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第5章 悪魔の胸を焦がすもの
6.商人達との攻防
しおりを挟む街での治療を終えて領主の屋敷に挨拶に行くと、そこには領主の他に息子のロバート、治療院に来ていたこの街の大商人達が応接間に勢揃いしていた。
ロバートは領主の息子だからこの場にいるのは分かるが、なんで大商人までこの場に同席しているのだろうか。
「治療終了の報告に参りました」
シェニカが領主に報告をすると、脇に控えていた執事がパンパンに膨らんだ3つの革袋を領主に渡した。
「治療ありがとうございました。こちらは謝礼です。どうぞお受け取り下さい」
「ありがとうございます。遠慮なく頂戴致します」
シェニカは領主から革袋を受け取ると、重たかったらしく後ろを振り向いて俺にそれを渡した。
ズッシリと重みのある革袋には、恐らく全部金貨が入っているのだろう。
いつもより謝礼を多くもらっていると感じるのは、この街が商人が集まる経済の中心地だからだろうか。
「シェニカ様が丁寧に治療をして下さったおかげで、怪我や病気が治ってやる気に満ち溢れた者達も多く出てきました。それは、今後さらにこの街が発展するきっかけになりそうです。
そしてこちらの大商人達は、シェニカ様に直接治療の礼を述べたいと申しておりますので、この場に同席させました。さ、皆さんどうぞ」
領主から促された大商人達は、下心が隠せていない笑みを浮かべ、シェニカに近寄り小さな木箱を差し出して来た。
それはやはり木箱だけでも値が張ると分かる立派なもので、その中身は高級品であることは間違いなさそうだった。
治療院で渡そうとした物は断られているから、恐らくその中身はそれより高級な品物なのだろう。
「シェニカ様、治療ありがとうございました。これはささやかながら我々からのお礼の品でございます。
決して高価な物ではありませんので、どうぞお受け取り下さい」
大商人達がその木箱を開けると、陽の光を受けてキラキラとまばゆく光る豪華なネックレスや髪留め、指輪などの見事な装飾品が入っていた。
そのどれもが青や赤、ピンクなどの色とりどりの大きな宝石がついていて、大商人が高価な物ではないと言ったが、彼らにとっても一級品であることには違いない物だった。
「謝礼は既に領主様より頂きましたので結構です。私にはもったいない品物です」
シェニカは差し出された装飾品に目を輝かせるどころか冷めた目で一瞬見ただけで、木箱に触れようともせず、距離を取るように一歩下がった。
「そんなことはございません。シェニカ様に似合う品を選ばせて頂きました。きっと気に入って頂けると思います。お受け取り下さい」
『この品物でも満足しないのか!?』と驚くような顔をした大商人達だが、肝心のシェニカはそんな彼らを無表情で見据えた。
その無表情は、貰った焼き菓子を幸せそうに食べている時の顔とはまったく違う、俺が驚くほどの冷たい表情だ。
シェニカはいつも笑っていることが多いが、こんな表情が出来るんだと感心するほどだ。
「お気持ちだけ受け取らせて頂きます。旅が使命の私には、せっかく頂いた品を披露する場はありません。是非その品を十分に生かせる方に差し上げて下さい」
困惑する大商人達を気に留めることなくシェニカが部屋から出ようとすると、ロバートが立ちふさがる様に前に出てきた。
「シェニカ様。今夜、屋敷にこの街の商人を招いた夜会を開くことになっているんです。是非それらを身につけ、私にエスコートさせて下さい。
シェニカ様は何色がお好きですか?ドレスはこの街で1番人気のデザイナーのドレスを多く準備させました。これから別室でドレスや靴などを選びましょう」
大商人達の贈り物に靡かなかったことで、今度はロバートが夜会やドレスなどで興味を惹こうとしてきた。
部屋の外に案内しようとするロバートは、目を三日月に細めてシェニカに微笑んでいるが、やはりその目には策略めいた良くないものが混じり合っている。
「申し訳ありません。私はここを辞した後に街を出ますので、夜会には参加できません。お気遣いありがとうございました。では失礼します」
女が喜びそうな宝飾品やドレスで釣ろうとしてもまったく靡かず、ロバートの横を素通りして部屋を出て行くシェニカに対し、大商人やロバートは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
こいつらはこういう物で靡かない女を相手にしたことがないらしく、これ以上食い下がってシェニカを引き留めようとはして来なかった。
豪華な屋敷から2人で出ると、この街から外の街道に出る門に向かって大きな商店がひしめく大通り沿いを歩き始めた。
「シェニカ、どうして商人からの品は受け取らないんだ?」
「受け取ったら、『うちの店はシェニカ様と取引がある』『シェニカ様御用達』とか、他国の支店で私を見かけたら『今度本店のある国に治療に来て下さい』とか言われるの。ほら、そこの店の看板見て」
シェニカが指差したのは、服を扱う大きな商店の軒先に飾られた木の看板だ。
そこには
『白い渡り鳥』ミミリア・オードヴァン様御用達の店!
とデカデカと書いてあった。
「なるほど。広告塔にされるのか」
「広告塔だけじゃなく柵(しがらみ)も作ることになるからね。普通は国王や王族、宰相とかの国の中枢が『白い渡り鳥』を招くことが多いけど、商人が声をかけて私達を招くことがあるんだ。
そんなことが出来る商人は中枢とも繋がれる。国王にうまく取り入る事が出来れば、信用は上がるし商売は大きく出来る。
どんなに小さな商店でも、国の中枢と繋がりさえ出来れば一気に大商人にのし上がれる可能性があるってわけ。
もちろん『白い渡り鳥』じゃなくても、小さな商店でも将軍や王族に気に入られれば大商人になれる可能性はある。
でも、王族や将軍には簡単には近寄れない。その点『白い渡り鳥』なら治療院で直接会える。
だから商人達は必死に贈り物をしようとしてくるってわけ」
「だからお前は徹底して受け取らなかったのか」
「傭兵とかならその場で関係は終わりだから貰うけど、この街の商人は違うからね。あ、市場の商人から貰う純粋な感謝の品なら受け取るよ」
俺達は保存食などの最低限の買い物を済ませ、街を出る門へと歩いた。
「この役立たず!だからお前は奴隷なんだよ!」
街の外に出る寸前、商人の息子らしき少年が同じ年齢くらいの少年を激しく罵っていた。
冷たい石畳の上に跪いて罵られている方の少年は、頬に羊の刻印がされているのが見えた。
「……奴隷扱いする人なんて大っ嫌い。
強制催眠じゃ肝心の本人を更正出来ないから、同じことの繰り返しになって何の解決にもならないのが悔しい」
「世の中理不尽なことばかりだ。お前1人でどうにも出来ない事だってある。気に病むな」
シェニカは悔しそうに顔を歪め、目を潤ませながら俯いた。
酒場で奴隷達と話して彼らの現状を聞いたり、こうしてシェニカの正義感の強さを感じると、俺はシェニカの従者になったことが少し誇らしい気持ちになった。
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