天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第13章 北への旅路

7.白い悪魔の強さ

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まだ太陽が昇っている時間なのに少し肌寒さを感じる空気の中、エアロスを加えた3人で、人気のない街道を歩いている。

灰色がかったクリーム色の砂地の街道の両脇には、黄緑色の低木、その向こうにはうねる枝に深緑色の葉をどっさりとつけた背の高い木々が広がって、日の光を感じないような深い森が続いている。


遠くから鳥の囀りと私達が歩く足音以外に聞こえる音は、風が木々を揺らす音くらいの静けさだ。




たまに多数の荷馬車を連れた行商隊の隊列とすれ違うが、盗賊が良く出る場所だからか、護衛の傭兵をたくさん引き連れていて物々しい感じだった。








「静かだし、綺麗な場所ね」


私が大きく息を吸いながらそう呟くと、先頭を歩いていたエアロスは面倒くさそうに頭の後ろで腕を組んでクルリと振り返った。




「この国、傭兵の仕事がないからランクの低い傭兵ばっかりでさ。商人の護衛とか温泉関係の仕事ばっかりで、名実ともにぬるま湯生活に慣れてるから、他の戦場に移動しようともしないんだよ。
いい場所なんだけど、ロクでもない奴が多いんだよね」




「そうなんだ。盗賊なんて辞めて、はやく真っ当な職に就いてくれるといいんだけど」



私がそう言った瞬間、前を歩いていたエアロスと隣に居たルクトが立ち止まった。

どうして立ち止まったのか分からない私は2人の顔を交互に見たが、2人とも面倒くさそうな顔をして小さくため息をついた。





「まぁランクは低くても、身体の調子を整える相手としては丁度いいな。お前は手を出さなくて良いから」



「どうしたの?」



「シェニーはそこで見てて」


エアロスはそう言うと、街道の脇に広がる低木の茂みに身軽な身体さばきで大きな音を立てずに入って行った。






「ねぇ、エアロスどうしちゃったの?」


何の音も聞こえない静けさが戻る中、私だけがエアロスの言動の意味が分からないので立ち止まったままのルクトを見上げた。





「10人規模の盗賊がこっちに近付いて来てるから、あいつが相手を買って出ただけだ。場所を少し移動してやろう。こっちに来い」





「ちょっと待って!」


ルクトは前を向いたままぶっきらぼうな言い方でそう言うと、低木の隙間を通り抜け始め、置いてけぼりになりそうな私は慌てて彼の後を追いかけた。








低木の茂みを抜けた先は、葉っぱと背の高い木々に日の光が遮られた暗く寂しい場所だった。

木々がたくさんあるから戦うにはあまり向かない場所のような気がするけど、敢えて動きやすい街道からこんんな所に移動したということは何か考えがあるのだろうか。




ルクトはその中の1本の木の下で立ち止まると、木の幹に背中を預けて足と腕を組んで、ジッと前を見据えた。


余裕たっぷりなその姿がとってもカッコいいと思ってしまうのは、どんな時でも彼が守ってくれるから大丈夫という安心感があるからだろう。






「こんな場所で大丈夫?」


「大丈夫だ。大人しくしとけ」


ルクトはそう言うと私の腰に腕を回して密着させるように引き寄せてくれたのに、手を放してまた腕組をしてしまった。

私には盗賊の気配なんて全然分からないし、こんな場所でエアロス1人に任せて良いのか心配だし、これから何が起こるのか不安だから出来れば腕を回したままにしておいて欲しい。


