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第17章 変化の時
5.自然と不自然
しおりを挟むザーっという激しい雨音で目が覚めると、ベッドから下りてカーテンを開けてみた。もう日が昇っていても良い時刻だと思うのだが、空には僅かな明るさしかなく、分厚く黒い雲が覆っていて激しい雨を降らせている。
「ユーリ、おはようございます」
「チチッ!」
ベッドの方を見れば、ユーリはポーチの上で頭を重点的に毛繕いし始めた。よく見れば頭の毛が楕円形に倒れる寝癖がついているから、それをなんとかしようとしているらしい。
「寝癖を直したいんですね。指を濡らしてきますから、待ってて下さいね」
ユーリの寝癖を直し、鎖の服を着せてあげた。
自分のところにユーリが来てくれた時、本棚と壁の隙間に入り込んだりと、随分やんちゃに遊んでいたのだが、掃除が行き届いていなくて、彼はホコリまみれになってしまった。掃除が終わるまでの応急処置として身体にハンカチを巻いてあげると、彼は全然嫌がらなかった。
後から調べてみると、野生のオオカミリスは服を着るのを嫌がるが、誰かを主人と認めたオオカミリスは嫌がらない傾向があるらしい。
嫌がらないなら彼に可愛い服を着せたいと思ったが、オオカミリスの服は売っていない。そこで、彼に似合う服を特注で作ってあげると、服を着たユーリも可愛かった。それから彼に似合いそうな服をどんどん注文していくと、あっという間に籠の中には彼の服が山積みになった。どうしようかと思っていると、バルジアラ様が「服がシワになって可愛そうだろ」と言って、休日を潰して豪華なユーリ用のクローゼットを作ってくれた。
「ユーリ、家に帰ったらシェニカにカッコいい洋服も見せてあげましょうね。軍服が良いでしょうか、それともスーツが良いでしょうか。悩みますね」
自分がそう言いながらユーリの頭を撫でていると、彼は「ご飯ちょうだい」のおねだりを始めた。
「私の持っていたクルミは補充出来ていないので、みんながいるところに行きましょうね」
自分も身支度を整え始めると、ユーリはポーチに入り込んで大人しく待っている。ユーリは可愛いだけでなく、言葉を正確に理解できるし、働きぶりも優秀で空気も読めるし記憶力も良い。言いたいことを仕草で伝えてくるユーリはまるで人間のようで、本当に頼れる相棒だ。
会議室に行く前にシェニカの気配が読める場所まで廊下を歩くと、彼女は1ヶ所から動かないからまだ眠っているらしい。
「ディスコーニ様、おはようございます」
「おはようございます」
疲れていたはずのシェニカだが、昨日は眠れぬ夜を過ごしただろう。大丈夫だろうかと心配しながら会議室に入ると、すぐ側の壁にはファズを除く自分の副官4人が並び、その横にはバルジアラ様の副官が2人とエメルバ殿の副官1人が控えている。
窓の外を見ている上官の隣で立ち止まると、窓の外は相変わらず朝とは思えないほど暗く、ザーっという激しい雨音が聞こえる。
「もう少し寝てても良かったが。相変わらずの回復力だなぁ」
「貴方様の厳しい鍛錬のおかげです。この様子だと、出発は延期にした方が無難ですね」
「兵士達だけならともかく、シェニカ様がいるから無理はできん。エメルバが回収しそこねたトラント兵はいるか?」
「いないようです」
「なら、サザベルとキルレに死体を確認して良いと伝えるか。ストラ。朝食後に死体を確認させると言ってこい」
「分かりました」
壁側に控えたストラが部屋から出て行くと、入れ替わるように銅の階級章の兵士が入ってきた。彼らは隅の方に寄せられていた机を並べると、パンや湯気の上がるスープが乗ったトレイを運びこんだ。
「ラダメール、ユーリのクルミを貰えますか?」
ラダメールからユーリのクルミをいくつかもらうと、胸ポケットに入れた。
