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第19章 再会の時
5.ポーカーフェイスの胸の内
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■■■前書き■■■
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
頂いた応援は更新の励みになっております。
今月で連載6年目に入りました。更新を続けられるのも、読んで下さる皆様のおかげです。これからも頑張って更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。m(_ _)m
今回はファズ視点→シェニカ視点となります。
■■■■■■■■■
「はじめまして。ローズ・エルシニアです」
「ディスコーニ・シュアノーです。お会いできて光栄です」
テラスに出ると、自分はディスコーニ様の後ろに立った状態で控えたが、正面に座るローズ様のプレッシャーがすごい。別に怒っていらっしゃるわけではないのだが、その独特な存在感は自国の国王陛下や、他国の国王を前にした時と似たところがある。それはディスコーニ様も同じのようで、緊張しているのが纏う空気から伝わってくる。
独特の空気とディスコーニ様の緊張は、胸元に潜んでいたユーリにも伝わったようで、上官の背後に回り込んで腰のポーチに避難していた。
ーー国を訪問して下さった『白い渡り鳥』様達を前にした時も、粗相をしないよう気を引き締めるが、こんなに緊張する方はいない。
神官長から話を聞く時、ローズ様に恐れおののいているのは、戦場で感じるような重々しいプレッシャーを経験したことがないからではと思ったが、無抵抗が強いられる今の状況に比べれば、戦場の方が動ける分だけマシだと思える。
「今回のトラントとの戦争において、シェニカはディスコーニ様に大変お世話になったと聞きました。あの子の師として礼を述べさせてください。ありがとうございました」
「私はシェニカ様に助けて頂きましたし、彼女を守るのは当然のことです」
ローズ様は感謝を述べて頭を下げられたが、雰囲気が和らぐことはなく、視線も決して穏やかではない。重苦しい空気と圧力を直に受けるディスコーニ様の方が辛いはずなのに、ただ後ろにいるだけの自分がすぐに去って、胸いっぱいに新鮮な空気を吸いたくなる。
「単刀直入で申し訳ありませんが。ディスコーニ様はシェニカのことをどう思っていらっしゃいますか?」
「いまは友人という関係ですが、私は彼女をとても恋しく、愛しく思っています。これから先、私は彼女を支えながら生涯を共にしたいと思っています」
「それは配偶者になりたいということですか?」
「願わくば夫と呼ばれる存在になりたいと思いますが、手続き上の配偶者にこだわりません」
「では伴侶となっても良いと?」
「はい」
「伴侶と配偶者だけが夫や妻と認識されますが、正式な夫となっていた方が色々と便宜も図られるでしょう。なぜ配偶者という立場にこだわらないのです?」
「私は彼女が『白い渡り鳥』様だから愛しているわけではありません。シェニカ・ヒジェイトという女性と結婚したいので、彼女との結婚に伴う利益などは関係ありませんし、欲しいとも思いません」
「では、あの子が他の男性を望んでも、受け入れる覚悟はありますか?」
「もちろんです。彼女が決めた相手であれば、民間人であっても、どこかの王族や貴族であっても、私の上官でも自国他国の将軍であっても。受け入れる覚悟は出来ています」
「そうですか。失礼ですが、ディスコーニ様の本心を知りたいので、強制催眠をかけてもよろしいですか?もちろん、機密を扱うお立場だと分かっております。困る質問があれば、腹心の方に強制催眠を解除して頂いて結構です」
「分かりました」
えっ!そんなのダメですよ!
いくらローズ様の希望だろうと、軍の機密を知るディスコーニ様に強制催眠だなんて! この場にバルジアラ様が居たら、ローズ様相手であろうと絶対に許可しませんよ!
そんな風に戸惑う自分が間違っているかのように、ディスコーニ様は悩むこともなく、あっさり承諾された。
「ではこれから問う質問に素直に答えなさい」
素直に強制催眠をかけられたディスコーニ様に、ローズ様はより一層厳しい視線を向けた。
「貴方様はシェニカのことをどう思っていますか?」
「彼女は私が心から愛する唯一の女性です。笑顔が素敵で、真面目で、誠実で、天使のような慈愛に満ちた優しいところに惹かれました。治療をしてもらった時に恋に落ち、鍾乳洞で一緒に過ごす内に彼女をもっと知って。出会ったばかりだというのに、私の想いはあっという間に愛に変わりました。運命が導く相手と出会えばこうなるのかと、言葉に表しきれない喜びを噛みしめています。
彼女に好きだと言ってもらえると、すごく嬉しくて、とても幸せになります。一緒に過ごせる時間は短いですが、私の気持ちがもっと伝えられるように、彼女にたくさんの言葉で伝えることはもちろんですが、心も繋がるように手を繋いで、抱きしめて、キスをしたいです。キスをした時、彼女の照れた表情や感じる唇の弾力、服越しに伝わってくる体温と柔らかさには、とてもドキドキさせられて…。離れたくない気持ちでいっぱいになります。
私は愛し合うことに知識も経験も技術もありませんが、どのタイミングで、どういう言葉で誘えば良いのでしょうか。そもそも、恋人という形に関係が変化しなければ、してはいけないのでしょうか。私は関係性にこだわりはありませんが、彼女が気にするなら、もう少し2人の気持ちを育ててからになりそうですが…。初めて一夜を過ごす時を想像するだけで胸がドキドキして、恥ずかしいような、照れくさいような、心が沸き立って身体もムズムズしてきます。
初めて一緒に迎える朝に、プロポーズの言葉を言って良いのでしょうか。どんな言葉を言えば、彼女の心を掴むことが出来るでしょうか。難しく考えずに、シンプルな言葉が良いのでしょうか。それとも詩集にあるような、情熱的な一節のようなものが良いのでしょうか。彼女の喜ぶシチュエーションや言葉も調べておかなければなりませんね。
