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第18章 隆盛の大国
25.リス達を守るもの
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■■■前書き■■■
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
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更新大変おまたせしました。今回は2話(本編と小話)を同時更新しています。
→本編更新のため、『小話 魔像と下僕たち』はよろず置き場に移動しました。
この本編は第三者視点→シェニカ視点になります。
■■■■■■■■■
シェニカが生息地を訪れて5日目の夜。
空に浮かぶ半月を隠すような鬱蒼とした森の中、微かな光量に調節した魔力の光を持つラダメールとアクエルは、暗闇しかない屋敷の周囲を見回っていた。
2人は2階の上官の部屋から明かりが漏れているのに気付くと、顔を見合わせて歩く速度を落とした。
「折角、邪魔の入らない場所に来たのに時間のかかる仕事なんて。おいたわしい」
「俺たちが出来ることなんてほとんどないけど。ファズも頑張ってるから、きっと時間が取れるさ」
「ファズってさ、ディスコーニ様たちが鍾乳洞から生還なされてから、書類をさばくスピードは上がるし、ディスコーニ様からの指摘も少なくなったな」
「休憩時間も自由時間も魔導書や戦術書、報告書の書き方とか読み込んでるもんな」
「俺たちも頑張らないとな」
玄関前に育てられたクルミの木の近くに差し掛かった時、その木から独特の気配を感じた2人はすぐに木に近付いて、その根本を照らした。すると、そこには木の上部を見据えてゆっくりと登り始めた大きめの蛇がいた。
2人の存在を知っても意に介さない蛇は、大量の蔦人形がぶら下がる枝のもっと上。リス達の気配がある樹洞を目指しているようだった。
「この蛇、樹洞にいるリス達を狙ってるのか」
「ここに住む動物には手を出すなって陛下の命令だけど…。助けたいよな」
「でも手を出したら個人に厳罰が下るだけじゃなく、管理不届きってことで上官の汚点になるからな。ディスコーニ様に迷惑なんてかけられないから、手は出せない」
「今、この場所でお咎めなしで助けられるのはシェニカ様しかいないけど」
「時間が時間だし、蛇が苦手らしいからお呼びするわけにもいかないし。うーん」
リスが心配な2人はその場を離れられず、ゆっくりと幹を登る蛇を見ていると。蛇は枝にぶら下がるリュゼットくんを見つけると、リスよりも人形に興味を持ったのか、その枝の方へと移動し始めた。
そして人形の真上に来ると枝から身を乗り出し、上から勢いよく頭に噛み付いた。
「人形を獲物だと思ってるんだろうか」
「飛びついて遊んでるから、匂いがついた人形をリスだと思ってるのかな…」
噛み付いた状態から絞め殺す体勢に持っていこうとしたのか、長い胴体を少しずつ下に落として人形に寄せているのだが、小さな人形相手には思うように絡ませることが出来ないようだ。
やがて胴体のほとんどを枝から離して人形に絡みつこうとするのだが、身体をくねらせて巻き付こうとしても、この蛇には人形が小さすぎてスルリと抜けてしまう。
「この人形に巻き付くなら、胴が太いと無理だ。もうちょっと小さくて細い蛇じゃないと無理だぞ。まぁ、それくらいの蛇じゃリスは食べられないだろうけど」
「それは人形だから、そもそも食べられないよ?」
蛇は2人の野次馬の前で何度も絡みつこうと繰り返すのだが、何度やっても上手くいかず、やがてバランスを崩してしっぽの先まで落下し、小さな人形に大きめの蛇がぶら下がっている状態になった。
噛み付いたままの蛇は体勢を整えようと身体を一生懸命くねらせてはいるものの、届く範囲には何もないため、数分後には脱力し人形にくっついたまま動かなくなった。
「昨晩セナイオルが言ってた蛇の干物ってコレのことか」
「だな。噛み付くのをやめればいいのに、全然放さないな」
「よく分からないけど珍現象だな」
2人が興味津々な様子でぶら下がった蛇を見ていると、木の上にある樹洞からリスが次々と出てきて、隣の木へと飛び移って逃げた。
「この隙に逃げたな。良い判断だ」
「全員無事でよかった。そろそろ巡回に戻るか」
「そうだな。この蛇も飽きたら噛み付くのをやめるだろ」
2人が木から離れて数分後、落下した蛇は森の奥へと消えていった。
屋敷の周辺を巡回していると、少し離れた木の下で上部の様子を窺うイタチを見つけた。
このイタチも樹洞にいるリス達を狙っているのだと気付いた2人は、近付くだけで逃げるだろうと思ってその木に向かって駆け出したのだが、木を登り始めたイタチは、2人が駆けつける前に天敵に鉢合わせしたかのような慌てぶりで木から飛び降りて、森の奥へと一目散に逃げていった。
「どうしたんだろう?」
「アレじゃないのか?」
イタチが登っていた木の手前でアクエルが不思議そうにしていると、ラダメールは魔力の光を上に移動させた。
2人の頭上にある無数の小さな蔦人形の隙間から、もっと高い位置に吊るされた大きな蔦人形が、2人を見下ろしたままユラユラと風もないのに小さく揺れている。
その人形は子供くらいの大きさで、腹部にはポッカリと拳サイズの穴があいている。地面を見下ろす頭部、腕、足といったすべての部分には、大小様々な目が白いインクで埋め尽くすようにびっしりと描かれていて、僅かな明かりに照らされたその姿はとても不気味なのに、その人形だけがゆっくり揺れているとなると恐怖も襲ってくる。
「絶対これだ。イタチじゃなくても逃げたくなる」
「だな…。昼はまだいいとして、夜見るとちょっと印象が変わるというか。何度見ても慣れなくてさ。ただの人形だって分かってるんだけど、あの大きいのは視線を感じるのが不気味で…」
「分かる分かる。小さいのもここまで大量にあると怖いのに、このデカイやつの存在感が独特すぎて。昼夜問わず平常心で近寄れるのは、アヴィスくらいだ」
2人が木から数歩離れると、大きな蔦人形の腹部の穴から3匹のリスが顔を出し2人の様子をうかがい始めた。
「そこに入って人形を揺らすと、イタチだけじゃなく人間もすごくビックリするんだ。危険を感じたら、そうやって追い払うんだぞ」
ラダメールが3匹のリスに声をかけると、顔を引っ込めたリス達は中で暴れまわって再び人形を揺らし始めた。
その人形から目をそらしたラダメールは、アクエルに困惑した表情を向けて小さな溜め息を吐いた。
「アヴィスがさ。『足裏の目は魚の目かなぁ?』とか、『どこから見ても、必ずどこかの目と視線が合うんだ。手が込んでるなぁ』とか、『蔦人形は作れそうにないけど、藁人形入門って本を買って練習中なんだ』って言ってたぞ」
「執務室に藁人形がぶら下がってるのはちょっとアレだけど、この蔦人形がぶら下がってるより断然マシだな!」
「ユーリも喜ぶしな。この子の方が断然安心して見ていられる」
ラダメールは帽子をかぶったコッチェルくんをポケットから取り出すと、吊るされた大小の蔦人形と見比べた。
「猛禽類もカラスも近付かないし、蛇も撃退。木登りする敵も逃げる。これを作るシェニカ様ってすごいよな」
「小さくても不気味だけど、大きくなると更に強烈。これを吊るした『赤い悪魔』もすごいと思う。俺は出来るだけ触りたくない」
「俺も…」
2人が森の奥へと進み始めると、腹部から再び顔を出したリス達は2つの背中を見送った。
「オオカミリスって本当に可愛いよなぁ。俺達結構観察されてるけど、主人と認めてもらえないな」
「だなぁ。俺を主人と認めてくれる子がいたら、もう彼女いらないんだけどなぁ」
「同感。やっぱり俺は一生独身かも」
「ラダメール、そう言うなよ。ディスコーニ様みたいに、突然すごい出会いがあるかもしれないだろ?
