天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第18.5章 流れる先に

11.キケンの危険(1)

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■■■前書き■■■
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大変おまたせいたしました!
今回会話が多いのですが、お付き合い頂けたら嬉しいです。

■□■□■□■□■□
第18.5章は色んな名前が飛び交うため、少しでも分かりやすくなればと、出てくる人達を整理しておきます。ご参考までにどうぞ。

(バルジアラの副官)
●リスドー ※腹心
●イスト
●ヴェーリ
●モルァニス
●アルトファーデル

(下級兵士)
●ライン(リスドーの部隊所属)
●ロア(イストの部隊所属)
●マルア(ヴェーリの部隊所属)
●ロンド(ヴェーリの部隊所属)
●ワンド(アルトファーデルの部隊所属)
●ドルマード(モルァニスの部隊所属)

(階級章のない上級兵士)
●ダナン(イストの部隊所属)

(銅の階級章を持つ上級兵士)
●ダルウェイ(リスドーの部隊所属)
●リーベイツ(モルァニスの部隊所属)

■□■□■□■□■□


「エルドナが侵略の準備を進めているようです。これから国境に向かうので、準備を整えてください」

サザベルとの合同演習が終わり、首都に戻った2日後の朝。休暇日翌日のダルさを感じながら鍛錬場に行くと、アルトファーデル様からそう告げられた。やっと個人鍛錬から解放されて自由な時間が戻ると思っていたのに。ダラダラする時間を恋しく思いながら準備を整え、仲間たちと国境へ向かった。



「紅茶の燻製肉、美味しかったなぁ。また食べたいなぁ」
「ワンド、お前あの量を全部食べたのか?」
「もちろん! 美味しいからペロッと食べちゃった」
「1日で全部食べたのか…。俺の分は自宅に持って帰ったけど、戻った時には全部食べられていそうだよ」
「休暇日の翌日に出陣とか…。空気読んでくれよって感じだ」
「だな!しかし、あんなに大量の土産がもらえるなんて思ってもなかったよ。ディスコーニ、ありがとな!」
「うちの嫁さん、ハンカチを使うのがもったいないって言って額に入れて飾ってるよ」
「燻製肉を持って帰ったら、飼い犬のおねだりが激しくてさ。おかわりの肉を巡る子供の喧嘩に犬も混ざって大変だったよ。本当に感謝してるぜ!」

移動中、部隊の中ではトラント土産の話で盛り上がっている。
バルジアラ様は合同演習での結果が嬉しかったらしく、帰国する時には4人の背中に大きなカバンを背負った上に、馬にもたくさんの荷物を持たせるほど買い込んだ。馬達は走るのに邪魔だとばかりに迷惑そうな素振りを見せていたが、市場で買った高級なリンゴや人参、バナナといった餌をちらつかせて、『ゆっくり走っていいから、今回だけだから頼む。な?』と言って説得していた。
馬達を説得出来たことを凄いと思っていると、リスドー様から、自分の個人鍛錬が行われる前までは、バルジアラ様が執務室を抜け出す口実の一つが『馬の世話をしに行く』ということだったおかげで、馬には非常に懐かれていると教えてもらった。


そして数日かけて国境に到着すると、柵の向こうには大量の傭兵と兵士を配置したエルドナの軍勢が待ち構えていた。防衛する方の準備が整う前に侵略戦争を始めてしまえばいいのではと思うが、これが戦争のルールらしい。国境の柵が破壊され、エルドナの傭兵と兵士達がこちらに徐々に近づいている状況を見ていると。


「ひぃっ!」

誰もが口を閉ざして緊張している中、後ろの方で誰かの短い悲鳴が聞こえた。敵はまだこちらとは距離があるにも関わらず、後方から悲鳴が聞こえるということは回り込まれたのかと思って、慌てて振り向いた瞬間。目の前に顔半分をマスカレードマスクで覆った男と、戦場には適さない透け感のある白のスリットドレスを着た大男がいた。
突然現れたその存在に驚きの声も上げる間もなく、額にマスカレードマスクの男の指が当てられると、自分は指1本動かすことが出来なくなった。


