダイト? どうかしたの?」
「いえ、何故アイリスの時だけ雨乞いの儀の後、綺麗な虹が掛かるのかが分かった気がしたので」
「それは……あの子が降らせる雨量が多いからではないの?」
「それもありますが……どうやらそれだけではない様ですよ?」
そう呟きながら、中庭の方に目をやるジェダイト。
先程まで何かが降臨してきた様な圧巻で迫力ある歌声を披露していた雨巫女は、今は年相応の娘らしく、自分の娘ときゃあきゃあ楽し気な声を上げている。
「ちょっと! フィーネ! そんなにタオル使ったら勿体ないでしょ!?」
「ですが! こんなにもずぶ濡れでは、お姉様が風邪を引かれてしまいます!」
「もう平気だから! 新しいタオルを追加するのは、やめなさい!」
そんな娘らしく騒いでいる二人にセラフィナとジェダイトは笑みをこぼした。
その紋章は、もう一つの雨巫女の家系であるティアドロップ家の物だ。
「フィーネ?」
雨巫女の三家は、アイリスのスコール家の他に二つある。
レイニーブルー家とティアドロップ家だ。
フィーネというのは、そのティアドロップ家の五女フィーネリアの事だ。
先月までサンライズで降らせる雨は、このフィーネリアとアイリスがひと月毎に交代で行っていたのだが、今月からフィーネリアは婚約者であるウッドフォレストの王太子の許へ行っているので、確か今はこの国にはいないはずなのだが……。
そう思ってアイリスが怪訝そうな表情を浮かべていると、入り口の前に馬車が着いたようで、別邸付きの執事が扉を開けてくれた。
それを確認すると、エレンは別邸の馬房に自分の馬を繋ぎに行く。
その後は従者用の待機部屋でアイリスの用事が済むまで待っててくれるのだ。
「アイリス様、ようこそお越しくださいました」
「ねぇ、あの馬車って……ティアドロップ家の物よね?」
「はい。本日はフィーネリア様にもお越し頂いております」
執事にエスコートされながら馬車を降りたアイリスが、更に怪訝な顔をする。
「でも確かフィーネは、今ウッドフォレストに……」
「ウッドフォレストにお立ちになられるのは三日後だそうですよ」
「そうだったの……」
そのままアイリスは、その執事に邸内へと案内される。
この別邸の執事は、アイリスが幼少期の頃から仕えているので顔なじみだ。
現在では40代半ばくらいなのだが、相変わらずのナイスミドルである。
「アイリス様、こちらで王妃様がお待ちでございます」
「ありがとう」
促されて部屋の中に入ると、中庭が一望出来る部屋付きのテラス席で、王妃セラフィナとフィーネリアがお茶をしていた。
「アイリス! よく来てくれたわね!」
「セラフィナ様、本日はお招き頂きまして、誠にありがとうございます」
「アイリスお姉様!」
「フィーネも久しぶりね? 元気だった?」
「はい!」
フィーネリアは、今年で13になったばかりのまだあどけない少女だ。
雪のように白い肌に透ける様なブロンドのサラサラストレートヘアー、エメラルドの様な濃い緑の瞳を持つ儚げな美少女だ。
実際、性格も内向的でオドオドしており、極度のあがり症でもある。
これだけの美少女なのに勿体ないと思うアイリスだが……。
フィーネリアがそうなってしまったのは、幼少期に原因がある。
今でこそ金髪美少女のフィーネリアだが、8歳くらいまでは酷い赤毛な上に目元辺りはソバカスだらけだったので、それを必至で隠そうと前髪で目を覆っていた。
その所為で、婚約者選別も兼ねた昼食会では、一般の上流階級の男の子達に必要以上にからかわれて、いつも泣いていたのだ……。
その現場をたまたま王妃教育でセラフィナの別邸に来ていたアイリスが遭遇し、その子爵達を言葉だけで言い負かし、返り討ちにした。
それ以来、フィーネリアはアイリスを姉の様に慕って懐いてくれている。
「ごめんなさいね。急に呼び出したりして……。とりあえず座って?」
