天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第9章 新たな関係

10.助けを求める人

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「はぁ〜。やっと終わった!この街の治療院はこれで終わりだね」


「お疲れ様」


この街はとにかくマードリア兵士のナンパが多かった。

実家がお金持ちだからなのか、自分に自信があるからなのか分からないが、初対面なのに何故か『私と既に両思いで、勢い余って結婚秒読み』という謎の設定をしている人が多かった。





領主に4日間の治療の報告を済ませ、宿への帰り道を歩きながら、私はもう楽しみで仕方がないギルキアの温泉のことで頭がいっぱいだった。


「ねぇねぇ。宿に戻ったら、ギルキアの温泉宿の選定の話しても良い?」


「なんか良いところあったか?」


「あり過ぎて困っちゃうくらいあったよ。でも、どの宿もシングルの部屋が無いんだよね〜。そこが困った所なんだよね」


観光本を見ていると、温泉宿にシングルの部屋が無い事に気付いた。

温泉宿に1人で来る人がいないからか、全部2人以上の部屋なのだ。
野宿の時は部屋なんてないからルクトが近くにいる状態だし、誠実な彼は同じ部屋にいるからといって何もしてこないだろう。



「もっとこっちに寄れ」

ルクトがそう言って私と密着するようにしたので一瞬ドキドキしたが、その理由はすぐに分かった。
私でも分かるような、チラチラと見られている視線を感じる。


ルクトはその視線から私を守ろうとピッタリと張り付き、鋭い視線で睨み返して牽制していた。



狭い脇道に入って歩いていると、赤茶色の髪の小柄な男性が、通せんぼするように前を塞いだ。



「あの。人違いだったらすみません。貴方は『赤い悪魔』…ですよね?」


遠慮がちにルクトに声をかけてきたのは、まだ成人したばかりくらいの少年っぽさの残る1人の若い青年だった。
可愛い顔立ちをしているが、その腰には立派な剣が差してあるから傭兵だろう。




「あ?」

ルクトは不機嫌そうに返事をしながら、その青年を殺気を滲ませた目で睨みつけていた。




「あ、人違いだったら本当にすみません。髪の色こそ違いますが、すごくその…雰囲気が似ていたので」


「もしそうだったら、俺に何か用なのかよ」


「貴方が本人であるということを認めて下さるのなら、お話したいことがあります」


青年は殺気を滲ませるルクトに物怖じする事なく、まっすぐルクトを見据えてはっきりと言った。




「その入れ墨。お前、『黒』のまとめる傭兵団のメンバーだろ?確かに俺は『赤い悪魔』だけど、俺に用なんてねぇんじゃないのか?」


ルクトが指差したのは、青年の右腕に彫られた鷹の入れ墨で、『赤い悪魔』であることを認めると、青年は顔をパッと明るくした。


「やっぱりそうですか。声をかけてよかった。自分フェイドって言います。
実はリーダーが今、治療が必要な状況なんです。
ですが、理由があって今いる場所から出られないので、貴方が護衛していらっしゃるそちらの『白い渡り鳥』様と一緒に拠点に来てほしいんです。
絶対に貴方方に手を出さないとお約束します。お願いします!」



「『黒』が治療が必要な状況でも、お前らの規模の傭兵団なら白魔道士はいるだろうが。そいつに頼めばいいだろ」


ルクトが冷たく言い放つと、青年は途端に暗い顔になって俯いた。




「やってみました。でもダメなんです」


「へぇ。白魔道士が手に負えない怪我でもしたのか。だがなんで身の危険のある根城に行かねぇといけないんだよ」


ーー白魔道士が手に負えない怪我ならば、私が治療しなければ。今いる場所から出られないと言っていたが、一体どんな状態なのだろうか。




「ルクト良いよ。私行くよ。それが仕事だし」


「ありがとうございます!」


私がそう返事をすると、青年はまた顔をパッと明るくした。





「ちょっと待て。良いか?『黒い悪魔』って名前が付くくらいの奴が組織する傭兵団の根城なんだ。

俺は何度も戦場で剣を交えているから、根城の中に行けば俺に恨みを抱くやつも大勢いるんだ。
本人以外にもそれなりに強い奴がゴロゴロいるわけ。罠かもしれないだろ?
そもそも『黒い悪魔』っていうのはだな…」