私がそんなお願いをしようと彼を見ると、『喉の奥までハッキリ見えているんじゃないの?』というくらいの大きな欠伸をしていた。



ーールクトがこんだけ余裕たっぷりなのなら、きっと大丈夫。

もしエアロスの身に何か起きてしまっても、私だけじゃなくてエアロスも守ってくれると思うと、私は少しだけ不安が和らいだ。






「ル、ルクト…」


しばらくすると、落ち葉を踏みしめる小さな音が聞こえ始めた。

目を凝らして暗い森の奥を見ていると、次第に人の形が見えるようになってきた。



やがてカサリカサリと落ち葉を踏みしめる音がハッキリと聞こえてくると、10人はいるであろう盗賊の集団が私達を取り囲むようにゆっくりと近寄ってきた。







「俺のそばでじっとしてろ」


私の隣にいるルクトは私の耳元に顔を近づけると、吐息でくすぐる様にそう囁いた。





「結界は張らなくて良い」


私とルクトを包む結界を張ろうとすると、ルクトは視線を前に向けたままそう言った。






「え?でも、こんな大人数が…」


私達を獲物のように下卑た目で見据えながらゆっくり着実に距離を詰めて来るのに、ルクトは剣を抜くことも魔法の詠唱をすることもしない。

それどころか結界を張らなくていいと言われ、私はハラハラした気持ちになって彼の紺色の上着をギュッと握りしめた。






「あいつはガキみたいなナリでも、腐ってもランクSSの傭兵だ。こんくらい1人で余裕だ」


盗賊達との距離が近くなっていくと、日の光の届かない森の中でも全員の顔がハッキリと見えて来ると、盗賊団の証なのか全員左頬に剣の入れ墨が入っている。





私達から数メートル離れた場所で立ち止まると、盗賊達の中から挑発するような口笛が鳴り、誰かの声が私にかけられた。



「これはこれは『白い渡り鳥』様が、怖がって俺達に向かってくることも出来ねぇ傭兵を連れてるとは。苦労するねぇ。
なんなら俺達が護衛してやろうか?もちろん金と身体で利用料を払って貰わねぇといけねぇがな。あはは!」



「俺達と仲良くした後は盗賊団に入れてやりたいが、今、『白い渡り鳥』の相場は跳ね上がってるんだよなぁ。お頭、売る方が得ですかねぇ?」



「そうだな。まずは俺達全員の相手してもらうから、売るのは1週間後ってところかな」


1番前に居た顔が脂でベタついた、オレンジ色の髪を三つ編みにした壮年の男が私を舐め回すように目を動かしてそう言った。



嫌な空気が流れているのに、ルクトは気怠そうに木にもたれかかったままで、私は不安で仕方がなくて今度は彼の腕をギュッと掴んだ。







「大丈夫だ。良く見てろ。相手にするのは面倒だが、第3者視点なら楽しく見れる」


ルクトは目線は盗賊達を見たまま私に小声でそう言った時、立ち止まっていた盗賊達の1番後ろにいた人が一瞬ユラリと小さく揺れた気がした。





「さて、大人しく捕まって貰おうか」


聞こえて来るのは盗賊達が踏みしめる落ち葉と草の音だけで、他に何の音も聞こえない。


でも、人数を数えてみると10人居たはずなのに、今は7人しかいない。








「おい、ユヒト。お前の縄を貸せ」


最前列に居た盗賊の男が目線を私に固定したままそう言ったが、返事が返って来ない。





「おい、ユヒト。お前に話しかけてるのが聞こえねぇのか?」


男が不機嫌そうにそう言って振り返った瞬間、木の上からエアロスが剣の柄を叩きつけるように掴んで落ちてきて、その男に肩車をしてもらうようにストンと着地した。





「ぐぅっっ!!」


エアロスが手に持っていた剣の柄が男の首の後ろに思いっきり入ると、男は呻き声をもらして白目を剥いて気絶した。


振り返った状態で倒れていく男の身体から、まるで羽がついたようにヒョイッと地面に飛び降りたエアロスは、近くにいた盗賊の男に一気に駆け寄った。




「な、なんだこいついきなり…!ぎゃぁぁぁぁ!!」


男がエアロスに向けて剣を持った腕を振り上げると、エアロスは背中からもう1本の剣を抜き、2本の剣の柄を合わせるように持ち直すと、スライディングして男の股の下をくぐる瞬間に両足首の腱を切った。





