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第18章 隆盛の大国
13.王太子妃の事情
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■■■前書き■■■
更新を大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。m(__)m
今回はディスコーニ視点です。
■■■■■■■■■
翌朝。
一足先に起きていたユーリは、王宮の貴賓室が気になるらしく、自分が目を覚ます前から部屋の中を探検していた。
「おはようございます。今日はいつもより朝が早いですね。探検は楽しいですか?」
「チチッ!」
絨毯の上を忙しそうに駆け回るユーリに声を掛けると、洗面所で顔を洗いながら昨晩の晩餐会を思い返した。
シェニカは最初こそ緊張していたものの、話し上手な殿下の存在もあって次第に緊張が解れ、音楽と料理、殿下や陛下との会話を楽しんでいる様子に安心した。
その隣にいた『赤い悪魔』は、宰相様と同じくらい口数は少なかったものの、酒が好きなようで、用意していた全種類の酒を一杯ずつ飲んでいた。気に入った酒があると何杯か続けて飲んでいたから、居心地が悪い状態でも、晩餐会を楽しんでくれたのかもしれない。
「ここにはなんにもありませんよ」
着替えるために衣装部屋のドアを開くと、離れた場所にいたユーリが待っていたかのように部屋に駆け込んだ。
この貴賓室は隣のシェニカの部屋と同じ間取りで、家具や配置などもほとんど変わらないのだが、衣装部屋には自分が持ち込んだ小さな鞄が1つと、いくつも並ぶハンガーラックに軍服が1着かかっているだけという、殺風景な状態だ。
床の匂いを嗅ぎ回るユーリを見ながら着替えていると、何もない部屋に飽きたのか、彼は早々に部屋を出て行った。
壁に備え付けられた鏡の前で身支度を整え、鞄を持って衣装部屋を出ると、ユーリは窓枠の前で外にいる鳥をジッと見ている。どうやらトイレに行きたいらしい。
「トイレから戻ったら、今日の服を選びましょうね」
窓を開けると、ユーリはキョロキョロと周囲をを見渡し、スルリと外に出て行った。
今日の予定は、シェニカと王太子ご夫妻との朝食に同席後、シェニカが城下に行っている間に会議が行われる。そこで今回の戦争についての詳細な報告が行われ、今後の予定を決めて解散。そのあとは書類の処理とバルジアラ様の手伝いをすることになるだろう。
城下に向かうシェニカを見送ったら、次に一緒に過ごせるのは夕食以降になる。そう思うと無性に淋しくて、自分もシェニカとデートをしたくて堪らない。
「とりあえず軍服、花柄シャツ、ハート柄のシャツ、葉っぱ柄のシャツを出してみましたが……。今日はどれにしましょうか。ユーリが選びますか?」
ソファに置いた鞄から、ローテーブルの上にユーリ用の服を並べていると、トイレから戻ってきたユーリはローテーブルの上に駆け上がった。それぞれのシャツの上で匂いを嗅いで回ると、黄緑色の生地に深緑色で葉っぱがたくさん描かれたシャツの上で立ち上がった。
「ではこのシャツにしましょう」
ユーリに服を着せると、彼はテーブルの上で両手をすり合わせてこちらを見ている。シェニカはまだ眠っているようだから、ユーリには先にご飯をあげよう。
「一足先に朝ごはんをどうぞ」
「チチッ!」
手の平にユーリを乗せ、上着から取り出したクルミを渡すと、彼はカリカリと夢中で食べている。ユーリがいるだけで毎日が楽しくなるから、生息地に行ったらシェニカにも相棒が見つかると良いのだが。
「ユーリはどうして私を主人と認めてくれたのですか?」
ソファに座って手の平のユーリに何気なく語りかけてみると、彼はピタリと動きを止めて自分を見た。口の周りにクルミの小さなカケラをつけ、水色の大きな目でこちらを見る姿はなんとも可愛らしい。
真っ直ぐにこちらを見る目で何か答えてくれているようだが、残念ながら分からない。でも、主人と認めてくれるのは何かきっかけがあったのかもしれない。
「シェニカにも可愛い相棒が見つかるといいですね。ユーリ、お手伝いしてあげてくださいね」
「チチッ!」
ユーリが2個目のクルミを食べ終えた頃、シェニカの気配が動き始めた。
彼女の顔が見えなくても、気配を感じ取るだけで心が満たされる。そんな幸せをもっと実感するために、目を閉じてユーリの頭や背中を撫でた。
鍾乳洞に居た時のように一緒に眠ることが出来なくても、朝を迎えれば顔を合わせられるというのはとても幸せだ。
今は国に縛られて身動きが取れないが、そう遠くない未来では彼女の隣を歩き、彼女を守り、彼女と一緒に楽しい時間を過ごしたい。
もし自分が彼女と一緒に旅が出来る時が来たら、その時彼女の側にいるのは『赤い悪魔』だろうか。
シェニカと別れて以降、彼は自分に突っかからずに、冷めた目で静観している。それは『自分は恋人ではなく護衛だから』と自覚し、出過ぎた真似はしないようにしているからだろう。でも、自分も旅に同行するとなったら、彼はどの立場でも黙って自分を受け入れるとは思えない。
それは隣にいるのが彼以外の人でも同じで、その人とシェニカとの関係に横槍を入れるような自分を歓迎することはないだろう。
しかし、彼らとの間に問題が起きれば、シェニカが板挟みになって苦しむことになってしまうから、他の男性と仲良く出来なくても出来るだけ静かに共生したい。
そのためには、他の男性たちも同じ様に考えてもらわないといけないのだが……。
「シェニカと一緒に旅がしたい……」
思わず本音がこぼれ落ちると、手の平のユーリは毛繕いを止めてジッと水色の目で見てきた。
「シェニカと愛情を深めて恋人になって、ゆくゆくは結婚して、彼女の旅に同行したいのですが。そのためには、陛下とバルジアラ様に許可を得なければならないのです。
でも、あの方は便利な私と可愛いユーリを手放したくなくて、簡単に許可しないでしょう。困ったものです」
ユーリに話すと、目で何か答えているように自分をジッと見つめたままだ。「大丈夫だよ」と励ましてくれているのだろうか。
「励ましてくれてありがとうございます。シェニカと上手くいくように、応援していてくださいね」
「チ!」
身体を丸めて足の付根やお腹を繕う可愛いユーリを見ながら、シェニカとの未来に燻る不安要素について考え始めた。
シェニカは自分を好きだと言ってくれているが、この先『赤い悪魔』や別の男性に惹かれたら、恋愛観が一般人に近い彼女は、誰か1人にしなければと考えてしまうかもしれない。そうなったら、離れている自分が真っ先に切り捨てられるのではないかという不安がある。
少しでも自分を想う気持ちがあるのなら、他に好きな男性がいても構わないから、別れるという寂しくて悲しい結末だけは避けたいのだが。
自分の価値観を覆すのはそう簡単なことではないから、シェニカが複数の男性に惹かれた時、彼女がどう考え、判断するのか心配だ。
