天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第4章 小さな変化

1.悪魔の変化

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神官長が来る前にと慌てて町を飛び出して、地図で位置を確認しながら野宿を繰り返すこと3日。

ようやく夕方近い時間に少し離れた町に到着した。






「さてと。明日からこの町で仕事するね」


「宿から先行くか?」


「そだね。この時間だし、宿を取ってから町長さんの所に挨拶に行くよ」




宿に向かう通りを歩く時、私はフードを被らずに少しゆっくりとしたペースで歩いた。

治療院を開く時は、治療する意思ありの意思表示のためにフードを被らずに歩く。
そうすると、『白い渡り鳥』の訪問を知った人が勝手に情報を回してくれるので、それを聞いた治療が必要な人が治療院に訪れてくれる。



どんな場所でもそうやって歩けば、すれ違う人が私の姿を立ち止まってジッと見たり、指をさしたりする。
今まではそれが慣れた反応だったのだが、この町に入った時からそれに変化が起きたのを感じた。






立ち止まったり指をさした人は、次の瞬間「ひっ!」と短い悲鳴を上げて逃げ出したり、顔色を無くして立ち尽くしたりしている。


どうしたのかと彼らの視線の先を見れば、私の少し斜め後ろを歩くルクトに辿り着いた。

彼は無表情で冷たい目をして、民間人だろうが傭兵だろうが関係なしにその視線を向けている。


今までそんな視線で見るのは、治療院に来たしつこいナンパ傭兵だけだったのに、どうして民間人までこの視線で威圧しているんだろうか。








町長さんに挨拶した後、誰もいない宿の食堂で早めの夕食を取った。


「ルクト、酒場に行ったら?私は部屋で大人しくしてるよ」

流石に前回で懲りたから、部屋に結界を張ったら絶対外に出るつもりはない。
町の中であんまり睨んでばかりだったから、イライラしているのかと思ってそう提案したのだが……。






「お前も一緒なら行く」


ーーえ?一緒に酒場になんて行ったことないよ?私と一緒にお酒飲むとしても、今まで宿の食堂だったけど?


ルクトの言葉に思わず目が点になった。





「野宿を繰り返してたから、疲れてるし今日はもう寝るよ」


「ならここで酒瓶買って部屋で飲む」


ルクトはそう言うと、ジョッキ一杯分はある酒瓶を5本も頼んでいた。





食堂を出てそれぞれの部屋の前で立ち止まると、ルクトは部屋に入ろうとする私を呼び止めた。


「食事の時も出かける時も、これからは俺がお前を迎えに行く。俺以外の呼びかけには反応するな。
それから、どんな時でも部屋には防音と侵入不可の結界を張って、窓には近付くな。あと、俺がいない時に酒を飲むな。1人で飲むなら部屋の中で、結界を張った後にしろ。いいな?」



「え?あ、うん」

急に何を言い出すんだと呆気に取られたが、私を見るルクトの顔は真剣そのものだった。

侵入不可の結界を張るのはいつだってやってるし、今までの護衛にアドバイスされて、お酒も護衛と一緒の時しか飲まない。


だけど隣の部屋なのに迎えに行くとか、防音の結界を張れとか、窓に近付くなと言われたのは初めてだった。








翌朝。日が昇り始めた早朝。

時間が早くて誰もいない食堂で、私達は朝食後のお茶を飲みながら新聞を読んでいる。




治療の日は早朝、治療のない日は少し遅めに起きて、食後のお茶を飲みながら新聞を見るのが習慣だ。


各地の情報を得る方法が新聞くらいしかないので、軍人だろうが民間人だろうが新聞を読むのは当たり前の光景だった。




「なあ」

ルクトは新聞を片手に持ったまま、私に話しかけてきた。





「どうして神殿新聞にはいつもお前の所在場所が空欄になっているんだ?」



神殿が発行する「神殿新聞」には、『白い渡り鳥』の名前やネームタグの個人番号、ランク、所在場所などの情報が載っている。

この新聞には、いつ、どこの神殿に訪れたのか、次はどこに行く予定なのか等の情報が掲載されるので、新聞を見れば近くにどの『白い渡り鳥』がいるのかが分かるようになっている。


