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25.幸福の歌
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三日後、やっと詫び状こと全ての手紙の返事を何とか書き上げた二人……。
やっと羽ペンと便箋から解放されて、今は珍しい事に一緒にお茶をしている。
「いやー、もう本当に参ったね。4カ月前にもエリアの件で同じ事をしたのだけれど……まさか自分の時でもこの作業をする羽目になるとは思わなかったよ……。しかもエリアの時と比べて量が5倍くらい多いし……」
そのアレクシスの愚痴にアイリスが、やや驚く。
「エリアテール様の……? 今回の様に詫び状のお手紙を書く機会があったの?」
「詫び状ではないけれど……断りの内容での返事かな? まぁ、エリアの件と言っても原因は、イクスの所為だったんだけどね……」
「イクレイオス殿下の?」
「僕達のケースと似たような感じだよ……。イクスが不可抗力とは言え、エリアを蔑ろにする様な扱いをして、周りが婚約解消の可能性を感じ、それで4カ月前に僕の所にエリアへの婚約の申し入れの仲介を希望する手紙が殺到したんだ……」
「そんな事が……」
「この時も君と同じようにエリアが自分の価値を全く認識してなくてねぇ……。もう拗れに拗れる感じになったんだけど……。でもそのお蔭でイクスの情けない姿と面白い姿がたくさん見れたから、僕としては大満足だったんだ!」
当時を思い出しながら、嬉々として語るアレクシスに白い目を向けるアイリス。
「ねぇ、前から思っていたのだけれど、あなたとイクレイオス殿下って親友なのでしょう? でも毎回話を聞いていると、まるであなたがイクレイオス殿下をからかって楽しんでいるように思えるのだけれど……」
「うん。まさに僕はイクスを毎回からかって遊んでいるよ?」
そのアレクシスの返答にアイリスが唖然とする。
「大国の王太子殿下に何やってんのよ!!」
「いやー、だってイクスってエリアが絡むと、途端にポンコツになるから、見てて飽きないんだよねー。婚約の申入れがあった時からそうだったから、もうあの二人のやり取り見てるの楽し過ぎちゃって……。だからついつい頻繁にコーリングスターに遊びに行っちゃってたんだー」
そのアレクシスの話にアイリスの動きが止まる。
それに気付いたアレクシスが、意地の悪い笑みを浮かべた。
「これで僕がエリアに好意なんて抱いていないって、分かって貰えた?」
そのアレクシスの言葉にアイリスが、眉を吊り上げる。
「私、何も言ってないでしょっ!!」
「いや、だって……ここ最近のアイリスは、自分のその膨大な巫女力の所為で、僕がエリアへの想いを諦めたみたいに思い込んでいる様だったから……」
「あなたに確認後は思ってないわよ! あなたも冗談って言ってたじゃない!」
「うわー。アイリス、君は本当に可愛げが無いね。だってこの間、君は泣きながら言ってたじゃないか……。僕がエレンを君の護衛にした事に関して『自分の大切な人の為に手に入れた護衛を私なんかに付けざる得ない状況』って。あれ絶対、僕が過去エリアに好意を持っていたと誤解していたから出た言葉だよね?」
一部分だけ強調して言って来たアレクシスをアイリスが射貫く様に睨みつける。
「あなたは、本当ーに人の神経を逆撫でする様な事ばかり言うわよね……」
「僕は事実を言っているだけだよ? それにしても……10年も嫌味の言い合いをしてきたけれど、アイリスの泣き顔なんて貴重な姿を見れるとは思わなかったなー」
するとアイリスが勢いよく、ソファーから立ち上がる。
「ごめんなさい。私、急用を思い出したから失礼するわ!」
そう言ってアイリスが物凄い勢いで、その場を去ろうとした。
するとアレクシスが、すかさずアイリスの右手を掴み、ソファーへ引き戻す。
「待って、アイリス! 冗談だから! そんなに怒らないで?」
「放してよ! そういう風にからかわれるのが嫌だって、言ったばかりじゃないっ!! 大体、何で横並びで座ってんのよ! 普通、向かい合わせで座るでしょ!」
