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第18.5章 流れる先に
3.まだ見ぬ想い人
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■■■前書き■■■
2021年の最初の更新が2月となってしまい、大変お待たせし申し訳ありません。m(_ _)m
早いものでもう花粉が飛ぶ季節になりましたね…。毎年のことながら、この時期は花粉症の諸症状と薬の副作用による眠気と戦うことになり、花粉への恨みが募るばかりです。
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。頂いた応援は更新の励みになっております。
色々重なって更新が非常に遅くなっていますが、頑張って更新していきますので今年もどうぞよろしくお願いします。
■■■■■■■■■
士官学校を卒業する日。朝から昼食の時間まで、学年全員で各自の部屋と共用部分の掃除を行うと、訓練場で昼過ぎから生徒たちの親を招いた卒業式が行われた。クラスごとに行われた式では、担当教官から1人1人に卒業証書と成績表が渡されるのだが、自分のクラスは一番最後だったため、終わったのは夕方に近い時間だった。
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
式が終わって訓練場で解散になると、父と2年ぶりに再会した。アミズを出た時と何も変わっていない姿を見ると、懐かしさと安心感を覚えた。
「折角隣街に引っ越したのに、全然帰ってきてくれないんだから。アシアードにディズが帰ってくるって言ったら、あの子すごく喜んでて。朝から『まだかな~。まだかな~』ってソワソワしてるよ」
「そうですか。では今から寮の引っ越しなので、すぐに終わらせます」
「じゃあ私は古書店前のカフェで待ってるから。一緒に帰ろう」
学校の寮に戻ると私服に着替え、腕輪と訓練着を受付に返して、荷物を持ってすぐ近くにある直轄部隊専用の寮へ向かった。
渡されていた建物の見取り図を見ながら寮に入ると、この4階建ての広い建物の下層には下級兵士、中層には中級兵士、上層には階級章のない上級兵士と分けられていて、細かく仕切られた部屋は数えるのが馬鹿らしく感じるほど無数にある。
廊下を歩いていると、すれ違う草色の軍服を着た兵士達が自分をジロジロと見てくるのだが、私服で荷物を抱えた姿が卒業生と分かるのか、誰も不審者と思わないのか声をかけてこない。
彼らの視線から逃げるように廊下の先に無数に続くドアを眺め続け、ようやく目的地である部屋に入ろうとした時。こちらに向かって歩いていた4人の兵士が駆け寄ってきて、興味津々な様子で話しかけてきた。
「お前、バルジアラ様の部隊か?」
「はい。ディスコーニ・シュアノーと申します」
「俺たちもバルジアラ様の部隊なんだ。俺はライン。リスドー様の部隊所属なんだ。よろしくな」
「俺はイスト様の部隊に所属するロア。よろしく!」
「俺はマルア。ヴェーリ様の部隊所属なんだ。よろしく」
「同じくヴェーリ様の部隊所属のロンドだ。一緒に頑張ろうな!」
「よろしくお願いします」
4人はニコニコしながら名乗ると、それぞれから握手を求められた。それは励ます気持ちが伝わってくるような力強さで、とても友好的な挨拶だった。
「一応担当副官ごとに部隊が分かれているんだけど、バルジアラ様の直轄部隊は人数が少ないから、部隊に関係なく全員一緒に鍛錬や講義を受けるんだよ」
「俺たちは担当副官が違っても同じバルジアラ様の直轄部隊。同じ階級の仲間は、年齢に関係なく呼び捨てで呼んでくれよな」
「人数が少ないって不安に思うかも知れないけど、そのぶん連帯感はバッチリなんだ。安心してていいからな」
「部屋に1人は寂しいかもしれないけど、その部屋からあっちの階段横の部屋までバルジアラ様の部隊の奴らだから、困ったことがあれば相談してくれよ」
「ありがとうございます」
嫌がらせの洗礼でも受けるのかと思ったが、彼らは心から楽しそうな顔をして隣の部屋に入っていった。
好意的な様子に一安心して部屋に入ると、入ってすぐの場所にクローゼットが4つあった。先程の会話からこの部屋には自分1人しかいないらしいから、とりあえずドアに一番近いクローゼットに荷物を入れた。部屋の両端に頑丈そうな木製の2段ベッドが置かれ、ベッドとベッドの間に出来た小さな道の先には、天井付近から自分の膝あたりまで伸びた縦長のすりガラスの窓がある。一応押せば開くようになっているものの、手を入れるのがやっとという程度だ。
ベッドは普通のシングルベッドと変わらないが、ヘッドボードが小さな机として使えるように畳まれていた。この部屋には机などはないから、ベッドの上であぐらをかくか、正座をして使うことになりそうだ。