「レオンみたいな感じなんでしょ?戦場でライバルなんだよね?」


「まぁ、そうだけど」


「ここは戦場じゃないし、治療が必要な人なら私は助けてあげたい」


私がルクトをまっすぐ見据えてそう言い切ると、ルクトはため息をついて金色の髪をグシャリと掻き回した。



「…はぁ。分かった。その代わり、もし必要があれば俺は剣を抜くから、その時はお前は結界を張って大人しくしてろよ」


「うん、分かった」


フェイドと名乗った青年は、私達のやり取りをポカンとした顔で見ていた。
この青年は表情が明るくなったり、暗くなったり、ポカンとしたりと、とっても感情表現が豊からしく私の目には可愛い動物の様に映った。







フェイドに案内されたのは、街の外れの森の中にある、古ぼけてはいるが2階建ての大きな屋敷だった。
領主の屋敷と同じように、外壁にはびっしりと緑色の蔦が生い茂り、シンと静まり返った空気の中にポツンと寂しそうに建っていた。

この大きな屋敷が傭兵団の拠点ということは、『黒い悪魔』がまとめる傭兵団はかなりの大規模らしい。



「こちらです」

フェイドの先導で屋敷の中に入ると、鋭い眼光の傭兵たちが一斉にこちらを向き、忌々しげにルクトを睨んだ。


敵意を剥き出しにしてこちらを見て来る様子に、私は思わずルクトの上着の裾をギュッと掴んだ。




「これで襲ってこないって言えるのか?」


ルクトはため息まじりに隣にいたフェイドにそう言うと、彼もため息を吐いた。



「『赤い悪魔』だけなら無理ですけど、『白い渡り鳥』様がご一緒なので大丈夫です。多分」


ーーえええ!?多分って話が違うよ!『絶対に貴方方に手を出さないとお約束します』って言ったじゃん!