他に、シェニカが選ぶ男性についても不安がある。
彼女の幸せと安全を第一に考える人であればいいのだが、感情や思惑を上手く隠し、口上手で性技にも長けた将軍をシェニカが気に入ってしまうと厄介だ。
邪魔な護衛や恋人、愛人、夫を排除し、シェニカを独占するために、その国は退役と出国を許可する可能性が高い。そういう者は恋人や愛人、夫を暗殺するだろうが、いくらその人が一国の将軍であっても自分を暗殺することは難しい。だから、自分だけでなくウィニストラにも近寄らないように、シェニカに色々と吹き込むだろう。
シェニカが選ぶ相手に口を出すことは出来ないが、近くにいれば彼女に助言したり、彼女が選んだ他の男性を暗殺から守ることが出来る。でも、離れている状態では、そういう者が選ばれないことを祈るしかないのがもどかしい。
思うように行かないのは仕方のないこととはいえ、すぐにでも旅に同行し、彼女のために生きたいという願いを諦めきれない。
「そろそろシェニカのところに行きましょうか。これから中庭で、王太子ご夫妻と一緒に朝食になります」
シェニカの動きが落ち着いた頃、手の平の上でゴロリとお腹を見せる格好で、大きな耳を擦られて脱力しているユーリに声をかけた。耳から指を離せば、彼はゆっくりと身体を起こしてブルブルと身震いをし、後ろ足で立ち上がって上着のボタンをジッと見つめた。
「ユーリはここが好きですね」
軍服のボタンを外すと、ユーリは手の平から服の中に滑り込み、隙間からひょっこりと顔を出した。
この場所は敵に襲われないし、危険を察知すればすぐに顔を引っ込めて隠れられる。その上、腰のポーチまで安全な服の中を駆け抜けられるという、彼のお気に入りの場所だ。
「では行きましょう」
ダイニングテーブルの上に置いていた2つの書類の束を持って部屋を出ると、廊下に控えていた5人の副官達が出迎えた。
「ディスコーニ様、おはようございます」
「おはようございます。これをバルジアラ様に、こちらを宰相様に渡して下さい」
「分かりました」
書類の束をラダメールに渡してシェニカの部屋のドアをノックすると、彼女はすぐにドアに近付いてきた。それと同時に、隣の部屋の『赤い悪魔』も部屋の外に出てきた。
「おはようございます。ゆっくり休めましたか?」
「おはよう。ベッドがふっかふかで、すごく気持ちが良かった!ルクトもおはよう」
「おはよ」
「ユーリくん、おはよう!あ、隠れちゃった」
シェニカが自分の胸元のユーリに笑顔で挨拶すると、彼は小さな鼻をヒクヒクと動かした直後に顔を引っ込め、服の中を通ってポーチに入ってしまった。
「これから行くのは犬や猫がいる中庭なので、もうポーチに入るようです」
「そっか。また後で顔見せてくれると嬉しいな」
シェニカは少し寂しそうな顔でポーチに話しかけたが、ユーリは顔を出さなかった。
向かう先は犬と猫がいる中庭だし、私室で飼っている犬や猫の匂いがついた王太子ご夫妻を、もう警戒してしまっているようだ。
「では、これから朝食の場に案内しますね」
4人の副官をその場に残してファズの先導で歩き始めると、隣にいるシェニカは不安そうな顔で自分を見上げてきた。
「ねぇねぇ、本当にいつもの格好で良かった?」
「他者の目のない非公式の時間になりますので、服装は気にすることはありません。ご夫妻も普段着でいらっしゃいますから大丈夫ですよ」
非公式とはいえ、王太子殿下らとの食事の席となると、旅装束姿ではなくワンピースやスーツを着用すべきところなのだが、シェニカの感覚が庶民と同じと見抜いた殿下は、肩に力の入らない時間になるようにと旅装束での出席を願った。
頻繁に地方視察を行う殿下は、貴族よりも現地の民衆と接する時間が多いから、彼女の庶民感覚にいち早く気付けたのだろう。
「スイートピーがキレイね」
広い中庭の北側にある花畑エリアに差し掛かると、シェニカは風に揺れる色とりどりのスイートピーに興味があるのか歩くスピードが遅くなった。
「そうですね。ちょうど今が見頃の時期なので、たくさん咲いてキレイですね」
「首都の外にもスイートピーの花畑があったけど、みんなスイートピーが好きなの?」
「スイートピーは陛下がお好きな花だと広く知られているので、陛下が首都を出る時に見られるようにと、城下に住む人達が好意で植えて手入れしてくれているんです」
「そうなんだ。陛下も国民に愛されていらっしゃるなんて、素敵なことね」
シェニカがスイートピーから石畳の先に視線を戻すと、前を歩くファズは遅くしていたペースを少しずつ元に戻した。
そのまま石畳を過ぎて花畑と樹木エリアを区切る道が見えてくると、緊張した表情の妃殿下を和ませようと、変顔をする王太子殿下の姿も見えた。
シェニカはどんな国賓よりも重要な人であり、失敗や不興を買うなど絶対に許されないという状況に、殿下の頑張りの甲斐もなく、妃殿下のオレンジの目には不安が滲んだままだ。
「おはようございます」
「おはよ~!ゆっくり休めた?」
「とても気持ちの良い朝を迎えることが出来ました。殿下、素敵な装いですね。とてもお似合いです!」
殿下の一歩後ろにいる妃殿下は、殿下よりも薄い小麦色の肌が生える白の半袖ブラウスに、若い麦のような鮮やかな緑の色と黄色のチェック柄のジャンパースカート姿。黒い髪をショートカットにした妃殿下が、明るく健康的に見える格好なのだが、妃殿下の顔にはぎこちなさが浮かんでしまっている。
殿下は水色の生地に白でイラスト調の小さな雲を大量に描いたアロハシャツに、白の短パンとサンダルを履いた見慣れた姿だ。
「いやぁ~、視察先で着てみたら、着心地が最高でさ!
王族の服ってゴテゴテして動きにくいし、暑いし、着崩すと怒られるけど、この服だと動きやすいし、涼しいから思いっきり動けるんだよな!」
地方視察に行った時、地元民が着ていた服に興味を抱いた殿下は、店で一式試着すると、『通気性が良くて動きやすい!何より王族の服より似合ってる!』と、とても気に入った。
それ以降、賓客の居ない王宮内での格好はこれになったが、陛下は「また王族らしくない格好をして!」と怒っていらした。
しかし、地元民から献上されたアロハシャツを着てみたところ、陛下もまた着心地の良さに感動なさり、私室にいる時には、アロハシャツに短パン、サンダルという殿下と同じ格好をしていらっしゃる。それ以降、陛下は殿下を怒らなくなったため、殿下の非公式な服はこの格好が定番になった。
「じゃあ早速紹介するね!こっちは俺の嫁のスァン。知的で美人だろ」
「シェニカ様、はじめまして。スァンと申します」
「はじめまして。シェニカ・ヒジェイトです。殿下、とても素敵な奥様ですね」
挨拶のために手を差し伸べた妃殿下に、シェニカも手を出してにこやかな握手を交わした。
身体の大きな殿下の隣にいると小さく見える妃殿下だったが、背はシェニカと同じくらいのようだ。
「だろ~!スァンは狩猟や漁の知識が豊富だし、猟犬の世話も上手いんだ。でも、それ以上に猪や鹿、兎、魚とか捌くのがすごく上手くて、作る飯も美味い!
