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第18.5章 流れる先に
4.異色の部隊(1)
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■■■前書き■■■
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3/6に連載5年目に突入しました。
更新が遅くなっておりますが、これからも頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。m(_ _)m
4話は3話構成になっています。3話同時更新となっておりますので、(1)から読んで頂けますと幸いです。
■□■□■□■□■□
第18.5章は色んな名前が飛び交うため、少しでも分かりやすくなればと、出てくる人達を整理しておきます。ご参考までにどうぞ。
(バルジアラの副官)
●リスドー ※腹心
●イスト
●ヴェーリ
●モルァニス
●アルトファーデル
(ディスコーニの隣の部屋の下級兵士)
●ライン(リスドーの部隊所属)
●ロア(イストの部隊所属)
●マルア(ヴェーリの部隊所属)
●ロンド(ヴェーリの部隊所属)
(下級兵士)
●ワンド(アルトファーデルの部隊所属)
●ドルマード(モルァニスの部隊所属)
■■■■■■■■■
バルジアラ様の部隊の一員として働く最初の日。
早朝の市場で買ったパンを部屋で食べた後、真新しい草色の軍服を着て、剣を失くした時や咄嗟の場面に使用する短剣は懐に忍ばせ、重量のある本物の剣は腰に差した。
昨晩支給品として短剣と剣、軍服が渡されたが、『武器はどちらも一般的なので、他に装備したいものがあれば自分で買っても良い』と言われた。自分は特に武器の種類にこだわりもないし、わざわざ父に買ってもらう必要性も感じないから、この支給品で十分だと思った。
「ディスコーニ。準備出来てたら一緒に鍛錬場行かない?」
「はい、行きます」
1時間後に集まることになっている鍛錬場を地図で確認していると、隣の部屋の4人達からそう声をかけられた。
「朝食は食べた?まだだったら食堂行こうか」
「市場で買ったパンを食べました」
「そうなんだ。軍の食堂は24時間営業でメニューがすんごい豊富なんだ。トッピングもたっくさんあって、毎日3回通っても制覇するのに何年もかかるくらいなんだよ。明日の朝から一緒に行かない?」
「はい、是非」
「それにしても入隊初日ってドキドキしたよなぁ。懐かしい」
「首都に転属になった初日のことも覚えてるけど、入隊初日のことも覚えてるなぁ」
「みなさんは同じ場所に配属されていたのですか?」
「いや。俺たち4人は首都に転属になった時期が同じなだけで、最初の配属先や年齢もみんなバラバラなんだ」
隣の部屋のライン、ロア、マルア、ロンドの4人の中でラインが一番年上で、彼らは地方で何年も働いた後、この部隊に転属になったらしい。
彼らの話を聞きながら鍛錬場に行くと、そこにはバルジアラ様や副官方はいなかったが、銅の階級章をつけた人と草色の軍服を着た人たちが混合するグループがいくつかあり、彼らは腕立て伏せや鉄棒で懸垂を行うなどの鍛錬をしていた。彼らは自分を見ると鍛錬をやめて、自分を囲むように集まってきた。
「お前が新入りか!よろしくな!」
「ディスコーニ・シュアノーです。どうぞよろしくお願いします」
「俺、アルトファーデル様の部隊にいるワンドって言うんだ。今日の昼メシ一緒に行こうぜ!俺はカツ丼定食大盛りと野菜ゼリーにするんだけど、ディスコーニは何定食にする?」
少しぽっちゃりとした体型のワンドという下級兵士が、目をキラキラさせながらそう聞いてきた。すると、その後ろにいた中級兵士が彼の肩をガシッと掴んだ。
「おい、ワンド。もう昼メシの話か?食堂にはメニューがたくさんあるから、見ないと決められないだろ。それにデザートは赤ちゃんほっぺの豆大福がおすすめだ」
「いやいや。豆大福もいいが、やっぱりぷるぷる具合にロマンを感じるプリンだろ!」
「ちょっと待て。ここは新入りたる者、バルジアラ様お気に入りの葛切りだろ」
「葛切りも良いですが、俺は食堂人気ナンバーワンデザートで、モルァニス様イチオシのバナナムースケーキも捨てきれません!我々が決して参加することが出来ない晩餐会のトリを飾るバナナムースケーキが、この食堂で食べられるという幸運に感謝するほかありません!
シンプルな見た目ではありますが、裏ごししたバナナの細かな果肉からは甘さが染み出し、クリーミーな味わいで仕上げられたムースケーキは絶品ですよ。あれを食べると、午後の講義の時は幸せな余韻に包まれながら受けられるんです…」
「お前、それって昼寝してるってことか?」
「ち、違いますよ!講義を受けながら悪魔の誘惑と戦うという高度な心理戦が行われていて……。すみません」
「よし!そしたら1人ずつおすすめの定食とデザートを言いながら自己紹介しよう!」
下級兵士から階級章を胸につけた上級兵士まで、全員で食堂のオススメの定食とデザートの話を入れた自己紹介を終え、階級に関係なく和気藹々とした会話をしていたら。いつの間にか時間が経っていたのか、バルジアラ様と副官方が鍛錬場にやってきた。
「ん?お前ら早速ディスコーニを可愛がっていたのか?」
「食堂でのオススメ定食とデザートの組み合わせを語りつつ、一緒に自己紹介を行いました」
「全員終わったのか?」
「はい」
「仕事が早く出来る良い奴らだ」
銅の階級章を胸につけた上級兵士が嬉しそうにバルジアラ様に報告すると、バルジアラ様は口をニカッと開いて満足そうな笑みを浮かべた。
「俺はバルジアラ・レクトルだ。俺のオススメは焼肉定食の大盛りに冷奴をトッピング。デザートは葛切りかチーズケーキだな。焼肉定食は甘辛い味付けだが、たまにスパイスを足したり、味付けを塩コショウだけにさせたりするのが良いんだよなぁ。こってりした味付けの後は葛切り。シンプルな味付けの後は、こってりしたチーズケーキを組み合わせるのが最近の定番だ」
「リスドー・アスディンです。オススメの定食はチーズフォンデュで、デザートはよもぎ団子がオススメです。フォンデュに使われるボルフォンのチーズは、他の地域で作られるチーズよりも味が濃くて旨味があるので、付け合せのパンは1本ではなく2本にするのが良いと思います。
食堂のよもぎ団子は年中用意されるメニューですが、作るシェフによって使用するよもぎの産地が違うのです。その中でもナペリ産のよもぎを使っているものは香りが高く、故郷の草原に似た凛々しい緑色が出るので大好きす。一度食べてみて下さい」
赤茶色の髪を刈り込んだリスドー様は、醸し出す貫禄から副官方の中で一番年長のように見える。ただ、その隣にいるバルジアラ様の方が年上に見えるのだから、見た目や貫禄というのは当てにならないのかも知れない。
バルジアラ様の隣に立っているということは、副官の中で一番バルジアラ様に近い腹心という立場らしい。
「イスト・エトナです。食堂にはたくさんの定食とデザートがありますが、私はその中でもビーフシチュー定食とチョコレートプリンがオススメです。ビーフシチュー定食には薔薇とサラミのサラダがセットでついてくるのですが、このサラダが美味しいのです。少し塩味が強いサラミと薔薇を一緒に食べると、味が丁度良い塩梅になるし後味が爽やかなんですよ。
チョコレートプリンはしっとりした舌触りとくどすぎない味ですが、下にあるビターチョコソースと合わせると苦味が加わって2度美味しく頂けます。是非食べてみて下さい」
金色の長い髪をゆるく三編みにしたイスト様は、バルジアラ様には及ばないが5人の副官の中で一番背が高い。黄緑色の澄んだ瞳が美しく、父と同じような中性的な感じがした。
「ヴェーリ・シャドナムです。自分のオススメはフルセットラーメン定食とトコロテンです。定食のセット内容はカリカリ食感と塩味が美味い川エビやサワガニの唐揚げ、酸味の効いたあんかけチャーハン、野菜多めの餃子、エビやカニから出た旨味を昆布ダシがまろやかに包み込んだスープで満たされたラーメンで、どの料理も絶品です。食べた後は少々脂っぽさがあるので、酢が効いたトコロテンをデザート代わりにするのがオススメです」
