風巫女と精霊の国

もも野はち助

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28.鈍感と言う名の凶器

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 苦笑気味な表情をイクレイオスに向けられながら、窓越しで外の精霊達と戯れていたエリアテール。
 やっと目にする事が出来た精霊との触れ合いが嬉し過ぎて夢中になっていたが、よくよく観察しているとふとある事に気付き始める。どうやら精霊達は、属性によって光る色が違う様で、赤・緑・水色・黄色の四種類の発光の仕方をするようだ。そんな光の玉と小さな人型の精霊達は、エリアテールが窓ガラスに手を添える度にそれに反応するように寄って来る。

 すると、その中の黄色い発光体がエリアテールにある事を思い出させた。
 以前、呪いに掛っている状態のイクレイオスに手を振り払われた時……あの時、イクレイオスの髪にくっ付いていたのは発光体は、確かこの黄色い光り方をしていたのだ。

「イクレイオス様、この黄色に光る精霊様は、どの属性の精霊になりますか?」
「黄色なら地の精霊だな。それがどうかしたのか?」
「いえ……。少し気になったので」

 イクレイオスの説明を聞いたエリアテールは、あの時すでに初めて精霊を見ていたという事に気付く。
 もしかしたら精霊の泉で加護を受けた後、自分では気付かず、すでに精霊の姿を見ていたのかもしれない……。
 そう考えると、あれだけ悩んでいた自分に思わず苦笑してしまう。

「下級中級精霊様達は、こんなに可愛らしいお姿をしているのですね……」

 そうエリアテールに言われたイクレイオスだが……物心付いた頃から見慣れてしまっているので、よく分からない。ただ初めて精霊達を見るエリアテールにとっては、物珍しくてたまらないらしい。
 そんなエリアテールの様子に、これなら大丈夫だろう……とイクレイオスがひっそりと安堵する。
 そしてソファーから立ち上がると、窓際にいるエリアテールの方へ近づき声を掛けた。

「お前の不安も解消されたようだし、私はそろそろ執務室に戻る。アレクの所為で婚約披露宴の準備が更に滞ってしまったからな……」

 そう毒づくイクレイオスにエリアテールは、困った様に眉を下げて苦笑する。
 そして足早に執務室に戻ろうとするイクレイオスを見送ろうと、イクレイオスの後に続いた。
 そのまま二人で扉の前まで来ると、エリアテールがイクレイオスに気まずそうに礼を口にする。

「イクレイオス様……。この度はお忙しい中、お時間を割いてご対応頂き、ありがとうございました」
「いや……私も早々にお前に今回の件をしっかりと説明するべきだった……。その、すまなかった……」
「こちらこそ、大変申し訳ございませんでした……。元々わたくしが変な方向に考えを巡らせ、誤解してしまった事が原因ですし……。もしあのまま婚約を解消する選択をしていまっていたら、危うく11年間分のイクレイオス様がわたくし等の為に注いでくださった貴重なお時間と労力を無駄にしてしまう所でした……」

 すると、申し訳なさそうに微笑むエリアテールの発した言葉に、何故かイクレイオスの動きがピタリと止まる。

「11年間分の時間と労力……?」

 急に怪訝そうな表情に変化したイクレイオスは、一瞬だけエリアテールを凝視した後、すでに回しかけていたドアノブから手を放す。そしていきなりエリアテールの腰に手を回し、そのまま横抱きにして先程のソファーまで連れ戻した後、強引に自分の隣に座らせた。

「あ、あの……イクレイオス様?」
「お前……まだ何か勘違いしている事があるだろう! 『11年間分の時間と労力』とは、どういう意味だ!」

 さっきまですこぶる良かったイクレイオスの機嫌が、一気に悪化する。
 そして両肩をがっしり掴まれて強引にソファーに座らされたエリアテールは、一瞬何が起きたか分からずに両目をパチクリさせた。

「その……示談金のお話の際にイクレイオス様が、そうおっしゃっていたので……」
「だから! お前はその言葉をどういう意味でとったのだ!」

 肩を掴まれたままグラグラ揺すられ、詰問されるエリアテールは「またやってしまった……」と心の中で呟いた。
 恐らく今の自分の考えをイクレイオスに伝えたら、更に怒りを増幅させてしまう事は何となく予測が付いた。そうでなけでば先ほどの自分の言葉から、ここまでイクレイオスが何か引っ掛かりを感じないはずだ。
 もうこの際、ハッキリとイクレイオスの考えを聞き、ズレてしまっている自分との認識のすり合わせをした方がいい事は明らかだ。ましてやこの先、自分はイクレイオスと供に人生を歩む事は確定しているのだから……。
 そんな考えに至ったエリアテールは、イクレイオスの怒りを煽る覚悟でポツポツと、自身が認識しているイクレイオスの『11年間分の時間と労力』について口にする。

