天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第18章 隆盛の大国

18.幸せなデート

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■■■前書き■■■
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
頂いた応援は更新の励みになっております。

大変お待たせしました!
今回はシェニカ視点→ファズ視点になります。

デートの話が思った以上に長くなってしまったので、2つに分けました。(本日2話更新です)

■■■■■■■■■



「では着替えてきますので、部屋で待っていて下さいね」
「うん、分かった」

ルクトはバルジアラ様との手合わせが終わった後、いつもと同じ無表情で、心の中で何を思っているのか分からなかったけど、ディズの言う通り落ち込んでいるだろうと思った。
手合わせのことについては触れずに、ルクトに話しかけた方が良いのかと思って話題を探してみたけど、結局見つからないまま部屋に戻ってしまった。
隣のルクトの部屋をなんとなく気にしながらソファに座ると、随分軽くなった鞄を床に置いて、額飾りの上からスカーフを巻いた。


「こんなに鞄が軽いなんて、いつぶりだろう」

この3年の旅を振り返ってみると、ダーファスの神殿で旅立ちの準備をしていた時のことを思い出した。
あの時は1人前として社会に出るワクワクドキドキした気持ちと、ちゃんと1人でやっていけるだろうかと不安が入り混じっていたっけ。


「せっかくだから、鞄の中を整理しようかな」

治療院で子どもたちから貰った宝物や毛布、お菓子、携帯食料、魔導書などを取り出していると、あっという間にテーブルがいっぱいになった。
その中でも、危険を教えてくれた『親愛の鈴』と、一番最後に出会ったコッチェルくんを手にとり、それぞれの頭をなでなでしてみた。


「『親愛の鈴』にはお世話になったし、コッチェルくんは特に可愛いから、寝る時にコンパクトと並べてサイドテーブルに置いておくね。テーブルの上なら、私の下敷きにならないから大丈夫だよ」

コッチェルくんと『親愛の鈴』をギュウ~っと抱きしめながら、テーブルの上に広げた鞄の中身を改めて眺めていると、寝袋を買わないといけないということに気付いた。
寝袋は旅を始めた時から必需品として準備していたけど、ルクトとの関係が恋人に変化した時、毛布の中で抱き締め合って眠るからと処分したんだっけ。
ルクトと恋人という関係を解消したのはついこの間なのに、随分時間が経ったように感じてしまう。


「ポルペアでルクトと別れたら、そのあとの護衛はどうしよう。シューザに手紙送ってみるかなぁ」

レオンは戦場に戻ったり、コロシアムに出たいだろうから、護衛としてお願い出来るのは短期にした方が良いだろう。でも、治療院を開きながらポルペアまで行くのは結構時間がかかりそうだから、馬で移動するのも良いかもしれない。



「シェニカ、迎えに来ました」

鞄の中に荷物を詰めた後、お気に入りのコンパクトでスカーフや右耳のピアスを眺めていると、扉の向こうでディズの声がした。


「はーい」

バタン。ガチャ。

すぐに鞄を背負ってドアをガチャッと開けたら、目の前にいるのはディズではなく、メガネをかけた初めて見る若い男性だった。
ディズだと思って扉を開けたから、目の前に知らない人がいると、頭の中にトラントに向かう時に受けた夜襲の記憶が蘇ってきた。だから、思わず目の前にいるのは危険な人なのではないかと思って、扉を閉めて鍵をかけた。


「……どちらさまですか?」

部屋の前の廊下には、ディズの副官の誰かや警備の人達がいるから、ここに不審者は入ってこれないと思う。それに、もし怪しい人だったらルクトが外に出てきても良さそうだけど。廊下でルクトの声はしないから、彼はさっきのメガネの人を不審者と判断していないということだろうか。


「私ですよ」
「ディズ?本当に?」

不安で頭がいっぱいになって、振り絞った小さな声で扉越しに尋ねると、間違いなく返事はディズの声だった。
部屋に張っている結界から出ないように鍵を外し、少しだけ扉を開けて恐る恐る外を確認してみると、目の前の男性は青い目を細めてプッと小さく笑った。


