天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第1章 白い渡り鳥

5.赤い悪魔と銀の将軍

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「はぁ。本当に厄介なのに捕まっちまったなぁ」

俺はボロ布同然の服を脱ぎ捨てて、風呂場に行ってシャワーを浴びながら全身をくまなく確認した。



「傷跡が一つもない。しかも昔の古傷まで消えてる。流石白魔道士の最高位、『白い渡り鳥』ってことか」


今まで怪我をした時は傭兵の白魔道士から治療魔法をかけてもらっていたが、白魔法の能力があまり高くないから、治療を受けても傷跡が微かに残っていることが多かった。

今回のように、綺麗さっぱり傷を癒やすことが出来る白魔道士に会ったのは初めてだった。




「解呪も治療も完璧に出来る『白い渡り鳥』に出会ったのは幸運だったな」


白魔法の知識はあまりないが、呪いの解呪は失敗すると解呪しようとした人間にまで同じ呪いがかかると聞いている。
シェニカも当然そのことは知っていたであろうが、そんなリスクにたじろぐことなく淡々と解呪してのけた。



半ば脅迫で主従の契約をさせられたが、あの時自分が生き延び、かつ、呪いを解呪してもらうにはあれしか手段はなかっただろう。




今までの自分の経験上、主従の誓いをした者の多くはほとんどが理不尽な要求をされたり、捨て駒のように扱われていた。

先程の護衛についての取り決めなど、主従だからといって高圧的な態度を取ることなく対等な立場で接してきたシェニカは、ある程度信頼できる相手なのかもしれない。




どちらにしろ主従の誓いは主人であるシェニカにしか破棄できないので、自分ではどうしようもないのだが。







シャワーを浴びてさっぱりした後、鏡を見て驚いた。


「はっ!?なんだこれ!髪が……髪が元の色に戻ってるじゃねえか!」


『赤い悪魔』と呼ばれたトレードマークの赤い髪が綺麗さっぱり消えて、染める前の金髪に戻っていた。



「クソッ!浄化の魔法って染めた髪も元に戻るのかよ!?」


俺はがっくりと項垂れながら、買ったばかりの黒の上下の旅装束に袖を通しベッドの上で寝転んで目を閉じた。





ーーーーーーーーーー




ウィニストラとの戦いの前夜。
アルベルトの宿営地では、テントの下で傭兵たちが酒盛りをしていた。


傭兵団に入っていない俺は、1人で酒を飲みながら明日対峙するであろう『銀の将軍』バルジアラのことを考えていた。






「酒を1瓶」

「あいよ。ちょっと待ってておくれ」

飲んでいた酒がなくなって新しい酒をもらいに行った時、近くで話している傭兵の声が耳に入ってきた。





「明日の戦いで無事だといいな」


「だよなぁ。アルベルトの国境の町じゃ、白魔道士は国に徴兵されていなかったもんな。怪我したらどうやって治療するか。『白い渡り鳥』に期待するか」


「でもよ、こんな小国にタイミング良く『白い渡り鳥』が来ても診てくれるとは限らないだろ?」


「だよなぁ。ずっと前に会った『白い渡り鳥』なんて、まだ並んでる人がいるのに時間になったからって治療終了しやがったし」


「俺なんて、態度が悪いとか言われて治療拒否されたよ!」


「俺の知り合いはタチの悪い呪いにかかったら、『手に負えませんから解呪は諦めて下さい』って一言で終わり。結局随分時間が経って見つけた他の『白い渡り鳥』に解呪頼む羽目になったよ」


「俺、黒髪に緑の目をした若くて可愛い『白い渡り鳥』に治療してもらったんだけどさ、その娘はすごく良かったよ。
他の『白い渡り鳥』と違って丁寧だし、どんな奴が来ても嫌がる素振りなんて一切しないし。
俺、あの娘にもう一度会いたくてさ。名前聞いときゃよかったなって後悔してるんだ。誰か知らねぇか?」


「もしかしてシェニカ先生じゃないか?俺、2ヶ月くらい前に野宿してる時に診てもらったぞ!
気さくで優しくてさぁ。『白い渡り鳥』なら馬とか使う奴も多いのに、シェニカ先生も野宿しててさ!あんな娘の護衛なら俺、喜んで買って出るのにな」