ユーリとの生活が始まって、ご褒美やおやつのクルミを大量に入れた革袋を腰に下げていたら「お前、何をぶら下げてんだ。かっこ悪い真似をするな。将軍や副官は兵士達の憧れでもあるんだから見栄えにも気をつけろ。かさばる物は部下に持たせろ」と怒られた。
そう言われても、ユーリのことは主人である自分でなんとかしたい。執務室や私室にクルミを置いても、ジッとしてないバルジアラ様と共に動き回っているから、いつ戻ってこれるか分からない。ユーリはクルミをたくさん食べるから、こっそり服の中に忍ばせておける量ではすぐに無くなる。でも自分が1日分のクルミを持ち歩くと怒られる。
どうしようかと悩んでいると、副官時代から自分の部隊で側近の部下だったファズ達や、エニアスを始めとした同僚副官らが「1人で持てばかさばるクルミも、みんなで分ければさほど荷物になりません。我々にも持たせて下さい」と申し出てくれた。
これでなんとかなったと安心していたら、次の日、バルジアラ様は忍ばせたクルミを餌に、ユーリのおねだりのポーズを見ようと釣っていた。
ニヤニヤしながらユーリを可愛がる上官を見た自分や同僚副官は、意外な一面を見たものだと互いに顔を合わせたものだ。
「ディスコーニ、メシ食ったら鍾乳洞に行ってこい。ユーリの朝飯は?」
「これからです」
シェニカと一緒に朝食を取りたいが、鍾乳洞でのささやかな食事が最後だから流石に空腹だ。この後も仕事が待っているから、今のうちに食事を取っておいた方が良いだろう。
今朝の朝食はダメでも、ウィニストラの首都に到着するまでは食事を共にするチャンスはある。バルジアラ様に何か言われるかもしれないが、シェニカと一緒にいる時間を無理にでも作ろう。
「ユーリ。朝飯のクルミがあるからさっさと出てこい」
バルジアラ様と向かい合って朝食を食べていると、上官はポケットから取り出したクルミを出してポーチに向かって話しかけた。空腹のユーリは何時も通り外に出てきたが、昨日のお茶の件を思い出したのか、自分の上着の僅かな隙間に鼻先を突っ込んで無理矢理中に入ろうとしている。可愛いお尻とフサフサの尻尾が揺れる愛らしい姿を見た上官だったが、整った濃灰色の眉を顰め、熱いスープが一気に冷めそうな深く長い溜息を吐いた。
「素直にクルミをやるから、昨日のことは許せ」
「ユーリ、バルジアラ様の肩の上ならお茶を吹き出される心配はありませんよ。それにユーリと仲直り出来ないと、この方は私に八つ当たりしてきますので、ユーリもそのとばっちりを受けるかもしれません」
ユーリにそんな風に声をかけてみると、彼は無理矢理軍服の中に入るのはやめて、自分の肩に駆け上がってきた。
「おい。俺がユーリに八つ当たりしたことないだろ」
「そんな怖い顔をして私を見ると、貴方様に睨まれているとユーリが誤解してしまいますよ」
バルジアラ様が『腹の立つ口答えをしやがって…』と目で言いながら、クルミを手のひらに乗せて差し出すと、ユーリは空腹に耐えられなかったらしく肩から大きな手のひらに移ってクルミを掴んだ。そして上官の分厚い肩に移動すると、すぐにクルミにかじりついた。
一応仲直り出来たことで上官は機嫌がよくなったらしく、口の端に満足気な笑みを浮かべ、肩のユーリを気にしながら朝食を食べ始めた。
「では行って参ります」
「お前がいない間、シェニカ様への対応が必要になるかもしれないからファズは置いていけ」
「分かりました」
シェニカが目を覚ませば、朝食の手配やサザベルからの面会の話をする必要がある。本当なら自分がしたいが、死体の確認には当事者である自分が同席するしかない。
雨に打たれながら副官4人を連れて鍾乳洞への入り口へ向かえば、雨が降る前に完成した大きな屋根の下に人の塊が見えた。自分が近付くと人の塊は解れ、奥に居るファズやエメルバ殿らが拘束されたままのトラント兵のネームタグや所持品を調べている。
「これからキルレとサザベルの方々と鍾乳洞に入って、死体の確認に行ってきます。ファズは会議室に戻り、シェニカ様が目覚めたら朝食の対応とサザベルに申し込まれた面会の話をして下さい」
