天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第18章 隆盛の大国

24.腑に落ちない幕引き

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■■■前書き■■■
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
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更新おまたせしました!今回はディスコーニ視点です。

■■■■■■■■■



外に居るシェニカ達が見える豪華な書斎用の椅子に座ると、先程ファズから渡された複数の紙を広げた。

1枚目には、『まず、フェアニーブでの尋問の前に詳細を記した書面が欲しいと、各国から手紙が届いた。それを受け、陛下はその要求に応えろとご命令になった。
トラント国王の話をまとめた書類はこっちで作るが、当事者であるお前の話はシェニカ様の安全に十分配慮しながら作成しろ。あと、キルレ側にフェアニーブでシェニカ様の戦場介入がなかったことの証言と証明書の提出を求めておいた。
次に、エメルバから届いた報告書の写しをそのまま送る。お前の意見が聞きたい』という文字が並んでいた。


前代未聞の事件が故に、世界中の国がトラント国王に質問する機会が設けられたが、時間は限られている。
短時間で的確な質問をするために予め要点を掴んでおきたいから、ウィニストラに書面の提出を求めるのは分かる。それは仕方がないとは思うが、いつも以上に気を使わなければならないから時間がかかる。

通常なら上級兵士達が書き写しているが、今回は内容が機密のため副官達が各国分を書き写さないといけないし、フェアニーブに移動する時間もあるから、すぐにでも作り始めなければならない。


書類が完成するまでは、シェニカと過ごせるのは食事の席と僅かな時間に限られるだろう。彼女の隣で同じ時間を過ごせるのは貴重な機会だから、早く完成させて少しでも多くの時間を得なければ。



書類を運ぶファズに聞こえないように小さな溜め息をついて、2枚目の紙を見た。


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バルジアラ様へ

バルジアラ様がトラントを出発して数日後、トラント領南部を治めるウェーダン男爵から、山中でトラントの王族の可能性がある死体が発見されたと連絡がありました。
確認に向かったところ、イルギット山という小さな山の奥に、ネームタグが溶けるほどの高温で焼かれた多数の骸と、獣に食われた様な惨状の死体が2体ありました。

これらを最初に発見したのは、イルギット山に近い村の村長と村民5名、護衛の傭兵8人で、キノコ採りのために山に入ったそうです。死体を発見した時にトラントの王族が使用する家紋が入った腕輪を見つけたため、領主にすぐに連絡したとのことでした。

焼けた死体にはすべて頭蓋骨はなく、その他の骨は激しく荒らされ、広範囲に散らばった状態のため、人数を特定することは出来ませんが、10人以上の焼死体があったと推測されます。食われた方の死体は、腐敗した身体の一部もしくは骨しか残っておらず、王族の家紋をあしらった腕輪が1つ、トラスベ公爵家の家紋をあしらったネックレスが1つ転がっていました。

この2体の死体にはネームタグがありませんでしたが、村長によると、この山の烏は光る物を好んで持ち去る習性があるので、軽いネームタグは持ち去り、鍾乳石で作られたと思われる腕輪とネックレスは、烏の興味の対象外でここに残ったのではないか。また、この山には熊や狼、猿、鹿などの野生動物が生息しているため、そういった動物が死体を荒らしたのではないかということでした。
念の為、山中の烏の巣を探しましたが、猿に荒らされたようで残骸しかなく、ネームタグは1枚も確認出来ませんでした。


また、イルギット山の捜索中に洞穴の中で身を潜めていた5人の山賊を発見したため、捕らえて強制催眠をかけて尋問を行いました。
すると、つい最近死体を食らう熊を見たこと。焼死体の骨や2つの生首で遊ぶ猿の一団がいて、彼らは生首、頭蓋骨や大腿骨といった多数の骨を持ち去るのを見たと話しています。
生首の特徴を聞いたところ、金髪の若そうな顔から赤に近いオレンジの目玉が落ちたから記憶に残っているものの、もう1つの生首は印象に残っていないが、それなりに年をとった男の顔だったと思うとのことでした。