あと、結婚式はどこでするのが良いのでしょうか。ウィニストラでは王宮内の神殿で結婚式をするのが女性の憧れと聞いたことがありますが、そこで式を挙げたら彼女も喜んでくれるでしょうか。ご両親とローズ様のいるダーファスで挙げた方が良いのでしょうか。決めることは場所以外にもたくさんあると聞きますので、私はいつでも挙式出来るように招待客の人選などをしておきましょう。
彼女は旅が使命なので定住は出来ないのですが、やはり新居は必要になりますよね。子宝に恵まれるかもしれませんし、ペットも飼うかもしれませんので、大きな家が良いですよね。子供は何人くらい恵まれるでしょうか。名前は何にしましょうか。子は授かりものですが、個人的には彼女に似た笑顔がかわいい女の子や、芯が強い優しい男の子が生まれると良いなと思います。可愛らしい赤ちゃんを腕に抱いて、幸せを噛みしめる日が待ち遠しいです。
ペットは何を飼いましょうか。オオカミリスをペットにすることは出来ませんが、シェニカは動物好きなので、いっぱい飼うことになるでしょうか。たくさん飼っても近所迷惑にならないような、広い場所を探しておきましょう。
愛しいシェニカと幸せな家庭を築いて、死ぬまで愛を育んで。彼女が天に召される時、『幸せだった。来世も一緒になりたい』と言ってもらえるように、一生をかけて愛し抜きたいと思っています」
ーーあ~。えっと…。うーん…。どうしよう。
強制催眠だから仕方がないとはいえ、純度の高い感情や想像がド直球で伝わってきて、なんかすごくソワソワする。ディスコーニ様の顔を見れない背後に居て良かった。正面にいたら、きっとローズ様とドア横の神官のように、『良い歳をした男が真顔で何を語っているんだ』みたいな顔をしていたかもしれない。
沈黙が落ちて痛々しい空気になっているが、ここは『ディスコーニ様は運命に導かれた唯一のお相手に童貞を捧げるおつもりなんです。色々なことを想定したり、想像するのは仕方ないことなのです。心の中は自由ですので、どうか温かい目で見守って下さい』と言ったほうが良いのだろうか。
いやでも、これはフォローになっている…のか?変なフォローをして、ディスコーニ様のプライドを傷付けてはいけないし…。でも部下として、上官のフォローはしないといけないし…。
『ディスコーニ様は思春期特有の豊かな想像力を今でも持ち続けている、無垢な少年の心をお持ちの稀有な方でして…』とか言ったら何とか…なる気がしない。どうしよう。
ローズ様はしばらく呆気にとられたような表情をされたものの、狼狽える自分の視線に気付くと我に返ったようで、キュッと口元を引き結ばれた。
「ディスコーニ様はシェニカのことをとても真剣に考えて下さっているのですね。では、シェニカに他の夫や愛人が出来た場合、貴方様はその事実を許容出来ますか?」
「はい。出来ます」
「夫達や愛人達の間で諍いが起きた場合、貴方様はどうなさいますか?」
「話し合いで解決出来るよう、仲裁をします」
「理解し合えない者もいるでしょう。そのような場合はどうなさいますか?」
「その者同士には顔を合わせる機会を減らし、互いに距離を取るよう促します」
「シェニカからも距離を取らせるのですか?」
「いいえ。あくまでも問題を起こした者たちの間での話です」
「物理的な距離を取るよりも、問題を起こした者たちを排除した方が良いと思いませんか?」
「その人が彼女の側から離れるかどうかは、あくまでもその人とシェニカの間で決めることです。私は他の男性たちと共存したいと思っていますので、私が排除することはありません」
「共存ではなく、独占したいと思いませんか?」
「自分だけの女性で居て欲しい気持ちはありますが、他の男性を迎えるかどうかは彼女が決めることです。どのような結果でも彼女の決定を尊重し受け入れるつもりですが、彼女が複数の相手を持つことを願うばかりです」
「あの子が選んだ男性が聞き分けの良い人とは限りませんし、自身に向けられる愛情は少しでも多くしたいでしょう?そのためにも、目障りな者を排除したくなりませんか?」
「彼女の悲しむ顔は見たくありませんので、そのようなことは致しません」
「貴方様ならば、シェニカに気付かせることなく殺せるのではないですか?」
「可能ではありますが、強制催眠で彼女に真実を知られる可能性があります。自分が関与していると知られれば、私は彼女からの愛情を失い、憎まれることになります。私は彼女と生涯に渡って愛し愛される関係でいたいので、そのようなことは致しません」
「貴方様はあの子と一緒に旅をすることをお考えになっていますか?」
「もちろん考えています。彼女の旅に同行したら、人々を癒やす彼女を見守り、悪しき者たちから守る。そして立ち寄った街で甘味屋巡りをしたり、雑貨屋を覗いてみたり…。手を繋いでデートをしたいです。
宿に戻ったら一緒の部屋で朝を迎えたい…と思いますが、別の男性も同行していたら、性技の上手さを比べられてしまうでしょうか。シェニカを想う気持ちは誰にも負けないと断言出来ますが、その辺りに不安を覚えています。私は今までもこれからもシェニカ以外の女性に触れたいと思いませんし、触れさせたくもないので娼館に行くつもりはありませんが、やはり技術というのは知識だけでなく経験も必要になります。ここは久しぶりに具体的なイメージを膨らませて幻を出してみようかと思いますが、シチュエーションはどのような」
「……ストップ」
頭を抱えたローズ様はディスコーニ様の言葉を止めると、左右のこめかみを解すような動作をした。扉の横にいる神官は、胃のあたりを撫でさすりながら虚空を見つめている。
お2人の関係が深まらないのは、シェニカ様が望んでいらっしゃらないからというのは分かったが、なぜ進展を望まないのだろうか。相思相愛の仲なのだから時間の問題だと思うが、ディスコーニ様の恋は応援したいし、早くご卒業を祝いたい。となると、あとひと押しになるようなキッカケが必要になりそうだが…。
『ディスコーニ様は知識と経験不足を心配して二の足を踏んでいらっしゃいますが、シェニカ様との一夜を心待ちにしていらっしゃいます。ディスコーニ様は器用な方なので未経験でも大丈夫かと思いますが、もし足りない部分がありましたら、シェニカ様のお好みに染めて頂くような感じで、ディスコーニ様をご指導下さい。ぜひともディスコーニ様の願いを叶えてあげてください』
