天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第18.5章 流れる先に

1.士官学校へ

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■■■前書き■■■
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更新を大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。m(__)m
第18.5章はディスコーニのサイドストーリーとなります。

■■■■■■■■■

大きな花市場のある街アミズ。
首都の南東にあるこの地方は1年中多種多様の花が咲くことで有名で、市場に買い付けにくる商人らでいつも賑わっていた。
そんな街の片隅にあるこじんまりした二階建ての家。玄関の横に『アスタナシブ吟遊詩人養成教室』と刻まれた小さな木のプレートが下げられたこの場所が、自分が生まれ育った実家だった。

父が生業としている吟遊詩人という仕事は、酒場や集会場などで歌や物語を披露したり、貴族や大商人が客人へのもてなしの1つのとして呼んだり、楽師や役者達と一緒に演劇団を組んで物語を公演したりするものがあるが、戦場に向かう軍に同行し、戦場で見た成果や状況を詩や歌で表現する、というものもある。
戦果を裏付ける1つの証拠として、吟遊詩人が書類で報告することもあれば、民衆の集まる酒場でその詩や歌を披露することもあり、有名な詩人になれば王宮に招かれて国王陛下を始めとした王族らの御前で披露することもあるらしい。
そういう活動の中で吟遊詩人がつけた傭兵や軍人の二つ名やエピソードが知れ渡り、世界新聞を介して世界中に広まる。戦場に行っても直接生命を狙われることがない、比較的安全な職業として人気がある。
戦場には何人もの吟遊詩人が同行するが、王宮に招かれる有名な詩人になれるのはほんの一握りだ。父はその一握りに選ばれなかったが、それなりに経験を重ねた吟遊詩人として養成教室を開いていた。

もうすぐ自分はこの家から出ていくことになるが、父はここで1人で暮らすのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、玄関のすぐ横にある大きな扉の前で立ち止まった。


「ららら~♪あ~あ~~♪ららら~♪」

ーーコンコンコン。

歌声が響く扉をノックをすると、自分と同じタレ目を不思議そうに細めた父が出迎えた。腰まである金の髪をまとめていないから、今日は外出の予定はないのだろう。


「どうしたんだい?」
「お話があるのですが、お時間宜しいですか?」
「構わないよ。中にお入り」

大きな鏡がある広い稽古部屋に入ると、父は部屋の隅にあるソファに座り、ローテーブルを挟んだ向かいに座るように促した。


「進路を決める時期になりましたのでその相談に来ました」
「あぁ~。もうそんな時期だったのか。それで?ディズはどうするの?」
「私は軍に入ることにします」

学校から渡された1通の封筒をローテーブルの上に置いてソファに座ると、父はその中に入った紙を出して静かに読み始めた。


ウィニストラでは基礎を学ぶ6歳から9歳までを初等科、魔法の適性を見分ける10歳から11歳までを中等科。適性と進路に応じた教育を行う12歳から18歳までを高等科と分けていて、16歳になる年に軍に入るか、傭兵や商人、学者といった軍人以外の選択肢を取るかを決めることになる。そこで軍への入隊を希望すると地元の養成学校へと進むことになるが、一定の成績があれば首都にある士官学校に行くことになる。
自分にもその選択の時期がきたが、父に相談したところで反対する人ではないからと自分の意思を伝えるだけにした。


「士官学校の、それも特別クラスなんてすごいじゃないか」
「よく分かりませんが、特別クラスだそうです」

士官学校では30人が1クラスとなって、剣術や魔法、体術といった技術と戦術論、野営の仕方などの知識を学ぶことになる。どのクラスも5人の教官がいるのだが、普通クラスの教官を元上級兵士が務めるのに対し、特別クラスの教官は元副官になり、より高度で実践的なことが学べる。
定期的に行われる筆記と実技試験の成績、担当教官の評価によっては、普通クラスの成績上位者と特別クラスの成績下位者が入れ替えられるから、士官学校に進学した生徒の誰もがこの特別クラスに入り、そのまま卒業することを目指すらしい。