「これから、わたしたちの言うことに素直に答えてねっ! はい、どぉぞっ☆」

ピンクのマスカレードマスクの男から命令を受けた瞬間、意識はあるのに何も考えられなくなった。


「あなたお名前は? 何歳?」
「ディスコーニ・シュアノー。19歳です」

「ディスコーニちゃんね。その歳ならもうみんな娼館行ってるのに、未だに童貞の匂いをプンプンさせてるのね。どうして今も童貞なの? もしかして、貴方もバルちゃん狙いなの?」
「いいえ、男性には興味がありません」

「そうなの? 良かった~♪ 貴方はサザベルとの合同演習に出たから、バルちゃんによぉぉく可愛がられたでしょ? もしかしたらバルちゃんを好きになっちゃったのかな~。もしそうだったら、どうしてやろうかしらって思ったけど勘違いで良かったわ☆
でも、女が好きならどうして貴方は未だに童貞くんなのかしら?」
「すべてを捧げる愛する女性と出会っていないからです」

「え?すべてを捧げる愛する女性?出会ってない?
えっと…。よく分からないないけど、顔も見たことがない婚約者がいるってことなのかしら。童貞で結婚しないといけないとか、そんな制約があるから娼館に行けないの?」
「いいえ、私は心に決めた彼女とだけ愛し合いたいので、娼館には行かないのです」

「なら、もう成人してるんだし、その『愛する人』とさっさと結婚すればいいじゃない。どこの誰かって教えてもらってないの?」
「彼女の名前も人柄も容姿も、知っているのは運命だけです。婚約はしていませんし、どこの誰だか分かりませんが、恋に落ちて、愛を育んでいく人ということは分かります」

「えっと……。う~ん…。とりあえず特定の人で童貞を卒業したいってことなのね。出会ってないとか言うけど、娼館で働いている子かもしれないわよ? 1回くらい娼館に行っても良いんじゃない?」
「もし娼館で働いている女性であったとしても、出会う場所は娼館ではありません。運命の人とはきっと運命的な出会いをするのだと思います」

「愛する人、運命的な出会いって…。さっきから聞いてたら、貴方すごく夢見がちなのね。でもぉ、貴方だって元気一杯の男の子だもの。気持ち良いことしたいでしょ?」
「愛した人のぬくもりや感触だけを覚えていたいので、彼女以外の人に触れたいなんて思いません」

「っていうことは、世界のどこかにいる運命の人に出会うまで、ずーっと童貞ってこと? やだ! すごくロマンチック~☆
殆どの男が成人したらすぐ童貞捨てちゃう世界で、童貞を捧げるだなんて! こんな純粋ピュアな思考を持ってる子がいるなんて思ってもみなかったわ。断然興味が湧いちゃった♪
じゃ~あ、出会う前に死んじゃったらどうするの?」
「来世で出会えることを信じます」

「出会えなければ、ずぅ~っと独身でも良いってことぉ?」
「はい。私の心と身体はその女性にのみ捧げるので、出会えなければずっと1人です」

「まぁ!なかなか筋の通った骨のある子ね。わたし、こういう一途で真っ直ぐな子って好きよぉ♪ なかなか育て甲斐のある子みたいだし、こういう変わった毛色の子をお迎えするのも悪くないかもっ☆ もっと貴方のこと教えても~らおっ!
じゃ、その運命の人も、貴方と出会うまで誰とも付き合ったことのない処女だと思ってるのぉ?」
「愛する人にすべてを捧げる、というのはあくまでも私自身の考えです。彼女に求めるつもりはありません」

「その子が別の人と付き合ってたり結婚したりしてたらどうするの? 奪い取っちゃうの?」
「彼女が自分を選んでくれるまで、別れるのをずっと待ちます」

「待つって…。折角巡り合ったっていうのに、そんなことしてたらおじーちゃんになっちゃうわよぉ。それでもいいの?」
「それでも待ちます。結ばれなくても、その人と出会えて、近くにいることが出来るなら、それだけでも良いんです。きっと来世では最初に出会って結ばれます」

「なんでそう自信をもって思えるのよ。来世のことなんて誰にも分からないのに」
「想い続けていれば、きっと良い方向に向かいます」

「ん~…。この子、すごくピュアだけどなんか変わってるっていうか、強情なところがあるわね。ウチの子にするには、もうちょっと面白みのあるところがあったほうがいいわ。ここはピュアな童貞くんをからかってみようかしら。
じゃ~あ、貴方はどんなことを想像しながら淋しく抜いてるのぉ?」
「幻がいますから淋しくありません。現実は1人であっても、愛する人に思いを馳せる時間なので、ささやかな幸せを感じられます」