大きな猪をたった1人であっという間に捌く姿を見たら、一目惚れしちゃって!あっはっは!」
「殿下、恥ずかしいので止めて下さい」
妃殿下を褒められた殿下は、嬉しそうな顔で妃殿下の背中に手を回すと、妃殿下は恥ずかしそうに小さく身じろいだ。
「では席までご案内します」
妃殿下の案内で恋するクルミがなる木の下に行くと、そこには昨晩と同じ丸テーブルが置かれている。
白のテーブルクロスの上には、数種のパンやスコーン、サンドイッチが入った籠、オレンジやレモン、ブルーベリーなどのたくさんのジャム瓶、いちごジャムの入ったヨーグルト、サラダ、ウインナーに目玉焼き、クリームスープなどの食事が5人分用意されていた。
シェニカの右手側に妃殿下、その隣に殿下。左手側に『赤い悪魔』、その隣に自分が座ると、控えていた2人の給仕が淹れたての紅茶を配り始めた。
「わぁ~!朝食も豪華ですね。ではいただきます」
全員で朝食に手を伸ばすと、頭上の枝にスズメが数羽飛んできて、パンくずが欲しいと訴えるように鳴いている。シェニカが紅茶を飲みながらスズメたちを微笑ましく見ていると、隣に座る妃殿下も釣られるように上を見た。
「すごく立派な大きな木ですね」
「これが恋するクルミがなる木なんですよ」
「この木がそうなんだ!大っきいなぁ」
自分の言葉を聞いたシェニカは目をキラキラと輝かせ、もう一度木を見上げた。
「この木は葉をたくさん茂らせるので、雨が降ったらスズメたちがたくさん雨宿りに来るんです。枝にびっしり並んだスズメたちが、身を寄せ合って毛繕いする姿はとても可愛らしくて。雨の日には、殿下と一緒によく見に来るんです」
「並んだスズメを想像するだけで可愛いですね!
そういえば、妃殿下は猪や兎などを捌けるそうですが、妃殿下も狩りをするのですか?」
「私はもともと平民で、狩人の娘なのです。小さい頃から両親や兄達と共に山で猟をしていたので、狩りもできますが。その……動物を捌く方が得意なんです」
妃殿下は獲物を捌くのが得意だと言いにくいらしく、最後の方は消えそうな声になってしまった。
「そうなんですか!1人で捌けるなんてすごいですね。私は羊がいっぱいの牧場の娘ですが、羊たちのお世話は出来ても、1人で毛刈りなんて出来ません」
「シェニカ様も動物が身近な場所のお生まれなんですね!」
「山で猟をしていたということは、狩猟犬もたくさんいたんですか?」
「犬は8匹いました。狩りの時、私は拠点で弟と留守番をしていることが多かったのですが、両親や兄たちが獲物を持って戻ってくると、『早くご飯!ご飯!』と犬たちが私を取り囲んで急かすんです。なので、捌くのが早くなってしまいました」
「そうなんですか!みんなに取り囲まれるなんて羨ましいです!」
「シェニカ様は動物がお好きですか?」
「もちろんです!犬も猫も馬も、鳥も大好きです。妃殿下はお好きですか?」
「私も大好きです。私室では犬と猫を飼っているんですが、部屋の隣りにある小さな庭ではウサギも飼っているんです」
「わぁ~!可愛い子たちと一緒に過ごせるなんて幸せですね!」
「えへへ。最近子ウサギが5匹生まれたんですが、もこもこで可愛くて」
「子ウサギちゃんですか!可愛い~!おとなしい子達なんですか?」
「お母さんウサギが近くにいる時は大人しいのですが、いないと暴れまわって遊んでいるんです。キャベツをちらつかせると、小さな毛玉がわらわら~って来るのが可愛くて」
「想像するだけでも可愛いっ!」
シェニカと妃殿下は話が合うのか、食事をしながら楽しそうにご夫妻の部屋に住む動物の話をしている。その様子を自分の隣にいるファーナストラ殿下は、嬉しそうに見ながらサンドイッチを豪快に齧っている。
「スァンの楽しそうな顔を見れて嬉しいなぁ」
殿下の小さな呟きは、おしゃべりに夢中な2人には聞こえていない。
スァン妃殿下は、平民出身ということもあって民衆の高い支持があるのだが、多くの貴族たちが、将来の王妃となる場所を平民風情に奪われたと感じている。
加えて、妃殿下は平民出身ゆえに貴族に対抗できるような後見がないことから、『獣の血を好む野蛮な女』とか『殿下をたぶらかした下賤な女』と蔑む貴族が多い。
将来の王妃となる王太子妃は、その立場が決まった時から相応の品のある言動や知識、立ち居振る舞いが求められる。そういった妃教育は短時間で出来るものではないからこそ、陛下の代までは貴族から王太子妃が選ばれてきた。
しかし、陛下が王太子でファーナストラ殿下がまだ2歳の頃。
地方で行われた夜会の席で、嫉妬にかられた末に我を失った公爵家の令嬢が、幼少時から仲の良かった子爵家出身の王太子妃を、テラスから突き落として殺害するという事件がおきてしまった。
貴族たちの中でも一番古い歴史のあった公爵家は取り潰しとなり、令嬢は斬首刑、親兄弟及びその子らの身分は貧民となったが、事実上の罪人として死ぬまで戦場跡の死体の片付けをすることが命じられた。
事件の発端は、その令嬢が『身分は自分の方が高いのに、なぜ自分が見初められても側室としてしか扱われないのか。子爵家の娘よりも格下になるのはおかしい。自分も王宮に迎えられたら、王太子妃の座を譲るのが当然だ』と歪んだ考えを持ったことだった。
しかし、それを聞いた多くの貴族たちが、令嬢の気持ちも分からないではないと一定の理解を示したため、陛下は新たな妃や愛人の話をする貴族らを毛嫌いして距離を置いた。そして、陛下は今に至るまで新たな妃を娶ることはなく、殿下以外に陛下の子は生まれなかった。
その経験からなのか、陛下は殿下に『人間はいつ死ぬか分からないのだから、身分を問わずに好きな相手と結婚して良い』と言い、殿下が平民出身の妃殿下と結婚することを許可した。そして、陛下は自分の二の舞にならぬように、妃殿下に民衆の前には出ても、貴族たちが集まる場には最低限の出席で良いと発言した。
今までそういう世界とは無縁の世界で生きてきた妃殿下に、将来の王妃としての教育がまだ不十分で、立ち居振る舞いにぎこちなさがあったり、王族らしさが備わっていないことは、民衆には当然のこととして受け入れられる。
だから、地方視察などでは民衆は温かい目で見守っているのだが、王妃になる機会を失った貴族たちは黙っていない。
貴族たちは妃殿下の不十分さを弱みと見て、妃殿下がいる前でも『国のさらなる発展のため、大国の王太子妃が粗相を犯して他国の王族に嘲笑されないためにも、社交界での経験と実績、確かな地位や身分を持つ親の後見のある妃を持った方が良いと思います。アビシニオン王子がお生まれになりましたし、側室をお迎えになってはいかがでしょう』と、こぞって殿下に迫っている。
そんなことを堂々と言われて殿下も不愉快極まりないのだが、実際のところ、妃殿下は他国の王族と顔を合わせる場面も多いため、成長を悠長に構えているわけにもいかない。だから、殿下は怒りの感情を抑え込んで、「側室はおいおいに」と言葉を濁している。
妃殿下はそんな状況に置かれているため、妃教育に励みながらも、いつも不安で押しつぶされそうになっているが、貴族たちが口を出してくることは結婚前から分かっていたことだ。
