216 / 271
第19章 再会の時
4.胸に秘めた慟哭
しおりを挟む
■■■前書き■■■
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
頂いた応援は更新の励みになっております。
今回はローズ様の護衛のシャオム視点のお話です。シェニカがローズ様と再会する場面から始まります。
■■■■■■■■■
「ローズ様!」
「シェニカ、久しぶりですね。よく顔を見せて。まぁ、随分と大人びて…」
シェニカ様が室内に入った瞬間、ローズ様に躊躇なく抱きついて再会を喜びあった。
自分を含めた孫たちは、小さい時から「ローズ様への言動には気を付けろ」と口酸っぱく言い聞かせられるから仕方がないが、実子達すらこんな風に再会を喜び合わない。ひ孫もいるが、会う機会が少ない上に、ローズ様のことをよく分かっていないほど幼いから、「なんか知らないおばあさん」という感じで親にくっついて挨拶するくらいだ。
そして何より。ローズ様を前に緊張せず普通に喋ってるのがすげぇ!
自分の位置からはローズ様の後ろ姿しか見えないが、シェニカ様との会話を喜んでいらっしゃるのが伝わってくる。ローズ様とこんな風に会話出来るのは限られた人しかいない上に、流れる空気や会話の内容から深い信頼関係があるようだ。
そして、ちょうどシェニカ様の表情が見える場所にいることを活かし、不自然にならないよう気をつけつつ、シェニカ様の観察を始めた。
独自路線を進みがちなダーファス出身だからと心配したが、ちゃんと良いものを着ているし、現役の女性『白い渡り鳥』様と違って、化粧っ気がなく素朴さが残った『ごく普通の女性』に見える。ローズ様のような存在感はないものの、ダーファスの神官や巫女たちが言っていたような、真面目で優しそうな感じだ。加えて、小柄なところから、ちんまりして可愛い小動物のようだ。明るい笑顔も相まって、『再生の天使』と言われるのも分かる気がする。
上下関係が伺える会話の内容や言葉遣いの丁寧さはあるが、愛玩動物のような存在がローズ様と対等に喋っているのを見て、やっぱりすごい人なのだなと思う。特に、先日あの恐ろしいローズ様を見ているだけに、その存在のありがたさと凄さは身を持って実感出来る。
「ディスコーニ様を好きだということを受け入れるから、主従の誓いを結んだ上でやり直したいと言われて」
「お互いに気持ちはあるのですが、いまはお友達…です」
ーー2人とも気持ちがあるってことは、もうくっつくのは秒読みってことだろ?
護衛の男もディスコーニも女がキャーキャー言いそうな顔ではないが、稼ぎも地位も実力もディスコーニが上。正直なところ、あの男に勝ち目なんてないと思う。
それに、そもそも本気で付き合っていたなら乱暴なことなどしないと思う。なのに、奴隷になってでも離れようとしないのはなぜなんだろうか。
「夫と私は年齢が20も離れていた上に、彼は短命の血筋だったんです。『他の男性も夫として迎えてくれ』と条件を出されて困惑しましたが、好きで好きで諦めきれなくて。結婚するためならと思って伴侶を迎えました」
ーー機会がなかっただけかもしれないが、ローズ様の馴れ初めは聞いたことがない。特にローズ様の配偶者は、最初の実子すら記憶にないほど早逝したらしく、身内の会話でも名前を耳にしない謎の人だ。その方がローズ様の最愛の人で、結婚の条件に他の夫を要求したなんて…。
実子達が聞いても濁されそうな話だから、この機会はすごく貴重なことだと思う。今度身内のみんなに教えてやろう。
「私もね、同じ様に1人だけで良いと思っていました。でも、私は夫の他に2人の伴侶を迎えました」
「複数の相手を受け入れるだけの覚悟がなければ、『白い渡り鳥』の夫や伴侶にはなれないのです。それが、夫になる者達の宿命です」
ーー会話を聞く限り、シェニカ様の悩みはローズ様も経験したことがあるようだ。
複数の相手を持つなんて、王族と『白い渡り鳥』様にしか許されないことだから、どういう気持ちで迎えるのか、どんな覚悟が必要なのか、一般人の自分にはさっぱり分からない。
普通なら結婚を決めるほどの相手であれば、他の男と共有したいなんて思わないはずだ。誰しも独占欲があるから、上手く行かないんじゃないのかと思うものの、じいちゃん達はすごく仲が良かったと聞いた記憶がある。今と昔では考え方が違うのだろうか。
「シェニカが手紙を読んでいる間、護衛の彼と話をさせてもらえますか?」
ーーローズ様が護衛と直接話すのを希望するなんて…。
きっと男からも事情を聞いた上で、制裁を加えるおつもりなのだと思う。恋人に乱暴するような奴だから、ローズ様に手を出さないように、しっかり見張っていなければならないが、先日のような恐ろしい状態になる可能性も十分に考えられる。あの時の空気をもう一度味わうことになるかもしれないと思うと、胃がギリギリと締め上げられるような痛みを感じる。
しかも、今後ローズ様は各地の神官長らにお仕置きするつもりらしいから、あの状態になる可能性は高いと思う。あんな状況に晒される機会が増えるとなると、自分はローズ様の配偶者の血筋ではないものの早死にしそうだ。
