天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第11章 天使と悪魔が交わる時

1.2人らしい告白

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私達は早朝に馬を借りてリズソームを後にし、その日の夕方には『黒鷹』の拠点のあるヤンゴートに戻って来た。
傭兵団の屋敷のダイニングに通されると、私とルクト、シューザと『黒鷹』の幹部、フェイドが集まった。


「今回はうちが迷惑かけてばかりですまなかった。特にシェニカには頭が上がらん」

シューザはそう言って私とルクトに深々と頭を下げた。それに続く様に、他の人達まで同じ様に頭を下げて来た。


「ううん。フェイド達も良く働いてくれたよ。ありがと。ほらほらみんな顔を上げて」


「いいえ。自分らは何も出来ませんでした」


「今回の件で、俺達は自分らの無力さを痛感しました。もっと強くなれる様に精進します」

私の呼びかけに一度は頭を上げたフェイドとラルベッドだったが、悔しそうに顔を歪めてもう一度頭を下げた。この様子だと、ここには居ない護衛をしてくれた3人も、同じ様に自分を責めていそうだ。

下手にフォローの言葉をかけても、余計に追い詰めてしまいそうだから、何も言えなかった。



「お前は早馬で戻れて良かったな。あの後、俺も早馬で帰ろうとしたが、野営地の早馬が全部出払ってしまってたよ。
仕方ないから普通の馬でここに帰って来たが、途中で馬がバテちまったから、思ったほど早く戻れなかったよ」

重苦しい空気を断ち切るように、シューザがお手上げとばかりに両手を挙げて喋り出すと、少しだけ空気が穏やかなものになった。


「そうなのか。俺の借りた馬は、早馬の中でも足が速い奴だったから助かったよ」


「ルクト、早馬で来てくれたの?」

シューザとルクトの会話で、私はルクトがわざわざ遠くから早馬で駆けて来てくれたと、この時初めて知った。


「フェイドからの手紙を見たこいつは、戦いが終わってそんなに時間が経っていないのに、次の戦場に行くみたいな感じで血相を変えてリズソームに向かったよ。
フェイドの報告だと、最低限しか休みを取らなかったみたいだしな。戦場にいる時よりも速かったんじゃないか?」


「うるせぇよ」


「くくっ!相変わらず素直じゃないねぇ。だいたいのことしか報告を受けてないから、シェニカからも話を聞いて良いか?」




私やルクト、フェイドから話を聞いたシューザは私を心配そうな顔で見た。


「いかに『白い渡り鳥』が優秀だとしても、そんなにまでして神殿が介入してくるとはなぁ。結婚しようが、子供がいようが御構い無しなんだろ?」


「そうみたい。ずっと『贈りもの』が来るだろうって言ってた」

シューザに改めてそう言われると、これから先の旅が不安になった。
裸財布の言葉を思い返すと、ルクトが居るとそう簡単には近寄れないみたいだから、彼が居てくれるのならきっと大丈夫だろう。

でも、ルクトは戦場に戻る日が来てしまうのではないだろうか。

今回、彼が戦場に戻ったことでルクトが離れてしまう未来が現実味を帯びた。いつも隣で私を守っていてくれた人が居なくなるというのは、とてもつらくて悲しい。


そして、恋が破れる日が一歩一歩近づいている足音が聞こえてきそうで、私は耳を塞ぎたくなった。


「普通の護衛ならランクAやSでもどうにかなるが、シェニカの護衛はそれじゃ力不足だな。
かと言って、こいつ並みのランクとなると見つけるのは難しいな。
見つかったとしても、そいつが護衛を引き受けるか微妙だし、こいつと上手くやれるかが問題だからなぁ『青』はどうなんだ?しばらく一緒に居たんなら頼めないのか?」

シューザがそう提案すると、ルクトは首を横に振った。


「あいつは今コロシアムを優先にしているが、そのうち戦場に戻るはずだ。もし頼めたとしても越境して目的地まで行く程度の短期間だけで、長期間護衛をしているとは思えない」


「まぁ、そうだろうな。護衛を長期間やるランクSSの傭兵なんてそう居ないだろうな。うちの傭兵団もランクSSの奴は長期間の護衛は引き受けないもんな」

ルクトやシューザの言う通り、私の護衛をしてくれる人をランクSSの傭兵に頼もうと思っても、そう簡単には見つからない。
出来れば戦場に戻るルクトにくっついて、私も移動して治療院を開きたいと言いたくなるけど、それじゃあルクトのお荷物にしかならないだろう。