「ディスコーニ!」
寮を出てカフェに向かい、テラス席でお茶を飲んでいる父を遠目で見つけた時、少し距離のある場所から名前を呼ばれた。振り返ってみれば談話室でよく喋っていた級友で、彼は通りの向こう側から自分に駆け寄って来ていていた。
「今からどこ行くんだ?」
「レノアールの実家に帰るところなんです」
「そうなんだ。俺さ、今から娼館に行くんだ。しかも、父さんが卒業と成人と入隊の祝いにって奮発して高級な方に!これで名実共に大人になれる!」
「それは良かったですね」
念願が叶うということで興奮しているのか、声が段々大きくなっている。級友は少し離れた場所で待っている男性を嬉しそうな恥ずかしそうな表情でチラリと見たから、きっとあの人が父親なのだろう。
「ディスコーニは?連れて行ってもらえないの?」
「興味がなくて」
「お前って本当に好きな子もいないみたいだったし、娼館にも興味がないとか。女嫌いとか?」
「そうではないんですが…」
「ま、俺は一足先にダサいところから卒業してくるよ。お前もさっさと大人になれよ!またな」
級友はそう言うとクルリと背を向けて、待っていた父親と並んで人混みの中に消えていった。自分も父の元に行こうとカフェの方を向くと、父はいつの間にか近くで待っていた。
「お待たせしました」
自分も父と肩を並べて、レノアールに近い城門に向かって歩き出したのだが。父はポリポリと頬を小さく掻きながら、自分との距離を詰めてきた。
「ディズも行きたい?連れて行ってあげようか?」
街の雑音にかき消されそうな声量で伝えられたのだが、まさか父がそんなことを言うとは思わなかったから、苦笑いをしながら父を見た。
「父さんは行ったことありますか?」
「システムとしてはカフェでお茶を買って飲む、というのと同じだとは思うんだけど。店員さんと客っていう関係だとしても、することは愛し合うことだからね。好きな人とだけしたいな~って昔から思ってたから、一度も行ったことがないんだ。あはは…」
「私も一緒で、想った相手とだけで良いんですけど。そもそも異性や娼館に興味がなくて。変なのでしょうか」
「一般的に男性は性欲の発散がしたくなるものだからね。価値観が違う人からは理解されないけど、私は恋に落ちて、愛した人とするのが一番だと思うよ。
私も母さんに出会うまで異性に興味がなかったんだけど、それは誰かを想い、受け入れる自分の心と身体の容量が1人分しかないからなんだって思うんだ。だから、女性に興味がないのは、その人にまだ出会ってないからなんだと考えていたよ」
父とこういう話はしたことはないし、なかなか聞けない話ではあるのだが。横並びで顔を見ないでも良い今なら、なんでも聞けるような気がした。
「恋ってどんな感じなんでしょうか」
級友たちの話を聞いていても、『好きになる』という感覚が全く分からないし、クラスの異性を見ても『見た目の違う人間』か『自分とは違う性別の人間』と思うだけで何の感情も沸かなかった。談話室では異性の話題で盛り上がり、授業中は異性に良いところを見せようと張り切る級友たちを見ていたら、彼らの原動力には性欲が関係しているようなのだが、自分は何の原動力にもならなかった。
『恋をする』という言葉と『相手に好意を持つ』という意味は知っているが、具体的にどういう感じなのだろうか。
「そうだね…。ドキドキして、その人のことばかり考えるようになる感じかなぁ。今までと同じ日常なのに、『今、何をしてるのかな』『今度一緒に歩いてみたいな』『喜ぶ顔が見たいな』とか、頭のどこかでその人のことを思い浮かべていて、どんなに短時間でも一緒にいることに幸せを感じるものじゃないかな。
キッカケは人それぞれだけど、幸運が重なってお互いが気になるようになったら、互いを知りたくて自然と距離が詰まってくる。そうやって距離が縮まっていく中で、『貴女が好きです。もっと側に居て、貴女を知りたいから恋人として付き合ってください』って伝えて、両想いになって。
お互いをもっと知って、この人とこの先も一緒に居たいと思うようになって。貴女のためなら全てを捧げても良いって思えた時には、それはもう恋が愛に成長したって思うんだ」
「なるほど…」
「恋っていうのはさ、意識的に『する』んじゃなくて自然に『落ちる』ものだから。恋に落ちる時が来たら、今までなんとも思ってなかった人でも心が持っていかれるものなんだ。
だから無理をする必要はないし、探し回る必要も焦る必要もない。世界のどこかにディズと恋に落ちる『運命の人』がいて、その時が来たら『あぁ、この人だ。この人だったんだ』って心が動くと思うよ。
こう考えてるって話すと男女問わず笑われたりするし、現実離れの夢を見てダサいとか、いい歳して童貞守ってるのか?とか、からかわれて居心地は悪いけど。自分を大事にすることは、相手を大事にすることと同じなんだ。運命で繋がったその人は絶対馬鹿にしないよ。