こんなことをシェニカ様に言えれば良いのだが、気軽に話しかけられる相手でもないし、そもそも女性相手に言える内容でもない。
シェニカ様の背中を押す誰かが現れたり、偶然が重なってお2人の関係が進展しないだろうか。
「貴方様の退役と出国の許可は下りると思いますか?」
「条件が揃えば不可能ではないと思います」
「どのような条件ですか?」
「それはーーー」
ローズ様とのやり取りは陽が傾く時間まで続いているが、そのほとんどがシェニカ様の話に集中していて、国防に関する質問は一切出てこない。その点については安心したが、シェニカ様のことを聞かれる度に、ディスコーニ様からは本気の度合いが伝わる返答が返ってくる。時折シェニカ様への深い愛情を吐露されるのだが、その度にローズ様が困惑したり、ディスコーニ様の言葉を止めたり、黙ってしまうこともあるため、重々しいプレッシャーは霧散し、いたたまれない空気になっている。
もうお腹いっぱいになった自分や胸焼けに参っている様子の神官のように、きっとローズ様にもディスコーニ様のお気持ちは十分すぎるほど伝わっていると思う。ローズ様はディスコーニ様を嘲笑するような素振りは見せないし、痛々しい目で見たりしないが、たまにディスコーニ様に誰かを重ねているような、不思議な目をするのが気になる。似たような経験をされたことがあるのだろうか。
「ディスコーニ様はシェニカの『聖なる一滴』を見て、どう思われましたか」
「とても恐ろしいものだと感じました。彼女の身を守るためには非常な有効な手段ではありますが、使用すれば彼女が苦しむことになります。そんなことにならないよう、今度こそ私が守りたいと思っています」
「シェニカの『聖なる一滴』が欲しいとは思いませんか?」
「欲しくありません」
「戦場や会談の場で使えば望む結果を得られますよ」
「確かにそうですが、彼女の協力がなくなってしまえば、あっという間に力を失います。
人間というものは心変わりするものですし、寿命もあります。『聖なる一滴』に頼りきりになるではなく、王族や貴族、軍人らが各々の力を伸ばし、強くなっていかなければ意味がありませんから、必要ありません。バルジアラ様も国王陛下も王太子殿下も宰相様も、同じようにお考えになるはずです」
「なるほど。では貴方様にシェニカとウィニストラを天秤にかける時が来たら。どちらを選びますか?」
「全てを捨てて彼女を選びたいのが本音ですが、今の自分があるのはバルジアラ様を始めとしたたくさんの人達のおかげです。皆様に迷惑をかけないために、国にも良い結果に繋がるように配慮した上で彼女を選びます」
「そうですか。分かりました」
ローズ様は指をパチンと鳴らして術を解くと、ドア横の神官に声をかけて新しい茶を持ってこさせた。すぐに出された湯気の立つ茶をディスコーニ様が口にすると、ローズ様はふぅと肩を揺らす大きな息を吐き出した。
「長時間ありがとうございました。ディスコーニ様のシェニカへの想いは非常に深いのですね」
「ご理解いただけて、私も安心いたしました」
「状況はよく分かっていらっしゃるかと思いますが、これから先、あの子の周りでは色々なことが起きるでしょう。
あの子は私にとって我が子のように大事な子でしてね。あの子が自由に生きていけるように私も守っていくつもりですが、見ての通り老い先短い身。表からも裏からも支える者が必要になりますが、ディスコーニ様もその役の一端を担っていただけますか?」
「もちろんです」
「心強い方と巡り逢ったようで、とても安心しました。この年寄りに出来ることは少ないですが、何かあればご連絡ください」
ローズ様はそう言うと、懐から出した小袋を開いてカケラを差し出した。それを受け取ったディスコーニ様は、席を立ってローズ様の横に跪き、ご自身のカケラを両手に乗せて献上する格好を取った。
「私はシェニカ様に誠実であることを誓います」
「貴方様を信じます。頼みましたよ」
ローズ様はディスコーニ様を射抜くような強い視線で見つめると、立ち上がって室内に戻られた。
ディスコーニ様は信用に値すると、ローズ様は判断したからカケラを交換されたと思うが…。あんな風に本気になれる相手と出会えることを羨ましいと思う反面、そんな相手と巡り合っても、自分にはディスコーニ様ほどの覚悟は持てないと思った。
バルジアラ様には、ディスコーニ様がシェニカ様へ深い愛情を抱いていらっしゃること。いざとなったら国を捨てる覚悟でいらっしゃることを伝えなければ。
それにしても。
この場で聞いたことは、何も聞かなったことにして忘れた方が良さそうだが…。あまりにも濃ゆい話を長時間聞いてしまったせいで、忘れられそうにない。
淡々と仕事に励むディスコーニ様を見て、『冷静沈着な表情の裏でこのように思っていらっしゃるのか』とか『今2人っきりでいらっしゃるが、ディスコーニ様の頭の中では…』などと想像してしまって、色々と顔に出てしまいそうな気がする。
僅かな表情の変化も見逃さない方だから、精神鍛錬の一貫と思って平常心で居られるように努めなければ…。
◆
「時間というものは、あっという間に経ってしまいますね」
私の向かいのソファーに座ったローズ様は、少し疲れているように見える。会話するだけでも疲れるということは、やはり体力が落ちてきているのだろう。
「ローズ様はいつまで滞在される予定ですか?」
「そうですね。5日後には出発しようかと思っています」
「ではその間、ローズ様と色んなお話をしてもいいですか?」
「いいですよ。明日テラスで話しましょうか」
ダーファスのこと、両親のこと、ローズ様が現役の頃の話も聞きたいけど、ローズ様の恋愛のお話は特に聞きたい。どんな人が夫や伴侶となったのだろう。出会いはどうだったのだろう。すごく興味がある。
「これから夕食にしますか?」
「最近は朝と昼の2回の食事で十分になりました。お茶を飲んで一息ついたら、お風呂に入って寝ることにします」
