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第一話:『真実の愛に目覚めたと言い張る婚約者』
【後編】
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「こ、好意を寄せているって……そんな素振り一切見せた事なかったじゃない!! 会えばすぐにお姉様と比較しながら嫌味ばかりで……。それでいきなり『お前への真実の愛に目覚めた』とか言われても信じられないわ!」
あまりにも予想外の事を口にしてきたルーレンスに対し、シャノンは恥ずかしさを振り払うように食ってかかった。しかしルーレンスの方も自棄気味で怒鳴り散らすようにシャノンに反論する。
「それはお前が昔からオフェリアにベッタリ過ぎて、私が何かに誘っても『お姉様と遊ぶから嫌!』と言っては断り続けていたからだ! だから私は、お前がオフェリアに抱くその執着心を削ぎ落とそうとしたのだ! そうすれば自然と私の誘いにも乗ってくるだろうと思ったのだ!」
そこで初めて幼少期のルーレンスとの姉の取り合いの事実を知ったシャノン。
ルーレンスが気を引きたかったのは姉ではなく、自分だったのだ……。
そうであるのならば、尚更納得出来ない事がシャノンにはある。
「だったら、もう少し優しい誘い方をすれば良かったでしょう!?」
「ちやほやされて育った6歳児にそんな謙虚さが、ある訳ないだろう!」
「でも成長後であれば、行動を改められたはずよ!?」
「その時にはもうお前は、すっかり私に対して嫌悪感をむき出しにしていただろう!! その状態で急に私が優しい言葉を掛ければ、お前はどう感じる!?」
「き……気持ち悪いなって……」
「そう思われてしまう事が容易に想像出来る状態で、優しく出来るか!!」
そこまで言い切ったルーレンスは、そのまま気を静めるように一度口を噤む。
すると、気まずい沈黙が一瞬だけ訪れた。
その間、シャノンはこんがらがってしまった思考を何とか立て直そうとする。
だがその思考が整理される前にルーレンスが、再び口を開いた。
「真実の愛に目覚めたと言えば、また初めからやり直せるかと思ったのだ……。今まではその事に気付けなかったから、意地の張り合いのような態度しか出来なかったが、それは目覚めていなかったという理由を付ければ、もう一度意地の張り合いをする前の状態に戻れるかと……」
自身でもややこじつけ的な言い訳に逃げる方法だったと認識しているのか、そう語るルーレンスの言葉は最後が尻すぼみになってしまった。
そんな俺様王子にシャノンが盛大なため息をつく。
「それならば『昔からずっと好きだった』と正々堂々と告白して欲しかったのだけれど?」
「そうしていたら、お前は私からの好意をすんなり受け入れられたか?」
「…………」
「無理だろうな。お前も私と同じくらい感情と発する言葉が、真逆になるタイプなのだから。私達は言葉で交流を図ろうとすると、どうしても気持ちとは真逆の言葉を吐いてしまうようだからな……」
「だからって、最近流行している『真実の愛』で誤魔化すのは……」
するとルーレンスが、キッとシャノンを睨む。
「だが、お前は私に甘い言葉を吐かれたら気持ち悪いと感じるのだろう?」
「そ、それは……」
「正直、私もお前からの甘い言葉は聞きたくはない。そして自身でも吐きたくはない! 甘い言葉はダメだ! 虫唾が走る!」
「ちょっと! それでは私とどうなりたいか、よく分からないのだけれど!?」
この婚約者の言動は、本当によく分からない……。
真実の愛も意味が分からずに言っているのではないのだろうか……。
そう思ったシャノンは、ルーレンスにかなり呆れた視線を注いだ。
だがそんな視線に気づかないルーレンスは、視線を落としたまま、ポツリとある一言を呟く。
「だが……甘い触れ合いはしたい……」
