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21.男爵令嬢の助言

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 ハロルド達がマイスハント家を訪れてから二週間が経った。だがその間、ローゼリアがハロルドと面会する事はなかった。

 フィオルドの内面改善の件でローゼリアは登城していたが、公務に追われていたハロルドが話し合う時間を作れなかったからだ。

 だが、その状況にローゼリアは不安を感じていた。何故なら二週間前のあの日、何故かローゼリアに対するハロルドの接し方が、突然変わったからだ。

 あの日、ルシアンの突然の来訪で席を外す前までは、ハロルドは今までと変わりない様子でローゼリアに接してくれていた。しかしルシアンの接待後、再び二人のもとへ戻ってみると、何故かハロルドは目を合わせてくれなくなっていた。

 自分は何か避けられるような事をしてしまったのだろうか……。

 そんな不安を抱いてしまったローゼリアだが、該当するような心当たりが一切思いつかない。そして更にローゼリアの不安を煽ったのが、その日から更に多忙となったハロルドと面会が、出来なくなった事だ。偶然にしては、あまりにもハロルドの態度が急変し始めた事との関連性を感じてしまう。

 そんな経緯もあり、ハロルドに避けられていると思い始めてしまったローゼリアだが、その間もフィオルドからの手紙は、途絶える事無くローゼリアの元に届き続けた。

 だが流石にローゼリア一人では、その相談内容に対応出来ない。かと言って、ハロルドに面会出来ない状況から登城する気も起こらず、ここ最近は自宅にシャーリーを招いて話し合う事が多くなっていた。
 本日もそんな流れでシャーリーを自宅に招き、相談と言う名目でお茶の時間を堪能している。

「最近のフィオルド殿下は、大分ご自身の事に目を向けられるようになられたと思うのですが、ローゼリア様はどう思われますか?」

 以前、ルシアンから紹介された柑橘系のハーブがブレンドがされたお茶の香りを楽しみながら、おもむろにシャーリーがローゼリアに意見を求めてきた。その問いにローゼリアが苦笑しながら返答する。

「確かに以前と比べれば、大分ご自身の事を理解され始めたかと思いますが……」
「こちらの手紙を拝読した限りでは、またあらぬ方向を目指される傾向が強いようですね……」
「そうなのです……。ですが、この結果は何となく予想出来ました」

 ローゼリアが困り顔で微笑むと、シャーリーも同じ様に苦笑を浮かべる。だが同じような表情でもシャーリーの場合は、可憐さの中にか弱い印象が隠れており、何故か庇護欲をそそられる。これがローゼリアの場合だと、冷笑していると勘違いされやすい。そんな自分とは対照的な雰囲気をまとうシャーリーに対して、思わず羨む気持ちと憧れの念を抱いてしまう。

 そしてローゼリアと同じ様にシャーリーに魅せられた問題児でもあるフィオルドだが、現在では大分自分が突飛な行動や考えをしてしまう事をある程度、理解し始めている。だが、その欠点を改善したいという気持ちとは裏腹に、フィオルドが思いつく短所克服方法は、かなり独特な内容なのだ。

 二週間前までは、その独特な対策案を兄ハロルドが容赦なく却下していた。だが、現状のハロルドは公務が忙しい為、ローゼリアがフィオルドの自尊心を傷付けないよう配慮しながら、やんわりとその対策案にダメ出しをしている状態だ。

 ハロルドがその内面改善の相談に参加をしてくれた時に比べると、効率が悪い対応になるのだが……。フィオルドから絶大な信頼感を得ているハロルドに比べ、劣等感を与えてしまったローゼリアとでは、同じような厳しめな助言をした場合、フィオルドが受ける心のダメージはローゼリアからの方が大きい。

 その為、ローゼリアはフィオルドに助言をする際は、出来るだけその自尊心を傷付けぬよう持ち上げる事を心掛けている。だが、その匙加減は挫折する事をあまり経験してこなかったローゼリアでは難しかった。

 そこで参考となるのが、努力を重ね困難に立ち向かう事が出来るシャーリーの意見だ。幼少期の早い段階でフィオルドと同じ様な挫折を味わっているシャーリーは、恐らくこの話し合いをするメンバーの中で一番フィオルド目線になれるはずだ。
 ハロルドに相談出来ない以上、劣等感と戦うフィオルドにもっとも寄り添えるシャーリーの意見に頼るしか、今のローゼリアは改善策が思い付かなかった。

 そんなローゼリアの考えを理解してくれているのか、ここ最近のシャーリーはお茶の誘いを快く受けてくれる。同時に二人の関係は、友人としての親睦が、かなり深まった。今まで王族向けの淑女教育に追われていたローゼリアにとって、シャーリーは初めて深く話し合いが出来る友人になりつつある。
 その状況下ですっかりシャーリーに心を許していたローゼリアは、今まで聞けずにいた事を思わず口してしまった。