しかし殿下は『最初は苦しい思いをさせてしまうが、時間をかけて実績を積んでいけば必ず解決する。どうか自分を信じて結婚して欲しい』と説明し、結婚を断り続ける妃殿下の元に何度も通い、最後は土下座で頼み込んで結婚してもらっている。
大事な妃殿下を、迎えた側室が暗躍して殺してしまうかもしれないから、殿下は外野になんと言われようと「側室を持ちたくない」と考えているのは、妃殿下だけでなく陛下も分かっていらっしゃる。
陛下も妃殿下の味方なのだが、貴族たちをはぐらかす状態が続けば、殿下に対する貴族の不満が増して後々クーデターが起きる可能性がある。それを避けるためにも、妃殿下が殿下の庇護から離れて『王太子妃』として立派に成長し、また、有力貴族を黙らせる功績や後見を得て欲しいと見守っていらっしゃるのだが。
貴族たちを納得させるだけの功績や後見を得るのは、そう簡単なことじゃない。
それは殿下だけでなく妃殿下自身も承知しているから、いつも心労を抱えているような状態だし、王宮に出入りを許された貴族たちと仲良くなる機会もない。
そんな孤立したような状態が続いている中で、シェニカと自然体で会話が出来ている姿を見ると、殿下も嬉しくてたまらないのだろう。
「へぇ~!妃殿下は猪肉のベーコンを作るのが得意なんですか。すごい!」
「スァンの作る猪肉のベーコンは絶品でさ!シェニカ様に是非食べさせたいなぁ。よし!シェニカ様が居る内に猪狩りに行くか!」
「殿下、この前ヴェンセンク様と陛下に、狩りは半年後まで禁止と言われたのではなかったのですか?」
「あぁ!そうだった。後でお願いしてみよう。でも却下されるかなぁ……」
「あ、食後のレモンティーは私が淹れます」
給仕がやろうとしていたお茶の準備を妃殿下が引き継ぐと、妃殿下は鼻歌でも歌いそうなほど明るい表情でポッドに茶葉を入れている。
その自然な姿を見ると、つい先程まで緊張で押しつぶされそうになっていた姿が懐かしくなるほどだ。
「どうぞお召し上がり下さい」
妃殿下が全員にレモンティーを配ると、シェニカはさっそくカップを手に取り、立ち上る爽やかな香りを楽しみ、一口飲んだ。
「わぁ~。このレモンティーも美味しいですね。爽やかな味と香りが美味しいです」
「このレモンティーに使われているレモンは、私の実家の木に実ったものなので、シェニカ様に褒めてもらって嬉しいです。
随分長い朝食になってしまいましたが、まだお時間大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です」
「もしよければ、紅茶を飲み終わったら、あっちでお膝に猫を乗せてお話しませんか?」
「喜んで!妃殿下のご実家の犬の話もお聞きしたいです!」
紅茶を飲み終えると、妃殿下とシェニカはおしゃべりしながら、昨晩晩餐会が行われた中庭の噴水前まで歩いた。
噴水を囲む背もたれの無いベンチの上で、仲良く寛ぐ老猫を2匹がいる席を見つけた妃殿下は、1匹を抱えるとベンチに座った。シェニカも同じ様にもう1匹を抱えて座ると、おとなしい猫を膝の上に置いて嬉しそうに撫で始めた。
「うふふっ!君はもふもふだねぇ。あ、首輪にリンゴって書いてある。リンゴちゃん、はじめまして。私はシェニカっていうの。なでなでさせてね~。そっちの子も可愛いですね!」
「こっちの子はビワという名で、リンゴとはずーっと仲良し夫婦なんです」
「年をとっても仲良しなんて、素敵ね~!」
シェニカと妃殿下は、今度は猫を撫でながら、妃殿下の狩猟犬の話、シェニカの実家にいる牧羊犬などの動物話に花が咲いている。
「女ってよく喋るよなぁ。そんなに長く喋る内容なんて浮かんでこないんだが」
「初対面なのに、久しぶりに再会した友人のように話題が尽きないのはすごいですね」
2人から少し離れた大きなベンチに、自分の右に殿下、左に『赤い悪魔』が距離を置いて座ったのだが、お喋りをする2人とは対照的に、男3人のこちらは誰も喋らない。
「へぇ~!シェニカ様はハーレム牧場を作るのが夢なんですか。面白そうですね!」
「ハーレム牧場にいる可愛い子達は私が呼んだら来てくれて、一緒にお散歩して、一緒に寝てくれて……。えへへ。夢はすごく大きく膨らんでいるんですけど、なかなかメンバーが集まらなくて。ナンパって難しいですね。あ、リンゴちゃん、行かないで~!」
シェニカの膝の上で大人しくしていた猫は、彼女の膝の上から飛び降りると、隣に座る妃殿下の足元に身体を擦り寄せ始めた。
「やっぱり妃殿下のナデナデの方が気持ちいいのかな?」
「もしよければ。私のことスァンって呼んでくれませんか?」
「じゃあ私のこと、シェニカって呼んで下さい!よかったらお友達になりません?」
「本当ですか?嬉しい!」
「なんだか初めて会ったなんて嘘みたいに、楽しくて、面白くって!」
「私も同じです!令嬢方や地元の女の子に狩りの話しても、気持ち悪がられるばっかりだったけど、まさかこんなに盛り上がるなんて!」
「よかったらカケラの交換しませんか?」
「いいんですか?嬉しいっ!」
シェニカと妃殿下がカケラの交換を始めると、ファーナストラ殿下は口を半開きにして何度もまばたきをした。
「嘘だろ。さっき会ったばっかなのに、スァンがシェニカ様と友達になって、カケラを交換したぞ。どういうこと?」
「シェニカ様も平民のご出身ですし、貴族が苦手なようですから、妃殿下と気が合うのかもしれませんよ」
「ただ紹介するつもりだけだったのに。こんな状況になろうとは想像してなかったけど、スァンに友達が出来たのは素直に嬉しい」
この先、妃殿下が何かで失敗してしまっても、貴族たちが今までのように厳しい意見を言えば、妃殿下からシェニカに愚痴や悪口を言われるかもしれない。
そうなってしまうと、シェニカはその貴族に悪印象を抱く可能性が高いため、将来その貴族が彼女に接触する機会があっても親しくなることは難しい。
シェニカとの繋がりを失う可能性なんて作れないから、国内貴族はシェニカとの繋がりが出来た妃殿下に冷たい態度など取れない。
また、妃殿下がシェニカとの繋がりを持っていると他国にも知れ渡れば、自分たちにシェニカを紹介してもらうため、また、シェニカに自分たちの国へ立ち寄るよう妃殿下から言ってもらえるように、他国の王族や貴族らも妃殿下にゴマをするようになる。
シェニカと友達になってカケラを交換したということは、大きな功績の1つを得たと同時に、シェニカの後見を得たことにもなる。だから、殿下に側室を迫る理由もなくなった。
妃殿下の孤立と不安定な状況に心を痛めていた殿下は、妃殿下に友達が出来て嬉しいと同時に、すべての問題をクリアしたことになるから、心底安心しただろう。
シェニカと友人となってカケラの交換をする、ということにこれだけの価値があるのだから、ウィニストラがシェニカと繋がりが出来た、そして自分とシェニカが親しい関係になったと他国が知れば、自分たちもシェニカと友好関係を築き、繋がりを強固なものにしたいと躍起になるだろう。