周辺の地面には溶けて固まった銀や金が多数あったため、おそらく階級章を持つ者が自殺の魔法を使ったと推測出来ます。
こういった状況と山賊の証言から考えると、宰相と同行していたリャド、王太子と同行していたジェクサー、及びその副官達。そして、行方不明だったフィダニール、ナデュート、シュドゥや副官達が自殺の魔法を使用し、宰相と王太子が剣などで死亡、と推察するのが自然だと思いますが、あっけない末路に少々違和感を覚えます。



次に鍾乳洞の捜索の件です。
ところどころ崩落が起きて進めない場所や地図にない道もありましたが、捜索はほぼ終了しました。
洞内にあるのは簡易的な家具、食料が入った木箱、水がめなどの生活に関するものばかりで、特に気になるようなものはありませんでした。
また、ディスコーニ殿から指示のあった書類を含め、洞内に紙類は1枚もありませんでしたが、池のような場所に書類を束ねていたと思われる紐がいくつも浮いていました。水の中には書類の残骸などはありませんでしたが、試しに紙を水の中に入れると数時間後には溶けてしまったので、おそらくここに書類を破棄したのだと思われます。

王宮内の捜索ですが。
証文も含め、財政については特に不自然な流れはなく、宝物庫内も失くなったものはありませんでしたが、宰相や大臣らの視察などの報告書はあるものの、王太子の動向についての書類がありませんでした。
副官らによれば、ここ数年は王太子の外国視察が頻繁に行われていたそうですが、そういった報告書は過去の物も含めまったく見つかりませんでした。
そこで関所にある入出国の記録簿を確認したところ、宰相とその護衛らは開戦前にトラントを出国した記録がありましたが、帰国の記録はなく、王太子や護衛の将軍らの入出国の記録は、全く残されていませんでした。
副官らによれば、王太子は身分が明らかになるのを嫌ったため、将軍らと共に、いつも国境線の警備が手薄な場所から秘密裏に入出国を行っていたと話しています。
なお、領内の山や森など、身を隠せる場所は捜索するように指示を出し、暗部も出しましたが、それなりに時間が経過した今でも気になる報告はありません。


戦争が終結したことで、ベルチェにいた貴族、避難していた住民が首都に集まり始めていますが、首都全体に落盤の危険があるため、ここに住み続けるのは不可能と判断し新たに街を作ることになったと伝えました。
落盤への警戒を行いながら、住民らが家の中に家財道具などを運び出す作業をしており、新たな街の建設のために、ベルチェでトラントの貴族や我が国の大臣らが話し合いを重ねています。

住民らだけでなく、いずれ首都がなくなると話を聞きつけた古物商や材木屋、石材屋なども集まってきて、王宮内の書物や解体後の石材や植木などの鑑定をさせて欲しいと騒がしくなっていますが、首都だけでなくトラント領土内の治安は維持出来ておりますので、ご安心下さい。


エメルバ・ゼナディス

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宰相は捕らえられることを警戒して今回密かに戻ってきたのかもしれないが、なぜ王太子は毎回身分を明かさず暗部のように密入国をする必要があるのだろうか。

それに。
エメルバ殿の考える通り、トラントの残党達が死んだと推察出来る状況が確認されたことを、そのまま鵜呑みに出来ない。


「ファズはどう思いますか?」

大きな机を挟んで自分の前に立つファズに話を振ると、彼は小さく頷いた。


「彼らの最後の手段としては、国の命運を握る国王を奪還し、シェニカ様を捕らえて『聖なる一滴』で形勢逆転を狙うしかなかったと思います。それは王太子や宰相に意見を聞かずとも、生き残った将軍らで判断し、我々がトラント領内にいる頃に行動出来たはずです。
しかし、彼らはそれを行わずに国王を見捨て、王太子や宰相らと合流して山中で自殺した、というのは私も不自然さを感じます。
ただ、もし彼らが生きていたならば。表の世界では生きられない彼らが新たな生き場所を得るために、どこかの国を乗っ取るという可能性もありますが、総合的に考えて非現実的ですので、自殺という選択肢もあり得ると思います。

他にも。トラント国王は無能だと馬鹿にされていたようなので、王太子を主と思っていた将軍らが王太子の元に集結することは考えられるのですが。国王を暗殺して王太子を王に出来たのに、なぜ将軍らはそれをせずに無能な王に仕えたのか、王太子は馬鹿にする王の元に居続けたのか不思議に思います」