ヴェーリ様は日に焼けた小麦色の肌をしているからか、体格が良いわりに細く見える。バルジアラ様を含め、他の副官方が腰に剣を1本差しているのに対し、ヴェーリ様は左右の腰に1本ずつ剣を差していた。
「モルァニス・ルマリンです。その日の気分によってトッピングを変えられるカレーとバナナムースケーキがおすすめです。
軍の食堂は24時間年中無休です。毎日継ぎ足し、継ぎ足しと脈々と作り続けられているカレーは、歴史を感じさせるような深く、濃厚な味わいで、辛さも超甘口から超激辛まで調整してくれます。トッピングでトンカツや唐揚げ、目玉焼き、ハンバーグ、フライなど種類が豊富なので、毎日食べても飽きません。そのため食堂の人気投票では常に上位にありつづけている長寿メニューです。
バナナムースケーキは国賓をもてなす晩餐会の最後を飾るデザートであり、今まで晩餐会以外では口にする機会がありませんでしたが、王宮のシェフ達が我々の慰労のために出向して作ってくれています。大人気デザートですが、品切れしないように延々と作ってくれているので、確実に食べられますから安心して下さい。
ちなみに。先日バルジアラ様が超激辛のカレーを注文なさいましたが、完食後はやたら無口になっていた上に目は血走り、鼻水が止まらなくなっていました。『俺は大丈夫だ。全然余裕だ。感動で鼻が出るんだ』と強気に仰っていましたが、こっそり治療魔法をかけてもらったようです。超激辛に興味のある人は、バルジアラ様に感想を聞いてみてくださいね」
モルァニス様はバルジアラ様にギロリと睨まれたが、その視線すら楽しいのか「ぷぷっ」と小さく笑っている。目を三日月の形にして笑うモルァニス様は、どことなくイタズラ好きな印象を受けた。
「アルトファーデル・モルスです。食堂の定食はどれも美味しいですが、マールの塩焼き定食とキャロットゼリーがオススメです。
食堂の人気投票に必ず食い込むマールの塩焼きは、食堂だけでなく遠征の時にもよく食べますが、長年食べていても飽きがこないので、メニューに悩んだら安定感のあるこの定食を食べるのがいいと思います。
人参を丁寧にすりおろしたキャロットゼリーは、人参と一緒に煮込んだりんごの甘さとのバランスが良いんです。このゼリーを食べた後に馬に近付くと、口の周りをものすごい勢いで嗅いできて、とても仲良しになれます。一気に馬の人気者になれますので、一度食べてみて下さい」
アルトファーデル様は副官方の中で一番背が低く、どことなく幼さを感じるような童顔だ。軍服ではなく民間人の服を着れば、少年と間違われてもおかしくないような印象を受けた。
「よし、それじゃ部隊ごとに整列だ。ディスコーニ、お前はこっちに来い」
バルジアラ様の命令に従って全員が5つのグループに分かれると、自分は兵士を前に並ぶバルジアラ様と5人の副官方の間に立たされた。
整列した部隊を見てみると、1つの部隊に下級、中級、階級章のない上級兵士が3人ずつ、銅の階級章をつけた上級兵士が2人という数で編成されていた。
隣の鍛錬場にも同じように新米の下級兵士たちが部隊の人たちに紹介されているが、副官1人が抱える部隊の人数はこちらの倍以上いて、更にその中で細分化されているようだ。自分が所属する部隊はもちろん、バルジアラ様の部隊全員の顔を把握するのが容易なほど人数が少なく、本当に大丈夫だろうかと心配してしまうほどだ。
「本日よりディスコーニはイストの部隊に所属させる。お前達もしっかり構って可愛がってやれよ。ディスコーニはロアの横に並べ」
ロアの横に並ぶと、彼は親指を立てて『頑張ろう』という合図を送ってきた。
「お前らには何度も言ってるが、ディスコーニが入ったから改めて言っておく。
俺は生還率の高い部隊を目指している。そのためにはどうすれば良いか考えた結果、階級に関係なく部隊内で活発な意見交換や交流をして連帯感を強め、無条件で信頼出来る仲間で構成した部隊を作ることにした。
軍人のくせに甘ったれたこと言うんじゃねぇよって言う奴がいるが、戦場で生き残るのも謀略に巻き込まれて生き残るのも、実力のある奴か運の良い奴、仲間に恵まれた奴ばっかりだ。
運はどうしようもないし、生き残れるだけの力を身につけるには時間がかかるが、仲間の連帯感を育てるのは比較的早く出来る。いつ何が起こるか分からない以上、助け合い相談出来る仲間を持て。助けてもらったら素直に感謝して、今度はお前が別の奴を助けろ。そうやっていれば多くの者が生き残る。
同じ部隊であろうと自分以外の者は出世の踏み台。死ぬ方が悪い。騙される方が悪い。弱いものが淘汰されるのは自然の摂理なのに、助け合う部隊なんて頭がお花畑の理想論だ。と馬鹿にする奴もいるが、結果を残せば真実になる。
協力し合う動物は狩りも上手いし、生存率も高い。野の獣に出来て人間に出来ないはずはない。押さえつけ、いがみ合うだけの指導が正解じゃねぇんだって、今俺を嘲笑ってる連中に思い知らせてやりたい。
ここにいるお前らにはそれぞれ大事な役目がある。互いを尊重し、俺の目指す部隊を構成する要素になってくれ。
では早速訓練を始める。まずは剣の素振りだ。俺と副官が『合いの手』を入れるが、剣を落とすなよ」
バルジアラ様の部隊全員が間隔を空けて綺麗に並ぶと、重い剣を延々と振らせる素振りが始まったのだが。時折バルジアラ様や副官方が、振り下ろした剣を自身の剣で押さえつける『合いの手』という名の邪魔をしてくる。ただでさえ剣は学校で使用していたものよりも重いから両腕はすぐに疲れるのに、すごい力で剣を抑えられるから、なかなか剣を上に戻せない。その状況は他の下級、中級兵士も同じで、押さえつけられた剣を戻そうと苦悶の表情を浮かべているなか、上級兵士達が押し返しているのは流石だと思う。
「ぅ、わ!」
イスト様から合いの手をかけられ、腕に力を入れて押し返そうとしていたら、足払いをかけられて尻もちをついた。
「剣ばかりに気を取られて、他が全部がら空きだ。他にも注意を向けるように」
伸ばされたイスト様の手を取ると、グイッと力強く引き起こされ、そう助言を与えられた。素振りを再開しながら周囲を見てみると、自分のように尻餅をつかされ、副官方やバルジアラ様に引き起こされている。合いの手を入れられたら足払いをされる、と分かっていても下級、中級兵士が転ばされているのに対し、上級兵士は一瞬で躱したり、足をかけられても倒れないように踏ん張っているのは流石だと思う。
転ばされ、引き起こされ、素振りをして、合いの手を入れられ、また転ばされ…という状況をどれくらい続けたのか分からないが、疲労困憊でまともな素振りができなくなる人が多くなってきた頃、ようやく終わりが告げられた。
「素振りはこれくらいで良いだろ。じゃ、今から目隠しをしての鬼ごっこだ」
上級兵士が鍛錬場の隅に置かれていたいくつかの木箱を開け、折りたたまれた布と革袋を1人ずつ配り始めた時、内容は聞き取れなかったが、大きな罵声が隣の鍛錬場から聞こえてきた。そちらに視線を向けると、自分と同じ入ったばかりの人たちが同じ部隊の上級兵士らに怒鳴られながら剣の素振りをしている。
罵声を浴びせられるのは彼らだけでなく、ほかの下級兵士や中級兵士にも及び、指導しても改善が見られないと判断されると、その人だけ素振りを中断して背中を踏みつけられた状態で腕立て伏せをさせられている。
「これをベルトに通して固定して」
「わかりました」
同じ部隊の上級兵士から革袋を受け取り、ベルトに通して固定して中を見ると小麦粉がたっぷり入っていた。
「じゃ、前を向いて」
「はい」
小麦粉を腰に装備してどうするのかと思っていると、広げた布でしっかりと鼻筋から額まで覆われ完全に視界を奪われた。
「やり方は簡単。気配を読んで相手の身体に触れ、終了まで汚れてないようにすることだ。俺や副官達を含め、全員が視界のない状況になっているから、遠慮はいらねぇからどんどん汚せ。軍服に触るだけでもいいし、顔や頭を白くしてやっても良い。目隠しを外した時、どんな仕上がりになってるのか楽しみだな!