「ええ。よく出来ているでしょう?フレームだけのメガネと付け髪をしているんです」

ディズはそう言うとメガネを外し、扉を大きく開けた私にニッコリと微笑んだ。
普段、彼の髪は前と後ろから見ても長すぎず、耳にかかる部分だけ揺れるピアスを隠すくらいの長さがある。
でも、今はその髪先辺りに小さな銀のヘアカフスがくっついていて、そこから一房の長い金髪が胸元に下りている。彼にはそんな長い髪なんてないと思ったけど、付け髪をしていたのか。

視力が悪くなると白魔道士に治療を頼めば元に戻るものの、老眼といった加齢によるものは魔法を使っても多少良くなるだけで元には戻らない。だからメガネをかける人は、白魔道士による治療を待つ人か、老眼の人だけ。でも、フレームだけのメガネをオシャレ感覚で身につける人もいる。


「随分と印象が変わるんだね」

彼は黒のレースアップシャツの上に、膝裏まであるミントグリーンの上着を羽織った、ちょっと小洒落た格好だ。
黒の服は、胸元から鎖骨まで開いた部分を紐でゆるく交差させているから、紐の隙間から肌が見えているし、結ばずに紐を垂らしているだけという、なんだかゆるい感じだ。普段きっちりしている彼の姿からは想像出来なかった服装に正直驚いた。

剣を持っていないし、階級章も身に着けていない。メガネをかけているし、髪型も違うからディズとは分からないと思う。


「あ。今日はお花模様のお洋服なんだね。とっても似合ってるよ!」
「チチッ!」

ディズの胸元の紐の隙間から顔を出し、彼の手のひらに出てきたユーリくんは、薄ピンク色の生地に白や黄色の小花模様のシャツを着ている。可愛らしい姿にすっかり緊張も取れ、扉の外に出るとセナイオル様以外の副官の人達も軍服を着ていなかった。


ーーファズ様は王太子とは違った力自慢のマッチョな漁師みたい。
ファズ様は胸の厚みがくっきり浮かぶようなピッチリした黒いTシャツを着て、その上から腰まである網のような青色の上着を羽織っている。髪が見えないほどすっぽりと赤いターバンを巻いているけど、顔も引っ張ったのか普段よりも目が吊り上がっている。
ピッチリしたシャツ、網のような上着、ターバンという格好からか、王太子と一緒に漁に出ていそうな光景が目に浮かんだ。


ーーアヴィス様は小悪魔系ってやつだろうか?ちょっとワルな感じがするのに、ニット帽の可愛いうさぎさんのアップリケが可愛い!
アヴィス様は白の長袖シャツのボタンを胸元まで開け、その上に膝まである長い黒のベストをボタンを閉めずに着崩したようにしている。無表情で話しかけにくい印象を受けるアヴィス様だけど、いつもは束ねている水色の髪を下ろし、クリーム色のニット帽を被っている。帽子の正面には可愛いピンクのウサギさんのアップリケがあって、クール&キュートって感じだ。


ーーアクエル様って、デキル画家って感じでなんか様になってるなぁ。
アクエル様はたくさんの絵の具がついた白いシャツとモスグリーンのダボッとしたズボンを穿き、膝裏まである黄土色の長い上着を着ている。直線的な服装だけど、絵の具のついたシャツとズボンのせいか、ストイックな画家のような姿に見える。髪と同じ焦げ茶色のベレー帽の上には、作り物の紅い葉っぱがもっさりとのせられているから、森の中で紅葉の絵を夢中で描いていたみたいだ。


ーーラダメール様はライオン似の頭が、ツンツンなハリネズミになってお洒落だし、何よりリスのシャツがカッコいい!
ライオンのたてがみのようなもっさりとした髪型が特徴だったラダメール様の黒髪は、ハリネズミのようにツンツンに固められて天を指している。その髪にも注目してしまうけど、同じくらい気になるのが腰まである長い黄色のTシャツにあるオオカミリスが威嚇した可愛い刺繍だ。
今にも飛びかかってきそうに姿勢を低くして牙を見せる茶色のリスの背後には、赤い炎が刺繍されていて、可愛いユーリくんがかっこいい感じで描かれているようだ。とっても素敵なシャツだけど、どこで売っているのだろうか。