ーー白魔法特化の『白い渡り鳥』ねぇ。護衛がいなけりゃ何も出来ないお荷物じゃないか。
たしかに上級の白魔法が使えるのは助かるけど、戦場じゃ足手まといにしかならねぇよ。
黒魔法に長けている方が断然有利だろ。




「おまたせ。酒1瓶ね」

俺は新しい酒瓶を受け取ると、椅子に座ってまた安酒を煽った。











そして翌朝。戦地となる平原の向こう側には大勢の傭兵たちの姿と、武装を施した馬に跨ったウィニストラの軍勢がいた。

その奥の方に一際いかつい馬に跨った、遠目でも分かるほどの威圧感を醸し出しているデカイ図体をした銀色の頭が見えた。




「あいつがバルジアラだな」


しばらく国境線を隔てる柵越しに睨み合っていたが、先に動いたのは前線にいたアルベルト側の傭兵だった。
柵を破壊し国境線を越え、雪崩込みながら互いに剣の抜いて魔法を放ち戦は始まった。









悲鳴や号令、怒号などの多くの声が飛び交う中、俺は平原の中で馬に跨った銀髪の男と対峙した。

銀色の甲冑を身に纏い、鋭い眼光で俺を見据え、重苦しい殺気を撒き散らす大柄なこの男が、この大軍を率いる大将であるとすぐに確信した。






「忌々しい赤い髪の傭兵…。お前が『赤い悪魔』だな」


「お前が大将のバルジアラか」


「あぁ、そうだ。
今までお前の剣の錆になった同胞たちの無念を晴らすには、ただ殺すだけじゃ飽き足らぬと思っていたが、ようやく会えたな」


将軍は馬から降りて、銀色に光る重そうな長剣を背中から引き抜いて俺に突き付けた。
俺も腰に差した剣を引き抜いて将軍へと向けた。




「あんたも俺の剣の錆になってもらう」


「それはそれは。上手くいくといいな。残念だが俺はそう簡単に錆になってやるつもりはないな」





身体がデカイ分、走るスピードは遅いかと思ったら駆け抜けるスピードはかなり早かった。
あっという間に間合いを詰めて素早い剣の一撃を放ってきた。
自分の剣でその一撃を受け流すが、剣からビリビリと伝わる衝撃が手を痺れさせようとする重い一撃だった。



一撃を受け流しつつ、雷の魔法を放つと相手も魔法を放って相殺してきた。

剣を合わせ、魔法の応酬を繰り広げるが、決定打になるような一撃が出ないまま体感的には長い時間が過ぎていった。




そう遠くない所で誰かの絶叫が響き渡った時、目の前の男は思いついたように口元を歪めた。

何か企んでいると直感した俺は、間合いに気をつけながら余計な手出しをしないように防戦に回ることにした。



俺よりも背が高い男は、剣を合わせる俺を見下ろしながら聞こえないくらいの小声で口元を動かしている。
呪文を紡いでいるようだが、普通の黒魔法と比べるとあまりに長い間詠唱をしているから、何をやろうとしているのか分からない。


その詠唱をやめさせようと間合いを取って風の魔法を放つが、相手はその魔法を剣で薙ぎ払って打ち消すという人並み外れたことをやってのけた。





「くそ!人間じゃねぇ!」


俺がそう言うと、奴は目だけで笑って次に剣を合わせた時に不意に膝を蹴ってきた。
避けきれなかった俺は、尋常じゃない痛みを膝に感じてその場に崩れ落ちた。





「てめぇっ!足に何か仕込んでたのか!」


俺が恨みがましく見上げると、奴は自分の剣を地面に突き立て、片手で俺の胸ぐらを掴んで視線を合わせる位置まで持ち上げた。





そして、奴がもう一方の手を俺の胸に押し当てた瞬間、ゾクリとする悪寒が全身を駆け抜けた。


すぐに持っていた剣で切りつけようとすると、奴は両手を放して俺をその場に放り捨て、地面に突き立てた剣を取って間合いを取り直した。




「別に?何も仕込んでいないぞ。
さて、お前に同胞たちの呪いを受けてもらった。死んで楽になりたいと思うほどの痛みを受けると良い」

膝の激痛が続いて立ち上がれない俺を、奴は満足そうに見て笑った。




「は?何を言って…」

奴は俺に魔法を放ってきたが、動けない俺はその場で防戦一方となった。
動けない中ではまともに攻撃を防ぎきることは出来ず、身体のあちこちを容赦ない攻撃が襲ってきた。




「ぐああっ!!」

「安心しろ全部致命傷にならないようにしておいてやった。
呑気に寝転ぶお前には見えないだろうが、傭兵達もアルベルトの軍勢もほとんど壊滅状態だ。
お前はこのままここで、永遠の痛みを感じながらゆっくりと朽ち果てていくが良い」