食が細くなったのだろうかと心配になるけど、治療院に来る同じくらいの年齢の人も、似たようなことを言っていたのを思い出した。仕方のないことだと思うけど、ローズ様には長生きして欲しいと思う。長寿のご利益のあるコッチェルくんを買っておけばよかった。いや、全種類買っておけばよかった。
「長旅で疲れたでしょう。しっかり休むのですよ。おやすみなさい」
「はい!ではまた明日に。おやすみなさい」
ローズ様の部屋を出ると、隣にいたディズがニコニコとした笑顔を私に向けた。
「部屋で少し休みますか?夕食にしますか?」
「少し早いけど夕食にしようかな。ルクトはどうする?」
「俺もそれでいい」
振り返ってルクトに聞けば、彼は頷きながら返事をしてくれた。ローズ様との話が終わってからというもの、ずっと黙って考え込んでいたけど、不機嫌なわけではないらしい。何を言われたのか尋ねたけど、彼は『別に』と言うだけで教えてくれない。すごく気になるけど、教えてくれなさそうだから聞くのは諦めよう。
「夕食はレストランで食べますか?部屋で食べますか?」
「ディズも一緒に食べる?」
「えぇ、もちろん」
「じゃあレストランにしよう」
額飾りをスカーフで隠し、ファズ様の案内で1階のレストランに行くと、夕食には少し早い時間にも関わらず、宿泊客や身なりの良い商人達が食事をしていた。給仕の人に先導され、部屋の奥の方にある衝立で仕切られた席に案内されたけど、一緒にここに来たファズ様は衝立の向こう側で立ち止まったままだ。一緒に食べないのかと思っていると、ディズが「ファズは警備をしています。後で副官達が交代で食べるんですよ」と教えてくれた。
「注文は決まりましたか?」
「マトン肉のグルメセットとグラスビールにしようかな。ルクトは決まった?」
「ラム肉の香草スパイスステーキセットにビールを大ジョッキで」
「ディズは?」
「ラム肉のグルメセットにします」
注文を伝えてまもなく、周囲の畑で採れた人参やトウモロコシ、トマトなどの野菜がふんだんに使われたサラダや和え物といった前菜が出てきた。新鮮な野菜を使った料理はどれも美味しい上に、実家でも見たことのある料理を食べるとすごく幸せになれる。
「ユーリくん、いま何してる?」
「人の気配を間近に感じるのか警戒して出てきませんが、ポーチの中でクルミを食べているようです」
「そっかぁ~。ユーリくんと遊びたかったな」
「食事が終わったら、シェニカの部屋に行っても良いですか?」
「うん、いいよ」
ユーリくんと最後に会ったのは、街に到着する前の昼食の時だ。ファズ様達から貰ったぬいぐるみとのツーショットも見たい。ユーリくんをナデナデしたいし、クルミを食べる姿を見たいし、リスボタンにもなってほしい。で、できればほっぺにチューも…。へへへっ!
今回生息地で出会えなかったけど、次は是非とも相棒を見つけたい。今度はいつ行けるだろうか。フェアニーブに行ったら、ポルペアに行って…。
「あ、そうだ。ポルペアの建国の祝賀っていつの予定か知ってる?」
「えぇ、知っていますよ。祝賀会に出るのですか?」
「そういう予定はないんだけど。待ち合わせの手紙を書こうと思って」
「誰かと会うのですか?」
「イルバ様に護衛をお願い出来ないか頼んでみることにしたんだ。来てくれると良いんだけど」
「祝賀会の日に会うのですか?」
「ううん。祝賀会の1週間前の正午に、ポルペアの首都にある小鳥屋前で待ってますって書くつもり」
「そうですか。良い方向に進むと良いですね」
ディズは胸ポケットから小さな紙を出すと、祝賀会の日を書いて渡してくれた。書かれているのは5ヶ月後の日付だけなのに、ディズの字は形が整ったきれいで読みやすい字だと思った。その瞬間、なんで文章ではなく字を『読みやすい』と感じたのか考えたら、ルクトの字が読めたものではなかったからだと思い当たった。そしてなんとなく隣に座るルクトを見ると、彼はテーブルに置かれたジョッキの取っ手を掴んだまま動きが止まっていた。
「ルクト、どうかした?」
「いや、なんでもない」
声をかけると、彼はビールをグビグビと飲んだり、ステーキを口に運び始めたけど。いつもと同じ無表情でも、どことなく違って見える。ローズ様に言われたことを考えているのだろうか。
「ねぇねぇディズ。ローズ様がここを発つまで、ずっとローズ様とお話してもいい?」
「もちろんです。ローズ様もシェニカとの再会をとても喜んでくださっているので、たくさんお話してきてください。
護衛は間に合っているようなので、私たちは部屋にいますね。私の部屋はシェニカの隣ですので、何かあったら声をかけて下さい」
「うん!」
「ローズ様が発った後も、私たちはバルジアラ様達がここに到着するまで滞在する予定です。一緒に街を回ったりもしたいのですが、フェアニーブで配布する書類を作るのに精一杯になりそうで…。朝食と昼食は一緒に出来そうにないのですが、夕食だけは一緒に食べませんか?」
「もちろん良いよ」
「では夕食を励みに頑張ります」
ディズは仕事で忙しいのに、私に付き合わせてしまって本当に申し訳なく思う。私にはディズの仕事をお手伝いすることは出来ないし、宿代や食事代は『ウィニストラの客人だから』と固辞されてしまった。いたれりつくせりで、本当に申し訳なく思う。
「明日の朝食はどうしよう。別々にする?一緒に食べる?」
「一緒で」
ルクトはステーキを大きな口で頬張りながら端的に答えると、衝立の前を通りかかった給仕にビールの追加を注文していた。
彼の分の飲食代もウィニストラが払ってくれているから、しっかりとお礼をしなければ。一体何を渡せばウィニストラにお礼が出来るだろうかと、香草のマトン巻を食べながら考えた。
■■■後書き■■■
最近、流行りのウイルスに感染してしまいました。
家庭内で順番に感染し、色々と大変な状態になりましたが、幸運なことに全員軽症で済みました。
通常生活に戻りましたが、花粉症の影響がある上に咳が微妙に続くというのは、なかなか苦しいです。少しずつ回復していますが、次の更新は少し遅れるかもしれません。
感染しないのが一番ですので、皆様はどうぞお気をつけ下さい。
自宅療養になると買い物に行くのが難しくなるので、備蓄用の食料やトイレットペーパーなどの衛生用品、洗剤などの生活用品などは災害の備えと思って、予め準備しておいたほうが良さそうです。個人的にはアイスクリームで気分転換できました。笑
