天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第13章 北への旅路

6.解毒薬の調合

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思った以上の数のサソリと蜘蛛を捕まえられたことに大満足して小屋に戻ると、私は床に座ってガサゴソと動く2つの革袋をそっと置き、鞄から3種類の薬草を取り出した。




「ねぇエアロス。水と空き瓶を数本、外の土が入ったバケツを準備してもらっていい?」


私がエアロスに必要な道具の準備をお願いすると、エアロスはコクンと頷いた。

その様子は、まるで子供がお母さんのお手伝いを任されたような愛らしさがある。


エアロスは見た目が少年だけあって子供らしい表情がとても可愛らしく、ルクトとライバル関係の高ランクの傭兵であることを忘れてしまいそうだ。





「お前はそのバケツに土を入れてきてよ」



「断る。なんで俺がそんなことしないといけねぇんだよ」


エアロスがルクトに命令すると、案の定ルクトは嫌そうな顔をして拒絶した。


ルクトは子供に怖がられてばかりだから、どう見ても少年でしかないエアロスが強気に出ていると『怖くない?大丈夫?』と駆け寄って頭をヨシヨシと撫でたくなる。






「見りゃ分かるだろ!俺は足が満足に動かせないんだから、重い物はお前がやれよ」


文句を言ったルクトに、エアロスがケンカ口調で声を上げた。

子供らしい甲高いその声は、本当にかわいい。



エアロスってかわいい上に、色白で髪は銀色だから透き通ったような儚さがある。
加えて少年の姿だから、ついつい構ってあげたくなるし、『もう仕方ないなぁ』な気持ちになって我儘なことも聞いてあげたくなる。






「ルクト。手伝ってあげて」


「後で覚えておけよ」


私がお願いしたのが効いたのか、ルクトはブツブツと文句を言いながら、バケツを持って小屋の外へと出て行ったがすぐに戻ってきた。

少し時間が経ったけど、ルクトは相変わらずエアロスに警戒したままのようだ。見た目じゃまったく想像できないけど、それだけ『白い悪魔』と言われるエアロスの実力が高いってことなんだろう。





 
「シェニー、これで大丈夫?」


「うん、大丈夫。2人ともありがとう。ここから集中して作業するから、喧嘩しないで静かにしていてね」
 


私がそう言うと2人は静かに頷くと、小屋の壁の方にもたれかかるようにして距離を空けて座った。
 




ーーそうだ。今回探すの苦労したから、サソリと蜘蛛には目印つけておこうかな。


サソリが入った革袋を手に取って口を縛っていた紐を解くと、中のサソリに探索の魔法を応用した魔法をかけた。



少量の水と乾燥した白い小花がついた薬草を中に入れて口を紐で縛り、同じことを蜘蛛の革袋にも施して、両手で革袋を持って浄化の呪文をかけた。


するとガサゴソ動いていた革袋は微動だにしなくなり、2本の空き瓶にそれぞれの袋の中身を注いだ。


瓶の中には、サソリが入っていた革袋からは白い液体、蜘蛛が入っていた革袋からは透明な液体が溜まった。





硬い甲殻に包まれているサソリも柔らかな身体の蜘蛛も、浄化の呪文をかけると体表が溶けてただの液体になっている。

でもその液体は、浄化の呪文と薬草で体表を溶かしただけなので猛毒のままだ。





 
次は土の入ったバケツに乾燥した灰色の葉っぱの薬草を細かく千切って蒔き、小枝のような緑色の薬草を土に立つように根本を少し埋めた。

 
私はバケツの土に指を当てて、1つ1つ呪文を確認するように呟きながら、集中するために目を閉じた。




土の中に眠る種からニョロニョロと1本の白い根が出てきて、根が絡まり合いながら丸い球体になるイメージを思い浮かべ、詠唱を終えると目を開けた。


目の前にあるバケツの中を見れば、土の上に蒔いた灰色の薬草の破片は土に吸収されてボロボロになり、土の下がモコリと膨れていた。

そして、その上に立っていた緑色の小枝の薬草は急速に緑色から灰色に枯れて行き、最後はしなびて完全に朽ち果てた。




ーーよし。これで薬草は再生完了!