「おい、フェイド。こいつ『赤い悪魔』だよな」


「何でここに来た?」


「襲撃に来たのか!?俺たちが相手になってやらぁ!」

一瞬で頭に血が上ったらしい傭兵達が剣に手をかけていて、今にも私達に向かって襲って来そうだ。






「待って下さい!『赤い悪魔』はこちらの『白い渡り鳥』様の護衛です!手を出さないで下さい!」


フェイドが声を上げてそう説明すると、今度はルクトの隣で身を小さくしていた私に、一斉に視線が集中した。


私を値踏みするような、力を推し量るようなその視線はすごく不快だった。
それを察知したルクトは私をその視線から遮るように、私を広い背中に隠してくれた。





「『白い渡り鳥』…?本当かよ」

「今度は大丈夫なのかよ…」

「でも『赤い悪魔』は本物だよな。あの目つき、見たことある」


傭兵たちのヒソヒソと喋る声が嫌でも耳に入ってくる。私は何だか不安になって、治療が始まっても居ないのに、もう宿に帰りたくなってしまった。






「不快な思いをさせてすみません。こちらです。付いてきて下さい」

フェイドはそれ以上傭兵達の会話を聞かせたくなかったのか、足早に部屋の奥へと進んだ。


灰色の石で作られた壁には一定間隔で窓はあるものの、周囲の鬱蒼とした木に陽の光が遮られているので廊下は何だか薄暗い。

赤い絨毯の敷かれた廊下を歩き、やがて行き止まりの袋小路に行き着いた。





「少し湿っぽいですが、我慢して下さい」


フェイドは壁の一部分を押すと、袋小路だった床の一部がズズズ…と重苦しい音を立てて開いた。




「へぇ。隠し階段か。あいつは地下にいるのか?」


「はい。今は光を好まれないので…」


「光を好まない?」

私はフェイドの言葉に何か引っかかりを覚えながら、地下への階段を慎重に下りていった。




地下へと続く階段は、進めば進むほど暗くジメジメとしていて、壁にはぼんやりとした明かりにしかならない蝋燭が灯された燭台がある。



先が見えない廊下には、地下だから当然窓もないのだが、扉が一つもない。
この先に何があるのか不安になりながら歩けば、一つの大きな扉の前にたどり着いた。




「ここです」

ギィと重苦しい扉の開く音がした後、フェイドの後ろに続いて部屋に入って中を見渡した。

広い部屋は廊下と同様に、壁に備え付けられた蝋燭の明かりがポツポツと部屋の中を照らしているだけで、薄暗く湿っぽい。


先導してくれていたフェイドが私の斜め前に移動したので、部屋の中央部の壁側に人影があるのが見えた。
そこには男性が壁を背に凭れるように座り込んでいて、その両手は左右に開かれ、鎖で壁に磔にされいた。


顔は項垂れていて、長い黒髪が暖簾のように荒い呼吸に従って揺れていた。

上半身は何も身に着けておらず、見た感じ怪我はしていないようだ。
首から下がった銀色のネームタグが、蝋燭の明かりを受けて鈍く光って存在を示していた。





「へぇ?これは面白い奴が来たもんだ」



「リーダー。『白い渡り鳥』様をお連れしました。『赤い悪魔』はその護衛です」


ルクトは扉を閉めると中へとスタスタと歩くので、私も彼から一歩遅れて後を追った。ルクトが磔にされた男性の目の前に腰をかがめると、男性は項垂れていた顔を上げた。


黒髪の隙間から覗くその顔は疲労の色が濃い。目の下にはくっきりと隈があるのに、目はギラギラと獲物を狙うように鋭かった。

何より目を引いたのは、その目が人間離れした、限りなく白に近い青白い瞳をしていたことだった。





「久しぶりだなぁ『黒』。こいつは一体どうしたんだ。お前、こういう趣味でもあんのか?」


ルクトが目の前の男性にからかう口調で問いかけると、磔にされた男性は口元を面白そうに歪めて笑った。



「随分と久しぶりなのに、とんでもねぇ挨拶だな。お前こそどっかの将軍に殺されたって噂が流れたのに、やっぱり生きてやがったのか」


『青い悪魔』と呼ばれたレオンとの初対面は、警戒しまくって口を閉ざしていたルクトだが、この『黒い悪魔』にはある程度フレンドリーな感じの口調だ。

今回は私の護衛につけられたわけでもないし、武器も持たずに磔にされているからなのだろうか。



「俺は悪運が強いんでね。そう簡単には死なないらしい」


「俺も大概悪運は強い方なんだが、今回はさすがに困ってるよ」

黒髪の男性はため息まじりに笑った。



「で?これはどういうわけだ?お前が戦場に姿を見せなくなったって噂を聞いたが」


「サザベルの筆頭将軍のディネードに呪いをかけられてね。このザマだよ」


「呪い?」


「あぁ。相当タチの悪い呪いだ。
身体を固定しておかないと、痒くて痒くて自分を掻き毟りたくなるんだよ。
一度掻き出すと、自分の身体を傷付けるまでやるからこうして拘束してる。痒みの他にも幻覚に幻聴、色々ある」



「解呪出来ないのか?」



「解呪しようとした白魔道士は、全員失敗して同じ呪いを受けたよ。
偶然見つけた『白い渡り鳥』にも頼んだが、手に負えないと言われてね。正直どうしようもない」



「『白い渡り鳥』もダメなのか?」


私と同じ『白い渡り鳥』が手に負えない呪いってどういう意味だろうか。私達は神殿で一通り呪いの解呪を学ぶし、経験も積んでいる。

私の経験上、手に負えない呪いというものには出会ったことがない。一体どんな呪いなのか興味がある。




「診てもらったら、呪いが6種類かけられていてそれが複雑に絡み合っているそうだ。
そいつに解呪は諦めた方がいいって言われたよ」

男性は自嘲の笑みを浮かべて吐き捨てるように言って、感情の読めない表情で私を見た。



「そんでこの街に来たコイツに声をかけたってわけか」

ルクトは部屋の隅に静かに立っていたフェイドに声をかけると、彼はコクンと小さく頷いた。



「はい。そうです。別の『白い渡り鳥』様に診てもらった時は、解呪しようとさえしませんでした」


「当たり前だ。高位の白魔道士だから呪いの中身が『視える』んだよ。
そこら辺の白魔道士はそれが見えないから下手に手を出して、解呪に失敗するんだ。止めようとした時にはもう手遅れだったがな…」