「はい。失礼いたします。ところで……本日は一体どのような……」
「そうよね。そもそも今回はフィーネの分の雨乞いの儀の引継ぎで、ここに来て貰ったのにそのフィーネがここにいたら、驚くわよね?」
「ごめんなさい……。実はわたくしがセラフィナ様にお願いして、今日ここにアイリスお姉様を呼んで頂いたの……」
「フィーネが?」
「だって……三日後にはウッドフォレストに行ってしまうから、しばらくお姉様に会えなくなってしまうでしょ? だからどうしても今日お会いしたかったの……」
そう言って、申し訳なさそうに俯くフィーネリア。
そんなフィーネリアは、実はアレクシスとは従兄妹関係だったりする。
父である現ティアドロップ伯爵は、現サンライズ国王の弟なのだ。
その為、フィーネリアだけでなく、ティアドロップ家の令嬢全員がサンライズ王家とは血縁関係になる。そんな彼女達は国内では『姫巫女』と呼ばれている。
なので今回の様にセラフィナを通し、簡単にアイリスの事を呼び出せるのだ。
「気にしないで。私だってフィーネに会えなくなるのは淋しいもの……」
「アイリスお姉様……」
「それでね! しばらくフィーネがあなたの歌を聴けなくなってしまうから、ウッドフォレストに向かう前に是非、あなたの歌声を聴きたいって!」
そう言って目をキラキラさせるセラフィナに呆れた目を向けるアイリス。
「セラフィナ様? フィーネではなく、ご自身がお聴きしたいだけなのでは?」
「だって! こういう状況でないと、あなたは人前で歌ってくれないでしょ!?」
「セラフィナ様……」
「お願い! 前回あなたの歌を聴いたのは、もう三ヶ月も前よ!」
そう熱心に懇願してくるセラフィナにアイリスは、大きなため息をつく。
息子のアレクシスと違い、王妃セラフィナはアイリスの歌声を大絶賛している。
そしてそれは自身が主催している婦人会で、アイリスの後援会を二年前に勝手に作ってしまうくらいの熱の入れようだ。最近では、その後援会で会員証まで作ったらしい。もちろん会員番号一番は、セラフィナだ……。
しかし、アイリスの方はアレクシスとの確執が出来てしまったあの雨巫女のお披露目式以降、人前で歌う事をあまり好まなくなった。
それと同時に絶対にアレクシスに自分の歌を聴かせない様にと、徹底している。
普段サンライズ国内で雨を降らせる依頼が来た際も希望期間中であれば、アイリスが好きなタイミングで雨を降らせる事を許されているのだ。
このようなアイリスの我儘を簡単に通して貰えるのは、王妃セラフィナが自身が提案したあのお披露目式の一件で、息子とアイリスの関係が壊れてしまった事に責任を感じているからだ。
「アイリスお姉様、わたくしからもお願い致します」
「フィーネまで……」
「わたくしの様な気の弱い者が、見知らぬ土地で長らく過ごすなど、本来なら怖くて行きたくないのです……。でもアイリスお姉様の歌声を聴けたのなら、きっと勇気が出て頑張れると思うのです」
「でもウッドフォレストに行けば、フィーネがずっと憧れてた王太子様にやっと会えるのだから……怖いどころか楽しみなのではないの?」
「ユテラルド様には、5年前に一度お会いしたきりなので……」
5年前ともなると、まだフィーネリアが赤毛でソバカスだらけの頃だ。
容姿が劇的に変化した彼女を農業の国の王太子は、どう捉えるのか……。
その部分でも、かなり不安を抱いてウッドフォレストに行くのだろう。
「わかりました……。でも一曲だけですよ?」
「アイリス!」「お姉様!」
「ですが、こちらの別邸で私が全力で歌ってしまうと、かなりの大雨が降ってしまって大変な事になりますので、巫女力を発動させないようある程度抑えて……」
「それならば心配ないわ! フィーネ、お願い」
「はい!」
セラフィナに声を掛けれたフィーネリアが、何故か部屋を出て行った。
「あの……セラフィナ様?」