それに、順番から言うとバルジアラ様が身を固めないといけないから、俺達がいま焦る必要はないさ」
「そうだな。バルジアラ様もすごい出会いを待ってるのかな」
「どうだろう。女性関係の噂すら聞かないけど、好みにうるさいのかな」
「そういえば。バルジアラ様って、部隊の女性に指導してる時と、ガンテツ屋の娘さんに注文してる時くらいしか、女性と会話してるのって見たことないな。アクエルは見たことある?」
「うーん。俺もそれくらいだな。あ~!ガンテツ屋って聞くだけで、串焼き食べたくなってきた」
「そうそう!ガンテツ屋の夜食セットの話聞いたか?」
「聞いた聞いた!元々は職人用に出してたお買い得な裏メニューだったけど、閉店間際に買いに行ったバルジアラ様がその存在を知って、1年分の代金を前払いして買い占めたらしいな」
「バルジアラ様は10年分払おうとしたけど、大将が10年後も店をやってるか分からないので1年分でお願いしますって言ったらしいぞ。どんなセットなのか知ってる?」
「売れ残りの串焼きと焼きおにぎりをセットにしたものらしいぞ。焼きおにぎりは1日分のタレと匂いがついた網で焼きあげるから、香りも味も絶品らしい。そのまま食べても、お茶漬けにしても、ニンニク味噌や梅ダレとかを足して食べても美味いとのことだ」
「1年分買い占めるなんて普通だったら顰蹙を買うけど、相手が相手だから誰も文句も言えないな」
「夜食セットを当てにしてた職人がいるから、本当のところ買い占めは断りたかったらしいけど。戦勝の浮かれた雰囲気に飲まれて、大将がノリで請けちゃったらしい。結局、職人用の夜食セットは大将が作って、バルジアラ様には娘さんが専用メニューで作ることにしたらしいぞ」
「いいな~。ディスコーニ様なら嫌味を混ぜて1食分譲れって言うだろうけど、俺達には無理だな!」
「嫌味を言っても怒られないって分かってるけど、バルジアラ様だとやっぱり遠慮するし怖いよな。バルジアラ様相手に遠慮なく嫌味を連発するディスコーニ様がすごいよ」
「ディスコーニ様に嫌味なんて、俺は言えないや。どうやって練習しよう」
「俺はサザベルの副官を想定して、心の中で練習しようかな」
「それいいな!あいつら口を開かないけど、いっっつも嫌味ったらしい目で睨んでくるもんな」
「いっっつも殺気立って無言で睨んでくるのは、脳筋で弁が立たないからだってバルジアラ様が笑ってた」
「図星だな」
2人は小さく笑い合いながらも、夜明けまで森の中を注意深く巡回するのであった。
◆
私の部屋のソファやローテーブルの周辺は、持ち込んだ蔦の束や特大リュゼットくんのパーツが並び少し散らかった状態になっていた。
ローテーブルの上に完成したばかりの特大リュゼットくんを置いて、私は白のインクでリュゼットくんの身体に可愛いお目々を描いていた。
「ここはみんなの憩いの場~♪
鳥さんごめんね、近寄らないで~♪
ふんふん~♪♪ ふふんふ~ん♪」
自作の歌を口ずさみながら描いていると、どんどん筆が進んであっという間に模様が完成した。
高さが私の胸の位置くらいまである特大リュゼットくんを抱き上げて、ソファに座るルクトに見せると。彼は疲れているのか小さな溜め息を吐いた。
「ルクト。ちゃんと目線は大丈夫?」
立ち上がったルクトは、視線を特大リュゼットくんに固定したままウロウロと動いたあと、無言で頷いてソファに座った。
「よし!これで完成ね。可愛いオオカミリスを守ってあげてね」
この特大リュゼットくんは今までのリュゼットくんと大きさも違うけど、最大の違いは腹部に開いている握りこぶしサイズの穴だ。遊び疲れた時、休憩したい時、天敵が襲ってきた時の避難場所になるようにと考えて、そこには蔦で長ひょろい筒状に編んだものを入れ込んでいる。
この子には『恋するクルミ』を食べる無防備な子たちを見守る役目を果たしてもらおうと、どの場所にいても視線が合うようにお目々をたくさん描いた。その結果、普通のリュゼットくんに描いた他の模様は省略することになったけど、全身大小様々なお目々で埋めるのもなかなか格好良いと思う。
「じゃあ、明日の朝よろしくね」
「はいはい。それにしても短期間で結構な量を作ったな」
「ルクトが手伝ってくれるからね。ありがとう」
ルクトが蔦を切りそろえてくれたり、枯れた葉を落として形を整えてくれたりといったお手伝いをしてくれたから、普通サイズのリュゼットくんだけでお屋敷の周囲をグルッと囲める数が出来たし、建物の東西南北に1本ずつ育てたクルミの木を見守る4体の特大リュゼットくんも出来た。
育てた4本の木は、1年中食糧で困らないで済むように開花する時期を少しずつズラせるように成長を加減したし、既に出来上がった3体は吊るしたから、この子を4本目の木に吊るせば1年中安心して過ごせるはずだ。
これだけスムーズに進んだのは間違いなくルクトのおかげだから、とても感謝している。
「じゃあ、そろそろ部屋に戻る」
「今日もありがとう。特大リュゼットくんはこれで終わりだけど、普通のリュゼットくんは明日も作るからよろしくね。おやすみ」
「おやすみ。結界を張るの、忘れるなよ」
「もちろん」
特大リュゼットくんをソファに座らせ、廊下に繋がる扉を開けて部屋に戻るルクトを見送った。お風呂に入ろうかと思いながら自分の部屋の扉を閉めようとした時。ルクトの部屋の向かいのドアが開いた。
「もう寝ますか?」
「ううん、もう少し起きてるよ」
ディズが疲れたような、悲しそうな顔をしているから、お風呂のことは言わずにそう返事をしておいた。
「少し部屋にお邪魔してもいいですか?」
「うん。どうぞ」
私の答えを聞いたディズはいつもと同じ微笑を浮かべ、私の部屋に入ってきた。
「ユーリくんはもう寝た?」
「えぇ。ポーチは置いてきました」
ユーリくんにおやすみが言えなかったのは残念だったと思いながら、ソファに向かって歩いていると、私は後ろから優しく抱き締められた。
「最後の1体、完成したんですね」
「うん!明日の朝、玄関前に吊るすんだ」
大きくてあったかいディズの手に自分の手を重ねようとすると、彼の手に触れる前にあっという間に握り込まれた。
「少しだけ。このままでいさせてくれませんか?」
「うん、いいよ」