「成績表に黒魔法の適性に高い可能性があるって書いてあるから、そこを見込まれたんじゃないかな。戦場だと黒魔法の適性が高い人は重宝されて出世もはやい。若くして役職に就いていることがほとんどだからね」
「黒魔法は得意な方ですが、適性が高いと感じたことなんてありませんが…」
「学校は魔法の適性の高さが同じになるようにクラス編成していることが多いから、比較しても大差がない様に見えるんだ。今はわからないかもしれないけど。先生がそう判断したってことは高いんだと思うよ。まぁ、実感するのはこれからだろうね」

父はそう言って小さくため息を吐くと、手に持っていた紹介状を自分に返してきた。


「階級章を貰える兵士を目指すの?」
「私には責任の重い上級兵士なんて無理だと思います。適当なポジションで、それなりに生きていければいいので街で働く中級兵士を目指します」
「相変わらず欲がないなぁ。まぁ、ディズの人生は君だけのものだから、幸せになってくれたら私はなんでも良いんだ。
でも。どんな職業に就くにしろ、これだけは忘れちゃいけないよ」

父は立ち上がると、壁に飾られた父の故郷を描いた大きな風景画や父の師匠の肖像画を素通りし、絵の中で微笑む母の前で立ち止まった。
それは両親の結婚記念の絵で、椅子に座る母と、その肩に手を置いて傍らに立つ凛々しい父が描かれている。


「自分の好きな道に進んで、後悔のないように生きるんだ。ディズまで死んでしまったら、アシアードと私しか残らなくなるから。生命は大事にするんだよ」
「はい、もちろんです」

従軍する吟遊詩人だった父は戦争が起きると家にいなかったが、平時は土いじりを趣味にしていた母と一緒に庭で花や野菜を育てていた。
特に不自由することのない平穏な環境の中で、おっとりした母と穏やかな父がいて、お菓子の取り合いで喧嘩をしていた双子の姉達。母にベッタリで泣き虫の弟がいる、ごく普通の6人家族だったのだが。母は弟を連れて市場で買い物をした帰り道、突然落下した看板の下敷きになって亡くなった。弟は無事だったが、目の前で母が死んだというショックは大きく、塞ぎ込んで家に引きこもる様になってしまった。
そんな弟を励まし、日常の家事や自分と弟の面倒を見てくれたのは姉達だったのだが、残念なことに下級兵士として初めて臨んだ戦場で2人同時に散ってしまった。

そして3人家族になると、父は未成年の子供2人だけの生活に出来ないからと、従軍することをやめて街で養成教室を開いた。
弟は姉達の死亡で再び落ち込んでいたが、一緒に過ごすようになった父から世界中の色々な話を聞く機会に恵まれたおかげか、冒険物の話が好きになって外に出るようになった。そんな前向きになった弟を応援しようと、父は知り合いの学者に紹介してもらい、弟をレノアールにある学者養成コースのある全寮制の学校に入れ、自分と父の2人だけの生活になった。


「それにしても、子供はいつの間にか成長するんだなぁ。2年後にはアシアードも進路選択だもんな。あの子はどんな選択をするのかな。学者になるのかな」
「冒険者になると言ってましたよ」
「そっか。誰も吟遊詩人にならないのは残念」

父はそう言って瞳が見えなくなる笑顔を浮かべると、首元からネームタグを取り出して、ペンダントトップに加工された母の結婚指輪を愛おしそうな手付きで触った。
女性と見間違うような中性的な顔立ちに細身の身体つきをした父親は、もうすぐ40台半ばになるが年齢を感じさせない若さがある。
養成教室に子供を通わせる何人かの未亡人が、父に再婚の話を持ちかけたり、関係を迫っている声を聞いたことがある。その時の父は今まで聞いたことのない冷たい口調で、『私の一生分の愛は妻に捧げました。これまでもこの先も、私の心も身体も、生命もすべて妻だけのものです。貴女を幸せに出来る方は別の方ですので、どうぞお探しになって下さい』と拒絶していた。
毅然とした父の姿はとても印象に残っていて、自分もそう想える相手と一緒になりたいと、なんとなく憧れを抱いた。