「分かりました」
「先程、我々が大人数で入っても大丈夫でしたから、もう落盤の心配はしなくて良さそうですよ」
「それは良かったです。キルレやサザベルの方々と閉じ込められるのは、流石にゴメンです」
エメルバ殿にそう言った時、背中に突き刺さる視線を感じた。その主なんて振り返らなくても分かる。
「ディスコーニ殿、お待たせして申し訳ありません」
先頭を歩いてきたキルレのソルディナンドの後ろには、彼の5人の副官とバーナンがいて、その更に後ろにサザベルの将軍3人と15人の副官が勢揃いしている。
ユドは自分に、その副官達は自分の副官達に毎度おなじみの憎悪の視線をぶつけてくる。顔を合わせても決して言葉を交わすことはないが、毎回こうして視線で突っかかってくるのはある意味律儀な人達だと思う。
「ではご案内します」
鍾乳洞に入ると、後ろを歩く者達は終始無言なのだが、天井や壁の彫刻に魔力の光を向けて興味深そうに眺めている。御伽噺にも使われている天使と女神、鳥がここに刻まれていることに何か意味があるのだろうか。バルジアラ様によれば、旧字で書かれた古い文献と手帳が手掛かりになるかもしれないとのことだが、一体何が書かれているのだろうか。
そんなことを思いながら死体にかけた探索の魔法を辿れば、礼拝堂に無事に辿り着いた。
布がかけられた死体の前で立ち止まると、サザベルの将軍3人とソルディナンド、バーナンが布の周囲を取り囲み、副官達は祭壇側に控えた。
「上の死体がアステラ、下がベラルスです」
セナイオルとアクエルが死体にかけた布を丁寧に剥ぐと、死体の周囲を取り囲んだ5人は同時に膝をついて死体を調べ始めた。
「これはすごい」
「巨体のアステラが老人のように縮むなど、どんな魔法でもこんな真似は出来ませんね」
キルレの2人がそう話している隣で、サザベルの者達は無言で黒い皮膚に触れてみたり、アステラの喉元の傷やベラルスの踏み潰された首、アステラの靴を調べている。
ディネードがアステラの腰にある剣を手にとって調べると、立ち上がって後ろに控えた腹心に入れ替わった。
その剣に何かあるのかと注目してみると、柄の部分に大きな翼を広げた鳥が刻印されている。
「ベラルスは確かにアステラに首を踏み潰されたようです」
「ディネード殿はこれがアステラとお分かりになるのですか?」
ソルディナンドが大きな女神の彫刻を見上げるディネードの背中に声をかけたが、ディネードは振り返る様子がない。
「アステラの使う剣には覚えがあるんですよ。見た目以上に重量のあるその剣を扱えるのは、トラントではアステラだけですからね」
「そうですか。ではディスコーニ殿の言う通り、ベラルスはアステラに首を踏み潰されて死亡。アステラは首を剣で貫かれて死亡したようですね」
ソルディナンドがそう言うと、バーナンとともに副官達と場所を入れ替わった。
「しかしシェニカ様の『聖なる一滴』はすごいですね。資料で見るのと、実際に結果を見るのでは大違いです」
バーナンが感心したように話すと、隣にいたソルディナンドが自分を見てきた。
「ディスコーニ殿。鍾乳洞内は寒いですし、食糧もなかったと思われますが。どのように耐え忍んだのですか?」
「シェニカ様がお持ちだった毛布や携帯食料を使わせて頂きました」
「そうは言っても、シェニカ様の荷物から考えて毛布は1人分でしょう?まさか深い関係になったのですか?」
「シェニカ様は我が国にとって多大な恩のある方です。節度を持って誠心誠意尽くさせて頂きました」
そう返事をすると、ソルディナンドは口と目元に皮肉を込めて自分を見てきた。
「節度を持って誠心誠意尽くした…ですか。一体どのようなことをなさったのでしょうね」
ソルディナンドの言葉に、表情も言葉も何の反応も返さなかった。