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今月で連載6年目に入りました。更新を続けられるのも、読んで下さる皆様のおかげです。これからも頑張って更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。m(_ _)m
今回はファズ視点→シェニカ視点となります。
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「はじめまして。ローズ・エルシニアです」
「ディスコーニ・シュアノーです。お会いできて光栄です」
テラスに出ると、自分はディスコーニ様の後ろに立った状態で控えたが、正面に座るローズ様のプレッシャーがすごい。別に怒っていらっしゃるわけではないのだが、その独特な存在感は自国の国王陛下や、他国の国王を前にした時と似たところがある。それはディスコーニ様も同じのようで、緊張しているのが纏う空気から伝わってくる。
独特の空気とディスコーニ様の緊張は、胸元に潜んでいたユーリにも伝わったようで、上官の背後に回り込んで腰のポーチに避難していた。
ーー国を訪問して下さった『白い渡り鳥』様達を前にした時も、粗相をしないよう気を引き締めるが、こんなに緊張する方はいない。
神官長から話を聞く時、ローズ様に恐れおののいているのは、戦場で感じるような重々しいプレッシャーを経験したことがないからではと思ったが、無抵抗が強いられる今の状況に比べれば、戦場の方が動ける分だけマシだと思える。
「今回のトラントとの戦争において、シェニカはディスコーニ様に大変お世話になったと聞きました。あの子の師として礼を述べさせてください。ありがとうございました」
「私はシェニカ様に助けて頂きましたし、彼女を守るのは当然のことです」
ローズ様は感謝を述べて頭を下げられたが、雰囲気が和らぐことはなく、視線も決して穏やかではない。重苦しい空気と圧力を直に受けるディスコーニ様の方が辛いはずなのに、ただ後ろにいるだけの自分がすぐに去って、胸いっぱいに新鮮な空気を吸いたくなる。
「単刀直入で申し訳ありませんが。ディスコーニ様はシェニカのことをどう思っていらっしゃいますか?」
「いまは友人という関係ですが、私は彼女をとても恋しく、愛しく思っています。これから先、私は彼女を支えながら生涯を共にしたいと思っています」
「それは配偶者になりたいということですか?」
「願わくば夫と呼ばれる存在になりたいと思いますが、手続き上の配偶者にこだわりません」
「では伴侶となっても良いと?」
「はい」
「伴侶と配偶者だけが夫や妻と認識されますが、正式な夫となっていた方が色々と便宜も図られるでしょう。なぜ配偶者という立場にこだわらないのです?」
「私は彼女が『白い渡り鳥』様だから愛しているわけではありません。シェニカ・ヒジェイトという女性と結婚したいので、彼女との結婚に伴う利益などは関係ありませんし、欲しいとも思いません」
「では、あの子が他の男性を望んでも、受け入れる覚悟はありますか?」
「もちろんです。彼女が決めた相手であれば、民間人であっても、どこかの王族や貴族であっても、私の上官でも自国他国の将軍であっても。受け入れる覚悟は出来ています」
「そうですか。失礼ですが、ディスコーニ様の本心を知りたいので、強制催眠をかけてもよろしいですか?もちろん、機密を扱うお立場だと分かっております。困る質問があれば、腹心の方に強制催眠を解除して頂いて結構です」
「分かりました」
えっ!そんなのダメですよ!
いくらローズ様の希望だろうと、軍の機密を知るディスコーニ様に強制催眠だなんて! この場にバルジアラ様が居たら、ローズ様相手であろうと絶対に許可しませんよ!
そんな風に戸惑う自分が間違っているかのように、ディスコーニ様は悩むこともなく、あっさり承諾された。
「ではこれから問う質問に素直に答えなさい」
素直に強制催眠をかけられたディスコーニ様に、ローズ様はより一層厳しい視線を向けた。
「貴方様はシェニカのことをどう思っていますか?」
「彼女は私が心から愛する唯一の女性です。笑顔が素敵で、真面目で、誠実で、天使のような慈愛に満ちた優しいところに惹かれました。治療をしてもらった時に恋に落ち、鍾乳洞で一緒に過ごす内に彼女をもっと知って。出会ったばかりだというのに、私の想いはあっという間に愛に変わりました。運命が導く相手と出会えばこうなるのかと、言葉に表しきれない喜びを噛みしめています。
彼女に好きだと言ってもらえると、すごく嬉しくて、とても幸せになります。一緒に過ごせる時間は短いですが、私の気持ちがもっと伝えられるように、彼女にたくさんの言葉で伝えることはもちろんですが、心も繋がるように手を繋いで、抱きしめて、キスをしたいです。キスをした時、彼女の照れた表情や感じる唇の弾力、服越しに伝わってくる体温と柔らかさには、とてもドキドキさせられて…。離れたくない気持ちでいっぱいになります。
私は愛し合うことに知識も経験も技術もありませんが、どのタイミングで、どういう言葉で誘えば良いのでしょうか。そもそも、恋人という形に関係が変化しなければ、してはいけないのでしょうか。私は関係性にこだわりはありませんが、彼女が気にするなら、もう少し2人の気持ちを育ててからになりそうですが…。初めて一夜を過ごす時を想像するだけで胸がドキドキして、恥ずかしいような、照れくさいような、心が沸き立って身体もムズムズしてきます。
初めて一緒に迎える朝に、プロポーズの言葉を言って良いのでしょうか。どんな言葉を言えば、彼女の心を掴むことが出来るでしょうか。難しく考えずに、シンプルな言葉が良いのでしょうか。それとも詩集にあるような、情熱的な一節のようなものが良いのでしょうか。彼女の喜ぶシチュエーションや言葉も調べておかなければなりませんね。
