天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第8章 旅は道連れ

1.3人旅のはじまり

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ゼニールの街を朝出発して、トラントに向かう街道を3人で他愛のない話をしながら歩く。
地図を見れば、今歩いている街道の先に街があるはずだ。




「あ!街が見えてきた!もうちょっとだね~」

眩しい西陽が差し込む林の向こう。木と木の間の奥の方に街が見えて来たので、日が暮れる前には街に着きそうだ。





「なぁ、今夜は鍛錬したいんで野宿でもいいか?」


次の街まであと少しなのに、ルクトは地図を片手にそう提案してきた。しっかり動き回ったコロシアムは昨日のことだというのに、もう2人で鍛錬したくなったのだろうか。




「うん。いいよ」

やれやれ。まったくこの2人は仲が良くて元気で、いい年して子供みたいだ。




ルクトの案内で街道から外れて林の中を進めば、まばらに木が生えた中にポツンと小さな池がある場所があった。
池を覗き込めば、大きな魚の影は沢山あるが、藻が大量に発生していて水面が緑色の所が多い。ここから水を汲むのも水浴びをするのも難しそうだ。



「おっ!マールがいるな。しかも大量!」

私の隣で池を覗き込んだレオンが悠々と泳ぐ魚を見て、嬉しそうな声をあげた。

マールという魚はどこにでも住んでいる魚で、塩焼きにするとすごく美味しい。宿の食堂でマールの塩焼きがメニューに書いてあると、必ず注文するくらい私もルクトも好物だ。




「んじゃ、野宿の支度だな。シェニカは枯れ木拾い、俺は魚を獲るから、レオンは焚き火の準備をしてくれ。マールを塩焼きにするから焚き火は広めで頼むな」


「了解!デカイやつ頼むな!」







それぞれが分担して野宿の支度をしたのだが、私が枯れ木を集め終わってレオンの所に戻ってきた時、ルクトが獲ってきた魚の量を見て、私は思わず大きな声をあげていた。


「こんなに大量のマールを獲ってきて…!2人ともどんだけ食べるのよ!」



ルクトが獲ってきた魚は、数えるのも馬鹿らしくなるような量だった。マールはまだ池に残っているだろうか。



「仕方ないだろ。この魚美味いんだし」


「まぁ確かにそうだけど…」


3人でマールを木の枝に刺して焼き始めたが、せっせと作業しても木に刺されるのを待っている魚はまだある。


広めに積んだ石に枯れ葉と枝を積み上げて焚き火を作ったが、いつもより3倍の大きさだ。そこに枝に刺さった魚がギュウギュウに並べられている光景は圧巻だ。





「獲りたてのマールの塩焼きは俺も好物だな。10匹はイケる。こっからここまでは俺の分な」

レオンが焼け始めていい匂いを漂わせ始めたマールをうっとりした表情で見ながら、枝で地面に印を付けて所有権を主張し始めた。




「なら、こっからここまでは俺の分な。お前は3匹で良いだろ?」

ルクトも負けじとレオンと同じように、地面に印をつけ始めた。あんたら子供か。




「3匹でいいけどさ。2人とも『こっからここまでは俺の陣地〜!』みたいなこと言って子供みたい」

私の呟きに2人は豪快な笑い声で応えた。





魚が焼けるまでの間に、私は小さなヤカンに初級の水の魔法で飲み水を溜め始めた。汚れた池の水をそのまま飲むのは無理だが、汲んできた水を魔法で浄化すれば飲み水になる。
でも、池に水を汲みに行かなくても、私の初級の水の魔法ですぐにヤカンはいっぱいになる。


「へぇ~。水はそうやって溜めるのか。水の持ち運びをしないでいいから便利だなぁ」


その様子を見たレオンは感心したようにそう言った。
ルクトやレオンが同じようにやったとしても、それはただの初級の攻撃魔法にしかならないから、ヤカンは見るも無残な状況にしかならない。