「ということは、この家には私しか居なくなるのか。それなら私もレノアールに引っ越そうかな」
「レノアールにですか?」
「首都は家賃が高いけど、レノアールならそこまで高くないし。できるだけディズとアシアードの近くにいたいしね」
「そうですか。心強く思います」
「なら善は急げってやつだから、明日レノアールに行って物件選びしようかな。ディズも行く?」
「私は家で本を読んでいたいと思います」
「そっか。しばらく家に帰ってこないと思うけど、留守番大丈夫?」
「大丈夫です。良い物件を選んできて下さい」

翌日、レノアールへ向かう父を見送ると、父の書斎に入った。
この部屋一面にある本棚には、吟遊詩人が参考にする詩や小説、伝記、伝承といった本が多かったから、時間を潰すうってつけの手段として入り浸っていた。没頭するあまり寝る時間が遅くなっても、自分が読み終えるまで、父もこの部屋で静かに本を読んでいた。


ーー小川に落ちた葉っぱのように、ゆっくり、ゆっくり流されて。心地よい流れにすべてを任せ、じわりじわりと溶けてゆく。ただ穏やかに流れる私に、大きな空が『こちらにおいで』と微笑んだ。
見上げることしか出来ない身では、あのきれいな空には行けないけれど。この身がすべて溶けてしまったら、次は空に浮かぶ自由な雲のように、風に流され消えていきたい。

詩集にあったこの一節は、どこか自分と似ているような気がして一度読んだだけで心に根を張る様に響いた。しばらく詩集を見ていなかったが、ここを出る前にもう一度読んでおきたかった。



「町長さんに挨拶に行ってくるね」
「分かりました」

荷造りや家の片付けなどをしていると、あっという間に首都に向かう2日前になった。来週にはこの家を引き払うということで、家財道具は持ち出され、家の中はなにもない状態になっていた。
母が料理をしていたキッチン、家族全員で食事をしてトランプなどをして過ごしたリビング、本で埋め尽くされていた父の書斎など、思い出を確認するように何もない部屋に入ってボーッとしていると、玄関の扉を激しく叩く音と聞き覚えのある声がする。何事かと思ってドアを開けると、3人の友人が立っていた。

「ディズ!今から遠乗り行くんだ。お前も行こうぜ!」
「すみません、気が乗らなくて」

馬で遠くまで行くのは爽快感があって嫌いではないのだが、家を出るのが億劫で仕方がない。今は何もない、だだっ広い部屋の日当たりの良い場所で寝転んで、ダラダラとした時間を過ごしたい。


「お前、ほんっとうに面倒くさがりだな」
「明後日行くんだろ?会えなくなるんだから、その前に遊ぼうぜ!」
「俺たちはここにいるけど、お前だけいなくなるなんて寂しくなるじゃないか。その前にパーッと馬で走ろうぜ!」
「そうなんですけど。遊ぶ気にならなくて」

自分の答えが変わらないことに諦めたのか、友人らは顔を見合わせてため息を吐いた。


「お前って、ほんっとうに気分屋だよな。俺たちはお前がそういう奴って知ってるから良いけど、そんなんじゃ付き合い悪い奴って思われて友達できねーぞ?」
「そうですね。気をつけます」


ーー士官学校には国中から優秀な者達が集まってくるから、養成学校以上に競争が激しくなる。その2年間は互いに高め合い、蹴落とし合う環境の始まりと言われている。実力差が今まで以上に顕著になってくるから、気の合う友人や昔からの友人であっても裏切られたり、利用されたりするのが当たり前の世界だ。それは今後軍人として生きていく上で必ず経験することだからと、それが原因で問題が起きても命に関わることにならない限り教官たちは介入しない。だから人を信用しすぎることは危険だ。
あと、異性問題には気をつけるんだ。興味が出る年齢だし、親の目がない環境だが、最低でも成人するまで我慢しなさい。成人後も決してハメを外してはいけないし、派手な女遊びや浮気、不倫といった行動は身を滅ぼす一因になる。付き合う相手は結婚相手と思って吟味するんだ。

先日、担任の教師が家に来て、士官学校のこと、特別クラスのこと、卒業後のことなどを話された時、そんなアドバイスももらったのを思い出した。でも、怠惰で他人に興味のない自分には友人も恋人なんて出来ないと思う。