苦々しげに言っていたフェイドの言葉を『黒い悪魔』が説き伏せた。

この傭兵団の白魔道士は、リーダーであるこの男性を助けようと命がけで解呪しようとして失敗したんだろう。


ルクトは立ち上がると、隣にいる私を見下ろした。




「解呪出来るか?」



「ちょっと失礼」


私は膝を地面につけて男性の首元に手を当てて魔力を込めると、目の前に複雑に絡み合った6匹の赤黒い大蛇のが、鋭い牙を剥き出しにした大きな口を開けて襲って来た。


あまりの恐ろしさに思わず魔力を込めるのをやめた。




「これは…」


「どうした?解呪出来そうか?」


「何とも言えない。解呪出来るかはやってみないと分からない」



かけられているのは、6種類の呪いを1度にかける『六蛇むじゃの呪い』という、呪いの中でも最高レベルのものだ。


今まで『六蛇の呪い』は解呪したことはあるが、今回の呪いは恐ろしさが桁外れに違う。


この呪いをかけた術者は、黒魔法の適性がおそらく100に限りなく近い。
そんな高レベルの呪いの解呪をするには、相手と同じくらいか、相手以上の白魔法の適性が必要になる。


きっと私の白魔法の適性よりも、相手の黒魔法の適性の方が高いだろう。

解呪に失敗すれば私もその呪いを受けることになるし、簡単に解呪出来ると答えられなかった。



でも…。




「解呪してみましょうか」


「出来るのか?失敗すればあんたもタダじゃすまねぇけど」


「無理して解呪する必要ねぇぞ。別に依頼されたわけじゃないし」


「この呪い、解呪出来るって自信を持って言える人を見つけるのは難しいと思う。
それに出来るとしたら多分私しかいないと思うよ。時間はかかるだろうけど、解呪できる可能性はあるよ」


私がそう言うと、目の前の男性は少しだけ安心した様に小さく笑った。





「そんじゃあ、あんたに解呪を頼むよ。解呪できればきちんと礼をさせてもらうから」


「解呪できたらその話をして下さい」

私は改めて男性の前に座ると、彼の首元に手を当てて目を閉じて意識を集中した。






呪いの世界に入ると、6匹の赤黒く長い大蛇が私を取り囲んで今にも襲い掛かりそうに、長く赤い舌を出してシューシューと威嚇の音を出している。

大蛇の胴体は毛玉のように複雑に絡み合って、丸く固まっている。
この絡まりを1つ1つ解いて、弱点を探して蛇を退治しなくてはならない。



「凶悪な顔をしているし、おっきいな…」

今までに解呪したことのあるこの呪いの本体は、6匹の蛇というのはどんな術者でも共通なのだが、その長さはマフラーくらいだったり、子供くらいの大きさだった。


この呪いの本体のイメージは、術者の黒魔法の適性の高さで蛇の姿が凶悪になる。

目の前にいる大蛇は、私くらい簡単に丸呑み出来る程の大きさだ。恐怖心を抱くような大蛇だし、時間のかかりそうな解呪は初めてだ。





ふぅ、と1つ深呼吸をして、蛇への恐怖心を抑え込んだ。

私は取り囲んだ蛇の上を踏みつけて丸く固まった胴体に近付くと、手頃な場所に出ていたしっぽを掴んで絡まりを解きはじめた。



蛇が私に噛みつこうとするので、防御の結界を張るイメージを作ると、きちんと結界は張れたらしく蛇は結界に体当たりを始めた。
術者の黒魔法の適性は私の白魔法の適性より高いから、いずれ結界は壊れてしまうはずだ。


そうなる前に1つでも多くの絡まりを解き、蛇を退治しなければ。



私はのたうつ大蛇の尻尾を力任せに掴んでは、時折尻尾にビンタを入れながら作業を始めた。



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