天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第9章 新たな関係

11.呪いの解呪

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解呪を始めたシェニカは、目を閉じて微動だにしない。
まだ始まったばかりだと言うのに、その表情は苦しそうで汗が滲み出していた。



「なぁ。お前、この『白い渡り鳥』とどこで出会った?」


『黒』は、自分の目の前に座るシェニカに視線を固定したまま俺に尋ねた。





「ウィニストラとの戦場になった平原で出会った。
俺もウィニストラの筆頭将軍に呪いを受けて、動けなかったところに偶然こいつが来た」



「そうか。お前も呪いを受けたのか。奇遇だな」



「お前はどうして呪いを受けた?喧嘩でも売ったのか?」



「まさか。そんな馬鹿な真似するわけねぇよ。
マードリア側の傭兵として戦場に行ったんだよ。無事に仕事が終わって街に戻る時、血の気の多い新入りがディネードの副官に食ってかかったんだよ。

止めようとしたら、ディネードが出てきて『お前がリーダーならば責任を取れ』と言われて、こっちが言い返す前に呪いをかけられた。
あいつらマードリアの援軍で来ていたのに、戦争は終わってる状況でも遠慮なしにやりやがった」


『黒』は目を閉じて深いため息をついたが、目を開けるとまた目の前のシェニカをジッと見つめていた。





暗い地下室の蝋燭を何度か新しいものに取り替えた時、傭兵団の男が扉を開けて部屋に入って来た。



「もうすぐ夜更けになります。遅くなりましたが食事を持ってきました」


男が磔にされたままの『黒』に食事の世話をしている間、俺はシェニカの顔を覗き込んだ。


シェニカは相変わらず苦しそうな顔をして、汗が頬を伝い顎からポタポタと落ちている。
治療院で呪いを解呪する時や俺と出会った時に解呪してもらった時、多少時間がかかる時はあっても、こんな風な顔をしていなかった。


