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第8章 旅は道連れ
10.別れの時
しおりを挟むトラントでの治療2日目は、民間人と傭兵の治療に当たるために、王宮近くの空き家に向かった。
空き家の前には昨日と同じ怖そうな護衛の兵士が待ち構えるように立っていて、私の姿を見ると空き家の玄関を開けて、中に入るように案内してくれた。
「シェニカ様、おはようございます。本日はこちらの家をお使い下さい」
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
この空き家は2階建てで、1階は壁のない一面広いリビングで、沢山の本棚、こじんまりしたキッチン、お風呂とトイレに繋がるドア、物置に繋がるドアがあるだけの何とも見通しの良い空間になっている。2階に繋がる階段の前には、封鎖するように机と椅子が組み上げられていた。
この空き家は首都を訪れた他の『白い渡り鳥』が使うことになっているのか、物置の中には簡易ベッドや椅子などが入っていて、すぐに治療院が開けるようになっていた。
護衛の2人が物置からベッドなどを出して準備してくれている間、私とルクトは部屋の窓を開けて回った。
本棚が沢山あるのに入りきれなかったのか、本棚の前に無造作に本が積み上げられている状態だ。本を手に取ることはしなかったが、かなり古そうな褪せた表紙の本などが沢山あった。
ーーどんな本があるのか見たいけど、怖い護衛がいるから何だか本棚に近寄れないし、本を読むのも憚られるや。
治療院を開くと、患者と対面するように椅子に座る私の後ろには、いつも通りルクトがいる。そして、昨日と同様、ルクトから少し距離を空けた所で威圧感を滲ませて彼を睨む2人の兵士が控えている。
ーーはぁ~。息苦しいなぁ。護衛の兵士はルクトを監視するばっかりで、私の護衛の仕事はしてないんじゃないの?
重苦しい空気に満ちた部屋に入って来たのは、肩までクルクルに巻いた明るい茶髪で、何だか女の子なのかなぁ?と思ってしまうような、可愛い顔立ちの若い男性傭兵だった。暗い顔をしていて、右目の周りにはどこかにぶつけたのか青あざがついている。
「先生。俺、最近やたらとボーッとするし怪我をするんです」
「そこのベッドに横になって下さいね~」
ーーやっぱりこの人も呪われてるなぁ。よっぽど娼館のオネーサンは人気らしい。その人気ぶりには感心するよ。
昨晩レオンの言っていた通り、訴える症状は昨日の兵士と同じで、悪夢を見る、風邪のような症状がある、無気力になる…護符があれば防げる『幸福の吸血』がかけられている傭兵が多くやって来た。そして、やっぱり本人が呪いにかかっていると気付いていない。
「先生の治療のおかげで、俺元気になったっす!良かったら、俺の元気を先生に見せてもいいっすか!?」
「不要。その青あざ、すごくお似合いなのでそのままにしておきましょうね。はい、次の方~」
「そ、そんな!俺、この美形の顔が自慢なのに~!」
この巻き髪の傭兵だけでなく、治療が終わると元気を取り戻した傭兵が、いつもと同じように軽口を叩くようにナンパしていくが、今日はナンパ出来るだけの元気が出て良かったなぁと思えた。
ついでに、重苦しい空気を物ともせずナンパをしてくる勇気を持った傭兵には、心の中で「君の明るいナンパが今日は太陽のようだよ!」とだけ褒めておいた。
呪われた傭兵はかなりの人数がいたが、呪われていない傭兵や一般人の患者もそれなりに来るので、治療がひと段落するまでに3日かかった。
そして治療を終えて首都を出る日の朝。
治療の報告をするためにルクトと一緒に王宮を訪れると、前回と同じように客間に通され、すぐに宰相と将軍がやって来た。
「シェニカ様、治療ありがとうございました。おかげさまで、市民や傭兵から感謝の言葉が王宮に続々と寄せられております」
テーブルを挟んで向かいのソファに、私を見て満足そうな顔をした宰相と、口元だけ笑みを浮かべてルクトを見据えたアステラ将軍が座った。
「微力ながらお役に立てて光栄です」
「少ないですが、こちらをお受け取り下さい」
「ありがとうございます。遠慮なく頂きます」
宰相からズッシリ重たい謝礼を受け取ると、私はそれをソファの後ろに控えたルクトに渡した。
「シェニカ様。フィラを飛ばして陛下にシェニカ様の訪問を報告したところ、是非お会いしたいとおっしゃっております。国王陛下は後2週間ほどで戻るのですが、良ければ陛下との謁見が済むまで滞在してはいかがでしょうか?