シェニカの行く先には、多くの思惑が渦巻いている。
小国だけでなく、サザベルやジナ、ドルトネアが黙っているとは思えないし、トラントで見たヘルベの不自然さや、行方不明のトラントの残党らの存在も引っかかっている。
今後の鍵を握る人物の1人である『赤い悪魔』を見ると、彼は腕を組んで目を閉じ、つまらなそうな空気を滲み出していた。
更新を大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。m(__)m
今回はディスコーニ視点です。
■■■■■■■■■
翌朝。
一足先に起きていたユーリは、王宮の貴賓室が気になるらしく、自分が目を覚ます前から部屋の中を探検していた。
「おはようございます。今日はいつもより朝が早いですね。探検は楽しいですか?」
「チチッ!」
絨毯の上を忙しそうに駆け回るユーリに声を掛けると、洗面所で顔を洗いながら昨晩の晩餐会を思い返した。
シェニカは最初こそ緊張していたものの、話し上手な殿下の存在もあって次第に緊張が解れ、音楽と料理、殿下や陛下との会話を楽しんでいる様子に安心した。
その隣にいた『赤い悪魔』は、宰相様と同じくらい口数は少なかったものの、酒が好きなようで、用意していた全種類の酒を一杯ずつ飲んでいた。気に入った酒があると何杯か続けて飲んでいたから、居心地が悪い状態でも、晩餐会を楽しんでくれたのかもしれない。
「ここにはなんにもありませんよ」
着替えるために衣装部屋のドアを開くと、離れた場所にいたユーリが待っていたかのように部屋に駆け込んだ。
この貴賓室は隣のシェニカの部屋と同じ間取りで、家具や配置などもほとんど変わらないのだが、衣装部屋には自分が持ち込んだ小さな鞄が1つと、いくつも並ぶハンガーラックに軍服が1着かかっているだけという、殺風景な状態だ。
床の匂いを嗅ぎ回るユーリを見ながら着替えていると、何もない部屋に飽きたのか、彼は早々に部屋を出て行った。
壁に備え付けられた鏡の前で身支度を整え、鞄を持って衣装部屋を出ると、ユーリは窓枠の前で外にいる鳥をジッと見ている。どうやらトイレに行きたいらしい。
「トイレから戻ったら、今日の服を選びましょうね」
窓を開けると、ユーリはキョロキョロと周囲をを見渡し、スルリと外に出て行った。
今日の予定は、シェニカと王太子ご夫妻との朝食に同席後、シェニカが城下に行っている間に会議が行われる。そこで今回の戦争についての詳細な報告が行われ、今後の予定を決めて解散。そのあとは書類の処理とバルジアラ様の手伝いをすることになるだろう。
城下に向かうシェニカを見送ったら、次に一緒に過ごせるのは夕食以降になる。そう思うと無性に淋しくて、自分もシェニカとデートをしたくて堪らない。
「とりあえず軍服、花柄シャツ、ハート柄のシャツ、葉っぱ柄のシャツを出してみましたが……。今日はどれにしましょうか。ユーリが選びますか?」
ソファに置いた鞄から、ローテーブルの上にユーリ用の服を並べていると、トイレから戻ってきたユーリはローテーブルの上に駆け上がった。それぞれのシャツの上で匂いを嗅いで回ると、黄緑色の生地に深緑色で葉っぱがたくさん描かれたシャツの上で立ち上がった。
「ではこのシャツにしましょう」
ユーリに服を着せると、彼はテーブルの上で両手をすり合わせてこちらを見ている。シェニカはまだ眠っているようだから、ユーリには先にご飯をあげよう。
「一足先に朝ごはんをどうぞ」
「チチッ!」
手の平にユーリを乗せ、上着から取り出したクルミを渡すと、彼はカリカリと夢中で食べている。ユーリがいるだけで毎日が楽しくなるから、生息地に行ったらシェニカにも相棒が見つかると良いのだが。
「ユーリはどうして私を主人と認めてくれたのですか?」
ソファに座って手の平のユーリに何気なく語りかけてみると、彼はピタリと動きを止めて自分を見た。口の周りにクルミの小さなカケラをつけ、水色の大きな目でこちらを見る姿はなんとも可愛らしい。
真っ直ぐにこちらを見る目で何か答えてくれているようだが、残念ながら分からない。でも、主人と認めてくれるのは何かきっかけがあったのかもしれない。
「シェニカにも可愛い相棒が見つかるといいですね。ユーリ、お手伝いしてあげてくださいね」
「チチッ!」
ユーリが2個目のクルミを食べ終えた頃、シェニカの気配が動き始めた。
彼女の顔が見えなくても、気配を感じ取るだけで心が満たされる。そんな幸せをもっと実感するために、目を閉じてユーリの頭や背中を撫でた。
鍾乳洞に居た時のように一緒に眠ることが出来なくても、朝を迎えれば顔を合わせられるというのはとても幸せだ。
今は国に縛られて身動きが取れないが、そう遠くない未来では彼女の隣を歩き、彼女を守り、彼女と一緒に楽しい時間を過ごしたい。
もし自分が彼女と一緒に旅が出来る時が来たら、その時彼女の側にいるのは『赤い悪魔』だろうか。
シェニカと別れて以降、彼は自分に突っかからずに、冷めた目で静観している。それは『自分は恋人ではなく護衛だから』と自覚し、出過ぎた真似はしないようにしているからだろう。でも、自分も旅に同行するとなったら、彼はどの立場でも黙って自分を受け入れるとは思えない。
それは隣にいるのが彼以外の人でも同じで、その人とシェニカとの関係に横槍を入れるような自分を歓迎することはないだろう。
しかし、彼らとの間に問題が起きれば、シェニカが板挟みになって苦しむことになってしまうから、他の男性と仲良く出来なくても出来るだけ静かに共生したい。
そのためには、他の男性たちも同じ様に考えてもらわないといけないのだが……。
「シェニカと一緒に旅がしたい……」
思わず本音がこぼれ落ちると、手の平のユーリは毛繕いを止めてジッと水色の目で見てきた。
「シェニカと愛情を深めて恋人になって、ゆくゆくは結婚して、彼女の旅に同行したいのですが。そのためには、陛下とバルジアラ様に許可を得なければならないのです。
でも、あの方は便利な私と可愛いユーリを手放したくなくて、簡単に許可しないでしょう。困ったものです」
ユーリに話すと、目で何か答えているように自分をジッと見つめたままだ。「大丈夫だよ」と励ましてくれているのだろうか。
「励ましてくれてありがとうございます。シェニカと上手くいくように、応援していてくださいね」
「チ!」
身体を丸めて足の付根やお腹を繕う可愛いユーリを見ながら、シェニカとの未来に燻る不安要素について考え始めた。
シェニカは自分を好きだと言ってくれているが、この先『赤い悪魔』や別の男性に惹かれたら、恋愛観が一般人に近い彼女は、誰か1人にしなければと考えてしまうかもしれない。そうなったら、離れている自分が真っ先に切り捨てられるのではないかという不安がある。
少しでも自分を想う気持ちがあるのなら、他に好きな男性がいても構わないから、別れるという寂しくて悲しい結末だけは避けたいのだが。
自分の価値観を覆すのはそう簡単なことではないから、シェニカが複数の男性に惹かれた時、彼女がどう考え、判断するのか心配だ。