「だって向かい合わせだと、君が今みたいにすぐ逃げようとするから……」
「逃げてないわ! あなたが不快な思いをさせてくるから去りたくなるのよ!」
「そうだ! ほら、僕に聞きたい事があったんだよね? もう何でも答えるから……だから機嫌直して? ね?」
アイリスの右手を捕獲したまま、腹立たしい程の上機嫌な笑顔を向けてくるアレクシスにアイリスが半目になる。
「この間、言っていた『今回晴天の力を使うのを忘れていた』って、どういう意味? まるで今まで使っていた様な言い方だったのだけれど?」
「うん。実際に君が雨を降らせている時は、僕は毎回晴天の力を使っていたね」
「もしかして……エクリプス陛下に頼まれていたの?」
「いや? 違うけれど?」
「陛下達のご了承も得ず、あなたの独断で勝手に力を使っていたのっ!?」
「だって父上と叔父上が毎回苦戦してそうだから……手伝ってあげてたんだよ」
「待って? 私の巫女力って、この間みたいな全力な時だけじゃなくて、普段の状態で行ってもそこまで手が付けられない程、強力なの……?」
アレクシスの返答を真に受け、自身の巫女力の強さにややショックを受けているアイリスにアレクシスが苦笑する。
「アイリス……少しは僕の言った事、疑ってよ……」
その一言でアイリスの目が再び、つり上がる
「いい加減にしてよ! もう嘘は付かないって言ったじゃない!」
「だからすぐに暴露したじゃないか……」
「でも付いた事には変わらないわ!! それにさっきから何なのよ! この手は!!」
「だってアイリス、また逃げそうだから……」
「逃げないわよ! だから放して!」
「え? 嫌だよ」
「放しなさいよっ!!」
全く右手を解放してくれないアレクシスに腹を立て、ダダっ子の様に腕ごとブンブン振り回して、何とか解放を試みたアイリスだが……かなりしっかりと掴まれてしまっていて、振りほどけそうにない……。
それどころか、アレクシスはどんどんと握る力を強めて行った。
「もぉぉぉぉー!! いい加減に……」
「アイリス。君の巫女力を制御するのは僕の役割だよ?」
いきなりそう告げてきたアレクシスは、アイリスに向かってふわりと微笑む。
「例え君が拒絶しても……これは僕の役割なのだから、国王である父や叔父であっても他の人間が担うべき事じゃない」
先程と同じ笑みなのだが……アイリスには何故か、やや悲しそうに見えた。
「これは僕がやるべき事であって、僕だけが許されている役割なんだ……」
その言葉の裏にある意味を読み取ったアイリスが、目を見開く。
『例え君が拒絶しても』
その言葉が10年間、アイリスがアレクシスを拒み続けていた罪悪感を蘇らせる。
アレクシスはこの間、ずっとアイリスの歌を聴きたかったと言っていた。
しかし、自分はそれを徹底的に達成出来ない様に万全の対策をしていた……。
「だから父上達よりも先に僕が全力の晴天の力で君の降らせた雨を止ませた。君の雨を止めていいのは、僕だけだと主張する為に。歌を聴かせてくれない君には、許しを懇願するように。これが君の雨乞いの儀の後だけ、いつも虹が掛かっていた理由だよ。あれは僕が君に向けたもう許して欲しいという訴えだったんだ……」
いつの間にかアイリスは、アレクシスの手を振り払う事をやめていた。
その手をアレクシスが両手で包み込み、自分の口元へと持っていく。
「でももう……君は、僕の事を許してくれているよね?」
あえて、それを確認してきたアレクシスにアイリスが不機嫌そうな顔をする。
「分かっているのなら、わざわざ確認しないでよ……」
「だって口頭では、まだ許しを貰っていなかったから……」
そう言ってアイリスの手に口付けを落とす。
その行動にアイリスが渋い顔をし、アレクシスの手から自分の手を抜こうとするが……アレクシスはそれを拒んだ。
「だから! そういう事をするのはやめてって言ったでしょ!?」
「僕もそれは絶対に無理だって、君にしっかり伝えたよ?」
「その事に関しては、了承した覚えはないわ!」
「了承って……あれだけ僕からの口付けを受け入れてくれたのだから、必要ないと思うのだけれど……」