もちろんその間、治療のお仕事はお休みして頂いて結構ですし、王宮に滞在頂いても構いません。今お泊りの宿屋でということならば、宿代もこちらが全額負担いたします」
宰相が手をモミモミしながら、ゴマを擦るようにこちらを見つめてくる。その目線がとっても嫌な感じがして、私はゾワリと鳥肌が立った。
「お言葉はありがたいのですが、次の旅を控えておりますので、これで失礼させて頂きます」
「そんなことおっしゃらずに…。この街のベラルス神官長も、シェニカ様が神殿にいらっしゃるのを、今か今かと首を長くして待っていると聞いております。是非滞在を伸ばし、神殿にも足をお運び下さい」
宰相のその言葉に、ソファから腰を上げようとしていた動作が無意識にピタリと止まった。
私は神殿に行けとか、神官長に会って行って欲しいと言われるのはとても不快だ。
それに会いたくもない神官長の名前が出たことで、色々なものが込み上げてきて吐き気がする。小さく深呼吸をして震えそうになる指をギュッと握りしめた。
「ご心配には及びません、神殿には私が機を見て足を運びます。治療は終えましたし、私がここに滞在する理由もありませんから、すぐにここを発ちます」
「シェニカ様のお好きな物をおっしゃっていただきましたら、何でもご用意いたします。王宮自慢のシェフの作る料理でも、甘い菓子でも。なんでしたら好みの男性でも」
「結構です。では、これで失礼いたします」
私は嫌悪感に耐えられなくなり、失礼を承知で話を切り上げてソファから立ち上がって客間を出た。
「おい。出口はこっちだ」
「あ、そっち?ルクトありがと」
迷路のような王宮を出ようと歩き出したものの、似たような造りになっているので、客間を出てすぐに迷子になろうとしていた。でもルクトはちゃんと来た道が分かるらしく、私の隣で道案内をしてくれた。
私達の後ろから誰も付いてきていないが、きっとどこからかで様子を伺っているに違いない。
「ルクトはちゃんと出口覚えてるんだね。似たような景色だし、特徴のない廊下だし。私、迷子になってるよ」
「王宮は敢えてそういう造りにしてるって聞いたことがある。暴徒化した市民や敵が攻め込んできた時に、逃げる時間を取れるようにとか」
「へぇ。そうなんだ。初めて聞いたよ」
無事に王宮を出て宿に戻ると、レオンが宿屋の1階の食堂で煙草をプカプカ吸いながら新聞を読んでいた。
「おかえり嬢ちゃん、ルクト」
「ただいま。部屋に戻ろう」
何か言いたげなレオンに、部屋に戻るように私は声をかけると、頷いて新聞をたたみ始めた。周りに聞かれたくないことがあったのだと、レオンはすぐに分かってくれたようだ。
私達は部屋に戻り、壁の扉を開けると私の部屋のソファで3人でくつろぐように座った。レオンに報告を終えればすぐに街を出るつもりなので、お茶は出さなかった。ルクトは水差しに入った水をコップに注いで、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み始めた。
「もう戻ってきたのか?案外早かったな」
「こいつが怒って出てきたからな」
ルクトは何が面白いのか、コップを手に持ったままプッと短く笑った。
「怒った?嬢ちゃん、何か言われたのか?」
「お偉いさんがこいつを引き留めようとしたんだが、その餌に男を用意するって言ったんだよ」
「内容もありえないけど、あの宰相何もしなくても気持ち悪いんだもん」
宰相のあの声と顔を思い出すだけで気持ち悪くなる。できればもう2度と会いたくない人だ。
「あはははは!なるほどね、嬢ちゃんらしいや。しかし、ゼニールの時も思ったが、嬢ちゃんはお偉いさん相手にやけにそっけないんだな」
「だってそういう人達って、私を利用しようとするじゃない。自由が保障されているのに雁字搦めにしようとする人ってキライ。みんなをまとめる人達だから、『白い渡り鳥』を長く逗留させて治療してもらいたいのは分かるんだけど、それだけが目的じゃないもの」
「そうなのか?」
レオンもルクトも不思議そうに私を見た。
