青白い月の光の下で

真奈子

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 いよいよサクラが、元の世界に戻る日が来た。いよいよわたしの出番だ。なんと言ってもサクラの1番の願いを叶えることができるのがわたしだ。

「連れて来られたのが姫様ですから、サクラ殿を元の世界に戻されるのも姫様でしょう。同じ魔力の方が安全にかつ迅速に戻すことができます」

 封印の儀が無事に終わった次の日、魔術のお師匠様である魔術師長が、わたしにそう言った。名前に様付けではなく、姫で言われた時は、師匠ではなく魔術師長として言ってるから、甘えて弱音を言う隙がない。わたし自身、自分にさせてほしいと思っているけれど、わたしにその力があるか、不安が…

 そう思いながら魔術師長と歩いていると、とうとう、つい十日前に使った祈りの間に着いた。
 
 しかし、部屋の中には前回はいなかった、見学している他の魔術師たちの姿が見えた。この中でするのか…自然と手の力が入った。

 そのまま見上げると、天窓から薄曇りの間から薄い青い空が見えた。




「だってしょうがないじゃない、キーンが来ないんだから」

 自分の部屋のいすに、だらしなく座って力なくわたしは言った。

「そうですか」

 言葉短に答える。いい加減な気休めを言わないところが、エミリーのいいところだが、切ない。
 サクラに迷惑をかけているのがつらい。

 昨日はどうして上手くいかなかったんだろう。
 最初の時と何が違っていたのか考えてみた。どう考えてもギャラリーの多さよね。
 でもそれだけじゃない。

 もやもやした気持ちのまま、祈りの間にもう一度行ってみた。昨日サクラを異世界に戻そうとした時と違って、ひっそりとしていた。床に描かれた魔術陣を避けて、奥の窓に近寄った。
 
 西の空は夕暮れ近い空だった。練習中によく魔術師長に

「あなたは気持ちさえ落ち着いて、集中することができれば、王太子様やわたしに次ぐ魔術力をお持ちだ」

と、言われたことを思い出した。

(集中か…それと前と違って、今回足りなかったものは、切実感かな…)

 振り返ると反対の窓から、満月が上ってくるのが見えた。
 サクラをこの世界に連れてきて、目覚めた後に見た月を思い出した。あの時は三日月だった。それだけ時間が経っている。早くサクラを家に戻してあげたい。
 月を見ていたら、気持ちが冷えてきて、体の中心に気が集まってくるのを感じた。

「アニー、お兄様に面会のお伺いをしてきて。
 エミリーはついてきて、サクラに会いに行きます」


 青白い月の光が、祈りの間の天窓から差し込む頃、部屋にはサクラとお兄様、魔術師長、そしてわたしがいた。
 
(護衛は部屋の外にいる。一時的とはいえ魔王を封じた魔術師長が一緒にいるのだから、お兄様の護衛には問題ないはず。

 ああ、もう違うことは考えないで、サクラをかえすことに集中しよう)

 そのサクラはお兄様と別れのあいさつをしていた。

「お世話になりました。また来ます。グラディスとお茶する約束をしているので」

「それはグラディスの魔術の良い訓練になるだろう、色々ありがとう。感謝する」

 何だかよくわからない話はまだ続きそうだったけど、魔術師長がいいタイミングでサクラを魔術陣へ誘導してくれた。

 広い部屋に心地よい空気の流れを感じた。
 サクラと手にひらを合わせると、体の中心にためた温かいものが、わたしの身体中に広がり、サクラの身体も包んでいくのを感じた。
 そうして空気の幕の向こうへサクラをいざなった。
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