「しばらくは俺1人でも大丈夫だろ。元副官なんて滅多に寄越さないだろうし、元将軍が出てくることはないだろうし」


「でも。あの人、神殿から要請を受けてマードリアの軍を退役した元副官なんでしょ?あの人以外の元副官が来たり、退役した将軍がこっちに来たりしない?」

一般兵士が退役すると傭兵になったり、家業を継いだり、商売を始めたりしているのは治療院の患者とした来た元兵士との話で知っているが、副官や将軍という高い身分と能力のある軍人が退役した後のことなんて、そういう人達と関わらない私は全然知らない。

私の問にシューザが答えてくれた。



「普通の軍人なら大して問題はないんだが、副官や将軍となると、退役しても有事の際には優先して徴兵されるんだよ。
だから退役後も居場所や仕事は軍部が把握していて、長期間国外に出ることを軍が許すことは殆どない。
能力が高い上に国防の機密情報を扱っていた以上、そいつらが傭兵になることを禁止している国がほとんどだしな。
だから、そういう高い地位にいた奴は、国内で後進の指導をする仕事をしていることが多くて、世界中を旅する『白い渡り鳥』や旅商人といった者達の護衛なんてしないんだ」


「だから、元副官をお前の護衛に押し付けてきたのは稀なことなんだよ。
普通なら許可しないことをこの国の軍部が許したのは、少しでもマードリアの元軍人を遠ざけたいと思ったサザベルの軍部の意向が入ったからだと思う。
だから、元副官以上の奴がこうして来ることはそうあることじゃない。もしあったとしても、俺がなんとかするからお前は安心してろ」


「うん…」


「それにしても、シェニカは神殿と決別して良かったのか?『白い渡り鳥』って神殿と関わってるだろ?今後ちゃんとやっていけるのか?」


「問題ないよ。元々私は『白い渡り鳥』になった時から神殿に近づかなかったし、仕事も神殿とは独立してるからね。
あんな要らない護衛が贈られても邪魔なだけだし、神殿とはもう関わりたくない」


「確かにな。今回の事で俺達も神殿を見る目が変わったよ。それで、明日ここを発つのか?」


「うん、ごめんね。1泊させてもらって」

今回の件で、シューザを始めとした『黒鷹』の人達は、謝罪だと言って私とルクトを1泊させてくれる話になっていた。
特にシューザやフェイド達から何か迷惑をかけられたわけじゃないからと断ったのだが、結局押し切られてしまった。


「うちらが迷惑をかけたんだし、これくらいは当然だ」



夕食を食べ終えた私とルクトは、シューザに用意してもらった客室に移動した。
客室は私がシューザの解呪の後に使わせてもらった部屋とは別の部屋で、ベッドとソファ、ローテーブルがあるだけの飾り気のない部屋だったが、どの家具も使い心地の良い上等なものが選ばれている。ここに綺麗なお花や豪華な絵画でも飾ってあれば、高級宿の一室になっていそうだ。



「俺だ。ちょっと良いか?」

お風呂を済ませ、ルクトにお礼を言おうと思っていると、扉がコンコンとノックされ彼の声が聞こえた。


「ちょうどよかった。私もルクトの部屋に行こうとしてたんだ。入って入って」

結界を解いてルクトを部屋に通すと、ソファを勧めたのに、ルクトは治療院にいる時みたいに壁にもたれるように立ったままだ。
私はルクトに向かい合うためにベッドの縁に座った。


「ここで襲ってくる奴はいないだろうが、念のためいつもの結界張っとけ」


「うん」

私は頷いて結界を張った。



「疲れてるのに早馬で来てくれたんだね。街に着いてすぐまた戦わせてごめんね」


「大して疲れなんか感じてなかったから、気にする必要はない。お前にもらったコレ、役に立った」

ルクトは静かに左手の人差し指に嵌った指輪を見た。
私もその視線につられて指輪を見ると、指輪についている石が、白色から透明に近い薄い白色に変わっている。


「色が変わってる。魔法を補充しておくね。治療の魔法は昨日の戦いの時に使ったの?」

私は彼の大きな手を取って、指輪の宝石に治療魔法をかけて補充した。


「あぁ。大した怪我じゃなかったが、こいつのおかげで小芝居が出来たんだよ」


「小芝居…?」


「痛みに思わず剣を落とすって小芝居。傷はすぐに塞がるから本当は痛みなんて一瞬だけだったんだけどな。おかげで相手を油断させられた。コレがなかったら、あいつを倒すのにもっと時間がかかっていたと思う」