「本当は陛下にお願いしようと思ったのだけれども……。エリアテールが本格的にコーリングスターに嫁ぐ事が決まったでしょ? その関係で両国間での経済が活性化してしまって、新事業の申請書等の確認でお忙しいみたいなのよね……」
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セラフィナのその言葉から、先程出て行ったフィーネに不安を抱くアイリス。
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「ジェ、ジェダイト王弟殿下っ!?」
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「君の歌を聴かせて貰えると聞いてね。嬉々としてやって来てしまったよ!」
「アイリスお姉様、巫女力は父が抑えるので遠慮なく全力で歌ってくださいね!」
確かに王弟殿下であるティアドロップ伯なら、王族の男性のみが持つ晴天の力が扱えるので、アイリスの起こす大雨をある程度抑える事が出来る……。
だが、その為だけにセラフィナが呼び出した事にアイリスが固まる。
「そ、そんな! わざわざ殿下のお力を使わせる等、その様な恐れ多い事は……」
「何を言っているんだい? 君のファンとしては当然じゃないか」
そう言ってジェダイトがおもむろに自分の服の胸ポケットに手を入れる。
中から出てきたのは、会員番号二番と書かれたアイリスの後援会会員証だ。
それを見た瞬間、アイリスは盛大に肩を落として項垂れた。
ちなみ本格的に作られたこの会員証は、現在50番台に突入しているらしい……。
「ではお言葉に甘えまして、全力で歌わせて頂きます!」
半ば自棄気味になったアイリスが、テラス席から立ち上がり中庭へと出る。
そしてそこで靴を脱ぎ、素足で庭の芝生の上に降り立った。
かなりはしたないが、それがアイリスの雨乞いの儀をする時のスタイルだ。
後から来た王弟殿下も先程三人でお茶をしていたテラス席に腰を掛ける。
三人に注目されながらも意識を集中する為、アイリスが瞳を閉じて俯く。
基本的にアイリスは全力で歌う際は、相手のリクエスト曲等は聞かない。
その時、今自分の歌いたい歌を勝手に決めて歌う。
それが一番気持ちを込められ、聴き手に最高の歌として届けられるからだ。
そんなアイリスが瞳を閉じてからしばらくすると、空気が少し冷たくなった。
先程までカラっとした気候が、少し湿ったような独特の雨の匂いに包まれる。
そして俯いたまま、両手を胸で重ね、ゆっくりと出だしの歌詞を歌い出す。
その最初のやや低めな第一声を聴いた瞬間、軽く鳥肌が立つのを感じた三人。
それと同時に自分達の周りの空気が静かに震え出す。
アイリスが選んだ歌は、サンライズでは馴染みある『旅立ちの歌』だ。
本来なら、そこまで重厚感のない軽快な歌のはずなのだが、アイリスの歌声にかかると、その歌が一気にゴージャス感を増した歌に聴こえてくる。
そんな本来軽快である歌を……ゆっくりと高める様に。
そしてまるで天に恋い焦がれる様に。
両手を胸に押し当て、天と仰ぐように歌い上げるアイリス。
すると、ポツリポツリと大きな飴玉のような雨粒が落ちてきた。
アイリスの歌声の所為なのか、その雨粒はやけにゆっくり落下するように見え、まるで時間の流れが極端に遅くなった様な錯覚に陥る。
そんな不可思議で幻想的な時の流れに思わず三人同時に感嘆の声を洩らした瞬間、ボタボタと大粒の雨が、あっという間に地面を少し暗めの色に染め上げる。
そしてアイリスが大きく息を吸った次の瞬間、サビの第一声と共に滝のような激しい雨が一斉に地面に降り注いだ。
それと同時にアイリスも大きく体を動かし、更に激しく歌い出す。
誰が見ても一瞬息を呑んでしまう様な美女が、まるで激しく降り注ぐ雨と戦う様に天を仰ぎながら歌い続けるその姿は、圧巻の迫力だ。