でも私の名前の所には、いつも名前とネームタグの個人番号しか載っていない。




そりゃそうだ。






「それは私が神殿に行ってないから、掲載出来ないんだよ」


「は?他の『白い渡り鳥』って神殿に行ってるのか?」


「うん。町長とか領主とかに挨拶に行くのと同様に、その場所の神殿にも挨拶に行くようになってるの。
神殿に行けば、いつその町に来て、どれくらいの予定で滞在して、次はどこに行く予定なのか聞かれるから、それが神殿新聞に掲載されるの」


「お前行かなくて良いのか?」


「うん。いいの。別に咎められることじゃないし、義務でもない」


「でも神殿に行って新聞に情報が載った方が、治療が必要な人は助かるんじゃないか?」


「それはそうだけどさ。私は神殿に行かない代わりに、旅の途中に見かけた町は必ず立ち寄るようにしているから良いのよ」


「あの町でも神官長が来ると分かった途端、町を出たよな。神殿を避けるのは何か理由があるのか?」


「理由、聞きたい?」


「聞いて良い理由なら聞きたいが」




普通の人に言う内容ではないが、今この食堂には私達以外に客もいないし女将さんもいない。
ルクトは神殿なんて縁遠いだろうし、他に話を聞いている人もいないから言っても差し支えないだろう。




「神殿って白魔法を教える場所だし、クリーンなイメージがあるでしょ?でも、実際はクリーンなところばかりじゃない。
汚職もあるし、権力闘争もある。口から言えないことだってやってる。
それに巻き込まれたくないんだ。だから神官長が来る前に町を出たかったの」


「巻き込まれる?『白い渡り鳥』は一箇所に留まらないから、旅を続けていれば巻き込まれないんじゃないのか?」

私はフルフルと首を振った。




「『白い渡り鳥』ってね、例え王族と結婚しても、その職を辞めても、王族や民間人にはならない。
身分は私達が住む場所を管理する神殿の預かりになるの。

世界中どの場所の神殿も平等に見えるけど、実際はどれだけ優秀な白魔道士が自分の神殿にいるかで、国や地方によって権力に差が生まれているの。
『白い渡り鳥』って実力と実績があるから、どこの神殿も自分のところで身分を預かりたいわけ。

神殿としてみれば、治療が出来る『白い渡り鳥』がいてくれるだけで、その神殿に人は寄りつくし、寄付も人気も集まる。
だから将来自分たちの所に来てもらうために、神殿との関係を密接にしたがったり、結婚相手を斡旋したりするの。
あの町で神官長に鉢合わせしてたら、今後の『白い渡り鳥』としての身の振り方とか、結婚相手とか、辞めた時の住む場所とか色々と言われてたはずだよ。
そういうのは御免だから、私は近寄らないようにしてるんだ」


「そういうのがあるのか。『白い渡り鳥』も大変なんだな」





あの町のように、私の生国のセゼル国内にも汚職や権力闘争もあった。
でも、私のいたダーファスを含めた周辺地域はそういた汚職などは起きていなかった。

その理由が、まさか自分の恩師であるローズ様の発言力が強いからだったというのを知った時は、目の前に居る厳しくも慈愛に満ちたお婆ちゃんが、まさかそんな凄い人だとは思わなくて驚いた。




神殿で2番目の階級『巫女頭』のローズ様だが、一番上の階級の神官長以上の発言力を持っていたのは、ひとえにローズ様の若い頃の『白い渡り鳥』としての実力と実績だった。




本当なら神官長にもなれたのに、巫女頭に収まっているのは、「面倒な役目はしたくない」という何ともローズ様らしい理由だった。

それを知った時、本人を前にして思わず笑ってしまった。



だから私が手紙を託した町長さんに、私の手紙で効果がなければローズ様を頼って欲しいと言った。
これで町長さんは、神官長による長々としたお説教程度で済むはずだ。


軍人も来ていたが、一番重要な私がいないから、衛兵や軍人による取り調べは出来ても審判を開くことが出来ない。だから恐らくガルシアさん達や突き落とした彼女は、注意や説教を受ける程度で罰を受けることはないだろう。




今頃ガルシアさん達も、神官長に長々と説教を受けているだろうか。
もしかしたら、高額の『寄付』や『奉仕活動』と言う名のタダ働きをお願いされているかもしれない。

彼らがどこまで償いとして受け入れるかは分からないが、神官長に色々責められた結果、必要以上に責任を感じて理不尽な要求まで受け入れていなければいいけど……。


今更ガルシアさん達のことを考えても戻れないので、私はこの後の治療院のことだけを考え始めた。
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