土の中に指を突っ込んで優しく掘っていけば、親指の爪くらいの大きさで白く丸い根っこを取って、水をかけて土を落とした。





綺麗になった根っこをサソリの体液の入った瓶の中に静かに落とすと、白い液体はみるみるうちに無くなって根っこは少し膨らんで大きくなった。


次に白い根っこを蜘蛛の体液が入った瓶に静かに移すと、透明な液体もすぐになくなって、また少し大きくなった白い根っこだけが残った。




その根っこは、イメージした通り長い一本の根っこが丸まって球体を形作っている。






根っこを瓶の中から取り出して、手のひらの上に乗せれば大玉の飴くらいになっている。
 
両手で根っこを包み込んで初級の火の魔法をそれにかければ、手のひらの中にある丸い球体はカサカサに乾燥し、根っこがほぐれて楕円形になっていた。
 
 




「よし、出来た!」

 
不思議そうな顔をしたエアロスの前に座り、手のひらの上にある乾燥した根っこを小指の爪くらいの長さに小さく千切ってエアロスに渡した。
 




「これを食べて」


 
「え?これを?大丈夫…だよね?」


私から根っこを受け取ったエアロスは、不安そうな顔をして私と根っこを交互に見てきた。その不安を少しでも和らげようと、私はニッコリと笑った。


 




「人に試すのは初めてのことだけど大丈夫だよ!……多分」


 


「……。多分って言われると不安になるな。でも、試すしかないもんな」
 

覚悟を決めたエアロスは、口の中にポイっと根っこを入れて一生懸命モグモグと口を動かし、ゴクリと飲み込んだ。
 

最初は『何だこれ?』と訝しげな顔をして食べたエアロスだったけど、飲み込んで数秒後には顔色を無くして口元に手を当てた。









 
「おえっ!!!なにこれっ!マッズ!!!」
 

慌てて手元に置いてあった水を飲み、苦そうな顔をして立ち上がると上半身の服を脱ぎ捨て、小屋の中を口元を手で押さえて走り始めた。
 






「エアロス!感想!感想を教えてっ!!」



「おええええ~!!なんで飲み込んだ後に、こんなに激マズな苦さと渋みが襲ってくるんだよぉ!!」




「もっと具体的にお願いっ!」



「死ぬ寸前に食べたら死んでも死にきれないような苦さと、熟成に熟成を重ねた渋柿の渋みみたいなのが競争するように襲ってくるよ!
たまに同時に襲ってくるけど…おえっ!その時はもう死んだがマシ!と思うようなマズさ!おええっ!」


私がエアロスに声をかけると、彼は走りながらもちゃんと感想を言ってくれた。でも、彼はずーっと『おえぇ!マズイ!』と叫びながら走り回っているから、彼の姿を追っている私の目が回りそうだ。


 




「お、おい。これ大丈夫なのか?」
 

苦悶の表情を浮かべ、口元を押さえながらグルグルと部屋の中を走り回り続けるエアロスを見たルクトは、私に確認するように聞いてきた。
 
 



