天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第9章 新たな関係

2.待ち望んだ野宿

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朝にアランドの町を出てから街道をのんびりとした足取りで移動し、目的地のシュゼールまであと1日と言う所で日が暮れはじめた。

この辺になると砂地は随分と少なくなり、地面には雑草が力強く芽吹き、シェニカの肩の高さくらいの木が一生懸命枝を伸ばして葉を茂らせていた。




「もう夜になるから今日はこの辺で野宿するか」


「そうだね。じゃ、私は枯れ木を拾ってくるね」


「俺が拾って来るから、お前は焚き火に使う石と枯れ葉を集めてろ」


今歩いている街道の近くには川はないが、木々が茂っているので野宿出来る環境だ。こういう時の食事は、町で買っておいた干し肉やクルミなどを食べて簡単に済ます。




「そう?じゃ、お願いね」


誓いを破棄してから俺はシェニカの匂いを辿れなくなった。それどころか、あれほど強く香っていた甘い匂いも感じなくなった。


だから、いつもなら枯れ木を集めるのはシェニカの役割だが、もしあいつが俺から離れている間に誰かに攫われたらと思うと、あまり遠くに行かせたくなかった。



「あまり遠くに行くなよ」


「うん。分かってる」



俺はシェニカの姿が見える位置で枯れ木を集めながら、昨日のことを思い出した。



突然主従の誓いが破棄され、結局ロクに眠れないまま一夜が明けた。



俺は何だか物足りなさが胸に渦巻いていて、一晩中何度も自分の右手を見ては、羊の刻印がない事を確認していた。

主従の誓いを結べば奴隷扱いを受けるのが普通だから、誓いが破棄されるのは嬉しいことだろう。


でも、奴隷扱いを受けなかった俺にとって、誓いの破棄は『俺とあいつを繋ぐ特別な証がなくなった』ことでしかなく、眠れないほどの喪失感を感じた。


そんな喪失感を感じているのは俺だけなのか、シェニカは主従の誓いは最初からなかったように、朝からいつも通りに振舞っている。

あいつは誓いを破棄してどう思っているんだろう。俺と同じように、喪失感を感じることはないのだろうか。



まぁ。あいつがどんな風に思っていても、今夜は待ちに待った久しぶりの野宿の機会だ。これを逃す気は微塵もない。



「そろそろ寝るね。おやすみ」


「おやすみ」



ーーいい子だから早く寝ろよ?誓いがなくなっても、相変わらず俺の我慢は限界なんだから。



俺は寝込んだシェニカに触れるのが楽しみで、俺はあいつが眠るのを今か今かと待ちわびた。

だが、そんな俺の胸の内を見透かしてからかっているのか、いつもすぐ眠るシェニカが今夜はなかなか眠らない。




「う~ん」


「眠れないのか?」


「うん。何か寝苦しくて」


寝袋に入ったシェニカは何度も寝返りを打っては、しばらくするとモゾモゾと動き出す。俺をからかっているのではなく、単純に寝苦しいのだろう。



ーーでも、俺はお前に触れたくて堪らないんだよ!早く寝ろ!


喉から出そうになる叫びを押しとどめ、いつも通りを装った。





「眠れなくても目は閉じてろ」


「うん。おやすみ」


シェニカは目を閉じていたが、やはり寝付きが悪いのか、規則的な寝息を立てて寝入ることはなかった。








欲求不満で悶々としていたが、少し仮眠を取った俺が目を開けた時、辺りはうっすらと明るくなってきていた。どうやらもうすぐ夜明けのようだ。



シェニカの方を見れば、寝る時には眠りが浅かったこいつも、流石にこの時間になると深く寝ているようだ。

俺は羽織っていた毛布を畳んで鞄の上に置き、寝袋でスヤスヤと寝入っているシェニカの上に跨った。



見下ろすシェニカの寝顔は無防備すぎるほど穏やかだ。気配に敏感ではないこいつは、俺がこうして跨っても全然目を覚まさない。



ーーお前が好きだ。早くお前も俺を好きになれよ。

体重をかけないように、地面についた両膝と両手で身体を支え、声に出さないその想いを込めてそっと丁寧に唇を合わせた。舌を入れたくなるが、起こさないようにとそれは我慢だ。


キスをするほど至近距離にいると微かに甘い匂いはするが、こんなに近くでも惹きつける強い匂いは感じない。テゼルの街で会った奴隷達の話を聞いて予想した通り、あの匂いは誓いの効果だったようだ。



それでも。こうしてキスをしながら感じる微かな匂いだけで、俺はこいつに惹きつけられる。





ーーあ~。キスたまんねぇ。でも全然足りねぇな。


角度を変えて何度も唇を合わせたが、一度身体を起こし、寝袋の中に手を入れてローブの留め金を外し、旅装束の首元のボタンを胸元まで外した。

色白の首元を見ると、思わずゴクリと喉がなる。指先でツーっと首筋や鎖骨をなぞると、サラリとした肌と柔らかい弾力が伝わってくる。

視覚と触覚、嗅覚で感じるシェニカのその姿は、俺の頭の中から誓いを破棄されたことの物足りなさなんて吹き飛ばすような効果があった。
俺の頭の中には、こいつの首筋に顔を埋めて舌で味わって、俺のものだとキスマークをつけたいという衝動しかなくなった。