「いってらっしゃい。住所と地図を書いたメモは持った?レノアールの家で待っているからね」
「はい、持ちました。では行ってきます」

父に見送られて乗り合い馬車に乗り、2日かけて首都に着いた。
馬車を降りると目の前には黒色の建物があり、眼光鋭い青碧色の服を着た兵士達が馬車から降りる人物を観察している。不審人物がいないか確認しているのだろう。
自分が馬車から降りると、近くにいた1人の兵士が無表情で自分に話しかけてきた。


「士官学校への進学者か?」
「はい」
「紹介状とネームタグを確認する」

学校から渡された士官学校への紹介状とネームタグを確認されると、その人は黒い建物と城壁の間にある道を指差した。


「学校はその先だ」
「ありがとうございます」

言われたとおりに進んでいくと、2階建ての灰色の建物があった。その建物の玄関横には大きな掲示板があって、自分と同じように荷物を抱えた人が数人いた。その掲示板には特別クラスが2つ、普通クラスが4つあり、『部屋番号を確認の上、訓練着に着替えてそのまま待機』と書いてあった。
寮の玄関内にある案内図を見てみれば、この建物は横に長い『工』の形をしているらしい。下級生が使用する北棟、上級生が使用する南棟と分けられていて、どちらの棟も両端には階段とトイレ、談話室があって、そこに挟まれるように部屋が細かく区切られている。2つの棟を繋ぐ建物の1階には、2階への階段と食堂、風呂場があり、2階には図書館と多目的室といった共有スペースがある。

誰もいない食堂を眺めながら北棟へ繋がる長い廊下を通り、1階にある自分の部屋に向かっていると、窓の反対側にあるドアの横には小さなネームプレートが入っている。どのネームプレートにも名前は1つしか書いてないから、部屋は個室になっているらしい。
指定された部屋に入ると、そこは上段がベッド、下段がクローゼット兼本棚になった家具と窓側に置かれた机しかない小さな個室だった。部屋の端から端まで数歩という狭さだが、他人の目を気にしないで良い空間なのはありがたかった。
荷解きをしてクローゼットに入っていた灰色の半袖シャツと黒のズボンに着替え、椅子に座ってボーッとしていると、廊下から「紹介状を持って西の中庭に集合!」と何度も繰り返す大きな声が聞こえてきた。

すぐに廊下に出てみれば、真新しい訓練着に身を包んだ人たちが走っていた。その波に乗って西側の中庭に出てみれば、クラスの名前が書かれたプラカードを持った職員と、その隣で生徒の何かを確認している職員が居て、生徒達が整列を始めていた。


「ディスコーニ・シュアノーです」
「学校内ではこの腕輪を常につけて下さい」

他の人に倣って名前を告げ、職員に紹介状とネームタグを確認されると、左手首に銀の腕輪を嵌められ、来た順番で整列させられた。もう1つの特別クラスは同じ腕輪を右手首につけているが、他の4クラスの人は何もつけていないから、この腕輪で特別クラスだと判別するようだ。
周囲を見ると、どの生徒たちも目標と希望を持った凛々しい顔つきで、何も考えていない自分が場違いなように感じた。



しばらく経って左腕に白い腕章をつけた5人の教官が自分たちの前に並ぶと、職員は敬礼して立ち去った。普通クラスの教官には腕章がないが、もう1つの特別クラスの教官達は同じ腕章を右腕につけているから、特別クラスは腕章と腕輪を見れば分かるようになっているらしい。

「今日からお前達を1年間担当する。今までやってきた以上に厳しい訓練になるが、ちゃんとついてこいよ」

5人の教官の1人が威圧するような低い声でそう言うと、自分を含めた生徒全員に緊張が走った。
ここにいる5人の教官達の目を合わせるのも戸惑うような眼力と、周囲に緊張感を与える空気を感じれば、まだ何も始まっていないのに今までの教師たちとの違いがはっきり分かる。戦場で多数の功績を上げてきた元副官となると、立っているだけですごい存在感なのだと思った。


「まず規則について説明する。一度しか言わないから心して聞くように」

教官から起床と消灯時間、クラスごとに決められた食堂と風呂の時間、別生徒の部屋への入室禁止、持ち込める私物、長期休暇の時期などの説明を受けると、今まで前にいた教官のうち4人が中庭の四隅に移動していった。