「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」


腱を切られた男はその場に倒れ込んで絶叫をあげ続けていたが、エアロスはそんな様子に構うことなく次の盗賊の男に駆け寄っていた。





「こ、このガキっ!」


「おじさんこわーい!ごめんなさぁい。泣いて反省しまーす」


男がエアロスにタックルをする様に姿勢を低くして走ってくると、エアロスは棒読みな謝罪の言葉を言いながら男に背を向けてピタリと止まった。






「調子に乗りやがって!」



「やっぱり反省なんてやーめたっ!」


俯くエアロスを掴もうとする男の手が彼の背中に触れる寸前、エアロスは数歩先にある木に走って幹を駆け上がった。






「なっ…!!ぶへっ!!」


幹を駆け上がったエアロスは身体を小さく折り畳んでコマのようにクルリと身体を反転させると、勢い余って木に頭から突っ込んだ男は気絶して木の下に倒れた。





「エアロスすごい…。旅芸人みたい」


少し離れた場所に居た盗賊の男2人が、水の槍の魔法、足を絡め取ろうと押し寄せる泥を生み出す魔法をエアロスに向かって放った。





「よっ…と」


襲い来る魔法の方を向いたエアロスは、まず最初に向かって来た水の槍を上下左右に身体をくねらせて全てを躱した。


数瞬遅れて足元から這い寄って来た泥の波がエアロスの足を取ろうとしたが、エアロスに重量はないのだろうかと言いたくなるように、軽々と近くの木々の幹を踏み台にし、葉を茂らせた1本の太い枝に高く跳び上がって泥の波を避けた。

すると木の下で1つに集まった泥の波が、彼の背後から覆い被さるように高く持ち上がった。






「きゃー。こわ~ぁぁい!」


エアロスがまた棒読みな悲鳴をあげながら隣の木に飛び移ると、誰かが放っていたらしい炎をまとわりつかせた短剣が数本、エアロスがさっきまでいた場所を飲み込んだ泥に刺さった。

その瞬間に泥は一気に水気を奪われたのか、土に戻って短剣もろとも地面へと落ちた。






「っな!!」


木の上に居るエアロスは、魔法と短剣を放った男達をからかっているかのように周囲の枝を跳び移り、1箇所に留まらないような速いスピードで男たちの頭上を駆け抜けている。

見ているこっちの目が回りそうになっていると、時折エアロスの姿が見えなくなるくらい木の上の方に跳躍したりしている。





「ただ、木の間を跳び回ってるだけか?さっきの奇襲はまぐれか?あはは……ぐえっ!」


エアロスが男達の周囲を数周した所で、彼を馬鹿にして笑っていた男達の頭上から静かに大きな枝が落ちて来て、男の頭の上に『ゴン!!』と大きな音を立ててぶつかって気絶した。







「あいつは小さいから力は強くないが、あんな感じで動きがすばしっこい。地形を生かした暗殺術に長けているから、一撃で倒せるように急所を的確に狙って来る。そして撹乱する情報も流すから、敵陣にいると面倒臭い」



「そ、そうなんだ…」


どんどん盗賊の人数は減り、最後にお頭と呼ばれていたオレンジ色のベタついた髪の男が残った。





「このクソガキ!コソコソしてねぇで正々堂々と向かって来い!」


「僕、子供だから怖いのやだぁ~」


エアロスのふざけた感じの声が聞こえてきたが、彼の声は森の中に溶けていて場所が特定できないし、辺りを見渡しても肝心の姿が見えない。






「お頭っ!うしろっ!」


腱を切られた盗賊の男がオレンジ色の男に悲鳴のように叫び、男が後ろを振り返る瞬間。






「はい、おしまいっ!」


エアロスの声と同時に彼の見事なハイキックが男の後頭部に入り、彼がいつの間にか投げていた木の枝が、腱を切られて動けない男の額に見事に命中して地面に倒れた。


悲鳴を上げる暇もなく地面に倒れたオレンジ色の男を見ることもなく、エアロスは無邪気な笑顔を浮かべて私達の方へと歩いてきた。



「ただいま~!」


「おかえりエアロス!アクロバティックで凄くカッコよかった!」


私はちょっと前まで盗賊に怯えていたのが嘘だった様に、彼のショーを見てワクワクした気持ちになって拍手で迎えた。




「えへへ~!シェニーにそう言われると照れるなぁ」



「俺はカッコよくねぇのかよ」


エアロスが嬉しそうに頬を掻いていると、木にもたれかかったままのルクトは物凄く不機嫌そうな顔をして私を見下ろした。




「ルクトももちろんかっこいいよ。ほら、普段は盗賊とか私が寝てる間に倒してくれてるし、戦う姿ってコロシアムでしか見てないから……。その…」





私が言い淀んでいると、エアロスがクスクスと小さく笑いだした。


「ぷぷっ!お前はシェニーにカッコいいって言われてないんだ。いい気味!」



「てめぇ、調子に乗りやがって…!」


ルクトが怒りの表情を浮かべ、胸ぐらをつかみかかりそうな空気を出しながらエアロスに数歩近付くと、エアロスはアッカンベーと舌だけ出してルクトを挑発し、すぐに私に無邪気な笑顔を向けた。