ローズ様の護衛兼側仕えという仕事は戦場よりも安全と思っていたが、こういう形で生命の危険に晒されようとは。神殿を辞めようにも、母の理解を得られず怒られるのが目に見えているし、ローズ様に体の良い理由もつけづらい。それに、ローズ様が不機嫌になった時に『孫だから大丈夫』と言って自分を盾にする神官や巫女達が、必死に引き留めてくるのが目に見えている。あの状況じゃ、話しかけるタイミングを間違えれば、孫でも無事じゃ済まないのに…。
あ~、重い空気と圧力から解放されたい。配置転換してもらえないだろうか。馬に乗り、頭を空っぽにして気が向くまま駆け回りたい…。
「ありがとうございます」
シェニカ様はドアを開ける自分に会釈をして通り過ぎると、ソファに座る護衛に向かって真っ直ぐに歩いて行った。
「ルクト、ローズ様が話したいんだって」
「俺と?何を話すんだ?」
「分からないけど、良い機会だから。ね?」
「分かった」
赤い髪の男は怪訝そうな顔をしながらテラスに出ると、シェニカ様が座っていた椅子に座った。すぐに新しいお茶と交換したが、先程とは違って静かで、気不味い空気が漂っている。
ローズ様は不機嫌ではないが、神官長の時とはまた違った圧力を感じる。娘が家に連れてきた男を吟味するような感じだろうか。あの男が座る場所に自分が座ったらと考えると、このプレッシャーに耐えきれず黙って逃げ出してしまいそうだ。
待てよ。ローズ様の実子達と結婚した母やおじさん、おばさん達は、この空気を耐え抜いたということか!場の空気を読まないおじさん、寡黙なおじさん。怒ると超怖い母、おしゃべりなおばさん、適当過ぎるおばさんとしかイメージがないけど、実はものすごい時間を耐え抜いた人達だったのか。
「はじめまして。ローズ・エルシニアです」
「……ルクト・ヴェルネスです」
シェニカ様の護衛は『赤い悪魔』と呼ばれる有名な傭兵だが、実際に見るのは初めてだ。傲慢で命知らずな者と言われていたが、今はローズ様を前に緊張している。まぁ、ローズ様は国王陛下ですら緊張させる方だから、いかに命知らずな者であってもこうなるのは仕方がないか。この男も人の子ということだ。
この押しつぶされそうな空気を感じれば、男が場を支配するローズ様に手を出すのは無理だろう。どちらかと言えば、男の方がローズ様に殺される危険があると思う。
男がローズ様からの問いかけに間違った言動を取ったら、ダスカス神官長の時みたいになるのだろうか。ダメだ。あの時のことを思い出すだけで胃が…。
とりあえず、何事もなく無事に時間が過ぎることを祈ろう。そして万一の場合、シェニカ様に助けてもらおう。うん、それが一番だ。
「ご出身は?」
「ドルトネアです」
「単刀直入にお聞きしますが。シェニカとは以前恋人として付き合っていたと聞きましたが、どうして別れても同行しようと思うのです?」
「そんなこと、なんで答えないといけないんだよ」
ーーうわっ!こいつローズ様に口答えした! シェニカ様!開始早々護衛に生命の危険が…って、あぁ!!ガラス越しでもディスコーニと腹心はヤバめの空気を察知しているのに、肝心の御方は手紙に集中してまるで気付いていない! ってか、手紙を見て微笑んでる場合じゃないですよ!
そんな心の声を発したいのを我慢しつつ、重たい空気の中にいる2人に視線を戻した。ローズ様は無礼な返答を受けても豹変することはなかったが、溜め息を吐くと目も口も閉ざしたようで、テラスの外から聞こえる街の音しかしなくなった。
ローズ様が動かない状態が続き、一体どうなるのかとヒヤヒヤしていると、男はこの状況に困ったようでチラリと自分を見てきた。ローズ様の心境は分からないが、万が一の場合、自分まで巻き込まれないよう男と目線を合わせなかった。
『赤い悪魔』よ、悪く思うな。誰だって己が一番可愛いんだ。お前が死んだら、ローズ様に果敢に挑んだ傭兵として、孫だからと俺にまで媚びようとする神官長らに語り継いでやるからな。
静かな膠着がしばらく続いた後、急に驚いた顔をした男の額にローズ様の指が伸びた。
「お前は今から問うことに包み隠さず答えろ。お前は誰の命令でシェニカと行動を伴にしようとする?」
「そんなものはない。周囲の思惑なんかクソ食らえ。俺はただあいつが好きだから、ずっと一緒にいたいだけだ」
「ではなぜ乱暴に扱った?」
「あの時はバルジアラへの憎しみが募ってイライラして。シェニカと一緒にいるのも、恋人になれるのも、好きに抱けるのも。何を言っても、何をしても許されるのは俺だけの特権だと思っていた。
あいつは優しいし、俺に依存させておけば何でも許してもらえると思っていた。傷付けるつもりはなかったんだ」
「だが結局許されなかったのだろう? そんな状況で、もう一度やり直せると思っているのか?」
「主従の誓いが夫婦の誓いになれば。俺だけを見てくれるはずだ」
「夫婦の誓いというのは?」
「主従の誓いを結んだ状態で互いを想い合えば、他の相手を見なくなって、誓った相手だけを求める夫婦の誓いになる。もう一度俺を好きになってくれたら、ディスコーニなんて眼中になくなって俺だけを見てくれる」
「自分の行いが原因でフラレたくせに、もう一度好きになってもらえると思うのか?」
「ディスコーニを好きだと思うのは、閉鎖された空間に閉じ込められて、一緒に行動したことによる一時的な思い込みだ。ディスコーニと離れれば目が覚める。
俺のほうが長い時間一緒に居たし、奴は国から出られないんだ。正気に戻れば、時間はかかっても俺をもう一度見てくれるようになるはずだ」