ディズの仕事が忙しいのは、フェアニーブでの尋問に向けて書類を作らないといけないからと聞いた。
私も書類を作る必要があるのか尋ねたら、彼が『聖なる一滴』を受けたところからトラント国王の捕縛までの経緯を説明するから、私は最初に書いた証明書の他に書類を書く必要はなく、フェアニーブで国王に強制催眠をかけるだけで良いらしい。
彼は責任のある立場だから元々仕事も多いと思うけど、私がここに来たいとリクエストしたことでディズの仕事に影響が出ているような気がして、とても申し訳なかった。
「ルクトさんとの関係も少し改善したようですね」
「そうだね。一緒に作ってたら、前みたいに自然な感じになったかも」
リュゼットくんを作り始めてから前みたいな空気で会話出来ているし、手が触れても何も感じなくなっていることに気付いた。
ルクトから不機嫌さを感じることもなくなったのは、自然に囲まれた環境で彼も少し穏やかになったから、なのかもしれない。
「仕事さえなければ私も手伝えたのに」
包まれた手を抜いて振り向き、悲しそうな顔をしていたディズの背中に腕を回すと、厚くてガッチリした体格なのだと分かる。
そんな男性らしいところを実感すると、身体の奥で何かがムズムズとうずいた気がする。そんな疼きから目をそらそうと彼の胸元に顔を埋めてギュッと抱きついた後、顔を上げて不思議そうに見下ろす彼にキスをした。
唇を離して目を開けると、もう一度見た時の彼は困ったような微笑を浮かべていた。
「私からもキスしていいですか?」
「うん。いいよ」
ディズとは何度もキスをしているし、私が彼にキスをする時は許可を求めていない。許可しなくても別に良いと思っているけど、改めてキスの許可を求められると少し恥ずかしくなる。
触れるだけのキスを角度を変えながら何度も繰り返した後、離れようとしても私の背中に回された腕が許してくれない。
ーーこういう軽いキスだけでも彼の愛情を感じるけど、深いキスに発展しないのが不思議だ。
私が深い関係になるのを躊躇しているのが伝わっているようだったから、触れ合うだけのキスにしてくれているのかもしれない。
身体の関係は躊躇したけど、ディズには『好き』以上のものを感じているし、深いキスならしてみたい。でも自分からしたら、「シェニカは積極的なんだ」と思われるのかな。それはちょっと恥ずかしいけど、もう少し彼と触れ合ってみたいと思う気持ちもある。
どうしよう。ここは自分からやってみるべきだろうか。でも、やっぱり恥ずかしいし。でも……。
女は度胸だって言うもんね!
キスをしながら悶々と考えていたけど、角度が変わる瞬間に、勇気を振り絞って舌で彼の唇を少しなぞっててみた。
「シェニカ……。そんな」
ディズがうわ言のように短く呟くと、自分が思い描いていたような深いキスではなく、ぎゅうっと抱き締められ唇を押し付ける強いキスに変わった。
唇越しに歯が当たっているようで、ちょっと痛い。
想定外のことに戸惑って間もなく、窓の外から遠吠えのような声が聞こえた気がした。すると、背中に回っていたディズの腕から力が抜け、唇も離れた。
「別の狼の群れも戻ってきたようですね」
「別の?」
「1本目のクルミの木が育った夜にも遠吠えが聞こえましたので、匂いが遠くまで届いているようです。
良い時間ですから、そろそろ部屋に戻りますね。おやすみなさい」
「おやすみ」
ディズはそう言うと身体を離し、私が結界を張るのを見届けると名残惜しそうな様子で部屋に戻って行った。
「積極的になるって何だか難しいなぁ。あ~~~!!やっぱり恥ずかしい!とりあえずお風呂はいろっ!」
ディズに上手く伝えられなかったけど、積極的になった自分を第三者視点から見たら…と改めて想像しただけで、全身の熱が上がるような恥ずかしさを感じた。こういうのはメーコに相談してみた方が良いのだろうか。今度手紙で聞いてみようかな。
翌朝。カーテンを開けると、分厚い雲の隙間から太陽の光が幻想的に差し込む景色が見えた。
朝からいいものが見れたな~と思いながら身支度を整えた頃、扉がコンコンとノックされた。
「おはようございます」
「おはよ」
「ディズ、ルクト。おはよう。ユーリくん、おはよう」
「今日もユーリは起きてすぐ遊びに行ってしまいました」
「お友達と遊ぶのも楽しいもんね」
「普段は1人で遊んでいることが多いので、仲間と遊べるのが嬉しいようです。食堂に行きましょうか」
特大リュゼットくんを抱えたままディズのポーチに向かって挨拶したら、彼は申し訳無さそうに教えてくれた。
ここ数日、ユーリくんは朝早くから外に出てお友達と遊んだり、枝の上でみんなと恋するクルミを食べている。外でリュゼットくんを作っていると、時折お友達と遊ぶユーリくんが見れるから私も楽しくなるけど。夕方まで会えないのはちょっと寂しい。
でも普段ユーリくんはお友達と遊べないから、貴重な時間を邪魔することは出来ないからここは我慢だ。
「いただきます」
食事が用意されたテーブルの近くの椅子に特大リュゼットくんを座らせ、早速美味しそうな朝食に手を付けた。
今日の献立は山菜ごはんとシイタケ出汁のすまし汁、クルミが入った卵焼き、枝豆やコーン、ニンジンといった彩りがきれいなポテトサラダ、葡萄のゼリーだった。
「今日も美味しいです!いつもありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます。大変光栄です」
ディズやエイマさん、ベーダさんと山菜やウィニストラでしか流通していない野菜などの話をしていると、近くの窓から小さな鳴き声が聞こえた木がした。何となくその窓を見ると、木にぶら下げた普通サイズのリュゼットくんで遊ぶリス達が見えた。
「ここ数日でリス達の毛艶は良くなりましたし、朝早くから楽しそうに遊んでいる姿を見ると、私共もとても嬉しいです。大事にお手入れさせていただきます」
「よろしくお願いします」
ベーダさんの言うように、最初に見たときよりも毛艶が出て動きも俊敏になっている気がする。少しでも彼らの力になれたかなと思うと、とても嬉しい。みんなの幸せそうな姿を見ていると、口に運ぶ食事がもっと美味しく感じた。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、エイマさんが淹れてくれた食後のハーブティーも飲み終えた。