そのアレクシスの言い分にアイリスの顔が怒りと羞恥で一気に赤くなり、そのままアレクシスの事を鋭く睨みつけて、再び乱暴に手を振り払おうとした。
しかし、アレクシスの方も全く解放する気はないらしく、ニコニコしながら一向に手を放してはくれない。
「あなたのそういう人が触れて欲しくない部分を敢えて口にするところが、昔から嫌なのよっ!! しかも今回の事があっても全く反省してないじゃないっ!!」
「だって……これは婚約者である僕の特権じゃないか……」
「どういう特権よっ!!」
先程から必死に掴まれている腕を何とか解放させようと奮闘しているアイリスを面白そうに見ていたアレクシスだが、急に意地の悪い笑みを浮かべる。
そして次の瞬間、アイリスを全力で自分の方へ引き込み、抱き込んだ。
アレクシスの腕の中にスッポリと納まってしまったアイリスは、一瞬目をパチクリさせるが、それはすぐに怒りの表情へと変わる。
「ちょっ……っ!」
「これは僕の特権だよ? 君の事をからかっていいのも、怒らせたり、悲しませて泣かせたり、たくさん触れたり、抱きしめたり、口付けをしていいのも……全部、婚約者である僕だけに与えられた特権だ……」
そう言って、抱きしめたアイリスの頭頂部に顔を埋めて口付けを落とす。
それに一瞬ビクリと反応したアイリスが、何とか逃れようとアレクシスの胸元でもがき出した。
「そんなあなた優先のメリットしかない婚約なんて、おかしいじゃない! 私の特権は何なのよっ!!」
「一生、僕から愛情を注がれ続ける事」
「どこが特権よっ! それって毎日あなたに絡まれるって事じゃないっ!!」
「いいじゃないか。一生、夫に愛情を注がれるなんて妻冥利に尽きるよ?」
「まだ妻じゃないし、それは愛情ではなくて、過剰に絡まれてるだけでしょっ!!」
必至で逃れようと暴れ出したアイリスに更に追い打ちを掛けるようにアレクシスが、頭部や髪に口づけを落としていく。
「もぉぉぉぉー!! いい加減にしなさいよっ!! あなた今、絶対に私の反応をうかがって楽しんでるだけでしょう!!」
「当たり前だろ? 10年間も叶わなかった事が、やっと満足するまで出来るようになったんだよ? こんな状況を楽しまずには、いられないじゃないか……」
「どういう言い分よっ!! いいからもう放してっ!」
「えー? どうしよっかなぁ~?」
「アレク! 本当にふざけないでっ!」
いい加減、そろそろアイリスを解放しないとマズいと思いつつも……アレクシスは、更に深く抱きしめながら、アイリスの頭部に鼻先を埋めた。
「そうだな……。君が僕のお願いを聞いてくれたら解放してあげるよ」
そのアレクシスの提案にアイリスの動きが、ピタリと止まる。
「……何させる気よ……」
警戒しながら不機嫌な声でアイリスが聞き返すと、頭の上のアレクシスがふわりと笑みをこぼした。
「君の歌が聴きたい」
すると、アレクシスの胸元で羽交い絞めにされているアイリスが目を見開く。
「今……? この体勢で……?」
「そう。今、この体勢のままで」
「無理よ! この体勢では声が上手く出せない上にくぐもるわ……」
すると、アレクシスがやや持ち上げる様にアイリスの体を少し上にずらし、アイリスはアレクシスの左肩に顎を乗せるような体勢のまま抱きしめられる。
「小声で構わないよ? その代わり……僕の耳元で歌って?」
そう言ってアレクシスは、アイリスを堪能する様に首筋辺りに顔を埋めた。
その言葉にアイリスが、更に不機嫌な声で疑う様に確認する。
「歌ったら……本当に解放してくれるんでしょうね……?」
「もちろん。約束する」
そんなアレクシスの要望に呆れ、アイリスが盛大なため息をついた。
「絶っ対、約束よ……」
そう言ったアイリスが、アレクシスの耳元で大きく息を吸うのが聴こえた。
すると、柔らかく安定した優しい歌声がアレクシスの左耳を包み込む。
アイリスが歌った歌は、彼女の雨巫女のお披露目式で歌われたサンライズでは祝いの席でよく歌われる『幸福の歌』だ。
10年ぶりにその歌を聴いたアレクシスは、贅沢で幸せ過ぎるその瞬間を味わう様に更にアイリスの首筋辺りに顔を埋めたまま、瞳を閉じた。