誰かを想う純粋な気持ちは、きっと幸せな未来を運んできてくれる。他の人がなんと言おうと、私はそう信じているよ」
「父さんにそう言ってもらえると、とても心強いです」
父の言葉は自分の心の中をじんわりとあっためて、自分は自分の価値観のままで良い。自分もそんな恋をしてみたいと思えた気がした。
ーー自分が恋に落ちる相手は、愛する人はどこにいるのだろうか。自分がこうして歩いている今、彼女は何をしているのだろうか。どんな女性なのだろうか。名前はなんと言うのだろう。彼女もこの赤い空を見ているのだろうか。
まだ見ぬその女性に思いを馳せるように、ゆっくり歩きながら白い雲も真っ赤に染める西の空を見た。
◆
首都の城門を抜け、すぐそばにあるレノアールの街に入ったときには、すっかり日が沈んで星空が輝く時間になっていた。首都ほどではないものの、魔力の光が灯された街灯の下をたくさんの人が行き交っている。
父の案内にしたがって住宅街を進んでいけば、2階建てのレンガ造りの建物の前で立ち止まった。その扉には『アスタナシブ吟遊詩人養成教室』と刻まれた、懐かしい小さな木のプレートが下げられている。
「ディズ!おかえり!」
「大きくなりましたね。ただいま」
父が扉を開けた瞬間、飛び出してきた弟が押し倒す勢いで抱きついてきた。
ただいまという言葉と同時に抱きしめて身体を離せば、自分と同じ金髪を短く刈り込んだ弟は、ほとんど同じ高さにある自分の目をしっかり見て、低くなった声でもう一度おかえりと言ってくれた。
ダボついた服を好む自分とは違って体型に合う服を着ている彼は、抱きしめなくても細身で筋肉質な体型なのだと分かる。きっと学者を目指して勉強に励む中で、しっかり身体作りなどもやっているのだろう。
「え~!俺だけソーダなの?!俺もビール飲みたい!」
「アシアードは成人するまでお預けです。ディズの成人と卒業と入隊を祝って。乾杯」
居住スペースになっている2階に上がると、父の作った食卓いっぱいに並んだ料理を囲んで、久しぶりに3人家族の食事となった。
初めて飲むビールは苦味を先に感じて美味しいとは思わなかったが、父は上機嫌で酒を飲み、アシアードはソーダを飲みながら羨ましそうな目で見ている。どうやら彼は酒に興味があるようだ。
アシアードの学校での生活、自分の士官学校での話、父が最近凝っている料理の話など、たくさんの話題が次から次に出て来て、あっという間に時間が過ぎ食卓の上の皿も空ばかりになった。
「へぇ~!ディズはバルジアラ様の直轄部隊に入ったんだ。すごいなぁ」
「アシアードの進路はどうなったのですか?」
向かいの椅子に座る弟を見れば、小さい頃は思わなかったが、自分と同じタレ目が父に似ているなと思った。
今までは無邪気に喋っていた弟だったが、進路選択に自信があるのか、水色に近い青い目に熱意を込めて胸を張った。
「俺は冒険者兼学者!冒険しながら各地に残された伝承や遺跡とかを調べて、すごい発見をして本を出したいんだ」
「成績表に中級の白魔法が使えるって書いてあったから、軍への入隊を勧められたんじゃないの?」
「絶対ヤダって断った。俺は父さんが昔読んでくれた伝承や財宝探しの本に出てきた冒険者みたいに、ワクワクするようなことをしたいんだ。まぁ、それだけじゃ生活出来ないから、傭兵に登録して必要な時に白魔道士として働くつもり」
「まだ学生なのにしっかりしていますね」
母と姉が亡くなった時は目も当てられないほど落ち込んでいたのに、今では別人のように希望に満ちている。
既にしっかりとした目標と『自分』を持ち、未来に夢と希望を持てばこんな風に輝くのだ、と目の当たりにしたら、何にも興味が湧かない自分が異質な存在のように感じた。
「いろんな所に行きたいんだけど、遺跡とかは国が管理していたりするから簡単には立ち入れないんだ。学術的な研究に理解のある国だったら手続きをすれば許可してくれるらしいけど、そういう国は稀で実際は難しいらしくて。それに、行きたくても行けない場所もあるんだよ」
「そんな場所があるんですか?」
「仕方ないなぁ。教えてあげるよ!えへへ」
アシアードは嬉しそうな顔をして立ち上がると、壁に飾ってある布に大きく描かれた世界地図の右下の島を指差した。
「まずはこの地図の一番右下にあるベントラ孤島。この孤島周辺は、潮の流れが激しくて船で近付くことが出来ないらしいんだ。船から観察してみると、島には木々に覆われた山があって、海に流れ込む大小の川もあるんだけど、国があったっていう記録も伝承もないらしく、この島は今もどの国にも属していないんだ。誰も近付けないし、人が住んでいる島や大陸から遠いことから、どの国も見向きもしない島なんだ。手付かずの島には何があるのかなぁ。見たことのない動物や植物があったりするのかな。伝承にしか出てこない妖精が住んでたりして!考えただけでもワクワクしてくるよ!