「ごちそうさまでした。じゃあ、吊るしに行こうか」
「はいはい」
「私も一緒に行かせて下さい」
「お仕事はいいの?」
ディズはまだ仕事が忙しそうだけど大丈夫だろうかと思って彼の顔を見ると、いつもと同じ微笑を浮かべていた。
「まだ終わっていませんが最後の1体ですし、外の空気を吸いたくて。だめですか?」
「もちろん良いよ」
1日中座ってお仕事をしているから、外の空気を吸いたくなるのも当然かと思い、私は素直にお願いすることにした。
「大きいのに軽いんですね。これなら確かにリス達だけで揺らせますね」
「リス達が揺らしてたの?」
「お腹の穴に入った数匹のリス達が、中で暴れて人形を揺らしてイタチを撃退したそうですよ」
「へ~!そういう使い方もあるのか。賢いなぁ」
ディズが特大リュゼットくんを、ルクトがハシゴを持って屋敷の外に出ると、玄関の近くに育てたクルミの若木の枝には、吊るしたリュゼットくんで遊ぶリス達がいた。その姿をもっと近くて見ようと思ったけど、一歩踏み出したところで全員幹を駆け上がってしまった。
なかなか仲良くなれないなぁと寂しく思いながら木に近付いて見上げてみれば、いくつかある小さな穴に逃げ込んだようだった。
「ここや王宮に元々生えていた木に穴はありませんが、シェニカが育てた木はどれも上の方に樹洞がありますね」
「急速に成長させたから穴が空くのかなぁ?」
「理由は分かりませんが、さっそくそこに引っ越したリスもいるようです。人気のようで引越し前は喧嘩していました。
王宮に育ててもらった木の樹洞は、そのうちユーリの別荘になっているかもしれません」
ルクトが木にハシゴをかけると、僅かな振動が木に伝わって、葉っぱに溜まった朝露がポタリと1滴顔に落ちてきた。早朝らしい爽やかな朝露は気持ち良いな~と思っていると、ディズは特大リュゼットくんを小脇に抱えスイスイと登った。
「この辺で良いですか?」
「そこだと下のリュゼットくんにくっつきそうだから、もうちょっと離れた場所の方がいいかも」
ディズが良い感じのところに吊るしてハシゴから降りると、1匹のリスが樹洞から顔を出して様子を伺っているのが見えた。
「特大リュゼットくんを吊るしたから、みんなで遊んでね」
声をかけても樹洞に隠れることはなかったけど、出てくる様子はない。でも、私達がいなくなったらきっと遊んでくれるだろう。
「いつもユーリと遊んでくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
ディズがそう言って樹洞から覗く子に声をかけると、ルクトがハシゴを外して木から数歩離れた。すると、背後から可愛い声が聞こえてきた。
「チチッ!」
「チッ!チチ~♪」
振り向いて見てみれば、樹洞から3、4匹のリス達が出てきて、さっそくお腹の穴に入ってくれた。すると、中で遊んでいるのか、下の枝にあるリュゼットくんは揺れていないのに、特大リュゼットくんだけがユラユラと小さく揺れている。
「さっそく中で遊んでいるようですね」
「あ!他の子達も来た!」
近くの木から器用に飛び移ってきたリスの一団もお腹の穴に入ると、中で暴れているのか特大リュゼットくんはブランブランと大きく揺れている。
「美味しい実をつけるクルミの木、遊べるたくさんのリュゼットくん、守り神のような特大リュゼットくんが出来て、ここ数日でリスたちは元気いっぱいになった気がします」
「でも、まだ主人と認めてくれる子がいないなぁ」
「それでもシェニカは随分リス達に注目されていますよ」
ガックリとしていた私を励ますためなのか、ディズはそう言ってくれた。
木を成長させる時も、リュゼットくんを吊るす時も、リス達は私をジーッと見ているから、そろそろ悪意のない人間だと伝わってもよさそうなのに。
「もう一押しってところなのかなぁ。そうだ!まだクッキー作ってなかった。今から作っても良い?」
「もちろん」
「エイマさんに話してみるね」
玄関に戻る途中、隣を歩くディズを見るとニコニコとした嬉しそうな笑顔を浮かべている。
私の視線に気付いたのか、ディズは私の手を取ると指を絡めるように繋いだ。
「今朝、クルミの木の下にイノシシの一家が来ていました」
「イノシシもクルミを食べに来たの?」
「木登りは出来ませんが、リス達が土の中に隠したクルミを掘り出したり、木の下に落ちたカケラなどを食べているようですよ」
「へ~!そうなんだ。みんなに人気なんだね」
シェニカはディスコーニとの会話に夢中だったため、
「周囲を不気味な首吊人形に囲まれ、四方に目が合う首吊人形がいるとか。ここは不気味人形で結界が張られたホラー屋敷だ」
というルクトの呟きは聞こえていなかった。
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
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更新大変おまたせしました。今回は2話(本編と小話)を同時更新しています。
→本編更新のため、『小話 魔像と下僕たち』はよろず置き場に移動しました。
この本編は第三者視点→シェニカ視点になります。
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シェニカが生息地を訪れて5日目の夜。
空に浮かぶ半月を隠すような鬱蒼とした森の中、微かな光量に調節した魔力の光を持つラダメールとアクエルは、暗闇しかない屋敷の周囲を見回っていた。
2人は2階の上官の部屋から明かりが漏れているのに気付くと、顔を見合わせて歩く速度を落とした。
「折角、邪魔の入らない場所に来たのに時間のかかる仕事なんて。おいたわしい」
「俺たちが出来ることなんてほとんどないけど。ファズも頑張ってるから、きっと時間が取れるさ」
「ファズってさ、ディスコーニ様たちが鍾乳洞から生還なされてから、書類をさばくスピードは上がるし、ディスコーニ様からの指摘も少なくなったな」
「休憩時間も自由時間も魔導書や戦術書、報告書の書き方とか読み込んでるもんな」
「俺たちも頑張らないとな」
