天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第5章 悪魔の胸を焦がすもの

1.越境の特権

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俺達は野宿をしながら、セゼルとトリニスタの国境を目指した。国境に近い街で一泊し、街を出て数時間後には国境を守護する関所に到着した。



関所に続く街道沿いには越境に訪れた人が利用する宿場町があるが、どの国の宿場町も宿は満室であることが多い。
実際、まだ昼前だというのにこの宿場町の多くの宿屋の軒先には「満室」というプレートが下がっていた。


「やっぱりここは満室だったかぁ。1つ前の街で宿を取って正解だったね」


「そうだな。いつだってこういう所は多いからな」


フードを被ったシェニカは、キョロキョロと周囲を見渡しながら前に進んで行く。
通り沿いは人混みが激しいが、シェニカのそばを離れない様に歩き、周囲の人間の様子を油断なく観察する。





そんな時、ある店の軒先の下にあるワゴンの前でシェニカは立ち止まった。
ワゴンを凝視するシェニカに、店の奥から恰幅のいい女主人が笑顔を浮かべて近づいてきた。



「いらっしゃい、どんな物をお探しかい?」


「横髪を留める髪留めが欲しいなって思ってて」


「そうかい、じゃあこっちのワゴンの中に揃ってるよ」


女主人が指差したワゴンを覗き込むシェニカは、一点をジッと見つめて考え込んでいた。
どうやら悩んでいるらしい。




「どれが良いんだ?」


「これとこれで悩んでるんだよね~」

シェニカが指差したのは、赤いガラス玉が嵌った細かい装飾が施された金色の細い髪留めと、黒と白のガラス玉が複数嵌った銀色の葉っぱのデザインの髪留めだった。髪留めの相場なんて知らないが、価格も銀貨2枚でシェニカの稼ぎから考えると安価の部類に入る。



「こっちが似合うんじゃないのか?買ってやるよ。おい、これくれ」


「え?ルクトが買ってくれるの?」

女主人に金を渡してシェニカに髪留めを渡すと、意外そうな顔で俺を見上げてきた。



「不満か?」


「え?いや、そんなことないよ。ありがと!」

シェニカは嬉しそうな満面の笑みで俺を見上げてきた。




「お嬢さん、奥に鏡があるから早速着けてみたらどうだい?」


「じゃ、ちょっと鏡借りますね」


シェニカは店の中に入って、鏡の前でフードを外して髪留めを着け始めた。






「おにいさん、自分の色を選ぶなんて憎いねぇ」

店の女主人が俺をニヤついた顔で見てきた。自分の色と言われても何のことを言っているのか分からない。


「自分の色?」


「おにいさんの瞳の色のガラス玉が嵌った髪留めは置いてないけど、髪の色の方を選んだろ?赤はおにいさんが好きな色だったりしないかい?」


「まぁ、赤が一番好きだが」


「自分の色を異性に与えるのは、独占欲の表れとも言われているんだよ。
おにいさん、あの娘さんのことが好きなんじゃないの~?」


「別にそういう関係じゃねぇし」


女主人の冷やかす態度にムッとしたが、そんな態度なんて気にしないのか豪快な笑い声をあげた。


「あはは!おにいさん素直じゃなさそうだねぇ。そういうことにしておいてやるよ。
でも、身に着ける物を贈るってことは、好きな相手じゃないとやらない行為だ。
それも自分の好きな色を贈るなんて。若いって良いねぇ。こういう甘い関係を見ると、私まで若返っちゃいそうだよ」


女主人に言い返そうと思ったら、店の中からシェニカが出て来た。



「ねぇ、ルクト。どう?似合ってる?」


「あ、あぁ。良いんじゃないのか」


耳の上に赤いガラス玉の嵌る髪留めを着けたその姿は、思った以上に似合っていたし、何だか可愛く見えた。
笑顔で俺を見てくるのが照れ臭くなって、シェニカから視線をすぐに反らした。




「ふふっ。お嬢さんとっても似合ってるよ。赤と金色がとっても良いねぇ」


「本当ですか?へへっ。嬉しいや。ルクト、ありがとう。大事にするね」


「…あ、あぁ」


女主人に冷やかしの視線を浴びせられながら店を出て、宿場町の奥へと進んだ。



店の立ち並ぶ宿場町を抜けて見えて来たのが、立ち塞がるようにそびえ立つ大きな関所だ。
その後ろにも大きな建物が見えるが、それは国境線の向こうのトリニスタの関所だ。




越境する時には、国境線沿いにいくつかある関所で厳しいチェックを受ける。 
数日かけて出国の手続きを終えても、次の入国の手続きにまた数日かかることも多い。


そうなると、出国手続きを終えた関所内の宿泊所で入国の手続きが終わるのを待つしかない。
だから関所の建物は越境の手続きを行う軍の施設と、越境者の宿泊施設を兼ね備えているので、どこの国の関所もかなり大きな建物になっている。