次はラントニバ諸島から少し北側にあるロートン島。この島は結構大きいんだけど、まるでハリネズミみたいな切り立った岩場が島をグルッと覆っていて、接岸できそうな場所がないんだ。このトゲトゲの外周の超えた岩場は、先端が折れているから登れそうに見えるらしいんだけど、ベントラ孤島と同じで文献や伝承にも過去一度も上陸した記録はないんだ。でもこの島のすごいところは、過去の文献と比較すると、島自体が少しずつ海から伸びてきて、面積や山の高さが変わっていることなんだ!実際、島の外周の岩場にはフジツボとかの残骸が残っているらしいよ。成長する島の中には何があるんだろう。周辺では色んな鳥が飛んでるらしいから、鳥の王国があるかも?!
あ、そうそう!ディズはジナにあるバーティン・バレスト遺跡って知ってる? この遺跡はバレストっていう街の神殿から繋がってる洞窟にあるんだけど、そこには水晶の原石が群晶しているんだ。遺跡の途中までは一般人が見学することが出来るんだけど、最奥には何かが結晶の中に閉じ込められているって話なんだ。でも、何が閉じ込められているのかは王族しか見れないし、学者にも調査させてくれないんだって。気になるよなぁ。
他にも面白そうな遺跡がたくさんあるんだけど、強力な魔法によって滅んだ国や、自然災害によって湖や海の中に沈んだ国の伝承とかも気になるんだよなぁ」
アシアードは色んな場所を指し示しながら、楽しそうに教えてくれた。目をキラキラと輝かせ、迷いなく説明するその姿はとても微笑ましかった。好きなことを学び、仕事に出来るというのは幸せなことなのかもしれない。
「たくさんの歴史や伝承を学んでいるんですね」
「アシアードの書いた論文、考察力と行動力、好奇心に溢れていて、将来何か大きな発見や面白い考察が聞けるんじゃないかって、先生から高い評価をもらったんだよ」
「えへへ!先生の授業も楽しいけど、先生が他国から色んな学者を招いてくれるから、面白い話がたっくさん聞けるんだ!卒業して早く旅に出たいな!」
「アシアードは優秀な冒険者兼学者になりそうですね」
「ディズは将軍を目指すの?」
「特に目標はありませんが、とりあえず一生懸命毎日を頑張りたいと思います」
アシアードのような希望に溢れた未来は素晴らしいと思うが、怠惰な自分にはそんな未来は荷が重い。流される人生の方が自分らしい未来だと感じた。
「ディズもアシアードも仕事が辛くなったら戻っておいで。2人とも吟遊詩人の才能がありそうだから、私が教えてあげるよ」
「アシアードは分かりますけど、私に吟遊詩人の才能なんてないと思いますが」
無邪気で好奇心が強くて、夢を追いかけるアシアードなら吟遊詩人に向いていそうだが、芯のない自分にはとても向いていないと思う。
「吟遊詩人は声色が大事とか表現力が大事とか言うけど、私はディズとアシアードのようなきれいな心が一番だと思うんだ。目で見て、耳で聞いて、心に感じたものを言葉で表現するけど、きれいな心はとても感受性が豊かだから多くの人の心に響くんだよ。ディズは淡白なように見えるけど、芯の部分は情熱的なところがあると思うから才能あると思うよ」
「情熱的な部分なんてないと思うんですが…」
「アシアードは熱中するものを見つけているけど、人間誰しも一つくらい時間や手間、お金を惜しまないくらい熱中することや、尽くしたい人がいると思うんだ。ディズはまだ出会っていないだけで、絶対情熱的な部分があるよ。普段冷静で落ち着いているから、きっかけ次第では激情型になるかもしれないね。
そうだとしたらギャップが激しいとか二面性があるとか言われるかもしれないけど、それが良いんだ。吟遊詩人っていうのは、そういう持ち味がないと名作を生み出せないものなんだ」
父は酔っているのか、少し眠そうな顔をしながらも楽しそうに話している。
いつになく饒舌で、どことなく嬉しそうな父のを否定したくなくて、『いつか自分にも熱中出来る何かに出会えたらいいな』と思うくらいで聞き流した。
「あぁ、そうだ。これからお給料出るのですが、父さんに管理を任せていいですか?」
軍からは毎月給料を貰えるが、管理は自己責任になる。
軍人や商人、一般人の一部は貴族に保管料を払って金を預けるということをしているのだが、ほとんどの人は給料を全部使い切ったり、宝石や絵画などを買って必要な時に売ったり、定期的に故郷に帰って親族に金を預けたり、給料管理をきっかけに結婚を決めるらしい。
「良いよ。軍に入ると学校以上に忙しくなるだろうから、取りに行こうか?顔も見たいことだし」
「ではお願いします」
「俺も管理してあげるよ!」
「アシアードは毎月のお小遣いも全部使っちゃうんだから。ディズのお給料なんて任せられないよ」
「へへへ!読みたい本がいっぱいあるんだもん。しょうがない!」