玄関前に育てられたクルミの木の近くに差し掛かった時、その木から独特の気配を感じた2人はすぐに木に近付いて、その根本を照らした。すると、そこには木の上部を見据えてゆっくりと登り始めた大きめの蛇がいた。
2人の存在を知っても意に介さない蛇は、大量の蔦人形がぶら下がる枝のもっと上。リス達の気配がある樹洞を目指しているようだった。
「この蛇、樹洞にいるリス達を狙ってるのか」
「ここに住む動物には手を出すなって陛下の命令だけど…。助けたいよな」
「でも手を出したら個人に厳罰が下るだけじゃなく、管理不届きってことで上官の汚点になるからな。ディスコーニ様に迷惑なんてかけられないから、手は出せない」
「今、この場所でお咎めなしで助けられるのはシェニカ様しかいないけど」
「時間が時間だし、蛇が苦手らしいからお呼びするわけにもいかないし。うーん」
リスが心配な2人はその場を離れられず、ゆっくりと幹を登る蛇を見ていると。蛇は枝にぶら下がるリュゼットくんを見つけると、リスよりも人形に興味を持ったのか、その枝の方へと移動し始めた。
そして人形の真上に来ると枝から身を乗り出し、上から勢いよく頭に噛み付いた。
「人形を獲物だと思ってるんだろうか」
「飛びついて遊んでるから、匂いがついた人形をリスだと思ってるのかな…」
噛み付いた状態から絞め殺す体勢に持っていこうとしたのか、長い胴体を少しずつ下に落として人形に寄せているのだが、小さな人形相手には思うように絡ませることが出来ないようだ。
やがて胴体のほとんどを枝から離して人形に絡みつこうとするのだが、身体をくねらせて巻き付こうとしても、この蛇には人形が小さすぎてスルリと抜けてしまう。
「この人形に巻き付くなら、胴が太いと無理だ。もうちょっと小さくて細い蛇じゃないと無理だぞ。まぁ、それくらいの蛇じゃリスは食べられないだろうけど」
「それは人形だから、そもそも食べられないよ?」
蛇は2人の野次馬の前で何度も絡みつこうと繰り返すのだが、何度やっても上手くいかず、やがてバランスを崩してしっぽの先まで落下し、小さな人形に大きめの蛇がぶら下がっている状態になった。
噛み付いたままの蛇は体勢を整えようと身体を一生懸命くねらせてはいるものの、届く範囲には何もないため、数分後には脱力し人形にくっついたまま動かなくなった。
「昨晩セナイオルが言ってた蛇の干物ってコレのことか」
「だな。噛み付くのをやめればいいのに、全然放さないな」
「よく分からないけど珍現象だな」
2人が興味津々な様子でぶら下がった蛇を見ていると、木の上にある樹洞からリスが次々と出てきて、隣の木へと飛び移って逃げた。
「この隙に逃げたな。良い判断だ」
「全員無事でよかった。そろそろ巡回に戻るか」
「そうだな。この蛇も飽きたら噛み付くのをやめるだろ」
2人が木から離れて数分後、落下した蛇は森の奥へと消えていった。
屋敷の周辺を巡回していると、少し離れた木の下で上部の様子を窺うイタチを見つけた。
このイタチも樹洞にいるリス達を狙っているのだと気付いた2人は、近付くだけで逃げるだろうと思ってその木に向かって駆け出したのだが、木を登り始めたイタチは、2人が駆けつける前に天敵に鉢合わせしたかのような慌てぶりで木から飛び降りて、森の奥へと一目散に逃げていった。
「どうしたんだろう?」
「アレじゃないのか?」
イタチが登っていた木の手前でアクエルが不思議そうにしていると、ラダメールは魔力の光を上に移動させた。
2人の頭上にある無数の小さな蔦人形の隙間から、もっと高い位置に吊るされた大きな蔦人形が、2人を見下ろしたままユラユラと風もないのに小さく揺れている。
その人形は子供くらいの大きさで、腹部にはポッカリと拳サイズの穴があいている。地面を見下ろす頭部、腕、足といったすべての部分には、大小様々な目が白いインクで埋め尽くすようにびっしりと描かれていて、僅かな明かりに照らされたその姿はとても不気味なのに、その人形だけがゆっくり揺れているとなると恐怖も襲ってくる。
「絶対これだ。イタチじゃなくても逃げたくなる」
「だな…。昼はまだいいとして、夜見るとちょっと印象が変わるというか。何度見ても慣れなくてさ。ただの人形だって分かってるんだけど、あの大きいのは視線を感じるのが不気味で…」
「分かる分かる。小さいのもここまで大量にあると怖いのに、このデカイやつの存在感が独特すぎて。昼夜問わず平常心で近寄れるのは、アヴィスくらいだ」
2人が木から数歩離れると、大きな蔦人形の腹部の穴から3匹のリスが顔を出し2人の様子をうかがい始めた。
「そこに入って人形を揺らすと、イタチだけじゃなく人間もすごくビックリするんだ。危険を感じたら、そうやって追い払うんだぞ」
ラダメールが3匹のリスに声をかけると、顔を引っ込めたリス達は中で暴れまわって再び人形を揺らし始めた。
その人形から目をそらしたラダメールは、アクエルに困惑した表情を向けて小さな溜め息を吐いた。
「アヴィスがさ。『足裏の目は魚の目かなぁ?』とか、『どこから見ても、必ずどこかの目と視線が合うんだ。手が込んでるなぁ』とか、『蔦人形は作れそうにないけど、藁人形入門って本を買って練習中なんだ』って言ってたぞ」
「執務室に藁人形がぶら下がってるのはちょっとアレだけど、この蔦人形がぶら下がってるより断然マシだな!」
「ユーリも喜ぶしな。この子の方が断然安心して見ていられる」
ラダメールは帽子をかぶったコッチェルくんをポケットから取り出すと、吊るされた大小の蔦人形と見比べた。
「猛禽類もカラスも近付かないし、蛇も撃退。木登りする敵も逃げる。これを作るシェニカ様ってすごいよな」
「小さくても不気味だけど、大きくなると更に強烈。これを吊るした『赤い悪魔』もすごいと思う。俺は出来るだけ触りたくない」
「俺も…」
2人が森の奥へと進み始めると、腹部から再び顔を出したリス達は2つの背中を見送った。
「オオカミリスって本当に可愛いよなぁ。俺達結構観察されてるけど、主人と認めてもらえないな」
「だなぁ。俺を主人と認めてくれる子がいたら、もう彼女いらないんだけどなぁ」
「同感。やっぱり俺は一生独身かも」
「ラダメール、そう言うなよ。ディスコーニ様みたいに、突然すごい出会いがあるかもしれないだろ?