「幻? 想像力が豊かすぎて幻が見えるってこと?」
「はい」

「貴方は幻とヤってるってこと?」
「違います。幻を介して愛する人に今貴女は何をしているのか、早く会いたいと伝えるんです。声は直接届かなくても、気持ちは彼女に届くはずです。
彼女への気持ちを確認しながら、愛しい人はどんな人なのか、どんな声なのかと、彼女のことを考えるだけで愛おしさで心が温まって幸せになるんです」

「幻で抜いたって欲求不満が溜まるだけよ。童貞を卒業しないように、娼館で口や手でしてもらえばいいじゃない」
「愛する人以外にさわられたくありませんし、性欲にはちゃんと対応出来ていますので問題ありません」

「ん~…。一途っていうか、もう頑固そのものね。頑固と想像力と童貞が組み合わさると、こんな風になるのね。幻は経験を積んだり現実を知っていくにつれて段々見えなくなっていくものなのに、この様子だとおじーちゃんになっても見えてそうね。
そうだ!こういうピュアな思考を直に感じるのって面白そう!わたしも一緒に想像して楽しんじゃお♪ いつもどんなことを想像しているのか教えて頂戴」

「彼女の髪や瞳は何色なのだろうか。どんな声なのだろうか、何をするのが好きな人なのだろうかと想像するんです。きっと笑顔が素敵な人だと思うので、自分が帰宅すると見惚れるような笑顔で『おかえりなさい』と言って迎えてくれるんです。戦場から戻った時は、『おかえりなさい、無事でよかった』と言って抱きついてくれたら、もうそれだけで私は世界で一番の幸せを享受出来るんです。生還を喜びあったら、彼女と抱きしめあって、キスをして…。手を繋いで家に帰るんです」

「……え?これで終わり?」
「はい」

「もう一度言うけど。どんなことを頭の中に浮かべて興奮してるの?」

「幻を見ながら最初に恋に落ちる瞬間はどんな感じなのか考えるんです。市場でぶつかった人でしょうか、迷惑な人に絡まれて困っている人でしょうか。それともどこかの店で商品に手を伸ばした時に同時に触れた人でしょうか。いろんな場面を想像して、彼女との出会いの一瞬を逃さぬように練習するんです。
出会った時、他の人とは違う何かを感じるのでしょうか、目があった瞬間にドキドキするのでしょうか。最初に交わす言葉はどのようなものでしょうか。自分が『恋に落ちた』と思った時、彼女もまた自分を特別に思ってくれるのでしょうか。そんなことを考えていたら、だんだん幸せに包まれてきて。すごく…。ドキドキするんです」

「えっと…。まったくドキドキしないわ。もしかして私の想像力が落ちてきちゃったのかしら。いや、きっとこの子の知識と言葉不足で私が想像しきれていないのね。
貴方、本当にこんな想像で抜けてるの? そもそも、抜くって射精することだって知ってるわよね? ちゃんとそこまで出来てるの?」

「分かってはいますが、今まで毎日の鍛錬が大変すぎて、部屋に戻った時にはもう眠くて。ベッドに入ってすぐ幻を出すのですが、話しかけて彼女に会いたいと思った辺りで眠りに落ちていました。なので、いつも途中で終わっていました」

「んまぁ!やだもぅ、バルちゃったら激しすぎよぉっ! 年頃の男の子には、ちゃ~んと体力残してあげなきゃだめじゃない。まったく、もうっ!しょうがないんだからぁ~♪ わたしじゃないと、バルちゃんのスタミナが無くなるまでお付き合い出来ないわね。動けなくなるまで、わたしがしっかりお付き合いしてあ・げ・るっ!うふふっ♪
バルちゃんのことを考えたらドキドキしてきたし、今度はしっかり感情移入出来るように目を閉じて集中して、情景を補完しながら想像してみるわねっ! 久しぶりに本気を出して私も幻を出しちゃうわよぉ~♪
疲れ果てる日が多くても、休日とか体力が残ってる時もあるでしょ? ちゃんと抜けた時はどんなことを想像してたの? もうちょっと掘り下げてみてちょうだい」