実家で穏やかな団らんの時間を過ごした数日後。首都に戻る道を歩いていると、不意にあの豪快な笑い声を上げるバルジアラ様の姿が頭に浮かんだ。軍に入れば今まで以上に厳しい日々が待っているというのに、無邪気でワクワクが止まらない様子の弟に刺激されたのか、またあの方にお会い出来るのが楽しみだと思えた気がした。
2021年の最初の更新が2月となってしまい、大変お待たせし申し訳ありません。m(_ _)m
早いものでもう花粉が飛ぶ季節になりましたね…。毎年のことながら、この時期は花粉症の諸症状と薬の副作用による眠気と戦うことになり、花粉への恨みが募るばかりです。
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。頂いた応援は更新の励みになっております。
色々重なって更新が非常に遅くなっていますが、頑張って更新していきますので今年もどうぞよろしくお願いします。
■■■■■■■■■
士官学校を卒業する日。朝から昼食の時間まで、学年全員で各自の部屋と共用部分の掃除を行うと、訓練場で昼過ぎから生徒たちの親を招いた卒業式が行われた。クラスごとに行われた式では、担当教官から1人1人に卒業証書と成績表が渡されるのだが、自分のクラスは一番最後だったため、終わったのは夕方に近い時間だった。
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
式が終わって訓練場で解散になると、父と2年ぶりに再会した。アミズを出た時と何も変わっていない姿を見ると、懐かしさと安心感を覚えた。
「折角隣街に引っ越したのに、全然帰ってきてくれないんだから。アシアードにディズが帰ってくるって言ったら、あの子すごく喜んでて。朝から『まだかな~。まだかな~』ってソワソワしてるよ」
「そうですか。では今から寮の引っ越しなので、すぐに終わらせます」
「じゃあ私は古書店前のカフェで待ってるから。一緒に帰ろう」
学校の寮に戻ると私服に着替え、腕輪と訓練着を受付に返して、荷物を持ってすぐ近くにある直轄部隊専用の寮へ向かった。
渡されていた建物の見取り図を見ながら寮に入ると、この4階建ての広い建物の下層には下級兵士、中層には中級兵士、上層には階級章のない上級兵士と分けられていて、細かく仕切られた部屋は数えるのが馬鹿らしく感じるほど無数にある。
廊下を歩いていると、すれ違う草色の軍服を着た兵士達が自分をジロジロと見てくるのだが、私服で荷物を抱えた姿が卒業生と分かるのか、誰も不審者と思わないのか声をかけてこない。
彼らの視線から逃げるように廊下の先に無数に続くドアを眺め続け、ようやく目的地である部屋に入ろうとした時。こちらに向かって歩いていた4人の兵士が駆け寄ってきて、興味津々な様子で話しかけてきた。
「お前、バルジアラ様の部隊か?」
「はい。ディスコーニ・シュアノーと申します」
「俺たちもバルジアラ様の部隊なんだ。俺はライン。リスドー様の部隊所属なんだ。よろしくな」
「俺はイスト様の部隊に所属するロア。よろしく!」
「俺はマルア。ヴェーリ様の部隊所属なんだ。よろしく」
「同じくヴェーリ様の部隊所属のロンドだ。一緒に頑張ろうな!」
「よろしくお願いします」
4人はニコニコしながら名乗ると、それぞれから握手を求められた。それは励ます気持ちが伝わってくるような力強さで、とても友好的な挨拶だった。
「一応担当副官ごとに部隊が分かれているんだけど、バルジアラ様の直轄部隊は人数が少ないから、部隊に関係なく全員一緒に鍛錬や講義を受けるんだよ」
「俺たちは担当副官が違っても同じバルジアラ様の直轄部隊。同じ階級の仲間は、年齢に関係なく呼び捨てで呼んでくれよな」
「人数が少ないって不安に思うかも知れないけど、そのぶん連帯感はバッチリなんだ。安心してていいからな」
「部屋に1人は寂しいかもしれないけど、その部屋からあっちの階段横の部屋までバルジアラ様の部隊の奴らだから、困ったことがあれば相談してくれよ」
「ありがとうございます」
嫌がらせの洗礼でも受けるのかと思ったが、彼らは心から楽しそうな顔をして隣の部屋に入っていった。
好意的な様子に一安心して部屋に入ると、入ってすぐの場所にクローゼットが4つあった。先程の会話からこの部屋には自分1人しかいないらしいから、とりあえずドアに一番近いクローゼットに荷物を入れた。部屋の両端に頑丈そうな木製の2段ベッドが置かれ、ベッドとベッドの間に出来た小さな道の先には、天井付近から自分の膝あたりまで伸びた縦長のすりガラスの窓がある。一応押せば開くようになっているものの、手を入れるのがやっとという程度だ。
ベッドは普通のシングルベッドと変わらないが、ヘッドボードが小さな机として使えるように畳まれていた。この部屋には机などはないから、ベッドの上であぐらをかくか、正座をして使うことになりそうだ。
「ディスコーニ!」