それに、順番から言うとバルジアラ様が身を固めないといけないから、俺達がいま焦る必要はないさ」
「そうだな。バルジアラ様もすごい出会いを待ってるのかな」
「どうだろう。女性関係の噂すら聞かないけど、好みにうるさいのかな」
「そういえば。バルジアラ様って、部隊の女性に指導してる時と、ガンテツ屋の娘さんに注文してる時くらいしか、女性と会話してるのって見たことないな。アクエルは見たことある?」
「うーん。俺もそれくらいだな。あ~!ガンテツ屋って聞くだけで、串焼き食べたくなってきた」
「そうそう!ガンテツ屋の夜食セットの話聞いたか?」
「聞いた聞いた!元々は職人用に出してたお買い得な裏メニューだったけど、閉店間際に買いに行ったバルジアラ様がその存在を知って、1年分の代金を前払いして買い占めたらしいな」
「バルジアラ様は10年分払おうとしたけど、大将が10年後も店をやってるか分からないので1年分でお願いしますって言ったらしいぞ。どんなセットなのか知ってる?」
「売れ残りの串焼きと焼きおにぎりをセットにしたものらしいぞ。焼きおにぎりは1日分のタレと匂いがついた網で焼きあげるから、香りも味も絶品らしい。そのまま食べても、お茶漬けにしても、ニンニク味噌や梅ダレとかを足して食べても美味いとのことだ」
「1年分買い占めるなんて普通だったら顰蹙を買うけど、相手が相手だから誰も文句も言えないな」
「夜食セットを当てにしてた職人がいるから、本当のところ買い占めは断りたかったらしいけど。戦勝の浮かれた雰囲気に飲まれて、大将がノリで請けちゃったらしい。結局、職人用の夜食セットは大将が作って、バルジアラ様には娘さんが専用メニューで作ることにしたらしいぞ」
「いいな~。ディスコーニ様なら嫌味を混ぜて1食分譲れって言うだろうけど、俺達には無理だな!」
「嫌味を言っても怒られないって分かってるけど、バルジアラ様だとやっぱり遠慮するし怖いよな。バルジアラ様相手に遠慮なく嫌味を連発するディスコーニ様がすごいよ」
「ディスコーニ様に嫌味なんて、俺は言えないや。どうやって練習しよう」
「俺はサザベルの副官を想定して、心の中で練習しようかな」
「それいいな!あいつら口を開かないけど、いっっつも嫌味ったらしい目で睨んでくるもんな」
「いっっつも殺気立って無言で睨んでくるのは、脳筋で弁が立たないからだってバルジアラ様が笑ってた」
「図星だな」
2人は小さく笑い合いながらも、夜明けまで森の中を注意深く巡回するのであった。
◆
私の部屋のソファやローテーブルの周辺は、持ち込んだ蔦の束や特大リュゼットくんのパーツが並び少し散らかった状態になっていた。
ローテーブルの上に完成したばかりの特大リュゼットくんを置いて、私は白のインクでリュゼットくんの身体に可愛いお目々を描いていた。
「ここはみんなの憩いの場~♪
鳥さんごめんね、近寄らないで~♪
ふんふん~♪♪ ふふんふ~ん♪」
自作の歌を口ずさみながら描いていると、どんどん筆が進んであっという間に模様が完成した。
高さが私の胸の位置くらいまである特大リュゼットくんを抱き上げて、ソファに座るルクトに見せると。彼は疲れているのか小さな溜め息を吐いた。
「ルクト。ちゃんと目線は大丈夫?」
立ち上がったルクトは、視線を特大リュゼットくんに固定したままウロウロと動いたあと、無言で頷いてソファに座った。
「よし!これで完成ね。可愛いオオカミリスを守ってあげてね」
この特大リュゼットくんは今までのリュゼットくんと大きさも違うけど、最大の違いは腹部に開いている握りこぶしサイズの穴だ。遊び疲れた時、休憩したい時、天敵が襲ってきた時の避難場所になるようにと考えて、そこには蔦で長ひょろい筒状に編んだものを入れ込んでいる。
この子には『恋するクルミ』を食べる無防備な子たちを見守る役目を果たしてもらおうと、どの場所にいても視線が合うようにお目々をたくさん描いた。その結果、普通のリュゼットくんに描いた他の模様は省略することになったけど、全身大小様々なお目々で埋めるのもなかなか格好良いと思う。
「じゃあ、明日の朝よろしくね」
「はいはい。それにしても短期間で結構な量を作ったな」
「ルクトが手伝ってくれるからね。ありがとう」
ルクトが蔦を切りそろえてくれたり、枯れた葉を落として形を整えてくれたりといったお手伝いをしてくれたから、普通サイズのリュゼットくんだけでお屋敷の周囲をグルッと囲める数が出来たし、建物の東西南北に1本ずつ育てたクルミの木を見守る4体の特大リュゼットくんも出来た。
育てた4本の木は、1年中食糧で困らないで済むように開花する時期を少しずつズラせるように成長を加減したし、既に出来上がった3体は吊るしたから、この子を4本目の木に吊るせば1年中安心して過ごせるはずだ。
これだけスムーズに進んだのは間違いなくルクトのおかげだから、とても感謝している。
「じゃあ、そろそろ部屋に戻る」
「今日もありがとう。特大リュゼットくんはこれで終わりだけど、普通のリュゼットくんは明日も作るからよろしくね。おやすみ」
「おやすみ。結界を張るの、忘れるなよ」
「もちろん」
特大リュゼットくんをソファに座らせ、廊下に繋がる扉を開けて部屋に戻るルクトを見送った。お風呂に入ろうかと思いながら自分の部屋の扉を閉めようとした時。ルクトの部屋の向かいのドアが開いた。
「もう寝ますか?」
「ううん、もう少し起きてるよ」
ディズが疲れたような、悲しそうな顔をしているから、お風呂のことは言わずにそう返事をしておいた。
「少し部屋にお邪魔してもいいですか?」
「うん。どうぞ」
私の答えを聞いたディズはいつもと同じ微笑を浮かべ、私の部屋に入ってきた。
「ユーリくんはもう寝た?」
「えぇ。ポーチは置いてきました」