もしシェニカと一緒に鍾乳洞に落ちたのがソルディナンドだったら。この人は生き抜くために協力し合わねばならないという状況を利用して、既婚であることを無視してシェニカに関係を迫っただろう。
いかに相手を複数持てる王族や『白い渡り鳥』様であっても、相手が既婚の場合は基本的に許されない。だが高い身分に物を言わせて国王に仲裁を頼んだ結果、離婚して側室や愛人になったとしたら、顰蹙を買って国の中枢への火種が生まれることになるのに。それに、シェニカは恋人以外の男とキスをしたり気持ちが動いただけで別れを切り出すほど、恋愛観が一般人に近い律儀な人だ。関係を持ったとしても、地上に戻った後は親しいままではいられないだろう。
ユドとヘルベも副官達と場所を入れ替わり、ディネードの横に立って大きな彫刻や祭壇の上を調べている。
サザベルの者達が何も言わないのが少々不気味なところだが、おそらく感じているのはキルレの者達と同じだろう。
「そろそろ確認はよろしいでしょうか」
「ええ。ディスコーニ殿の報告通りであったようですね」
キルレ、サザベル、自分の副官達にも死体を十分確認させた頃にそう声をかけると、ディネードはそう言って死体の周りにいる副官を自分の側に呼び寄せた。ソルディナンドも頷いて同様に副官を呼び寄せたが、ユドのように自分に憎悪の視線をぶつけてきた。シェニカと深い仲になったと思って、嫉妬しているのだろう。
この人は、国のためにというよりも、自分のためにシェニカと親しくなり、見込みがあれば離婚しても構わないと思っているフシがある。この様子だと、気の進まない政略結婚を押し付けられ、妻に愛情を抱いていないのだろう。
やはり結婚するのなら、政略結婚ではなく恋愛結婚をしたい。
「では上に戻ります」
セナイオルとアクエルに再び布を被せさせ、地上への道をまた無言で戻る中、後ろを歩くサザベルの者達のことを考えた。
ユドは元々寡黙らしく、いつも睨んでくるだけで口を開くことはないし、ディネードは嫌味はなかったが変わった様子はない。でも、お喋りなヘルベが終始無言だったのが気になる。
ヘルベはシェニカと年齢が離れているし、既婚だから積極的に動かないと思うが、独身のディネードとユドはソルディナンドのように露骨に取り入ろうとするのだろうか。
マードリアを乗っ取る計画がクーデターで頓挫し、大義名分を得た上でのトラント侵攻はウィニストラの勝利に終わった。領土拡大を虎視眈々と狙うあの国が、このまま大人しく黙っているとは思えない。
ソルディナンドのように、サザベルの者達も手の届くところにいるシェニカに接近しようと考えるのが自然だが、僅かに感じる不自然な部分が何を意味するのか気になって、彼らが次にどう動くのか良く分からない。
鍾乳洞の外に出ると、激しかった雨の勢いは少し収まり、空は幾分明るくなっていた。
キルレやサザベルの者達が雨に打たれながら軍の建物に戻る姿を見ていると、ファズが近寄ってきた。
「ディスコーニ様。これよりトラント国王の尋問をするので、地下牢へ来るように、とバルジアラ様からのご伝言です。それと、つい先程。シェニカ様に朝食をお持ちし、サザベルとの面会をお受けするとお返事を頂きました。面会の時間についてはこれから調整します」
「分かりました」
軍の建物の地下牢に行くと、牢の奥にはバルジアラ様とエメルバ殿が居て、自分の姿を見た副官達は狭い通路の端に避けて道を作った。
「死体の確認は終わったか?」
「ええ。無事に終わりました」
バルジアラ様の目の前まで来ると、通路の左側にある広めの牢に、4人の『白い渡り鳥』様たちが冷たい床に静かに座り込んでいるのが見えた。右側の牢には、縄で縛り上げられた上に猿轡を噛ませられたトラント国王がこちらを睨んでいる。国王らしい豪華な服を着ていても、広く殺風景な牢にたった1人で座り込む姿は、威厳なんてどこにもないただの壮年の男性だ。
「じゃあ始めるか」