「初めてデートをする時を考えるのです。どこに行きましょうか。季節の花が咲き乱れる花畑を臨む甘味屋も素敵ですが、のどかで静かな田舎のレストランのテラス席に行くのもいいですね。一緒に食事をする時、彼女に『あ~んして』と言って、食べさせてあげたいです。そしたら自分にも『あ~ん』としてもらえたら、すごく…。すごく幸せです。たまに、食べさせると見せかけて、食べられてしまうイタズラをされたら、もう彼女が愛しすぎて…。心が愛でパンクしてしまいそうです。

食事でお腹を、幸せで心を満たしたら、次に行くのは可愛いものが並ぶ雑貨屋でしょうか。雑貨屋に行くことがあったら、彼女と『これが可愛い』『こっちも可愛い』とお互いが選んだ可愛いものを見せ合ったりして、2人の可愛いを確認し合うのも素敵です。彼女にはどんな可愛いものが似合うでしょうか。うさぎのぬいぐるみでしょうか、それとも可愛いクマさんのぬいぐるみでしょうか。ポプリなどが入った匂い袋や、良い匂いのする石鹸も素敵ですね。
デートの時にはお互いささやかなプレゼントを贈り合うのも、面白そうですね。彼女はどんなプレゼントを選んでくれるのでしょうか。2人の思い出に残るように、デートの度に1本ずつ色鉛筆を送るのはどうでしょうか。色鉛筆を見るたびに、この色を貰った時どんなデートだったと思い出したり。将来生まれる子供がその色鉛筆で絵を描くというのは、2人の絆、家族の絆が深まって良いと思うのですが。同じ色しか見つからなかったらどうしましょうか…。

雑貨屋の次は装飾品店に行きましょうか。離れた場所にいても互いを思い出せるように、2人がずっと繋がっているような気持ちになれる、想いのこもった対になるものをずっと身につけていたいです。
流行りはよく分かりませんが、流行に左右されず、見た瞬間にペアだと分かるような装飾品が良いですね。となると、やっぱり指輪でしょうか。でも、指輪はプロポーズの時まで我慢した方が良いような気もします。とすれば、恋人として交際している間は、鍛錬中も邪魔にならないピアスにしましょう。
デザインはどうしましょうか。私はさり気なく存在をアピール出来るようなデザインがいいので、シンプルなものに目が行ってしまうのですが、やはり女性は豪華なものがいいのでしょうか。デートの時は毎回装飾品店を回って、お気に入りのお店を見つけ、デザインなどを時間をかけて作る必要がありますね。彼女のことを想いながら、1つ1つ準備をしていくというのは、とても…幸せです。はやく出会いたいですが、準備を整えてからでも良いのではないかと思うひとときです。出会ったら、どんなデートをするのか。どんな会話をしているのか。想像するだけで、もう…。すごく胸が高鳴ります。

デートの時、手を繋いだり、肩や腰に腕を回したら、幸せな気持ちは彼女にも伝わるのでしょうか。繋いだ手はどんな感じなのでしょうか。柔らかくて小さくて、ぽかぽかするような温かさなのでしょうか。級友が言っていたような、近くを通るだけでいい匂いなんてするのでしょうか。どんな匂いなのでしょうか。芳醇なバラのような匂いでしょうか、それとも甘い果物のような匂いなのでしょうか。それともバターが焼けた甘いお菓子の匂いなのでしょうか。
キスはいつして良いんでしょうか。初めてデートする時はしてはいけないのでしょうか。どうやってキスをするのでしょうか。素直にキスがしたいですと言えば良いのでしょうか。それとも、誰かに押されたみたいな偶然を装った方がいいのでしょうか。

キスをするとき、どこですればいいのでしょうか。初めてのキスなので折角なら雰囲気の良い場所でしたいのですが、人のいない場所にしたほうがいいですよね。ということは、2人きりになる部屋がいいのでしょうか。普段生活している寮には外部の人を入れられないですし、実家に私の部屋はないので、彼女の家か宿…になるのでしょうか。宿を取るとなると、なんだかこう…気が急いているような感じに思われてしまう気がします。とすれば、彼女の家にお邪魔した時でしょうか。もしご家族の住む家であれば、真剣に交際していると伝えなければなりませんが、認めてくださるでしょうか。友好的な関係を構築するには第一印象が大事なので、手土産を持っていったほうが良いですよね。彼女の意見を聞きながら念入りに選ばなければなりませんが、失敗は許されないと思うと今からとても緊張してしまいます。
もし失敗してしまっても、良い返事をもらえなくても、私は彼女との将来を真剣に考えているのだと、根気強くお話していきたいです。

