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15.挙動不審な第二王子

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 急に感情的になったハロルドに対して、ローゼリアだけでなく、シャーリーと王妃アフェンドラもポカンとした表情でハロルドに注目する。するとハロルドが我に返り、気まずそうな表情をしながら、ゆっくりと腰を下ろした。

「いや、その……弟はあなたに対して、かなり非礼な振る舞いを行った身だ。その立場で相談相手になって頂くなど、失礼極まりないというか、王家の面子に関わると言うか……」

 ハロルドが弟の非礼に責任を感じている事は理解しているローゼリアだが、先程のように感情的になるほどの事ではないと感じてしまった為、何故かその言葉が言い訳じみた内容に聞こえてしまう。
 本人もその事に気付いているのか、この微妙な空気に居たたまれなくなっている様子だ。先程から取り繕うように右手でガシガシと髪を乱している。

「ハル? 急にどうしたの? いつもなら冷静に物事を見極めながら発言をするあなたなのに……。何だか今日は随分と感情的ね。疲れているの?」
「母上……」

 明らかに面白がっている様子の王妃の言葉にハロルドが、やや情けない表情を返す。だがローゼリアには、何故ハロルドが先程焦るような動きをしたのか、その理由が分からない。そしてそれはシャーリーも同じのようだ。
 しかし王妃の方は、そのローゼリアの申し出に前向きな姿勢を見せ始める。

「でもローゼリア嬢の申し出は名案かもしれないわね。あなたなら幼少期からフィオの内面をよくご存知だし、冷静に物事を見つめる事が出来るから、迷走しやすいあの子を上手く誘導してくれそうだもの。何よりもローゼリア嬢が、あの子の対応を引き受けて下されば、ハルの負担が軽減出来るわ」
「母上! 本気でおっしゃっているのですかっ!?」
「ええ。そもそもあなたは何故、そんなにも感情的になっているの? ローゼリア嬢のご提案は一番効率の良い対処方法でしょ?」

 何故か息子を試す様にアフェンドラが扇子で口元を隠しながら、チラリとハロルドに視線を向ける。そんな母親の態度に苛立つハロルドが、眉間に皺を刻み始める。

「フィオは表向きでは婚約解消となっておりますが、実際は信じがたい程の無礼極まりない振る舞いをし、ローゼリア嬢に婚約破棄されたようなものです! そんな失態を犯した愚弟の対応をローゼリア嬢に頼むなど……。これではフィオの非礼だけでなく、我々王家も彼女に対して非道な依頼をしている事になります!」
「そうかしら? そもそも今のご提案はローゼリア嬢から申し出てくれたのよ? それもあなたがフィオの対応で受ける負担が大きい事を気遣ってのご厚意なのだけど?」
「そ、それは……」
「折角なのだから、ありがたく受けてみてはいかがかしら? もしかしたら、これを機にフィオのローゼリア嬢に対する印象も以前より変わってくるかもしれないでしょう?」
「…………」

 ローゼリアにしてみれば、ハロルドにとって良かれと思って提案した事だったが、肝心のハロルドは何故かその提案は受け入れたくない様子だ。
 だが、現状のハロルドは疲労感をまとい、目の下にクマを張り付けている。
 確実に忙しい公務の間に対応しているフィオルドの存在が、負担となっている事が窺える状態だ。だがそれでもその提案を受け入れたくはないらしい。

「私はその提案には断固反対です……。そもそもローゼリア嬢には、現在、新たな婚約者候補を私が提案しております。いくら当人同士が気にしていないとはいえ、元婚約者同士の二人の交流が周りに知れ渡れば、私が取り組んでいる彼女の良き婚約者候補探しに支障が出ます」

 そう言って、ハロルドは何故か悔しそうに唇を噛みしめる。その様子にアフェンドラが、盛大にため息をついた。

「ならばどうするの? このままだと確実にあなたの方が参ってしまうわよ? それとも今度はシャーリー嬢にフィオの対応をお願いしましょうか? わたくしとしては、そちらの方が愚策だと思うのだけれど? それともあの子には、もう適当な爵位をあげて臣籍に下らせて、遠くの地に追いやった方が無難かしら? でもそうなると、折角自分を見つめ直そうとしたあの子の成長を刈り取る事になるわね。そもそもあなたは、フィオをローゼリア嬢に任せる事にどんな不満があるの?」
「ですから! フィオのような短絡的思考の持ち主の相手をさせては、今度はローゼリア嬢にも興味を持ち始め、第二のシャーリー嬢のような被害に遭うのではないかと、私はその事を懸念しているのです!」