バルジアラ様とエメルバ殿と共に牢に入ると、3人の腹心達に続いて白魔道士長のジェーム殿が入った。
「猿轡を外せ」
バルジアラ様がそう言うと、ファズとエニアスが国王の肩を掴んで押さえつけ、猿轡を外した。
「貴様!私を誰だと思っている!国王を地下牢に入れるとは、ウィニストラは無礼者の集まりか!」
「戦争をしかけた国の王は、相手国に攻め落とされればその場で殺されるか公開で処刑されるのが通例。それだけでなく、貴方は国王として『白い渡り鳥』様を戦場介入させた責任を取らねばなりません。大罪人を生かしてやっているのですから、地下牢で十分すぎるほどの扱いですよ」
自分がそう言ってやれば、国王はこちらを悔しそうに睨みながらギリギリと奥歯を噛み締めた。
「ならばここで殺すが良い!」
「殺してやりたいのはやまやまですが、貴方はフェアニーブで公開尋問をすることになっているんでね。あぁ、舌を噛み切ってもすぐに治療しますから安心して下さい。
さて、尋問を始めるか。なぜ『白い渡り鳥』様を戦場に介入させた?」
「介入させてない!我々が介入させた証拠はあるのか?!」
バルジアラ様の問いかけに、国王はエニアスとファズの拘束から逃げ出すように身体を捩り、地下牢全体に響き渡る大声を張り上げた。
「シェニカ様による証明書がありますし、私は実際にアステラから『聖なる一滴』を浴びました」
「アステラはそんなものは使っていない!貴様の自作自演か、その娘が我が国を陥れようとしているのだ!」
両脇を固める2人は、暴れる国王の肩を掴んで床に押さえつけた。国王は顎を床につけ、敵意を剥き出しにして自分を睨み上げてくる。
「そんなことは絶対にあり得ません。『聖なる一滴』の効果の見せしめをするために、私がトラントとの国境に近付くまで待っていたとか。麻薬漬けになった4人の他に、別の『白い渡り鳥』様達が協力する予定だったのでしょう?」
トラント国王は明らかに顔色を変えて、言葉に詰まっている。反論しようと口を開くが、声が出ないのか詰まった呼吸音が響いた。どう答えれば良いのか必死に考えているのだろう。
「シェニカ様につけていた元将軍の尾行がアビテードの首都で殺され、それ以降シェニカ様の行方が分からなくなりましたよね。シェニカ様を狙っていた貴方は、シェニカ様がどこかで治療院を開いたら攫うつもりだったのでしょう?」
「そんなのは貴様の妄言だ!」
「トラントは『白い渡り鳥』様の戦場介入の事実を認めないのですか?」
エメルバ殿が腕組みをしながら問いかければ、国王は赤い目に激しい怒りを滲ませた。
「有りもしないことを認めることなどない!」
「あくまでも大罪を否定するようですね。やはり普通の尋問では埒が明きませんな」
「ジェーム、強制催眠をかけろ」
バルジアラ様が牢の隅に控えたジェーム殿に声をかけると、静かに国王に近付いた。
「では、これより強制催眠をかけます」
「私に触れるな!」
エニアスとファズに座るように起こされた国王は、顔をブンブンと左右に振っている。ジェーム殿が国王の眉間に指を当てて強制催眠をかけ始めたのだが、いつまで経っても国王は大人しくならない。
しばらくすると、ジェーム殿はバルジアラ様に向かって腰を折った。
「バルジアラ様、申し訳ありませんが国王には強制催眠がかかりません」
「エニアス、ファズ。国王には猿轡を噛ませておけ。軍の白魔道士の中で一番能力が高いのはお前だろう?なんでかからない?」
「国王の白魔法の適性が私よりも高いからのようです。強制催眠をかけるのならば、『白い渡り鳥』様にお願いするしかないと思います」
「白魔法の適性が高い……ねぇ。はぁ。お前からシェニカ様に頼めるか?」
バルジアラ様は肩を落とすような大きな溜息を吐き、頭を抱えながらこちらを向いた。
国が『白い渡り鳥』様をお招きしてお願いするのは、治療だけではない。今回のような白魔法の適性が高い相手に尋問を行う場合に、強制催眠をかけてもらうようにお願いすることがあるが、シェニカは今までそういう依頼を受けたことがないだろう。
