小さな殿下と私

ハチ助

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11歳の殿下と私

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 絢爛豪華な夜会の席で、美しく成長した今年17歳になるセレティーナは、違った意味で来場者達の注目の的を集めていた。

 今回の夜会は、王太子ユリオプスの11歳の誕生祝いで開催されている。
 その為、主役であるユリオプスが婚約者であるセレティーナと一緒に夜会で最初のダンスを披露するので、この夜会にセレティーナは強制的に参加となる。

 しかし成長したとは言え、ユリオプスとセレティーナの身長差は目立つ。
 女性では長身の方であるセレティーナの身長は165cm前後。対するユリオプスは年齢的には高い方だが、それでもセレティーナの肩を追い越すくらいである。

 そんな身長差のハンデをものともせず、毎回ユリオプスは素晴らしいまでのダンスのリードをセレティーナにしてくれる。しかし大体頭一つ分の差がある二人がダンスをすると、どう見ても年下の弟が未婚の姉をエスコートしている様にしか見えない……。

 ましてや美女と美少年の組み合わせならば尚更だ。
 そんな好奇の目に晒されている二人だが、セレティーナに対しては全く真逆の意味合いで二種類の視線が注がれる。

 一つは令息達から向けられる好意的な眼差し。
 もう一つは、令嬢達から向けられる嫉妬の眼差しだ。

 最近では、ユリオプスと同世代の令嬢達からではなく、セレティーナと同世代の令嬢達からそういった嫉妬心をぶつけられる その背景には、セレティーナが今後ユリオプスとの婚約が解消するような事があった場合、婚約を申し込もうと狙っている令息達が多いからだ。

 セレティーナは確かに器量はいいのだが、人目を惹く派手さはない。
 艶やかだが落ち着いたはしばみ色の髪では、そこまで目立たないのだ。
 更にセレティーナ自身の性格もあまり目立つのが好きではないので、王太子の婚約者であってもそれをひけらかす事もなく、控え目な姿勢だ。

 しかし、そんな一歩下がるような振る舞いが令息達の間では好印象となっている。
 ましてや父親はこの国の宰相だ。
 令息達にとって、セレティーナは空きになるかもしれない優良物件なのだ。

 しかし令嬢達にとっては、王太子の婚約者でありながら他の令息達の注目の的となっているセレティーナは、ただの邪魔な存在でしかない。
 すると、どうしても嫉妬の対象となってしまう。

 そんな状況下のセレティーナは、ユリオプスとのダンス終了後は、しばらくは一緒に挨拶回りをする。しかしそれが終わると、ビジネス的な会話が多くなる為、セレティーナはユリオプスとは別行動になる。その瞬間を嫉妬にかられた令嬢達は、見逃さない。
 セレティーナは一人になった途端、4人程の美しい令嬢達に囲まれてしまった。

「セレティーナ様。先程のダンス、大変素晴らしかったですわ!」
「ありがとうございます」
「それにしてもユリオプス殿下は、大変ダンスがお上手ですのね? あれだけの身長差でもとても優雅にエスコート出来るだなんて……。成人されたら、ますますその素晴らしさに磨きがかかるのでしょうね……」
「ええ。わたくしもそう思います」
「あら? でもその際は、セレティーナ様はおいくつになられるのかしら……。確かセレティーナ様は、わたくしと年齢がご一緒ではなかったかしら? そうなると7年後になるのだから……」
「その時は、わたくしは24歳になっておりますね」

 にっこりと微笑みながら答えると、その令嬢は大袈裟に驚いた反応をした。

「まぁ! では世間一般ではお子の一人や二人はいらっしゃるご年齢ですわね! 逆に殿下はやんちゃ盛りのご年齢……。そうなるとセレティーナ様のご苦労は計り知れませんわね……」
「そうでしょうか……。殿下はとてもしっかりされている方なので……」
「ですが、その頃には殿下の周りには魅力的な10代のご令嬢方が集まってしまわれますでしょ? そうなってしまうと、側室と言うお話も……」