※この後、番外編が5話ございます。
よろしければ引き続き、お付き合い頂けますと嬉しいです。( ´∀`)
やっと羽ペンと便箋から解放されて、今は珍しい事に一緒にお茶をしている。
「いやー、もう本当に参ったね。4カ月前にもエリアの件で同じ事をしたのだけれど……まさか自分の時でもこの作業をする羽目になるとは思わなかったよ……。しかもエリアの時と比べて量が5倍くらい多いし……」
そのアレクシスの愚痴にアイリスが、やや驚く。
「エリアテール様の……? 今回の様に詫び状のお手紙を書く機会があったの?」
「詫び状ではないけれど……断りの内容での返事かな? まぁ、エリアの件と言っても原因は、イクスの所為だったんだけどね……」
「イクレイオス殿下の?」
「僕達のケースと似たような感じだよ……。イクスが不可抗力とは言え、エリアを蔑ろにする様な扱いをして、周りが婚約解消の可能性を感じ、それで4カ月前に僕の所にエリアへの婚約の申し入れの仲介を希望する手紙が殺到したんだ……」
「そんな事が……」
「この時も君と同じようにエリアが自分の価値を全く認識してなくてねぇ……。もう拗れに拗れる感じになったんだけど……。でもそのお蔭でイクスの情けない姿と面白い姿がたくさん見れたから、僕としては大満足だったんだ!」
当時を思い出しながら、嬉々として語るアレクシスに白い目を向けるアイリス。
「ねぇ、前から思っていたのだけれど、あなたとイクレイオス殿下って親友なのでしょう? でも毎回話を聞いていると、まるであなたがイクレイオス殿下をからかって楽しんでいるように思えるのだけれど……」
「うん。まさに僕はイクスを毎回からかって遊んでいるよ?」
そのアレクシスの返答にアイリスが唖然とする。
「大国の王太子殿下に何やってんのよ!!」
「いやー、だってイクスってエリアが絡むと、途端にポンコツになるから、見てて飽きないんだよねー。婚約の申入れがあった時からそうだったから、もうあの二人のやり取り見てるの楽し過ぎちゃって……。だからついつい頻繁にコーリングスターに遊びに行っちゃってたんだー」
そのアレクシスの話にアイリスの動きが止まる。
それに気付いたアレクシスが、意地の悪い笑みを浮かべた。
「これで僕がエリアに好意なんて抱いていないって、分かって貰えた?」
そのアレクシスの言葉にアイリスが、眉を吊り上げる。
「私、何も言ってないでしょっ!!」
「いや、だって……ここ最近のアイリスは、自分のその膨大な巫女力の所為で、僕がエリアへの想いを諦めたみたいに思い込んでいる様だったから……」
「あなたに確認後は思ってないわよ! あなたも冗談って言ってたじゃない!」
「うわー。アイリス、君は本当に可愛げが無いね。だってこの間、君は泣きながら言ってたじゃないか……。僕がエレンを君の護衛にした事に関して『自分の大切な人の為に手に入れた護衛を私なんかに付けざる得ない状況』って。あれ絶対、僕が過去エリアに好意を持っていたと誤解していたから出た言葉だよね?」
一部分だけ強調して言って来たアレクシスをアイリスが射貫く様に睨みつける。
「あなたは、本当ーに人の神経を逆撫でする様な事ばかり言うわよね……」
「僕は事実を言っているだけだよ? それにしても……10年も嫌味の言い合いをしてきたけれど、アイリスの泣き顔なんて貴重な姿を見れるとは思わなかったなー」
するとアイリスが勢いよく、ソファーから立ち上がる。
「ごめんなさい。私、急用を思い出したから失礼するわ!」
そう言ってアイリスが物凄い勢いで、その場を去ろうとした。
するとアレクシスが、すかさずアイリスの右手を掴み、ソファーへ引き戻す。
「待って、アイリス! 冗談だから! そんなに怒らないで?」
「放してよ! そういう風にからかわれるのが嫌だって、言ったばかりじゃないっ!! 大体、何で横並びで座ってんのよ! 普通、向かい合わせで座るでしょ!」
「だって向かい合わせだと、君が今みたいにすぐ逃げようとするから……」
「逃げてないわ! あなたが不快な思いをさせてくるから去りたくなるのよ!」
「そうだ! ほら、僕に聞きたい事があったんだよね? もう何でも答えるから……だから機嫌直して? ね?」
