天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第6章 新たな出会い

7.眠り姫

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「シェニカ?おい大丈夫か?」

俺は部屋の直前で壁に手をついて動かなくなったシェニカに慌てて近寄って、腰に手を回して倒れないように支えた。顔を覗き込めば顔色がほとんどないことに気付き、これはまずいと思って急いで膝をすくって抱き上げ、シェニカの部屋のベッドへと運んだ。

ベッドに寝かせるとシェニカはちゃんと結界を張ったが、すぐに眠ってしまった。



「シェニカ。無理させてすまなかった」

シェニカの履いていたブーツと着ていたローブを脱がせて、その下に背負っていた鞄を部屋の隅に置いた。起きていないか確認すると、スースーと寝息を立てて眠っていた。


そばにいるとやっぱり甘い香りが強く漂ってくる。その匂いに惹きつけられ、無防備なその顔を間近で見ていたくて、俺もブーツを脱いでベッドに横になった。
ベッドに頬杖をついてその寝顔を見ていたが、特に変わったことなんてないのに見飽きないのが不思議だ。



「まったくあんなすごい魔法使えるなんて。お前は本当に俺を驚かせてばかりだ。お前のおかげでレオンとは仲良くなったよ。俺達のために付き合ってくれてありがとな。感謝してる」

俺は眠るシェニカにそう語りかけると、何となくその輪郭を指でなぞった。指に伝わってくる柔らかい弾力、サラサラの肌が気持ちよくて何度かそれを繰り返した。
輪郭をなぞる指先は次第に少し開いたピンク色の唇に移動して、唇の形を指に記憶させるように何度も触れていた。

そして、俺は甘い匂いとそのピンク色に吸い寄せられるように、その唇に自分のそれを静かに合わせた。
匂いと同じ様な甘い味を唇から感じると、無意識に唇を舌でなぞっていた。
クセになりそうなその味をいつまでも堪能したかったが、キスをして間も無くシェニカが身じろぎしたので仕方なく唇を離した。



「そのうち、起きている時に堂々としてやるから覚悟しとけよ」

スヤスヤと眠るシェニカにそう言って、毎日着けてくれている髪留めを外した。シェニカへの気持ちを込めて、髪留めの赤いガラス玉にキスをしてからベッドサイドのテーブルに置いた。


「おやすみ」

そしてもう一度寝顔を見てから布団をかけ、部屋の鍵を持って外へ出た。





「嬢ちゃん大丈夫か?無理させちまったなぁ」

シェニカの部屋に施錠して部屋に戻ると、レオンが申し訳無さそうな顔をして、隣の部屋と隔てる壁を見つめた。


「今日は朝から晩まで魔力を使っていたからな。まさかあんな魔法まで使えるなんて思いもしなかった」

俺は先程見た奇跡のような魔法を思い出した。
シェニカが地面に魔法を発動させると、焼け焦げて黒い塊になった草は、下からニョキニョキと出てきた鮮やかな緑色の新芽に持ち上げられ、微かな風に靡いてサラリと消えた。

月明かりの下で、あちこちでキレイな緑色の草が一斉に芽吹いて成長していくのはまさに圧巻だった。その幻想的な光景に驚いていると、ボコボコに空いた穴もあっという間に塞がっていた。



「あの魔法何なんだ?初めて見たぞ」


「シェニカは今は使われていない昔の便利な魔法を使えるんだよ。恩師がそういう研究をしていたらしい。
今までは魚の骨取りを良く使っていたが、まさかあんなすごい魔法があるなんて初めて知ったよ」


「お子様ランチといい、あのヘボい黒魔法といい、お前はしょうもない小娘に捕まったと同情したもんだが。白魔法の腕とさっきの魔法を見たら、それが間違ってたと思ったよ。
すごい女の従者になったんだな。それも奴隷扱いせずに平等に扱ってもらっちゃって。お前胸張って誇れるぞ」


「最初は俺も同じことを思ったけどな。俺も今日のことで、あいつが凄いヤツだと改めて見直したよ」

ついさっき俺に「レオンと仲が良くなってよかったね」と微笑んだシェニカを思い出すと、自然と口元が緩んだ。

シェニカは明るく快活に笑うことが多いが、あんな風にふわりと柔らかく微笑まれると、新しい一面を見せつけられて、もっとあいつへの気持ちが深くなってしまう。
そして唇は少しの時間だけしか合わせていないのに、あの柔らかな感触と甘い味がしっかりと記憶されていて、もう一度あの甘いキスをしたくなった。