「うーん、大丈夫かな?今、体内で毒が消えていってるから、身体が熱くなっているんじゃないかな?
でも、激マズらしいからこの様子だと口直しの飴が必要みたいね」
 










「はぁ、はぁ…。こんなクソマズイ味初めて。これ、本当に大丈夫なの?」


ひとしきり走り回った後、ゼーハーと肩で息をして汗だくになっているエアロスは、私の前でガクリと膝をついて泣きそうな顔をして私を見てきた。
 



 
「こんだけ走り回れるってことは、足の痛みと痺れは取れたみたいね。傷跡見せて?」
 


「あ、そう言えば普通に走れたな…」
 

エアロスは足を引きずることなく走っていたことに気付いていなかったらしく、驚いた顔をしながらズボンの裾をめくって傷跡を見せた。


どす黒くなっていた傷跡は綺麗に消えて引き攣った傷跡だけが残っていたので、私は治療の魔法をかけて傷跡を消した。
 





 
「うん、毒は抜けてるみたいだし。痛みも痺れもなさそうだから大丈夫そうね。魔力の消費も止まった?」



「あぁ。止まってる。でも口の中のクソマズイ味だけ残っているな」

 
エアロスは苦い顔をしたまま立ち上がった。

どこに行くのかと不思議に思いながら彼の姿を追うと、部屋の隅にあるキッチンの前で立ち止まると、まな板の上でトントンという音を立て始めたから料理をするつもりらしい。
 



「料理作ってくれるの?」

 
「口の中が大惨事なんだ。君達の分まで作るから、そこで待っててよ」


 




私とルクトはキッチンの近くに椅子を置いて、エアロスの料理の手捌きに感心した。

じゃがいもはサラサラと皮を剥き、キャベツは見事に均一の細さの千切りだ。干し肉は手際よく食べやすいサイズに裂いたり切ったりしてくれている。




 
「エアロスって料理出来るんだ」

 

「独り暮らしが長いからね」
 

エアロスは鍋に火をかけて下準備を終えた材料を入れてたので、スープを作り始めたようだ。





「エアロスって何歳?」

 
随分料理の腕前は立派だし、ランクSSということは傭兵としてそれなりに経験を積んでいるはずだ。でも、見た目は少年でしかないから実年齢がまったく分からない。




「見た目はガキだけど、これでも24だよ」
 

「「24っ!?」」
 

流石のルクトも驚いたのか、私と同時に驚きの声を上げていた。チラリと見たルクトの顔は、『こいつマジかよ』と思っているのがすごく分かる表情をしている。





「どうして外見が子供のままなの?」
 

ルクトは25歳になっていると思うから、彼の1歳年下ということだ。でも、外見ではとても24歳だなんて思えない。
 




 
「俺ねトリニスタのナシュートっていう少数民族の生まれなんだ。ナシュートは身体の成長が14くらいで止まってしまうのに、顔だけ変わるんだ」
 

お鍋をかき混ぜる手を止めたエアロスは私達の方に振り返ると、何だか困ったような表情を浮かべていた。






「顔だけ変わる?」
 


「身体の成長は止まる、顔は子供のままなんだけど目の色や輪郭とか、顔のパーツだけが変わるんだ。変わらないのはこの髪の色だけ。
俺の本当の顔は分からないくらい毎日少しずつ変わっていく。気持ち悪いでしょ?」
 

エアロスは耳にかかる綺麗な銀髪をいじりながら、私を見て悲しそうにそう言った。

私はそんな彼を励ましたくて思わず抱きつきたくなったけど、何となくルクトが良い顔しないだろうと理性が働いたので、拳を握りしめてその衝動を耐えた。





「珍しいとは思うけど、気持ち悪いなんて思わないよ。どの顔のエアロスが本当の顔かは分からないけど、それもエアロスの個性じゃない。見た目は違っても中身は一緒でしょ?

それに、今回の毒だって本当なら戦場不介入の『白い渡り鳥』が手を貸したんだもの。治療行為をする裏で、そんなことするなんて酷いと思わない?
だから、本当の顔なんて見た目の顔じゃないんだから、気にしないで良いんじゃないのかなって思うな」
 


私が心からそう言うと、エアロスは金色の大きな目をウルウルと潤ませて私をジッと見つめた。






ーーあぁ!泣きそうな顔も可愛いっ!ギュッてしてあげるから、こっちへおいで!