シェニカを利用するのは嫌なのだが、バルジアラ様がそう言い出す理由は分かるから、判断は彼女に任せるしかなさそうだ。
「訊くだけ訊く程度で期待はしないで下さい」
「そんなもん分かってるよ。『白い渡り鳥』様であるシェニカ様は、本来王宮でもてなす相手だし、ウィニストラにとっての大恩人に、戦争の後始末に手を貸して貰うのは失礼だ。
だが、首都に戻っても旧字を読める者がいるとは限らないし、残党のことも気になるから早く国王への尋問をして真相を知りたい。協力して頂けると良いのだが」
バルジアラ様がそう言うと、猿轡を噛んだ国王は大声で何かを叫び始めたが、聞き取れないくぐもった音にしかならなかった。
「トラント国王。俺達はあんたを拷問にかけて尋問しても良いんだ。それに、ここは俺達が完全に掌握しているから残党の将軍らは助けに来ない。今のうちに素直に喋った方が良いんじゃないのか?しばらく頭を冷やして、自分の置かれた状況をよく考えるんだな。とりあえず、上に戻るぞ」
地下牢から続く長い階段を上って会議室に戻ると、バルジアラ様は昨日と同じように向かいに座るように視線で指示を送ってきた。
「ディスコーニ」
「なんでしょう」
机の上にある今日付けの神殿新聞や世界新聞に手を伸ばそうとした時、目の前の上官は満足そうな顔をして自分に声をかけてきた。
「トラント国王を生け捕りにし、シェニカ様を無事に地上に戻せたのは素晴らしい手柄だ。よくやった。俺も鼻が高い」
「ありがとうございます」
「それだけでも満足だが、シェニカ様と親しくなったのは期待以上の功績だ。敵も障害も多いが、彼女との縁は大事にしろ」
「もちろんです」
「シェニカ様と親しくなるというのは、ある意味戦争で勝つより難しいことだ。本国に帰ればお前に恨み節を言ってくる奴もいるだろうが、誰がシェニカ様と親しくなろうと、折角の縁を潰すことは国益を損なうことになる。何を言おうが見守るしかないんだから、上手く躱せよ」
「恨み節くらいは喜んで受けます。バルジアラ様、シェニカ様を本国にお連れする間、私が彼女の側についても構いませんよね?」
「シェニカ様がそう希望するのなら許可する。首都に到着したらフェアニーブへの準備を整える間に、国王陛下がシェニカ様に礼を述べることになる。シェニカ様にどんなもてなしを希望するのかお前が訊いてこい」
「分かりました」
ウィニストラに到着するまでの間も、到着してからも、可能な限り自分がシェニカの側にいたい。
シェニカが『赤い悪魔』とやり直すと答えを出したら、彼女は彼に遠慮して自分と距離を取ろうとするかもしれない。自分がシェニカと一緒に行動出来るかは、シェニカと『赤い悪魔』の関係次第だろう。
シェニカには複数の相手を持てる特権があるのだから、『赤い悪魔』とやり直しても気にせず自分を好きでいて欲しい。自分を好きになってくれた気持ちを忘れないで欲しい。
彼女にそう言いたくても、自分が口を出したり急かしてはいけないから、自分はただ見守り待つしかない。
シェニカは彼になんと返事を出すのだろうか。
シェニカとの1週間を過去の思い出にはしたくないと思っていると、会議室の扉が開いて、ファズがメモを受け取った。
「バルジアラ様、サザベルとシェニカ様との面会ですが、サザベル側はいつでもお待ちしております、とのことです」
「分かった。ディスコーニ、シェニカ様の所に行ってこい」
ファズと共に会議室を出て部屋に向かうと、手前にある『赤い悪魔』の部屋を素通りしシェニカの部屋の扉をノックした。
「シェニカ、ディスコーニです。ちょっといいですか?」
「ディズ?ちょっと待ってね」
扉越しに声をかければすぐにシェニカの反応が返ってきて、扉がゆっくりと開かれた。
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