その呟きにシャノンが大きく目を見開く。
「もう夜会のエスコートの際、必要最低限の触れ合いしか出来ない事には耐えられない……。今のように一緒に過ごす時間が殺伐な雰囲気になるのも嫌だ。他の男にダンスに誘われている時に口出し出来ない煩わしさにもウンザリする……。私は今のように意識的でない無意識の状態では、言葉を素直に吐く事は得意ではない。そしてそれはお前も同じはずだ……。だが、触れ合いに関しては別だ。何も考えなくとも感情のまま、無意識で素直に行動出来る……」
まるで悪戯を責められて拗ねる子供のような表情で、ルーレンスがボソボソ言い訳じみた事を語り出す。
「だからといって、真実の愛に目覚めたという言い方は……」
「真実の愛に目覚めたと宣言すれば、今後過剰なスキンシップを図ってもお前が不快感を抱かず、仕方ないと甘んじて受けてくれると思った……」
気まずそうにそう白状する婚約者にシャノンが唖然とする。
いくらここ最近、この『真実の愛』を盾に簡単に婚約を破棄し出す令息達が多いからと言って、この言葉にはそんな絶大な効果がある訳などない。
だが、ルーレンスの中では『真実の愛』と言い張れば、想いを貫き通す事が出来る言葉となってしまっているようだ……。
「甘んじる訳ないでしょう!! 言葉責めより恥ずかしいわ!」
「そうだろうか……。お前はただ俯いて私にされるがままになっていれば良いのだから、恥ずかしい行動をしているのは私だけだろ?」
「人前で愛でられる方も恥ずかしいのよ!」
「人前でなければいいのか?」
「そういう問題ではないの!」
そう言い切ったシャノンだが……まさかルーレンスが自分に対して、そこまで好意を抱いていたとは思ってもみなかった。
顔を合わせばすぐに嫌味な挨拶をしてくるし、一緒に過ごしている時は常に姉と自分を比較するような話ばかり。
夜会では必要最低限のエスコートをして、さっさとどこかに行ってしまう……。
試しに他の男性からのダンスの誘いを全て受け、ルーレンスの反応を窺った事もあったが……その時も特に無反応だった。
だが今の話を聞く限りだと、嫌味な挨拶は俺様だった第一印象の悪さから、嫌悪感をむき出しになってしまったシャノンに対して、そういう態度しか取れなくなっていただけで、姉との比較はシャノンの姉への執着心を削ぎ落として、自分の方へ気を引こうとしていたらしい……。
夜会の際も平常心を装いながら心の底では、かなりご立腹だったようだ。
この10年間、ルーレンスがシャノンに対して思うように関係醸成出来なかった事に関して、もどかしい思いをしていたのは何となく理解は出来た。
だが、この問題には肝心な事がすっ飛ばされている……。
「ルー。あなたが10年間、私に対してどんな感情を抱いてくれていたかは、何となく分かったわ。でもね、そうやって挙式を早める事を勝手に決めるのは、どうなの? まだあなたは私の気持ちを確認していないでしょう?」
するとルーレンスが、珍しくキョトンとした表情を浮かべた。
「気持ちの確認も何も……。オフェリアからお前が私とセリーヌ嬢の仲を疑い、非常に気にしていると聞いたのだが……。それはお前の方も私に対して好意を抱いているという事ではないのか?」
そのルーレンスの言葉にシャノンは、ビクリと体を強張らせた。
「き、気にするに決まっているでしょう!? だってあなたが本気でそのセリーヌ嬢に入れ揚げていたら、私は今後の身の振り方を考えなければいけないのだから! でもどうしてそれが、あなたへの好意を抱いている事になるのよ!」
「お前はセリーヌ嬢の身辺情報をやたらと調べていたと聞いたが? それは私が想いを寄せていると勘違いをしたお前が、セリーヌ嬢に対して嫉妬心を抱いた故の行動だったのではないのか?」
6割ほど図星を指されたシャノンの顔が、またしても耳まで真っ赤になる。
確かに色々と気にくわない所は多いが……シャノンはルーレンスの事を嫌っている訳ではない。