でははじめ!」
気配を読むのは高等科からずっとやってきたが、目隠しをして鬼ごっこ、というやり方で訓練をするのは初めてだ。
早速革袋に手を突っ込んで、後ろからロアの肩を触れようとした時、彼はクルリと振り向いて自分の左腕を掴んだ。
「よし!成功っ!」
ロアは嬉しそうな声を上げて走り出そうとしたようだが、ズテンという大きな音を立てて転んだ。
「ちょっ!尻は叩くなよ!デリケートなんだぞ!」
この隙にと、自分を含めた数人が転んだ彼に触れ回り、近くにいた人の身体に触ろうとしたのだが、伸ばした手をひらりと躱され逆に触られる。もどかしい気持ちを抱きながら必死に気配を読み、感じ取った人に触れ回っているのだが、まったく気配を感じ取れないまま頭や頬、首を触れることがある。気配を読み取れるのは下級兵士、何とか読み取れるのは中級兵士だと思うから、いつの間にか触れられてしまうのは上級兵士なのだろう。
「ぎゃははは!くすぐるなよっ!」
「ぶべっ!あ、足払いなんて卑怯だっ!」
「俺の福耳を触るなんて!俺の幸運を返せ!」
「ちょっ!俺の自慢の髪をモジャモジャにするなんて!絶対モルァニス様でしょ!」
「正解です。モジャモジャ似合ってますよ」
「きゃ~!リスドー様、どこ触ってるんですか。えっち!」
「私じゃありませんけど…」
「いだっ!!バルジアラ様、デコピンはやめてください!最近生え際気にしてるんですよ!」
「俺じゃなくて、アルトファーデルだよ!」
「適度な刺激も育毛には必要だよ?」
「う、わ!」
誰かが追いかけてくる気配を感じて走っていると、誰かに足払いをかけられて豪快に転んでしまった。すると追いかけてきた気配だけでなく、自分では把握出来ないたくさんの手が自分の頭を撫で回したり、背中に手をなすりつけられたり、両頬を粉っぽい手で触られたり、鼻をつままれたり、太ももを掴まれたりと散々な目に遭う。起き上がると、気配は読めないが近くで『ぷぷぷ』という笑いを噛み殺す音が聞こえたから、そっちに向かって手を伸ばしたが何の感触もなかった。
近くにいる誰かに近付こうとすると、いつの間にか別の誰かに自分の身体を触られたり、足払いをかけられたりする。あちこちから楽しそうに文句を言う声や、悔しそうな声、誰かが転んだ音が聞こえてくるが、笑いを噛み殺す音も同様に聞こえてくる。
色んな人に触られ、撫で回されて、体力が尽きてしまいそうな時、ようやくバルジアラ様の「終了」という声が聞こえた。
「よし、目隠しを外していいぞ」
目隠しを外すと、自分の軍服の上半身も下半身も草色の部分が見えないほど真っ白。鏡がないから分からないが、顔や頭も触られたから頭の先まで真っ白なのだろう。
「あははは!ディスコーニ、真っ白!可愛がられたなぁ」
「ロンドもラインも真っ白ですよ」
「くっそ!今回も真っ白になっちまった。今度こそ草色を作るぞ!」
自分以外の下級兵士も、自分と同じように軍服の色が見えないほど全身真っ白。中級兵士は上半身も下半身も白くなっているが、下級兵士に比べると草色が見える程度の濃さだ。階級章のない上級兵士は、上半身も下半身も青碧色の中に複数の手形が重なって濃い模様が出来かけた状態で、銅の階級章のある人は上にも下にも大きさの違う手形だけで薄い模様が出来ている、副官方は背中や肩、太ももなどに数人の手形がついているようだが、大きな手形が一番多くついていて、バルジアラ様の軍服には手形は1つもついていなかった。
「よし、いい感じに仕上がってるな。じゃ、これから浄化の魔法で粉を落としたら昼休憩にする。その後は郊外演習場の6区画で黒魔法の実技鍛錬を行うが遅刻するなよ?