 母と息子の論争のようなやり取りに傍観するしか出来ないローゼリアとシャーリーは、唖然としながらその会話の行方を見守る。
 だが、どう見ても息子のハロルドの方が劣勢だ……。
 何故なら母であるアフェンドラは、先程からどこか楽しそうだからだ。
 そして更に息子を煽り出す。

「あら、いいじゃない。元々は婚約者同士だったのだし」
「そういう問題では――っ!」
「これを機にフィオも今まで盲目的に見過ごしていたローゼリア嬢の素晴らしい部分に気付けるのではなくて?」
「母上には、公の場で不快な思いをさせられたローゼリア嬢へのご配慮はないのですか!? あのような目に遭わせた相手から、今度は必要以上に執着などされたら、ローゼリア嬢の心的負担は相当なものとなります!」

 再び感情的になったハロルドが、母である王妃を何とかして論破しようとする。
 しかしアフェンドラは、何故かハロルドを揶揄するような笑みを浮かべた。
 そんな二人のやりとりを更に茫然としながらローゼリアとシャーリーは傍観する。
 だが、しばらくすると王妃アフェンドラは、扇子で顔を隠しながら小刻みに震え出した。

「母上?」

 ハロルドが怪訝な表情を向けると、遂にアフェンドラは声を上げて笑い出す。

「ご、ごめんなさいね。だってあなたがこんなに必死になっている様子を見るのは、久しかったから、つい……」
「私はそこまで必死には、なっていないつもりなのですが……」
「そう? でも心配しないで。わたくしもそのローゼリア嬢のご提案は、流石にお受け出来ないと思っているわ。そもそも10年以上もフィオの相手を押し付けてしまっていたのよ? もうこれ以上、あの子の対応でご迷惑をお掛けする訳にはいかないもの」
「でしたら、何故先程はお受けするような態度をなさったのですか?」
「先程言ったでしょ? あまりにも必死にローゼリア嬢のご提案を阻止しようとするあなたの様子が珍しくて、つい揶揄いたくなってしまったって」
「そこまで酷い言い様は、先程はされていなかったと記憶しておりますが?」
「ふふ。でも焦っているあなたを見るのは、幼少期以来ですもの。母として、滅多に動揺しない息子が珍しく取り乱している様子に興味を持ってしまうのは当然の事でしょう?」
「私の反応で楽しまれないでください……」
「真面目なお話をしている時に本当にごめんなさいね?」

 そう口にしたアフェンドラだが、全く悪びれる様子はない。恐らく扇子で隠している口元は笑を堪えている状態のはずだ。ハロルドもそれに気付いているようで、不機嫌そうな表情を浮かべている。

「さて。冗談はここまでにして……。フィオの対応の件に関しては、わたくしからも提案させて貰ってもいいかしら?」

 口元を隠していた扇子をピシャリと閉じたアフェンドラは、急に自信に満ちた瞳を輝かせ、三人を見回した。

「わたくしとして、先程のローゼリア嬢の申し出を半分はお受けしたいという考えなのだけれど……」
「ですから! それは先程、論外だとお伝え致しましたよね!?」
「ハル、人の話は最後まで聞きなさい。わたくしは『半分』と言ったでしょう?」
「半分?」
「ええ、半分。ローゼリア嬢には、先程のご提案のようにお手紙でのフィオの相談相手をお願いしたいのだけれど、その相談への助言内容をハルと話し合いながら対応して頂きたいの」

 にっこりと笑みを浮かべている母に何故かハロルドが怪訝な表情で返す。

「母上、やはりそのご提案は受けかねます。本来我々は、フィオが起こした非礼でローゼリア嬢にお詫びを申し上げなければならない立場なのですよ? そのような立場で元凶のフィオの為に彼女の貴重な時間を割いて頂く等、あまりにも虫がよすぎます!」

 かなり強い口調で反論するハロルドに対して、何故か母であるアフェンドラは策士的な美しい笑みを口元に浮かべた。

「もちろん、わたくしもローゼリア嬢の貴重な時間をおバカな行動を起こしたフィオに費やして頂く事は、心苦しいと感じているわ。でもね、現状ローゼリア嬢は、新たな婚約者候補をあなたから紹介されているのでしょう? 現在その件で登城されているのであれば、フィオの事でもあなたと話し合う時間があるはずよね? 逆にあなたが提案している婚約者候補の紹介のみの為にわざわざ登城して頂く事の方が、彼女の貴重な時間を無駄遣いしているようにわたくしは感じてしまうの」