三人全員が、その歌声と情景に鳥肌が止まらなくなっていた。
しかしそんな中、ジェダイトだけが慌てる様に空に向かって片手を上げる。
アイリスのあまりにも迫力のある歌う姿に目を奪われ、つい晴天の力で巫女力を抑える事を忘れてしまっていたのだ。
そして慌ててその力を発動させたのだが……ジェダイトは、すぐに顔を歪める。
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折角、伝説と称されている素晴らしい歌声を目の前で堪能する為に来たのだが……正直、力を使う事に手一杯で、それどころではない。
そしてそれは歌が終盤に近づけば近づく程、アイリスの発動する巫女力は上がり、同時に迫力ある歌声も素晴らしさを増してゆく。
これならば無理にでも兄を引っ張ってくれば良かったと、後悔し始めたジェダイトだったのだが……。
何故か急にガクンと、その負担が減った。
そしてアイリスの歌が終盤に差し掛かかり、同時に段々と空が明るくなる。
急に減った負担に疑問を抱きつつ、隣を見ればボロボロと号泣して聴き入ってる義理の姉と、両手を胸の辺りで組んで目をウルウルさせている娘の姿が目に入る。
それと同時に力を使いながら、歌を聴き入る事にやっと余裕を得たジェダイトは、再びアイリスの歌声をじっくり堪能しようとしたのだが……。
悲しい事にすでにアイリスは、愛おしむ様に最後のフレーズを歌い始めていた。
そして歌が終わると同時に彼女の背後にゆっくりと綺麗な虹が掛かり出す。
「アイリスー!! とっても……とっても素晴らしい歌声だったわ~!!」
「アイリスお姉様ぁぁぁー!!」
歌い終わったアイリスに思わず感極まった二人が、抱き付こうとした。
しかしアイリスはバシリと両手を前にかざし、それを制した。
「いけません! 今の私に抱き付けば、お二人共濡れてしまわれます!」
その一言でハッと我に返った二人。
セラフィナは、慌てて侍女たちにタオルを持ってくる様に指示を出し、フィーネリアはそのタオルを一枚受け取り、侍女達と共に雨でずぶ濡れになったアイリスの髪を乾かす作業を手伝い始めた。
そんなアイリス達に目を向けながら、セラフィナがポツリと呟く。
「ジェダイト……。あの子の奇跡的な歌声は神からの授かりものだと思わない?」
「ええ。あのように素晴らしい歌声と出会えるのは、近年稀でしょうね……。ところで義姉上、今回アイリスにここで雨乞いの儀を行わせる事は、兄上にはお伝えしているのですか?」
「いいえ? だって陛下は今、殺到しているコーリングスターとの新規事業の申請確認作業で、殺気立ちながら執務室に閉じこもっておいでだから……」
それを聴いた瞬間、ジェダイトが口元に笑みを作る。
「ジェダイト? どうかしたの?」
「いえ、何故アイリスの時だけ雨乞いの儀の後、綺麗な虹が掛かるのかが分かった気がしたので」
「それは……あの子が降らせる雨量が多いからではないの?」
「それもありますが……どうやらそれだけではない様ですよ?」
そう呟きながら、中庭の方に目をやるジェダイト。
先程まで何かが降臨してきた様な圧巻で迫力ある歌声を披露していた雨巫女は、今は年相応の娘らしく、自分の娘ときゃあきゃあ楽し気な声を上げている。
「ちょっと! フィーネ! そんなにタオル使ったら勿体ないでしょ!?」
「ですが! こんなにもずぶ濡れでは、お姉様が風邪を引かれてしまいます!」
「もう平気だから! 新しいタオルを追加するのは、やめなさい!」
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そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
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