交代で風呂に入ると、テラスでタバコを吸っているレオンに近付いた。


「タバコ吸うか?」

「いや、俺は吸わない。俺はこれでいい」

俺は部屋の戸棚から持ってきた酒瓶を見せて、そのまま瓶に口をつけて飲んだ。



「隣はテラスがないんだな」


「あぁ。防犯上の理由であの部屋にテラスはないんだ。窓もちょっとしか開かないしな」

シェニカの部屋は2階の角部屋だが、テラスがなく窓がろくに開かないのは、外から侵入されにくいようにという理由だろう。

この宿の緑色の外壁は、光沢のある赤い大きなタイルが等間隔で嵌められている。ツルツルしているタイルが幅広く貼られているから、なんとか外からよじ登ったとしても、タイル部分に来ると手が滑るし足をかける場所もないのでそれ以上登れない。
この宿は屋上に警備の衛兵が配置されているから、夜這い目的の奴が宿の屋上からロープはしごを垂らして侵入することは不可能だろう。民族色を出しつつ防犯面も意識しているこの設計は、流石高級宿というところだろう。



「おい気付いてるか?」

レオンがタバコを口の端に咥えて、めんどくさそうに呟いた。


「あぁ。もちろん。今日治療院に来た傭兵が3人ってところだな」

相手は気配を殺しているようだが、テラスから見える木の陰に、3人の傭兵が姿を隠してこちらの様子を伺っているのを感じていた。
わざわざ夜中にここに来る奴らの目的はいつも同じだ。



「こういうのはいつもシェニカ狙いだからな」


「だろうな。『白い渡り鳥』で若い女っていうのは格好の標的だな。護衛も2人となれば、付け入る隙を探したくもなるんだろう」


「そうだろうな」

以前俺が見た『白い渡り鳥』は、俺と同じくらいの歳の男で、女の護衛を何人も連れていた。
人目を気にせずに護衛の女とイチャイチャしだす様子を見るだけで、『白い渡り鳥』なんてロクな奴がいないなんて思ったものだが、その意識はシェニカとの出会いで変わった。



「俺やお前が張り付いていれば、あいつらも下手に手は出せないだろうけど、メンツは確認しておいた方が良いだろうな。……と言ってもどれも小物だな」

レオンの言う通り、今ここにいる傭兵達はランクが低い奴ばかりだ。そういう奴は、こうしてただ見ているだけで、手出しして来るだけの技量も度胸もない。



「まぁ、シェニカは結界を張ってるし、用心するようにしているから、一人にしなけりゃ大丈夫だろ」

しばらくテラスで他愛のない話をした後、俺達は部屋に戻って眠った。




翌朝。昨日あれだけ疲れていたシェニカだったが、すっかり元気になっていた。


「おはよう。ルクト、レオンさん」


「嬢ちゃん、もう大丈夫なのか?」


「一晩眠ると魔力もちゃんと回復するんだ」

レストランに朝食を食べに行く時、俺の隣を歩くシェニカは前を歩くレオンに嬉しそうに笑顔を浮かべていた。その横髪を留めるあの髪留めが、今日も誇らし気に輝いていた。

俺はシェニカから香る甘い香りを感じると、抱きしめてその香りを思いっきり吸い込み、満足するまでキスしたい強い衝動に駆られるのを必死に押さえ込んだ。





宿を出て治療院に行けば、今日も扉の前にはやはり行列が出来ていた。治療が始まると、今日も一般人から軍人、傭兵まで色んな症状を訴える人達が訪れて、シェニカは休む暇がなかった。