寮を出てカフェに向かい、テラス席でお茶を飲んでいる父を遠目で見つけた時、少し距離のある場所から名前を呼ばれた。振り返ってみれば談話室でよく喋っていた級友で、彼は通りの向こう側から自分に駆け寄って来ていていた。
「今からどこ行くんだ?」
「レノアールの実家に帰るところなんです」
「そうなんだ。俺さ、今から娼館に行くんだ。しかも、父さんが卒業と成人と入隊の祝いにって奮発して高級な方に!これで名実共に大人になれる!」
「それは良かったですね」
念願が叶うということで興奮しているのか、声が段々大きくなっている。級友は少し離れた場所で待っている男性を嬉しそうな恥ずかしそうな表情でチラリと見たから、きっとあの人が父親なのだろう。
「ディスコーニは?連れて行ってもらえないの?」
「興味がなくて」
「お前って本当に好きな子もいないみたいだったし、娼館にも興味がないとか。女嫌いとか?」
「そうではないんですが…」
「ま、俺は一足先にダサいところから卒業してくるよ。お前もさっさと大人になれよ!またな」
級友はそう言うとクルリと背を向けて、待っていた父親と並んで人混みの中に消えていった。自分も父の元に行こうとカフェの方を向くと、父はいつの間にか近くで待っていた。
「お待たせしました」
自分も父と肩を並べて、レノアールに近い城門に向かって歩き出したのだが。父はポリポリと頬を小さく掻きながら、自分との距離を詰めてきた。
「ディズも行きたい?連れて行ってあげようか?」
街の雑音にかき消されそうな声量で伝えられたのだが、まさか父がそんなことを言うとは思わなかったから、苦笑いをしながら父を見た。
「父さんは行ったことありますか?」
「システムとしてはカフェでお茶を買って飲む、というのと同じだとは思うんだけど。店員さんと客っていう関係だとしても、することは愛し合うことだからね。好きな人とだけしたいな~って昔から思ってたから、一度も行ったことがないんだ。あはは…」
「私も一緒で、想った相手とだけで良いんですけど。そもそも異性や娼館に興味がなくて。変なのでしょうか」
「一般的に男性は性欲の発散がしたくなるものだからね。価値観が違う人からは理解されないけど、私は恋に落ちて、愛した人とするのが一番だと思うよ。
私も母さんに出会うまで異性に興味がなかったんだけど、それは誰かを想い、受け入れる自分の心と身体の容量が1人分しかないからなんだって思うんだ。だから、女性に興味がないのは、その人にまだ出会ってないからなんだと考えていたよ」
父とこういう話はしたことはないし、なかなか聞けない話ではあるのだが。横並びで顔を見ないでも良い今なら、なんでも聞けるような気がした。
「恋ってどんな感じなんでしょうか」
級友たちの話を聞いていても、『好きになる』という感覚が全く分からないし、クラスの異性を見ても『見た目の違う人間』か『自分とは違う性別の人間』と思うだけで何の感情も沸かなかった。談話室では異性の話題で盛り上がり、授業中は異性に良いところを見せようと張り切る級友たちを見ていたら、彼らの原動力には性欲が関係しているようなのだが、自分は何の原動力にもならなかった。
『恋をする』という言葉と『相手に好意を持つ』という意味は知っているが、具体的にどういう感じなのだろうか。
「そうだね…。ドキドキして、その人のことばかり考えるようになる感じかなぁ。今までと同じ日常なのに、『今、何をしてるのかな』『今度一緒に歩いてみたいな』『喜ぶ顔が見たいな』とか、頭のどこかでその人のことを思い浮かべていて、どんなに短時間でも一緒にいることに幸せを感じるものじゃないかな。
キッカケは人それぞれだけど、幸運が重なってお互いが気になるようになったら、互いを知りたくて自然と距離が詰まってくる。そうやって距離が縮まっていく中で、『貴女が好きです。もっと側に居て、貴女を知りたいから恋人として付き合ってください』って伝えて、両想いになって。
お互いをもっと知って、この人とこの先も一緒に居たいと思うようになって。貴女のためなら全てを捧げても良いって思えた時には、それはもう恋が愛に成長したって思うんだ」
「なるほど…」
「恋っていうのはさ、意識的に『する』んじゃなくて自然に『落ちる』ものだから。恋に落ちる時が来たら、今までなんとも思ってなかった人でも心が持っていかれるものなんだ。
だから無理をする必要はないし、探し回る必要も焦る必要もない。世界のどこかにディズと恋に落ちる『運命の人』がいて、その時が来たら『あぁ、この人だ。この人だったんだ』って心が動くと思うよ。
こう考えてるって話すと男女問わず笑われたりするし、現実離れの夢を見てダサいとか、いい歳して童貞守ってるのか?とか、からかわれて居心地は悪いけど。自分を大事にすることは、相手を大事にすることと同じなんだ。運命で繋がったその人は絶対馬鹿にしないよ。