ユーリくんにおやすみが言えなかったのは残念だったと思いながら、ソファに向かって歩いていると、私は後ろから優しく抱き締められた。
「最後の1体、完成したんですね」
「うん!明日の朝、玄関前に吊るすんだ」
大きくてあったかいディズの手に自分の手を重ねようとすると、彼の手に触れる前にあっという間に握り込まれた。
「少しだけ。このままでいさせてくれませんか?」
「うん、いいよ」
ディズの仕事が忙しいのは、フェアニーブでの尋問に向けて書類を作らないといけないからと聞いた。
私も書類を作る必要があるのか尋ねたら、彼が『聖なる一滴』を受けたところからトラント国王の捕縛までの経緯を説明するから、私は最初に書いた証明書の他に書類を書く必要はなく、フェアニーブで国王に強制催眠をかけるだけで良いらしい。
彼は責任のある立場だから元々仕事も多いと思うけど、私がここに来たいとリクエストしたことでディズの仕事に影響が出ているような気がして、とても申し訳なかった。
「ルクトさんとの関係も少し改善したようですね」
「そうだね。一緒に作ってたら、前みたいに自然な感じになったかも」
リュゼットくんを作り始めてから前みたいな空気で会話出来ているし、手が触れても何も感じなくなっていることに気付いた。
ルクトから不機嫌さを感じることもなくなったのは、自然に囲まれた環境で彼も少し穏やかになったから、なのかもしれない。
「仕事さえなければ私も手伝えたのに」
包まれた手を抜いて振り向き、悲しそうな顔をしていたディズの背中に腕を回すと、厚くてガッチリした体格なのだと分かる。
そんな男性らしいところを実感すると、身体の奥で何かがムズムズとうずいた気がする。そんな疼きから目をそらそうと彼の胸元に顔を埋めてギュッと抱きついた後、顔を上げて不思議そうに見下ろす彼にキスをした。
唇を離して目を開けると、もう一度見た時の彼は困ったような微笑を浮かべていた。
「私からもキスしていいですか?」
「うん。いいよ」
ディズとは何度もキスをしているし、私が彼にキスをする時は許可を求めていない。許可しなくても別に良いと思っているけど、改めてキスの許可を求められると少し恥ずかしくなる。
触れるだけのキスを角度を変えながら何度も繰り返した後、離れようとしても私の背中に回された腕が許してくれない。
ーーこういう軽いキスだけでも彼の愛情を感じるけど、深いキスに発展しないのが不思議だ。
私が深い関係になるのを躊躇しているのが伝わっているようだったから、触れ合うだけのキスにしてくれているのかもしれない。
身体の関係は躊躇したけど、ディズには『好き』以上のものを感じているし、深いキスならしてみたい。でも自分からしたら、「シェニカは積極的なんだ」と思われるのかな。それはちょっと恥ずかしいけど、もう少し彼と触れ合ってみたいと思う気持ちもある。
どうしよう。ここは自分からやってみるべきだろうか。でも、やっぱり恥ずかしいし。でも……。
女は度胸だって言うもんね!
キスをしながら悶々と考えていたけど、角度が変わる瞬間に、勇気を振り絞って舌で彼の唇を少しなぞっててみた。
「シェニカ……。そんな」
ディズがうわ言のように短く呟くと、自分が思い描いていたような深いキスではなく、ぎゅうっと抱き締められ唇を押し付ける強いキスに変わった。
唇越しに歯が当たっているようで、ちょっと痛い。
想定外のことに戸惑って間もなく、窓の外から遠吠えのような声が聞こえた気がした。すると、背中に回っていたディズの腕から力が抜け、唇も離れた。
「別の狼の群れも戻ってきたようですね」
「別の?」
「1本目のクルミの木が育った夜にも遠吠えが聞こえましたので、匂いが遠くまで届いているようです。
良い時間ですから、そろそろ部屋に戻りますね。おやすみなさい」
「おやすみ」
ディズはそう言うと身体を離し、私が結界を張るのを見届けると名残惜しそうな様子で部屋に戻って行った。
「積極的になるって何だか難しいなぁ。あ~~~!!やっぱり恥ずかしい!とりあえずお風呂はいろっ!」
ディズに上手く伝えられなかったけど、積極的になった自分を第三者視点から見たら…と改めて想像しただけで、全身の熱が上がるような恥ずかしさを感じた。こういうのはメーコに相談してみた方が良いのだろうか。今度手紙で聞いてみようかな。
翌朝。カーテンを開けると、分厚い雲の隙間から太陽の光が幻想的に差し込む景色が見えた。
朝からいいものが見れたな~と思いながら身支度を整えた頃、扉がコンコンとノックされた。
「おはようございます」
「おはよ」
「ディズ、ルクト。おはよう。ユーリくん、おはよう」
「今日もユーリは起きてすぐ遊びに行ってしまいました」
「お友達と遊ぶのも楽しいもんね」
「普段は1人で遊んでいることが多いので、仲間と遊べるのが嬉しいようです。食堂に行きましょうか」
特大リュゼットくんを抱えたままディズのポーチに向かって挨拶したら、彼は申し訳無さそうに教えてくれた。
ここ数日、ユーリくんは朝早くから外に出てお友達と遊んだり、枝の上でみんなと恋するクルミを食べている。外でリュゼットくんを作っていると、時折お友達と遊ぶユーリくんが見れるから私も楽しくなるけど。夕方まで会えないのはちょっと寂しい。
でも普段ユーリくんはお友達と遊べないから、貴重な時間を邪魔することは出来ないからここは我慢だ。
「いただきます」
食事が用意されたテーブルの近くの椅子に特大リュゼットくんを座らせ、早速美味しそうな朝食に手を付けた。
今日の献立は山菜ごはんとシイタケ出汁のすまし汁、クルミが入った卵焼き、枝豆やコーン、ニンジンといった彩りがきれいなポテトサラダ、葡萄のゼリーだった。
「今日も美味しいです!いつもありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます。大変光栄です」