それとディスコーニ。お前はこの中で一番体力がないから特別メニューを与える」
素振りと鬼ごっこをやっただけだが、すでに全身に疲労が蓄積している。全員でやる内容でこれだけきついのだから、個人的に与えられる特別メニューなんてもう嫌な予感しかしない。
「今から毎日、甲冑を着て動き回れ。外して良いのは自室にいる間と休日だけで、どんな時も甲冑を着ていろ。ただし無理はしなくていい。
おいお前ら、甲冑を着るのを手伝ってやれ。そのうちお前らも着るんだから、手伝いながら着方を覚えろ」
『重い甲冑を身に着けて動き回るなんて体力が保たない、嫌です』と言えたらどんなに良いか。でも、雲の上の方からの命令とあれば、黙って受け入れるしかない。
浄化の魔法をかけてもらった下級、中級兵士達が興味深そうに見守る中、同じ部隊の上級兵士に手伝ってもらって、首から足先まで覆う銀色の甲冑を身に着けたものの。ただでさえ疲れた腕には力が入らないし、動き回った足は悲鳴をあげているような感じだ。
「やっぱり甲冑って重い?」
「すごく重いです」
「これを着て戦場で動き回るんだよなぁ…」
「今は動きが遅くてもいいから、足にしっかり力を入れるんだ」
数歩歩いてよろめいて転げそうになったとき、同じ部隊の上級兵士が両肩を掴んで、そう助言してくれた。
「ありがとうございます」
「最初はみんなこんな感じなんだ。普通は鍛錬中にしか着ないから慣れるまで結構時間がかかるけど、1日中着てるならずっと早く慣れる。上級兵士になるなら誰もが通る道だ。筋肉痛になるしキツイだろうけど頑張れ」
近くにいた上級兵士たちからもウンウンと頷く応援をもらうと、どこからか『ぐぐ~』っという腹の音が聞こえてきた。
「食堂行こうぜ!俺、腹ペコペコなんだよな~」
「ワンドはいっつもメシのことしか考えてないな」
「生きてる証拠ってやつだよ」
隣の部屋のラインとロア、担当副官の違う下級兵士のワンドとドルマードと一緒に食堂に向かっているのだが、動きが鈍い自分は彼らの歩くスピードを遅くしてしまっていた。
「鬼ごっこ、楽しかったな~!」
「目隠しをする訓練は学校でも受けましたが、鬼ごっこをするのは初めてでした」
鬼ごっこなんて初等科に入った時以来だと思うが、目隠しをしているからか、相手が自分よりも格上の存在だからなのか。捕まえられないもどかしさの中に、悔しさや楽しさが湧き上がったと思う。
「感情を無にした時が一番気配を読まれにくいって指導されたんだけど、どうしても雑念が混じって音を立てたりしちゃうんだよなぁ。ただ同じ感情でも、『殺してやる』って殺気立つよりも、びっくりさせてやろうってソ~っと近付いたりする方が、案外気配が隠しやすいんだ。バルジアラ様の指導を受けてから、戦場での気配の読み取りがしやすくなったんだよなぁ」
「教え方が上手なんですね」
「そうなんだよ。理不尽な暴力も罵声を浴びせられることなんてないから、落ち着いて出来るんだよな」
「どの部隊でも同じように目隠しをして気配を読ませる訓練はあるんだけど、目隠しをして鬼ごっこをするのはウチくらいなんだよ」
「そうなのですか?」
ドルマードに返事をすると、彼だけでなく他の3人が顔を見合わせて小さくため息を吐き出した。
「俺が最初に配属された地方部隊では、目隠しをして木べらで思いっきり叩いたり、中級兵士を相手にした体術訓練と組み合わせてみたり。上官から思いっきり踏みつけられた状態で腕立て伏せさせられたり。犬に追いかけ回させたりする時なんか最悪だったよ」
「そんなんだから怪我なんて日常茶飯事で、どんな時も面白さなんて全く感じない。それどころか、『いくらこのあと治療してもらえるからって、遠慮なくやりやがって!この野郎!』って全員思ってるから、表面上は普通でも心の中では憎しみ合ってたよ」
「地方だけこんなことされてるのかと思ったら、犬に追いかけられることはなかったらしいけど、バルジアラ様達も同じようなことをしていたらしいよ」
「隣の鍛錬場でやっていましたね…」
「バルジアラ様はそういうのが嫌で仕方がなくて、努力に努力を重ねて同期はもちろん先輩達を蹴散らして異例のスピード出世をしたらしいよ。
大っぴらにバルジアラ様を応援してくれるエメルバ様や、リュバルス様みたいに影で期待してくれる方もいるけど、大多数がバルジアラ様に嫉妬して嫌がらせをしたり、失脚させようと画策しているんだ」
「直轄部隊にいる上級兵士の失敗は、その上官である副官方やバルジアラ様の出世に響くんだ。俺たちは直轄部隊といえど下っ端だから失敗しても傷は浅く済むけど、バルジアラ様達の足を引っ張らないように言動や人間関係には注意しないといけないよ」
「分かりました」
「なんか変なことがあったり、困ったことがあれば、遠慮なく声を掛け合おうぜ!」
それにしても。歩くのが遅い自分を置いていっても良いし、早く歩けと怒られても仕方がない状況に加え、すれ違う人たちからは好奇の目で見られているのに。彼らは自分を置いていくことなんて考えていないような顔で、鍛錬場からずっとスピードを合わせてくれている。
彼らだけでなく部隊全員が『頑張れ』と励ましてくれたが、どうしてそんなに友好的なのだろうか。
「あの。先に行っても大丈夫ですよ」
「なんで?」
「歩くのが遅いですし、迷惑をかけてしまっていますので」
「なんだよ水臭いなぁ!俺たち仲間だろ。置いていくわけ無いだろ」
いくら連帯感のある部隊だといえど、まともに喋ったのが今日だというのに。もうすっかり自分を仲間として認識しているのだろうか。
「俺たちはバルジアラ様の目指す部隊にしたいんだ。入隊初日から重い甲冑を着ている新米を放ったらかしにするわけないよ」
「絶対部隊内で助け合うって分かってるから、バルジアラ様はこんな無茶なことを課したんだよ」
「そう、なんですか…」
疲れもあってか気のない返事をしてしまったのだが、誰もが穏やかな微笑を浮かべて必死に歩く自分を見た。
「今部隊にいる副官方とディスコーニ以外の全員が、当時副官だったバルジアラ様が地方拠点に来て指導をしてくれた時に、『俺のところに来い』って拾い上げてもらっているんだ。当時のバルジアラ様の部隊は士官学校出身の人達がほとんどだったから、地方の養成学校出身の俺たちは力不足で肩身の狭い思いをするかと思ったけど。バルジアラ様は出来の悪い俺達を見捨てることなく、当時側近だった今の副官方と一緒に熱心に指導してくれたから、なんとか戦場で生き残れたんだ。ただ、部隊内は悪くない雰囲気だけど、どことなく今の副官方以外の士官学校出身の人たちとは距離を感じていたんだ。
バルジアラ様が将軍になられる時、部隊全員連れて行っていいって言われたのに、連れて行ったのは今の副官方とバルジアラ様が声をかけて部隊に入れた人達だけだったんだ。後で聞いたら『いくら実力があっても、あいつらがいると俺の目指す部隊にならないからいらん。俺は俺が選んだ奴しか入れない』って仰ったんだけど、その潔さはかっこよかった」
「バルジアラ様は信頼関係を大事にする方だから、空気を乱す人を部隊に入れない。上の階級の人に丁寧な言葉を使うのは当然だけど、担当副官が違っても相談や提案、世間話、飲みに行ったりしているんだ。
上の人との接点が多くなるから人となりも分かるし、尊敬できるところもすぐに見つかるし、いろんなことを話やすい。普段からよく知っているからこそ、いざとなったらこの方の力になるためにも、少しでも強くなりたいって前向きになるんだ」
「編成して間もないから他の部隊に比べて人が少ないし、技術面だって足りないところもあるけど。『苦手なことは隠す必要も恥じる必要もない。さらけ出すことで周囲は弱点に気付き、得意な奴がフォローするように信頼関係を築け。フォローされたら感謝し、今度はお前がフォロー出来るよう努力しろ』ってバルジアラ様から何度も言われているし、実際助けてもらってばかりだから。早く苦手なところを克服して、今度は自分が誰かをフォローしないとって思えるんだよ」
「それに、『自分の部隊を持ったら自分の戦果を上げるのは重要なことだが、それと同じくらい部隊の生還率と部下達の活躍も重要視される。そのためには個々の実力も大事だが、無言で背中を任せられる信頼できる仲間がいないと話にならない。
だから部隊の中で嫌がらせの応酬や蹴落とし合ってのし上がるよりも、信頼出来る仲間を増やして互いに能力を高め、頭を使って戦略を練って出世した方が最終的な評価は高い上に、自分に確固たる自信と仲間がついてくる。