新たな国に対する危険因子とみなされる彼らが生き延びた場合、再び表舞台に立とうとするならば、どこかの国を乗っ取るか、彼らを危険因子と見ない国に迎えられるしかない。

だが、普通の戦争でも敗戦国の上級兵士を迎え入れることなんてしないのに、大罪を起こした国の上級兵士など尚更受け入れたりしないから、実際のところファズの言うように国を乗っ取るしか手段がない。
シェニカの『聖なる一滴』が無色透明の無臭であることを利用し、王族や将軍らが使う水に密かに混入させれば、あっという間に戦力は失われ、混乱に乗じて国を奪える。それは圧倒的に戦力が少ない彼らが新たな生き場所を得られる最良の手段ではあるが、自分たちに使われないように、彼女を監禁や脅迫して作らせるのではなく、積極的に協力してもらわないといけないという問題点がある。

加えて「国を奪う」には形勢逆転の力だけでなく、奪い取った場所を掌握し続けるための自分達の命令を聞く大量の兵士、民衆や貴族らを統治するための財力と知識がなければならない。
宰相や王太子に統治する知識はあっても財力に限りはあるし、奪い取った国の貴族達から金を吸い上げれば裏切る可能性が高くなる。また、将軍や副官という実力者がいても、求心力がなければ少ない人数で大量の兵士をまとめることは出来ない。
シェニカを狙うなら、兵士の確保や統治がきちんと出来る土台が揃っていなければ、計画はそのうち破綻する。

それに、シェニカを狙う彼らを捕まえるか殺害した国は、彼女に大きな恩を売ることが出来るから、訪問先の国が残党らの存在を感じ取れば、将軍らを総動員して捕まえるだろう。人数が限られている状況では、そういう危険を犯してまで彼女を狙えない。
そうすると、彼らは本当に自殺したのだろうか?



「ファズの言う通り、状況から見ると自殺の可能性も大いにありますが、鵜呑みには出来ません。
トラントの王族はあの鍾乳洞に固執していますから、ゆくゆくはあの場所を取り戻そうとしてくるかもしれません。首都の跡地や貧民街は、今後も警備を厳重にせねばなりませんね」


今の段階ではまだ分からないが、たとえ生きていたとしても、バルジアラ様が貸してくれた『見えない護衛』がいるし、訪問先の国が将軍や暗部を護衛に付けるだろうから、シェニカの安全は保たれるだろう。

ーーあぁ。退役してシェニカと一緒に旅をしたい。彼女と一緒にいろんな国を回りながら、同じ時間を過ごしたい。彼女に危険が及んだ時、今度こそ自分の手で守りたい。
退役出来ないのなら、バルジアラ様が貸してくれた『見えない護衛』の1人として近くにいたい。



「はぁ……」

書類の山に頭を抱え、ストレスを溜め込んだ末に発狂し、部下たちを厳しい鍛錬で疲れ果てさせる上官が目に浮かび、ファズがいるのに思わず大きな溜め息を吐いてしまった。






山積みになった仕事をある程度片付けた頃。
窓に視線を移すと、シェニカが育てたクルミの木が、茜色の空の僅かな明かりも遮って周辺を薄暗くしていた。
シェニカの気配はあるものの、窓から姿が見えない。彼女の姿を見たいと思って外を覗いてみると、少し森に入った場所にある木の下で、明るい魔力の光を掲げて『赤い悪魔』と手が触れる距離まで近付き、笑顔で蔦人形を吊るす場所を指示していた。

鍾乳洞から戻った頃に比べると、『恋人としての関係は終わり、今はただの護衛』という認識が馴染んだのか、シェニカの彼に対するぎこちなさは日を追うごとに薄れてきたと思う。
一方の『赤い悪魔』といえば、関係の変化には納得しつつも、シェニカとの関係をどう改善をすればいいのか分からない様子に見えた。
彼の方が深く悩み、なかなか一歩を踏み出せないのは、自分がシェニカの側にいるからという理由も大きいだろうが、関係改善のゴールがシェニカは『旅の同行者』というのに対し、彼はそれよりも更に先の『恋人』という位置だからだろう。

自分がいなくなれば、今まで以上のスピードで関係は改善されるだろうが、その先はどうなるのだろうか。
シェニカの旅が快適であるためにも、それは大事なことだと分かっているのだが。
彼女が彼と復縁したら自分は捨てられるのではないか、という不安が湧き上がってきて、あの2人の接近した姿を素直に喜べない自分が心のどこかに存在している。