ディズやエイマさん、ベーダさんと山菜やウィニストラでしか流通していない野菜などの話をしていると、近くの窓から小さな鳴き声が聞こえた木がした。何となくその窓を見ると、木にぶら下げた普通サイズのリュゼットくんで遊ぶリス達が見えた。
「ここ数日でリス達の毛艶は良くなりましたし、朝早くから楽しそうに遊んでいる姿を見ると、私共もとても嬉しいです。大事にお手入れさせていただきます」
「よろしくお願いします」
ベーダさんの言うように、最初に見たときよりも毛艶が出て動きも俊敏になっている気がする。少しでも彼らの力になれたかなと思うと、とても嬉しい。みんなの幸せそうな姿を見ていると、口に運ぶ食事がもっと美味しく感じた。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、エイマさんが淹れてくれた食後のハーブティーも飲み終えた。
「ごちそうさまでした。じゃあ、吊るしに行こうか」
「はいはい」
「私も一緒に行かせて下さい」
「お仕事はいいの?」
ディズはまだ仕事が忙しそうだけど大丈夫だろうかと思って彼の顔を見ると、いつもと同じ微笑を浮かべていた。
「まだ終わっていませんが最後の1体ですし、外の空気を吸いたくて。だめですか?」
「もちろん良いよ」
1日中座ってお仕事をしているから、外の空気を吸いたくなるのも当然かと思い、私は素直にお願いすることにした。
「大きいのに軽いんですね。これなら確かにリス達だけで揺らせますね」
「リス達が揺らしてたの?」
「お腹の穴に入った数匹のリス達が、中で暴れて人形を揺らしてイタチを撃退したそうですよ」
「へ~!そういう使い方もあるのか。賢いなぁ」
ディズが特大リュゼットくんを、ルクトがハシゴを持って屋敷の外に出ると、玄関の近くに育てたクルミの若木の枝には、吊るしたリュゼットくんで遊ぶリス達がいた。その姿をもっと近くて見ようと思ったけど、一歩踏み出したところで全員幹を駆け上がってしまった。
なかなか仲良くなれないなぁと寂しく思いながら木に近付いて見上げてみれば、いくつかある小さな穴に逃げ込んだようだった。
「ここや王宮に元々生えていた木に穴はありませんが、シェニカが育てた木はどれも上の方に樹洞がありますね」
「急速に成長させたから穴が空くのかなぁ?」
「理由は分かりませんが、さっそくそこに引っ越したリスもいるようです。人気のようで引越し前は喧嘩していました。
王宮に育ててもらった木の樹洞は、そのうちユーリの別荘になっているかもしれません」
ルクトが木にハシゴをかけると、僅かな振動が木に伝わって、葉っぱに溜まった朝露がポタリと1滴顔に落ちてきた。早朝らしい爽やかな朝露は気持ち良いな~と思っていると、ディズは特大リュゼットくんを小脇に抱えスイスイと登った。
「この辺で良いですか?」
「そこだと下のリュゼットくんにくっつきそうだから、もうちょっと離れた場所の方がいいかも」
ディズが良い感じのところに吊るしてハシゴから降りると、1匹のリスが樹洞から顔を出して様子を伺っているのが見えた。
「特大リュゼットくんを吊るしたから、みんなで遊んでね」
声をかけても樹洞に隠れることはなかったけど、出てくる様子はない。でも、私達がいなくなったらきっと遊んでくれるだろう。
「いつもユーリと遊んでくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
ディズがそう言って樹洞から覗く子に声をかけると、ルクトがハシゴを外して木から数歩離れた。すると、背後から可愛い声が聞こえてきた。
「チチッ!」
「チッ!チチ~♪」
振り向いて見てみれば、樹洞から3、4匹のリス達が出てきて、さっそくお腹の穴に入ってくれた。すると、中で遊んでいるのか、下の枝にあるリュゼットくんは揺れていないのに、特大リュゼットくんだけがユラユラと小さく揺れている。
「さっそく中で遊んでいるようですね」
「あ!他の子達も来た!」
近くの木から器用に飛び移ってきたリスの一団もお腹の穴に入ると、中で暴れているのか特大リュゼットくんはブランブランと大きく揺れている。
「美味しい実をつけるクルミの木、遊べるたくさんのリュゼットくん、守り神のような特大リュゼットくんが出来て、ここ数日でリスたちは元気いっぱいになった気がします」
「でも、まだ主人と認めてくれる子がいないなぁ」
「それでもシェニカは随分リス達に注目されていますよ」
ガックリとしていた私を励ますためなのか、ディズはそう言ってくれた。
木を成長させる時も、リュゼットくんを吊るす時も、リス達は私をジーッと見ているから、そろそろ悪意のない人間だと伝わってもよさそうなのに。
「もう一押しってところなのかなぁ。そうだ!まだクッキー作ってなかった。今から作っても良い?」
「もちろん」
「エイマさんに話してみるね」
玄関に戻る途中、隣を歩くディズを見るとニコニコとした嬉しそうな笑顔を浮かべている。
私の視線に気付いたのか、ディズは私の手を取ると指を絡めるように繋いだ。
「今朝、クルミの木の下にイノシシの一家が来ていました」
「イノシシもクルミを食べに来たの?」
「木登りは出来ませんが、リス達が土の中に隠したクルミを掘り出したり、木の下に落ちたカケラなどを食べているようですよ」
「へ~!そうなんだ。みんなに人気なんだね」
シェニカはディスコーニとの会話に夢中だったため、
「周囲を不気味な首吊人形に囲まれ、四方に目が合う首吊人形がいるとか。ここは不気味人形で結界が張られたホラー屋敷だ」
というルクトの呟きは聞こえていなかった。
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