あと、結婚式はどこでするのが良いのでしょうか。ウィニストラでは王宮内の神殿で結婚式をするのが女性の憧れと聞いたことがありますが、そこで式を挙げたら彼女も喜んでくれるでしょうか。ご両親とローズ様のいるダーファスで挙げた方が良いのでしょうか。決めることは場所以外にもたくさんあると聞きますので、私はいつでも挙式出来るように招待客の人選などをしておきましょう。
彼女は旅が使命なので定住は出来ないのですが、やはり新居は必要になりますよね。子宝に恵まれるかもしれませんし、ペットも飼うかもしれませんので、大きな家が良いですよね。子供は何人くらい恵まれるでしょうか。名前は何にしましょうか。子は授かりものですが、個人的には彼女に似た笑顔がかわいい女の子や、芯が強い優しい男の子が生まれると良いなと思います。可愛らしい赤ちゃんを腕に抱いて、幸せを噛みしめる日が待ち遠しいです。
ペットは何を飼いましょうか。オオカミリスをペットにすることは出来ませんが、シェニカは動物好きなので、いっぱい飼うことになるでしょうか。たくさん飼っても近所迷惑にならないような、広い場所を探しておきましょう。
愛しいシェニカと幸せな家庭を築いて、死ぬまで愛を育んで。彼女が天に召される時、『幸せだった。来世も一緒になりたい』と言ってもらえるように、一生をかけて愛し抜きたいと思っています」
ーーあ~。えっと…。うーん…。どうしよう。
強制催眠だから仕方がないとはいえ、純度の高い感情や想像がド直球で伝わってきて、なんかすごくソワソワする。ディスコーニ様の顔を見れない背後に居て良かった。正面にいたら、きっとローズ様とドア横の神官のように、『良い歳をした男が真顔で何を語っているんだ』みたいな顔をしていたかもしれない。
沈黙が落ちて痛々しい空気になっているが、ここは『ディスコーニ様は運命に導かれた唯一のお相手に童貞を捧げるおつもりなんです。色々なことを想定したり、想像するのは仕方ないことなのです。心の中は自由ですので、どうか温かい目で見守って下さい』と言ったほうが良いのだろうか。
いやでも、これはフォローになっている…のか?変なフォローをして、ディスコーニ様のプライドを傷付けてはいけないし…。でも部下として、上官のフォローはしないといけないし…。
『ディスコーニ様は思春期特有の豊かな想像力を今でも持ち続けている、無垢な少年の心をお持ちの稀有な方でして…』とか言ったら何とか…なる気がしない。どうしよう。
ローズ様はしばらく呆気にとられたような表情をされたものの、狼狽える自分の視線に気付くと我に返ったようで、キュッと口元を引き結ばれた。
「ディスコーニ様はシェニカのことをとても真剣に考えて下さっているのですね。では、シェニカに他の夫や愛人が出来た場合、貴方様はその事実を許容出来ますか?」
「はい。出来ます」
「夫達や愛人達の間で諍いが起きた場合、貴方様はどうなさいますか?」
「話し合いで解決出来るよう、仲裁をします」
「理解し合えない者もいるでしょう。そのような場合はどうなさいますか?」
「その者同士には顔を合わせる機会を減らし、互いに距離を取るよう促します」
「シェニカからも距離を取らせるのですか?」
「いいえ。あくまでも問題を起こした者たちの間での話です」
「物理的な距離を取るよりも、問題を起こした者たちを排除した方が良いと思いませんか?」
「その人が彼女の側から離れるかどうかは、あくまでもその人とシェニカの間で決めることです。私は他の男性たちと共存したいと思っていますので、私が排除することはありません」
「共存ではなく、独占したいと思いませんか?」
「自分だけの女性で居て欲しい気持ちはありますが、他の男性を迎えるかどうかは彼女が決めることです。どのような結果でも彼女の決定を尊重し受け入れるつもりですが、彼女が複数の相手を持つことを願うばかりです」
「あの子が選んだ男性が聞き分けの良い人とは限りませんし、自身に向けられる愛情は少しでも多くしたいでしょう?そのためにも、目障りな者を排除したくなりませんか?」
「彼女の悲しむ顔は見たくありませんので、そのようなことは致しません」
「貴方様ならば、シェニカに気付かせることなく殺せるのではないですか?」
「可能ではありますが、強制催眠で彼女に真実を知られる可能性があります。自分が関与していると知られれば、私は彼女からの愛情を失い、憎まれることになります。私は彼女と生涯に渡って愛し愛される関係でいたいので、そのようなことは致しません」
「貴方様はあの子と一緒に旅をすることをお考えになっていますか?」
「もちろん考えています。彼女の旅に同行したら、人々を癒やす彼女を見守り、悪しき者たちから守る。そして立ち寄った街で甘味屋巡りをしたり、雑貨屋を覗いてみたり…。手を繋いでデートをしたいです。
宿に戻ったら一緒の部屋で朝を迎えたい…と思いますが、別の男性も同行していたら、性技の上手さを比べられてしまうでしょうか。シェニカを想う気持ちは誰にも負けないと断言出来ますが、その辺りに不安を覚えています。私は今までもこれからもシェニカ以外の女性に触れたいと思いませんし、触れさせたくもないので娼館に行くつもりはありませんが、やはり技術というのは知識だけでなく経験も必要になります。ここは久しぶりに具体的なイメージを膨らませて幻を出してみようかと思いますが、シチュエーションはどのような」
「……ストップ」
頭を抱えたローズ様はディスコーニ様の言葉を止めると、左右のこめかみを解すような動作をした。扉の横にいる神官は、胃のあたりを撫でさすりながら虚空を見つめている。
お2人の関係が深まらないのは、シェニカ様が望んでいらっしゃらないからというのは分かったが、なぜ進展を望まないのだろうか。相思相愛の仲なのだから時間の問題だと思うが、ディスコーニ様の恋は応援したいし、早くご卒業を祝いたい。となると、あとひと押しになるようなキッカケが必要になりそうだが…。
『ディスコーニ様は知識と経験不足を心配して二の足を踏んでいらっしゃいますが、シェニカ様との一夜を心待ちにしていらっしゃいます。ディスコーニ様は器用な方なので未経験でも大丈夫かと思いますが、もし足りない部分がありましたら、シェニカ様のお好みに染めて頂くような感じで、ディスコーニ様をご指導下さい。ぜひともディスコーニ様の願いを叶えてあげてください』