そんな時、治療院にやって来たのは副官の階級章を胸につけた見憶えのある大柄な男と、同じ階級章を胸につけた美形の若い男だ。

「シェニカ様、先日関所でお世話になったアルヴィです。すみませんが、こちらの者の治療をお願いします」


「はい、分かりました」

美形の男がシェニカの前に座ると、左手に持っていた白い包みをシェニカに手渡した。ふと目についた男の右手は、身体の横に伸ばされたままだ。


「私も欠損の治療をお願いしたいんです。欠損部位はこちらに」

シェニカは手元で布を捲って頷いた。おそらく欠損部位が氷漬けになっているんだろう。



「腐敗もないですね。では準備する間に少し右手の袖を捲って下さい」

シェニカは椅子から立ち上がると、机の上に置いてあった桶を持って椅子に再び座った。桶を膝の上に乗せて、包みの中の物を置いて魔法をかけていた。どうやら桶の中で火の魔法をかけて、氷を溶かしたらしい。



「では再生させますね。右手を出して下さい」

男が身体の横に伸ばしていた右手を差し出すと、親指が無かった。

俺の位置からは見えないが、シェニカは親指を持って切断面にくっつけているのだろう。『再生の砂』を使った時よりは時間はかからなかったが、それでも他の治療に比べると時間がかかっている。


「はい、終わりました」


「シェニカ様、ありがとうございました。違和感もないですし、ちゃんと痛みも感じます」


「良かったです。アルヴィ様も具合はいかがですか?」


美形は女受けしそうなキラキラした目でシェニカを見たが、残念ながらシェニカの視線は義足の副官の方に向いていた。どうやらこの美形はシェニカと仲良くなりたいらしい。




「まったく問題がありません。素晴らしい義足で、皆が羨むほどです」


「そうですか。それは良かったです。では出口はあちらです」


「あの!もしよければコレを交換してもらえませんか?」

美形の男は椅子から立ち上がる前に、何か小さな宝石のような物を渡そうとしていた。


「すみません。私は自分から交換したいと思った人としか交換しないんです。ではお疲れ様でした」

男はフラれたらしく、苦笑いを浮かべるアルヴィに肩を叩かれながら寂しそうに部屋から出て行った。


ーーあの宝石みたいなものは何だ?交換って何だろうか。今度シェニカに聞いてみるか。

俺とレオンは忙しいシェニカの後ろで見ているだけなのだが、来る奴の気配やクセ、怪我の内容、武器などの特徴を感じ取っていた。



「先生、俺今度のコロシアムに……。いえ、なんでもありません。治療ありがとうございました」


「怪我にはご注意くださいね。はーい、次の方~」

今日もシェニカにナンパしようとする傭兵はかなりの数がいるが、後ろで控えている俺とレオンとの実力差を感じ取って、大人しく引き下がっていった。

たまに俺達の視線に鈍感な奴はシェニカにナンパするが、そういう奴はシェニカの素っ気ない態度ですぐに諦める。一見すると治療中に何もしていなくても、こういう面で護衛の仕事はちゃんと果たしている。




「シェニカさん、治療ありがとうございました」


「え?これは…?」


「俺はクロードって言います。是非受け取って下さい。では」

黒髪の傭兵がオレンジ色の宝石を渡し、困惑するシェニカに気を止めること無く出口へと去って行った。
シェニカはその宝石をジッと見て、鞄の中へとしまった。

そして1日の治療を終えて片付けをしていると、シェニカは俺に鞄からオレンジ色の宝石を差し出した。


「ルクト、これ持っててくれる?」


「構わないが、どうかしたのか?」

傭兵からこういう宝石は今までだって貰ったことはあるのに、何故か今回は俺に預かって欲しいと言ってきた。こういうのは初めてだ。何かあるのだろうか。



「いや、何か…。変な魔法はかかってないんだけど、なんとなく持っていたくなくて」

俺は手の平に乗せられたオレンジ色の宝石を手にとって観察した。
親指の爪くらいの大きさのこれは何かの宝石らしいが、加工前なのか少し歪な形をしている。調べてみても、確かに居場所を知らせる探索の魔法などの注意すべき魔法はかかっていないようだ。


「分かった。俺が預かっておく」

宿に戻って食事を終え、俺とレオンは部屋で酒を飲んでいた。そういえば…と思い当たって、預かった宝石をレオンに見せてみた。




「うーん。特に気になるところはないかな。宝石なんて俺興味ねぇから、何か違っていても分かんねぇ。でも嬢ちゃんがそう言うのなら、何か仕掛けがあるのかもしれないな」

レオンにもそう返事をされ、興味を無くしたその宝石を荷物の中にしまいこんで眠りについた。

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