むしろ顔は好みの方ではあるし、性格も俺様だが鬱陶しいタイプではないので、そこまで不快感は抱いていない。
そもそも今、ルーレンスの自分に対する気持ちを知ってしまってからは、以前よりも印象が良くなってしまっている。
その混乱もあり、シャノンが真っ赤な顔で一瞬動きを止めると、その心を見透かしたように何故かルーレンスが、やや勝ち誇ったような表情を浮かべた。
そのルーレンスの態度にシャノンが顔を赤くしたまま、キッと睨みつける。
「だ、誰がそんな事言ったのよ!?」
「オフェリアだ。そしてオフェリアは、お前の友人令嬢達から相談されたと言っていた」
「お、お姉様ったら……!!」
姉のオフェリアは、王妃教育も立派にこなした素晴らしい女性ではあるが……性格の方はマイペースでポヤポヤしている。
恐らくルーレンスへのこの情報漏洩は一切悪気はなく、世間話程度で彼に話してしまったのだろう。姉の事は大好きだが、こういう部分は本当に困る……。
そんな事を思いながら、シャノンが複雑な心境でワナワナしていると、その様子を見ていたルーレンスが苦笑した。
「やはり私達は口を開くとダメだな……」
「だからと言って過剰なスキンシップ案は、どうかと思うわ!」
「挙式後なら問題ないだろう?」
「そもそもその挙式を早めると言う極端な思考がおかしいのよ! まだ私達は16なのだから、成人するまで後二年くらい待っていられないの?」
「嫌だ。もう待てない」
「どうしてよ!? 挙式しなくても軽度なスキンシップなら出来るでしょ!?」
「10年間も待った結果、限界に達したから現在流行している『真実の愛』に賭けたのだ。それに私がしたい過剰なスキンシップは、挙式後でないと出来ない部類だ」
そのルーレンスの言い分に一瞬動きを止めたシャノンが、何かを溜めるように大きく息を吸い込み、その後それらを吐き出す。
「それ、絶対にスキンシップの領域を越えている行為よね!?」
一週間後、ルーレンスの要望通りシャノンは、婚礼の準備と称して城に滞在する事となった。しかし挙式に関しては、国王夫妻の判断で二人が成人するまで保留する方向となり、ルーレンスはかなり落胆していた。
だが、ルーレンスは「真実の愛に目覚めた」と主張し、今まで一切出来なかったシャノンへのスキンシップを堂々としてくるようになってしまう。
その度にシャノンは、抗議の声をルーレンスに上げていたのだが……返ってくる言葉は、今まで通りのシャノンの揚げ足を取る様な捻くれた物だった。
しかしそれとは裏腹にルーレンスのシャノンへの接し方は、誰が見ても大切な物を扱う様な甘い雰囲気の物ばかりだった。
そのルーレンスの急変したシャノンへの接し方は、あっという間に社交界で話題となり、今まで不仲説のあった二人は、いつの間にか仲睦まじい婚約者という印象を抱かれるようになる。
実際は口を開けばお互いが捻くれた言葉を浴びせ合う事が多いのだが、感情に忠実なルーレンスの接し方が加わっただけで、今までシャノンが抱いていた婚約者への不信感がなくなり、ルーレンスの印象がガラリと変わった。
すると、自然とシャノンの表情も柔らかくなる。
そんなシャノンの反応からルーレンスの接し方は、ますます甘い物となった。
そしてその甘さが増すルーレンスの過剰な接し方は、日に日にシャノンの羞恥心を慣れの所為か、麻痺させていった。
そんな中、夜会やお茶会等で現在大流行している『真実の愛を見つけた』という令息達が、今までずっと寄り添っていた婚約者に婚約破棄を突き付ける場面に何度か遭遇する。
すると、横でルーレンスがボソリと呟いた言葉にシャノンは苦笑した。
「あの程度で真実の愛とは笑わせる……」
10年間も改善策も見出せず、ズルズルと意地の張り合いをしてしまった結果、限界を感じて真実の愛だと言い張る事で、この状況を打開しようと足掻いたルーレンスには、数週間やそこらで生まれた愛情など真実の愛では無いと思うのだろう。