どの方も、見慣れた軍服じゃないからか、髪型が変わっているからなのか、同じ人だと分からない見事な変装だと思う。


「ファズ様達も着替えたんだ。何だか印象が変わって、すれ違っても分からないかも」

「今まで何度も変装をして出歩いていますが、バレたことはありません。安心して下さい」

「セナイオル様は着替えないの?」

「彼は同行せずに留守番なんです」

「あ。ディズもお仕事が溜まってる?」

少し離れた所に立っているセナイオル様だけは青碧色の軍服姿で、変装している様子もない。1人でお留守番ということは、仕事が溜まっているのだろうか。セナイオル様がそうなら、ディズも仕事が溜まっているということなのだろう。
もしそうなら、私は彼の邪魔をしてしまっているから、城下に出るのは控えた方が良さそうだ。


「セナイオルは変装に向かないのでお留守番をするだけですよ。
シェニカの部屋は厳重に警備していますから、鞄は置いても大丈夫です。
それと。今日はローブを脱いで、スカートにしませんか?」

「あ、うん。ちょっと待ってて」

衣装部屋に入ると大きな姿見の前に鞄を下ろし、ローブをハンガーにかけ、ズボンを脱いでスカートスタイルに変えた。
スカートスタイルもズボンスタイルも両方素敵だけど、ディズはスカートが良いということなのだろうか。


「ふふっ!スカートって女の子って感じでいいな」

鏡の前でくるりと一回りすると、スカートがふわりと膨らんだ。その膨らみが自分のワクワクした気持ちと重なる気がして、なんとなくもう1周回ってみた。


「おまたせ」

さっきまでいたユーリくんはポーチに戻ったのか、彼の手にも胸元にも居なかった。ユーリくんにも可愛いスカート姿を見て欲しかったのに……。残念。


「スカート姿もとても似合っています。では行きましょうか」

ディズはとても嬉しそうに微笑むと、セナイオル様の先導で廊下を歩き始めた。
それにしても、どうして天使のような麗しい顔立ちのセナイオル様が変装に向かないのだろうと、考えてみてもよく分からない。だから、セナイオル様がファズ様達のような変装した姿を想像してみた。

セナイオル様も副官を務める上級兵士だから、きっと筋肉質だと思う。だからファズ様のようなマッチョな格好をしてもおかしくないと思うけど、美形の男性がマッチョな格好をしていても、やっぱりカッコ良いと思う。
アヴィス様のようなお洒落な格好をしても様になるし、アクエル様のような画家風のファッションも、ラダメール様のような可愛い服を着ている姿を想像したみたけど、かっこよさは変わらない結果になった。これではセナイオル様が上級兵士と分からなくても、そのかっこよさで女性たちが押し寄せてきそうだ。
目立たないように変装するのだろうから、変装しても結局目立つのなら向かない。ディズはそういう意味で言ったのだと納得した。



「いってらっしゃいませ」
「いってきます」

セナイオル様に見送られて昨日と同じ王宮の北門をくぐると、この日もやっぱり大きな通りを歩く人はほとんどいなかった。


「こっちの方角って、どうしてこんなに人が少ないの?」

「すぐそこに職人街があるのですが、用のある人しか行きませんし、その裏手側には貧民街があります。東エリアに大きな市場があるので、みんなそちらに行ってしまうんです」

「そうなんだ。今からどこに行く?」

「シェニカからもらったカケラをピアスに加工したいので、まずは職人街に行ってもいいですか?」

「うん、いいよ」

ディズと並んで大通りを一歩踏み出すと、ディズが嬉しそうに私の右手に左手を重ねてきた。ポカポカした温かさに誘われるように手を開くと、少し硬い指が私の指の間に滑り込んできた。