こんなことをシェニカ様に言えれば良いのだが、気軽に話しかけられる相手でもないし、そもそも女性相手に言える内容でもない。
シェニカ様の背中を押す誰かが現れたり、偶然が重なってお2人の関係が進展しないだろうか。
「貴方様の退役と出国の許可は下りると思いますか?」
「条件が揃えば不可能ではないと思います」
「どのような条件ですか?」
「それはーーー」
ローズ様とのやり取りは陽が傾く時間まで続いているが、そのほとんどがシェニカ様の話に集中していて、国防に関する質問は一切出てこない。その点については安心したが、シェニカ様のことを聞かれる度に、ディスコーニ様からは本気の度合いが伝わる返答が返ってくる。時折シェニカ様への深い愛情を吐露されるのだが、その度にローズ様が困惑したり、ディスコーニ様の言葉を止めたり、黙ってしまうこともあるため、重々しいプレッシャーは霧散し、いたたまれない空気になっている。
もうお腹いっぱいになった自分や胸焼けに参っている様子の神官のように、きっとローズ様にもディスコーニ様のお気持ちは十分すぎるほど伝わっていると思う。ローズ様はディスコーニ様を嘲笑するような素振りは見せないし、痛々しい目で見たりしないが、たまにディスコーニ様に誰かを重ねているような、不思議な目をするのが気になる。似たような経験をされたことがあるのだろうか。
「ディスコーニ様はシェニカの『聖なる一滴』を見て、どう思われましたか」
「とても恐ろしいものだと感じました。彼女の身を守るためには非常な有効な手段ではありますが、使用すれば彼女が苦しむことになります。そんなことにならないよう、今度こそ私が守りたいと思っています」
「シェニカの『聖なる一滴』が欲しいとは思いませんか?」
「欲しくありません」
「戦場や会談の場で使えば望む結果を得られますよ」
「確かにそうですが、彼女の協力がなくなってしまえば、あっという間に力を失います。
人間というものは心変わりするものですし、寿命もあります。『聖なる一滴』に頼りきりになるではなく、王族や貴族、軍人らが各々の力を伸ばし、強くなっていかなければ意味がありませんから、必要ありません。バルジアラ様も国王陛下も王太子殿下も宰相様も、同じようにお考えになるはずです」
「なるほど。では貴方様にシェニカとウィニストラを天秤にかける時が来たら。どちらを選びますか?」
「全てを捨てて彼女を選びたいのが本音ですが、今の自分があるのはバルジアラ様を始めとしたたくさんの人達のおかげです。皆様に迷惑をかけないために、国にも良い結果に繋がるように配慮した上で彼女を選びます」
「そうですか。分かりました」
ローズ様は指をパチンと鳴らして術を解くと、ドア横の神官に声をかけて新しい茶を持ってこさせた。すぐに出された湯気の立つ茶をディスコーニ様が口にすると、ローズ様はふぅと肩を揺らす大きな息を吐き出した。
「長時間ありがとうございました。ディスコーニ様のシェニカへの想いは非常に深いのですね」
「ご理解いただけて、私も安心いたしました」
「状況はよく分かっていらっしゃるかと思いますが、これから先、あの子の周りでは色々なことが起きるでしょう。
あの子は私にとって我が子のように大事な子でしてね。あの子が自由に生きていけるように私も守っていくつもりですが、見ての通り老い先短い身。表からも裏からも支える者が必要になりますが、ディスコーニ様もその役の一端を担っていただけますか?」
「もちろんです」
「心強い方と巡り逢ったようで、とても安心しました。この年寄りに出来ることは少ないですが、何かあればご連絡ください」
ローズ様はそう言うと、懐から出した小袋を開いてカケラを差し出した。それを受け取ったディスコーニ様は、席を立ってローズ様の横に跪き、ご自身のカケラを両手に乗せて献上する格好を取った。
「私はシェニカ様に誠実であることを誓います」
「貴方様を信じます。頼みましたよ」
ローズ様はディスコーニ様を射抜くような強い視線で見つめると、立ち上がって室内に戻られた。
ディスコーニ様は信用に値すると、ローズ様は判断したからカケラを交換されたと思うが…。あんな風に本気になれる相手と出会えることを羨ましいと思う反面、そんな相手と巡り合っても、自分にはディスコーニ様ほどの覚悟は持てないと思った。
バルジアラ様には、ディスコーニ様がシェニカ様へ深い愛情を抱いていらっしゃること。いざとなったら国を捨てる覚悟でいらっしゃることを伝えなければ。
それにしても。
この場で聞いたことは、何も聞かなったことにして忘れた方が良さそうだが…。あまりにも濃ゆい話を長時間聞いてしまったせいで、忘れられそうにない。
淡々と仕事に励むディスコーニ様を見て、『冷静沈着な表情の裏でこのように思っていらっしゃるのか』とか『今2人っきりでいらっしゃるが、ディスコーニ様の頭の中では…』などと想像してしまって、色々と顔に出てしまいそうな気がする。
僅かな表情の変化も見逃さない方だから、精神鍛錬の一貫と思って平常心で居られるように努めなければ…。
◆
「時間というものは、あっという間に経ってしまいますね」
私の向かいのソファーに座ったローズ様は、少し疲れているように見える。会話するだけでも疲れるということは、やはり体力が落ちてきているのだろう。
「ローズ様はいつまで滞在される予定ですか?」
「そうですね。5日後には出発しようかと思っています」
「ではその間、ローズ様と色んなお話をしてもいいですか?」
「いいですよ。明日テラスで話しましょうか」
ダーファスのこと、両親のこと、ローズ様が現役の頃の話も聞きたいけど、ローズ様の恋愛のお話は特に聞きたい。どんな人が夫や伴侶となったのだろう。出会いはどうだったのだろう。すごく興味がある。
「これから夕食にしますか?」
「最近は朝と昼の2回の食事で十分になりました。お茶を飲んで一息ついたら、お風呂に入って寝ることにします」
食が細くなったのだろうかと心配になるけど、治療院に来る同じくらいの年齢の人も、似たようなことを言っていたのを思い出した。仕方のないことだと思うけど、ローズ様には長生きして欲しいと思う。長寿のご利益のあるコッチェルくんを買っておけばよかった。いや、全種類買っておけばよかった。