それだけディネードがかけた呪いが強力だ、ということなのだろう。





「シェニカ…」

俺はシェニカの汗を布でそっと拭っていると、『黒』は面白そうに目を細め、口元だけで笑って俺を見ていた。








シェニカが微動だにしないまま丸1日経った。



「う…」


シェニカの隣に座っていた俺の耳が小さな呻き声を捉えた。
慌ててシェニカの顔を覗き込むと、苦しいのか眉を顰めたまま、薄っすらと目を開け始めた。





「大丈夫か?」


「う…ん。何とか今は大丈夫。でもまだ半分しか…」


「呪いは幾つか消えてる。痒みと幻覚、幻聴が止まった」


シェニカを見る『黒』の顔に、少しだけだが嬉しそうな色が滲んだ。





「そう、それは良かった…。少し休んで良い?」



「解呪を始めてから、もう丸1日経ってる。休め」

俺はそう言ってシェニカの肩を抱いて自分の方へ引き寄せようとすると、シェニカは首を横に振った。





「解呪の途中だからこの手は離せないんだ。ごめんなさい、『黒』さん。このまま休ませて…」


シェニカは手を『黒』の首元に当てたまま俯いた。






「もちろん構わない。『赤』、悪いが手枷を外してくれ」


言われた通りに手枷を外すと、『黒』はシェニカを抱き寄せ、胡座をかいた膝の上で横抱きにするように体勢を整えた。 





「え…?」

何が起きたか分かっていないシェニカは、眠そうな目で『黒』を見上げた。




「こっちの方が楽だろ?」


「あ、うん…。どうも」


「シェニカ、水飲んどけ」

シェニカにコップを渡すと、弱々しく受け取ってゆっくり飲んだ。




「ありがとう。じゃあ少し眠らせてね…」


シェニカはそう言ってすぐに眠りに落ちると、『黒』はシェニカの頭を引き寄せ、自分の剥き出しの胸に密着するようにした。





「そんなに殺気を出すなよ。お前とこの子ってどんな関係なわけ?」


クスクスと、からかう笑いを漏らした『黒』は俺を面白そうに見た。





「それは俺のだ」


「へぇ。それはそれは。悪いことをしたな」


「今回だけは大目に見てやるが、次は許さない」


俺がそう言うと『黒』は面白そうに口元を歪めて笑った。




シェニカの寝息だけが響く中、『黒』は愛おしげにシェニカを見下ろし、黒髪を丁寧に撫で始めた。

その動きがくすぐったいのか、シェニカは身じろぎするように『黒』の胸に頬をすり寄せた。
俺はその仕草を甘受している『黒』が許せなくて、今すぐに引き剥がしたい激しい嫉妬の炎がメラメラと燃えだした。








「ん…?」


眠ってから数時間後。シェニカは目を覚ましたらしく、ゆっくり顔をあげて不思議そうに『黒』を見ていた。




「あ…れ?えっと?」


「おはよう」


『黒』は腕の中にいるシェニカを嬉しそうに見つめると、シェニカは慌てて身体を起こそうと身を捩り始めた。



「おはよう、『黒』さん。私、くっついてたみたいでごめんなさい」


「いや、別に謝ることないよ」


シェニカは首元に手を当てたまま『黒』の膝の上から下り、目の前に座り直した。




「大丈夫か?」

熱を帯びて見つめる『黒』の視線から遠ざけようと、俺はシェニカの頬に手を伸ばして視線を合わせた。
まだ少し眠そうだが、シェニカの目には解呪へのやる気が灯っていた。



「うん。大丈夫。じゃあまた解呪やってみるね」

シェニカはそう言うと、すぐに目を閉じて意識を集中しだした。








それからしばらくすると、部屋の扉が重苦しい音を立ててゆっくりと開いた。



「解呪はどんな感じなんでしょうか?」



「痒みと幻覚、幻聴が消えた。あと半分残ってるが、一生懸命解呪しようとしてくれてるよ」



「本当ですかっ!?みんなに知らせて来ます!」


様子を見に来たフェイドに『黒』がそう教えると、飛び上がる様に喜んでいた。




『黒』の組織するこの傭兵団『黒鷹』は、この街だけでなく世界各地に傭兵団の拠点を持っていて、どの街の拠点も、リーダーであるこいつを頂点にクセのある連中がよく統率されているのが特徴だ。


それが出来る1番の要因は、社交性と統率力のあるこいつを全員が尊敬し慕っているからだ。

個人行動の俺には出来ない芸当だが、こうして近くで見ていると、こういうのも悪くないなと思えた。





「お前、少し寝ておけよ。心配なのは分かるが、お前まで睡眠不足になる必要ないだろ?」


「じゃあ少し目を閉じてるが、こいつに変なことするなよ」


俺があくびをしているのを見た『黒』は、苦笑しながらそう言ってきた。こいつがシェニカに何かしないか不安だが、眠らないと流石に辛いものがある。




「呪われてる状況で何もしねぇよ」




 


2人から離れて壁にもたれかかって目を閉じていると、いつの間にか少し眠っていたらしい。
どこかでピチャ、ピチャと湿った音がしているのに気付いて目を開けた。



部屋の中には俺たち3人しか居なかったが、湿った音はずっと聞こえている。
音の出所を探ると『黒』とシェニカのいる場所だったので、飛び起きて気配を消し、『黒』の背後から近づいた。


いつもなら気配に敏感な『黒』が俺の存在に気付くことなく、短く息を吐きながら、夢中で目の前に座るシェニカの頬や首筋、耳を舌で舐め回していた。

目を閉じたままのシェニカは時折嫌そうに顔を歪めて身をよじるが、すぐに『黒』が顔を挟み込むように両手を頬に添え、また舐め回すということを繰り返していた。





「おい、何してる」


「なんだ。もう起きたのか?喉は渇くし、目の前に美味そうな女がいるだろ?
お前のだって言うからこの程度で我慢してるんだ。そうじゃなけりゃとっくに最後までやってる。大目に見ろよ」