すぐ近くで能力が高いやつ、出世が早いやつがいれば焦るし妬ましくも思うのが人間だが、自分を律してこそ上級兵士だ。相手の優れているところは素直に認め、そいつから1つでも多くを学んで技術や知識、考え方を盗め。
野望を持つのも出世を望むの結構だが、結局地道な努力を続けていくのが一番効率的だ。能力も考え方も違う誰かをライバル視するんじゃなくて、どんなに小さなことでも良いから、今日の自分が昨日の自分に勝つように小さな努力を積み重ねろ』っていうのがバルジアラ様の教えだからね」
「だから俺達はバルジアラ様が選んだ人を仲間として歓迎するんだ。ディスコーニも色んな人から学ぶんだよ」
彼らの話を聞いていると、バルジアラ様には高い求心力があるようだ。まだ関わったばかりの自分には、バルジアラ様の性格や思考などを理解できてないが、彼らにはバルジアラ様のやりたいこと、目指す目標がしっかりと伝わっているようだ。人数は少ないが、他の部隊に比べて固い結束で結ばれているのだと伝わってきた。
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3/6に連載5年目に突入しました。
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第18.5章は色んな名前が飛び交うため、少しでも分かりやすくなればと、出てくる人達を整理しておきます。ご参考までにどうぞ。
(バルジアラの副官)
●リスドー ※腹心
●イスト
●ヴェーリ
●モルァニス
●アルトファーデル
(ディスコーニの隣の部屋の下級兵士)
●ライン(リスドーの部隊所属)
●ロア(イストの部隊所属)
●マルア(ヴェーリの部隊所属)
●ロンド(ヴェーリの部隊所属)
(下級兵士)
●ワンド(アルトファーデルの部隊所属)
●ドルマード(モルァニスの部隊所属)
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バルジアラ様の部隊の一員として働く最初の日。
早朝の市場で買ったパンを部屋で食べた後、真新しい草色の軍服を着て、剣を失くした時や咄嗟の場面に使用する短剣は懐に忍ばせ、重量のある本物の剣は腰に差した。
昨晩支給品として短剣と剣、軍服が渡されたが、『武器はどちらも一般的なので、他に装備したいものがあれば自分で買っても良い』と言われた。自分は特に武器の種類にこだわりもないし、わざわざ父に買ってもらう必要性も感じないから、この支給品で十分だと思った。
「ディスコーニ。準備出来てたら一緒に鍛錬場行かない?」
「はい、行きます」
1時間後に集まることになっている鍛錬場を地図で確認していると、隣の部屋の4人達からそう声をかけられた。
「朝食は食べた?まだだったら食堂行こうか」
「市場で買ったパンを食べました」
「そうなんだ。軍の食堂は24時間営業でメニューがすんごい豊富なんだ。トッピングもたっくさんあって、毎日3回通っても制覇するのに何年もかかるくらいなんだよ。明日の朝から一緒に行かない?」
「はい、是非」
「それにしても入隊初日ってドキドキしたよなぁ。懐かしい」
「首都に転属になった初日のことも覚えてるけど、入隊初日のことも覚えてるなぁ」
「みなさんは同じ場所に配属されていたのですか?」
「いや。俺たち4人は首都に転属になった時期が同じなだけで、最初の配属先や年齢もみんなバラバラなんだ」
隣の部屋のライン、ロア、マルア、ロンドの4人の中でラインが一番年上で、彼らは地方で何年も働いた後、この部隊に転属になったらしい。
彼らの話を聞きながら鍛錬場に行くと、そこにはバルジアラ様や副官方はいなかったが、銅の階級章をつけた人と草色の軍服を着た人たちが混合するグループがいくつかあり、彼らは腕立て伏せや鉄棒で懸垂を行うなどの鍛錬をしていた。彼らは自分を見ると鍛錬をやめて、自分を囲むように集まってきた。
「お前が新入りか!よろしくな!」
「ディスコーニ・シュアノーです。どうぞよろしくお願いします」
「俺、アルトファーデル様の部隊にいるワンドって言うんだ。今日の昼メシ一緒に行こうぜ!俺はカツ丼定食大盛りと野菜ゼリーにするんだけど、ディスコーニは何定食にする?」
少しぽっちゃりとした体型のワンドという下級兵士が、目をキラキラさせながらそう聞いてきた。すると、その後ろにいた中級兵士が彼の肩をガシッと掴んだ。
「おい、ワンド。もう昼メシの話か?食堂にはメニューがたくさんあるから、見ないと決められないだろ。それにデザートは赤ちゃんほっぺの豆大福がおすすめだ」
「いやいや。豆大福もいいが、やっぱりぷるぷる具合にロマンを感じるプリンだろ!」
「ちょっと待て。ここは新入りたる者、バルジアラ様お気に入りの葛切りだろ」
「葛切りも良いですが、俺は食堂人気ナンバーワンデザートで、モルァニス様イチオシのバナナムースケーキも捨てきれません!我々が決して参加することが出来ない晩餐会のトリを飾るバナナムースケーキが、この食堂で食べられるという幸運に感謝するほかありません!
シンプルな見た目ではありますが、裏ごししたバナナの細かな果肉からは甘さが染み出し、クリーミーな味わいで仕上げられたムースケーキは絶品ですよ。あれを食べると、午後の講義の時は幸せな余韻に包まれながら受けられるんです…」
「お前、それって昼寝してるってことか?」
「ち、違いますよ!講義を受けながら悪魔の誘惑と戦うという高度な心理戦が行われていて……。すみません」
「よし!そしたら1人ずつおすすめの定食とデザートを言いながら自己紹介しよう!」
下級兵士から階級章を胸につけた上級兵士まで、全員で食堂のオススメの定食とデザートの話を入れた自己紹介を終え、階級に関係なく和気藹々とした会話をしていたら。いつの間にか時間が経っていたのか、バルジアラ様と副官方が鍛錬場にやってきた。
「ん?お前ら早速ディスコーニを可愛がっていたのか?」
「食堂でのオススメ定食とデザートの組み合わせを語りつつ、一緒に自己紹介を行いました」
「全員終わったのか?」
「はい」
「仕事が早く出来る良い奴らだ」
銅の階級章を胸につけた上級兵士が嬉しそうにバルジアラ様に報告すると、バルジアラ様は口をニカッと開いて満足そうな笑みを浮かべた。
「俺はバルジアラ・レクトルだ。俺のオススメは焼肉定食の大盛りに冷奴をトッピング。デザートは葛切りかチーズケーキだな。焼肉定食は甘辛い味付けだが、たまにスパイスを足したり、味付けを塩コショウだけにさせたりするのが良いんだよなぁ。こってりした味付けの後は葛切り。シンプルな味付けの後は、こってりしたチーズケーキを組み合わせるのが最近の定番だ」
「リスドー・アスディンです。オススメの定食はチーズフォンデュで、デザートはよもぎ団子がオススメです。フォンデュに使われるボルフォンのチーズは、他の地域で作られるチーズよりも味が濃くて旨味があるので、付け合せのパンは1本ではなく2本にするのが良いと思います。
食堂のよもぎ団子は年中用意されるメニューですが、作るシェフによって使用するよもぎの産地が違うのです。その中でもナペリ産のよもぎを使っているものは香りが高く、故郷の草原に似た凛々しい緑色が出るので大好きす。一度食べてみて下さい」
赤茶色の髪を刈り込んだリスドー様は、醸し出す貫禄から副官方の中で一番年長のように見える。ただ、その隣にいるバルジアラ様の方が年上に見えるのだから、見た目や貫禄というのは当てにならないのかも知れない。
バルジアラ様の隣に立っているということは、副官の中で一番バルジアラ様に近い腹心という立場らしい。
「イスト・エトナです。食堂にはたくさんの定食とデザートがありますが、私はその中でもビーフシチュー定食とチョコレートプリンがオススメです。ビーフシチュー定食には薔薇とサラミのサラダがセットでついてくるのですが、このサラダが美味しいのです。少し塩味が強いサラミと薔薇を一緒に食べると、味が丁度良い塩梅になるし後味が爽やかなんですよ。
チョコレートプリンはしっとりした舌触りとくどすぎない味ですが、下にあるビターチョコソースと合わせると苦味が加わって2度美味しく頂けます。是非食べてみて下さい」
金色の長い髪をゆるく三編みにしたイスト様は、バルジアラ様には及ばないが5人の副官の中で一番背が高い。黄緑色の澄んだ瞳が美しく、父と同じような中性的な感じがした。