しかしシャノンからしてみると、ルーレンスのその愛情も真実の愛ではないと思っている。強いて言うならば『執着の愛』だ。
だがルーレンスは「真実の愛だ」と言い張り、それを大義名分としてシャノンに対して遠慮のないスキンシップを満喫する事に利用している。
その日に日に甘さが増すルーレンスのシャノンへの接し方は、周囲の人間達にある懸念を抱かせるようになる……。
このままでは挙式前にシャノンが第四王子のお手付きになるのでは……という事が心配される程、ルーレンスのスキンシップは過剰になっていった。
対してその被害者であるシャノンは……三か月目辺りから、すっかりその甘い接し方に慣れてしまい、あまり羞恥心を抱かなくなった。
それをいい事にルーレンスの愛情表現は人目を憚らず、更に甘い接し方を無意識でシャノンにするようになってしまう。
そんな二人の様子を目の当たりにした周りの人間達は、この二人の挙式を早めた方がいいと判断する。特にシャノンの父であるフォレスティ侯爵は、娘の体裁の悪化を懸念し、挙式を早める事を強く主張した。
その結果、シャノンは成人する前の17歳でルーレンスと挙式する事となる。
「夫婦となってしまったら、会話をする機会が増えてしまう。そうなれば、また以前のような意地の張り合いとなり、関係が悪化してしまわないだろうか……」
そんな事を呟くルーレンスだが……。
行儀悪くソファーから両足を投げ出すように寝転がり、シャノンの膝の上に頭を乗せながら、その榛色の長い髪を一房掴んで弄んでいる今の状況からでは、その未来は恐らくやっては来ないだろう。
あと少しで夫となる婚約者に白い目を向けたシャノンは、深くため息をついてから、自分の膝の上のその婚約者のサラサラな薄茶色の髪を一度だけ軽く梳く。
するとルーレンスが、心地良さそうに目を細めた。
やはり自分達は言葉で交流するよりも接する事で交流した方が円満なようだ。
そんな未来の夫は「これは真実の愛に目覚めた所為だ」と言い張っては、言葉ではなく行動で示す事で、毎日のように自分の中の愛情をシャノンに伝えてくる。
あまりにも予想外の事を口にしてきたルーレンスに対し、シャノンは恥ずかしさを振り払うように食ってかかった。しかしルーレンスの方も自棄気味で怒鳴り散らすようにシャノンに反論する。
「それはお前が昔からオフェリアにベッタリ過ぎて、私が何かに誘っても『お姉様と遊ぶから嫌!』と言っては断り続けていたからだ! だから私は、お前がオフェリアに抱くその執着心を削ぎ落とそうとしたのだ! そうすれば自然と私の誘いにも乗ってくるだろうと思ったのだ!」
そこで初めて幼少期のルーレンスとの姉の取り合いの事実を知ったシャノン。
ルーレンスが気を引きたかったのは姉ではなく、自分だったのだ……。
そうであるのならば、尚更納得出来ない事がシャノンにはある。
「だったら、もう少し優しい誘い方をすれば良かったでしょう!?」
「ちやほやされて育った6歳児にそんな謙虚さが、ある訳ないだろう!」
「でも成長後であれば、行動を改められたはずよ!?」
「その時にはもうお前は、すっかり私に対して嫌悪感をむき出しにしていただろう!! その状態で急に私が優しい言葉を掛ければ、お前はどう感じる!?」
「き……気持ち悪いなって……」
「そう思われてしまう事が容易に想像出来る状態で、優しく出来るか!!」
そこまで言い切ったルーレンスは、そのまま気を静めるように一度口を噤む。
すると、気まずい沈黙が一瞬だけ訪れた。
その間、シャノンはこんがらがってしまった思考を何とか立て直そうとする。
だがその思考が整理される前にルーレンスが、再び口を開いた。
「真実の愛に目覚めたと言えば、また初めからやり直せるかと思ったのだ……。今まではその事に気付けなかったから、意地の張り合いのような態度しか出来なかったが、それは目覚めていなかったという理由を付ければ、もう一度意地の張り合いをする前の状態に戻れるかと……」