殺気を滲ませて声をかけたが、『黒』はたじろぐことなく俺を睨み返した。




「見れるわけないだろ。離れろ」


「まぁそう殺気立つなよ。これも呪いの1つなんだから」

ペロリと舌で唇をなぞりながら俺を見る『黒』の青白い目は、黒い瞳孔が縦に細く見えてまるで蛇の様だった。










解呪が始まって2日目。
シェニカは食事は取らず水だけを飲み、『黒』の胸にもたれかかって数時間眠り、そしてまた解呪を試みていた。

解呪のためには仕方がないとは言え、目の前でシェニカを膝の上に乗せる『黒』を見るのは腹立たしかった。

しかも呪いの影響だといっていたが、『黒』はシェニカが眠っている時も解呪している時も、隠そうともしない欲情のままに、シェニカの顔を舐めていた。


その度に俺が止めるものの、『黒』は邪魔をする俺を射殺すような、戦場で感じるような本気の殺気を浴びせてきた。





「この子、シェニカって言うんだ?」


「それがどうした」


「なぁ、この子。俺にくれない?お前の分まで大事にしてやるからさ」


「断る」


「良いじゃないか。お前はケチだな」



解呪が進むにつれ、『黒』の呪いの影響は無くなっていくが、シェニカへの執着は消えない。
それどころか、呪いが1つ解呪されるたびに、残った呪いの影響が色濃くなり、邪魔しようとする俺を近寄らせないように、赤黒い結界のような硬い膜が2人を取り囲んだ。



「シェニカ。可愛いな。俺と同じ黒髪、甘くていい匂い…」


膜に阻まれて邪魔を受けなくなった『黒』は、俺の目の前で堂々とシェニカの身体に触れ始めた。

黒い髪を一房掴んで、顔をシェニカの耳元に近づけて匂いを嗅いでキスを落とし、うっとりとした表情でシェニカを見つめる。




「お前いい加減にしろ!こいつに触るなって言ってるだろっ!」



「身体はこんなに柔らかくて気持ち良いんだな。なぁ、お前はもう抱いた?俺にも抱かせろよ」



「ダメに決まってんだろうが!」


赤黒い膜に思いっきり殴りつけたり魔法をぶつけるが、まったく効果が見られない。

『黒』はシェニカの身体を抱き締めて、全身を服の上から確認するように、ゆっくりとした手付きで触り始めた。
ローブを脱がせ、シェニカの服のボタンをいくつか外してはだけさせ、そこから手を入れて下着の上から胸を弄りはじめた。




「…っはぁ。可愛いな。今すぐ俺のものにしたい。胸は柔らかくてあったかくて、気持ちがいいな」


シェニカのズボンの中に手を入れた時、シェニカは聞き取れないほどの小さな声を上げた。


ズボンに入れた手はそのままに、『黒』はシェニカの耳や頬を舐めていたが、その内、うっとりした表情を浮かべて唇を合わせた。





「てめぇ……!!」


嫌そうに顔をそむけようとするシェニカの顎を掴み、湿った音を立てながら舌を絡めている。

俺が我慢に我慢を重ね、人目を忍んでしていることを目の前でこれ見よがしにされると、俺の中で嫉妬と憎悪の炎が一気に噴出した。




「はぁ…。キスも甘くてたまんねぇ…。なあ、俺に譲ってくれよ。シェニカが欲しくて堪らないんだよ」



「譲るわけないだろ!」



「そう。んじゃこのままここで抱いちゃおうかな。
今なら呪いの影響の一言で済ませられるし、初めてっぽいから優しくするし。なぁ良いだろ?」



「シェニカに手を出すのは呪いの影響じゃねぇってことか!?」



「呪いの影響は自分でもびっくりするこの異常な執着かなぁ。でもそれ以外は俺の元々のものだ。
考えてもみろよ?誰もが匙を投げるこの呪いを、こんな可愛い子が危険を顧みることなく解呪してくれてるんだぜ?
俺のためだけにこんなに身体を張ってくれてるって思ったら、とっても愛おしく思うだろ?