「それこそ、そうであってほしいと願うお前の勝手な思い込みではないのか?」
「思い込みじゃない。ディスコーニはシェニカを利用するために近付いているだけだ」
「ディスコーニ様の存在を抜きにしても、お前があの子にやったことが別れの原因になったのは事実だろう」
「確かにそうだが、もう二度とそんなことしない、これからはお前が望むことは何でもすると、ちゃんと言葉と態度で伝えれば分かってくれる」
どうやらシェニカ様から離れないのは、未練があるからみたいだが…。
未練の残るような本気の恋愛なんてしたことがないから分からないが、別れても離れようとしない奴なんて、男でも女でも嫌われるのがセオリーだ。
それに、ディスコーニは新任ながら次の筆頭将軍だと噂されるような奴だから、国から出ることは出来なくても、何らかの手を打つはずだと考えるのが自然だと思うが。この男はそこまで考えが及ばないのだろうか。それとも、考えたくないのだろうか。
「気持ちが離れた相手に、『自分を見てくれる。分かってくれる』と信じれるとは。どこからそんな根拠のない自信がくるのか理解出来んな。なぜそんなにあの子に執着する」
「もっと早くに、失いたくないくらい大事な存在だったと気付いていれば良かった。どう思われているのか、言葉がないのがこんなに寂しくて不安だと知っていればよかった。ちゃんと好きだと言葉で伝えていれば良かった。ちゃんと手を繋いでおけばよかった。大切にしておけばよかった。
お前がそんなに傷付くなんて、俺を怖がるなんて夢にも思ってなかったんだ。もう2度と乱暴にしないから、もう一度俺を見て欲しい。ディスコーニに取られたくない。これからはちゃんと好きだって言うから。嫌がることはしないから。俺をもう一度好きになって欲しい。
俺を捨てないでくれ。俺を嫌いにならないでくれ。置いていかないでくれ。側にいてくれ。俺を見てくれ。近くにいるのに、遠くにいるような思いをするのが辛いんだ。
許してもらえるまで謝りたいけど、蒸し返せば別れを言われそうで怖くて。離れたらもう元に戻れない気がして、何も出来ないんだ。
こんなにお前が心を占めているなんて思ってもいなかった。後悔ばかりでどうして良いか分からないけど、どうすれば許してもらえるのか。一緒にいることが出来るのか教えて欲しい」
シェニカ様に何を言っても、何をしても自分なら許してもらえる。まさに傲慢が故に出来たことだと思うが、その代償はあまりにも大きかったようだ。後悔しているとはいえ、その考えは今まで己が積み重ねてきた思考と経験からくるもの。男の切実な心の叫びを聞くと同情するところはあるが、身から出た錆であり、自業自得とも言える。
ローズ様は膝の上に置いていた両手を組み直すと、大きな溜め息を吐いて再び黙ってしまった。何を思っているのか分からないが、たっぷりとした沈黙の時間が過ぎると共に、ローズ様から放たれる圧力が軽くなってきているような気がする。
「あの子が他の男性を恋人や夫、伴侶、愛人にしたいと言ったら、お前は受け入れられるか?」
「そんなこと許さない。あいつの隣にいるのは俺だけで良いんだ。他の男に渡さない」
「あの子がお前の意思に反し他の男性を迎えたら、どうする?」
「シェニカとそいつに、離れるように言い聞かせる」
「話して理解し合えない場合もある。その時はどうする?」
「言ってわからないなら、そいつを殺す」
「お前がいかに強い傭兵でも、力が及ばない者もいるでしょう。その時は?」
「俺が実力で負けるとすれば将軍や副官くらいだ。そういう奴らは外面の良さで騙し、利用しようと近付いているだけだ。シェニカに時間をかけて教えれば、そのうち目が覚めて気持ちも離れる」
「あの子がお前との別れを望んだらどうする?」
「別れない。別れるくらいなら、護衛としてで良いから側にいる」
「お前があの子の前から去ろうとは思わないのか」
「思わない」
ローズ様は再び動きを止めてしばらく考え込むと、すっかり冷めた茶を飲んで視線を男に戻した。
「お前は『聖なる一滴』を見たことがあるか?」
「ない」
「効果は知っているだろう。『聖なる一滴』が欲しくはないか?」
「前は欲しかったが、今は別に欲しくない」
「強い相手を排除するためにも、『聖なる一滴』を手に入れたいと思わないのか?」
「確かに、あれを使えば俺よりも強い奴らを倒せると思う。でも、シェニカに『聖なる一滴』が欲しいと言ったら、俺はあいつの側にいることが出来なくなる気がする。そんな可能性が生まれるくらいなら、『聖なる一滴』なんかいらない」
「シェニカとずっと一緒にいるために、お前の一生をかける覚悟はあるか?」
「一生をかけるとか分かんねぇけど。これから先もずっと一緒にいたい。離れたくない」
男がそこまで言うと、ローズ様はパンと手を叩いて術を解いた。その音はテラスだけでなく、室内にも届くほどの大きさだったから、夢中で手紙を読んでいたシェニカ様もガラス越しにローズ様達を見た。
「お前が誰かの思惑でシェニカの側にいるんじゃないかと思ったが、そうではなかったか」
「なに勝手に強制催眠をかけてんだよ!」
「お前を信用してないからだ」
知識の少ない一介の傭兵に過ぎない男だからこそ、怖いもの知らずな態度を取れるのだと思うが…。ローズ様が殺気立っていないとはいえ、喧嘩腰で声を張り上げているのはすごいと思う。一方のローズ様は怒鳴り声を浴びせられて怒るかと心配したが、喚く子供を前にした時のようにまったく相手にしていない。