「ヴェーリ・シャドナムです。自分のオススメはフルセットラーメン定食とトコロテンです。定食のセット内容はカリカリ食感と塩味が美味い川エビやサワガニの唐揚げ、酸味の効いたあんかけチャーハン、野菜多めの餃子、エビやカニから出た旨味を昆布ダシがまろやかに包み込んだスープで満たされたラーメンで、どの料理も絶品です。食べた後は少々脂っぽさがあるので、酢が効いたトコロテンをデザート代わりにするのがオススメです」
ヴェーリ様は日に焼けた小麦色の肌をしているからか、体格が良いわりに細く見える。バルジアラ様を含め、他の副官方が腰に剣を1本差しているのに対し、ヴェーリ様は左右の腰に1本ずつ剣を差していた。
「モルァニス・ルマリンです。その日の気分によってトッピングを変えられるカレーとバナナムースケーキがおすすめです。
軍の食堂は24時間年中無休です。毎日継ぎ足し、継ぎ足しと脈々と作り続けられているカレーは、歴史を感じさせるような深く、濃厚な味わいで、辛さも超甘口から超激辛まで調整してくれます。トッピングでトンカツや唐揚げ、目玉焼き、ハンバーグ、フライなど種類が豊富なので、毎日食べても飽きません。そのため食堂の人気投票では常に上位にありつづけている長寿メニューです。
バナナムースケーキは国賓をもてなす晩餐会の最後を飾るデザートであり、今まで晩餐会以外では口にする機会がありませんでしたが、王宮のシェフ達が我々の慰労のために出向して作ってくれています。大人気デザートですが、品切れしないように延々と作ってくれているので、確実に食べられますから安心して下さい。
ちなみに。先日バルジアラ様が超激辛のカレーを注文なさいましたが、完食後はやたら無口になっていた上に目は血走り、鼻水が止まらなくなっていました。『俺は大丈夫だ。全然余裕だ。感動で鼻が出るんだ』と強気に仰っていましたが、こっそり治療魔法をかけてもらったようです。超激辛に興味のある人は、バルジアラ様に感想を聞いてみてくださいね」
モルァニス様はバルジアラ様にギロリと睨まれたが、その視線すら楽しいのか「ぷぷっ」と小さく笑っている。目を三日月の形にして笑うモルァニス様は、どことなくイタズラ好きな印象を受けた。
「アルトファーデル・モルスです。食堂の定食はどれも美味しいですが、マールの塩焼き定食とキャロットゼリーがオススメです。
食堂の人気投票に必ず食い込むマールの塩焼きは、食堂だけでなく遠征の時にもよく食べますが、長年食べていても飽きがこないので、メニューに悩んだら安定感のあるこの定食を食べるのがいいと思います。
人参を丁寧にすりおろしたキャロットゼリーは、人参と一緒に煮込んだりんごの甘さとのバランスが良いんです。このゼリーを食べた後に馬に近付くと、口の周りをものすごい勢いで嗅いできて、とても仲良しになれます。一気に馬の人気者になれますので、一度食べてみて下さい」
アルトファーデル様は副官方の中で一番背が低く、どことなく幼さを感じるような童顔だ。軍服ではなく民間人の服を着れば、少年と間違われてもおかしくないような印象を受けた。
「よし、それじゃ部隊ごとに整列だ。ディスコーニ、お前はこっちに来い」
バルジアラ様の命令に従って全員が5つのグループに分かれると、自分は兵士を前に並ぶバルジアラ様と5人の副官方の間に立たされた。
整列した部隊を見てみると、1つの部隊に下級、中級、階級章のない上級兵士が3人ずつ、銅の階級章をつけた上級兵士が2人という数で編成されていた。
隣の鍛錬場にも同じように新米の下級兵士たちが部隊の人たちに紹介されているが、副官1人が抱える部隊の人数はこちらの倍以上いて、更にその中で細分化されているようだ。自分が所属する部隊はもちろん、バルジアラ様の部隊全員の顔を把握するのが容易なほど人数が少なく、本当に大丈夫だろうかと心配してしまうほどだ。
「本日よりディスコーニはイストの部隊に所属させる。お前達もしっかり構って可愛がってやれよ。ディスコーニはロアの横に並べ」
ロアの横に並ぶと、彼は親指を立てて『頑張ろう』という合図を送ってきた。
「お前らには何度も言ってるが、ディスコーニが入ったから改めて言っておく。
俺は生還率の高い部隊を目指している。そのためにはどうすれば良いか考えた結果、階級に関係なく部隊内で活発な意見交換や交流をして連帯感を強め、無条件で信頼出来る仲間で構成した部隊を作ることにした。
軍人のくせに甘ったれたこと言うんじゃねぇよって言う奴がいるが、戦場で生き残るのも謀略に巻き込まれて生き残るのも、実力のある奴か運の良い奴、仲間に恵まれた奴ばっかりだ。
運はどうしようもないし、生き残れるだけの力を身につけるには時間がかかるが、仲間の連帯感を育てるのは比較的早く出来る。いつ何が起こるか分からない以上、助け合い相談出来る仲間を持て。助けてもらったら素直に感謝して、今度はお前が別の奴を助けろ。そうやっていれば多くの者が生き残る。
同じ部隊であろうと自分以外の者は出世の踏み台。死ぬ方が悪い。騙される方が悪い。弱いものが淘汰されるのは自然の摂理なのに、助け合う部隊なんて頭がお花畑の理想論だ。と馬鹿にする奴もいるが、結果を残せば真実になる。
協力し合う動物は狩りも上手いし、生存率も高い。野の獣に出来て人間に出来ないはずはない。押さえつけ、いがみ合うだけの指導が正解じゃねぇんだって、今俺を嘲笑ってる連中に思い知らせてやりたい。
ここにいるお前らにはそれぞれ大事な役目がある。互いを尊重し、俺の目指す部隊を構成する要素になってくれ。
では早速訓練を始める。まずは剣の素振りだ。俺と副官が『合いの手』を入れるが、剣を落とすなよ」
バルジアラ様の部隊全員が間隔を空けて綺麗に並ぶと、重い剣を延々と振らせる素振りが始まったのだが。時折バルジアラ様や副官方が、振り下ろした剣を自身の剣で押さえつける『合いの手』という名の邪魔をしてくる。ただでさえ剣は学校で使用していたものよりも重いから両腕はすぐに疲れるのに、すごい力で剣を抑えられるから、なかなか剣を上に戻せない。その状況は他の下級、中級兵士も同じで、押さえつけられた剣を戻そうと苦悶の表情を浮かべているなか、上級兵士達が押し返しているのは流石だと思う。
「ぅ、わ!」
イスト様から合いの手をかけられ、腕に力を入れて押し返そうとしていたら、足払いをかけられて尻もちをついた。
「剣ばかりに気を取られて、他が全部がら空きだ。他にも注意を向けるように」
伸ばされたイスト様の手を取ると、グイッと力強く引き起こされ、そう助言を与えられた。素振りを再開しながら周囲を見てみると、自分のように尻餅をつかされ、副官方やバルジアラ様に引き起こされている。合いの手を入れられたら足払いをされる、と分かっていても下級、中級兵士が転ばされているのに対し、上級兵士は一瞬で躱したり、足をかけられても倒れないように踏ん張っているのは流石だと思う。
転ばされ、引き起こされ、素振りをして、合いの手を入れられ、また転ばされ…という状況をどれくらい続けたのか分からないが、疲労困憊でまともな素振りができなくなる人が多くなってきた頃、ようやく終わりが告げられた。
「素振りはこれくらいで良いだろ。じゃ、今から目隠しをしての鬼ごっこだ」
上級兵士が鍛錬場の隅に置かれていたいくつかの木箱を開け、折りたたまれた布と革袋を1人ずつ配り始めた時、内容は聞き取れなかったが、大きな罵声が隣の鍛錬場から聞こえてきた。そちらに視線を向けると、自分と同じ入ったばかりの人たちが同じ部隊の上級兵士らに怒鳴られながら剣の素振りをしている。
罵声を浴びせられるのは彼らだけでなく、ほかの下級兵士や中級兵士にも及び、指導しても改善が見られないと判断されると、その人だけ素振りを中断して背中を踏みつけられた状態で腕立て伏せをさせられている。
「これをベルトに通して固定して」
「わかりました」
同じ部隊の上級兵士から革袋を受け取り、ベルトに通して固定して中を見ると小麦粉がたっぷり入っていた。
「じゃ、前を向いて」
「はい」
小麦粉を腰に装備してどうするのかと思っていると、広げた布でしっかりと鼻筋から額まで覆われ完全に視界を奪われた。
「やり方は簡単。気配を読んで相手の身体に触れ、終了まで汚れてないようにすることだ。俺や副官達を含め、全員が視界のない状況になっているから、遠慮はいらねぇからどんどん汚せ。軍服に触るだけでもいいし、顔や頭を白くしてやっても良い。目隠しを外した時、どんな仕上がりになってるのか楽しみだな!