自身でもややこじつけ的な言い訳に逃げる方法だったと認識しているのか、そう語るルーレンスの言葉は最後が尻すぼみになってしまった。
そんな俺様王子にシャノンが盛大なため息をつく。
「それならば『昔からずっと好きだった』と正々堂々と告白して欲しかったのだけれど?」
「そうしていたら、お前は私からの好意をすんなり受け入れられたか?」
「…………」
「無理だろうな。お前も私と同じくらい感情と発する言葉が、真逆になるタイプなのだから。私達は言葉で交流を図ろうとすると、どうしても気持ちとは真逆の言葉を吐いてしまうようだからな……」
「だからって、最近流行している『真実の愛』で誤魔化すのは……」
するとルーレンスが、キッとシャノンを睨む。
「だが、お前は私に甘い言葉を吐かれたら気持ち悪いと感じるのだろう?」
「そ、それは……」
「正直、私もお前からの甘い言葉は聞きたくはない。そして自身でも吐きたくはない! 甘い言葉はダメだ! 虫唾が走る!」
「ちょっと! それでは私とどうなりたいか、よく分からないのだけれど!?」
この婚約者の言動は、本当によく分からない……。
真実の愛も意味が分からずに言っているのではないのだろうか……。
そう思ったシャノンは、ルーレンスにかなり呆れた視線を注いだ。
だがそんな視線に気づかないルーレンスは、視線を落としたまま、ポツリとある一言を呟く。
「だが……甘い触れ合いはしたい……」
その呟きにシャノンが大きく目を見開く。
「もう夜会のエスコートの際、必要最低限の触れ合いしか出来ない事には耐えられない……。今のように一緒に過ごす時間が殺伐な雰囲気になるのも嫌だ。他の男にダンスに誘われている時に口出し出来ない煩わしさにもウンザリする……。私は今のように意識的でない無意識の状態では、言葉を素直に吐く事は得意ではない。そしてそれはお前も同じはずだ……。だが、触れ合いに関しては別だ。何も考えなくとも感情のまま、無意識で素直に行動出来る……」
まるで悪戯を責められて拗ねる子供のような表情で、ルーレンスがボソボソ言い訳じみた事を語り出す。
「だからといって、真実の愛に目覚めたという言い方は……」
「真実の愛に目覚めたと宣言すれば、今後過剰なスキンシップを図ってもお前が不快感を抱かず、仕方ないと甘んじて受けてくれると思った……」
気まずそうにそう白状する婚約者にシャノンが唖然とする。
いくらここ最近、この『真実の愛』を盾に簡単に婚約を破棄し出す令息達が多いからと言って、この言葉にはそんな絶大な効果がある訳などない。
だが、ルーレンスの中では『真実の愛』と言い張れば、想いを貫き通す事が出来る言葉となってしまっているようだ……。
「甘んじる訳ないでしょう!! 言葉責めより恥ずかしいわ!」
「そうだろうか……。お前はただ俯いて私にされるがままになっていれば良いのだから、恥ずかしい行動をしているのは私だけだろ?」
「人前で愛でられる方も恥ずかしいのよ!」
「人前でなければいいのか?」
「そういう問題ではないの!」
そう言い切ったシャノンだが……まさかルーレンスが自分に対して、そこまで好意を抱いていたとは思ってもみなかった。
顔を合わせばすぐに嫌味な挨拶をしてくるし、一緒に過ごしている時は常に姉と自分を比較するような話ばかり。
夜会では必要最低限のエスコートをして、さっさとどこかに行ってしまう……。
試しに他の男性からのダンスの誘いを全て受け、ルーレンスの反応を窺った事もあったが……その時も特に無反応だった。
だが今の話を聞く限りだと、嫌味な挨拶は俺様だった第一印象の悪さから、嫌悪感をむき出しになってしまったシャノンに対して、そういう態度しか取れなくなっていただけで、姉との比較はシャノンの姉への執着心を削ぎ落として、自分の方へ気を引こうとしていたらしい……。
