我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助

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【我が家の愛犬】

15.我が家の愛犬は優秀な護衛犬②

「痛い! 何をなさるの!?」

 無遠慮に力づくで引っ張られた為、フィリアナが抗議の意味を込めて大袈裟に痛がる。
 だがそれが更にエレノーラの苛立ちを増幅させてしまったらしい。

「あなた、伯爵令嬢の分際で生意気すぎるのよ!! 今後社交界で生き残る際、侯爵家に目をつけられる事がどれだけ大変な事か教えて差し上げるわ!!」

 そういって9歳のフィリアナの腕を11歳のエレノーラが力任せにグイグイと引っ張り始める。その状況にコーデリアとミレーユが、慌てて止めに入ろうとした。
 しかしエレノーラは、それを脅迫とも言える言葉で跳ね返す。

「お二人共! たかがご友人一人の為にニールバール侯爵家に刃向かうおつもり!?」

 その言葉にコーデリア達よりもフィリアナが、ビクリと肩を震わせる。
 対してコーデリアは爵位が低いミレーユに何かを耳打ちし、彼女をどこかに向かわせ、自身は一歩前に出る。

「たかが友人? エレノーラ様はご自分の友人の方々に対して、そのような感覚をお持ちなのですか? わたくしにとってフィリアナ嬢は『たかが友人』ではございません! 大切な友です! その友人がこんな乱暴な扱いを受けていれば止めに入るのが当然です!」

 凛とした様子でそう訴えたコーデリアだが、彼女のスウェイン伯爵領はエレノーラのニールバール侯爵領と交易関係で取引が多い。その事に気づいたフィリアナが慌て出す。

「コーディー! 私は大丈夫だから、このまま引いて!」
「フィー! 何を言っているの!? このままじゃ、あなたが酷い目に……」
「私は大丈夫だから!」

 盛大に喧嘩を買ってしまった自分自身にも問題があった事を理解しているフィリアナは、コーデリアが巻き込まれないように踏ん張っていた足の力を緩めた。それと同時にエレノーラの方へ勢いよく引っ張られ、そこで待ち受けていた令嬢達に両脇をガッチリと固められてしまう。

「安心なさって? フィリアナ様には、格上の人間に対しての礼儀作法を指導して差し上げるだけだから。あなたは安心して、このままお茶会を楽しまれるといいわ!」

 意地悪い笑みを浮かべたエレノーラは、自身の取り巻き令嬢達にフィリアナの両肩を組むようにガッチリ固めさせ、側から見れば仲が良さそうな令嬢グループに見られるような雰囲気で、フィリアナを会場から目立たない場所へと誘導し始める。

 その状況に危機感を抱いたコーデリアが、慌ててフィリアナに手を伸ばそうとしたが、そのコーデリアの動きをフィリアナは首を振る事で制止した。
 それは先程、コーデリアがミレーユに兄ロアルドに報告しに行くよう指示を出していた事を察していたからだ。

 ミレーユから報告を受けた兄なら、すぐに助けに来てくれる……。

 それが分かっていたので、敢えてフィリアナは抵抗する事をやめた。
 だが、両腕に絡みついている令嬢二人は、かなり乱暴に腕を引っ張る為、少し腕が痛い。
 その事にやや不満を抱きつつも会場の声が小さくなる人目に付きにくい場所まで連行されたフィリアナは、いきなりエレノーラに後ろから両手で突き飛ばされ、王城のフカフカの芝生の上に四つん這いになるように倒れ込む。

 年下の少女に対し、数人掛かりでこのような行いをしてくるエレノーラに呆れつつも、フィリアナは怖気付く事もなく、キッと彼女達を睨みつけた。
 幼少期から兄に取っ組み合いの喧嘩を自らしかけていたフィリアナにとって、この程度の乱雑な扱いはショックでもなんでもない。

 だが、そんなフィリアナの態度が気に食わなかったのか、エレノーラの表情が一気に憤怒に満ちたものへと変わる。同時に手にしていた扇子を彼女は、フィリアナに向かって振り下ろそうとした。
 その状況に流石のフィリアナも驚き、思わずギュッと目をつぶってしまう。