「ではこれより体力訓練を行う。止め、というまでこの中庭を走れ」

早速体力訓練が始まって自分達が中庭を走っていると、他のクラスは腕立て伏せや重そうな棒を延々と上に掲げたり、中庭の端にある鉄棒で懸垂をしたりと、いろいろな体力訓練を始めていた。訓練開始から大した時間も経っていないのに、どの生徒も苦しそうな顔で汗だくになっている。
そんな様子を教官達は厳しい目で観察し、力を抜いていると判断された者の名前を大声で呼ぶ。ようやく「止め」と声がかかったら、次は腕立て伏せを命じられ、初日から厳しい学校生活が始まった。

翌日から始まった講義では、自国や周辺国、他の大国の歴史や戦術論、災害対応、治水事業の基礎などを学び、実地の授業では集団での野営の方法や夜襲の仕方と対処法、チームに分かれて狩猟や模擬戦闘などを学ぶ。実技の授業では体力訓練なども兼ねた剣術、体術、黒魔法の練習などが行われ、1日があっという間に過ぎていった。



学校に入って1ヶ月。
寮での生活、厳しい授業などに少しずつ慣れてきて、授業の内容などを確認しあう級友が4人ほど出来た。就寝前の自由時間、たくさんの生徒が集まる談話室の片隅で、級友たちとトランプ遊びをしているといつもの話題が始まった。

「アニスってやっぱり可愛いよなぁ。可愛い上に、あのデカイ胸が気になってしょうがないや」
「俺はメイがめっちゃタイプ!なんか良い匂いがするんだよなぁ」
「先週はラナが良いって言ってたのに。変わるの早すぎるだろ。俺は今もミディーだな!特別クラスに来ないかなぁ」
「来月から始まるダンスの練習、今からすっげー楽しみ!」
「ディスコーニは?誰が気になる?」
「特には…」
「つまんねぇ奴だなぁ。あ~。早く娼館行ってみたいなぁ」
「だよなぁ!俺、卒業したら、その日の夜には行くつもりなんだ。今からどこの娼館に行くか考えるのが楽しくて!」
「俺も俺も!今からドキドキして眠れないよ」
「父さんがこっそりさ、『卒業と成人祝いを兼ねて、高級娼館に連れて行ってやるからな。でも、母さんには絶対言うなよ』って!」
「いいなぁ。俺も父さんに言ってみようかなぁ。ディスコーニはどこの娼館に行く?」
「特に予定はないです」
「最初が肝心って言うから、よ~く吟味した方がいいぞ!」
「俺、次の休日に娼館街の前を通り過ぎてくるよ!」
「いいねぇ!」

談話室で話すのは楽しいものの、毎回自分の答えは同じで、異性を見ても相変わらず何も感じないし、娼館にも興味がない。
好きな相手と出会えて想い合えれば幸せなことだと思うが、出会えなければずっと独身でも構わない。
なんとなく生きて、なんとなく働いて、なんとなく死んでいく。起伏のない真っ平らの川を一方的に流されるような人生でも全く構わないし、むしろ自分らしい一生だとすら思う。

でも。
こんな自分でも心を動かされるような人に出会ったら、何かが変わるのだろうか。



毎日がとにかく厳しくて、休日は疲れた身体を休めるために部屋で1日ダラダラ過ごす。多くの人が帰省する長期休暇になっても隣街に行くことすら億劫で、顔を見たいと手紙を送ってきた父には「勉強があるから」と返事を出して、すっかり静かになった寮内の図書館で本を読んで過ごした。
そんな学校での生活はあっという間に過ぎ去って、1年間の成果を示す試験の結果を言い渡される日が訪れた。

「次、ディスコーニ・シュアノー」
「はい」

教壇に立つ教官の前に移動し、目を合わせ、姿勢を正して言葉を待った。


「お前は筆記と黒魔法の適性は高くて見込みがあるが、剣や体術といった技術面は中の中。魔法の素質と頭が良いのは褒めるべきだが、体力も技量もないと軍ではやっていけない。次も特別クラスだが、もっと貪欲に励め」
「はい」