私は可愛いエアロスの顔を見て、そんなことを心の中で思った。





「シェニー……」
 

「それ以上近寄るな」
 

私の気持ちが通じたのか、抱きつこうと駆け寄ってきたエアロスをルクトは首根っこを掴んで止めた。
 
 




「少しくらい良いじゃん!どう見ても子供だよ?お前ケチだな!」
 

さっきまでの可愛い感じのエアロスはどこかへ行ってしまい、イタズラをした瞬間を取り押さえられた子供のように、ルクトに掴まれた手を外そうともがいている。







「お前、それ嘘泣きだろ。こいつは騙せても俺は騙されねぇよ。身体は子供でもしっかり娼館に通っているくせに」


ルクトが冷たい目でエアロスを見下ろすと、エアロスは不快そうに顔を顰め、ルクトの掴んでいた手を外した。





「身体が若いんだから仕方ないだろ!シェニーは恩人だから、いきなりするわけないだろ!親愛のハグだけだ!」





「俺はお前を信用してない。こいつに気安く近寄んな」
 

何も知らずに見れば、大人と子供が睨み合って一触即発の状態の2人たが、切羽詰まっているのは別の所だから教えてあげないと。



 
 


「まぁまぁ。エアロス、お鍋が沸騰してるよ」
 


「あ…!」
 


エアロスは料理の続きをやって、見事なスープを作ってくれた。
 
盛り付けられたお皿の中には沢山の具材が入った琥珀色のスープが入っていて、いい匂いのする湯気が立ち上り、見ているだけで食欲を刺激される。





 
「毒とか入ってないだろうな?」
 

「お前のだけ毒入れときゃ良かったな」
 

2人は対面するように座って、またバチバチと火花を散らしながら睨み合っている。
 





「いただきまーす」


折角美味しそうなスープなのに、このまま2人に付き合っていると冷めてしまう。無関係な私はこの2人に構う必要はないから、私だけでも温かい内に頂こう。




ーーうーん!美味しい!!スパイスが効いているけど薄味で、野菜の味が喧嘩すること無くスープに染み渡っているし、干し肉を食べると塩味がジュワッと出てくる。
エアロスは傭兵を引退したら、定食屋とかやった方が良いと思う!絶対行列のできるお店になるよ!


 



「ねぇシェニー。こいつとはどういう関係?」

 
私が心の中でエアロスに大賛辞を送っていると、ようやく睨み合うのを止めてスープを食べ始めたエアロスが不思議そうに問いかけてきた。





「護衛兼…こ、こっ恋人だよ」
 

同じ部屋で夜を明かすようになったけど、あんまり恋人らしいことをしていないからか、誰かにルクトを『恋人』と紹介する機会がないからか、口に出して紹介するのが急に気恥ずかしくなった。





「はいはい、そんなに顔を赤くしちゃって…。ごちそうさま。あ~ぁ。なんか羨ましい。俺もそんな人欲しいなぁ」
 
 

エアロスがそう言うと、隣のルクトが満足そうな顔をしたのが視界に入った。それを見たエアロスは、ものすごく嫌そうな顔をしてルクトを睨みつけた。


ルクトが睨んでいる顔は怖いけど、エアロスは睨んでも可愛いから私が見てもあまり怖くない。


ーー見れば見るほどエアロスって、無邪気な感じな少年って感じで可愛いなぁ。










「ごちそうさまでした~!あー。お腹いっぱい!ルクトもいっぱい食べたね」



「まぁまぁだな」




「シェニーの口に合って良かった。何が『まぁまぁ』だよ。お前は食い過ぎだ」



エアロスの料理はすごく美味しかった。

ルクトは最初こそ『毒が入っているんじゃないのか』と言っていたが、結局無言で何度もお代わりしていたから、彼もその美味しさを十分堪能しただろう。


素直に『美味しかった』って言えばいいのに、彼はやっぱり素直になれないらしい。






 
「ねぇ、『悪魔』って二つ名がつく人同士は仲悪いの?」
 

ルクトって、レオンと初対面の時は警戒してたし仲良くなかった。シューザの時は比較的フレンドリーな感じだった。
そして今は、エアロスに対してずっと警戒して喧嘩腰の態度を取っている。


同じランクの傭兵なんだから、シューザの時みたいにちょっとは普通に喋れるくらい仲良ければ良いのに。





ーーん?待てよ。ルクトってレオンの時みたいに初対面は警戒していても、時間が経てば何だかんだ言って仲良くなっているから、エアロスへのこの態度も仲良くなる前兆ではないだろうか!?