「シェニー、もうすぐ集落があるから早く行こ!」


「う、うん」


私はルクトの隣に駆け寄ると、精一杯の背伸びをして、彼の頬に両手を当てて視線を無理矢理合わせた。







「ルクトが一番カッコいい。大好き」



「当たり前だ」


ルクトは照れたのか、そう言ってプイッと顔を背けた。





「ちょっと!イチャイチャしないでって言ってんの!」


エアロスは頬袋に色々詰め込んだハムスターの頬袋のような見事なふくれっ面の怒った顔で、キッとルクトを睨みつけていた。










俺達は数軒の家と宿屋しかない本当に小さな集落に立ち寄った。


集落には昼前に到着したが、律儀なシェニカはこんな小さな集落でもすぐに治療院を開いた。
ただ、治療院を構えるのではなく一軒一軒訪問していたが、住んでいるのは寝たきりの爺さん婆さんしかいなかった。






「あ、フィラだ!シェニーに来てるみたいだね」


「誰からの手紙かな」


宿屋に戻る途中、茜色の空をパタパタとはためく黒っぽいフィラが、シェニカの胸ポケットめがけて飛んできた。





「フィラちゃん、お仕事ご苦労様」


シェニカは捕まえたフィラの頭を優しく撫で、帰りのカケラを舐めさせて空に放った。そして待ちきれないのか、嬉しそうな顔をして歩きながら手紙を読み始めたが、次第にその顔から表情が消えていった。





「…分かってはいるんだけど。そう簡単にはいかないよ」


手紙を読み終えると困ったような顔になって、小さな声でそう呟いたのが少し後ろに居た俺にはちゃんと聞こえた。





「誰からだ?」


そういえば、こいつにフィラが飛んできたのを見るのは初めてだ。一体誰からなのか気になる。




「知り合いだよ」


「見せろよ」


「だーめ。ルクトだってレオンからの手紙見せてくれなかったじゃない」




シェニカが手紙を閉じる瞬間。


『お前が心配だ』『早く信頼できる王族か将軍を』という断片的な文章が見えた。





ーー『お前が心配』?『信頼出来る王族か将軍を』?お前って呼ぶってことは、手紙の送り主は男?


こいつがカケラを交換してるってことは、信頼してる相手だってことだろ?

王族や将軍に信頼できる奴なんてそういるもんじゃないから、こいつが警戒して近寄ろうとしないのに。
『早く信頼出来る王族か将軍を』に続く言葉が何なのか気になる。


レオン、シューザではない相手の男と、一体どういう関係なんだろうか。






「今日のご飯は何かなぁ。女将さんは楽しみにして下さいねって言ってたから、とっても気になる!」


「シェニーって料理出来るの?」


「うん、人並みにはってくらい。エアロスには全然及ばないよ」


シェニカを問い詰めたいのに、手紙の存在をなかったかのようにエアロスと喋っているから、あの様子だと話す気はないらしい。



でも、今夜は俺とシェニカが同じ部屋、エアロスは別の部屋になっているから、シェニカを抱きながら問い詰めれば良いか。





久しぶりにシェニカを抱けると胸を躍らせながら宿に戻れば、年齢が一番若いという理由で決まったらしい村長兼宿屋の女将が笑顔を浮かべて待っていた。





「シェニカ様、お勤めありがとうございました。村のみんなを代表してお礼申し上げます。ささやかですがお食事をどうぞ」



「いえいえ、仕事ですから。美味しそうな料理ばっかり!お腹ペコペコ!いただきまーす!」


3人で席についてテーブルいっぱいに並べられた料理を食べ始めると、隣のテーブル席に女将も座って俺達の食事を笑顔で見ていた。




「こんな年寄りしかいない村ですからお金もあまりなくて。まさか宿代無料だけで治療してもらえるとは思っていませんでした」



「宿代無料はとてもありがたいことです。なによりこんなに美味しい料理もついてるんですから」


シェニカは食べていた兎肉のシチューを食べながら、幸せそうな顔をした。

たしかにこの宿の料理は家庭料理ばかりだが、その全てが美味い。料理好きらしいエアロスは一口食べては『この味はどうやって…』とかブツブツ独り言を言っているから、奴も美味いと感じているらしい。