アイリスの右手を捕獲したまま、腹立たしい程の上機嫌な笑顔を向けてくるアレクシスにアイリスが半目になる。
「この間、言っていた『今回晴天の力を使うのを忘れていた』って、どういう意味? まるで今まで使っていた様な言い方だったのだけれど?」
「うん。実際に君が雨を降らせている時は、僕は毎回晴天の力を使っていたね」
「もしかして……エクリプス陛下に頼まれていたの?」
「いや? 違うけれど?」
「陛下達のご了承も得ず、あなたの独断で勝手に力を使っていたのっ!?」
「だって父上と叔父上が毎回苦戦してそうだから……手伝ってあげてたんだよ」
「待って? 私の巫女力って、この間みたいな全力な時だけじゃなくて、普段の状態で行ってもそこまで手が付けられない程、強力なの……?」
アレクシスの返答を真に受け、自身の巫女力の強さにややショックを受けているアイリスにアレクシスが苦笑する。
「アイリス……少しは僕の言った事、疑ってよ……」
その一言でアイリスの目が再び、つり上がる
「いい加減にしてよ! もう嘘は付かないって言ったじゃない!」
「だからすぐに暴露したじゃないか……」
「でも付いた事には変わらないわ!! それにさっきから何なのよ! この手は!!」
「だってアイリス、また逃げそうだから……」
「逃げないわよ! だから放して!」
「え? 嫌だよ」
「放しなさいよっ!!」
全く右手を解放してくれないアレクシスに腹を立て、ダダっ子の様に腕ごとブンブン振り回して、何とか解放を試みたアイリスだが……かなりしっかりと掴まれてしまっていて、振りほどけそうにない……。
それどころか、アレクシスはどんどんと握る力を強めて行った。
「もぉぉぉぉー!! いい加減に……」
「アイリス。君の巫女力を制御するのは僕の役割だよ?」
いきなりそう告げてきたアレクシスは、アイリスに向かってふわりと微笑む。
「例え君が拒絶しても……これは僕の役割なのだから、国王である父や叔父であっても他の人間が担うべき事じゃない」
先程と同じ笑みなのだが……アイリスには何故か、やや悲しそうに見えた。
「これは僕がやるべき事であって、僕だけが許されている役割なんだ……」
その言葉の裏にある意味を読み取ったアイリスが、目を見開く。
『例え君が拒絶しても』
その言葉が10年間、アイリスがアレクシスを拒み続けていた罪悪感を蘇らせる。
アレクシスはこの間、ずっとアイリスの歌を聴きたかったと言っていた。
しかし、自分はそれを徹底的に達成出来ない様に万全の対策をしていた……。
「だから父上達よりも先に僕が全力の晴天の力で君の降らせた雨を止ませた。君の雨を止めていいのは、僕だけだと主張する為に。歌を聴かせてくれない君には、許しを懇願するように。これが君の雨乞いの儀の後だけ、いつも虹が掛かっていた理由だよ。あれは僕が君に向けたもう許して欲しいという訴えだったんだ……」
いつの間にかアイリスは、アレクシスの手を振り払う事をやめていた。
その手をアレクシスが両手で包み込み、自分の口元へと持っていく。
「でももう……君は、僕の事を許してくれているよね?」
あえて、それを確認してきたアレクシスにアイリスが不機嫌そうな顔をする。
「分かっているのなら、わざわざ確認しないでよ……」
「だって口頭では、まだ許しを貰っていなかったから……」
そう言ってアイリスの手に口付けを落とす。
その行動にアイリスが渋い顔をし、アレクシスの手から自分の手を抜こうとするが……アレクシスはそれを拒んだ。
「だから! そういう事をするのはやめてって言ったでしょ!?」
「僕もそれは絶対に無理だって、君にしっかり伝えたよ?」
「その事に関しては、了承した覚えはないわ!」
「了承って……あれだけ僕からの口付けを受け入れてくれたのだから、必要ないと思うのだけれど……」
そのアレクシスの言い分にアイリスの顔が怒りと羞恥で一気に赤くなり、そのままアレクシスの事を鋭く睨みつけて、再び乱暴に手を振り払おうとした。
しかし、アレクシスの方も全く解放する気はないらしく、ニコニコしながら一向に手を放してはくれない。