他の『白い渡り鳥』様同様、シェニカが別の相手を持つことを受け入れてくれると、自分の不安も多少は解消されるのだが。いまのところ、彼女にはその考えがないようだ。


「ディスコーニ様。夕食の支度は出来ておりますので、良い時にお声がけ下さい」
「分かりました」

部屋に入ってきたベーダが頭を下げてそう言うと、玄関を出てシェニカの元に向かった。
余計な音のない静まり返った道を歩き、彼女の姿が目で確認出来る場所まで来ると、片付けをしていたシェニカが自分に笑顔を浮かべ、ポケットから何かを取り出して駆け寄ってきた。


「ディズ、これあげる」

「可愛いドングリのヤジロベーですね。シェニカが作ったのですか?」

「うん!可愛いでしょ」

シェニカからもらったのは、にっこり笑ったように見える弧を描いた眉と目、半円型の口が白のインクで描かれたヤジロベーだった。シェニカの笑顔を彷彿とさせる表情で、とても可愛らしい。


「本当はリュゼットくんみたいな大きなお目々にしたかったんだけど、ドングリは小さすぎて上手く描けなかったから、このお顔にしたんだ」

「シェニカに似た笑顔がとっても可愛らしくて素敵です」

人差し指の上に乗せてみると、左右にゆらゆらと揺れるヤジロベーがシェニカに見えてくる。
この顔を見ているだけで、さっきまで心の奥底に溜まった不安が消えていくように感じるのだから不思議だ。


「そろそろ夕食にしますか?」

「ルクト、ご飯にしようか」

「そうだな」

片付けを終え、シェニカの半歩後ろで立ち止まった『赤い悪魔』に、彼女は自然な感じで声をかけた。
自分がいない間、2人の間にあったわだかまりが少しとけたのか、彼のまとう空気が幾分和らいだ気がする。
短時間2人っきりになるだけで変化があるのなら、ポルペアに到着するまでの間に復縁するかもしれない。
そう思ったら、せっかく見えなくなった不安が再び姿を現し始めてしまった。



「ユーリ、そろそろ帰りますよ」

不安から目をそらそうと、森の奥に向かって少し大きな声をかけてみれば、そこら中の木にぶら下がった蔦人形が木々の間を抜けた僅かな風で揺れた。
屋敷周辺を警備しているアヴィス達にはすでに伝えたが、この一帯を警備する兵士や陛下にも一言言っておかなければ、ビックリするあまり破壊されたり撤去されてしまうかもしれない。


「ユーリくん、おかえり!」
「たくさん遊べましたか?」
「チチチッ!」

森の奥から駆けてきたユーリは、自分の足から肩まで駆け上がると2本足で立ち上がり、暗闇に包まれた森の方に意識を向けた。
シェニカには暗くて見えないようだが、彼の視線の先には葉っぱや枝の影に隠れるリス達がいて、こちらをジーッと観察しているのが気配で分かる。


ーーシェニカにも良き相棒が見つかったら。動物好きの彼女は自分の存在に関係なくリスを大事にしてくれるから、不安が現実になって彼女に捨てられても、シェニカはリスを見るたびに自分のことを思い出してくれるだろう。
別れ方さえ気をつければ、リスを橋渡し役にして彼女と会って話す機会は得やすい。その時に彼女の心に自分への愛情が僅かでも残っていれば、もう一度自分に愛情を与えてくれるかもしれない。

こういう打算の声が聞こえてくるのは2人の距離が近くなったことを感じるせいなのか、捨てられるかもしれないという不安のせいなのか、叩き込まれた戦術論のせいなのか。
どういう理由であろうとも、私情のためにリス達を利用するのは良くないし、自分の気持ちを伝えた上で彼女が出した答えが最優先だ。


「ユーリくん、蔦人形のリュゼットくんは気に入ってくれた?もっといっぱい作るからね。今度はもっと大きなリュゼットくんにしようか」
「チチ~ッ♪♪」

ユーリに笑顔を向けるシェニカを見ながら、悪い方に考えれば、おのずとそういう結果に繋がってしまうと、頭と心に囁いてくる悪魔の声を振り払った。


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