本心はエアロスと仲良くなりたくて仕方がないけど、素直になれないから突っかかる態度を取ってしまうのでは?!
エアロスは今はルクトに触発されて睨み合っているけど、エアロスは可愛いから、きっとすぐに2人は仲良くなること間違い無し!


私は自分の名推理を心の中で大絶賛した。エアロスのような『可愛さ』というのは、ルクトの凝り固まった鉄の心も溶かすに違いない。






「基本的に手を組むことはないし、同じ国側の傭兵をしていても会話もしない」
 


「そうだよ。こうして同じ空間にいるのも、喋っているのも変な感じ」
 





「じゃあさ、エアロスを入れたらルクトは『青』、『黒』、『白』の悪魔と仲良くなったんだね。凄いじゃない」


他に『悪魔』と二つ名のつく傭兵がいるのか知らないけど、有名な3人と仲良くなったルクトは凄いと思う。







「「仲良くなってねぇよ(ないよ)!!」」
 

2人は同じように嫌そうな顔をして、同時に同じことを言った。
 
 




「あはは!息ぴったり。仲良いじゃん」
 

ーーうんうん。2人とも素直になれてない。でも今はそんな2人でもしばらくすると、きっとレオンやシューザのような『男の友情』が芽生えてくるはずだ。





「仲がいいとかちょっと認めないけど…。お前、『青』と『黒』に会ったの?あいつらしばらく戦場での話聞かなかったけど何やってるの?」


 
「『青』はコロシアムにはまって休業中。『黒』は呪いで倒れてたけど回復したから戦場に戻ってる」
 

エアロスが嫌そうにしていた表情を消して、真剣な顔をしてルクトに問いかけた。きっとエアロスにとってもレオンやシューザはライバルだろうから、彼らの最近の動向が気になるのだろう。







「そっか。全員お前とシェニーに関わり合いがあるのか。不思議な縁だな。
ねぇ、シェニー。今回の解毒薬の調合、あれは一体何だったのか教えてくれない?」



 
「俺も聞きたい」
 

ルクトもエアロスも真剣な表情を私に向けてきた。

私にしか出来ない解毒薬の調合が無事に成功したんだ。気になるのも当然だろう。





神殿でその存在が秘密にされている毒薬の作り方は教えられないけど、解毒薬の調合なら教えても構わないだろう。


 
「んとね、まずサソリと蜘蛛に薬草を媒介にして浄化の魔法をかけて体表を溶かして、猛毒の体液を取り出したの。ここまでなら他の『白い渡り鳥』でも出来る。問題はここから先。


毒素を中和する薬草が必要になるんだけど、この薬草が絶滅しててもうこの世のどこにもないの。だから効果と種別が近い2種類の薬草を媒介にして、便利魔法で薬草を再生させたんだ。

その薬草にサソリと蜘蛛の毒素を吸わせて、中和して出来た解毒成分だけ残った根っこを口にしたってわけ」
 




「シェニー凄いね。その便利魔法が他の奴には使えないってこと?」
 


「そう…。魔導書の研究者は少数ながらいるんだけど、実際に使える人は殆どいないの」
 



「じゃあシェニーは凄い『白い渡り鳥』なんだな。今回は本当に助かったよ。ありがとう。何かお礼をしないとね」


 
「お礼はいらないから3人で繋ぎの結晶を交換しようよ」
 
 