誰かを想う純粋な気持ちは、きっと幸せな未来を運んできてくれる。他の人がなんと言おうと、私はそう信じているよ」
「父さんにそう言ってもらえると、とても心強いです」
父の言葉は自分の心の中をじんわりとあっためて、自分は自分の価値観のままで良い。自分もそんな恋をしてみたいと思えた気がした。
ーー自分が恋に落ちる相手は、愛する人はどこにいるのだろうか。自分がこうして歩いている今、彼女は何をしているのだろうか。どんな女性なのだろうか。名前はなんと言うのだろう。彼女もこの赤い空を見ているのだろうか。
まだ見ぬその女性に思いを馳せるように、ゆっくり歩きながら白い雲も真っ赤に染める西の空を見た。
◆
首都の城門を抜け、すぐそばにあるレノアールの街に入ったときには、すっかり日が沈んで星空が輝く時間になっていた。首都ほどではないものの、魔力の光が灯された街灯の下をたくさんの人が行き交っている。
父の案内にしたがって住宅街を進んでいけば、2階建てのレンガ造りの建物の前で立ち止まった。その扉には『アスタナシブ吟遊詩人養成教室』と刻まれた、懐かしい小さな木のプレートが下げられている。
「ディズ!おかえり!」
「大きくなりましたね。ただいま」
父が扉を開けた瞬間、飛び出してきた弟が押し倒す勢いで抱きついてきた。
ただいまという言葉と同時に抱きしめて身体を離せば、自分と同じ金髪を短く刈り込んだ弟は、ほとんど同じ高さにある自分の目をしっかり見て、低くなった声でもう一度おかえりと言ってくれた。
ダボついた服を好む自分とは違って体型に合う服を着ている彼は、抱きしめなくても細身で筋肉質な体型なのだと分かる。きっと学者を目指して勉強に励む中で、しっかり身体作りなどもやっているのだろう。
「え~!俺だけソーダなの?!俺もビール飲みたい!」
「アシアードは成人するまでお預けです。ディズの成人と卒業と入隊を祝って。乾杯」
居住スペースになっている2階に上がると、父の作った食卓いっぱいに並んだ料理を囲んで、久しぶりに3人家族の食事となった。
初めて飲むビールは苦味を先に感じて美味しいとは思わなかったが、父は上機嫌で酒を飲み、アシアードはソーダを飲みながら羨ましそうな目で見ている。どうやら彼は酒に興味があるようだ。
アシアードの学校での生活、自分の士官学校での話、父が最近凝っている料理の話など、たくさんの話題が次から次に出て来て、あっという間に時間が過ぎ食卓の上の皿も空ばかりになった。
「へぇ~!ディズはバルジアラ様の直轄部隊に入ったんだ。すごいなぁ」
「アシアードの進路はどうなったのですか?」
向かいの椅子に座る弟を見れば、小さい頃は思わなかったが、自分と同じタレ目が父に似ているなと思った。
今までは無邪気に喋っていた弟だったが、進路選択に自信があるのか、水色に近い青い目に熱意を込めて胸を張った。
「俺は冒険者兼学者!冒険しながら各地に残された伝承や遺跡とかを調べて、すごい発見をして本を出したいんだ」
「成績表に中級の白魔法が使えるって書いてあったから、軍への入隊を勧められたんじゃないの?」
「絶対ヤダって断った。俺は父さんが昔読んでくれた伝承や財宝探しの本に出てきた冒険者みたいに、ワクワクするようなことをしたいんだ。まぁ、それだけじゃ生活出来ないから、傭兵に登録して必要な時に白魔道士として働くつもり」
「まだ学生なのにしっかりしていますね」
母と姉が亡くなった時は目も当てられないほど落ち込んでいたのに、今では別人のように希望に満ちている。
既にしっかりとした目標と『自分』を持ち、未来に夢と希望を持てばこんな風に輝くのだ、と目の当たりにしたら、何にも興味が湧かない自分が異質な存在のように感じた。
「いろんな所に行きたいんだけど、遺跡とかは国が管理していたりするから簡単には立ち入れないんだ。学術的な研究に理解のある国だったら手続きをすれば許可してくれるらしいけど、そういう国は稀で実際は難しいらしくて。それに、行きたくても行けない場所もあるんだよ」
「そんな場所があるんですか?」
「仕方ないなぁ。教えてあげるよ!えへへ」
アシアードは嬉しそうな顔をして立ち上がると、壁に飾ってある布に大きく描かれた世界地図の右下の島を指差した。
「まずはこの地図の一番右下にあるベントラ孤島。この孤島周辺は、潮の流れが激しくて船で近付くことが出来ないらしいんだ。船から観察してみると、島には木々に覆われた山があって、海に流れ込む大小の川もあるんだけど、国があったっていう記録も伝承もないらしく、この島は今もどの国にも属していないんだ。誰も近付けないし、人が住んでいる島や大陸から遠いことから、どの国も見向きもしない島なんだ。手付かずの島には何があるのかなぁ。見たことのない動物や植物があったりするのかな。伝承にしか出てこない妖精が住んでたりして!考えただけでもワクワクしてくるよ!