好きになるのも仕方ないって。
お前が先に出会っただけなのにさ。俺にもチャンスをくれてもいいだろ?何だったら、俺とお前の共有でも良いけど」




「ふざけんな。お前、良い加減にしろっ!」


俺の叫びを聞きながら、また唇を合わせた『黒』は音を立てながら舌を絡ませていた。

膜に阻まれている俺はその様子を見ていることしか出来なかったが、シェニカの身体が一瞬グラリと揺れたことに気付いた。





ーーーーーーーーー





「はあはあ。ようやくあと1匹になった。何でこの蛇、私に懐くのよ。私、蛇は苦手なの!」


私は1匹ずつ違う蛇の弱点を探し、見つけるとそこに目掛けて浄化の魔法を流し込んで、順調に蛇を退治していたのだが。
最後の1匹の蛇がやたらと私にすり寄ってきては、顔を舐めたり、身体に巻きついてきたりする。


その1匹の弱点がなかなか見つからず、私はとっても困っていた。


退治した5匹の大蛇は、赤黒く長い胴体の中で1ヶ所だけ違う鱗だったり、眉間の間にある色の違う鱗だったりと、鱗の色の違うところが弱点だったが、最後の1匹はどこにも色の違うところが見つからない。





「ひゃあっ!ちょ、ちょっとどこに巻きついて…っ!」


蛇が私の足元から這い上がり、足の間をニュルリと身体を押し付けながら移動して私の顔の真横まで来た。

長い舌をチロチロと出している蛇をまじまじと正面から見ると、どこかで見た様な色素の殆どない青白い瞳に細長い瞳孔が私を見ていた。





「ちょっと…。やめてよ!蛇は嫌いなの!」


大蛇はチロチロと舌を出し、胴体に巻き付かれて動けなくなった私の頬を舐めている。
何故か嬉しそうにしているのが伝わって、私は逃げ出そうともがいたら余計に身体に纏わり付かれた。






「あ!あー!見つけたっ!」


蛇が一度大きく口を開けて長い舌で私の耳を舐めようとした時、蛇の上顎の内側の横端に白い部分が見えた。
私は見つけた瞬間声を上げると、蛇は耳から離れて私の顔の正面に来て、嬉しそうに目を細めて私の唇を舌でチロリと舐め始めた。

どうにかして口の中に浄化の呪文を流し込みたいのに、身体が動きづらくてなかなかタイミングが掴めない。




「ちょ!やめっ!んぐっ!」


どうしようかと悩んでいると、唇を舐めていた蛇の舌が私の口の中に押し入って来た。




「ん、んぐっ!くるしっ!あ、う!」


私の苦しそうな声が嬉しいのか、蛇は私の舌に舌を絡めて優しく引っ張る。

苦しくて、蛇を遠ざけようと両手で蛇の身体を押すが全く離れる様子もない。
次第に呼吸が上手く出来なくなって、意識が朦朧としてきた。



蛇の身体全体がニュルリと大きく動き、私の足の付け根にグッと強く身体を押し付けてくると、下腹部になぜか激しい違和感と痛みを感じた。


舌の動きと身体の動き、よく分からない下腹部の痛みと違和感に、私の頭の中でブチっと千切れる音が朦朧とした意識の中でもはっきり聞こえた。





「こんの蛇野郎っ!いつまでも調子に乗ってんじゃねぇよ!!離れんか、ボケェっ!!」


私の右手にかつてないパワーが漲り、歯で蛇の舌を噛むと、私は不自由な身体を精一杯動かして蛇に右ストレートをお見舞いしていた。

蛇は不意打ちだったのか、はたまた無意識に浄化の呪文を流し込んでいた拳が偶然弱点に当たったのか分からないが、蛇は見事に殴り飛ばされ灰色の煙を立ちのぼらせながら消えていった。







「はぁ、解呪終わったよ…。あれ?」

私が目を開けた時に入ってきたのは、何故か床に倒れ込んで気絶している『黒』さんと、呆然とした表情で私と『黒』さんを何度も見ているルクトだった。



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