ディズは繋いだ手にキュッと力を入れると、1階が工房になった2階建ての建物が連なる小道を進んだ。
真っ赤になった平べったい物体を金槌でカンカンと鍛えている鍛冶屋さん、馬用の武装道具を作っている工房、髪飾りや指輪などの装飾品を作っている工房、鍵を鋳造する工房があったりと、小道の両脇にはたくさんのお店が並んでいる。
どの店も大きな音を立てて作業をしているからなのか、店の中での普通の会話が怒鳴り声のような大きな声で響いていた。


「いらっしゃいませ」

ディズは『イニドラ装飾品店』という看板がかかったお店に入ると、繋いでいた手を放して店の奥にあるカウンターに向かっていった。
カウンターの向こう側で作業をしていたらしい日焼けした青年がカウンターの前に立つと、ディズと何やら話し始めたから、私は店内に飾られているネックレスやピアス、指輪を眺め始めた。


ーーこのお店ってピアスや指輪、ネックレスに使われる宝石は小ぶりなものが多いけど、土台の金や銀に緻密な装飾が彫られていて、すごく上品で素敵!でも、指輪は大きめだし、ネックレスは少し大ぶりのものが多いから、男性向けの装飾品のお店なのだろうか。

そんなことをぼんやりと思いながら陳列棚を眺めていると、女性物のベルトのような細めの革紐に、規則的に宝石を嵌め込む台座がついた装飾品を見つけた。ベルトに宝石をつけると使いにくいと思うんだけど、これはどういう風に使うのだろうか。
いろんな角度から眺め、ベルトにしては短いなぁと思っていたら、いつの間にか背後にディズが立っていた。


「それが気になりますか?」

「これ、なんだろうって思って」

「それは交換した『繋ぎの結晶』のカケラを嵌めて、腕や手首に巻きつける腕輪なんですよ」

「へぇ~!」

「最近はほとんどの人が結晶を作るようになったので、交換するカケラも多くなりました。
紛失したり誰がどのカケラなのか管理できるように、専用の小物入れが作られたりもしているのですが、カケラは宝石のような美しさをもつものもありますから、こうして腕輪にしたり、ネックレスにしたりなど装飾用にすることもあるんです。
その腕輪の裏側にカケラの持ち主の名前を先の尖ったもので記せば、誰のカケラなのか悩む必要もないんですよ」

「そうなんだ。ディズって詳しんだね」

「そうだ。シェニカの指のサイズを測らせてもらっていいですか?」

「え?あ、うん。いいよ」

ディズは陳列棚の隅の方に置いてあった輪っかが束ねられたものを持ってくると、私の左の薬指に次々と輪っかを嵌め始めた。
何度か繰り返してピッタリの輪っかを見つけたディズは、嬉しそうに微笑みながら私の右耳に手を伸ばし、ピアスに優しく触れた。


「とてもよく似合っています」

「あ、ありがとう……」

ディズはピアスに触れていた手を私の左手の薬指に移すと、付け根部分を包み込むように何度も優しく指で触れ始めた。その間もずっと彼は私を見たままだから、なんだか照れくさい。でも、青い目から視線を逸らせなくて、お店の人が『おまたせしました』と声をかけるまで、結構な時間見つめ合う状態が続いた。


「ディスコーニ様。お幸せそうで私も嬉しいです。本当におめでとうございます」

「イニドラさんのおかげで素敵なピアスに仕上がりました。ありがとうございます」

カウンターに向かったディズに日焼けの男性が満面の笑みでそう言うと、彼は受け取ったピアスを右耳につけて、青年が持ってきた手鏡を眺めた。
そしてディズが私のところに来ると、付け髪を耳にかけて、私のカケラが嵌った銀のピアスを私に見せてくれた。
カケラの周囲には旧字にも似た独特の模様が刻まれていて、色は銀と透明しかないけどとても上品なピアスだ。左右のピアスのカケラの色が違うと変かと思ったけど、違和感なんてないどころかとてもオシャレだ。