他に、シェニカが選ぶ男性についても不安がある。
彼女の幸せと安全を第一に考える人であればいいのだが、感情や思惑を上手く隠し、口上手で性技にも長けた将軍をシェニカが気に入ってしまうと厄介だ。
邪魔な護衛や恋人、愛人、夫を排除し、シェニカを独占するために、その国は退役と出国を許可する可能性が高い。そういう者は恋人や愛人、夫を暗殺するだろうが、いくらその人が一国の将軍であっても自分を暗殺することは難しい。だから、自分だけでなくウィニストラにも近寄らないように、シェニカに色々と吹き込むだろう。
シェニカが選ぶ相手に口を出すことは出来ないが、近くにいれば彼女に助言したり、彼女が選んだ他の男性を暗殺から守ることが出来る。でも、離れている状態では、そういう者が選ばれないことを祈るしかないのがもどかしい。
思うように行かないのは仕方のないこととはいえ、すぐにでも旅に同行し、彼女のために生きたいという願いを諦めきれない。
「そろそろシェニカのところに行きましょうか。これから中庭で、王太子ご夫妻と一緒に朝食になります」
シェニカの動きが落ち着いた頃、手の平の上でゴロリとお腹を見せる格好で、大きな耳を擦られて脱力しているユーリに声をかけた。耳から指を離せば、彼はゆっくりと身体を起こしてブルブルと身震いをし、後ろ足で立ち上がって上着のボタンをジッと見つめた。
「ユーリはここが好きですね」
軍服のボタンを外すと、ユーリは手の平から服の中に滑り込み、隙間からひょっこりと顔を出した。
この場所は敵に襲われないし、危険を察知すればすぐに顔を引っ込めて隠れられる。その上、腰のポーチまで安全な服の中を駆け抜けられるという、彼のお気に入りの場所だ。
「では行きましょう」
ダイニングテーブルの上に置いていた2つの書類の束を持って部屋を出ると、廊下に控えていた5人の副官達が出迎えた。
「ディスコーニ様、おはようございます」
「おはようございます。これをバルジアラ様に、こちらを宰相様に渡して下さい」
「分かりました」
書類の束をラダメールに渡してシェニカの部屋のドアをノックすると、彼女はすぐにドアに近付いてきた。それと同時に、隣の部屋の『赤い悪魔』も部屋の外に出てきた。
「おはようございます。ゆっくり休めましたか?」
「おはよう。ベッドがふっかふかで、すごく気持ちが良かった!ルクトもおはよう」
「おはよ」
「ユーリくん、おはよう!あ、隠れちゃった」
シェニカが自分の胸元のユーリに笑顔で挨拶すると、彼は小さな鼻をヒクヒクと動かした直後に顔を引っ込め、服の中を通ってポーチに入ってしまった。
「これから行くのは犬や猫がいる中庭なので、もうポーチに入るようです」
「そっか。また後で顔見せてくれると嬉しいな」
シェニカは少し寂しそうな顔でポーチに話しかけたが、ユーリは顔を出さなかった。
向かう先は犬と猫がいる中庭だし、私室で飼っている犬や猫の匂いがついた王太子ご夫妻を、もう警戒してしまっているようだ。
「では、これから朝食の場に案内しますね」
4人の副官をその場に残してファズの先導で歩き始めると、隣にいるシェニカは不安そうな顔で自分を見上げてきた。
「ねぇねぇ、本当にいつもの格好で良かった?」
「他者の目のない非公式の時間になりますので、服装は気にすることはありません。ご夫妻も普段着でいらっしゃいますから大丈夫ですよ」
非公式とはいえ、王太子殿下らとの食事の席となると、旅装束姿ではなくワンピースやスーツを着用すべきところなのだが、シェニカの感覚が庶民と同じと見抜いた殿下は、肩に力の入らない時間になるようにと旅装束での出席を願った。
頻繁に地方視察を行う殿下は、貴族よりも現地の民衆と接する時間が多いから、彼女の庶民感覚にいち早く気付けたのだろう。
「スイートピーがキレイね」
広い中庭の北側にある花畑エリアに差し掛かると、シェニカは風に揺れる色とりどりのスイートピーに興味があるのか歩くスピードが遅くなった。
「そうですね。ちょうど今が見頃の時期なので、たくさん咲いてキレイですね」
「首都の外にもスイートピーの花畑があったけど、みんなスイートピーが好きなの?」
「スイートピーは陛下がお好きな花だと広く知られているので、陛下が首都を出る時に見られるようにと、城下に住む人達が好意で植えて手入れしてくれているんです」
「そうなんだ。陛下も国民に愛されていらっしゃるなんて、素敵なことね」
シェニカがスイートピーから石畳の先に視線を戻すと、前を歩くファズは遅くしていたペースを少しずつ元に戻した。
そのまま石畳を過ぎて花畑と樹木エリアを区切る道が見えてくると、緊張した表情の妃殿下を和ませようと、変顔をする王太子殿下の姿も見えた。
シェニカはどんな国賓よりも重要な人であり、失敗や不興を買うなど絶対に許されないという状況に、殿下の頑張りの甲斐もなく、妃殿下のオレンジの目には不安が滲んだままだ。
「おはようございます」
「おはよ~!ゆっくり休めた?」
「とても気持ちの良い朝を迎えることが出来ました。殿下、素敵な装いですね。とてもお似合いです!」
殿下の一歩後ろにいる妃殿下は、殿下よりも薄い小麦色の肌が生える白の半袖ブラウスに、若い麦のような鮮やかな緑の色と黄色のチェック柄のジャンパースカート姿。黒い髪をショートカットにした妃殿下が、明るく健康的に見える格好なのだが、妃殿下の顔にはぎこちなさが浮かんでしまっている。
殿下は水色の生地に白でイラスト調の小さな雲を大量に描いたアロハシャツに、白の短パンとサンダルを履いた見慣れた姿だ。
「いやぁ~、視察先で着てみたら、着心地が最高でさ!
王族の服ってゴテゴテして動きにくいし、暑いし、着崩すと怒られるけど、この服だと動きやすいし、涼しいから思いっきり動けるんだよな!」
地方視察に行った時、地元民が着ていた服に興味を抱いた殿下は、店で一式試着すると、『通気性が良くて動きやすい!何より王族の服より似合ってる!』と、とても気に入った。
それ以降、賓客の居ない王宮内での格好はこれになったが、陛下は「また王族らしくない格好をして!」と怒っていらした。
しかし、地元民から献上されたアロハシャツを着てみたところ、陛下もまた着心地の良さに感動なさり、私室にいる時には、アロハシャツに短パン、サンダルという殿下と同じ格好をしていらっしゃる。それ以降、陛下は殿下を怒らなくなったため、殿下の非公式な服はこの格好が定番になった。
「じゃあ早速紹介するね!こっちは俺の嫁のスァン。知的で美人だろ」
「シェニカ様、はじめまして。スァンと申します」
「はじめまして。シェニカ・ヒジェイトです。殿下、とても素敵な奥様ですね」
挨拶のために手を差し伸べた妃殿下に、シェニカも手を出してにこやかな握手を交わした。
身体の大きな殿下の隣にいると小さく見える妃殿下だったが、背はシェニカと同じくらいのようだ。
「だろ~!スァンは狩猟や漁の知識が豊富だし、猟犬の世話も上手いんだ。でも、それ以上に猪や鹿、兎、魚とか捌くのがすごく上手くて、作る飯も美味い!
