天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第1章 白い渡り鳥

4.赤い悪魔との出会い

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「うわぁ。やっぱり戦場の跡って悲惨な光景。何度見ても慣れないわ。この状態じゃ生存者は絶望的だろうな…。でもとりあえず仕事しないとね。
誰か息のある方はいませんかー?」


勝敗が決して数時間しか経っておらず、戦場跡の平原はまさに死屍累々という表現がぴったりだ。
そんな壮絶な光景に時折目を背けながら、私は必死に生存者を探す声をかけ続けた。







「おい…。あんた白魔道士だろ。俺を助けろ」




私に声をかけてきたのは、苦しそうに浅い呼吸を繰り返しているのに、やけにはっきりとした口調の全身血みどろの目つきの悪い男だった。

血だまりに倒れているからか、男の短い髪や服は赤く染まっていて異様な光景だったが、彼の瞳は茶色で赤くはなかった。




右手の近くに血みどろの剣が転がっていたが、それを拾い上げるだけの力はないらしい。
急に襲ってこられる心配はなさそうだと思いながら、男の隣に膝をついて剣を男の手から届かないようにさり気なく追いやった。




「助けてほしい割にはやけに横柄な口ぶりね」

男の右手を取って脈を確認しながら、この男のことを調べた。



魔力は膨大な量を誇り、白魔法の適性は低いが黒魔法の適性はかなり高い。



この人なら……。

私の役に立つと直感した。





「はぁ、はぁ。俺はここで死ぬ訳にはいかねぇんだよ。俺をコケにしやがったあいつに、ぜってぇ復讐してやる!」


そう元気に叫ぶ男は血みどろだが思ったほど出血量は多くなく、恐ろしいことに身体に負った傷は全て急所を外れている。
だが満身創痍で痛いことに変わりがないはずなのに、目にはギラギラと強い意志の炎を灯している。





「ねぇ。助けてあげるから私と主従の誓いを結ばない?」


主従の誓いというのは、文字通り主人と従者を取り決める誓いだ。

主人は従者が気に食わないことをすれば、無理矢理膝をつかせて押さえつけることが出来る。
誰にでも出来る誓いだが、この誓いをしている従者はほとんどが奴隷扱いされているのが実情だ。



でも私は奴隷が欲しいわけじゃない。護衛が欲しいのだ。



優秀な能力を持つこの男ならば護衛にもってこいなのだが、なにせ性格が分からない。
初対面で信頼関係もないのに護衛を任せるのはリスクがあるが、万が一襲われることがあっても押さえつけることが出来れば身の危険はほとんどない。

だからこの主従の誓いを結ぼうと思いついた。




「主従の誓い?そんなの俺の自由を奪うだけじゃねぇか!奴隷が欲しいなら、他を当たれ!」

男は鋭い目付きで私を睨んで来たが、今の状況では私の方が有利な立場なので怖いと思わない。




「んじゃ治療しない。他の白魔道士に治療頼めば?
ここはもう死体しかないし、誰も来ないだろうけど。それに私は奴隷じゃなくて護衛が欲しいの。
貴方が従者になったら、絶対に奴隷扱いしないって約束してあげる」