「とっても素敵ね」

「大切にさせていただきます」

「私もディズのピアス、大事にするね」

「ありがとうございます。これから行きつけの串焼き屋さんと、甘味屋さんに行きませんか?串焼き屋はここから近いんです」

「行く!」

手を繋いでお店の外に出ると、また別の小道を歩き始めた。馬車が1台通れる程度の幅しか無い道だけど、周囲を見てもファズ様達が居ない。


「ファズ達は一定の距離を取っていますが、近くにいますよ」

「そうなんだ。気配が読めるって凄く便利だし、心強いよね。どうやったら気配って読めるようになるのかな」

鍾乳洞でディズが気配を察知しながらトラント兵を無力化してくれたし、アステラ将軍が気配を感知する範囲も分かった。私も気配を読めるようになれば、自分で危険に対処出来るかもしれないのに。


「簡単なのは悪意や敵意に常時晒されることですが、シェニカがそんな状態になったら、それはすでに深刻な事態に巻き込まれています。人には向き不向きがありますので、無理をする必要はありませんよ」

悪意や敵意に常時晒された状態というのは、ベラルス神官長とアステラ将軍に襲いかかられた時のような状態だろう。
常時あんな状態が続くとなると、私じゃとても耐えられそうにない。でも、ディズやルクトはそういうのを経験して、習得したんだろうな。


「ここが行きつけの串焼き屋『ガンテツ屋』です。どの串焼きも絶品なんです」

「すごく良い匂いがする~!美味しそうっ!」

職人街を通り過ぎ、小道を何度も曲がった先にあったのは、軍の敷地とを隔てる高い壁と貧民街の壁に挟まれた広めの袋小路で、その一番奥にこじんまりした木製の出店が1軒あった。
そのお店には『ガンテツ屋』という看板が掲げられていて、店の端から端まである2列の長い焼台からは、食欲を刺激する美味しい匂いが煙となって空に向かっている。

そのお店の周辺には丸いテーブル席が5つ、高い壁にもたれかかるように置かれたすごく長いベンチが1つあって、レオンのような身体の大きさで、額のねじりはちまきがすごく似合う大将が忙しそうに串焼きを焼いている。
その後ろには私と同じくらいの背丈の女の子がいて、焼く前の串焼きに何かをふりかけて味付けをしているようだ。


お店の前にあるメニューが書かれた板を見れば、定番の鶏もも串だけでも甘辛ダレ、スパイシータレ、塩味、醤油味、激辛、さわやかハーブ味、梅肉ダレ、わさび、にんにく味噌など、たくさんの味の種類がある。食材が鶏肉、豚肉、牛肉、羊肉、鴨肉、海鮮などいろいろあるのに、どれも1本銅貨1枚という激安だ。他にお酒や枝豆やチーズ、酢の物といったオツマミもあるけど、それもすごく安い。
そんなに安いなら1つが小さいのかと思って焼台を見てみると、銅貨1枚じゃ赤字じゃないの?と思うようなボリュームで驚いた。



「へい、らっしゃい!」

「私は鶏もも串を甘辛ダレで2本お願いします」

「じゃあ私は鶏もも串をスパイシータレで1本、イカ串を甘ダレで1本お願いします」

お金を払おうと繋いだ手を放そうとすると、ディズが手にギュッと力を入れた。どうしたのかと思って彼を見上げると、ニッコリ笑った彼がいつの間にか空いた手でお金を払ってしまった。


「ありがとう」
「空いてる席で待ってておくれ!」

私のお礼の言葉は大将の大きく明るい声にかき消されたけど、ディズにはちゃんと伝わったのか、微笑み返してくれた。
彼にはローブやスカーフとか、お礼という名目で色々とおごってもらってばかりだからとても申し訳ない。今度は何を贈ればいいかなぁと思いながら、なんとなく大将の隣でタレの調合を始めた女の子を眺めてみた。
薄茶色の前髪が目を覆うほど長く、物静かな感じがするこの女の子は、随分と幼い気がするけどまだ未成年なのだろうか。大将は何も指示を出していないのに、無駄のない手付きの良さで味付けをしているから、小さい頃からお手伝いしているのだろう。