「あなたのそういう人が触れて欲しくない部分を敢えて口にするところが、昔から嫌なのよっ!! しかも今回の事があっても全く反省してないじゃないっ!!」
「だって……これは婚約者である僕の特権じゃないか……」
「どういう特権よっ!!」
先程から必死に掴まれている腕を何とか解放させようと奮闘しているアイリスを面白そうに見ていたアレクシスだが、急に意地の悪い笑みを浮かべる。
そして次の瞬間、アイリスを全力で自分の方へ引き込み、抱き込んだ。
アレクシスの腕の中にスッポリと納まってしまったアイリスは、一瞬目をパチクリさせるが、それはすぐに怒りの表情へと変わる。
「ちょっ……っ!」
「これは僕の特権だよ? 君の事をからかっていいのも、怒らせたり、悲しませて泣かせたり、たくさん触れたり、抱きしめたり、口付けをしていいのも……全部、婚約者である僕だけに与えられた特権だ……」
そう言って、抱きしめたアイリスの頭頂部に顔を埋めて口付けを落とす。
それに一瞬ビクリと反応したアイリスが、何とか逃れようとアレクシスの胸元でもがき出した。
「そんなあなた優先のメリットしかない婚約なんて、おかしいじゃない! 私の特権は何なのよっ!!」
「一生、僕から愛情を注がれ続ける事」
「どこが特権よっ! それって毎日あなたに絡まれるって事じゃないっ!!」
「いいじゃないか。一生、夫に愛情を注がれるなんて妻冥利に尽きるよ?」
「まだ妻じゃないし、それは愛情ではなくて、過剰に絡まれてるだけでしょっ!!」
必至で逃れようと暴れ出したアイリスに更に追い打ちを掛けるようにアレクシスが、頭部や髪に口づけを落としていく。
「もぉぉぉぉー!! いい加減にしなさいよっ!! あなた今、絶対に私の反応をうかがって楽しんでるだけでしょう!!」
「当たり前だろ? 10年間も叶わなかった事が、やっと満足するまで出来るようになったんだよ? こんな状況を楽しまずには、いられないじゃないか……」
「どういう言い分よっ!! いいからもう放してっ!」
「えー? どうしよっかなぁ~?」
「アレク! 本当にふざけないでっ!」
いい加減、そろそろアイリスを解放しないとマズいと思いつつも……アレクシスは、更に深く抱きしめながら、アイリスの頭部に鼻先を埋めた。
「そうだな……。君が僕のお願いを聞いてくれたら解放してあげるよ」
そのアレクシスの提案にアイリスの動きが、ピタリと止まる。
「……何させる気よ……」
警戒しながら不機嫌な声でアイリスが聞き返すと、頭の上のアレクシスがふわりと笑みをこぼした。
「君の歌が聴きたい」
すると、アレクシスの胸元で羽交い絞めにされているアイリスが目を見開く。
「今……? この体勢で……?」
「そう。今、この体勢のままで」
「無理よ! この体勢では声が上手く出せない上にくぐもるわ……」
すると、アレクシスがやや持ち上げる様にアイリスの体を少し上にずらし、アイリスはアレクシスの左肩に顎を乗せるような体勢のまま抱きしめられる。
「小声で構わないよ? その代わり……僕の耳元で歌って?」
そう言ってアレクシスは、アイリスを堪能する様に首筋辺りに顔を埋めた。
その言葉にアイリスが、更に不機嫌な声で疑う様に確認する。
「歌ったら……本当に解放してくれるんでしょうね……?」
「もちろん。約束する」
そんなアレクシスの要望に呆れ、アイリスが盛大なため息をついた。
「絶っ対、約束よ……」
そう言ったアイリスが、アレクシスの耳元で大きく息を吸うのが聴こえた。
すると、柔らかく安定した優しい歌声がアレクシスの左耳を包み込む。
アイリスが歌った歌は、彼女の雨巫女のお披露目式で歌われたサンライズでは祝いの席でよく歌われる『幸福の歌』だ。
10年ぶりにその歌を聴いたアレクシスは、贅沢で幸せ過ぎるその瞬間を味わう様に更にアイリスの首筋辺りに顔を埋めたまま、瞳を閉じた。
※この後、番外編が5話ございます。
よろしければ引き続き、お付き合い頂けますと嬉しいです。( ´∀`)
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