「その……この11年間、わたくしのような不出来な者の為に、かなり時間を割いて頂いた事という意味ですが……」
「だからその『時間を割く』という言い方が引っ掛かるのだ! そもそも私はお前に時間を割いた覚えはない!」

 そうい言い切って来たイクレイオスにどう返していいか分からないエリアテールは、困り果ててしまう……。
 正直、どう話せば自分の感じた事をイクレイオスに上手く伝えられるのか、全く思い浮かばない。そして何故、イクレイオスがここまで、この言葉に対して目くじらを立てているのかも理解出来ない……。
 そんなエリアテールは、威圧的に視線を注いでくるイクレイオスへの言葉を肩をすくめながら探しだす。
 だが、そんなエリアテールの様子にイクレイオスの方が先に痺れを切らして、問いかけてきた。

「私がお前に対して時間を割いたと感じた内容とは、一体何の事だ!」

 両肩をがっしり掴まれたまま、じぃっと見つめてくるイクレイオスの威圧感に耐えながら、エリアテールがポツリポツリと答え始める。

「その……仮初の婚約者という立場であるわたくしに対して、多忙な状況でも必ずお茶を共にする時間をわざわざ11年間も捻出してくださったり……」
「他には?」
「幼少期の頃、友人と遊ぶ機会がなかった事をお話すると、率先して遊び相手になって頂いただけでなく、後々離縁する可能性が高かったわたくしの王妃教育にも熱心に取り組んで下さったり……」
「……他には?」
「外部の人間には、あまり公開しないような国内の経済情勢や視察等にも頻繁に同行させて頂いたり……」
「……他は?」
「将来的には婚約は取り消されるはずだったわたくしに対して、地の精霊王様にお告げ受け取る前から本当の婚約者に対する贈り物を毎年してくださったり……」
「………………」
「そんな期間限定の婚約者でしかなかったわたくしにイクレイオス様は、まるで正式な婚約者に対するような誠実な接し方をしてくださったので、かなりの時間と労力を注いでいただいたと言う意味で……」
「期間限定の婚約者……」
「それらが示談金のお話の際にイクレイオス様がおっしゃっていた『11年間の時間と努力と労力』という内容だと、わたくしは――――」
「もういい!! お前がまたバカげた勘違いをしている事は、よぉ~く分かった!!」

 まるで言葉の続きを聞きたくないと言わんばかりにエリアテールの言葉を遮るように叫んだイクレイオスは、エリアテールの両肩を掴んだまま、ギッと鋭い目つきで見据えた。

「お前がこの11年間の私の接し方を全て婚約者に対しての社交辞令として対応したと思い込んでる事は、よぉ~く分かった!! だが、常識的に考えてみろ! 誰が好き好んで仮初の婚約者に対して、そこまで親身になれる!?」

 そう訴えたイクレイオスは、掴んでいるエリアテールの両肩をガクガク揺さぶりながら、更にまくし立てる。

「11年間、お前との茶の時間を無理矢理捻出していたのは、私がそうしたかったからだ!! 幼少期の遊び相手も少しでもお前と共に過ごす時間を私が望んだ! 熱心な王妃教育? お前との婚約を希望した時点から、お前を王妃にする事しか念頭にない!! 熱心に取り組むのは当たり前だろ!? 国内の経済情勢の視察も同じ事だ!! 将来的にお前にも手伝わさせる事を考えての行動だ! 贈り物に関しては、示談金の話の際に、私がわざわざポケットマネーで購入していた事は、知っているはずだろう!! 仮初の婚約者に毎年わざわざそんな贈り物をするか! 期間限定の婚約者だと……?」

 そこでイクレイオスは、一度大きく息を吸って溜めた。

「私は初めから、お前を生涯の伴侶にする事しか考えていない!!」

 物凄い剣幕で一気にまくしたてて言い切ったイクレイオスだったが……。
 急に力尽きたようにエリアテールの方に倒れ込み、左の肩口に顔を埋めてきた。

「イ、イクレイオス様!?」
「ここまでされているのに……。何故お前は私の気持ちに全く気付かないんだ……」

 両肩を掴まれたまま肩口にイクレイオスに顔を埋められ、抱きつかれるような体勢にあたふたするエリアテール。
 そして今の話からだと、どうやら自分はイクレイオスに望まれての婚約者だったらしい。つまり……イクレイオスが好意を抱いていた相手はマリアンヌではなく、エリアテールという事になる……。
 流石に鈍いエリアテールでも、こうもはっきり宣言されてしまえば、自覚せざる得をない。その所為から、急にイクレイオスとの今の近い距離の状況が気恥ずかしくなる。