というか、この男は強制催眠をかけられたくないなら、ローズ様が指を伸ばした時に避ければいいものを。しようと思えば出来ただろうに、激昂するのは筋違いだと思う。
「強制催眠というのは、人の心の中も覗けるし、意のままに操ることも出来る。お前はシェニカから心の中を覗かれたことはあったか?」
「ないけど…」
「人の心の中を覗いても、必ずしもいい事はないと知っているから無闇に心の中を覗かない。だからこそ親しい者には術をかけずに、信頼できない者の心を覗く。
シェニカはお前にどう思われているのか不安だったようだが、お前に強制催眠をかけなかったのは、お前の意思で言って欲しかったからだ」
ローズ様の言葉に思い当たる節があるのか、威勢の良かった男の目から覇気が失くなり、口を引き結んで何かを耐えるような表情になった。
「お前のやったことは許されることじゃないが、シェニカを想う気持ちは確かな様だ。あの子が決めた事に口を出す気はないが、心配だからお前の心を覗かせて貰った。勝手に覗いた詫びに助言を与えてやろう。
お前がシェニカに求めるものは、まずお前が先にシェニカに与えなさい。言葉が欲しいのなら、お前が欲する言葉をシェニカに与え、愛が欲しいなら、お前が先に愛を与えなさい。
ただし、真実を捻じ曲げれば必ずほころびが生まれ、関わる者に苦しみや困難をもたらす。まがい物は所詮ニセモノ。真実には決して勝つことは出来ない上に、真実をより強固なものにするだけだ。
時間は巻き戻せない。過去の積み重ねが未来に繋がっていくことを忘れずに、後悔しないよう今を謙虚に生きろ。
シェニカは心のない存在ではない。あの子が欲しいのなら、捨てられたくないのなら、目の前にいる存在と事実に真摯に向き合いなさい」
「そんなこと…。言われなくても分かってるよ」
「シェニカを取り巻く状況は今までと変わった。お前がシェニカとずっと一緒にいたいのならば、知らなければならないことがある。それを教えられるのは『白い渡り鳥』本人や神官長、王や王太子、副官以上の軍人や大臣といった各国の上層部だけだが、シェニカは期限を決めた護衛に教えることはないだろうし、私もお前に教えてやるつもりはない。
これから先、お前がもう一度シェニカと信頼関係が築けたならば。お前は自分自身とシェニカを守るために、力だけでなく後ろ盾も必要になるでしょう。シェニカという存在は強力でも、王族、貴族、将軍のような者が持つ国という後ろ盾ほど万能ではない。万が一のために備えて、味方を増やし、後ろ盾になってくれる者を見つけておきなさい」
「なんで俺にそんなことを言うんだ?」
「シェニカと血の繋がりはなくても、娘のように可愛い子だ。お前のやったことは腹が立つが、お前を嫌いになりきれなかったからだ」
神官長らがシェニカ様に行っていた『ちょっかい』が何なのかは良く知らないが、男はシェニカ様に直接危害を加えているから、ローズ様の嫌いになりきれないという言葉にとても驚いた。
神官長らとこの男では、一体何が違うのだろうか。なぜ、この男には情をかけてやろうと思えたのだろうか。ダスカス神官長を前にした時とは全く違う態度に、こっちが困惑してしまう。
「お前がどんな者であろうと、お前のおかげで邪な者からシェニカは守られてきたのは事実だ。失敗をしなければ気付かないこともあるが、時間の経過と共に人の気持ちも変化する。自分の中に覆い隠したものから目を背け、つまらぬ虚勢を張っている暇はない。望みを叶えるために何を選び、何を捨てるのか、時間をかけてよく考えなさい。
シャオム。ディスコーニ様と話がしたいので、腹心の方と一緒にここに来るよう伝えて」
「はい」
『赤い悪魔』はローズ様に何か言いたそうにしていたが、有無を言わさない空気に圧されたようで、黙って席を立つと室内に戻って心配そうなシェニカ様の隣に座った。
■■■後書き■■■
今年も花粉の時季がやってきてしまいました。花粉症の薬を服用していますが、抑えきれない症状と副作用の眠気のおかげで、散々な目に遭っています…。トホホ。
早く更新したい気持ちはあるのですが、ボーッとしてしまうことが多いので、更新は少し遅くなるかもしれません。本当に申し訳ありません。m(_ _)m
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
頂いた応援は更新の励みになっております。
今回はローズ様の護衛のシャオム視点のお話です。シェニカがローズ様と再会する場面から始まります。
■■■■■■■■■
「ローズ様!」
「シェニカ、久しぶりですね。よく顔を見せて。まぁ、随分と大人びて…」
シェニカ様が室内に入った瞬間、ローズ様に躊躇なく抱きついて再会を喜びあった。
自分を含めた孫たちは、小さい時から「ローズ様への言動には気を付けろ」と口酸っぱく言い聞かせられるから仕方がないが、実子達すらこんな風に再会を喜び合わない。ひ孫もいるが、会う機会が少ない上に、ローズ様のことをよく分かっていないほど幼いから、「なんか知らないおばあさん」という感じで親にくっついて挨拶するくらいだ。
そして何より。ローズ様を前に緊張せず普通に喋ってるのがすげぇ!