「領主や町長自身、もしくはその息子を夜這いに寄越したりもするし、そういう人達が用意した人との間に、子どもを作らせる話があるの。一国の王子がそういう目的で近寄ってくることもあったんだ」
「へぇ。もてなす意味じゃなくて、子供を作らせる目的ねぇ。そんなことがあるのか。今回のお偉いさんの話はそういうことだったのか?」
レオンはなるほどといった顔をすると、不憫そうな顔で私を見た。
「多分ね。今回露骨だっただけに、余計にムカついたの」
「『白い渡り鳥』も色々と大変だな。嬢ちゃんと一緒に居て、その苦労も少し分かったよ。見る目が変わった」
「それは良かったわ!私も『青い悪魔』を見る目が変わったわ。ただ煙草をプカプカ吸ってるだけのオッサンじゃなかったって!」
私がそう言うと、水を飲んでいたルクトがゲホゲホとむせ始め、レオンは嫌そうに顔を顰めた。
「はぁ?なんだそれ。俺はまだオッサンと言われる歳じゃねぇよ」
「褒め言葉だよ、褒めてるの。親しみを込めて言ってるから気にしないで」
「なんだそれ。まったく嬢ちゃんには敵わねぇな。あははは!」
レオンは豪快に笑い出すと、私もつられて笑った。
レストランや食堂が賑わい始めるお昼少し前、レオンは城門まで見送りに来てくれることになった。宿から出て城門へ向かう道を歩いていると、看板が通せんぼするように立てられていた。
「あれ?『この先、補修工事中』だって。通れないみたいね」
「回り道するか」
兵士が砂や水を含ませた土、石畳に使う石をせっせと運んでいた。こういう仕事は街や村なら住民の仕事だが、首都では下級兵士の立派な仕事である。
「レオンはコロシアム終わったらどこに行くの?」
「うーん。まだ決めてないなぁ。とりあえずコロシアムが終わったらこの国を出て、どこか小国のコロシアムのある街に行くかなぁ」
「お前、本当にコロシアム好きなんだな」
ルクトがレオンの返事を聞いて、呆れたように笑った。ルクトだってコロシアムに出ている時は結構楽しんでいたから、また機会があればコロシアムに出たいだろうに。
「はははは!自分でもビックリするくらいハマっちまってるよ。結構戦い方とか勉強になるものもあるしなぁ。あ~あ。もう城門に着いちまったな」
心なしかいつもは余裕綽々のレオンが、少し寂しそうな空気を背負っているような気がする。
名残惜しいがレオンとはここでお別れだ。
「レオンが居なくなるのは寂しいけど、元気でね。怪我とか病気には注意してよ?ちゃんと護符を持ち歩くようにね。煙草ばっかり吸ってると身体にも悪いよ?それから…」
「はいはい。分かった、分かった。まったく嬢ちゃんは心配性だな。ちょっとだったけど、嬢ちゃんとルクトと一緒に旅が出来て楽しかったよ」
「私も楽しかったわ。どこかで見かけたら絶対声かけてね?あと、そのうち手紙送るから返事書いてね?」
「見かけたらもちろん声をかけるが、手紙は…まぁ、気が向いたら返事書くよ。
あ、そうそう。この首都から南に行ったシュゼールって街に、主従の誓いについての研究をしてる人がいるらしい。そこに行ってみたらどうだ?」
「へぇ~!そんな研究者がいたんだ。情報ありがとう。これから行ってみるよ!」
「嬢ちゃんにも色々と世話になったからなぁ。これくらいは礼にも及ばないよ。今までありがとな。……うおっ!」
「レオン、本当に元気でね。楽しかった、ありがと」
「嬢ちゃんもな。気をつけるんだぞ」
私はレオンに抱きつくと、レオンはギュッと抱き返してくれた。
「ルクト。お前とは気の合う良い友人だが、ライバルでもあるから戦場で会ったら容赦しないからな」
「もちろんだ。戦場では私情を挟まず全力で相手になるのが礼儀だ。俺も容赦しないから覚悟しとけよ」
レオンとルクトはお互いにそう言って、互いに腕を挙げてパァン!と弾けるような音を立ててハイタッチをした。それを見た私は、男の友情っていいな~としみじみ思った。
私とルクトは2人で城門を出ると、街道の向こうに見えている次の町へと歩き始めた。
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