「そっか。役に立ったのね。ルクトに大きな怪我がなくて良かった」


「滅多にデカい怪我なんてしねぇよ」


「ルクトは強いからそう簡単に大きな怪我しないって分かってるけど、それでも心配だもの」


「心配かけてすまんかったな」

 
ルクトは私の前に来ると、手を引いて立たせて私を抱きしめた。

一瞬の出来事でビックリしてしまったけど、ルクトの存在をこんな風に直に感じられることがとても安心できることに気付いて、そのまま大人しくしておいた。



「今回離れて分かった。お前は俺のそばを離れるな。離れると落ち着かねぇし、ロクなことにならない」


「うん…」

ルクトの言葉が嬉しくて、私は彼の広い背に腕を回して服をギュッと掴むと、ルクトも抱きしめる片腕に力を入れ、もう片方の手を私の頭の後ろに添えて、密着させるようにもっと抱き寄せてくれた。

私の顔はルクトの胸の位置に来るので、服越しでも分かるルクトの硬くて厚い胸板に顔を埋めることになった。


ーーあ。この洗濯物を気持ち良く干した時の匂いだ。これ、どっかで嗅いだなぁ。


呼吸をした時、私はルクトから香るその匂いに思い当たった。

主従の誓いを結んでいた時、時折感じた洗濯物の良い匂いだ。
あの時はルクトから香るなんて気付かなかったけど、ちゃんと私にも誓いの効果はあったんだと今更気付いた。


「なぁ。俺のこと好きか?」


「え?」


ルクトの突然の質問について行けず、彼の顔を見ようとした。
でもルクトは私の頭の後ろに回した手にグッと力を入れて胸に押しつけたので、顔を見ることは出来なかった。


「俺のこと好きか?」


「え?なんで?」


「良いから質問に答えろ」

なぜかルクトは有無を言わさない声だ。急な話の転換に私の頭はついていけていない。


「え?あ…。嫌いじゃない…けど」


「好きか嫌いかはっきり言え」


「好き…だけど」


なんでこんな風に告白する流れになっているんだろうか。
ルクトの強い口調に思わず「好き」と言ってしまったが、私の頭の中は恥ずかしさや困惑と言った感情でゴチャゴチャしている。


「俺と恋人として付き合いたいか?」


「え?ええっ!?」

話の展開に完全についていけなくなった私は、どういうことかと尋ねたくて顔を上げようと身を捩るものの、ルクトは私の頭の後ろに添えた手でまた胸元に強く押し付けた。



「嫌か?」


「え、嫌じゃないけど…。なんで?今回の件で同情してそんな風に言ってたりする?主従の誓いの影響とか?」


「同情でも誓いの影響でもない」


「それじゃ…。ルクトは私のこと好き?」

同情でも誓いの影響でもないのなら、ルクトがどう思っているのか聞きたい。私はルクトが好きだけど、彼は私のことをどう思っているのか全然分からない。


「好きじゃねぇとこんなことしねぇし、言わねぇよ。それで返事は?」


『好き』と言ってもらえたことが飛び上がるほど嬉しくて、首を一生懸命動かしてルクトの顔をチラリと見上げれば、彼の耳と微かに見えた横顔が赤くなっていることに気付いた。
思いがけずルクトの人間らしい一面が見れて、私は凄く嬉しくて面白かった。



「本当に私で良いの?私、ルクトの自由を奪ってたんだよ?恨んでない?」


「まぁ確かに最初は脅迫だったけど、俺はずっと自由だったよ。自由に出来なかったのは、髪を染められないのと戦場に行けなかったことだが、それは些細なことだ。
それに今回戦場に戻って満足したから、お前のそばから離れることはない」


「え…?それって戦場には戻らないってこと?将軍への復讐はもう良いの?」


ルクトの言葉に驚いて、私は思いっきり顔を上げると頭を抑えていたルクトの手が外れた。私を見下ろす彼は、穏やかな表情ではなく鋭い目をした『赤い悪魔』の顔だった。


「バルジアラへの復讐心は褪せる事なく残ってる。でも、それよりもお前の方が心配なんだよ。
神殿と決別したとはいえ、今回の奴お前に贈り物してくるんだろ?
お前が他の男のものになるのは嫌なんだよ。だから戦場には戻らない。戻っても、お前の事が気になって落ちつかねぇし。んで、どうすんだ?いい加減返事をしろ」