自分の位置からはローズ様の後ろ姿しか見えないが、シェニカ様との会話を喜んでいらっしゃるのが伝わってくる。ローズ様とこんな風に会話出来るのは限られた人しかいない上に、流れる空気や会話の内容から深い信頼関係があるようだ。
そして、ちょうどシェニカ様の表情が見える場所にいることを活かし、不自然にならないよう気をつけつつ、シェニカ様の観察を始めた。
独自路線を進みがちなダーファス出身だからと心配したが、ちゃんと良いものを着ているし、現役の女性『白い渡り鳥』様と違って、化粧っ気がなく素朴さが残った『ごく普通の女性』に見える。ローズ様のような存在感はないものの、ダーファスの神官や巫女たちが言っていたような、真面目で優しそうな感じだ。加えて、小柄なところから、ちんまりして可愛い小動物のようだ。明るい笑顔も相まって、『再生の天使』と言われるのも分かる気がする。
上下関係が伺える会話の内容や言葉遣いの丁寧さはあるが、愛玩動物のような存在がローズ様と対等に喋っているのを見て、やっぱりすごい人なのだなと思う。特に、先日あの恐ろしいローズ様を見ているだけに、その存在のありがたさと凄さは身を持って実感出来る。
「ディスコーニ様を好きだということを受け入れるから、主従の誓いを結んだ上でやり直したいと言われて」
「お互いに気持ちはあるのですが、いまはお友達…です」
ーー2人とも気持ちがあるってことは、もうくっつくのは秒読みってことだろ?
護衛の男もディスコーニも女がキャーキャー言いそうな顔ではないが、稼ぎも地位も実力もディスコーニが上。正直なところ、あの男に勝ち目なんてないと思う。
それに、そもそも本気で付き合っていたなら乱暴なことなどしないと思う。なのに、奴隷になってでも離れようとしないのはなぜなんだろうか。
「夫と私は年齢が20も離れていた上に、彼は短命の血筋だったんです。『他の男性も夫として迎えてくれ』と条件を出されて困惑しましたが、好きで好きで諦めきれなくて。結婚するためならと思って伴侶を迎えました」
ーー機会がなかっただけかもしれないが、ローズ様の馴れ初めは聞いたことがない。特にローズ様の配偶者は、最初の実子すら記憶にないほど早逝したらしく、身内の会話でも名前を耳にしない謎の人だ。その方がローズ様の最愛の人で、結婚の条件に他の夫を要求したなんて…。
実子達が聞いても濁されそうな話だから、この機会はすごく貴重なことだと思う。今度身内のみんなに教えてやろう。
「私もね、同じ様に1人だけで良いと思っていました。でも、私は夫の他に2人の伴侶を迎えました」
「複数の相手を受け入れるだけの覚悟がなければ、『白い渡り鳥』の夫や伴侶にはなれないのです。それが、夫になる者達の宿命です」
ーー会話を聞く限り、シェニカ様の悩みはローズ様も経験したことがあるようだ。
複数の相手を持つなんて、王族と『白い渡り鳥』様にしか許されないことだから、どういう気持ちで迎えるのか、どんな覚悟が必要なのか、一般人の自分にはさっぱり分からない。
普通なら結婚を決めるほどの相手であれば、他の男と共有したいなんて思わないはずだ。誰しも独占欲があるから、上手く行かないんじゃないのかと思うものの、じいちゃん達はすごく仲が良かったと聞いた記憶がある。今と昔では考え方が違うのだろうか。
「シェニカが手紙を読んでいる間、護衛の彼と話をさせてもらえますか?」
ーーローズ様が護衛と直接話すのを希望するなんて…。
きっと男からも事情を聞いた上で、制裁を加えるおつもりなのだと思う。恋人に乱暴するような奴だから、ローズ様に手を出さないように、しっかり見張っていなければならないが、先日のような恐ろしい状態になる可能性も十分に考えられる。あの時の空気をもう一度味わうことになるかもしれないと思うと、胃がギリギリと締め上げられるような痛みを感じる。
しかも、今後ローズ様は各地の神官長らにお仕置きするつもりらしいから、あの状態になる可能性は高いと思う。あんな状況に晒される機会が増えるとなると、自分はローズ様の配偶者の血筋ではないものの早死にしそうだ。
ローズ様の護衛兼側仕えという仕事は戦場よりも安全と思っていたが、こういう形で生命の危険に晒されようとは。神殿を辞めようにも、母の理解を得られず怒られるのが目に見えているし、ローズ様に体の良い理由もつけづらい。それに、ローズ様が不機嫌になった時に『孫だから大丈夫』と言って自分を盾にする神官や巫女達が、必死に引き留めてくるのが目に見えている。あの状況じゃ、話しかけるタイミングを間違えれば、孫でも無事じゃ済まないのに…。
あ~、重い空気と圧力から解放されたい。配置転換してもらえないだろうか。馬に乗り、頭を空っぽにして気が向くまま駆け回りたい…。
「ありがとうございます」
シェニカ様はドアを開ける自分に会釈をして通り過ぎると、ソファに座る護衛に向かって真っ直ぐに歩いて行った。