「てめぇ!俺を脅しやがって…!ちょっと待てよ!本当に治療せずに置いていくのかよ!」

私が立ち上がって立ち去ろうとすると、男は焦ったように声を張り上げた。



「だって交渉決裂なんだから仕方ないじゃない」

「分かったよ!でも俺の復讐だけは自由にさせろよ」

「誰に対する復讐よ?」

「ウィニストラの将軍バルジアラだ」

ウィニストラのバルジアラ将軍と言えば、この戦場で賭けの対象になっていた人か。



「分かった。でも他は基本的に私に従ってもらうからね」

「なら早く治療と呪いの解呪をしろ!痛いんだよ!」

「はいはい。治療の前に主従の誓いを結ぶよ」


私は呪文を口ずさみながら、自分の左の手の平を取り出したナイフで浅く切り、男の右の手の平にある傷口に私の血を落とした。

呪文が完成すると、男の右の手の平にはこの世界で従者の印である羊を表す黒色の刻印が、私の左の手の平には主人を表す狼の黒色の刻印が刻まれた。




「よし完了。じゃあ治療するわ」

「あぁ、頼む。この痛みを早く何とかしてくれ…」

私はまず満身創痍の男に治療魔法を施したが、単なる怪我で痛みを訴えている訳じゃないことはさっき調べて分かっていた。




この男が訴える痛みの原因は、傷口が癒えようと身体の内部が死ぬまで痛みを忘れないという、拷問に使われる怨珠えんじゅの呪いによるものだった。




「ねぇ、貴方は何か凄い恨みでも買ったわけ?怨珠の呪いっていう拷問用の高レベルの呪いがかけられてるよ」


「怨珠の呪い?」


「傷口が癒えても身体の内部が痛みを忘れない。深い怨嗟が珠のように繋がって、死ぬまでずっと痛みが続くの。
呪いを解呪しないと歩くのもままならないだろうね。ついでに言うと、生半可な白魔道士じゃ解呪出来ないよ」


「あいつっ!!こういう意味で言いやがったのか…!クソッ!」

男は激しく悪態をつき始めたので、拷問用の高レベルの呪いがかけられたのは知らなかったようだ。




「あんたはその呪い解けるのか?」

「解けるけど…。どうしてこの呪いがかけられたのか教えてくれたら解呪するよ」


呪いの解呪は結構シビアだ。
解呪に失敗すれば解呪しようとした私にも同じ呪いがかかることになるが、呪いの解呪は今まで何度もやっているし冷静にやれば出来るはずだ。




「俺は『赤い悪魔』って言われる傭兵なんだよ」

「ええっ!?『赤い悪魔』っ!?」

血みどろで動けなくなっている眼の前の男が、まさか本当に?




「そうだよ。今まで散々戦場で暴れ回ったから、色んな奴らに恨みを買ってるわけだ。
そういう奴らの1人、バルジアラがこの呪いをかけたんだよ」


「なるほどね。まぁ、貴方が『赤い悪魔』っていうのには驚いたけど、今後は戦場に行かせないから良いか。解呪してあげる」



「は?ちょっと待て。戦場に行かせないってどういうことだよ」



不満そうな顔をする男に向かって私は額飾りを指し示した。

「私ね、見た通り『白い渡り鳥』だけど護衛がいなくて困ってたの。これからは貴方に私の護衛として働いてもらいながら旅をするから。
戦場に行ったとしても、戦の後だろうね」


「はぁ?ふざけるなよ。俺は『赤い悪魔』っていう二つ名が付くくらいの…ぐうっ!」

私は心の中で男に大人しくしろと念じると、目の前で男は横たわったまま苦しそうに呻いた。


「主人の言うことには従いなさい。うーん、主人の思った通りに抑えられるのね。これ便利だわ」


「てめぇ…!俺を嵌めたのか?!」


「嵌めてないし!ちゃんと護衛が欲しいって誓いを結ぶ前に言ったじゃない!
それに『赤い悪魔』って知ったの今だし。不満だって言うなら、主従の誓いを破棄してもいいよ。
でもその場合、このまま怨珠の呪いを解呪しないけど」


「俺に選択肢ないじゃないか!」


「仕方ないじゃない。世の中持ちつ持たれつよ。どうする?」


「……クソッ!主従の誓いはそのままで良いから呪いを解呪してくれ」


「了解」

男の首元に手を当て、目を閉じて意識を集中させた。
解呪の呪文を紡ぎ終わると、呪いの本体のいる精神世界へと引きずり込まれた。







目を開くと、白い空間に膝まである血のように赤い海がどこまででも続いている。
その赤い海を、蛇のように長ひょろい白い魚が1匹泳いでいる。

この白い魚が呪いの本体だ。




その魚を捕まえて浄化の魔法をかければ呪いは解呪出来るのだが、白い魚は泳ぐスピードが速くてなかなか捕まえられない。
どうしたものかと悩んでいると、何もなかった空に真っ赤な雨雲がモクモクと表れて、温かい赤い血の雨が降ってきた。