ルクトは鋭い目のままで私にそう言って、口でも目線でも早く返事をしろと急かしてきた。
殺気こそ滲んでいないものの、その睨んでいるかのような鋭い目で見られると、ちょっと怖い気がしてきた。

だから込み上げてくる恥ずかしさを必死に抑えながら、顔をルクトの胸元に向けて目を閉じて口を開いた。



「えっと…。私、ルクトが好き。だから。その…。こっ、恋人として付き合って下さい…」


「付き合ってやるよ」

どうにもならないほど恥ずかしくて、だんだん小さくなる声を静かに聞いていたルクトは、聞き終えるとそう短く言って、私をもう一度強く抱き締めた。

そして再び顔を上げると、そこにはもう『赤い悪魔』ではなく人間味のあるルクトが居た。



「ルクト、顔赤~い」

ルクトの顔は私に負けないくらい赤くなっていた。


「うるせぇ。仕方ねぇだろ。こんなことに耐性なんてねぇよ」

私がそう言ってからかうと、ルクトは慌てたようにそっぽを向いたが、ルクトのその言葉に私は首を傾げた。


「耐性ないってどういうこと?」


「好きな女が出来たのは初めてなんだよ」


「え?そうなの?だってルクトは有名だから、出会いとかありそうじゃない」


「前にレオンも言ってただろ?近付いてくるのはスパイか暗殺者だって。だから他人に興味なんて持たねぇし、そういう相手なんざ作る気にもならねぇんだよ」


「でも娼館には通ってたんでしょ?馴染みの人とかいなかったの?」


「なんで俺の娼館事情なんて聞きたいんだよ」


「だって…。前にルクトが好き過ぎて娼館で働くの辞めて傭兵になったおねーさんがいたでしょ?
あの人、すっごく綺麗だったし、色っぽかったし。そんな人が好意を寄せてくれたのに、なんで好きにならないのかなって」

私がそう言うと、ルクトはガシガシと物凄く荒い手付きで自分の赤い髪を掻きむしった。



「あ~…。娼館には性欲処理と、戦場で昂った精神と身体を落ち着かせるためだけに通うんだよ。
いちいち顔とか覚えてねぇし、名前とか聞きもしねぇ。
初めて会う相手にその場で好きだとか言われても、暗殺者かと疑って2度と行かねぇよ。だから極端な話、どんなに人気がない相手でも構わねぇってことだ」


「そうなんだ…」


「もっとも、お前と出会ってから全く行ってねぇし」


「そうなの?」


「お前の結界は信用できるが、なにせ宿の部屋の近くにゴロゴロとお前狙いの奴がいるからな。そいつらが何をしでかすか分からないから、行く暇すらねぇよ」


「そ、そうだったの?」

そんな話、初めて聞いた。今までの護衛の人もそんなこと言ってなかったけど、前からそうだったのだろうか。



「どこの街でもそうだ。流石にお前を恩人と思っているここじゃ、誰もしないがな。それでだ。これからお前は俺のもんだから、他の男に目移りすんじゃねぇよ」


「ルクトがずっと側にいるのに、そんな隙があるわけないじゃん」

強くて優しくてかっこいいルクトが側に居てくれたら、私はきっと彼以外の男性に目移りする隙なんてないだろう。



「それもそうだな」

ルクトは笑ってもう一度私を抱き締めると、額飾りとルクトから貰った髪留めの上に軽くキスをして部屋に戻って行った。




閉まった扉の前で、私はヘロヘロと腰が抜けてしまった。


「はぁ。まさかルクトと恋人になれるなんて…。本当?夢じゃない?これで夢だったら、私、ずっと夢の世界にいたい」


私はそう言いながら頬っぺたを何度もムギュッと抓ったが、痛いばかりで目が覚めない。
どうやら現実の話らしい。

腰が抜けたまま、しばらくにやけ顔で蹲っていた後、何とか足に力が入るようになった所でベッドに横になった。



「ル、ルクトと恋人だなんて…。明日からどんな顔して会えば良いのかな?なんか嬉しくて今夜は眠れそうにないや」


私はベッドの上でドキドキする胸の高鳴りを抑えられないまま枕を抱きしめながら、深夜まで眠れなかった。


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