 アフェンドラの言い分にハロルドの方も少し思う事があったようで、押し黙ってしまう。確かにここ最近、婚約者候補の紹介の為だけにローゼリアは登城していたからだ。

「ですが……フィオからの相談内容に対しての助言を一緒に考えて頂く事は、かなり彼女の負担に……」
「ハル? 今この場にはあなたとローゼリア嬢の他に誰がいるかしら? 母親であるわたくしがいる事は当たり前だけれど、何故シャーリー嬢までこの話し合いに参加してくださっていると思う?」
「え……?」

 一瞬、何の事を言われているのか分からなかったハロルドが、珍しく間の抜けた声で反応しながら、シャーリーの方へと目を向ける。するとシャーリーは苦笑を浮かべた。それとは対照的に母アフェンドラの方は、更なる策士的な笑みを深めている。

「シャーリー嬢も来期採用枠の新人文官としての準備で、しばらく登城して頂く事になっているの。フィオからの手紙の相談窓口はローゼリア嬢にお願いする形になるのだけれど、実際にあの子の相談に対しての助言内容はわたくしとシャーリー嬢も全面的に対策案を練る事に協力するつもりよ。三人でフィオの相談内容に対しての助言を考えて、それを更にローゼリア嬢とあなたに検討して貰ってからフィオに落とすと言う流れなのだけれど、どうかしら? フィオとのお手紙のやり取りする際は、あなたも一緒に相談に乗っている事を記載しておけば、フィオもローゼリア嬢に変な懸想を抱く可能性が低くなるでしょ? そしてあなたはフィオの改善対策案を考える手間が減らせる……。我ながら名案だと思うのだけれど!」

 自信に満ち溢れた笑顔で提案してきた母に息子のハロルドが、何故か白い目を向ける。

「母上……。一見、私が抱え込んでしまった面倒なフィオの対応解決案のように聞こえますが、実際は母上がローゼリア嬢とシャーリー嬢との交流時間を得たいだけのようにも思えるのですが?」
「まぁ! なんて酷い邪推の仕方をする息子なのかしら! わたくしは純粋に弟に手を焼き、公務に支障が出て苦しんでいるあなたの状況を少しても軽減出来るように提案をしたのに!」
「本当に?」
「でも正直なところ、わたくしはずっと娘が欲しくてたまらならかったのだから否定は出来ないわね。現状、マリアが懐妊してからは、リードの独占欲が酷くて非常に寂しい思いをしている状態なのは事実だから」

 マリアと言うのは、王太子でもある長男リカルドの妻マリアローズの事だ。
 彼女がまだリカルドの婚約者だった頃、娘がずっと欲しかったアフェンドラにとって、まさにマリアは癒しだった。そしてその頃から長兄と未来の嫁の取り合いを繰り広げていた……。
 しかし、そのマリアが懐妊すると、長男の嫁に対する独占が悪化したらしい。
 ここ四カ月間、アフェンドラが自分のお気に入りの令嬢達を頻繁にお茶会に招いていたのは、その事も関係していた。

「母上、もう少しお二人の都合にもご配慮して頂けませんか?」
「あら。シャーリー嬢は自らこの話し合いに参加してくださる程、フィオの件に関しては協力的よ? ローゼリア嬢だって先程、ご自身から言い出してくださったじゃない」
「ですが! あのフィオの対応は、思っている以上に骨が折れるのですよ!? 母上もその事は痛い程、身に染みていらっしゃるはずです!」
「ええ。だからわたくし達三人で相談内容に対しての助言を考えると提案しているの。一人では骨が折れても三人ならば負担は軽減出来るでしょう? その後、最終的にフィオにその助言をしていいかの判断はあなたにして貰うわ。そうすればあなたはフィオの相談への助言や対策を考える手間が省けるし、わたくしたちは楽しいお茶会の合間にあの子の相談内容を話題にしながら、助言や対策案を話し合うという実に有意義な時間の使い方が出来るでしょう?」

 名案だと言わんばかりの母の言い分にハロルドが右手でこめかみ部分を押さえ、盛大に息を吐く。そんな次男に母アフェンドラは、何かを企むような妖艶な笑みを向けた。

「それとも……もうすでにローゼリア嬢には、条件の良い婚約者候補の男性の目星がついて、あなたからの紹介は必要ない状態になっているのかしら?」

 母親のその質問に何故かハロルドが、ビクリと小さく体を強張らせた。
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