だから彼らのような黒魔法に長けた人が普段移動する時には、大きな水筒を持ち歩いている。




「そうだよ。私の黒魔法なんて野宿の時には大活躍なんだから!」

魚が焼きあがった後にヤカンを置けば、食後のお茶の準備もバッチリだ。





「よし!バンバン骨取るよ~!」


私がお皿がわりの大きな葉っぱを膝の上に乗せて、便利魔法を使って焼けた魚をせっせと骨抜き状態にして、2人の葉っぱに置いていく。





「やっぱ塩焼きは美味いな。おかわり」

「嬢ちゃん、俺にも」

この2人は良く食べるし食べるスピードも早いから、いつも以上に骨取りに忙しい。自分が1匹食べている間に、彼らは3匹食べている。




「はいはい」

焚き火の前の魚を手に取って、便利魔法で骨を取っては彼らに渡すというのを何度も繰り返した。



私はこの中で一番若いのに、まるで自分が餌をせっせと運ぶ親鳥になった気がしてくる。

そうなると、2人は身体の大きな『おっさん雛鳥』になるのか。





『おい、おかわり寄越せピヨ』

『嬢ちゃん、俺にも骨取ってピヨ』


……顔と声だけ本人達の雛鳥を想像したけど、まったく可愛くないな。そもそもこの2人の顔と声に可愛げは微塵もなかった。

やっぱり動物は可愛い顔と鳴き声が重要だということが分かった。





「おお~。何度見てもその骨取りはすげぇなぁ」

レオンは私が流れ作業のように骨を取っていく様子を見て、しみじみしながら言った。



「でしょ~?白魔法だけじゃなく、これを教えてくれた恩師には本当に感謝してるわ」

恩師のローズ様も、きっと野宿の時にこの魔法を使っていたんだろうなぁ。恩師のことを思うと顔を見たくなってきた。



ローズ様。貴女の愛弟子のシェニカは、今せっせと魚の骨を取っては、図体のデカイ雛鳥にマールを与える親鳥になっています。






「んじゃ結界頼むな」


「はいはーい」


食後のお茶も飲み終わり、お腹が落ち着いた所で2人は立ち上がった。

私が結界を張ると、2人は昨日の試合の時のような殺気は滲ませないが、楽しそうに口元を歪めて鍛錬を始めた。


私は自分を守る小さな結界の中で足を伸ばして木にもたれ、魔力の光の下で魔導書を読み始めたが、2人の様子が気になって結局魔導書は私の膝の上に置いたままだった。




2人の動きは試合の時のように速いし、ルルベのように解説してくれる人がいないから、正直何が起きてるのかは分からない。

ただ、2人が使う黒魔法は上級のもので、剣は激しくぶつかり合っても壊れないとても頑丈な物だということだけ分かる。



2人の悪魔は楽しそうにしているから、きっと加減しながらやっているのだろう。





「そういや嬢ちゃん。鍛錬の時に読んでる本って何の本なんだ?」

鍛錬を終えて私が浄化の魔法で身体をキレイにして、あとは寝るだけという状況でくつろいでいる時、レオンが思い出したように私に話しかけてきた。




「魔導書だよ。便利魔法が書いてあるんだ。読んでみる?」

私は鞄から魔導書を取り出してレオンに渡すと、すぐに本をパラパラとめくって中身を見始めた。





「これ…。全部旧字だな。それも随分古い旧字で俺にはほとんど読めねぇ。ルクト、お前読めるか?」

レオンは読むのを諦めて魔導書をルクトに渡したのだが、ルクトはどこかのページを凝視したまま「へぇ。なるほど」と言い始めた。




ま、まさか彼に読めるのだろうか?

この魔導書に使われている字は、今使われている文字よりずっと昔の旧字だから普通の人は読めないのだが。



彼の字は壊滅的な暗号文だから、何か通じるところがあるということだろうか。


私はドキドキしながらルクトの返事を待った。






「俺も読めねぇな。所々掠れて見にくいし、字が汚い。読ませる気がないって感じだな」





「「ルクト(お前)に言われたくない!」」

私とレオンは同時に同じことをルクトにつっこんだ。すっかり私もレオンと息が合うようになっているらしい。







「嬢ちゃん、あの読みにくい魔導書をよく読めるな」


魔導書を鞄に仕舞っていると、レオンがため息混じりにそう言ってきた。



「私の恩師からもらった辞書もあるし、結構長い事旧字体の魔導書読んでたから慣れたんだ。今じゃ辞書無しで読めるようになったよ」


ローズ様から旅立ちの日に貰った辞書は、今ではほとんど活躍の場がなくて布でくるんだまま鞄の中に大事に保管している。
たまには布から出して、ローズ様との勉強の日々を思い出しながら眺めるのも良いかもしれない。




「へぇ。じゃあ、俺らにも何か便利魔法を教えてくれよ」


「じゃ、骨取りの魔法を教えてあげる!」


レオンが教えてと言うから、実用的で分かりやすい骨取りの魔法を提案したのに、私がそう言った途端2人はあからさまにガッカリした。



「適性を視る魔法が良いんだが」


ルクトがそう言うとレオンも力強く頷いた。まぁ、たしかに魚の骨取りよりもそっちの方が、戦う彼らにとってみれば重要だろう。

でも、そんなに簡単な話じゃないのだ。



「あの魔法は骨が刺さらなくて便利でしょうが!それに骨取りは基本なんだよ?あれが出来ないと他の魔法とか厳しいんだから。ほら、お魚獲ってきて!」




それから寝るまでの時間、私は骨取りの魔法を教えてあげたが、2人は焼き魚を膝の上に乗せて四苦八苦していた。





それもそのはず。この便利な魔法は、誰もが使えるわけじゃないのだ。



黒魔法はその属性のイメージを大事にして魔力を練り上げ、白魔法は針の穴に糸を通すような繊細さで魔力を練り上げて使う。

でも、この便利魔法の魔力の練り上げ方はその2つとは違い、集中してより具体的で詳細なイメージを思い浮かべることだ。



ローズ様の持っていた魔導書には魚の骨取り以外にも、私が今までに使った味覚を変える魔法、適性を視る魔法などが書いてあった。

でも、ローズ様はこの骨取り以外の便利魔法を使えなかった。


私がコツを掴んで便利魔法を使えるようになった頃、何度か魔導書に書いてある他の魔法をローズ様にも使えるようにと試してみたのだが、魚の骨取りはイメージしやすいが、他の魔法はイメージしにくいから無理だと話していた。


だからこの魚の骨取りは、基本の魔法として私の中で位置づけられた。





「はぁ…。これお前よく出来るな。俺、ギブアップ。骨取ってくれ」

ルクトは額に汗を滲ませながらそう言うと、魚を私に渡して来た。




「白魔法とも黒魔法とも違うから最初は上手く行かないと思うけど、この魔法は基本的にイメージと集中力だから。そのうち出来るはずだよ」



「たかが骨取りと侮ってたよ。俺もギブアップ。嬢ちゃん、俺のも骨取り頼む」

レオンは両手を挙げて降参だと言って、やっぱり私に魚を渡してきた。




2人ともなんだかんだ言って、この骨取りの便利さがクセになっているらしい。




「さて、そろそろ寝るか」


「そうだね。もう良い時間だし。おやすみ~」


「「おやすみ」」


私はいつも通り結界を張ると、焚き火の近くで寝袋に入ってすぐに目を閉じた。

焚き火から伝わってくる暖かさと、パチパチと枯れ木の燃える音が眠気を誘って来たので、抗うこと無く夢の世界に旅立った。


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