 しかし、その扇子は彼女達が悲鳴をあげてしまった事で、フィリアナに振り下ろされる事はなかった。
 耳からでしか確認出来ない状況を目視確認しようと、フィリアナがそっと瞳を開くと、なんと目の前には逃げ惑う令嬢達の姿あったのだ。

「嫌ぁぁぁぁぁー!! この犬、何なのよ!! 誰か! 誰か追い払いなさい!!」
「きゃぁぁぁぁー!!  こ、こっちに来ないで!! あっちにいって!!」
「だ、誰かぁぁぁー!! 誰か来てぇぇぇー!!」

 一瞬、何が起こっているのか分からなかったフィリアナが尻もちをついたような体勢で、その阿鼻叫喚な状況に呆然とする。対してパニック状態で逃げ惑う少女達は、いきなり襲ってきた黒と白の毛並みの中型犬の恐怖に泣き叫び出していた。
 そこでやっと彼女達を追い回している存在が何かフィリアナが認識する。

「ア、アルスッ!?」

 しかし、フィリアナの叫びと同時にビリリという景気の良い音が鳴り響く。

「嫌ぁぁぁぁぁぁー!! こ、これ、今日の為に仕立てたばかりのドレスなのにぃぃぃー!!」

 どうやらアルスが思いきりエレノーラのドレスを力任せに噛みちぎったらしい……。
 ショックで泣き叫びながらエレノーラが座り込んでしまうと、今度は他の令嬢達のドレスの裾を目掛けてアルスが突進し始める。

 その惨状にしばらく呆然としてしまったフィリアナだが……。
 慌てて我に返り、その暴走を止めようと大声で叫びながらアルスのもとへと駆け寄る。

「アルスっ!! ダメ!! やめなさいっ!!」

 そして他の令嬢達のドレスの裾にも噛みつこうとしていたアルスを抱きかかえるように押さえ込む。
 すると先程までドレスを引き裂かれ泣き叫んでいたエレノーラが、いつの間にか立ち直り、顔を真っ赤にしながら凄まじい憤怒の形相でフィリアナの前に仁王立ちしていた。

「な、何て事をしてくれたのよ!! このドレスは、今大人気で予約が三年待ちのマダム・レイシーヌの工房で仕立てて貰った最高級のドレスなのよ!? あなたのような格下の伯爵令嬢では、絶対に袖なんて通せない高価なドレスなんだから!!」

 そう叫んだエレノーラは、裾がビリビリに引き裂かれた状態のドレスを着たまま、フィリアナの目の前に一歩足をドカリと踏み出す。

「この事はあなたのお父上のラテール伯爵に断固抗議させて頂きます! そしてあなたの家が傾くくらいのドレスの賠償金を請求するから覚悟なさい!!」

 エレノーラのその通告にフィリアナの顔色が一気に青くなる。
 自分が軽はずみに喧嘩を買ってしまったせいで、家族に多大な迷惑がかかってしまう……。9歳のフィリアナでも、その事がどれだけ大事に発展してしまったのかは理解出来た。
 そんなフィリアナは、罪悪感から涙で視界が歪み出す。

 だが、今回フィリアナを守る為にやりすぎてしまったアルスの方は、未だに彼女達を威嚇するように低い唸り声を上げながら、目の前に立ちはだかっていた。
 もはや一触即発な状況……。
 しかし、その状況を一瞬で鎮めるかのように初めて耳にする落ち着いた声が、全員の耳に入る。

「それは大変申し訳ない……。エレノーラ嬢のドレスの賠償は、リートフラム王家が責任を持って支払うよ」

 その声の主が誰なのか、すぐに察してしまったフィリアナの顔色が、ますます青くなる。
 対してエレノーラ達は、その声の主の容姿を目にした瞬間、一気に顔を赤らめた。そんな反応を見せるエレノーラ達と違い、フィリアナは恐る恐るゆっくりと自身の後ろに佇んでいるらしいその声の持ち主の姿を確認しようと振り返る。

 すると、そこには少し癖のある艶やかな黒髪に初夏の青空のような澄み切った水色の瞳をしたなんとも端正な顔立ちの美少年が、父フィリックスと兄ロアルドを傍に控えさせながら、困った様な笑みを浮かべて立っていた。
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