戦術論と言った筆記試験は教科書から学べるから、応用すれば大抵の問題は解ける。でも、剣や黒魔法は常に動く状況を的確に、かつ瞬時に判断しないといけないが、相手から一歩出遅れてしまう。体術は同程度の体格の級友ならどうにかなるが、体力の少なさや身体の貧弱さが影響して、体格の良い相手には良いように投げ飛ばされる状態だった。
出来の悪い生徒を対象にした補習が行われる時には必ず名前を呼ばれ、教官を相手に技術面の指導を受ける。教官に指摘されたことや助言の内容は理解できるものの、ヤル気が出ないせいか、いつまで経っても上達しなかった。

そんな状態のまま学校生活が2年目に入り、より実践的な知識や技術を求められる演習が行われるようになったが、基本的には1年目と同じく忙しい毎日に流される生活が続いた。

「なぁなぁ。実技試験結果どうだった?俺、22位…」
「18位」
「俺14位。ディスコーニは?」
「私は20位です」

お互いに定期試験の順位を伝えあうと、自分以外の級友たちは努力が報われないことにガッカリしたような、深い溜息を吐いた。


「もう教官の評価にかけるしかないっ!」
「筆記は19位だから、実技14位だとギリギリ残れるかなぁ…」
「ディスコーニは筆記の成績が良くていいよなぁ」
「筆記は実技ほどの苦手じゃないので…」

補習の常連で、貪欲に励むだけの熱意がないと評価されてもおかしくなかったから、普通クラスに移動になるのが自然だと思っていたが、筆記試験の成績だけは良かった影響か、不思議と特別クラスのままだった。
特別クラスに入るために必死に勉強して、鍛錬に励む普通クラスの生徒を見ると、申し訳ない気持ちになる。


「ノーランドっていつも1位だよなぁ」
「頭も良いし、剣も上手い。唯一の欠点は黒魔法の威力が普通ってくらいだよな」
「成績が良いから将来の出世の見込みはありそうだし、家が貴族だから女にはモテてるけど。『上から目線』『身分至上主義』っていうところも欠点に追加したいよな」
「だよな!いつもつるんでるのは貴族出身の奴ばっかで、俺達みたいな平民出身の奴は喋りかけるなって感じだもんな」
「あぁいう奴は痛い目に遭えば良い!って思うけど、親の後見があるし、金もある。何でも持ってるから、一生を順風満帆で終えるんだろうなぁ」
「軍人は実力主義だけど、貴族出身になると活躍を知らしめるために専属の吟遊詩人を雇ったり、親が将軍や副官に子供の話をしたりして、昇進に優位にさせることもあるらしいぞ。退役したとしても親の口利きで、いいとこに再就職出来るとか」
「俺達とはスタートが違うな。羨ましい」

成績上位者の中には平民の者もいるのだが、成績が良いことを快く思わない貴族や大商人出身の者達は、蹴落とそうと教科書を破り捨てたり、部屋のドアに接着剤をつけて開けられないようにしたり、その人が親しくしている人を買収して悪い噂を立てたりしている。
やられた平民の同級生もやり返してはいるのだが、貴族や大商人の家に生まれた者は、嫌がらせにも金をかけていたり、より悪質なものになりがちだった。飲み物に下剤を混ぜられたり、筆記試験の時にカンニングの疑惑をかけられてしまったり、風呂場で冷水を浴びせられたことをキッカケに殴り合いの喧嘩になった時も、教官は介入しなかった。
耐えかねて教官に訴えた者もいたものの、教官は「出されるものはすべて安全とは限らない。口にするものには毒が入っているかもしれないと常に警戒し、治療出来る者に頼める状況にしておいたり、自分で解毒薬を用意するなどの対策をしておくように。腹の立つことなど世の中無数に起こる。殴り合いの喧嘩のような子供じみたことはせず、自分の感情を律し、何が一番の対処法なのか考えろ」などの助言を与える程度だから、延々と続く嫌がらせに耐えきれず退学する者も少なからずいた。

クラス内でそんな殺伐とした事件が起こっていたのだが、成績も見た目も言動も目立たない自分たちのような者は、空気か賑やかし程度の存在としか見られていないらしく、比較的平穏な日常が続いていた。
ただ、嫌味や嫌がらせの応酬を重ねる同級生達を見ながら、そういうやり方もあるのか。そういう風に嫌味を言うのか。そういう感じでやり返すのか、と他人事のように傍観しながら感心していた。
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