次はラントニバ諸島から少し北側にあるロートン島。この島は結構大きいんだけど、まるでハリネズミみたいな切り立った岩場が島をグルッと覆っていて、接岸できそうな場所がないんだ。このトゲトゲの外周の超えた岩場は、先端が折れているから登れそうに見えるらしいんだけど、ベントラ孤島と同じで文献や伝承にも過去一度も上陸した記録はないんだ。でもこの島のすごいところは、過去の文献と比較すると、島自体が少しずつ海から伸びてきて、面積や山の高さが変わっていることなんだ!実際、島の外周の岩場にはフジツボとかの残骸が残っているらしいよ。成長する島の中には何があるんだろう。周辺では色んな鳥が飛んでるらしいから、鳥の王国があるかも?!
あ、そうそう!ディズはジナにあるバーティン・バレスト遺跡って知ってる? この遺跡はバレストっていう街の神殿から繋がってる洞窟にあるんだけど、そこには水晶の原石が群晶しているんだ。遺跡の途中までは一般人が見学することが出来るんだけど、最奥には何かが結晶の中に閉じ込められているって話なんだ。でも、何が閉じ込められているのかは王族しか見れないし、学者にも調査させてくれないんだって。気になるよなぁ。
他にも面白そうな遺跡がたくさんあるんだけど、強力な魔法によって滅んだ国や、自然災害によって湖や海の中に沈んだ国の伝承とかも気になるんだよなぁ」
アシアードは色んな場所を指し示しながら、楽しそうに教えてくれた。目をキラキラと輝かせ、迷いなく説明するその姿はとても微笑ましかった。好きなことを学び、仕事に出来るというのは幸せなことなのかもしれない。
「たくさんの歴史や伝承を学んでいるんですね」
「アシアードの書いた論文、考察力と行動力、好奇心に溢れていて、将来何か大きな発見や面白い考察が聞けるんじゃないかって、先生から高い評価をもらったんだよ」
「えへへ!先生の授業も楽しいけど、先生が他国から色んな学者を招いてくれるから、面白い話がたっくさん聞けるんだ!卒業して早く旅に出たいな!」
「アシアードは優秀な冒険者兼学者になりそうですね」
「ディズは将軍を目指すの?」
「特に目標はありませんが、とりあえず一生懸命毎日を頑張りたいと思います」
アシアードのような希望に溢れた未来は素晴らしいと思うが、怠惰な自分にはそんな未来は荷が重い。流される人生の方が自分らしい未来だと感じた。
「ディズもアシアードも仕事が辛くなったら戻っておいで。2人とも吟遊詩人の才能がありそうだから、私が教えてあげるよ」
「アシアードは分かりますけど、私に吟遊詩人の才能なんてないと思いますが」
無邪気で好奇心が強くて、夢を追いかけるアシアードなら吟遊詩人に向いていそうだが、芯のない自分にはとても向いていないと思う。
「吟遊詩人は声色が大事とか表現力が大事とか言うけど、私はディズとアシアードのようなきれいな心が一番だと思うんだ。目で見て、耳で聞いて、心に感じたものを言葉で表現するけど、きれいな心はとても感受性が豊かだから多くの人の心に響くんだよ。ディズは淡白なように見えるけど、芯の部分は情熱的なところがあると思うから才能あると思うよ」
「情熱的な部分なんてないと思うんですが…」
「アシアードは熱中するものを見つけているけど、人間誰しも一つくらい時間や手間、お金を惜しまないくらい熱中することや、尽くしたい人がいると思うんだ。ディズはまだ出会っていないだけで、絶対情熱的な部分があるよ。普段冷静で落ち着いているから、きっかけ次第では激情型になるかもしれないね。
そうだとしたらギャップが激しいとか二面性があるとか言われるかもしれないけど、それが良いんだ。吟遊詩人っていうのは、そういう持ち味がないと名作を生み出せないものなんだ」
父は酔っているのか、少し眠そうな顔をしながらも楽しそうに話している。
いつになく饒舌で、どことなく嬉しそうな父のを否定したくなくて、『いつか自分にも熱中出来る何かに出会えたらいいな』と思うくらいで聞き流した。
「あぁ、そうだ。これからお給料出るのですが、父さんに管理を任せていいですか?」
軍からは毎月給料を貰えるが、管理は自己責任になる。
軍人や商人、一般人の一部は貴族に保管料を払って金を預けるということをしているのだが、ほとんどの人は給料を全部使い切ったり、宝石や絵画などを買って必要な時に売ったり、定期的に故郷に帰って親族に金を預けたり、給料管理をきっかけに結婚を決めるらしい。
「良いよ。軍に入ると学校以上に忙しくなるだろうから、取りに行こうか?顔も見たいことだし」
「ではお願いします」
「俺も管理してあげるよ!」
「アシアードは毎月のお小遣いも全部使っちゃうんだから。ディズのお給料なんて任せられないよ」
「へへへ!読みたい本がいっぱいあるんだもん。しょうがない!」
実家で穏やかな団らんの時間を過ごした数日後。首都に戻る道を歩いていると、不意にあの豪快な笑い声を上げるバルジアラ様の姿が頭に浮かんだ。軍に入れば今まで以上に厳しい日々が待っているというのに、無邪気でワクワクが止まらない様子の弟に刺激されたのか、またあの方にお会い出来るのが楽しみだと思えた気がした。
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