 正直またこの展開かと思い、ややウンザリした思いがセレティーナの心の中をぎる。しかし、そこは表情には出さずにやんわりと流した。

「殿下は複数の女性に愛情を注がれる様な方ではございませんので、側室等は持たれないかと思います」
「流石、セレティーナ様! 殿下のご寵愛を受けられるのは、ご自身のみという並々ならぬ自信をお持ちなのですね!」

 4人の令嬢達が代わる代わる畳み掛ける様にセレティーナに話しかけてくる。
 その毎度お馴染みの流れにセレティーナは、こっそりと小さく息を吐く。

「いいえ。殿下がもし他の女性をお選びになる時は、その時はわたくしはお役御免となっているかと思いますので」

 恐らく彼女達が一番セレティーナに言わせたいのは、この言葉だ。
 何度も同じ体験をしているセレティーナは、早々にその言葉を彼女達に与える。
 そして次に彼女達から放たれる言葉も容易に想像が出来る。

「ですが……そうなりますと24歳というご年齢で新たなご婚約者を探さなくてなりませんね……。ああ! ですがセレティーナ様の様な美しく素晴らしい女性でしたらご年齢に関係なく、引く手あまたでございましょうね!」

 明らかに棘のある言葉を優雅な笑みを貼りつけながら告げてくるリーダー格の令嬢の言葉に思わず、ため息をつきそうになってしまったセレティーナは、慌ててそれを堪える。
 とりあえずいつもの様に謙遜するような言葉でも適当に言って流そうと思い、口を開こうとした瞬間……ぴしゃりと、どこかで扇子の閉じる音がした。

「確かにセレティーナ様でしたら、引く手あまたですわね。ところで……イライザ様の方は、その後のご心配はよろしいのでしょうか? 再び婚約者を探されるのは24歳はもちろん大変かと思いますが……17歳でも大変なのでは?」

 声の方に目を向けると、親友のブローディアが意地の悪い笑みを浮かべいた。
 そしてセレティーナの方もブローディアの口から出たリーダー格の令嬢だと思われる『イライザ』と言う名前で、ある事を思い出す。
 確かブバリア家の令嬢が、婚約破棄されかけているという噂を……。

「どういう意味ですの? ブローディア様」
「特に深い意味はないのですが『明日は我が身』という事でしょうか……。わたくしもイライザ様もいつ何時、そのような事態になるとも限りませんでしょ? 引く手あまたなセレティーナ様よりもわたくしは、自身の方が心配ですわ」