「いいよ。シェニーと交換なら喜んで」


私がそう提案すると、エアロスは旅装束の胸ポケットから革袋を取り出した。





「エアロス、ルクトとも交換してね。ルクトもちゃんと交換するんだよ?」




「またかよ…」



「ライバルなのは分かるけど、絶対役に立つって!」


呆れた溜息を吐くルクトに私がそう説得すると、諦めているのか仕方なさそうに旅装束の胸ポケットから小さな革袋を取り出し、彼らしい赤いカケラを机の上に置いた。





「気は進まないけど、シェニーがそう言うのなら…」

 
エアロスが私とルクトの2人にくれたカケラは、雪の様に白色く、渦巻く透明の模様が入っていた。
 
 



 
「これからお前、どうするんだ」
 

カケラを入れた革袋を胸ポケットに戻したルクトは、腕組してまたエアロスを睨みつけるように見ている。

エアロスはルクトを怖がっていないけど、私の目には『一方的に子供を威圧しながら説教している大人げないルクト』か『子供の希望する進路が気に食わない頑固親父が、威圧しながら止めさせようとしている進路相談中の親子』にしか見えない。


その態度を改めさせたい所だけど、彼の行動を改めさせるには私じゃ力不足だ。ファミさんみたいなパワフルさと何か切り札がなければ無理だろう。





「怪我も治ったし、魔力が完全に戻ったらまた戦場に戻るよ」
 

エアロスは一度怪我していた左足に触れると、安心したような穏やかな表情を浮かべた。





ーーやっぱりエアロスは戦場に戻ってしまうのか。どうせなら定食屋をしたら良いのに。でも、戦場で生きてきた人はやっぱり戦場に戻ってしまうもんだよね…。


ルクトは私と恋人になったから、今もこうして側に居てくれているんだと思う。
でも、恋人になる前の彼のように、ずっと護衛をしてくれる高ランクの傭兵なんて居ないんだと、現実を突き付けられた気がした。






「そっか。怪我には注意してね?何かあったらフィラ飛ばしてね」

 

「その時は甘えさせてもらうかも。シェニー達はどこ行くの?」
 



「北のアビテードに向かっているの」
 


「アビテードかぁ…。もうすぐ雪が本格的に積もるから、早めに行った方が良いよ。
あそこは集落の数が少ないから移動中は野宿になると思うけど、街道沿いにこういう旅人小屋が結構あるからそこを利用したら良いよ」
 


「そうなんだ。どうやって野宿しようか困ってたんだ。教えてくれてありがと」
 

こういう設備の整った旅人小屋があるのはとても心強い。

雪国に行くのは初めてだから勝手が分からなくて、寒い中で野宿しないといけないのかと不安になっていたけど、ちゃんとこうして対策が取られていることを聞いて本当に安心した。





「お安い御用だよ。この先に進む事にどんどん寒くなるから、この先にあるアネシスの街でしっかりした防寒着とか買っときなよ」


 
「うん、そうする。エアロスもアネシスまで一緒に行く?」


 
「そうだね。アネシスまでの道は商人目当てで盗賊が多いから、そこまでは一緒に行くよ」
 



「本当?ルクトも助かるね!」


可愛いエアロスともうしばらく一緒に居られると思うと楽しみになるし、護衛をしてくれるルクトの負担も軽くなる。



シューザとも旅をしてみたかったけど、彼は忙しそうだったし、なにより傭兵団のリーダーである彼と一緒に行動していると、軍の取り調べを受ける可能性があるから出来なかった。

もしそういう場面になった時は、『傭兵団のリーダーに護衛を頼みました。それだけの関係で傭兵団に所属しているわけではありません』と説明すれば分かってくれるとは思うけど、軍人と距離を置きたい私にとっては、取り調べを受ける事自体避けたいことだった。






「俺は別に1人で十分だ。助かるのはお前の方だろうが」

 
ルクトが呆れたようにエアロスにそう言うと、エアロスはポリポリと頬を掻いた。




「まぁね。しばらく身体を動かしてなかったから、盗賊が出てきた時はいい運動になる。2人がいればなんかあっても大丈夫だしね。もう日が暮れちゃったから、今日はここに泊まっていきなよ」
 