バルジアラは地面に横たわった俺を、灰色の目を細めて勝ち誇った顔で見下ろした。




「てめぇ…!一体何をしたっ!うぐぅっ!」



「ちょっと趣向を変えただけだ。ただ殺すだけじゃなく、今まで己が屠った者たちの痛みを感じながらその声に耳を傾け、自分の非力を嘆きながら朽ち果てて行くといい。
これだけ荒れた戦場だ。この場にはしばらく誰1人として来ないだろう。
例え誰か来たとしても、俺のかけた呪いはそこらへんの白魔道士に解呪することは無理だと教えておいてやる。
お前は誰にも看取られず、ただ孤独と飢餓の中で怨嗟の声と痛みだけを感じながら、ゆっくりと衰弱しながら死ぬと良い。
何、心配するな。お前が死んだら俺だけには分かるようにしておいた。
お前の生命がどれだけ持つか楽しみにしているよ」




「ぐぅっ!お前、悪趣味だなっ!」



「何とでも言うと良い。傭兵としてはなかなか面白かったが、所詮お前は負け犬だ。せいぜい最期の時までそこで寂しく無様にあがくといい」


男は馬に跨ってその場を立ち去っていくと、周囲で聞こえていた馬の駆け抜ける音、人の足音がどんどん遠くなっていく。






痛みでろくに動かせない手を必死に動かし、かろうじて使える治療魔法をかけてみるが、全く効果が現れない。



「くっ…!治療魔法も効かねえし、全身痛くて動けねぇ」


無駄な体力を使わないように、その場で目を閉じて大人しくしているしかなかった。
風が吹き抜ける音だけしかしない静かな平原なのに、自分の周囲から地を這うような低い呻き声のような呪詛を紡ぐ声が聞こえてくる。



「くそっ…!本当に呪いをかけやがったのか…」


黒魔法の1つである呪いは軍人にしか使えない。

喧嘩が絶えず、金で立場を変える傭兵には使わせられないと、どの国でも呪いは軍人だけしか教えない。
階級が上がれば呪いもどんどん複雑、難解なものになり、解呪するには高位の白魔道士が必要になる。


呪いについての知識がないから、どんな呪いをかけられたのか見当もつかなかった。




呪詛に耳を貸してはいけないと、目を閉じて必死に呼吸を整え心を遮断した。


全身を貫く痛みが眠ることを許さず、声を上げさせようとする。
耳元で聞こえてくる怨嗟の声に耳を貸さず、歯を食いしばって痛みを訴えたくなる口を噤み、身体を動かさないようにしていた。





ーー今まで何だかんだで運に見放されずにここまで来たが、さすがにこの状況は絶望的だ。誰が好き好んで、生々しい死体が無残に転がり、死臭漂う戦場の跡地に来るだろうか。
あいつの言った通り、ゆっくりと衰弱して死ぬ運命が待ち構えているのは明白だった。



この状況を打開するには、沢山の偶然が重ならなければならないが、そんな偶然が起きるだろうか…。

俺は自分の悪運の強さを信じるしかなかった。













「誰か息のある方はいませんかー?」

その状態をどれほどしていただろうか。遠くの方から1人の気配と高い声が聞こえる。
次第に近づく声とその言葉から、気配の主は女の『白い渡り鳥』だろうと見当がついた。



こんな戦場跡に来るのは、『白い渡り鳥』が生存者を探す時くらいだが、最近ではあちこちに戦場があるからか滅多に見ない。

この女に俺の存在を気付いてもらわねば。






「おい…。あんた白魔道士だろ。俺を助けろ」

幸運なことに白魔道士が俺の近くを通り過ぎる時に声をあげた。
体力を消耗させないようにしていたからか、俺は自分でも驚くほどハッキリとした声を出すことが出来た。



目を開ければ、銀糸で細かく刺繍の入ったクリーム色のローブを着た、肩まで伸びた黒髪をたなびかせた女が立っていた。

その額には『白い渡り鳥』を示す飾りがあり、緑色の目を大きく見開いて俺を見下ろしていた。

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