「ルクト、ローズ様が話したいんだって」
「俺と?何を話すんだ?」
「分からないけど、良い機会だから。ね?」
「分かった」
赤い髪の男は怪訝そうな顔をしながらテラスに出ると、シェニカ様が座っていた椅子に座った。すぐに新しいお茶と交換したが、先程とは違って静かで、気不味い空気が漂っている。
ローズ様は不機嫌ではないが、神官長の時とはまた違った圧力を感じる。娘が家に連れてきた男を吟味するような感じだろうか。あの男が座る場所に自分が座ったらと考えると、このプレッシャーに耐えきれず黙って逃げ出してしまいそうだ。
待てよ。ローズ様の実子達と結婚した母やおじさん、おばさん達は、この空気を耐え抜いたということか!場の空気を読まないおじさん、寡黙なおじさん。怒ると超怖い母、おしゃべりなおばさん、適当過ぎるおばさんとしかイメージがないけど、実はものすごい時間を耐え抜いた人達だったのか。
「はじめまして。ローズ・エルシニアです」
「……ルクト・ヴェルネスです」
シェニカ様の護衛は『赤い悪魔』と呼ばれる有名な傭兵だが、実際に見るのは初めてだ。傲慢で命知らずな者と言われていたが、今はローズ様を前に緊張している。まぁ、ローズ様は国王陛下ですら緊張させる方だから、いかに命知らずな者であってもこうなるのは仕方がないか。この男も人の子ということだ。
この押しつぶされそうな空気を感じれば、男が場を支配するローズ様に手を出すのは無理だろう。どちらかと言えば、男の方がローズ様に殺される危険があると思う。
男がローズ様からの問いかけに間違った言動を取ったら、ダスカス神官長の時みたいになるのだろうか。ダメだ。あの時のことを思い出すだけで胃が…。
とりあえず、何事もなく無事に時間が過ぎることを祈ろう。そして万一の場合、シェニカ様に助けてもらおう。うん、それが一番だ。
「ご出身は?」
「ドルトネアです」
「単刀直入にお聞きしますが。シェニカとは以前恋人として付き合っていたと聞きましたが、どうして別れても同行しようと思うのです?」
「そんなこと、なんで答えないといけないんだよ」
ーーうわっ!こいつローズ様に口答えした! シェニカ様!開始早々護衛に生命の危険が…って、あぁ!!ガラス越しでもディスコーニと腹心はヤバめの空気を察知しているのに、肝心の御方は手紙に集中してまるで気付いていない! ってか、手紙を見て微笑んでる場合じゃないですよ!
そんな心の声を発したいのを我慢しつつ、重たい空気の中にいる2人に視線を戻した。ローズ様は無礼な返答を受けても豹変することはなかったが、溜め息を吐くと目も口も閉ざしたようで、テラスの外から聞こえる街の音しかしなくなった。
ローズ様が動かない状態が続き、一体どうなるのかとヒヤヒヤしていると、男はこの状況に困ったようでチラリと自分を見てきた。ローズ様の心境は分からないが、万が一の場合、自分まで巻き込まれないよう男と目線を合わせなかった。
『赤い悪魔』よ、悪く思うな。誰だって己が一番可愛いんだ。お前が死んだら、ローズ様に果敢に挑んだ傭兵として、孫だからと俺にまで媚びようとする神官長らに語り継いでやるからな。
静かな膠着がしばらく続いた後、急に驚いた顔をした男の額にローズ様の指が伸びた。
「お前は今から問うことに包み隠さず答えろ。お前は誰の命令でシェニカと行動を伴にしようとする?」
「そんなものはない。周囲の思惑なんかクソ食らえ。俺はただあいつが好きだから、ずっと一緒にいたいだけだ」
「ではなぜ乱暴に扱った?」
「あの時はバルジアラへの憎しみが募ってイライラして。シェニカと一緒にいるのも、恋人になれるのも、好きに抱けるのも。何を言っても、何をしても許されるのは俺だけの特権だと思っていた。
あいつは優しいし、俺に依存させておけば何でも許してもらえると思っていた。傷付けるつもりはなかったんだ」
「だが結局許されなかったのだろう? そんな状況で、もう一度やり直せると思っているのか?」
「主従の誓いが夫婦の誓いになれば。俺だけを見てくれるはずだ」
「夫婦の誓いというのは?」
「主従の誓いを結んだ状態で互いを想い合えば、他の相手を見なくなって、誓った相手だけを求める夫婦の誓いになる。もう一度俺を好きになってくれたら、ディスコーニなんて眼中になくなって俺だけを見てくれる」
「自分の行いが原因でフラレたくせに、もう一度好きになってもらえると思うのか?」
「ディスコーニを好きだと思うのは、閉鎖された空間に閉じ込められて、一緒に行動したことによる一時的な思い込みだ。ディスコーニと離れれば目が覚める。
俺のほうが長い時間一緒に居たし、奴は国から出られないんだ。正気に戻れば、時間はかかっても俺をもう一度見てくれるようになるはずだ」
「それこそ、そうであってほしいと願うお前の勝手な思い込みではないのか?」