初めてするキスはどんな感じなのでしょうか。小説にはいちご味とかレモン味とか書いてありましたけど、唇に味ってあるんでしょうか。直前に口にした食べ物の味がするのでしょうか。となると、ニンニクやショウガ、ネギ、唐辛子といった味や匂いに特徴があるものは避けたほうがいいでしょうか。ファーストキスは記憶に残るものにしたいので、甘い桃や香りが好みのライチといった果物や、甘いパフェを口にしたいです。
唇が合わさる感触は、マシュマロを食んだ時のような優しい弾力があるような感じでしょうか。それとも綿のようなふわふわな感じでしょうか。キスをするとき呼吸はどうしたらいいのでしょうか。ドキドキしてしまうので鼻息が荒くなってしまいそうなのですが、そこは大丈夫なのでしょうか。嫌われたくないので、息が上がるような時でも静かな鼻呼吸が出来るように」


パチンと指をならす音がした瞬間に思考と身体の自由が戻ったのだが。自分に質問していた巨体の男は、濃い緑色の短髪を見せつけるように深く俯き、自身を抱き締めながらガクガクと小刻みに震えていた。
隣にいるピンク色のマスカレードマスクをつけた男が強制催眠を解いたようだが、なぜかオロオロした様子で俯いたままの男に治療魔法をかけている。


「もういい加減にしてよ!! バルちゃんが…。私のクールなバルちゃんがっ!両鼻から交互に小ネギとマシュマロを…!! いやぁぁ!!」
「そ、そーすい?! ど、どうしたんですの?」

顔をあげた男は大きく見開いた目を血走らせ、言葉にならない絶叫をあげながら、じりじりと後退りをし始めた。
この男に対して誰も攻撃していないが、その絶叫は戦場に響き渡る大音量だったからか、撤退しているエルドナの軍勢の方からバルジアラ様が慌てた様子で馬で駆けてきた。


「ディスコーニ!無事かっ!」
「は、はい…。怪我も何もありません」

馬から飛び降りたバルジアラ様は、遠巻きに見守っていた仲間たちを押しのけると、自分の肩に手を置いて何もないことを確認した。ホッとしたような短い息を吐き出すと、今度は絶叫をあげながら後退し続ける男に視線を移した。


「お前、あれに何をした?」
「何と言われてましても…。強制催眠で質問されたことに答えさせられていただけですが…」

途中までとはいえ、まさか強制催眠で自分を慰める時の設定を言わされるとは思わなかった。
男の方に歩き出したバルジアラ様に続こうと自分も数歩進んだら、男は右手を激しく振って『あっちにいけ』と訴えてきた。


「お花畑の想像が長すぎだし、細かすぎて話を最後まで聞いてられないわ!もうウンザリ! この話の一体どこで興奮するのよ!折角のバルちゃんが、おかしな方向に行き始めちゃったじゃない!
この世にこんな変わった子がいるなんて…。この子の頭の中はピュアすぎて天然記念物よ。ちょっとそれ以上近寄らないでっ! 今すぐここから立ち去って、もう二度と私の前に現れないでっ!貴方なんてもう見たくないわっ!」

「お前、もしかしてっ!ディスコーニが苦手なのか!」

バルジアラ様が面白そうに男に声をかけると、男はぐったりと地面にへたり込み、暗緑色の目から大粒の涙を流してシクシクと泣き始めた。


「19にもなって童貞だから実は男の子が好きなのかな~。伸びしろもある感じだから、うちの子にしようかな~なんて期待したら、なんかすごくピュアだし。真面目すぎるから面白みが欲しいわ~と思ってからかってみたら、ここまでピュアで頭の中にお花畑が広がってる子だったなんてっ! バルちゃん、今すぐその子を捨ててきてっ! 近くにいたらおかしくなっちゃうわ。危険人物よっ!」