「爺さん婆さんしかいない集落じゃ盗賊の良い標的なのに、なんでここは襲われてねぇんだ?」



「この辺の盗賊は爺さん婆さんには襲ってこないんだよ」



「どんだけ律儀な盗賊なんだよ」


普通に考えれば、ロクな抵抗なんて出来ない爺さん婆さんの家を襲って、持っている金を奪えばそれなりの収入になるだろうに。

それをやらない盗賊は、どんだけ育ちの良い奴らが揃っているんだろうかと不思議に思う。




「この国にいる傭兵はみんな温泉の仕事してるんだ。温泉の整備工事が始まると、年寄りはやる事がないからそれを見に行くんだ。
その時、年寄りが差し入れを持って行くから、食べに来る傭兵達と年寄りが自然に仲良くなるんだよ。
だから傭兵が盗賊になっちまっても、この国の年寄りには襲ってこないのさ」




「な、なるほど…。盗賊と言ってもお年寄りに優しいのは良いことですね」







夕食を食べ終えると3人でそれぞれ新聞を読み始めたが、エアロスが持っていた世界新聞をテーブルの真ん中に置いた。



「ディナスニアが隣国のハルディアルドに侵略されたんだって」



「へぇ。この間、クーデターで出来上がった国なのに早々に滅亡とは呆気ない最後だな」



「せっかく稼げる場所だと思っていたのに…。残念」


エアロスは『はぁ~』と大きな溜息をつくと、頭の後ろで腕を組んで椅子にもたれかかった。





「またすぐに美味い仕事が見つかるだろ」





クーデターや蜂起で出来た国は、最初の1年から2年くらいは内政が不安定になるから、傭兵の需要が高まる。

こういう国での傭兵の仕事は2種類ある。





まず1つ目は新しい国に雇われる、他国に対抗する戦力としての仕事だ。



クーデターや蜂起は軍部や貴族、民間人といった国内の誰かが起こすものだが、その直後は内政も防衛面も不安定になっているから他国が侵攻してくる可能性が高い。

だから新しい国が興ると、他国からの侵略に備えるために国が足りない人員と戦力を補う目的で傭兵を多く雇う。

この時の仕事は、ランクS以上の傭兵ならば高い報酬が準備されるから俺達には美味しい仕事になる。






次に2つ目。元々いる貴族に雇われて新しい国王に対抗する護衛の仕事だ。


新しく王になった者が主体となって防衛や経済といった国の根幹が再編されるから、前から地方を治めている貴族達との間で権限、財政、防衛の面で必ず揉める。


前からいる貴族を排斥することも出来るが、クーデターや蜂起の直後は新たに地方をまとめるだけの人材が欠けている事が多いから、たいていはそのまま貴族に地方を治めさせる。

そうすると、権力と金を中央に集約させたい新しい中央部と、後々国王に潰されないように今まで通りかそれ以上の力を持ちたい貴族達の対立構図が生まれる。



力で国を奪い取った奴らに力でも勢いでも勝てるはずも無い貴族達は、威圧して言う事を聞かせようとする中央に対抗するためにランクの高い傭兵を雇う。


貴族に雇われた傭兵と新しい軍部の奴らが表立って衝突することはあまりないが、水面下では暗殺や謀略の手が伸びているから傭兵は貴族の護衛をすることになる。

ランクS以上の傭兵は他国からの侵攻に備えて国境側に行っているから、こっちの護衛の仕事はランクA以下の傭兵が受け持つ仕事になる。





だからクーデターや蜂起で興った国は、1年から2年の間は傭兵の仕事が安定的にある。



でも、このディナスニアの滅亡のような他国からの侵略の場合、他国からの侵略には奪い取った国の軍が対応するから、傭兵の仕事は貴族達に雇われる護衛くらいだ。

護衛の仕事を好まないランクの高い傭兵は、行く必要がなくなる。






「ま、とりあえずはこの国の温泉地行って、おねーさん達とイチャイチャしよっ!」



「エアロスって可愛い顔した男の子だけど、中身は大人なんだね」



「ち、違うよっ!しばらく動けなくて1人で身を潜めてたから、温もりが恋しいんだ」


思わず本音を漏らしたエアロスにシェニカが意外そうな顔をして呟くと、エアロスは弁解しようとアタフタと慌て始めた。





「エアロス…。可哀想に」


寂しげな表情を浮かべて『温もりが恋しい』とか取り繕うために言った言葉に、シェニカはまんまと騙されている。

こいつはエアロスの見た目と子供っぽい外見を活かした言動にすっかり騙されているから、目が離せない。
俺が目を光らせていなければ、同じベッドで寝て美味しく頂かれているだろう。