ディズに案内されて長いベンチに座ると、草色の軍服を着た兵士が3人やってきて、大将に注文をし始めた。


「ここは私だけでなく、ファズ達やバルジアラ様も来るお気に入りのお店なんです」

「匂いだけでもご飯がすすんじゃいそうね。楽しみ!でも、すごく安いけどなんでだろう?」

「このお店は大通りから見えない場所ですし、貧民街がすぐ隣ということで場所代がかからないからこそ低価格を実現しているそうです」

「そうなんだ!他の軍の人も食べに来てるから、知ってる人は知ってるお店なんだね」

ディズと他愛のない話をしていると、3人の兵士は丸テーブルの1席に座った。


「お嬢ちゃ~ん。いつもの!」

兵士が慣れた様子でお店の中にいる女の子に声をかけると、女の子は大きなガラス瓶とソーダが入ったコップ3つをテーブルに持ってきた。
お金をもらった女の子は、走る残像すら残らないすごい速さでお店の中に戻ると、今度はお皿にてんこ盛りになった枝豆を持ってきて、テーブルにお皿を置くとまた一瞬でお店に戻っていた。


「今は昼休憩中だからソーダしか飲めないけど、夜は飲みに来ようぜ!」
「だな~!戦勝祝なんだから、パ~っと飲まないとな!」
「じゃ、早速行くか!我が国の勝利を祝して!かんぱ~い!」

ソーダが入ったコップを掲げた3人は乾杯をすると、ゴクゴクと一気飲みをして枝豆を食べ始めた。


「ディスコーニ様って、将軍になったばっかりなのにすごいよなぁ。俺も軍人として武勲を立てたいけど、持って生まれたものが違うのかな」
「俺の上官、ディスコーニ様と士官学校が同じだったらしくてさ。色々話を聞いたけど、ディスコーニ様って成績は卒業までずっと普通だったらしいぞ」
「マジか!じゃあ、やっぱりバルジアラ様のご指導の賜物なのかな。バルジアラ様って、下級兵士から指名して部隊に入れるんだろ?俺も指名されないかなぁ」
「目に留まる機会って、どこであるんだろ」
「う~ん。わっかんねぇなぁ」


「バルジアラ様って人気なんだね」

「そうですね。厳しい方ではありますが、人たらしでもある方なんです」

ディズは何か思い出したのか、プッと笑いながらそう話した時、女の子がお皿を2つ抱えて歩いてきた。


「あ、あの。お待たせいたしました」

女の子が遠慮がちにそう言って、湯気のあがるお皿を私とディズに差し出した。それを受け取ると、お礼を言う前にあっという間にお店に戻ってしまった。
彼女は走って行ったと思うけど、まばたきをした時にはお店に戻っていたくらいの速さだった。
物静かそうな見た目からおっとりした子なのかと思ったけど、びっくりするくらいの俊足の持ち主のようだ。


「ではいただきましょうか」
「そうだね。いただきま~す!」

まずは鶏もも肉のスパイシータレの串焼きを手に取ってみた。お肉は唐揚げくらいの大きさで、1口じゃ入りきれないから、口を大きく開けてかじってみた。


「美味しい!スパイシーでお酒と合いそうね!」

赤いスパイシータレは、よく見ると赤やオレンジ、えんじ色といったたくさんの粉末がトロリとしたタレの中に浮いている。エアロスが作ってくれたスープで感じたスパイシーな味と似たところがあるから、きっとこだわりの香辛料を使っているのだろう。ほどよい辛味と生姜の味、後味には少しピリッとする山椒が良いアクセントになった食欲を刺激するような風味だし、表面をパリッと焼いたぷりぷり食感も美味しいから、お腹がいっぱいでも手が出てしまいそうだ。