「う~ん…」


首元に唇を寄せ、そっと舌で肌を舐めるとシェニカが一瞬身じろぎした。



起こしたか?と思ってすぐに首元から顔を外して見下ろしたが、まだスヤスヤと寝ている。安心した俺は、旅装束の上からそっと胸に触れた。



ーーへぇ~。胸、結構あるんだ。直に触りて~。


俺の手の中に収まる大きさの胸は、俺が指で優しく掴むと柔らかい弾力で押し返してきた。





「う、ん…」


何度かフニフニと形と弾力を確認するように優しく揉んでいると、シェニカの口からなんとなく色っぽい吐息が漏れた。



ーーあ~。これは結構まずいな。もっと触りたいが、これ以上やると俺の理性が保たない。



今すぐに寝袋から引っ張り出して、着ているものを全て脱がせて俺の目の前に晒したい。
そんなことしたら絶対に目を覚ますだろうが、俺が触れていない場所がないくらい、満遍なく触れて、キスマークをつけたい。

ヤりたくてたまらないが、こいつは初めてっぽいから最初が外でというのはマズイだろう。



そもそも俺はこいつに男として見られていないし、護衛である俺がそんなことしたらまずクビだ。絶対俺のものにしてやるが、今はまだその時じゃない。

我慢だ。この程度で我慢するんだ。





俺は必死に身体の中に燻る熱と衝動を押さえ込んで、旅装束とローブの留め金を留め直してシェニカの上から退いた。

 





「あ~……。抱きてぇ。せっかく俺が我慢してるのに、こんな時に邪魔しやがって。礼をしてやらねぇとな」


俺は結界から出て、盗賊のいる方向へと気配を殺して歩いて行った。




シェニカのいる場所から少し離れた木の陰に座って気配を消し、盗賊が姿を見せるのを待った。しばらくすると、雑草を踏みしめる音を立てながら歩く3人の男の声が聞こえ始めた。



「へっへっへっ!あそこにいますぜ」



「女が1人なんて襲って下さいって言ってるようなもんだろ」



「連れて帰ったらお頭が喜びますね!」

盗賊達は木の後ろにいる俺に気付かずにシェニカの方に近付いているが、俺は奴らがそれ以上進まないように、指をパチンと鳴らして地面にかけておいた魔法を発動させた。






「「「うわぁっ!」」」


盗賊達の足元が地面が急に泥に変わり、足を取られて進めなくなった盗賊は慌てふためき始めた。

俺はそのまま氷の魔法で足元から指先まで氷漬けにすると、俺は奴らの前に姿を現した。





「さて、どうしてやろうかな。やっとのことで待ち望んだ機会に恵まれたのに、良い所を邪魔された俺の怒りが分かるか?」

俺の姿を見た盗賊達は、自由な頭だけを動かして俺に驚いた表情を見せた。





「なっ、なんだお前っ!」



「あんたらのお目当のそこにいる女の護衛だ」



「護衛っ!?襲おうとしたのは謝るし、すぐにここから立ち去るから解放してくれないか?」


3人の盗賊の中で1番年上と思われる男は、俺を見ただけで実力差は感じたらしい。殺気を滲ませなくても、怯えたような目で俺にそう懇願してきた。




「断る。俺の欲求不満を煽りやがった礼は、きっちりとしてやらねぇとな」



「「「ぎゃー!」」」

俺は弱い雷の魔法で3人を気絶させると、氷を溶かしていつも通り結界近くの木に縛り付けた。





「さて、あいつが起きそうになるまで続きをやるかな。今度は胸の谷間あたりくらいは…」



バチンッッ!!!



「んぶっ!!!」

これから再開するシェニカを味わう時間に浮かれながら結界に入ろうとすると、思いっきり顔を何かに強打した。

俺は強打した鼻や額をさすりながら、目の前の半球形の結界に触れた。




バチンッッ!




「いってぇ…。結界の中に入れねぇ」


そっと触れただけなのに、『触らないで!』と拒絶されているかのように激しく弾かれる。結界に触れてひりつく手のひらを、ブンブンと振って擦った。




「そういや、主従の誓いで出入り自由だったんだっけ。はぁ~。ここでおあずけかよ」



結界に入れないので、仕方なくシェニカの寝顔が見れる位置にある木に凭れて座った。
何もなくなった右の手のひらを見て、思わずため息が漏れる。





「居場所は分かるし、結界の出入りは自由だし。結構便利だったんだけどな…。何も今、破棄しなくて良かったのに」



俺はスヤスヤと眠ったままのあいつに向かってそう言うと、あいつから貰った指輪にキスをした。

今、俺とこいつを繋いでいる物は、あいつに贈った髪留めとハンカチ。あいつから貰ったこの指輪だけ。



もっと互いに想い合うような、2人だけの証が欲しくなる。物もいいが、それ以上にこいつの心も身体も全部欲しい。



「なぁ。どうすれば俺を男として見てくれるんだよ。俺の気持ちにもいい加減気付けよ。この鈍感が」


八つ当たりだとは思うが、思うがままにシェニカに向かって何度もそう呟いた。
すると、たまに口元をモゴモゴと動かすこいつの仕草が、実はもう既に起きていて、俺をわざとらしくからかっているように思えた。


規則的な寝息を立てているから起きていることはなかったが、俺はあいつのそんな可愛い表情をジッと見ながら夜明けを迎えた。


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