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第5章 悪魔の胸を焦がすもの
7.穏やかな時間
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早くコロシアム大会の開催される街に行きたいと先を急ぎたくなる。
でも立ち寄る町や村で治療院を開けば、色んな人に感謝されるのを肌で感じれば、ゆっくり行けば良いかと思うから不思議だ。
今まで戦場で感じてきた負の感情とは真反対の正の感情は、最初は慣れなくて身体が痒くなりそうだった。
でも今ではこういうのも悪くないと思うようになった。
そして今、俺達は穏やかな牧草地帯が広がる小さな村にやって来た。
村といっても、家と家の間がかなり空いている面積が広大な集落だが、家の数は10軒位と人口は少ないようだ。
どこの家でもニワトリを飼っているらしく、家に近付くと鳴き声が聞こえてくる。
でも家から離れれば、その鳴き声すら聞こえないほど家の間隔が離れているから、近所迷惑なんて関係なさそうだ。
村にある一軒だけの小さな宿を取り、村長の家を教えてもらった。
村長の家は他の家と変わらないくらいの大きさだが、家の裏手に広がるニワトリ小屋は他の家より立派で大きかった。
「村長さん。ここで治療院を開きたいのですが、どこか場所を提供してくれませんか?」
「もちろんです。村の宿屋の隣に小さいですが空き家があるので、そこをお使い下さい。
以前は家畜の治療に使っていた家なので、椅子やテーブルなどがそのまま残ってますのでお使い下さい」
「ありがとうございます。それと動物の治療も必要ですか?」
「ええ!是非お願いします!この村は人口よりも家畜の数の方が多いので、ご面倒かもしれませんがとても助かります」
「私は動物が大好きなので、まったく苦じゃないですよ。
じゃあ明日は人間とペットの治療、明後日以降は牧場を往診すると言うことで良いですか?」
「はい。みんな喜ぶと思います。ありがとうございます」
翌日、治療院に使う空き家に行くと、古ぼけた建物の裏には馬や牛などの身体の大きな動物を入れておくための屋根付きの頑丈な檻があった。
しばらく手入れしていないのか、建物の周辺には背の低い草が多く茂っていたが、自由に放たれた2頭の山羊がその草を美味しそうに食べていた。
山羊の飼い主は……と周囲を見渡せば、少し離れた木の下でのんびりと寝そべる男がいた。
どうやらこの山羊は雑草を食べる仕事中らしいが、飼い主はサボっているようだ。
「わぁ!見て見て!山羊がいる~!!でも、あの子達はお仕事中だから触るのは我慢しないとね!牧場に往診に行ったら、いっぱいかわいい子達が待ってるだろうな~♪明日が楽しみ!」
シェニカは人間の治療よりも明日以降の家畜の治療の方が楽しみらしく、治療の合間に窓から働く山羊を見ながら和んでいた。
夜まで断続的に来る患者の治療を終え、宿に戻ろうと片付けを始めた頃、頭の軽そうな村の若い男がやってきた。
「先生、足をニワトリにつつかれて痛いんです」
ーーニワトリにつつかれたくらい、大したことないだろ。
ってか、お前。今日この家の裏で山羊放ったらかして木の下で寝てた奴だろ。ニワトリにつつかれたのも、治療院に行く口実を作っただけだろ。
「そうですか。はい、治療終わりです。では、怪我にはご注意下さいね」
シェニカは文句も言わず、淡々と治療魔法をかけてやっていた。
「先生、俺、他にも困っていることがあるんです」
「はい、なんですか?怪我は他になさそうですけど」
「夜になると狼になるんです」
……。
こいつ期待を裏切らない頭の軽い奴だな…。
「何か変わった奇病でしょうか。興味深いですね」
ーーおいシェニカ。気付け。それは奇病じゃない。
「だから、俺が変身する前に治療して欲しいんです。でも、リラックスできる所じゃないと変身出来ないんで、先生と2人きりでお願いしたいんです」
「そうですか。これからリラックス出来るオススメの場所に移動しましょうか」
ーーおいおい。お前、頭大丈夫か?俺がついているとはいえ、あまりにも無防備じゃねぇのか?