 顔を引きつらせているイライザにブローディアが、更に意地の悪い笑みを浮かべて、言葉を続けた。正直なところ、この頼もしい親友は性格がかなりキツい。

「そういえば……イライザ様は来年ご成人されますわよね? そうなりますと挙式は来年でしょうか? ならば今はお式の準備でお忙しのでしょうね」

 そのブローディアの問いにイライザが凍り付く。

「え、ええ。まぁ……」
「まぁ! 羨ましい! ドレスはどのようなデザインで? ご婚約者様もさぞ心待ちにされているのでしょうね!」

 事情を知りつつも、その事ばかりを突っ込むブローディアにセレティーナが苦笑する。するとイライザと一緒にいた3人の一人がイライザの肩をつつく。

「あ、あの。どうやらあちらで友人が呼んでいるようなので……。申し訳ありませんが失礼いたしますね?」
「ええ。どうぞ来年は素敵なお式を!」

 満面の笑みでそう送り出すブローディアだが、セレティーナの方に向きなおった途端、鬼の形相となった。

「セレナ! 何を言われっぱなしになっているの!? ああいう人間は、しっかり撃退しないと何度も嫌がらせをしてくるのよ!?」

 まるで自分の事のようにプリプリと怒る友人にセレティーナが笑みをこぼす。

「ごめんなさい。つい対応が面倒になってしまって……聞き流そうかと」
「もう! しっかりして!」

 そう愚痴りながら先程のイライザ達に目を向けると、今度はユリオプスのところで何やら盛り上がっている。

「信じられないわ……。つい先程まで婚約者であるあなたに嫌がらせをしていたのに……。今度はユリオプス殿下に媚びを売りに行くなんて! あのご令嬢方、本当に恥知らずね!」
「仕方ないわ……。イライザ様って今、ご婚約解消されそうで大変なのでしょ? だからあのような攻撃的な行動をしてしまうのではないかしら……」
「あなたは本当に優しすぎる人ね……。でも正直、あれでは婚約解消されて当然だわ! まぁ……わたくしも他人事ではないのだけれど……」

 そのブローディアの言葉にセレティーナの動きが止まった。

「ディア……もしかしてご婚約様と上手く行ってないの?」

 すると先程まで勝気だったブローディアが、やや困った様な笑みを浮かべた。

「上手く行っていないというか……今、お屋敷に花嫁見習いで行っているのだけれど、未だに一度しか顔を会わせた事がないのよ……」
「ご、ご婚約者様と?」
「ええ。10歳も年が離れているというのもあるのだけれど、そもそもこの婚約自体、昔ご先方様が私の祖父から受けた恩義に報いる為という事で、爵位の低いうちとの繋がりを持ってくださるという政略的な婚約なのよね……」
「ディア……」

 セレティーナが心配そうな顔をすると、ブローディアが苦笑する。

「そんな顔しないで? わたくしなら大丈夫!」
「でも……」
「それよりも……あなたの方こそ大丈夫なの? いつもならこういう状況になると、何処からともなくユリオプス殿下が来てくださったじゃない。なのに今日は全くお見えにならないから、ついわたくしが出しゃばってしまったわ」

 するとセレティーナは、少し困った様な笑みを浮かべて誤魔化そうとした。

「セレナぁ~? 何かあったのでしょう? ちゃんと話して!」
「その、最近ユリス殿下はお忙しい様で……」
「それだけぇ~?」

 全く追及の手を緩めてくれないブローディアにセレティーナは観念する。

「実は……ここ最近のユリス殿下は以前の様にわたくしの所へは訪れては来ないの。態度は今まで通り、お優しいままなのだけれど……」
「嘘でしょう!? あのユリオプス殿下が!?」
「あと……たまに少し意地の悪い言い方をなさる時があるのよ……」
「たまに……」
「あっ、でも本当にたまによ? それに意地の悪いというか、軽い皮肉という方がしっくりくるかしら……」
「うーん。まるで反抗期のようね……」

 ブローディアのその言葉にセレティーナが、大きく目を見開く。

「それよ! 反抗期! そうだわ! 反抗期だったのよ!!」
「セ、セレナ……?」
「ああ! どうして気付かなかったのかしら! そうよね!? ちょうどユリス殿下くらいのご年齢で反抗期ってやってくるものだもの!」
「ええと……よく分からないのだけれど、それは少し違うような……」
「いいえ! 絶対に反抗期だわ! ああ! ディア、ありがとう! これでやっと改善策が見出せそうよ!」」
「そ、そう? 全くお役に立てた気がしないのだけれど……」
「とりあえず反抗期について調べないと! その辺りについて書かれた解説書なんて王立図書館にあるかしら……。書いてあるとすれば育児書とか?」

 急に活路が見えた事に興奮しながら、ブツブツと独り言を言い出したセレティーナに「それは絶対に違うと思う」と心の中で呟いたブローディア。
 そんな事よりも以前あれだけセレティーナを追いかけまわしていたユリオプスの急な態度の変化の方が、ブローディアは心配だった……。

 しかし翌月、セレティーナからユリオプスの態度が以前の様に戻ったという内容の手紙を受け取り、ブローディアは驚く。まさか本当に反抗期だったのでは……と思いもしたが、なんにせよその心配が自身の取り越し苦労だった事にブローディアは安堵していた。
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