夜会の際も平常心を装いながら心の底では、かなりご立腹だったようだ。
この10年間、ルーレンスがシャノンに対して思うように関係醸成出来なかった事に関して、もどかしい思いをしていたのは何となく理解は出来た。
だが、この問題には肝心な事がすっ飛ばされている……。
「ルー。あなたが10年間、私に対してどんな感情を抱いてくれていたかは、何となく分かったわ。でもね、そうやって挙式を早める事を勝手に決めるのは、どうなの? まだあなたは私の気持ちを確認していないでしょう?」
するとルーレンスが、珍しくキョトンとした表情を浮かべた。
「気持ちの確認も何も……。オフェリアからお前が私とセリーヌ嬢の仲を疑い、非常に気にしていると聞いたのだが……。それはお前の方も私に対して好意を抱いているという事ではないのか?」
そのルーレンスの言葉にシャノンは、ビクリと体を強張らせた。
「き、気にするに決まっているでしょう!? だってあなたが本気でそのセリーヌ嬢に入れ揚げていたら、私は今後の身の振り方を考えなければいけないのだから! でもどうしてそれが、あなたへの好意を抱いている事になるのよ!」
「お前はセリーヌ嬢の身辺情報をやたらと調べていたと聞いたが? それは私が想いを寄せていると勘違いをしたお前が、セリーヌ嬢に対して嫉妬心を抱いた故の行動だったのではないのか?」
6割ほど図星を指されたシャノンの顔が、またしても耳まで真っ赤になる。
確かに色々と気にくわない所は多いが……シャノンはルーレンスの事を嫌っている訳ではない。
むしろ顔は好みの方ではあるし、性格も俺様だが鬱陶しいタイプではないので、そこまで不快感は抱いていない。
そもそも今、ルーレンスの自分に対する気持ちを知ってしまってからは、以前よりも印象が良くなってしまっている。
その混乱もあり、シャノンが真っ赤な顔で一瞬動きを止めると、その心を見透かしたように何故かルーレンスが、やや勝ち誇ったような表情を浮かべた。
そのルーレンスの態度にシャノンが顔を赤くしたまま、キッと睨みつける。
「だ、誰がそんな事言ったのよ!?」
「オフェリアだ。そしてオフェリアは、お前の友人令嬢達から相談されたと言っていた」
「お、お姉様ったら……!!」
姉のオフェリアは、王妃教育も立派にこなした素晴らしい女性ではあるが……性格の方はマイペースでポヤポヤしている。
恐らくルーレンスへのこの情報漏洩は一切悪気はなく、世間話程度で彼に話してしまったのだろう。姉の事は大好きだが、こういう部分は本当に困る……。
そんな事を思いながら、シャノンが複雑な心境でワナワナしていると、その様子を見ていたルーレンスが苦笑した。
「やはり私達は口を開くとダメだな……」
「だからと言って過剰なスキンシップ案は、どうかと思うわ!」
「挙式後なら問題ないだろう?」
「そもそもその挙式を早めると言う極端な思考がおかしいのよ! まだ私達は16なのだから、成人するまで後二年くらい待っていられないの?」
「嫌だ。もう待てない」
「どうしてよ!? 挙式しなくても軽度なスキンシップなら出来るでしょ!?」
「10年間も待った結果、限界に達したから現在流行している『真実の愛』に賭けたのだ。それに私がしたい過剰なスキンシップは、挙式後でないと出来ない部類だ」
そのルーレンスの言い分に一瞬動きを止めたシャノンが、何かを溜めるように大きく息を吸い込み、その後それらを吐き出す。
「それ、絶対にスキンシップの領域を越えている行為よね!?」
一週間後、ルーレンスの要望通りシャノンは、婚礼の準備と称して城に滞在する事となった。しかし挙式に関しては、国王夫妻の判断で二人が成人するまで保留する方向となり、ルーレンスはかなり落胆していた。
だが、ルーレンスは「真実の愛に目覚めた」と主張し、今まで一切出来なかったシャノンへのスキンシップを堂々としてくるようになってしまう。