「お酒も注文できますが、頼みますか?」

「ううん、大丈夫」

「こっちの鶏もも串も一口どうですか?」

「じゃ、私のと交換しよう!」

ディズと交換した甘辛ダレも、トロリとしたタレに赤い粉末の唐辛子が浮いている。スパイシータレよりもシンプルな味わいのディズの串焼きも、すごく美味しかった。

スパイシーな味がする串焼きを1本食べても、口の中が辛さで麻痺することもないから、バランス良く辛さが調節されているのだろう。


「イカは甘ダレの中に少し入ってる山椒が効いてて美味しいね!こんなに美味しいと毎日通っちゃいそう」

「味付けが豊富なので、通い続けても飽きないんです。メニューにない味の要望があれば、受け付けてくれるんですよ」

「そうなんだ。とっても良いお店ね」

串焼きを食べ終わると、また手を繋いで東のエリアに向かって歩き始めた。





ガンテツ屋を出て東の商人街に向かって歩いている姿を、自分たちは離れた場所から見守る。
地位や身分が分からないようにしているから、手を繋いで歩くお2人は、どこからどう見ても仲睦まじい恋人同士だ。


「あぁ……。豚バラの塩が食べたい。夜になったら買ってくるよ。ファズは何が良い?」
「俺はつくねを激辛で。ラダメールは?」
「俺は牛肉のにんにく味噌。アヴィスは?」
「俺は鶏もも肉の塩!しかし、『赤い悪魔』が不憫に思えてしょうがないな」

アヴィスはそう言うと小さくため息を吐いた。
自分たちの更に後ろを歩く『赤い悪魔』は、シェニカ様が貴賓室を出てしばらくすると部屋から出てきた。
彼は以前のように虚ろな目をしているわけではなく、無表情だが意識ははっきりしている様子に安心したが、彼は主従の誓いの影響で離れられないらしく、ラーナの時のようにお2人を見続けるしかないようだ。

身分が平民の傭兵である彼が、高い地位と文武両道を兼ね揃えたディスコーニ様に勝てる要素が見つからず、不憫に思えて仕方がない。


この先、彼がディスコーニ様のライバルとなるのだろうか。それとも、ポルペアを出る頃には、彼はシェニカ様のそばを離れることになるのだろうかと考えていると、商人街が近い影響で大通りは混雑し始めた。
人混みで離れ離れにならないようにするためか、ディスコーニ様はシェニカ様の腰に手を回して密着して歩き、会話する時は見つめ合っている。


「見つめ合って幸せそうだなぁ」
「羨ましいなぁ」
「俺たちっていつまで経ってもモテないなぁ。政略結婚より恋愛結婚が良いけど、セナイオルは副官になった途端、貴族の令嬢達からひっきりなしに縁談が入るのに対し、俺たちなんて全然音沙汰ないし」
「セナイオルは興味ないらしいけど、周りがほっとかないからな。俺達にも1度くらいはモテ期が来てもいいと思うんだけどなぁ」
「だよな!俺たち政略結婚の縁談すら入ってこないし」
「セナイオルが結婚しないと、俺達に順番回ってこないだろうな。はぁ」
「でもさ。ディスコーニ様を見ていたら、一生に一度の恋愛をするまで、ずっと童貞を大事にして運を溜め込んでいた方が良いかもと思う」
「あ~。そういう風に考えれば前向きになれるな!」
「童貞を大事にしろって部下に教えないといけないな」

4人で幸せそうな上官の後ろ姿を見ながら歩き続けると、2人は市場に近い小道を歩き、古ぼけた甘味屋に入った。
その店は若者向けのオシャレな甘味屋に客足を奪われているからなのか、この周辺一帯が戦勝で賑わっていても客は1人もいない。

ディスコーニ様は店内をウロウロしていた腰の曲がった老婆に何かを注文すると、店の真ん中にある丸テーブルにシェニカ様と向かい合うように座った。
オープンになっている作業場に入った老婆は、2個の枯葉色の湯呑に熱々の緑茶を入れて低いカウンターテーブルに置くと、次に花器のような平べったい大きめのガラス皿を棚から出した。そこに1口サイズの饅頭を無造作に敷き詰めると、その上から小さなサイコロ状になった深緑色の物体を遠慮なくドバドバと入れ込んで、皿を満杯にした。そして緑一色になった皿の真ん中に生クリームを山のように絞ると、カウンター越しに「おまち~」と声をかけた。