セゼル側の関所の前には、出国手続きのために並んだ傭兵や商人、民間人の行列が出来ていた。
シェニカはその行列に並ぶことなく、先頭にいる衛兵に話しかけた。



「護衛と2人で越境したいのですが、お願いできますか?」


「『白い渡り鳥』様ですね。こちらの書類をお願いします」

衛兵はシェニカに書類を渡すと、シェニカはサラサラと記入して衛兵に書類を渡した。
衛兵は書類とシェニカのネームタグを見ると、次に首から下げた俺のネームタグを確認して書類にチェックを入れた。






「どうぞお通り下さい」

衛兵はそう言うと、トリニスタの関所に繋がる薄暗い廊下が続く道を開けた。




最初に出会った時もそうだったが、あっさりと関所を通してもらえたことに驚きつつ、前を歩くシェニカの横に並んだ。


「いつもこんなに手続きはあっさりなのか?」


「そうだよ。特権だね」


「普通は上手くいっても数日かかる手続きが、ものの数分かよ。前も今回も、俺は何もしなかったけど俺の手続きもしたのか?」


普通越境する時は、書類に名前とネームタグに刻まれた個人番号、出身国、職業、越境の理由など事細かに記入しなければならない。
その国における犯罪歴はもちろんのこと、国を跨いで指名手配されている犯罪者でないかとか、入出国に際して特別の注意が必要な人物ではないか等まで調べられる。

こんなにあっさりと出国手続きが済んで良いのかと、こっちが心配になる程のあっけなさだ。




「うん。護衛の名前を書くところがあるから、ちゃんとルクト・ヴェルネスって書いといたよ。個人番号は前に聞いたやつをメモしてるよ」


「こんだけあっさり手続きが終わると、悪いことを考える奴とか出てこないのか?」


「そういう時はこっそり監視がつけられるらしいよ。私は監視の存在には気付かなかったけど、関所でそういう監視をつけられたって護衛が話してた。その人が言うには、その国を出るまでずっと監視がついてたんだって。
でも何もしなければ、向こうも当然何もしてこないから、胸張って越境してお仕事したら良いんだよ」


その護衛が言っていた監視というのは、おそらく軍部の暗殺部隊や諜報部隊だろう。
ずっと監視されているのは気に食わないが、簡単に越境できるのは法律で決められた『白い渡り鳥』の特権であるから、仕方のないことだろう。



「そうなんだ。そうそう、俺、字が汚いから書類を書いてくれて助かったよ」


「そうなの?どんだけ汚いのか今度その字を披露してよ」


「は?何でだよ」

シェニカはからかう様な顔をして、俺をクスクスと笑いながら見上げて来た。




「だってルクトからかうの面白いんだもの!あははは!」


その時、廊下の窓から差し込む日の光を受けて、髪留めと露わになった耳のピアスがキラリと誇らし気に輝いた。それを見ると悪い気はしなかった。




「お前…趣味悪いな」

からかわれて笑われて言い返してやりたかったが、その気持ちが不思議と霧散してしまい、俺はシェニカから視線を逸らすだけにした。



「ルクトに言われたくないよ」


入国手続きも呆気ないほどにすんなり終えて、トリニスタに入国した。






「『白い渡り鳥』様でいらっしゃいますよね?申し訳ないのですが、治療をお願い出来ませんか?」

トリニスタ側の関所を出ようとすると、兵士に声をかけられた。シェニカはフードを被っているが、恐らく入国手続きの時にシェニカの職業に気付いたのだろう。



「ええ。構いませんよ」


「すみません、治療院を開いていらっしゃるわけでもないのに。こちらにお願いします」

兵士に案内されたのは、兵士が集まる部屋を抜けた先にある、副官室とプレートが掲げられた部屋だった。




「失礼します。アルヴィ様、『白い渡り鳥』様をお連れいたしました」


兵士がノックをして扉を開けると、大きな机の前に座った大柄な軍人がこちらを鋭い目つきで見てきた。



「お忙しい所申し訳ありません。こちらにどうぞ」

俺達だけが部屋の中に通され、他の兵士は開けたままの扉の側に控えると、扉の周りには何人もの兵士が野次馬の様に集まって来た。




「野次馬が出来て申し訳ない。私はダルシア将軍の副官を務めていますアルヴィと申します。
こういう治療を受けるのを見るのが初めてな者ばかりなので、勉強のためにそのままにしてもよろしいですか?」