「うわぁ。血の雨なんて気持ち良いもんじゃないわね」

私は頭上に広がる真っ赤な雨雲に向かって手をかざし、広範囲に浄化の魔法をかけた。



浄化された透明な雨が降ると、白い魚は苦しそうに更に速いスピードで赤い海を泳ぎ始め、どこかに隠れようとしているのか逃げ惑い始めた。
だが、何もないこの赤い海には魚が逃げ込めるような場所はなかったが、私の作る影に気付いた魚は私の足元へと来てくれた。

私はこの好機を逃すことなく、足元の白い魚を捕まえて浄化の魔法で退治して、元の世界に戻るために目を強く瞑った。




「はい終わり。立てる?」


「あぁ。おかげさまでな」

男は立ち上がると、転がっていた剣の血を払い剣の鞘に戻した。




「私はシェニカ・ヒジェイト。シェニカって呼んで」


「ルクトだ。ルクト・ヴェルネス」


「これからよろしくね。とりあえずセゼルの街に行きましょ。その血みどろの格好じゃ気味悪がられるから浄化の呪文をかけてあげる」


私は男の血まみれの身体に満遍なく浄化の呪文をかけると、着ていた洋服に空いた穴や破れた部分はそのままだが、服に滲んでいた赤い血の色は消え、血が付いた髪もキレイな金髪になった。



「これ、羽織っとけば?服はあちこち破けてるし目立っちゃうよ」

男のボロボロの服を見かねた私は、着ていたクリーム色のローブを脱いで手渡した。
早速ローブを身につけたルクトだったが、私よりも頭1つ以上背が高いからか、私なら脛位まであるローブの裾が、彼が着ると膝上くらいの位置にあってツンツルテンだった。




「あんた何でも出来るんだな」



「何でもは出来ないよ。私が出来るのは白魔法だけなの。黒魔法や剣は適性がなくて使えないから護衛が必要ってわけ。それと、あんたじゃなくてシェニカって呼んで。あ、ご主人様って呼んでもいいよ」



「はいはい、シェニカって呼ぶよ」



空が茜色に染まりそうになる時間にようやく街に到着すると、早速ルクトの新しい旅装束を買って、私が取っていた宿へと向かった。





「女将さん、シングルの部屋を1つ追加でお願いします」

「あいよ。お嬢さんの隣の部屋にするね。宿代は銀貨3枚だよ」

私は部屋の鍵をもらうとルクトを部屋へと案内した。
まず先に彼はボロボロの服を着替えたほうが良いだろうが、早めにやらないといけないこともある。





彼の部屋に私も一緒に入ると、一人がけのソファに座るように手で促した。


「とりあえず今晩はここで一泊ね。ここからは私とルクトとの決まりを作りましょう」


「決まり?」


「そう、仕事の内容とかお金の取り決めとか。揉める原因になることは避けたいしね。
基本的に収入は私が『白い渡り鳥』として稼ぐから、ルクトは護衛に専念してもらいたいの。
稼ぎは基本的に私が2/3、ルクトが1/3。私が宿代や食費は持つからこの配分でお願いしたいわ。
ルクトの装備などは自分のお金で揃えて欲しいけど、出費が多かったら私に相談してくれても良いから。どうかな?」


「あぁ、それで構わねぇよ。やけにはっきり決まってるんだな」


「んー。今までに何度か護衛を雇ったのよ。その時に色々と経験した結果こうなったってわけ」



「護衛が他にもいるのか?」


「いないよ。この街に来た時、あの平原は戦場だったから護衛もこの国の戦力として徴収されちゃった。
だから私は護衛が居なくなって途方にくれていたの」


「なるほどね。ちょうどいい時に俺が捕まったってわけだ」


「そういうこと。最初に言った通り、絶対に奴隷扱いにしないし、むやみに自由を制限したりしないし決して悪いようにはしないから、安心してついてきなさい!」

私がそう言うと、ルクトは面倒くさそうに肩を竦めた。



「はいはい。まったく変な奴に捕まったもんだ」



「じゃ、とりあえずお風呂に入って着替えたら、食堂に行って腹ごしらえしましょ。
私は隣の部屋よ。私が迎えに行くまではこの部屋で大人しくしていてね」


私はローブを返してもらい、隣の部屋に戻るとすぐにお風呂に入り始めた。



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