天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第1章 白い渡り鳥

6.2人の乾杯

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目を開けると、安っぽい宿屋の天井が視界に入った。
天井に向けて右手を伸ばし、その手の平を見れば黒い色で羊の刻印が浮かんでいる。




「はぁ。まさか俺が従者の方になろうとは…」

主従の誓いをした後、従者の人生は基本的に主人からの扱いで内容がほぼ決まる。
シェニカのように俺を平等に扱うことなんてほとんどない。大抵が奴隷扱いだ。

奴隷扱いにされないだけマシだと思うが、自分が従者の身分になったことには納得出来なかった。







「ルクト、用意は出来た?」

扉の外からノックする音とシェニカの声が聞こえ、俺はベッドから下りて扉を開けると、そこには湯上がりのシェニカが立っていた。



「じゃ、食堂に行きましょ。ここ安宿だけどご飯は美味しいの」


後ろからついていく俺は、ついまじまじとその後ろ姿を見てしまっていた。

着ている服はローブを脱いだクリーム色の旅装束で、肩までふわりと伸びた黒髪はサラサラと揺れている。
同じ石鹸を使っているはずなのに、どこか甘い香りが漂っていて、その匂いは無性に自分を惹きつける。



ーー俺、溜まってるのか?ついさっきまで戦場にいたのに?しかも脅して来たこいつにか?ありえない、何かの間違いだ。






席に着くとメニューが渡された。


「ルクトはどれにする?お酒も頼んでいいよ。私も飲むし」


「酒って…酒飲んで暴れたりしないよな?」



女の年齢は外見から良く分からないが、目の前の女はせいぜい成人年齢ギリギリの17、8くらいに見える。
酒の経験が浅いと限界が分からなくて泥酔し、暴れられたら困る。



「失礼ね。これでも20歳ですから自制できます」

「は、はたち?!」

「年齢サバ読んでどうするのよ。ほら、注文決めて?」

俺は年齢に驚きながらも注文を決めると、シェニカは女将を呼んだ。
俺と同じビールのジョッキを注文したシェニカに驚きながらも、女将はニコニコしながらすぐにビールを持ってきた。




「じゃあ、乾杯しましょ。そうね……。私達の前途が明るいように!かんぱーい!」

「かんぱーい…」



俺は何だかよく分からない状況で、シェニカの明るい声につられるように乾杯の言葉を言っていた。
食堂には夕食にはまだ早い時間だからか、他に客は一人も居なかったのでシェニカの声はよく響いていた。





「ルクトは何歳なの?私の年齢聞いたんだから教えてよ」

「24だよ」








「へぇ。24歳か。意外とオッサンなのね」


その言葉にジョッキを握る手に思わず力が入った。






「てめぇ…。24歳はまだオッサンじゃねぇよ!20の小娘の分際で!」

大して年齢が変わらないのにオッサン呼ばわりされたことに、正直に腹が立った。




「良いじゃない。ルクトはそうやって喧嘩腰になったら子どもみたい!あははは!」


「くそっ!なんでこんなガキが俺の主人なんかに…っ!」


「世の中色々あるってこと!」


今までどんな戦場でも『赤い悪魔』として一目置かれていたのに、今はこんな生意気なガキに笑われているというのはプライドが許さなくて、目の前の小娘を睨みつけた。

だがこの小娘は酒をゴクゴクと勢い良く飲んでいて、俺の視線なんか気付いていない様子だった。







注文した料理がテーブルに運ばれると、俺は質素な宿には不釣り合いな旨さに驚いた。



「ね?美味しいでしょ?いっぱい食べてね」


俺の心の中でも読めるのか、シェニカは俺に嬉しそうに笑いながらそう言った。
俺は答える代わりに、ガツガツと夢中で目の前のメシを平らげた。






「あのさ装備を一式揃えたいんだが、金がまったくない。貸してくれないか?」

食後の茶を飲みながら、俺は現実的に直面している問題を口にしていた。
俺の持っていた金や諸々の道具が入った荷物は、アルベルトの拠点にしていた街の宿屋に預けたままだ。

ここからは遠いし、大した金も物も入っていないから、取りに行くのは諦めた。
だが装備は揃えないといけない。





「いいよ。じゃ、今から行きましょ。まだ夕方だし店も開いてるだろうから」

「助かる」

俺達は一緒に街の道具屋、服屋などに行って必要な装備を買い揃えた。


黒の旅装束の上に着る紺色の生地に白の糸で縁取られた腰まである上着、旅に必要な鞄や道具類などを揃え、かなり久しぶりにゼロから旅立ちの支度を整えた。

幸いこの街で揃えることが出来た装備は、荷物を置いてきたアルベルトの街に売っているよりも立派なものだった。







宿に戻ると、話があるというシェニカの求めに応じて部屋に招き入れた。



「助かったよ。この代金は今後の俺の給料から引いてくれ」


腹立たしいガキではあるが、決して安くはない装備一式を嫌な顔一つせずに支払ってくれた。
その姿を見て、素直に感謝しておくだけの気持ちは生まれた。



「うん、分かった。じゃあ遠慮なく毎回少しずつ引かせてもらうね。
それで話なんだけど、基本的に私は簡単に越境できる立場だからあちこちに行けるけど、行き先は私が決めて良い?」


「本当ならバルジアラのとこに行ってあいつの息の根を止めてやりたいが、今のままだとまた不意打ちでもくらいそうだ。だから行き先はそっちで決めてもらっていい」


「分かった、じゃあそうさせてもらうね。じゃあ早速だけど明日ここを発って、この街からずっと北西にあるディモアという街を目指すね」



そして翌朝、俺達は携帯食料や水などの旅支度を整えて、ディモアへと向かった。
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