そんなこと絶対にさせない。






「おい。ガキっぽく言ってもダメなもんはダメだ。近寄んな」



「独り占めはどうかと思うよ!」


俺がエアロスを睨みつければ、エアロスは怒った顔をして俺を睨み返してきた。





「こいつは俺のなんだよ。お前は引っ込んでろ」



「俺より先に出会っただけだろ!俺にもチャンスをくれたって良いじゃないか!」



「2人とも落ち着いて!どうして些細なことで喧嘩しちゃうのかなぁ。こうなったらアレに賭けるしかないわね。ほら、もう部屋に戻りましょ」


互いに座ったままだが睨み合いながら言い合う様子を心配したのか、シェニカはそう言うと部屋に続く階段を我先にと上っていってしまった。

この宿屋には他に客が居ないが、それでも1人にさせるわけにはいかないから、俺とエアロスはため息をついてシェニカの後を追った。













「で、なんでこうなるんだよ!酷いよ!」


「折角久しぶりにヤれるはずだったのに…!」


俺とエアロスは部屋にあるベッドとソファにそれぞれ座って、頭を抱えていた。














ーー数分前。





シェニカの後を追って部屋に戻ると、シェニカは自分の荷物を持ってエアロスの部屋の前で待っていた。

そして。



「やっぱり『男の友情』って同じ部屋で寝るとよく育つと思うの。一晩じっくり腹を割って話せばきっと仲良くなれると思うんだ。だから私とエアロスがお部屋を交換ね」



妙案を思いついたとばかりのドヤ顔で言い切るシェニカに、何か反論しようと俺とエアロスが口を開こうとすると…。






「反論は聞きません。ずっと目の前で喧嘩してるのを見る私の身にもなってよ」


と悲しそうな顔をして言うもんだから、俺達は口を塞ぐしかなかった。








「どうせならこいつが1人部屋になれば良かったのに。きっとシェニーは今頃寂しがってるだろうな…」



「1人部屋はお前で良かったんだよ。お前がガタガタ言うからこうなったんだろうが!どう責任取るんだよ!」



「俺は悪くない!俺だってシェニーと仲を深める時間が欲しいって言っただけ!」



「それが余計なんだよ!」



互いにヒートアップして大声で罵り合い始めると、部屋の前のドアに気配が移動してきたから俺達は口を噤んだ。









ーーコンコンコン。



ガチャ!







「シェニー!!やっぱり1人は寂しかった?!俺が添い寝してあげるよ!」


ドアに近いベッドに腰掛けていたエアロスは飛びつく勢いでドアを開けると、ドアの前に居たシェニカに向かって大きく手を広げて抱きつこうとした。






「何が添い寝だ。襲う気しかねぇくせに」



「何が襲うだ!俺とならグッスリスヤスヤで清々しい朝を迎えられるんだよ!」


抱きつくなんて想定内のことだから、シェニカに触れる前にエアロスの首根っこを掴んで力任せに後ろに投げたが、身軽なこいつは見事に着地して俺に掴みかかってきた。









「いい?一晩静かに出来ないなら、あの激マズな解毒薬を食べさせるからね?」



シェニカは無表情、抑揚のないトーンでそう言い切ると、静かにドアノブを掴んだ。







ーーバタン。





「「……」」



どうやらかなり怒っているのか、わざわざこの言葉を言うためだけに自分から部屋から出て来たらしい。







「お前がうるさいせいでシェニーが怒ってるじゃんか!」


「うるさいのはお前だろうが」


互いの胸倉を掴んで睨み合っていると、隣の部屋の壁の方から強い冷気を感じて俺達は同時にそちらを向いた。








「「……」」


どちらともなく胸倉を掴む手を放し、無言でそれぞれのベッドに向かった。








「シェニー、とっても怒ってるね」


「みたいだな。今日は大人しくしておいた方が良さそうだ」



これ以上あいつの怒りを刺激すると、多分あの右ストレートが来るだろう。もう一度食らったら、俺はどうなるだろうか。


プライドが粉砕されて、あいつの護衛はなんとか出来たとしても、あいつとの関係で上に立てない。あいつの顔色を伺いながら行動するなんて、そんなことはプライドが許さない。





俺は早く目的地のアネシスに着いて、エアロスと別れてあいつを独り占めしたいと思いながら、布団を被って寝た。

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