シェニカは男を連れて空き家の裏手に回ると、大きな檻の入り口の前に立った。
「じゃあ、ここを使って下さい」
「え?ここ?」
「はい。ここは怪我をした動物を入れておく檻みたいですね。造りは頑丈だし、狼に変身して暴れても大丈夫です。
さ、どうぞ心置き無く変身して下さい。私、檻の前で見てますから 」
シェニカは男の背中を押して檻に入れようとし始めた。
「え?ええ?先生、ちょっと待って。男が狼になるって言ったら、檻じゃなくてベッドに…」
背中を押すシェニカに困惑しながら、男は檻の入り口に手をついて抵抗していた。
だがシェニカは男の膝裏を思いっきり蹴って背中を押し、檻の中に転ばせて鍵を閉めた。
「せ、先生?何を…」
「ナンパはお断りじゃ、ボケェ!!何が狼に変身だ!狼に失礼でしょうが!狼を馬鹿にすんじゃない!そして山羊さんをちゃんとお世話しろ!」
シェニカは呆然として絶句している男を無視して、檻の前にバケツを置いてそこに貼り紙をした。
貼り紙を見ると
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜になると狼になる病気にかかっているそうです。現在治療中ですので、そっとしておいて下さい。
※人間のままなら鍵は朝開けます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーうわぁ。これは明日の朝には笑いものにされるだろうな。
「そこの隅に毛布があるから寒くないだろ。しっかり反省しとけ」
俺は男にそう言うと、宿に戻るシェニカの後を追った。
微かに「こんな獣クッセェ毛布使えるか!」とか「待て!俺が悪かった!」とか喚いている声を聞いたが、この広い村だと誰の耳にも聞こえないだろう。
元気そうだし、水場もあるし毛布もあるから、一晩くらい外で寝ても心配ないだろう。
一応、寝る前に宿の窓から檻を見てみれば、男は毛布を被って檻の中をウロウロと動いていた。
元気そうで何よりだ。
翌朝、狼になれなかった男を解放してやると、男は子供のように泣きじゃくりながら家に帰って行った。
「いやぁ、あいつは働かずにずっと親のスネかじって生活してた奴だから、いい薬になったんじゃないですかね?」
「本当、本当!流石『白い渡り鳥』様の治療は素晴らしいわ」
「あの馬鹿息子、今まで散々放蕩三昧で手を焼いて来ましたが、これを機に真面目に仕事する様に約束させる事が出来ました!ありがとうございました!」
あの男は問題児だったらしく、村人の人達や男の親にはシェニカの荒療治が好評だった様だ。
あの高速ビンタといい、檻に閉じ込めたりとシェニカは怒ると怖いことが分かった。
普段大人しい奴がキレると怖い、ということはこういうことなんだろう。
他人事なら良いが、我が身に降りかかるのは遠慮したいと強く思った。
2日目は村のあちこちにある牧場を巡り、馬の怪我、牛の病気の治療などを行なっていった。
黒毛の仔馬の治療を終えたシェニカは、馬の身体を気持ちよさそうに撫でながら、嬉しそうにこう言った。
「この凛々しいお目目!シュッとしたカッコいい輪郭!君、超カッコいい!すっごくタイプ!私、君の背中に乗りたいなぁ。将来私の専属のお馬さんにならない?」
「お前、馬をナンパしてどうする」
思わずつっこんでいた。
「良いじゃない。だってこの子、すごく好みなんだもん」
ーーへぇ。こういう馬面が好きなのか。変わってんなぁ。
俺は自分の顔が馬面じゃないことを、少しだけ残念に思った。
次の牧場では、放牧中の仔牛の怪我の治療だった。
治療魔法をかけて治療を終えたシェニカは、仔牛を愛おしげに撫で始めた。
「君は可愛いねぇ。さっき君のお母さんの牛乳貰ったけど、すごく美味しかったよ。将来、私の専属乳牛にならない?」
「牛をナンパしてどうする。しかもナンパするセリフが、今までナンパして来た奴らと変わらない気がするんだが」