でははじめ!」
気配を読むのは高等科からずっとやってきたが、目隠しをして鬼ごっこ、というやり方で訓練をするのは初めてだ。
早速革袋に手を突っ込んで、後ろからロアの肩を触れようとした時、彼はクルリと振り向いて自分の左腕を掴んだ。
「よし!成功っ!」
ロアは嬉しそうな声を上げて走り出そうとしたようだが、ズテンという大きな音を立てて転んだ。
「ちょっ!尻は叩くなよ!デリケートなんだぞ!」
この隙にと、自分を含めた数人が転んだ彼に触れ回り、近くにいた人の身体に触ろうとしたのだが、伸ばした手をひらりと躱され逆に触られる。もどかしい気持ちを抱きながら必死に気配を読み、感じ取った人に触れ回っているのだが、まったく気配を感じ取れないまま頭や頬、首を触れることがある。気配を読み取れるのは下級兵士、何とか読み取れるのは中級兵士だと思うから、いつの間にか触れられてしまうのは上級兵士なのだろう。
「ぎゃははは!くすぐるなよっ!」
「ぶべっ!あ、足払いなんて卑怯だっ!」
「俺の福耳を触るなんて!俺の幸運を返せ!」
「ちょっ!俺の自慢の髪をモジャモジャにするなんて!絶対モルァニス様でしょ!」
「正解です。モジャモジャ似合ってますよ」
「きゃ~!リスドー様、どこ触ってるんですか。えっち!」
「私じゃありませんけど…」
「いだっ!!バルジアラ様、デコピンはやめてください!最近生え際気にしてるんですよ!」
「俺じゃなくて、アルトファーデルだよ!」
「適度な刺激も育毛には必要だよ?」
「う、わ!」
誰かが追いかけてくる気配を感じて走っていると、誰かに足払いをかけられて豪快に転んでしまった。すると追いかけてきた気配だけでなく、自分では把握出来ないたくさんの手が自分の頭を撫で回したり、背中に手をなすりつけられたり、両頬を粉っぽい手で触られたり、鼻をつままれたり、太ももを掴まれたりと散々な目に遭う。起き上がると、気配は読めないが近くで『ぷぷぷ』という笑いを噛み殺す音が聞こえたから、そっちに向かって手を伸ばしたが何の感触もなかった。
近くにいる誰かに近付こうとすると、いつの間にか別の誰かに自分の身体を触られたり、足払いをかけられたりする。あちこちから楽しそうに文句を言う声や、悔しそうな声、誰かが転んだ音が聞こえてくるが、笑いを噛み殺す音も同様に聞こえてくる。
色んな人に触られ、撫で回されて、体力が尽きてしまいそうな時、ようやくバルジアラ様の「終了」という声が聞こえた。
「よし、目隠しを外していいぞ」
目隠しを外すと、自分の軍服の上半身も下半身も草色の部分が見えないほど真っ白。鏡がないから分からないが、顔や頭も触られたから頭の先まで真っ白なのだろう。
「あははは!ディスコーニ、真っ白!可愛がられたなぁ」
「ロンドもラインも真っ白ですよ」
「くっそ!今回も真っ白になっちまった。今度こそ草色を作るぞ!」
自分以外の下級兵士も、自分と同じように軍服の色が見えないほど全身真っ白。中級兵士は上半身も下半身も白くなっているが、下級兵士に比べると草色が見える程度の濃さだ。階級章のない上級兵士は、上半身も下半身も青碧色の中に複数の手形が重なって濃い模様が出来かけた状態で、銅の階級章のある人は上にも下にも大きさの違う手形だけで薄い模様が出来ている、副官方は背中や肩、太ももなどに数人の手形がついているようだが、大きな手形が一番多くついていて、バルジアラ様の軍服には手形は1つもついていなかった。
「よし、いい感じに仕上がってるな。じゃ、これから浄化の魔法で粉を落としたら昼休憩にする。その後は郊外演習場の6区画で黒魔法の実技鍛錬を行うが遅刻するなよ?
それとディスコーニ。お前はこの中で一番体力がないから特別メニューを与える」
素振りと鬼ごっこをやっただけだが、すでに全身に疲労が蓄積している。全員でやる内容でこれだけきついのだから、個人的に与えられる特別メニューなんてもう嫌な予感しかしない。
「今から毎日、甲冑を着て動き回れ。外して良いのは自室にいる間と休日だけで、どんな時も甲冑を着ていろ。ただし無理はしなくていい。
おいお前ら、甲冑を着るのを手伝ってやれ。そのうちお前らも着るんだから、手伝いながら着方を覚えろ」
『重い甲冑を身に着けて動き回るなんて体力が保たない、嫌です』と言えたらどんなに良いか。でも、雲の上の方からの命令とあれば、黙って受け入れるしかない。
浄化の魔法をかけてもらった下級、中級兵士達が興味深そうに見守る中、同じ部隊の上級兵士に手伝ってもらって、首から足先まで覆う銀色の甲冑を身に着けたものの。ただでさえ疲れた腕には力が入らないし、動き回った足は悲鳴をあげているような感じだ。
「やっぱり甲冑って重い?」
「すごく重いです」
「これを着て戦場で動き回るんだよなぁ…」
「今は動きが遅くてもいいから、足にしっかり力を入れるんだ」
数歩歩いてよろめいて転げそうになったとき、同じ部隊の上級兵士が両肩を掴んで、そう助言してくれた。
「ありがとうございます」
「最初はみんなこんな感じなんだ。普通は鍛錬中にしか着ないから慣れるまで結構時間がかかるけど、1日中着てるならずっと早く慣れる。上級兵士になるなら誰もが通る道だ。筋肉痛になるしキツイだろうけど頑張れ」
近くにいた上級兵士たちからもウンウンと頷く応援をもらうと、どこからか『ぐぐ~』っという腹の音が聞こえてきた。
「食堂行こうぜ!俺、腹ペコペコなんだよな~」
「ワンドはいっつもメシのことしか考えてないな」
「生きてる証拠ってやつだよ」
隣の部屋のラインとロア、担当副官の違う下級兵士のワンドとドルマードと一緒に食堂に向かっているのだが、動きが鈍い自分は彼らの歩くスピードを遅くしてしまっていた。
「鬼ごっこ、楽しかったな~!」
「目隠しをする訓練は学校でも受けましたが、鬼ごっこをするのは初めてでした」
鬼ごっこなんて初等科に入った時以来だと思うが、目隠しをしているからか、相手が自分よりも格上の存在だからなのか。捕まえられないもどかしさの中に、悔しさや楽しさが湧き上がったと思う。
「感情を無にした時が一番気配を読まれにくいって指導されたんだけど、どうしても雑念が混じって音を立てたりしちゃうんだよなぁ。ただ同じ感情でも、『殺してやる』って殺気立つよりも、びっくりさせてやろうってソ~っと近付いたりする方が、案外気配が隠しやすいんだ。バルジアラ様の指導を受けてから、戦場での気配の読み取りがしやすくなったんだよなぁ」
「教え方が上手なんですね」
「そうなんだよ。理不尽な暴力も罵声を浴びせられることなんてないから、落ち着いて出来るんだよな」