どんな味なのか誰も知らないから、会話を拾おうと4人で注意深く2人の口元に注目した。


「饅頭パフェって初めて食べるや。ウィニストラ名物なの?」

「饅頭パフェはこのお店の名物で、ウィニストラ名物ではないんです。ではいただきましょうか」

「ん~!寒天は玉露なんだ!生クリームと合わせると甘さと苦さが混ざって美味しい!
お饅頭は……。あ、こっちも甘さ抑えめの渋いお茶のアンコなんだ。寒天もお饅頭も、すごくお茶の香りがして甘さ控えめで美味しいっ!」

「生クリームとお饅頭があるので一見するとすごく甘そうに見えるんですが、甘いのは生クリームだけなのでとても食べやすいんです。はい、あ~ん」

「ふふっ!美味しい!じゃ、ディズもあ~ん」

シェニカ様は寒天とクリームを乗せたスプーンを再びディスコーニ様の口元に運んだのだが、それは口を開けて待つディスコーニ様ではなく、ご自身の口の中に収められた。


「あぁ……。そんな……。イジワルをしないで下さい」

食べれなかったディスコーニ様は、残念がるどころか、口元にクリームをつけてしまったシェニカ様にうっとりした恍惚の表情を向けた。


「えへへっ。今度はちゃんとあげるね。はい、あ~ん」

「とっても甘くて美味しいです」

「甘すぎないから、どんどん食べれるね。うふふっ!美味しいもの食べて幸せ~♪」

「愛する人とこんな風にデート出来るなんて。なんて幸せなんでしょうか」

「私もすごく幸せだよ。へへっ」

シェニカ様とディスコーニ様は、『美味しい』『幸せです』など感想を言いながら時折互いに食べさせている。
たまにシェニカ様が食べさせると見せかけてご自身で食べてしまうイタズラをするのだが、その時のディスコーニ様は決まって幸せを通り越した恍惚の表情だ。ディスコーニ様はそんなイタズラが気に入ったのか、シェニカ様がイタズラしてくれないかと期待しているようだ。


「ディスコーニ様の恍惚とした表情、初めて見た」
「なんかこう……。どこからどう見ても幸せそうな恋人同士を見守るって、なかなか大変だな」
「何も食べてないのに胸焼けしてきた……」

「あんなにイチャイチャなのに、シェニカ様はディスコーニ様と一夜を望まないのだろうか」
「もしかしてディスコーニ様が断っているとか……」
「ディスコーニ様の方がシェニカ様にくっつきたがっているから、それはないだろ」
「となると不思議だよなぁ。他の『白い渡り鳥』様なんて、毎晩部屋に愛人を2、3人連れ込んでいるのに」
「確か神殿の報告書では『赤い悪魔』と恋人関係になってからは、2人同じ部屋だったって書いてあったから、その流れでディスコーニ様を望んでも良さそうなのになぁ」
「他の方が訪問なさった時、『もうちょっと節度を持てばいいのに』とか思ったけど、節度があると逆に違和感を持つというか。ディスコーニ様がお相手だからか、じれったい気もする」
「俺も!夜にディスコーニ様が部屋から出てくると、ちょっとこうガッカリするというか」
「絶対出来ないけど、お2人の飲み物に媚薬を入れてしまいたくなるくらいじれったい。あぁもう!って感じでヤキモキする」
「同感!見てるこっちが我慢出来なくなりそう」

4人でそんな風に話していると、パフェを食べ終わったお2人は、また手を繋いで人混みの中を歩き始めた。
自分達の後方を歩き始めた『赤い悪魔』は、お2人が甘味屋にいる間、離れた建物の壁に寄りかかってずっと本を読んでいた。
自分は尊敬するディスコーニ様を応援するが、彼の心情を考えるといたたまれない。でも、目の前で自分の想う女性が別の男と親しくするのは、『白い渡り鳥』様の相手になる以上避けては通れない。

ということは。


そう遠くない未来、ディスコーニ様も同じ状況になるのだろうか。
その相手はディスコーニ様に敵対心を抱く他国の将軍だろうか。


誰が相手になったとしても、仲睦まじいお2人を引き裂くような真似はして欲しくない。
悲しい結果にならないようにするには、どうしたらいいかと考えながら、向かってくる人の波を避けつつ歩き続けた。

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