「あの……イクレ――」
「疲れた……」

 エリアテールの呼びかけに被せるように一言発したイクレイオスは、のろのろと顔を上げながら腕を伸ばし、ゆっくりエリアテールから体を離す。そのままグッタリしながらも、上半身だけエリアテールから少しだけ距離を取った。その行動から、一体どうしたのだろうかと不思議そうにエリアテールはイクレイオスを見つめた。

 しかし次の瞬間、イクレイオスは無言のままエリアテールの膝の上にボスンと倒れ込む。
 驚きから悲鳴をあげたエリアテールをよそにイクレイオスは「少し膝を貸せ……」と、グッタリしながら膝の上に寝転ぶ 実は自分に恋愛感情を抱いていた友人が、今自分の膝の上に転がっている状況にエリアテールは、頭が真っ白になってしまい再び慌てふためく。

 しかし、膝の上で疲れ切った表情のイクレイオスを見て、その動きを止めた。
 そしてそっと、イクレイオスの様子を観察する。

「イクレイオス様……。余程お疲れなのですね……」
「当たり前だ……。滞っている婚約披露宴の準備で三日寝てない上に、アレクの茶番にまで付き合わされたんだぞ? 極めつけは、どこからツッコめばいいか分からないお前のとんでもない勘違いの訂正を大量にさせられたのだ……。これで疲れない方がどうかしている……」

 そう愚痴りながら、イクレイオスは寝返りを打つようにエリアテール側に体の向きを変える。
 そのあまりにも疲れ果てたイクレイオスの様子にエリアテールが、罪悪感を抱き始める。

「本当に申し訳ございません……。ここまでイクレイオス様がお疲れな原因は、殆どわたくしの所為ですよね……?」
「反省しているのなら、もうしばらくお前の膝を提供しろ……」

 そう言ってイクレイオスは、ウトウトし出した。
 そんな状態のイクレイオスを見て、顔に掛った髪が口に入らぬようにエリアテールが、そっと払いのける。
 それに反応する様にイクレイオスがうっすらと瞼を開け、うわ言のように呟き始めた。

「全く……。お前のその忌々しい巫女力の所為で、とんだ周り道をさせられた……」

 その言葉にエリアテールが目を見開く。

「わたくしの……巫女力の所為ですか……?」
「そうだ」
「ですが、この力はこの国では上空の大気の浄化に大いに貢献出来たかと……」
「大気の浄化など、どうでもいい……」

 そう言ってイクレイオスは、またゆっくりと瞼を閉じる。

「エリア、お前は何故自分がギリギリまで風の精霊王から、祝福を受けられなかったと思う?」
「先ほど伺った話では……風以外の精霊王様方が、ご自身でわたくしに祝福を与えられない事で風の精霊王様に嫉妬され、与える事を反対されたと……」
「本当にそれだけで祝福が先送りにされたと思うか?」
「違うのですか?」
「三属性の精霊王が反対した事は本当だ。ただ……その反対理由が違う……」
「それが巫女力と関係が?」

 エリアテールの質問にイクレイオスは、気だるそうに一瞬だけ眼をぎゅっと瞑る。

「精霊という存在全般は清らかなモノを好む。お前のその巫女力は、お前自身が穢れのない存在という証の様なものだ。精霊達がお前を特に慕うのは、恐らくその事が大きく関係している。だがもし、風の精霊王が早々に祝福を与えてしまえば、お前はその証を失う可能性が上がる。だから精霊王どもは、お前に祝福を与える事を先延ばしにした……」
「証を失う可能性……? あの、どういう……」
「全てはあのふざけた風の精霊王の所為だ……」

 続きが気になり会話を続けようとしたエリアテールだったが……。
 イクレイオスは半分眠りかけているようで、段々と会話が噛み合わなくなる。

「お前が早々に精霊王に祝福されていれば、こんな事にはならなかった……。そうなれば今回の様にマリアンヌ嬢は、この城に呼ばれる事はない。私も呪いを受ける事もなく、婚約披露宴も滞りなく行えた……」

 もはやイクレイオスの話は、愚痴の様な独り言になってきた。
 そんな今にも寝息を立ててしまいそうなイクレイオスの髪を、エリアテールは労わる様にそっと梳く。
 すると寝ぼけているのか、イクレイオスが腰に腕を回して抱き付いてきた。
 そしてそのまま、エリアテールの腹部辺りに顔を埋めるような体勢になる。

「頼むから……タラシ込むのは私のみにしろ……」

 そう小さな声で呟くと、イクレイオスはそのまま眠りに落ちて行った。
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