「シェニカと申します。見学は構いませんよ。どんな治療でしょう?」


副官は椅子から立ち上がると、松葉杖をついて部屋の中央にあるソファに移動した。
そのデカイ体躯たいくを支えるはずの左足は、足首から先が何もなかった。


「この通り左の足首から先が欠損しているんです。治療を頼めますか?」


「もちろんですよ。欠損部位はありますか?」


「ありません」

失くした部位は腐敗を防ぐために氷漬けにしておけば、『白い渡り鳥』なら再生出来るというのは知ってる。
だがそれがない場合、どうやって再生させるのだろうか。

俺だって初めて見るから、兵士が野次馬を作って治療を見たい気持ちになるのも分かる。



「そうですか。では再生は義足になりますが、それで構いませんか?」


「はい。魔力切れに注意すればいいんですよね?」


「そうですね。では準備をするので、その間に左足のズボンの裾を膝まで捲って下さい。あ、そこのバケツをお借りします」


シェニカは鞄から何か入った小瓶を取り出し、部屋の隅にあったバケツに小瓶を注ぎ、そこに手を入れて目を閉じて何かの呪文を紡いでいる。

目を開けてバケツを重そうに男の足元に持っていくと、それに左足を入れさせた。


「では始めますね。少し傷口から血を頂きます。傷口に意識を集中させておいて下さいね」

シェニカはバケツの隣に膝をついて座り、小さなナイフで足の傷口から血を出させたらしい。
男の顔が一瞬痛みに歪んだが、流石に軍人だけあって小さな悲鳴すら出ない。

シェニカはナイフを床に置くと、その中に両手を入れて目を閉じた。


バケツの中で何が起きているのか見えないが、普段より治療に時間がかかっている。



たっぷり数分は微動だにしなかったシェニカが、ゆっくりと目を開けた。


「目を閉じて、失くす前の左足をよくイメージして下さい。魔力で足を包むみたいに…。そう、そんな感じです。
……はい、終わりです。感触を確かめてもらって良いですか?」

男は立ち上がってバケツから左足を抜くと、そこには肌色の足先があった。


男は部屋の中を歩き、軽くジャンプしたり、足首を回してみた後、嬉しそうな顔に変わった。


「まったく違和感はないです。色も肌色だし、こんなにしっくりくるもんなんですね。義足だって忘れてしまいそうです」


「それは良かったです。義足は無意識的に魔力が流れて形を維持しています。魔力切れになると、砂に戻ってしまうので注意して下さいね。
それだけ気をつければ、痛覚がないだけで後は元の足と同じです。もちろんお風呂の様な水場も大丈夫ですからご安心を」


「シェニカ様、本当にありがとうございました」


「満足頂けたようで、私も嬉しいです」

シェニカがそう言って微笑むと男ははにかんだように微笑み返し、入り口周辺にいた兵士達は歓声を上げた。





副官から謝礼を受け取り、関所を出ると俺は聞きたかった事を問いかけた。



「なぁ、どうやって再生したんだ?」


「この砂を使ったんだよ」


「砂…?」

シェニカが見せたのは、小瓶に入った白い砂だ。小瓶を揺らすと、中の砂がサラサラと揺れている。


「この砂は『再生の砂』って呼ばれる特殊な砂なんだ。患者の血を混ぜて、本人と私の魔力を使って再生させるんだよ。
傷口から出た血と魔力で砂を固めて、色を馴染ませながら形作っていくの。最後に本人の魔力で形が崩れないようにコーティングして終わり」


「砂で作った部位は痛みとか感じるのか?」


「いいや。砂に神経は通っていないから痛みはない。蹴ったり、ジャンプしたり、踏ん張ったりしたい時、その命令は無意識に魔力に変換されるから、問題なく動くんだ。
でも魔力で維持しているから、魔力切れを起こすと砂に戻ってしまうんだよ」


「すごいな。その砂、どこで売ってるんだ?」


「これは神殿にしかないから売ってないよ」


「でも、神殿に寄ってないから補充出来ないだろ?それにこの小瓶の量で足りたのか?」


「便利魔法で量を増やして使ったんだよ。
この砂はね、私が恩師から分けて貰った特別な物なんだ。神殿に置いてある砂でも再生の術は出来るけど、この砂は恩師と私が改良を加えているから質が良いんだ。
神殿の砂だと再生した所は肌色じゃなくて灰色になっちゃうし、質も劣るからちょっと脆かったりするんだよね。だから神殿で貰う必要はないの」


目の前で起きた再生の術を見て本当に驚いた。

シェニカの治療はどれも完璧で、何でも元通りにしてしまう。 俺はシェニカの白魔法の腕を自分のことのように誇らしく思えた。



そして俺達はコロシアムのあるゼニールという街を目指して歩き始めた。

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