「思い込みじゃない。ディスコーニはシェニカを利用するために近付いているだけだ」
「ディスコーニ様の存在を抜きにしても、お前があの子にやったことが別れの原因になったのは事実だろう」
「確かにそうだが、もう二度とそんなことしない、これからはお前が望むことは何でもすると、ちゃんと言葉と態度で伝えれば分かってくれる」
どうやらシェニカ様から離れないのは、未練があるからみたいだが…。
未練の残るような本気の恋愛なんてしたことがないから分からないが、別れても離れようとしない奴なんて、男でも女でも嫌われるのがセオリーだ。
それに、ディスコーニは新任ながら次の筆頭将軍だと噂されるような奴だから、国から出ることは出来なくても、何らかの手を打つはずだと考えるのが自然だと思うが。この男はそこまで考えが及ばないのだろうか。それとも、考えたくないのだろうか。
「気持ちが離れた相手に、『自分を見てくれる。分かってくれる』と信じれるとは。どこからそんな根拠のない自信がくるのか理解出来んな。なぜそんなにあの子に執着する」
「もっと早くに、失いたくないくらい大事な存在だったと気付いていれば良かった。どう思われているのか、言葉がないのがこんなに寂しくて不安だと知っていればよかった。ちゃんと好きだと言葉で伝えていれば良かった。ちゃんと手を繋いでおけばよかった。大切にしておけばよかった。
お前がそんなに傷付くなんて、俺を怖がるなんて夢にも思ってなかったんだ。もう2度と乱暴にしないから、もう一度俺を見て欲しい。ディスコーニに取られたくない。これからはちゃんと好きだって言うから。嫌がることはしないから。俺をもう一度好きになって欲しい。
俺を捨てないでくれ。俺を嫌いにならないでくれ。置いていかないでくれ。側にいてくれ。俺を見てくれ。近くにいるのに、遠くにいるような思いをするのが辛いんだ。
許してもらえるまで謝りたいけど、蒸し返せば別れを言われそうで怖くて。離れたらもう元に戻れない気がして、何も出来ないんだ。
こんなにお前が心を占めているなんて思ってもいなかった。後悔ばかりでどうして良いか分からないけど、どうすれば許してもらえるのか。一緒にいることが出来るのか教えて欲しい」
シェニカ様に何を言っても、何をしても自分なら許してもらえる。まさに傲慢が故に出来たことだと思うが、その代償はあまりにも大きかったようだ。後悔しているとはいえ、その考えは今まで己が積み重ねてきた思考と経験からくるもの。男の切実な心の叫びを聞くと同情するところはあるが、身から出た錆であり、自業自得とも言える。
ローズ様は膝の上に置いていた両手を組み直すと、大きな溜め息を吐いて再び黙ってしまった。何を思っているのか分からないが、たっぷりとした沈黙の時間が過ぎると共に、ローズ様から放たれる圧力が軽くなってきているような気がする。
「あの子が他の男性を恋人や夫、伴侶、愛人にしたいと言ったら、お前は受け入れられるか?」
「そんなこと許さない。あいつの隣にいるのは俺だけで良いんだ。他の男に渡さない」
「あの子がお前の意思に反し他の男性を迎えたら、どうする?」
「シェニカとそいつに、離れるように言い聞かせる」
「話して理解し合えない場合もある。その時はどうする?」
「言ってわからないなら、そいつを殺す」
「お前がいかに強い傭兵でも、力が及ばない者もいるでしょう。その時は?」
「俺が実力で負けるとすれば将軍や副官くらいだ。そういう奴らは外面の良さで騙し、利用しようと近付いているだけだ。シェニカに時間をかけて教えれば、そのうち目が覚めて気持ちも離れる」
「あの子がお前との別れを望んだらどうする?」
「別れない。別れるくらいなら、護衛としてで良いから側にいる」
「お前があの子の前から去ろうとは思わないのか」
「思わない」
ローズ様は再び動きを止めてしばらく考え込むと、すっかり冷めた茶を飲んで視線を男に戻した。
「お前は『聖なる一滴』を見たことがあるか?」
「ない」
「効果は知っているだろう。『聖なる一滴』が欲しくはないか?」
「前は欲しかったが、今は別に欲しくない」
「強い相手を排除するためにも、『聖なる一滴』を手に入れたいと思わないのか?」
「確かに、あれを使えば俺よりも強い奴らを倒せると思う。でも、シェニカに『聖なる一滴』が欲しいと言ったら、俺はあいつの側にいることが出来なくなる気がする。そんな可能性が生まれるくらいなら、『聖なる一滴』なんかいらない」
「シェニカとずっと一緒にいるために、お前の一生をかける覚悟はあるか?」
「一生をかけるとか分かんねぇけど。これから先もずっと一緒にいたい。離れたくない」
男がそこまで言うと、ローズ様はパンと手を叩いて術を解いた。その音はテラスだけでなく、室内にも届くほどの大きさだったから、夢中で手紙を読んでいたシェニカ様もガラス越しにローズ様達を見た。