「ははははは!!ほらほら!見ろ見ろ~!」

なぜかバルジアラ様に羽交い締めにされ、男に自分を見せつけるような状態にされた。すると、自分と目が合った瞬間、男は両手で目を押さえながら後ろに倒れ、ジタバタともがき始めた。何が起こっているのだろうか。


「いやぁぁぁ!!やめてっ!目が合ったから、今度はニヤニヤした貴方に『はい、あ~ん』ってされる幻が見え始めちゃったじゃない!
やだ!くさい!なによこれ! なんでよりによってニンニクペーストとドリアンを混ぜるのよ! 私じゃなくて、運命の人にやってあげなさいよ!
あら。それもそうですね、お騒がせしましたって謝れるなんてエライわぁ。貴方だいぶ変わっているけど、悪い子ではないのね。
じゃなくて!ダキュア、呪いを解いてちょうだいっ!」

「そーすい、呪われてないですわ…。どこも異常なし!健康そのものですわ…」

「嘘よぉ! じゃあ何で頭の中でこの子と誰かがイチャイチャする姿が抜けないのよぉ!」
「分かりませんわ…」

「もしかして!私の幻がこの子の細かすぎる設定と混ざっておかしくなくなっちゃったの?!
ちょっとやだ、人の頭の中で手を繋がないで! お花畑で嬉し恥ずかしのファーストキスとか見たくないわ! 離れなさいっ! やめてぇっ!」
「そーすい! しっかりしてくださいよぉ!」

「なんかよくわからない踊りを踊らないで! やだっ!なんで増殖するのよぉ! やめて! 延々と続くコサックダンスで永遠の愛を表現しないで! いやぁぁ!!」
「きゃぁぁ! そーすいがおかしくなっちゃったっ!」

男は幻を見ているのか、ゴロンゴロンと左右に寝返りを打つように激しく動いている。マスカレードマスクの男がオロオロしながら治療魔法をかけているが、その効果はまったくないらしい。


「ダメ!ダメッ!!スカートの中が見えちゃいますわぁ!」

マスカレードマスクの男はそう言うと、どこからともなく出した大きなショッキングピンク色のスカーフを男の下腹部にかけると、大男はずれないように手でそれを抑え、うわ言を叫びながらゴロゴロと激しい寝返りを続けている。


「なんで『私の愛はこの炎のように激しいんです』とか言いながらファイヤーダンスを始めるのよ! 見たくないわっ! 見たくないって言ってるでしょ! …って、なんでちょっと照れてるのよ!十分上手だから自信を持ちなさい! まったくもうっ! 見ていられないわっ! 私が色々教えてあげるから、よく見ておきなさい!」

「目覚めの魔法も浄化の魔法も、なんにも効果がないなんてっ! 貴方一体そーすいに何をしたのよっ!」

「何もしていませんが…」

「ちょっと!ダメダメ!今すぐそのクマのぬいぐるみを放しなさいっ! 緊張するからって、プロポーズを腹話術でするんじゃないの!プロポーズをする時は、ちゃ~んとムードのあるところで自分の口で言わなきゃ! 星空がきれいな夜とか、満開のお花畑とか。初めてデートした場所もいいかもしれないわね!
何が『熱い愛を証明するために飴で指輪を作りました』よ! そんなの着けたらベトベトになるじゃない! ちゃんと金で作った指輪にしなきゃ。事前にサイズや好みのデザインもリサーチしておくのよ!」

「そーすい、誰と話してるんですかぁ。もうっ!治療できないし、錯乱状態が続いてるし! 早く落ち着けるところに運ばなきゃっ! 親衛隊のみなさぁん、手を貸してくださいませっ!」

ダキュアと呼ばれた男がそう叫んだ瞬間、顔全体を覆う大きなマスカレードマスクを着け、真っ黒のローブを身にまとった5人の男たちが音もなく現れた。彼らは悶え苦しむ『桃色宣教師』をすごいスピードで板にくくりつけると、全員で神輿のように担ぎ上げ、目にも留まらぬスピードで走り去っていった。




■■■後書き■■■
メーコの本気の想像力が個性溢れるディスコーニの想像力と合わさった結果、ディスコーニのお花畑に取り憑かれてしまった挙げ句、幻の中で恋のイロハを教えることになったようです。
百戦錬磨のメーコでしたが、とんでもない精神攻撃に見舞われ撃沈しました。

教訓:気安く人の頭の中を覗いてはいけません。
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