その度にシャノンは、抗議の声をルーレンスに上げていたのだが……返ってくる言葉は、今まで通りのシャノンの揚げ足を取る様な捻くれた物だった。
しかしそれとは裏腹にルーレンスのシャノンへの接し方は、誰が見ても大切な物を扱う様な甘い雰囲気の物ばかりだった。
そのルーレンスの急変したシャノンへの接し方は、あっという間に社交界で話題となり、今まで不仲説のあった二人は、いつの間にか仲睦まじい婚約者という印象を抱かれるようになる。
実際は口を開けばお互いが捻くれた言葉を浴びせ合う事が多いのだが、感情に忠実なルーレンスの接し方が加わっただけで、今までシャノンが抱いていた婚約者への不信感がなくなり、ルーレンスの印象がガラリと変わった。
すると、自然とシャノンの表情も柔らかくなる。
そんなシャノンの反応からルーレンスの接し方は、ますます甘い物となった。
そしてその甘さが増すルーレンスの過剰な接し方は、日に日にシャノンの羞恥心を慣れの所為か、麻痺させていった。
そんな中、夜会やお茶会等で現在大流行している『真実の愛を見つけた』という令息達が、今までずっと寄り添っていた婚約者に婚約破棄を突き付ける場面に何度か遭遇する。
すると、横でルーレンスがボソリと呟いた言葉にシャノンは苦笑した。
「あの程度で真実の愛とは笑わせる……」
10年間も改善策も見出せず、ズルズルと意地の張り合いをしてしまった結果、限界を感じて真実の愛だと言い張る事で、この状況を打開しようと足掻いたルーレンスには、数週間やそこらで生まれた愛情など真実の愛では無いと思うのだろう。
しかしシャノンからしてみると、ルーレンスのその愛情も真実の愛ではないと思っている。強いて言うならば『執着の愛』だ。
だがルーレンスは「真実の愛だ」と言い張り、それを大義名分としてシャノンに対して遠慮のないスキンシップを満喫する事に利用している。
その日に日に甘さが増すルーレンスのシャノンへの接し方は、周囲の人間達にある懸念を抱かせるようになる……。
このままでは挙式前にシャノンが第四王子のお手付きになるのでは……という事が心配される程、ルーレンスのスキンシップは過剰になっていった。
対してその被害者であるシャノンは……三か月目辺りから、すっかりその甘い接し方に慣れてしまい、あまり羞恥心を抱かなくなった。
それをいい事にルーレンスの愛情表現は人目を憚らず、更に甘い接し方を無意識でシャノンにするようになってしまう。
そんな二人の様子を目の当たりにした周りの人間達は、この二人の挙式を早めた方がいいと判断する。特にシャノンの父であるフォレスティ侯爵は、娘の体裁の悪化を懸念し、挙式を早める事を強く主張した。
その結果、シャノンは成人する前の17歳でルーレンスと挙式する事となる。
「夫婦となってしまったら、会話をする機会が増えてしまう。そうなれば、また以前のような意地の張り合いとなり、関係が悪化してしまわないだろうか……」
そんな事を呟くルーレンスだが……。
行儀悪くソファーから両足を投げ出すように寝転がり、シャノンの膝の上に頭を乗せながら、その榛色の長い髪を一房掴んで弄んでいる今の状況からでは、その未来は恐らくやっては来ないだろう。
あと少しで夫となる婚約者に白い目を向けたシャノンは、深くため息をついてから、自分の膝の上のその婚約者のサラサラな薄茶色の髪を一度だけ軽く梳く。
するとルーレンスが、心地良さそうに目を細めた。
やはり自分達は言葉で交流するよりも接する事で交流した方が円満なようだ。
そんな未来の夫は「これは真実の愛に目覚めた所為だ」と言い張っては、言葉ではなく行動で示す事で、毎日のように自分の中の愛情をシャノンに伝えてくる。
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