「長旅で疲れたでしょう。しっかり休むのですよ。おやすみなさい」
「はい!ではまた明日に。おやすみなさい」
ローズ様の部屋を出ると、隣にいたディズがニコニコとした笑顔を私に向けた。
「部屋で少し休みますか?夕食にしますか?」
「少し早いけど夕食にしようかな。ルクトはどうする?」
「俺もそれでいい」
振り返ってルクトに聞けば、彼は頷きながら返事をしてくれた。ローズ様との話が終わってからというもの、ずっと黙って考え込んでいたけど、不機嫌なわけではないらしい。何を言われたのか尋ねたけど、彼は『別に』と言うだけで教えてくれない。すごく気になるけど、教えてくれなさそうだから聞くのは諦めよう。
「夕食はレストランで食べますか?部屋で食べますか?」
「ディズも一緒に食べる?」
「えぇ、もちろん」
「じゃあレストランにしよう」
額飾りをスカーフで隠し、ファズ様の案内で1階のレストランに行くと、夕食には少し早い時間にも関わらず、宿泊客や身なりの良い商人達が食事をしていた。給仕の人に先導され、部屋の奥の方にある衝立で仕切られた席に案内されたけど、一緒にここに来たファズ様は衝立の向こう側で立ち止まったままだ。一緒に食べないのかと思っていると、ディズが「ファズは警備をしています。後で副官達が交代で食べるんですよ」と教えてくれた。
「注文は決まりましたか?」
「マトン肉のグルメセットとグラスビールにしようかな。ルクトは決まった?」
「ラム肉の香草スパイスステーキセットにビールを大ジョッキで」
「ディズは?」
「ラム肉のグルメセットにします」
注文を伝えてまもなく、周囲の畑で採れた人参やトウモロコシ、トマトなどの野菜がふんだんに使われたサラダや和え物といった前菜が出てきた。新鮮な野菜を使った料理はどれも美味しい上に、実家でも見たことのある料理を食べるとすごく幸せになれる。
「ユーリくん、いま何してる?」
「人の気配を間近に感じるのか警戒して出てきませんが、ポーチの中でクルミを食べているようです」
「そっかぁ~。ユーリくんと遊びたかったな」
「食事が終わったら、シェニカの部屋に行っても良いですか?」
「うん、いいよ」
ユーリくんと最後に会ったのは、街に到着する前の昼食の時だ。ファズ様達から貰ったぬいぐるみとのツーショットも見たい。ユーリくんをナデナデしたいし、クルミを食べる姿を見たいし、リスボタンにもなってほしい。で、できればほっぺにチューも…。へへへっ!
今回生息地で出会えなかったけど、次は是非とも相棒を見つけたい。今度はいつ行けるだろうか。フェアニーブに行ったら、ポルペアに行って…。
「あ、そうだ。ポルペアの建国の祝賀っていつの予定か知ってる?」
「えぇ、知っていますよ。祝賀会に出るのですか?」
「そういう予定はないんだけど。待ち合わせの手紙を書こうと思って」
「誰かと会うのですか?」
「イルバ様に護衛をお願い出来ないか頼んでみることにしたんだ。来てくれると良いんだけど」
「祝賀会の日に会うのですか?」
「ううん。祝賀会の1週間前の正午に、ポルペアの首都にある小鳥屋前で待ってますって書くつもり」
「そうですか。良い方向に進むと良いですね」
ディズは胸ポケットから小さな紙を出すと、祝賀会の日を書いて渡してくれた。書かれているのは5ヶ月後の日付だけなのに、ディズの字は形が整ったきれいで読みやすい字だと思った。その瞬間、なんで文章ではなく字を『読みやすい』と感じたのか考えたら、ルクトの字が読めたものではなかったからだと思い当たった。そしてなんとなく隣に座るルクトを見ると、彼はテーブルに置かれたジョッキの取っ手を掴んだまま動きが止まっていた。
「ルクト、どうかした?」
「いや、なんでもない」
声をかけると、彼はビールをグビグビと飲んだり、ステーキを口に運び始めたけど。いつもと同じ無表情でも、どことなく違って見える。ローズ様に言われたことを考えているのだろうか。
「ねぇねぇディズ。ローズ様がここを発つまで、ずっとローズ様とお話してもいい?」
「もちろんです。ローズ様もシェニカとの再会をとても喜んでくださっているので、たくさんお話してきてください。
護衛は間に合っているようなので、私たちは部屋にいますね。私の部屋はシェニカの隣ですので、何かあったら声をかけて下さい」
「うん!」
「ローズ様が発った後も、私たちはバルジアラ様達がここに到着するまで滞在する予定です。一緒に街を回ったりもしたいのですが、フェアニーブで配布する書類を作るのに精一杯になりそうで…。朝食と昼食は一緒に出来そうにないのですが、夕食だけは一緒に食べませんか?」
「もちろん良いよ」
「では夕食を励みに頑張ります」
ディズは仕事で忙しいのに、私に付き合わせてしまって本当に申し訳なく思う。私にはディズの仕事をお手伝いすることは出来ないし、宿代や食事代は『ウィニストラの客人だから』と固辞されてしまった。いたれりつくせりで、本当に申し訳なく思う。
「明日の朝食はどうしよう。別々にする?一緒に食べる?」
「一緒で」
ルクトはステーキを大きな口で頬張りながら端的に答えると、衝立の前を通りかかった給仕にビールの追加を注文していた。
彼の分の飲食代もウィニストラが払ってくれているから、しっかりとお礼をしなければ。一体何を渡せばウィニストラにお礼が出来るだろうかと、香草のマトン巻を食べながら考えた。
■■■後書き■■■
最近、流行りのウイルスに感染してしまいました。
家庭内で順番に感染し、色々と大変な状態になりましたが、幸運なことに全員軽症で済みました。
通常生活に戻りましたが、花粉症の影響がある上に咳が微妙に続くというのは、なかなか苦しいです。少しずつ回復していますが、次の更新は少し遅れるかもしれません。
感染しないのが一番ですので、皆様はどうぞお気をつけ下さい。
自宅療養になると買い物に行くのが難しくなるので、備蓄用の食料やトイレットペーパーなどの衛生用品、洗剤などの生活用品などは災害の備えと思って、予め準備しておいたほうが良さそうです。個人的にはアイスクリームで気分転換できました。笑
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