「どの部隊でも同じように目隠しをして気配を読ませる訓練はあるんだけど、目隠しをして鬼ごっこをするのはウチくらいなんだよ」
「そうなのですか?」
ドルマードに返事をすると、彼だけでなく他の3人が顔を見合わせて小さくため息を吐き出した。
「俺が最初に配属された地方部隊では、目隠しをして木べらで思いっきり叩いたり、中級兵士を相手にした体術訓練と組み合わせてみたり。上官から思いっきり踏みつけられた状態で腕立て伏せさせられたり。犬に追いかけ回させたりする時なんか最悪だったよ」
「そんなんだから怪我なんて日常茶飯事で、どんな時も面白さなんて全く感じない。それどころか、『いくらこのあと治療してもらえるからって、遠慮なくやりやがって!この野郎!』って全員思ってるから、表面上は普通でも心の中では憎しみ合ってたよ」
「地方だけこんなことされてるのかと思ったら、犬に追いかけられることはなかったらしいけど、バルジアラ様達も同じようなことをしていたらしいよ」
「隣の鍛錬場でやっていましたね…」
「バルジアラ様はそういうのが嫌で仕方がなくて、努力に努力を重ねて同期はもちろん先輩達を蹴散らして異例のスピード出世をしたらしいよ。
大っぴらにバルジアラ様を応援してくれるエメルバ様や、リュバルス様みたいに影で期待してくれる方もいるけど、大多数がバルジアラ様に嫉妬して嫌がらせをしたり、失脚させようと画策しているんだ」
「直轄部隊にいる上級兵士の失敗は、その上官である副官方やバルジアラ様の出世に響くんだ。俺たちは直轄部隊といえど下っ端だから失敗しても傷は浅く済むけど、バルジアラ様達の足を引っ張らないように言動や人間関係には注意しないといけないよ」
「分かりました」
「なんか変なことがあったり、困ったことがあれば、遠慮なく声を掛け合おうぜ!」
それにしても。歩くのが遅い自分を置いていっても良いし、早く歩けと怒られても仕方がない状況に加え、すれ違う人たちからは好奇の目で見られているのに。彼らは自分を置いていくことなんて考えていないような顔で、鍛錬場からずっとスピードを合わせてくれている。
彼らだけでなく部隊全員が『頑張れ』と励ましてくれたが、どうしてそんなに友好的なのだろうか。
「あの。先に行っても大丈夫ですよ」
「なんで?」
「歩くのが遅いですし、迷惑をかけてしまっていますので」
「なんだよ水臭いなぁ!俺たち仲間だろ。置いていくわけ無いだろ」
いくら連帯感のある部隊だといえど、まともに喋ったのが今日だというのに。もうすっかり自分を仲間として認識しているのだろうか。
「俺たちはバルジアラ様の目指す部隊にしたいんだ。入隊初日から重い甲冑を着ている新米を放ったらかしにするわけないよ」
「絶対部隊内で助け合うって分かってるから、バルジアラ様はこんな無茶なことを課したんだよ」
「そう、なんですか…」
疲れもあってか気のない返事をしてしまったのだが、誰もが穏やかな微笑を浮かべて必死に歩く自分を見た。
「今部隊にいる副官方とディスコーニ以外の全員が、当時副官だったバルジアラ様が地方拠点に来て指導をしてくれた時に、『俺のところに来い』って拾い上げてもらっているんだ。当時のバルジアラ様の部隊は士官学校出身の人達がほとんどだったから、地方の養成学校出身の俺たちは力不足で肩身の狭い思いをするかと思ったけど。バルジアラ様は出来の悪い俺達を見捨てることなく、当時側近だった今の副官方と一緒に熱心に指導してくれたから、なんとか戦場で生き残れたんだ。ただ、部隊内は悪くない雰囲気だけど、どことなく今の副官方以外の士官学校出身の人たちとは距離を感じていたんだ。
バルジアラ様が将軍になられる時、部隊全員連れて行っていいって言われたのに、連れて行ったのは今の副官方とバルジアラ様が声をかけて部隊に入れた人達だけだったんだ。後で聞いたら『いくら実力があっても、あいつらがいると俺の目指す部隊にならないからいらん。俺は俺が選んだ奴しか入れない』って仰ったんだけど、その潔さはかっこよかった」
「バルジアラ様は信頼関係を大事にする方だから、空気を乱す人を部隊に入れない。上の階級の人に丁寧な言葉を使うのは当然だけど、担当副官が違っても相談や提案、世間話、飲みに行ったりしているんだ。
上の人との接点が多くなるから人となりも分かるし、尊敬できるところもすぐに見つかるし、いろんなことを話やすい。普段からよく知っているからこそ、いざとなったらこの方の力になるためにも、少しでも強くなりたいって前向きになるんだ」
「編成して間もないから他の部隊に比べて人が少ないし、技術面だって足りないところもあるけど。『苦手なことは隠す必要も恥じる必要もない。さらけ出すことで周囲は弱点に気付き、得意な奴がフォローするように信頼関係を築け。フォローされたら感謝し、今度はお前がフォロー出来るよう努力しろ』ってバルジアラ様から何度も言われているし、実際助けてもらってばかりだから。早く苦手なところを克服して、今度は自分が誰かをフォローしないとって思えるんだよ」
「それに、『自分の部隊を持ったら自分の戦果を上げるのは重要なことだが、それと同じくらい部隊の生還率と部下達の活躍も重要視される。そのためには個々の実力も大事だが、無言で背中を任せられる信頼できる仲間がいないと話にならない。
だから部隊の中で嫌がらせの応酬や蹴落とし合ってのし上がるよりも、信頼出来る仲間を増やして互いに能力を高め、頭を使って戦略を練って出世した方が最終的な評価は高い上に、自分に確固たる自信と仲間がついてくる。
すぐ近くで能力が高いやつ、出世が早いやつがいれば焦るし妬ましくも思うのが人間だが、自分を律してこそ上級兵士だ。相手の優れているところは素直に認め、そいつから1つでも多くを学んで技術や知識、考え方を盗め。
野望を持つのも出世を望むの結構だが、結局地道な努力を続けていくのが一番効率的だ。能力も考え方も違う誰かをライバル視するんじゃなくて、どんなに小さなことでも良いから、今日の自分が昨日の自分に勝つように小さな努力を積み重ねろ』っていうのがバルジアラ様の教えだからね」
「だから俺達はバルジアラ様が選んだ人を仲間として歓迎するんだ。ディスコーニも色んな人から学ぶんだよ」
彼らの話を聞いていると、バルジアラ様には高い求心力があるようだ。まだ関わったばかりの自分には、バルジアラ様の性格や思考などを理解できてないが、彼らにはバルジアラ様のやりたいこと、目指す目標がしっかりと伝わっているようだ。人数は少ないが、他の部隊に比べて固い結束で結ばれているのだと伝わってきた。
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