シェニカが仔牛をナンパすると、仔牛はゆっくりとした足取りでシェニカのそばから離れ始めた。どうやらナンパはお断りらしい。
「そりゃそうよ。そこから知識を得ているんだから。こういう時にナンパ経験を活かさないと、どこで活かすのよ。あ!」
シェニカは仔牛にフラれて悲しそうな顔をしていたが、今度は目の前を元気に走って行った仔犬を追いかけ始めた。
「ねぇ、君!待って!将来、私の専属番犬にならない?」
ーーこの様子だと馬面が好きなんじゃなくて、ただ動物が好きなだけか。ちょっと安心したよ。
シェニカは動物が好きらしく、治療を終えると馬や牛、犬を愛おしげに撫でて話しかけては見境なくナンパしている。
だが当然ながら動物はまともな返事は返さない。
むしろ迫れば迫る分だけ逃げる。
たまに面倒見の良い動物がシェニカのナンパに付き合っているようだが、それは動物なりの治療の礼のつもりだろう。
そんな様子を俺と牧場主が生暖かく見守った。
山羊と羊のいる牧場に行った時、シェニカは小屋の隅で蹲る仔山羊に近付いた。
仔山羊の親なのか、大人の山羊が仔山羊の足を必死に舐めている。
「この子は足が…?」
「この仔山羊は生まれつき後ろ足が不自由なんです」
「治療しちゃいますね。すみませんが、この子の後ろ足を浮かせるように持って立たせてくれますか?」
牧場主が仔山羊を腹の横から手を入れて立たせると、シェニカが仔山羊のダラリとした足に手をかざし、足をそっと撫でながら治療魔法をかけて正常な足の位置に戻していった。
「おお!ちゃんと立ってる!」
「みんなと一緒に走り回れるよ。良かったね」
シェニカが仔山羊を撫でると、お礼のつもりなのか仔山羊と親の山羊がメェ~と鳴いて、小屋の外へと駆けていった。
「良かった。本当に良かった。ありがとうございました。他の仔山羊より世話がかかる分、情が移ってたから嬉しくて」
牧場主は涙を拭いながらシェニカに礼を言っている。かなり嬉しかったらしい。
「あの子も親も喜んでくれてますね。良かった良かった。あ、君、すごくもふもふしてるね。将来私の専属羊にならない?」
シェニカは小屋を出てすぐのところにいた、モッコモコの羊を見た瞬間ナンパしたが、やっぱり速攻で逃げられてフラれていた。
シェニカはフラれてガックリと肩を落としている。このナンパ、そもそも成功しない気がするのだが……。
まぁ、本人が楽しいなら放っておくのが一番だろう。
シェニカが牧場でナンパしたり、動物を追いかけている姿を見ると、その無邪気な顔に頬が緩み胸があったかくなった。
ーーこういう時間も悪くないな。
「この子、可愛いな~♪」
牧場の片隅にある切り株に座ったシェニカは、仔犬を抱っこして愛おしげに頬擦りをしている。
隣の切り株に座る俺の足元には、仔犬の母犬がすり寄ってきている。
この犬の親子は大人しくて人懐っこい性格らしい。
「この子といると癒されるけど、なんかルクトといると落ち着くなぁ」
「は?」
シェニカの言葉に母犬を撫でていた手が止まった。
「あ、変な意味じゃないよ?なんて言うか、こう、側にいてくれるのが当たり前な位しっくりくるようになってきたというか…。
うーん、良い言葉が思い浮かばないな」
「……言いたいことは分かる」
「本当?ルクトもそう感じる?」
「あぁ。側にいると安心するんだろ?」
「そう!それ!守って貰ってるのは私の方なのに、ルクトもそう感じるなんて不思議ね」
俺が感じる安心感をシェニカも感じている。
もしかして俺が抱いたこいつへの淡い想いも、同じように抱いているのだろうか。
その可能性を考えると、一気に胸がざわついて全身が熱くなっていく。
気を紛らわせるために、母犬をゴシゴシと雑に撫でた。
ーー俺はこいつの側にいたい。離れたくない。
心の奥にしまっておいた想いがどんどん浮上して行けば、今すぐ抱きしめて、お前が好きだと言いたくなる。