大きな猪をたった1人であっという間に捌く姿を見たら、一目惚れしちゃって!あっはっは!」
「殿下、恥ずかしいので止めて下さい」
妃殿下を褒められた殿下は、嬉しそうな顔で妃殿下の背中に手を回すと、妃殿下は恥ずかしそうに小さく身じろいだ。
「では席までご案内します」
妃殿下の案内で恋するクルミがなる木の下に行くと、そこには昨晩と同じ丸テーブルが置かれている。
白のテーブルクロスの上には、数種のパンやスコーン、サンドイッチが入った籠、オレンジやレモン、ブルーベリーなどのたくさんのジャム瓶、いちごジャムの入ったヨーグルト、サラダ、ウインナーに目玉焼き、クリームスープなどの食事が5人分用意されていた。
シェニカの右手側に妃殿下、その隣に殿下。左手側に『赤い悪魔』、その隣に自分が座ると、控えていた2人の給仕が淹れたての紅茶を配り始めた。
「わぁ~!朝食も豪華ですね。ではいただきます」
全員で朝食に手を伸ばすと、頭上の枝にスズメが数羽飛んできて、パンくずが欲しいと訴えるように鳴いている。シェニカが紅茶を飲みながらスズメたちを微笑ましく見ていると、隣に座る妃殿下も釣られるように上を見た。
「すごく立派な大きな木ですね」
「これが恋するクルミがなる木なんですよ」
「この木がそうなんだ!大っきいなぁ」
自分の言葉を聞いたシェニカは目をキラキラと輝かせ、もう一度木を見上げた。
「この木は葉をたくさん茂らせるので、雨が降ったらスズメたちがたくさん雨宿りに来るんです。枝にびっしり並んだスズメたちが、身を寄せ合って毛繕いする姿はとても可愛らしくて。雨の日には、殿下と一緒によく見に来るんです」
「並んだスズメを想像するだけで可愛いですね!
そういえば、妃殿下は猪や兎などを捌けるそうですが、妃殿下も狩りをするのですか?」
「私はもともと平民で、狩人の娘なのです。小さい頃から両親や兄達と共に山で猟をしていたので、狩りもできますが。その……動物を捌く方が得意なんです」
妃殿下は獲物を捌くのが得意だと言いにくいらしく、最後の方は消えそうな声になってしまった。
「そうなんですか!1人で捌けるなんてすごいですね。私は羊がいっぱいの牧場の娘ですが、羊たちのお世話は出来ても、1人で毛刈りなんて出来ません」
「シェニカ様も動物が身近な場所のお生まれなんですね!」
「山で猟をしていたということは、狩猟犬もたくさんいたんですか?」
「犬は8匹いました。狩りの時、私は拠点で弟と留守番をしていることが多かったのですが、両親や兄たちが獲物を持って戻ってくると、『早くご飯!ご飯!』と犬たちが私を取り囲んで急かすんです。なので、捌くのが早くなってしまいました」
「そうなんですか!みんなに取り囲まれるなんて羨ましいです!」
「シェニカ様は動物がお好きですか?」
「もちろんです!犬も猫も馬も、鳥も大好きです。妃殿下はお好きですか?」
「私も大好きです。私室では犬と猫を飼っているんですが、部屋の隣りにある小さな庭ではウサギも飼っているんです」
「わぁ~!可愛い子たちと一緒に過ごせるなんて幸せですね!」
「えへへ。最近子ウサギが5匹生まれたんですが、もこもこで可愛くて」
「子ウサギちゃんですか!可愛い~!おとなしい子達なんですか?」
「お母さんウサギが近くにいる時は大人しいのですが、いないと暴れまわって遊んでいるんです。キャベツをちらつかせると、小さな毛玉がわらわら~って来るのが可愛くて」
「想像するだけでも可愛いっ!」
シェニカと妃殿下は話が合うのか、食事をしながら楽しそうにご夫妻の部屋に住む動物の話をしている。その様子を自分の隣にいるファーナストラ殿下は、嬉しそうに見ながらサンドイッチを豪快に齧っている。
「スァンの楽しそうな顔を見れて嬉しいなぁ」
殿下の小さな呟きは、おしゃべりに夢中な2人には聞こえていない。
スァン妃殿下は、平民出身ということもあって民衆の高い支持があるのだが、多くの貴族たちが、将来の王妃となる場所を平民風情に奪われたと感じている。
加えて、妃殿下は平民出身ゆえに貴族に対抗できるような後見がないことから、『獣の血を好む野蛮な女』とか『殿下をたぶらかした下賤な女』と蔑む貴族が多い。
将来の王妃となる王太子妃は、その立場が決まった時から相応の品のある言動や知識、立ち居振る舞いが求められる。そういった妃教育は短時間で出来るものではないからこそ、陛下の代までは貴族から王太子妃が選ばれてきた。
しかし、陛下が王太子でファーナストラ殿下がまだ2歳の頃。
地方で行われた夜会の席で、嫉妬にかられた末に我を失った公爵家の令嬢が、幼少時から仲の良かった子爵家出身の王太子妃を、テラスから突き落として殺害するという事件がおきてしまった。
貴族たちの中でも一番古い歴史のあった公爵家は取り潰しとなり、令嬢は斬首刑、親兄弟及びその子らの身分は貧民となったが、事実上の罪人として死ぬまで戦場跡の死体の片付けをすることが命じられた。
事件の発端は、その令嬢が『身分は自分の方が高いのに、なぜ自分が見初められても側室としてしか扱われないのか。子爵家の娘よりも格下になるのはおかしい。自分も王宮に迎えられたら、王太子妃の座を譲るのが当然だ』と歪んだ考えを持ったことだった。
しかし、それを聞いた多くの貴族たちが、令嬢の気持ちも分からないではないと一定の理解を示したため、陛下は新たな妃や愛人の話をする貴族らを毛嫌いして距離を置いた。そして、陛下は今に至るまで新たな妃を娶ることはなく、殿下以外に陛下の子は生まれなかった。
その経験からなのか、陛下は殿下に『人間はいつ死ぬか分からないのだから、身分を問わずに好きな相手と結婚して良い』と言い、殿下が平民出身の妃殿下と結婚することを許可した。そして、陛下は自分の二の舞にならぬように、妃殿下に民衆の前には出ても、貴族たちが集まる場には最低限の出席で良いと発言した。
今までそういう世界とは無縁の世界で生きてきた妃殿下に、将来の王妃としての教育がまだ不十分で、立ち居振る舞いにぎこちなさがあったり、王族らしさが備わっていないことは、民衆には当然のこととして受け入れられる。
だから、地方視察などでは民衆は温かい目で見守っているのだが、王妃になる機会を失った貴族たちは黙っていない。
貴族たちは妃殿下の不十分さを弱みと見て、妃殿下がいる前でも『国のさらなる発展のため、大国の王太子妃が粗相を犯して他国の王族に嘲笑されないためにも、社交界での経験と実績、確かな地位や身分を持つ親の後見のある妃を持った方が良いと思います。アビシニオン王子がお生まれになりましたし、側室をお迎えになってはいかがでしょう』と、こぞって殿下に迫っている。
そんなことを堂々と言われて殿下も不愉快極まりないのだが、実際のところ、妃殿下は他国の王族と顔を合わせる場面も多いため、成長を悠長に構えているわけにもいかない。だから、殿下は怒りの感情を抑え込んで、「側室はおいおいに」と言葉を濁している。
妃殿下はそんな状況に置かれているため、妃教育に励みながらも、いつも不安で押しつぶされそうになっているが、貴族たちが口を出してくることは結婚前から分かっていたことだ。
しかし殿下は『最初は苦しい思いをさせてしまうが、時間をかけて実績を積んでいけば必ず解決する。どうか自分を信じて結婚して欲しい』と説明し、結婚を断り続ける妃殿下の元に何度も通い、最後は土下座で頼み込んで結婚してもらっている。