「お前が誰かの思惑でシェニカの側にいるんじゃないかと思ったが、そうではなかったか」
「なに勝手に強制催眠をかけてんだよ!」
「お前を信用してないからだ」
知識の少ない一介の傭兵に過ぎない男だからこそ、怖いもの知らずな態度を取れるのだと思うが…。ローズ様が殺気立っていないとはいえ、喧嘩腰で声を張り上げているのはすごいと思う。一方のローズ様は怒鳴り声を浴びせられて怒るかと心配したが、喚く子供を前にした時のようにまったく相手にしていない。
というか、この男は強制催眠をかけられたくないなら、ローズ様が指を伸ばした時に避ければいいものを。しようと思えば出来ただろうに、激昂するのは筋違いだと思う。
「強制催眠というのは、人の心の中も覗けるし、意のままに操ることも出来る。お前はシェニカから心の中を覗かれたことはあったか?」
「ないけど…」
「人の心の中を覗いても、必ずしもいい事はないと知っているから無闇に心の中を覗かない。だからこそ親しい者には術をかけずに、信頼できない者の心を覗く。
シェニカはお前にどう思われているのか不安だったようだが、お前に強制催眠をかけなかったのは、お前の意思で言って欲しかったからだ」
ローズ様の言葉に思い当たる節があるのか、威勢の良かった男の目から覇気が失くなり、口を引き結んで何かを耐えるような表情になった。
「お前のやったことは許されることじゃないが、シェニカを想う気持ちは確かな様だ。あの子が決めた事に口を出す気はないが、心配だからお前の心を覗かせて貰った。勝手に覗いた詫びに助言を与えてやろう。
お前がシェニカに求めるものは、まずお前が先にシェニカに与えなさい。言葉が欲しいのなら、お前が欲する言葉をシェニカに与え、愛が欲しいなら、お前が先に愛を与えなさい。
ただし、真実を捻じ曲げれば必ずほころびが生まれ、関わる者に苦しみや困難をもたらす。まがい物は所詮ニセモノ。真実には決して勝つことは出来ない上に、真実をより強固なものにするだけだ。
時間は巻き戻せない。過去の積み重ねが未来に繋がっていくことを忘れずに、後悔しないよう今を謙虚に生きろ。
シェニカは心のない存在ではない。あの子が欲しいのなら、捨てられたくないのなら、目の前にいる存在と事実に真摯に向き合いなさい」
「そんなこと…。言われなくても分かってるよ」
「シェニカを取り巻く状況は今までと変わった。お前がシェニカとずっと一緒にいたいのならば、知らなければならないことがある。それを教えられるのは『白い渡り鳥』本人や神官長、王や王太子、副官以上の軍人や大臣といった各国の上層部だけだが、シェニカは期限を決めた護衛に教えることはないだろうし、私もお前に教えてやるつもりはない。
これから先、お前がもう一度シェニカと信頼関係が築けたならば。お前は自分自身とシェニカを守るために、力だけでなく後ろ盾も必要になるでしょう。シェニカという存在は強力でも、王族、貴族、将軍のような者が持つ国という後ろ盾ほど万能ではない。万が一のために備えて、味方を増やし、後ろ盾になってくれる者を見つけておきなさい」
「なんで俺にそんなことを言うんだ?」
「シェニカと血の繋がりはなくても、娘のように可愛い子だ。お前のやったことは腹が立つが、お前を嫌いになりきれなかったからだ」
神官長らがシェニカ様に行っていた『ちょっかい』が何なのかは良く知らないが、男はシェニカ様に直接危害を加えているから、ローズ様の嫌いになりきれないという言葉にとても驚いた。
神官長らとこの男では、一体何が違うのだろうか。なぜ、この男には情をかけてやろうと思えたのだろうか。ダスカス神官長を前にした時とは全く違う態度に、こっちが困惑してしまう。
「お前がどんな者であろうと、お前のおかげで邪な者からシェニカは守られてきたのは事実だ。失敗をしなければ気付かないこともあるが、時間の経過と共に人の気持ちも変化する。自分の中に覆い隠したものから目を背け、つまらぬ虚勢を張っている暇はない。望みを叶えるために何を選び、何を捨てるのか、時間をかけてよく考えなさい。
シャオム。ディスコーニ様と話がしたいので、腹心の方と一緒にここに来るよう伝えて」
「はい」
『赤い悪魔』はローズ様に何か言いたそうにしていたが、有無を言わさない空気に圧されたようで、黙って席を立つと室内に戻って心配そうなシェニカ様の隣に座った。
■■■後書き■■■
今年も花粉の時季がやってきてしまいました。花粉症の薬を服用していますが、抑えきれない症状と副作用の眠気のおかげで、散々な目に遭っています…。トホホ。
早く更新したい気持ちはあるのですが、ボーッとしてしまうことが多いので、更新は少し遅くなるかもしれません。本当に申し訳ありません。m(_ _)m
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる