天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第13章 北への旅路

8.本当に怖いのは

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「この峠を越えれば、アネシスが見えてくるよ。なんかあっという間だったなぁ」



「もう少ししたら休憩出来そうな場所がある。そこまで行けそうか?」



「うん。なんとか…。ふぅ」


どんよりとした雲が覆う灰色の空の下、先頭を歩いているエアロスは、石や木の根でゴツゴツとして足場が悪い上に傾斜のある峠の上り道を軽い足取りで歩いている。



私の真後ろにいるルクトは私の荷物を持ってくれているというのに、彼も息は上がっていない。


2人とも同じ峠道を歩いているのだろうか?と不思議に思うくらい、彼らが涼しい顔をして歩いているのは流石といったところだろうか。








私は一生懸命上り道を歩きながら、集落を出てからのことを思い出した。



私の『一晩腹を割って思いの丈を伝え合い、男の友情を育んで仲良くなろう作戦』は上手く行ったのか、集落を出てから2人はたまに言い合いはするものの、今までのような喧嘩が始まりそうな空気を出すことはなくなった。





うんうん。やっぱり2人に必要なのは、熱い『男の友情』だったのだ。


レオンとルクトの様な関係になるにはまだ時間がかかるかもしれないけど、きっとルクトもエアロスと仲良くなるはず!


そしたら、アネシスで別れる頃には。






『ルクト。お前って結構いいヤツだったんだな。ここで別れるのが惜しいよ』


『お前もガキのクセして、料理も上手いし、小回りがきくし、よく見りゃ結構かわいい顔してたんだな』


『お、お前にかわいいとか言われても嬉しくねぇし』


ルクトにかわいいと言われて、エアロスは頬を赤らめてそっぽを向いた。




『戦場に行っても、お前のかわいい顔が怪我しねぇように気ぃつけろよ』



とか、なったりして!

うははっ!『男の友情』バージョンの妄想も結構楽しいかも~!





そしてゆくゆくは、ルクトがレオン、シューザ、エアロスとの間で育んだ『男の友情』で、一緒のテーブルで仲良くお酒を飲んでいるという微笑ましい光景を、私は妄想しながらきつい上り道を歩き続けた。







「ここらで休もう」


「シェニー、随分疲れてるけど大丈夫?そこなら横になれるよ」


エアロスが指差した場所は、木の隙間から灰色の空が見える少し斜めになった場所だった。そこは柔らかそうな草が茂っているから、寝転ぶには適していそうだ。






「ありがとう。そうさせてもらうね。じゃ、2人ともコップ出して。お水作るよ」


2人からコップを受け取り、水の魔法で水を溜めて渡した。

エアロスの木製のカップには、イラスト調の魚の焼印が入っていてとても可愛かった。
私もルクトも何もデザインされていない木製のコップだから、そのうちペアのコップとか欲しいな。


でもルクトは『小っ恥ずかしい』とか言って、お揃いのものとか却下されちゃうかなぁ。








「盗賊もいないみたいだから、シェニーはしばらく休んでなよ」



「うん。そうさせてもらうね」


みんなで水分補給を終えると、私は木の下にゴロリと横になり、2人は木にもたれるように座った。






ーーはぁ…。疲れた。足に何か重石でもついているのかな?と錯覚するくらい、足が重たくて堪らないなぁ。


横になると身体全体に重石を乗せたみたいなダルさを感じる。


基本的に旅は徒歩でやっているから、山登りは慣れているし別に怪我も病気もしていない。
でもこんなに辛く感じるのは、多分近い内に月の物が始まるってことだろう。こんな感じになるのなら、手前の村で馬を借りておけば良かったかもしれない。






ーーん?あれ何だろう。


私はぼーっとしたまま、木の下から灰色の空や木や葉の隙間から見える木々に視線を向けていると、葉の隙間から見えたものに目を凝らした。




斜め前に生えている背の高い木のてっぺんに、紫色の小さな何かが見える。

周囲にある同種の木を見ても花なんて咲いていないし、1つしかないその紫色のことについていろんな仮説を立てて考え始めた。



「鳥の羽?…いや、羽は小さすぎて違うか。じゃあ、あんな高い場所に1か所だけ木の花とは違う別の花が咲いてるとか?
でもここじゃ寒くて花の生育には向かないだろうし、あんな高い場所に生えるってことは、綿毛で種が飛んだのが偶然咲いたかなぁ。

……寒い気候、高い場所、紫色の花?あれってもしかして!」



仮説の1つの可能性に思い当たり、私は気怠さなんて忘れたようにガバリと身体を起こした。







「どうした?何かあったのか?」


私の近くの木の下で座っていたルクトは、突然起き上がった私を不思議そうな顔で見た。





「あそこ!あの木の上の方にある紫色のやつ!あれ、ラピンっていう珍しい薬草みたいなの!」


私は紫の花が咲いていると思われる場所を指差したが、ルクトはその方向を向いて目を凝らした。




「木の上に薬草?何か紫の花が咲いてるがあれがそうなのか?」



「実物を見ないと分からないから。ルクト、取ってきてくれない?」


目の良いルクトが『紫の花が咲いている』というのだから、やはり私の見立てた薬草に近いだろう。
珍しい貴重な薬草だから、この機会を逃さず是非とも手に入れたい!


私はルクトに一生懸命訴えた。






「下の方の枝なら太いから大丈夫だが、上の方の枝は細くて登れねぇな。俺が乗ったら多分枝が折れる」



「そ、そこをなんとか!落ちたら治療するから!」



「落ちる前提かよ」


ルクトが落ちても私が責任をもって治療すると約束するから、是非とも取ってきて欲しい。




「シェニー!俺が取ってくるよ」


近くの木の下に座って私達を見ていたエアロスが、満面の笑みで立ち上がった。





「本当?!エアロスありがとう!」


「木登りなんて朝飯前だよ!」


思いがけないエアロスの申し出に、私はエアロスに駆け寄って彼の両手をガシッと掴んだ。





「シェニーは安心して見てて」


エアロスは小走りで木に駆け寄ると、ピョンピョンと枝を飛び渡って上へ上へと登って行く。

木の根元から見上げてエアロスの姿を追おうとしても、真下から見ると高く伸びた木の上の部分は葉っぱに遮られて途中から全然見えない。でも、きっと彼の身軽さで順調に登っていそうだ。







「よっと!お待たせ~!」


しばらくすると、紫の花を持ったエアロスは上の方から飛び降りて華麗に着地した。






「わぁ!ありがとうエアロスっ!」


エアロスから一輪の紫色の花を受け取ると、やはり予想通りラピンという珍しい薬草だ。

この花はすぐに萎れてしまうから、私は花が元気を失わない便利魔法をかけて小瓶に入れて鞄にしまった。






「えへへ。これくらい余裕だよ。どっかの誰かと違ってね」


「ガキのナリしてるお前と違って大人の身体だからな」


ルクトがエアロスを睨みながらそう言うと、エアロスはジト目になって頬を膨らませた。





「お前は大人のナリでも、中身はガキみたいだよな。短気だし張り合ってくるし。シェニー、こんな中身ガキな奴なんか別れて、中身は大人の俺と付き合おうよ!」



「あぁ?寝言は寝て言え」



「もう2人とも!喧嘩しないの!じゃ、先を急ぎましょ」


2人が険悪な空気を出し始めたので、私はルクトの腕を掴んで峠道の先を指差した。


やれやれ。ちょっとは仲が良くなってきたかな?と思ったのに、この2人の間に『男の友情』が育つにはまだまだ時間がかかりそうだ。










「見て!あっちの山、雪かぶってるよ!」


峠の頂上に到着すると、遠い向こうに雪をかぶった山々が見える。地図で確認すれば、アビテード領内にあるマニウネア山脈のようだ。




「アビテードが近くなってきたな」


「そういえば。シェニーはどうしてアビテードなんか行こうと思ったの?あそこ、観光地も特産も何にもないって聞くけど…」


エアロスが小首をかしげ、不思議そうな顔をして私を見てきた。

彼のその仕草は本当に母性本能をくすぐるような、愛らしさがあって放っておけなくなる。





「アビテードに会いたい人がいるの。それに『戦争から忘れられた国』ってことは、平和な国ってことでしょ?戦争ばっかりのご時世だから、そういう平和な国に一度は行ってみたいって思って」



「そっかぁ。傭兵の俺じゃ『戦争から忘れられた国』って言えば『稼げない国』としか見ないから、平和な国なんて思わなかったや。お前もアビテードって行ったことないだろ?」



「ないな。アビテード出身の傭兵はあまり聞かねぇし、知り合いもいねぇからどんな国なのか見当もつかねぇ」



ーーアビテード出身の傭兵ってあんまりいないんだ。知らなかった。アビテード出身の知り合いは数人いるけど、みんなすごく個性が強くて強い人だったなぁ。思い出すだけで笑えちゃう。早く会いたいなぁ。











今度は峠の下り道を歩いているが、やっぱり足場の悪い急斜面になっているから、慎重に歩いていると随分と精神的にも体力的にも疲れが来てしまった。

曇り空でもまだ明るさがあるのに、日が暮れるのが早いからか、峠の下り道からほど近い場所にある旅人小屋の前でエアロスが立ち止まってくれた。




「シェニーが疲れてるから、今日はこの小屋で休もう」


「そうだな」


その旅人小屋に入ると、小上がりを上がった先に艶のある板張りの床が一面に張られ、部屋の片隅には大きめのキッチン、部屋の中央には暖炉の代わりになりそうな囲炉裏があった。
お風呂は小さめだけど、真新しい浴槽から香るのか、木の良い匂いが満ちていたから最近作り直したらしい。

子供も通れそうにないくらいの小さな窓がある平屋建てで、ロフトはなくて寝袋と毛布、座布団が部屋の片隅に置いてあった。





「へぇ。囲炉裏なんてあるんだ。この小屋の近くに池があるから、そこで魚を穫れば良い感じで焼き魚が食べれそうだね」



「池にマールいるかなぁ。ルクトもマールが大好きだもんね」



「当たり前だ。この世にマールが嫌いな奴なんかいるわけないだろ」


ルクトが自信たっぷりで言い切ると、エアロスもウンウンと同意していた。この2人がやっと同じ意見になった瞬間ではないだろうか!?

私はそんな些細なことですら、2人の距離が縮まった気がして嬉しくなった。





囲炉裏に火を入れてみれば、部屋がじんわりと暖かくなってきた。

私は囲炉裏の前に座布団を丸めてクッション代わりにして横になり、鞄から出した小瓶を囲炉裏の火にかざしながら眺めた。


スミレと同じくらいの花の大きさだけど、スミレよりも淡い紫色でミントの葉のような2枚の大きながくが特徴的だ。



「えへへ。まさかこんな所でラピンに出会えるなんて思ってもみなかった」


「その薬草って珍しいの?どんな効果があるの?」


私の独り言にエアロスが反応してくれた。

薬草に興味のないルクトは、私がこうして薬草を見ていても『あー。またなんかやってんな』みたいな顔をして無口のままだ。





「これはね、『毒死蜂』って言われるダガービーって蜂の毒にだけ効く薬草なんだ。
その蜂の毒は上級の解毒の魔法で治療出来るんだけど、刺された直後から毒が効き始めて10分くらいしたら呼吸困難になっちゃうの。だから刺された時に、すぐ近くに白魔道士がいないと手遅れになっちゃうの。

で、この薬草は花が咲くまではただの草と同じに見えるし、高い木の上に生えるし、花が咲いてるのは1日だけだから、なかなかお目にかかれないんだよ」


今回見つけた時のように、背の高い木の上に生えていても、花が咲いていなければ見逃してしまう。
だからダガービーの生息地に住む人は、常日頃から木の上にラピンが生えていないか注意していると聞いた。






「そんな蜂、聞いたことねぇな」



「ダガービーはアビテードみたいな寒い場所にしか居なくて、その猛毒で寒冷地に住む大動物を襲う肉食性の身体が大きな蜂なんだ。
すごく怖い蜂だけど、繁殖能力が低いから滅多に遭わないらしいんだけどね。

このラピンは花の部分が乾燥された状態で売られていることがあるけど、乾燥した花は解毒はできてもダガービーの毒への耐性がつかないの。だからダガービーの生息地に住む人は、耐性がつくように1度はラピンの花を生のままお茶に混ぜて飲み込むんだよ」



「へぇ。シェニーは薬草にも詳しいんだね。それって味はどうなの?」



「ラピンの花の部分は無味無臭なんだけど、萼の部分はどんなに美味しい味付けの料理でも原型を留めないくらい破壊力のある不味さなんだ。花よりも萼の方が簡単に耐性がつくんだけど、味の問題で口にする人はいないの。

だからエアロスの美味しい料理に使うと美味しくなくなっちゃうよ」




「本当!?俺の料理気に入ってくれた?今まで振る舞う人居なかったから、そう言ってくれて嬉しいっ!
じゃあ俺、これから魚料理作るよ!魚獲ってくるから2人はそこで待ってて!」




「あ!エアロス、ルクトもお手伝いに…ってもう居ない」


「魚を獲るだけなら、あいつだけで十分だ」




エアロスはあっという間に小屋から出て行ってしまったので、私とルクトは囲炉裏の前で肩を並べて座った。

久しぶりの2人きりになると、何だかドキドキしてくる気がする。





「エアロスはマールを獲ってきてくれるかな」


「どうだかな。それより…」


ルクトは私の肩に腕を回して、抱き寄せてキスをしてきた。






「ル、ルクトってばどうしたの?なんかルクトってエアロスの目を気にしてない気がするんだけど…」



「せっかく小屋があるのに、あいつがいるからヤれねぇ。欲求不満だし、凝りもせずお前に近付こうとするあいつに、現実を見せてやろうと思ったからな」



「ルクトってば…。ヤキモチ焼いてるんだ」


「独占欲が強いだけだ」



「私はエアロスは可愛いと思うけど、私が好きなのはルクトだから彼を好きになることはないよ」



「当然だろ」



「ルクト、好き」


私がそう言うと、ルクトは噛み付くような強い力で唇を合わせてきた。

すぐに舌を絡める激しく深いものに変わり、彼がギュッと強く抱きしめて座布団の上に押し倒した。



唇は合わせたまま、彼の手が私の服の上から胸を鷲掴みにして強く揉まれた時、ガチャリと小屋の扉が開く音が聞こえた。






「ちょっと!イチャイチャしないでって言ってるだろ!離れろボケ!」




エアロスの怒った声が聞こえるとルクトは身体を離した。

私がエアロスの方を見れば、魚を抱えたままワナワナと身体を震えさせていて、ルクトが悪戯っぽい子供のような顔を向けたのが視界の端に映った。





「お前のせいで欲求不満なんだよ。俺たちはこういう仲だから別に良いだろうが」



「俺だって欲求不満だよ!」






私達が離れると、エアロスはキッチンでぶつくさ文句を言いながらも見事な手捌きで魚の下処理を始めた。

内臓を綺麗に取って薄っぺらい身に串を差すと、エアロスは左右の手に5本ずつ持って囲炉裏の火で炙り始めた。




「マールはいなかったんだ。その代わり、こうやって炙って食べたら美味しいヒラが居たよ」


「へ~!これって、炙って食べる魚なんだ。たまに泳いでるのを見るけど、焼き魚にするには身が薄いから食べなかったんだ」



「もったいない!マールの美味しさには負けるけど、ヒラも美味しいんだ」






私はエアロスが囲炉裏で魚を炙ってくれている間、私は大事な大事なラピンを小瓶から出して、貴重な薬草を手に入れた嬉しさに浸っていた。



「よっぽど嬉しかったんだな」



「うん。乾燥のものはたまに見るけど、そのままのは滅多に見ないんだもの。花は1日しか咲かないし、取るのだって苦労したでしょ?だからなかなか取れないの」



「へぇ。じゃあ手に入って良かったな」


私がずっとラピンを見てばかりいるのからか、胡座をかいたルクトは少し呆れ顔になっている。



彼にはこれがどれだけ貴重なものか分からないだろうから仕方のないことだけど、これが生の状態で売ってあったとしたら花1輪で金貨5枚はするだろう。

ファミさん達の取り扱う商品の中には生のものも乾燥したものもなかったけど、あったら私はすぐに買っている。



ダガービーの生息地でしか使わない解毒薬だけど、前に戦場跡に行く仕事をした時、ダガービーの毒を受けた死にかけの傭兵が居たことがあった。

私の治療が間に合ったから良かったけど、せめて本人が乾燥したラピンを持っていたら自力で解毒出来たのだ。
解毒が出来る白魔道士が近くにいなければ、自力で解毒するか、呼吸困難で最悪死ぬ前に白魔道士の元に運んでもらうしかない。


ルクトやエアロス、レオンのような単独行動をする人がこういう猛毒を受けてしまうと、解毒薬を持っていなければ悲惨な結果になってしまう。




私は重要な花の部分だけが残るように2枚の萼を丁寧に取って座布団の上に置き、ヒョロリと伸びる茎を持って、先端に咲いた淡い紫色の花を色んな角度から眺め始めた。








「お待たせ!ヒラの炙り焼き出来たよ。このパウダーをかけると美味しさが増すんだけど、かける?」



「へぇ、そうなんだ!かけてかけて!」


エアロスは小瓶に入っている赤いパウダーをこんがり焼けた魚にかけて、まずルクトに渡した。






「シェニーは可愛いから、こっちのピンクパウダーにしておくね。パプリカに玉ねぎを混ぜだ特製パウダーなんだ」



「へぇ、そうなんだ。ありがとう!」






「「いただきまーす!」」


ルクトは『いただきます』は言わなかったけど、3人同時にパクッと魚を口に頬張った。

私は美味しいヒラを頬張りながら、左手に持ったままのラピンの花を見つめた。




ーー便利魔法で枯れるのは止めたけど、誰にこの花を使って毒の耐性をつけてあげようかな。あの人達はもう口にしたことあるのかな?

私はアビテード出身の大事な人達に思いを馳せた。









「なんだこれ!辛ぇ!」


すると間も無くルクトは口元を押さえてゲホゲホとえづきはじめ、コップに入っていた水を一気飲みした。






「へへん!お前が独り身寂しい俺の前でイチャつくからだ!せめてもの情けに、唐辛子パウダーにしといたからな!」



「てめぇ…!もう許さねぇ!」


エアロスのイタズラに怒ったルクトは、立ち上がってエアロスに近寄ろうと一歩踏み出した。

このままじゃ喧嘩になると思った私は、咄嗟に囲炉裏の灰に串を挿して右手でルクトの足を掴んでみたけど、彼は私の掴んだ手を振り払うようにまた前に進んでしまった。




「こっちこそ目の前でイチャつかれて我慢出来ないんだよ!お前は前から俺を見下しやがって!
図体と態度だけデカくて炎しか取り柄のない不器っちょ野郎が!!」



「なんだと!?お前は口だけ一人前の、コソコソ動き回るガキのくせに!」


エアロスも立ち上がってルクトと睨み合うように対峙すると、エアロスは本気で怒っているのか今までのような可愛らしさを感じさせない、怒りの顔をしてルクトを見上げた。






「ちょっと2人とも!喧嘩しないで!」


2人の間に割って入るだけの勇気も実力もない私は、とりあえず座ったままで彼らの喧嘩を止めさせようと声を上げた。




でも頭に血が上っているらしい2人には私の声なんて全然聞こえていないらしい。

ランクSSの傭兵の喧嘩なんて、私じゃどうにも止められない。どうすれば上手にこの事態を納めればいいのだろうか。




「今日ここで決着をつけてやる!」


「どうせお前が俺にすみませんでしたって謝ることになるけどな。お前は外に出たら、結界張って大人しくしてろ」


ルクトが私に顔を向けてそう言ってきたけど、喧嘩しないで欲しい私は当然そんな要望受けたくもない。





「やだ!外に行かないし、結界張らない。ちゃんとエアロスがルクトに『イタズラしてごめんね』って謝って仲直りして」



「やだ!俺悪くないし!」



「ちょっと実力差を見せつけてやるだけだから、お前は結界張って安心して見ておけば良いんだよ」



「痛っ!」


私の前に来たルクトが私の両手首をガシッと掴んで力任せに引っ張られた時、掴まれた私の左手からラピンの花が宙を舞った。





「あ…ああっ!!」


「「あ…」」


宙を舞ったラピンは、囲炉裏で燃える火の中に吸い込まれるように落ちていった。





「ラ、ラピンが……」


崩れ落ちるように板張りの床にへたり込み、ラピンの花が吸い込まれた囲炉裏の火を見つめていると、次第に涙が溜まってきて視界がユラリと歪んだ。




ーーラピンが…。滅多にお目にかかれない貴重なラピンが…!






「あ、あの…。シェニー…」


すぐに燃えてしまったラピンの思い出を呆然としたままフラッシュバックしていると、遠慮がちにエアロスが話しかけてきた。





「あ~。なんだ。不可抗力だ」


「シェニー、その。ごめんなさい」


「またそのうち手に入るだろうから、そんなに落ち込むなよ。な?」



エアロスは素直に謝ったけど、ルクトは『ごめん』の『ご』の字もないし、フォローになってない言葉しかかけられない。

ラピンがどれほど手に入らない貴重なものなのか、私は彼に力説したはずなのに…。






「ルクト、エアロス。力が抜けて立てないの。2人で立ち上がらせてくれる?」


私の求めに素直に応じた2人が私の両隣に来たのを確認して、近くの座布団の上に置いておいた2枚のラピンの萼を左右の手に1枚ずつ掴んで彼らの口にねじ込んだ。







「あんた達はこれを食べて反省しろぉぉぉぉ!!」






ちなみにラピンの萼は、噛まなくても舌に触れただけで劇マズ成分が出てくる。

萼を食べたことのある人の話によれば、その劇マズ成分が毒への耐性を与えてくれるらしいが、なにせ破壊力抜群の味のために拷問の1種と思ったほど!と言っていた。



私のラピンの花を失った悲しみは、どんなに謝ろうがこの2人に直接償わせなければ気が済まない!







「うげぇぇぇ!!!!」


「おぇぇぇぇぇ!!!」


床に倒れ、転びながら苦しんで悶絶する2人は動きもそっくりだ。




喧嘩してばかりのこの2人は、『男の友情』を育む前に素直になることを覚えなければ話にならないだろう。







私は立ち上がるとルクトの頭の上に移動し、呪文を唱えながら膝をつき彼の額に指をついた。






ーーーーーーーーー


口の中に広がる苦い、辛い、渋い、酸っぱいといった強い味が、口の中を痺れさせるような最悪の味に悶え苦しんでいると、いつの間にか俺の顔を覗き込むシェニカが涙目になった俺の視界に入ってきた。


苦しさを訴えてなんとかしてもらおうと口を開こうとすると、俺の額に指を当てられた瞬間、のたうち回っていた身体が硬直したように動かなくなり、額に当てられた指に全神経が集中した。








「貴方はエアロスを見た時、エアロスに素直に謝って親愛のハグをする。そして一緒に抱きしめ合って寝たくなる。はい!」



俺はシェニカに言われたことだけしか考えられなくなり、口の中の大惨事のことなんて忘れ去って、立ち上がってエアロスを探し始めた。





俺のすぐ近くに居たエアロスからシェニカが離れたのを確認した時、俺は奴の周りに色とりどりの小花が咲いているように見えた。


呆然としているのか口を半開きにしたエアロスは、ゆっくりと俺を見ると泣きそうな顔をしながら俺に駆け寄ってきた。

そしてまるで木の幹に飛びつくようにガバッと俺に抱き着いてきたから、俺は小さな身体をしっかりと抱き締めて受け止めた。






「ルクト!イタズラしてごめんな。俺、お前のこと嫌いだけど、大嫌いじゃねぇよ」


エアロスは金色の目にウルウルと零れ落ちそうな大粒の涙を滲ませて、しがみついたまま俺を見上げてきた。




「お前をガキだガキだと言って悪かった。これからは心を入れ替える。仲直りの証に今夜は一緒に寝よう」



「うん…。これからは『男の友情』育もうな」



俺はシェニカではなく、エアロスと抱きしめ合って1枚の毛布にくるまって寝た。





「よし!一件落着っと。これで静かに寝れるわ。せっかくのラピンがもったいなかったけど、また今度どこかで手に入ると良いな」










翌朝。



「おはよう。じゃ、仲直りしたから強制催眠解除するね」


シェニカがパチンと指を鳴らすと、抱きしめ合ったまま小屋の前に立っていた俺とエアロスは互いの顔を見合わせた。





「うわっ!お前っ!何やってんだよ!!」


「お前こそ俺にしがみつくんじゃねぇよ!近寄んな!気持ち悪りぃっ!」



正気に戻った俺とエアロスは、同時に後ろに跳んで間合いを取った。


そしてこいつと抱きしめ合うという気持ちの悪い行動を取っていた腕から、何かをふるい落とすようにバタバタと叩き始めると、同じ行動を取っているエアロスは腕を叩きながら俺を睨んできた。






「こらこら、喧嘩しないの。ちゃんと記憶あるでしょ?仲直りして一緒に仲良く寝たんだし、喧嘩しないの」


俺達が睨み合っていると、少し離れた場所に立っていたシェニカがそんなことを言ってきた。


確かに気持ち悪い行動を取っていた俺には記憶がある。



そして元を正せば、こいつが俺達に気持ち悪い行動を取らせた原因だ。





「おい。俺にあんな劇マズなものを口に入れた上に強制催眠かけてんじゃねぇよ!なんで俺がこいつと抱き合って寝るはめになってんだよ!」


「シェニー!酷いよ!抱き合って寝るなら、こんな野郎じゃなくてシェニーとが良いよ!」



俺達が当然の文句を言い始めたのに、シェニカは無表情になって冷たい目で睨みつけてきた。

戦闘経験なんてないはずなのに、普段からは想像できないような凄みのある表情になっているシェニカに、俺だけでなくエアロスも威圧された。


この表情をする時は、こいつがかなり怒っている時だ。





「2人とも良い?私はラピンを失って本当に悲しいし怒ってるの。
喧嘩するほど仲が良いって言うけど、2人とも強いんだから言い合いばっかりしてると、貴重な薬草を失うどころか大怪我したりするんじゃないかって私は心配になるのよ?
いくら私が治療してあげられるとはいえ、怪我して苦しむ姿は見たくない。

だから、ここからアネシスまでの道は仲良くしてね?してなかったら、また強制催眠かけるからね。今度は何にしようか考えておくから」



そう言い切ると、シェニカは先頭を切って峠道を慎重に歩き始めた。



忘れていたが、こいつはキレると色々と怖いことを思い出しながらシェニカの後ろを歩いていると、隣を歩いていたエアロスが小声で声をかけてきた。






「……なぁ、シェニーって結構怖い?」




「お前、あいつの右ストレート食らってみろ。予備動作がほとんどないし、猛スピードで来るから気が逸れてると避けれねぇと思うがな。
そんで食らったら気絶して、目が覚めた時にはプライドはズタボロになっている」




「やけにリアリティのある話だけど、お前食らったのか?」



「俺と『黒』が食らった」


俺がそう言うと、エアロスはゴクリと喉を鳴らした。





「うわ…。プライドがズタボロになるなんて、俺は絶対イヤだ。強制催眠でこの程度で済んだと思って大人しくしておく。俺、シェニーの言う事ちゃんと聞いとこ…」



俺やエアロスがどんだけシェニカより力があって黒魔法が使えても、強制催眠をかけられれば言う通りのことをさせられる。


白魔法は治療魔法が代表的なものだからつい油断してしまいがちだが、使い方次第では黒魔法より恐ろしいというのを実感した。




こいつを怒らせるとプライドを粉砕する右ストレートはくるし、嫌なこともさせられる強制催眠をかけられる。ロクなことにならないな。注意しておこう。



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服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
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