「シャーリー様は、フィオルド殿下に何か特別な感情を抱かれた事はございますか?」

 自分でも驚く程、するりと出てしまった言葉に驚いたローゼリアが、慌てて口元を両手で押さえた。同時にシャーリーの方もその質問内容に驚き、瞳を大きく見開く。だがそれはすぐにバツの悪そうな笑みへと変わった。そして何故か全く関係のない話題を口にし始める。

「ローゼリア様は、我が家が伯爵家から管理を任されている領地の特徴をご存知でしょうか?」
「確かウェールズ伯爵領内の地域で羊の放牧が盛んだったと記憶しておりますが……」
「流石、ローゼリア様ですね! おっしゃる通り、我が家が管理を任されている土地は、羊からの副産物で収入を得ている領地になります」

 ローゼリアにとって、フィオルドの婚約者時代に国内の領地の特徴等は、王族向けの教育を受ける際に全て叩き込まれていた為、現状のエマルジョン男爵家が任されている領地についてはある程度知っていた。だが何故、先程の質問でシャーリーがその話を始めたのかは謎のままだ。
 すると、ローゼリアのその考えを読み取ったシャーリーが、やや悪戯めいた笑みを浮かべる。

「実は幼少期の頃、父が管理を任されている牧場にわたくしを連れだってくださったのですが……。その際、ある牧場で飼われている牧羊犬にとても懐かれていた事がございまして」

 その切り出しで、ローゼリアがシャーリーの会話の意図に気付き始める。

「もしやその牧羊犬、フィオルド殿下に雰囲気が似ていたのですか?」

 ローゼリアの推察は見事に的中したようで、シャーリーが吹き出しかけながら笑いを堪える。

「ええ。実はそうなのです。このような事を口にするのは、王族の方に対しての不敬になるかとは思いますが……その牧羊犬は、小型犬で薄茶でフワフワな毛並みをした愛らしい見た目でした。ですが見た目だけではなく、雰囲気や性格からもフィオルド殿下を彷彿させるのです」

 その話にローゼリアは思わず、小型で愛らしい薄茶色のフワフワな牧羊犬が必死に虚勢を張るようにキャンキャン吠えている姿を想像してしまい、思わず吹き出しそうになる。
 その反応に釣られたシャーリーも笑いを堪えながら口元を隠す。

「もうその牧羊犬は、老衰で二度と会えないのですが……本当にわたくしによく懐いてくれていたので。その牧羊犬を彷彿させるフィオルド殿下に対しては、確かに懐かしさというか、ある意味特別な感情を抱いてしまっているかもしれませんね……」

 そう口にしたシャーリーの表情は、とても慈愛に満ちたものだった。その事に気が付いたローゼリアは、一瞬だけそのシャーリーの反応に釘付けとなる。

 どうやらシャーリーにとってフィオルドは、対応が面倒なだけでなく、愛着も感じているようだ。つまりシャーリーは、フィオルドに対して嫌悪感や苦手意識は抱いていないという事になる。
 そうなると尚更、シャーリーがフィオルドに抱いている感情の正体が愛着だけではないのではと、気になり始める。

「その……かなり不躾な事を伺ってしまうのですが、シャーリー様はフィオルド殿下に対して、恋愛的な感情を抱かれた事は……」

 控え目に聞き出そうと言葉を選んだつもりだったが、無意識でかなり確信を突く質問の仕方になってしまい、ローゼリアが慌てだす。

「も、申し訳ございません! このような不躾過ぎる質問をするつもりはなかったのですが……」

 自身が口にした内容に気まずさを感じたローゼリアが、言い訳をするように言葉を詰まらせる。その様子にシャーリーが苦笑した。

「ローゼリア様、そんなにお気になさらないでください。その質問は、以前フィオルド殿下のお近くにいらしたご令嬢方から、もう何度もされた内容になりますので」
「本当に申し訳ございません……。こんな配慮のない質問をするとは自分でも思わなくて……」
「ですが、気になってしまうお気持ちも理解出来ます。わたくしがローゼリア様の立場であれば、同じ質問を投げかけましたもの。ですが……ご期待とは違い、わたくしがフィオルド殿下に抱いている感情は、ローゼリア様と同じような感情かと思われます。殿下はとてもチャーミングな方ですが……何故か惹かれるというよりも放っておけない存在という気持ちが強いので」
「た、確かに……」

 シャーリーの返答内容に思わずローゼリアが深く同意してしまった。だが、そう語るシャーリーは、どこか楽しそうだ。

「ですが今後の殿下の変わりようで、この感情が変化するかもしれませんね。それでもわたくしは、男爵令嬢という立場を弁えるつもりです」

 そう言い切ったシャーリーの瞳には強い意志を感じさせる光があった。
 王族と深い関係を築く事で、お互いに生じるリスクをシャーリーはしっかりと理解している様子だ。だがそれは、フィオルドの想いが成就しない事も意味する。その考えが、珍しく表情に出てしまったローゼリアにシャーリーは、困った様な笑みを返す。

「わたくしは、女性文官を必死に目指して来た身です。ようやくその目標の達成が確定した今の状況を手放したくないと思っております。同時にわたくしのような身分の低い者が、王族であるフィオルド殿下と親しくするなど、おこがましい事であると理解しているつもりです。ですから、ローゼリア様やアフェンドラ妃殿下のご期待に添える様な感情は、現状フィオルド殿下には抱いておりません……」

 シャーリーの口にした『現状』と言う言葉にローゼリアが大きく瞳を見開く。
『現状』という事は、この先はどう変わるか分からないという事だ。それは少なくともシャーリー自身がそうでなくなる可能性も考慮して出てしまった言葉なのだろう。その意味に気付いてしまったローゼリアに対して、何事もなかったようにシャーリーが話の話題を少し前に戻して来た。

「そう言えば……フィオルド殿下だけでなく、ハロルド殿下も大型犬を彷彿させるご様子が、たまに見受けられますよね?」

 誤魔化しの為に発せられたのかは分からないが、シャーリーのその言葉に再びローゼリアが吹き出しかける。すると更にシャーリーが、ある一言を付け加えてきた。

「特にローゼリア様とご一緒だったエレムルス侯爵家主催の夜会では、まるで番犬の様だったというお噂が耳に入ってまいりました」
「番犬!?」
「はい。わたくしはその夜会に参加しておりませんが、友人の何人かがその様な印象を受けたと言っていたもので」
「そ、そんな事はございません! そもそもあの夜会では、フィオルド殿下の暴走を止めにハロルド殿下がご参加してくださっただけで……」
「ですが、ミオソティス伯爵家のルシアン様を交えての会話の際、ハロルド殿下はルシアン様をかなり警戒されていたと聞きましたが……」
「まさか! そもそもルシアン様はハロルド殿下自らわたくしの婚約者候補として、ご紹介してくださっているくらいなので……」

 慌てて噂の訂正をしようとしたローゼリアだが……何故か後半、尻すぼみになってしまい、今度はシャーリーが驚きの表情を浮かべる。

「その、ローゼリア様はルシアン様とのご婚約をお考えなのですか?」
「どう、なのでしょうか……。ルシアン様はとても素晴らしい男性だと感じておりますが、婚約に関してはわたくしの一存では決められないので……」
「ですが、今後どうなるかは分からないという状況ではございませんか?」
「それは……」

 シャーリーの問いを上手く返す事が出来なかったローゼリアが口ごもる。その気持ちを見透かしたようにシャーリーが、更に深掘りするような内容で質問を続けた。

「ローゼリア様は、ルシアン様とのご婚約を望まれておりますか?」

 すると、ローゼリアはビクリと肩を震わせた後、固まってしまう。何故ならその瞬間、ルシアンではなくハロルドの姿が浮かんでしまったからだ。自分でも予想だにしていなかった感情の変化にローゼリア自身が戸惑い始める。

「あの、それは……」
「もしや今、ローゼリア様は別の男性のお姿を思い浮かばれたのでございませんか?」
「………………」

 図星を指され思わず俯いてしまったローゼリアに対し、シャーリーがにっこりと微笑む。

「ローゼリア様は、すでにご自身のお気持ちに気付かれているご様子ですね」
「え……?」

 シャーリーのその指摘を聞いたローゼリアが驚きながら、思わず顔を上げる。するとシャーリーは、更に柔らかい笑みを深め、ローゼリアに向けた。

「もし現状悩まれているのでしたら、ご自身のお気持ちを優先される選択をすべきだと、わたくしは思いますよ?」

 まるでローゼリアの気持ちを見透かすような発言をしたシャーリーは、慈愛に満ちた表情で笑みを浮かべていた。そのシャーリーの様子は、今までローゼリアが抱いていた可憐で、か弱いイメージはなく、瞳に強い光を宿し意志の強さを感じさせた。

「シャーリー様は……見た目の印象とは違い、意志表示をはっきりされる方なのですね」
「ええ。よく勘違いされやすいのですが、わたくしはこう見えてもかなりの野心家なので、損得勘定をする上で人間観察眼には自信がございます」

 得意げにそう語るシャーリーの様子にローゼリアが笑みをこぼす。そんなローゼリアの反応にシャーリーもまた目を細めて、柔らかい笑みを返して来た。

「ですので、ローゼリア様ももう少しご自身のお気持ちに寄り添い、野心的になられる事をお勧めいたします」

 その言葉に促されるように自分の中にあるハロルドへの気持ちと、少しずつ向き合おうと思ったローゼリアだが……。それはこの後、帰宅した兄クライツが持ち帰ったハロルドに関するある噂によって、再び決心が揺らぎ始めてしまう。

 その噂は、ついに第二王子が婚約者候補探しの為、自身の釣り書や姿絵等を用意し始めたという内容だった。
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