大事な妃殿下を、迎えた側室が暗躍して殺してしまうかもしれないから、殿下は外野になんと言われようと「側室を持ちたくない」と考えているのは、妃殿下だけでなく陛下も分かっていらっしゃる。
陛下も妃殿下の味方なのだが、貴族たちをはぐらかす状態が続けば、殿下に対する貴族の不満が増して後々クーデターが起きる可能性がある。それを避けるためにも、妃殿下が殿下の庇護から離れて『王太子妃』として立派に成長し、また、有力貴族を黙らせる功績や後見を得て欲しいと見守っていらっしゃるのだが。
貴族たちを納得させるだけの功績や後見を得るのは、そう簡単なことじゃない。
それは殿下だけでなく妃殿下自身も承知しているから、いつも心労を抱えているような状態だし、王宮に出入りを許された貴族たちと仲良くなる機会もない。
そんな孤立したような状態が続いている中で、シェニカと自然体で会話が出来ている姿を見ると、殿下も嬉しくてたまらないのだろう。
「へぇ~!妃殿下は猪肉のベーコンを作るのが得意なんですか。すごい!」
「スァンの作る猪肉のベーコンは絶品でさ!シェニカ様に是非食べさせたいなぁ。よし!シェニカ様が居る内に猪狩りに行くか!」
「殿下、この前ヴェンセンク様と陛下に、狩りは半年後まで禁止と言われたのではなかったのですか?」
「あぁ!そうだった。後でお願いしてみよう。でも却下されるかなぁ……」
「あ、食後のレモンティーは私が淹れます」
給仕がやろうとしていたお茶の準備を妃殿下が引き継ぐと、妃殿下は鼻歌でも歌いそうなほど明るい表情でポッドに茶葉を入れている。
その自然な姿を見ると、つい先程まで緊張で押しつぶされそうになっていた姿が懐かしくなるほどだ。
「どうぞお召し上がり下さい」
妃殿下が全員にレモンティーを配ると、シェニカはさっそくカップを手に取り、立ち上る爽やかな香りを楽しみ、一口飲んだ。
「わぁ~。このレモンティーも美味しいですね。爽やかな味と香りが美味しいです」
「このレモンティーに使われているレモンは、私の実家の木に実ったものなので、シェニカ様に褒めてもらって嬉しいです。
随分長い朝食になってしまいましたが、まだお時間大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です」
「もしよければ、紅茶を飲み終わったら、あっちでお膝に猫を乗せてお話しませんか?」
「喜んで!妃殿下のご実家の犬の話もお聞きしたいです!」
紅茶を飲み終えると、妃殿下とシェニカはおしゃべりしながら、昨晩晩餐会が行われた中庭の噴水前まで歩いた。
噴水を囲む背もたれの無いベンチの上で、仲良く寛ぐ老猫を2匹がいる席を見つけた妃殿下は、1匹を抱えるとベンチに座った。シェニカも同じ様にもう1匹を抱えて座ると、おとなしい猫を膝の上に置いて嬉しそうに撫で始めた。
「うふふっ!君はもふもふだねぇ。あ、首輪にリンゴって書いてある。リンゴちゃん、はじめまして。私はシェニカっていうの。なでなでさせてね~。そっちの子も可愛いですね!」
「こっちの子はビワという名で、リンゴとはずーっと仲良し夫婦なんです」
「年をとっても仲良しなんて、素敵ね~!」
シェニカと妃殿下は、今度は猫を撫でながら、妃殿下の狩猟犬の話、シェニカの実家にいる牧羊犬などの動物話に花が咲いている。
「女ってよく喋るよなぁ。そんなに長く喋る内容なんて浮かんでこないんだが」
「初対面なのに、久しぶりに再会した友人のように話題が尽きないのはすごいですね」
2人から少し離れた大きなベンチに、自分の右に殿下、左に『赤い悪魔』が距離を置いて座ったのだが、お喋りをする2人とは対照的に、男3人のこちらは誰も喋らない。
「へぇ~!シェニカ様はハーレム牧場を作るのが夢なんですか。面白そうですね!」
「ハーレム牧場にいる可愛い子達は私が呼んだら来てくれて、一緒にお散歩して、一緒に寝てくれて……。えへへ。夢はすごく大きく膨らんでいるんですけど、なかなかメンバーが集まらなくて。ナンパって難しいですね。あ、リンゴちゃん、行かないで~!」
シェニカの膝の上で大人しくしていた猫は、彼女の膝の上から飛び降りると、隣に座る妃殿下の足元に身体を擦り寄せ始めた。
「やっぱり妃殿下のナデナデの方が気持ちいいのかな?」
「もしよければ。私のことスァンって呼んでくれませんか?」
「じゃあ私のこと、シェニカって呼んで下さい!よかったらお友達になりません?」
「本当ですか?嬉しい!」
「なんだか初めて会ったなんて嘘みたいに、楽しくて、面白くって!」
「私も同じです!令嬢方や地元の女の子に狩りの話しても、気持ち悪がられるばっかりだったけど、まさかこんなに盛り上がるなんて!」
「よかったらカケラの交換しませんか?」
「いいんですか?嬉しいっ!」
シェニカと妃殿下がカケラの交換を始めると、ファーナストラ殿下は口を半開きにして何度もまばたきをした。
「嘘だろ。さっき会ったばっかなのに、スァンがシェニカ様と友達になって、カケラを交換したぞ。どういうこと?」
「シェニカ様も平民のご出身ですし、貴族が苦手なようですから、妃殿下と気が合うのかもしれませんよ」
「ただ紹介するつもりだけだったのに。こんな状況になろうとは想像してなかったけど、スァンに友達が出来たのは素直に嬉しい」
この先、妃殿下が何かで失敗してしまっても、貴族たちが今までのように厳しい意見を言えば、妃殿下からシェニカに愚痴や悪口を言われるかもしれない。
そうなってしまうと、シェニカはその貴族に悪印象を抱く可能性が高いため、将来その貴族が彼女に接触する機会があっても親しくなることは難しい。
シェニカとの繋がりを失う可能性なんて作れないから、国内貴族はシェニカとの繋がりが出来た妃殿下に冷たい態度など取れない。
また、妃殿下がシェニカとの繋がりを持っていると他国にも知れ渡れば、自分たちにシェニカを紹介してもらうため、また、シェニカに自分たちの国へ立ち寄るよう妃殿下から言ってもらえるように、他国の王族や貴族らも妃殿下にゴマをするようになる。
シェニカと友達になってカケラを交換したということは、大きな功績の1つを得たと同時に、シェニカの後見を得たことにもなる。だから、殿下に側室を迫る理由もなくなった。
妃殿下の孤立と不安定な状況に心を痛めていた殿下は、妃殿下に友達が出来て嬉しいと同時に、すべての問題をクリアしたことになるから、心底安心しただろう。
シェニカと友人となってカケラの交換をする、ということにこれだけの価値があるのだから、ウィニストラがシェニカと繋がりが出来た、そして自分とシェニカが親しい関係になったと他国が知れば、自分たちもシェニカと友好関係を築き、繋がりを強固なものにしたいと躍起になるだろう。
シェニカの行く先には、多くの思惑が渦巻いている。
小国だけでなく、サザベルやジナ、ドルトネアが黙っているとは思えないし、トラントで見たヘルベの不自然さや、行方不明のトラントの残党らの存在も引っかかっている。
今後の鍵を握る人物の1人である『赤い悪魔』を見ると、彼は腕を組んで目を閉じ、つまらなそうな空気を滲み出していた。
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