だが、ガラにもなく無性に恥ずかしくて、それを実行するだけの勇気は出なかった。
数日間の牧場での治療も終え、村長の家に報告に行くと数人の牧場主達もシェニカに礼を言いに来ていた。
その手には何やら布で包んだ包みを持っている。
「ありがとうございました。馬や牛達も診てもらえて本当に助かりました。謝礼をお受け取り下さい」
「遠慮なく頂きます。私もいい子達に囲まれて癒されました」
シェニカは村長から金の詰まった革袋を受け取った。ずっしりと重そうな革袋は、金だけでなく感謝の気持ちも詰まっているんだろう。
「シェニカ様。何にもない村ですが、どうぞこれをお持ち下さい」
「わぁ!ありがとうございます!これ大好きなんです!」
牧場主達が持っていた包みは、大量のチーズと干し肉、パンだった。
シェニカはそれを金よりも大事そうに抱え、包みから漏れ出る匂いにウットリしていた。
村を出ると次の町まで距離があるから野宿になったので、早速貰った干し肉とチーズをのせたパンを炙ってみた。
「ん~!美味しい!最高っ!!」
「あぁ。美味いな」
シェニカは菓子を食べる時のような、幸せそうな顔をして美味しそうに食べている。
「はぁ~。あそこの村の可愛い子たち、もうちょっと本気で口説いとかないといけなかったなぁ」
ーー本気で口説くってどうやるんだよ。
『白い渡り鳥』に限らず、旅人が馬や牛とか引き連れてるの見たことねぇよ。
お前は何を目指すんだ。
「定住する時になったらナンパして来い。今から口説いても、その時にはいないかもしれないだろ?」
「そっか。じゃあその時までにナンパの腕を上げとかないといけないね」
「……そ、そうだな」
シェニカの中では、もう動物をナンパするのは決定事項らしい。
人間のナンパ方法で動物もナンパ出来るのか知らないが、シェニカならいつかきっと出来そうな気がする。
でも立ち寄る町や村で治療院を開けば、色んな人に感謝されるのを肌で感じれば、ゆっくり行けば良いかと思うから不思議だ。
今まで戦場で感じてきた負の感情とは真反対の正の感情は、最初は慣れなくて身体が痒くなりそうだった。
でも今ではこういうのも悪くないと思うようになった。
そして今、俺達は穏やかな牧草地帯が広がる小さな村にやって来た。
村といっても、家と家の間がかなり空いている面積が広大な集落だが、家の数は10軒位と人口は少ないようだ。
どこの家でもニワトリを飼っているらしく、家に近付くと鳴き声が聞こえてくる。
でも家から離れれば、その鳴き声すら聞こえないほど家の間隔が離れているから、近所迷惑なんて関係なさそうだ。
村にある一軒だけの小さな宿を取り、村長の家を教えてもらった。
村長の家は他の家と変わらないくらいの大きさだが、家の裏手に広がるニワトリ小屋は他の家より立派で大きかった。
「村長さん。ここで治療院を開きたいのですが、どこか場所を提供してくれませんか?」
「もちろんです。村の宿屋の隣に小さいですが空き家があるので、そこをお使い下さい。
以前は家畜の治療に使っていた家なので、椅子やテーブルなどがそのまま残ってますのでお使い下さい」
「ありがとうございます。それと動物の治療も必要ですか?」
「ええ!是非お願いします!この村は人口よりも家畜の数の方が多いので、ご面倒かもしれませんがとても助かります」
「私は動物が大好きなので、まったく苦じゃないですよ。
じゃあ明日は人間とペットの治療、明後日以降は牧場を往診すると言うことで良いですか?」
「はい。みんな喜ぶと思います。ありがとうございます」
翌日、治療院に使う空き家に行くと、古ぼけた建物の裏には馬や牛などの身体の大きな動物を入れておくための屋根付きの頑丈な檻があった。
しばらく手入れしていないのか、建物の周辺には背の低い草が多く茂っていたが、自由に放たれた2頭の山羊がその草を美味しそうに食べていた。
山羊の飼い主は……と周囲を見渡せば、少し離れた木の下でのんびりと寝そべる男がいた。
どうやらこの山羊は雑草を食べる仕事中らしいが、飼い主はサボっているようだ。
「わぁ!見て見て!山羊がいる~!!でも、あの子達はお仕事中だから触るのは我慢しないとね!牧場に往診に行ったら、いっぱいかわいい子達が待ってるだろうな~♪明日が楽しみ!」
シェニカは人間の治療よりも明日以降の家畜の治療の方が楽しみらしく、治療の合間に窓から働く山羊を見ながら和んでいた。
夜まで断続的に来る患者の治療を終え、宿に戻ろうと片付けを始めた頃、頭の軽そうな村の若い男がやってきた。
「先生、足をニワトリにつつかれて痛いんです」
ーーニワトリにつつかれたくらい、大したことないだろ。
ってか、お前。今日この家の裏で山羊放ったらかして木の下で寝てた奴だろ。ニワトリにつつかれたのも、治療院に行く口実を作っただけだろ。
「そうですか。はい、治療終わりです。では、怪我にはご注意下さいね」
シェニカは文句も言わず、淡々と治療魔法をかけてやっていた。
「先生、俺、他にも困っていることがあるんです」
「はい、なんですか?怪我は他になさそうですけど」
「夜になると狼になるんです」
……。
こいつ期待を裏切らない頭の軽い奴だな…。
「何か変わった奇病でしょうか。興味深いですね」
ーーおいシェニカ。気付け。それは奇病じゃない。
「だから、俺が変身する前に治療して欲しいんです。でも、リラックスできる所じゃないと変身出来ないんで、先生と2人きりでお願いしたいんです」
「そうですか。これからリラックス出来るオススメの場所に移動しましょうか」
ーーおいおい。お前、頭大丈夫か?俺がついているとはいえ、あまりにも無防備じゃねぇのか?
シェニカは男を連れて空き家の裏手に回ると、大きな檻の入り口の前に立った。
「じゃあ、ここを使って下さい」
「え?ここ?」
「はい。ここは怪我をした動物を入れておく檻みたいですね。造りは頑丈だし、狼に変身して暴れても大丈夫です。
さ、どうぞ心置き無く変身して下さい。私、檻の前で見てますから 」
シェニカは男の背中を押して檻に入れようとし始めた。
「え?ええ?先生、ちょっと待って。男が狼になるって言ったら、檻じゃなくてベッドに…」
背中を押すシェニカに困惑しながら、男は檻の入り口に手をついて抵抗していた。
だがシェニカは男の膝裏を思いっきり蹴って背中を押し、檻の中に転ばせて鍵を閉めた。
「せ、先生?何を…」
「ナンパはお断りじゃ、ボケェ!!何が狼に変身だ!狼に失礼でしょうが!狼を馬鹿にすんじゃない!そして山羊さんをちゃんとお世話しろ!」
シェニカは呆然として絶句している男を無視して、檻の前にバケツを置いてそこに貼り紙をした。
貼り紙を見ると
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夜になると狼になる病気にかかっているそうです。現在治療中ですので、そっとしておいて下さい。
※人間のままなら鍵は朝開けます。
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ーーうわぁ。これは明日の朝には笑いものにされるだろうな。
「そこの隅に毛布があるから寒くないだろ。しっかり反省しとけ」
俺は男にそう言うと、宿に戻るシェニカの後を追った。
微かに「こんな獣クッセェ毛布使えるか!」とか「待て!俺が悪かった!」とか喚いている声を聞いたが、この広い村だと誰の耳にも聞こえないだろう。
元気そうだし、水場もあるし毛布もあるから、一晩くらい外で寝ても心配ないだろう。
一応、寝る前に宿の窓から檻を見てみれば、男は毛布を被って檻の中をウロウロと動いていた。
元気そうで何よりだ。
翌朝、狼になれなかった男を解放してやると、男は子供のように泣きじゃくりながら家に帰って行った。
「いやぁ、あいつは働かずにずっと親のスネかじって生活してた奴だから、いい薬になったんじゃないですかね?」
「本当、本当!流石『白い渡り鳥』様の治療は素晴らしいわ」
「あの馬鹿息子、今まで散々放蕩三昧で手を焼いて来ましたが、これを機に真面目に仕事する様に約束させる事が出来ました!ありがとうございました!」
あの男は問題児だったらしく、村人の人達や男の親にはシェニカの荒療治が好評だった様だ。
あの高速ビンタといい、檻に閉じ込めたりとシェニカは怒ると怖いことが分かった。
普段大人しい奴がキレると怖い、ということはこういうことなんだろう。
他人事なら良いが、我が身に降りかかるのは遠慮したいと強く思った。
2日目は村のあちこちにある牧場を巡り、馬の怪我、牛の病気の治療などを行なっていった。
黒毛の仔馬の治療を終えたシェニカは、馬の身体を気持ちよさそうに撫でながら、嬉しそうにこう言った。
「この凛々しいお目目!シュッとしたカッコいい輪郭!君、超カッコいい!すっごくタイプ!私、君の背中に乗りたいなぁ。将来私の専属のお馬さんにならない?」
「お前、馬をナンパしてどうする」
思わずつっこんでいた。
「良いじゃない。だってこの子、すごく好みなんだもん」
ーーへぇ。こういう馬面が好きなのか。変わってんなぁ。
俺は自分の顔が馬面じゃないことを、少しだけ残念に思った。
次の牧場では、放牧中の仔牛の怪我の治療だった。
治療魔法をかけて治療を終えたシェニカは、仔牛を愛おしげに撫で始めた。
「君は可愛いねぇ。さっき君のお母さんの牛乳貰ったけど、すごく美味しかったよ。将来、私の専属乳牛にならない?」
「牛をナンパしてどうする。しかもナンパするセリフが、今までナンパして来た奴らと変わらない気がするんだが」
シェニカが仔牛をナンパすると、仔牛はゆっくりとした足取りでシェニカのそばから離れ始めた。どうやらナンパはお断りらしい。
「そりゃそうよ。そこから知識を得ているんだから。こういう時にナンパ経験を活かさないと、どこで活かすのよ。あ!」
シェニカは仔牛にフラれて悲しそうな顔をしていたが、今度は目の前を元気に走って行った仔犬を追いかけ始めた。
「ねぇ、君!待って!将来、私の専属番犬にならない?」
ーーこの様子だと馬面が好きなんじゃなくて、ただ動物が好きなだけか。ちょっと安心したよ。
シェニカは動物が好きらしく、治療を終えると馬や牛、犬を愛おしげに撫でて話しかけては見境なくナンパしている。
だが当然ながら動物はまともな返事は返さない。
むしろ迫れば迫る分だけ逃げる。
たまに面倒見の良い動物がシェニカのナンパに付き合っているようだが、それは動物なりの治療の礼のつもりだろう。
そんな様子を俺と牧場主が生暖かく見守った。
山羊と羊のいる牧場に行った時、シェニカは小屋の隅で蹲る仔山羊に近付いた。
仔山羊の親なのか、大人の山羊が仔山羊の足を必死に舐めている。
「この子は足が…?」
「この仔山羊は生まれつき後ろ足が不自由なんです」
「治療しちゃいますね。すみませんが、この子の後ろ足を浮かせるように持って立たせてくれますか?」
牧場主が仔山羊を腹の横から手を入れて立たせると、シェニカが仔山羊のダラリとした足に手をかざし、足をそっと撫でながら治療魔法をかけて正常な足の位置に戻していった。
「おお!ちゃんと立ってる!」
「みんなと一緒に走り回れるよ。良かったね」
シェニカが仔山羊を撫でると、お礼のつもりなのか仔山羊と親の山羊がメェ~と鳴いて、小屋の外へと駆けていった。
「良かった。本当に良かった。ありがとうございました。他の仔山羊より世話がかかる分、情が移ってたから嬉しくて」
牧場主は涙を拭いながらシェニカに礼を言っている。かなり嬉しかったらしい。
「あの子も親も喜んでくれてますね。良かった良かった。あ、君、すごくもふもふしてるね。将来私の専属羊にならない?」
シェニカは小屋を出てすぐのところにいた、モッコモコの羊を見た瞬間ナンパしたが、やっぱり速攻で逃げられてフラれていた。
シェニカはフラれてガックリと肩を落としている。このナンパ、そもそも成功しない気がするのだが……。
まぁ、本人が楽しいなら放っておくのが一番だろう。
シェニカが牧場でナンパしたり、動物を追いかけている姿を見ると、その無邪気な顔に頬が緩み胸があったかくなった。
ーーこういう時間も悪くないな。
「この子、可愛いな~♪」
牧場の片隅にある切り株に座ったシェニカは、仔犬を抱っこして愛おしげに頬擦りをしている。
隣の切り株に座る俺の足元には、仔犬の母犬がすり寄ってきている。
この犬の親子は大人しくて人懐っこい性格らしい。
「この子といると癒されるけど、なんかルクトといると落ち着くなぁ」
「は?」
シェニカの言葉に母犬を撫でていた手が止まった。
「あ、変な意味じゃないよ?なんて言うか、こう、側にいてくれるのが当たり前な位しっくりくるようになってきたというか…。
うーん、良い言葉が思い浮かばないな」
「……言いたいことは分かる」
「本当?ルクトもそう感じる?」
「あぁ。側にいると安心するんだろ?」
「そう!それ!守って貰ってるのは私の方なのに、ルクトもそう感じるなんて不思議ね」
俺が感じる安心感をシェニカも感じている。
もしかして俺が抱いたこいつへの淡い想いも、同じように抱いているのだろうか。
その可能性を考えると、一気に胸がざわついて全身が熱くなっていく。
気を紛らわせるために、母犬をゴシゴシと雑に撫でた。
ーー俺はこいつの側にいたい。離れたくない。
心の奥にしまっておいた想いがどんどん浮上して行けば、今すぐ抱きしめて、お前が好きだと言いたくなる。
だが、ガラにもなく無性に恥ずかしくて、それを実行するだけの勇気は出なかった。
数日間の牧場での治療も終え、村長の家に報告に行くと数人の牧場主達もシェニカに礼を言いに来ていた。
その手には何やら布で包んだ包みを持っている。
「ありがとうございました。馬や牛達も診てもらえて本当に助かりました。謝礼をお受け取り下さい」
「遠慮なく頂きます。私もいい子達に囲まれて癒されました」
シェニカは村長から金の詰まった革袋を受け取った。ずっしりと重そうな革袋は、金だけでなく感謝の気持ちも詰まっているんだろう。
「シェニカ様。何にもない村ですが、どうぞこれをお持ち下さい」
「わぁ!ありがとうございます!これ大好きなんです!」
牧場主達が持っていた包みは、大量のチーズと干し肉、パンだった。
シェニカはそれを金よりも大事そうに抱え、包みから漏れ出る匂いにウットリしていた。
村を出ると次の町まで距離があるから野宿になったので、早速貰った干し肉とチーズをのせたパンを炙ってみた。
「ん~!美味しい!最高っ!!」
「あぁ。美味いな」
シェニカは菓子を食べる時のような、幸せそうな顔をして美味しそうに食べている。
「はぁ~。あそこの村の可愛い子たち、もうちょっと本気で口説いとかないといけなかったなぁ」
ーー本気で口説くってどうやるんだよ。
『白い渡り鳥』に限らず、旅人が馬や牛とか引き連れてるの見たことねぇよ。
お前は何を目指すんだ。
「定住する時になったらナンパして来い。今から口説いても、その時にはいないかもしれないだろ?」
「そっか。じゃあその時までにナンパの腕を上げとかないといけないね」
「……そ、そうだな」
シェニカの中では、もう動物をナンパするのは決定事項らしい。
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そのほかに外伝も綴りました。
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