エアロスの視線を辿ると、カーテンの僅かな隙間から見える窓の外はすっかり暗くなっている。
外は寒いし、盗賊がよく出るらしいから、ここに泊まらなければ村に一度引き返した方が良いだろう。






「じゃあお言葉に甘えようかな。ルクトはそれで良い?」
 

 
「気は進まんが、それが最善だろうな」
 



みんなで交代しながら小屋の中にあるお風呂に入ると、椅子に座ってお茶やお酒を片手に談笑が始まった。

ルクトがお酒を飲むのは見慣れた光景だけど、エアロスがお酒を飲んでいる姿を見ると『こら!未成年はお酒ダメだよ!』と注意したくなる。



エアロスは結構お酒を飲むそうで、ルクトと同じく移動中でもお酒を飲むために鞄の中に常備していると話を聞いて驚いた。彼はお酒よりもオレンジジュースとかの方が似合うと思うのになぁ。


 


 
「そういえば、どうしてエアロスは『白い悪魔』って呼ばれてるの?」


エアロスは色白だし顔は変わっても綺麗な銀髪は一緒らしい。でも『白い悪魔』と呼ばれる理由はどこにあるのだろうかと不思議に思った。

そんな疑問を口に出すと、ルクトがお酒をグビグビと飲んでいた酒瓶をテーブルの上に置いた。




「戦場でのこいつは、ちょこまかちょこまか動き回って、戦場を撹乱させながら暗殺術で奇襲攻撃をして来るめんどくさい奴だ」



「そんな風に言わなくて良いだろ?身体がこんな風だからさ、まともにやり合うなんて無理だから仕方ないだろ」



エアロスは頬を膨らませてルクトに抗議の声を上げた。そんなリスのようなほっぺたも、また可愛い。
私はすっかりエアロスの可愛さにメロメロになっている。





「エアロスもランクSSだもんね。すごいよね」
 


「えへへ~。ありがと。シェニーに褒められると嬉しいよ。
あ、シェニーは眠そうだね。あいにく布団は1組しかないんだ。俺とシェニーなら十分寝られるから、今夜は俺と寝ようよ!」




「うん、良いよ!」
 

エアロスが金色の目をキラキラさせながら子供っぽい可愛い笑顔を向けたので、メロメロになっている私は自然と即答していた。






「ダメに決まってるだろ」
 

私の答えた直後にかけられたルクトの声は、いつも以上に低いドスの効いた声だった。
 



 
「なんでだよ」

 
「子供っぽく言ってこいつを言いくるめようとしても無駄だ。見た目はガキだが中身は24のれっきとした男だろうが。布団には俺とこいつで寝る。お前は隅で寝袋に入って寝てろ」


ルクトは上を向くと、ロフトの端の方に見えている寝袋を指差した。






「ちぇっ。お前心が狭いな…」


「狭くない。仮にもお前の恩人だろうが」


ルクトはまた腕を組むと、エアロスを威圧するように睨みつけ始めた。





「だから俺が夜のもてなしをしようって思ったんだよ!」


ーーえ?何その『夜のもてなし』って…。それってもしかして、エアロスと私がゴニョゴニョするってこと?
そんなのいくらエアロスが可愛くて、私がメロメロになっていてもお断りですっ!






「それはもてなしじゃねぇよ。本人が望んでないだろうが!」


私が抗議の声を上げる前にルクトが返事を返していた。きっと彼ならエアロスを諦めさせてくれるだろう。





「シェニー!俺ともやろうよ。絶対ガッカリさせないし!」



「身体はガキだろうが」



「夜は違うんだよ!俺と1度寝たオネーサン達は、朝まで放してくれねぇんだからな!」



「そういう商売だろうが!そもそも……」
 







この2人、喧嘩するほど仲が良いってやつだろうか。それとも見た目は子供と大人だけど、中身は似た者同士なのだろうか。


娼館での話やサイズがどうとか、露骨で卑猥な内容で喧嘩を始めた2人についていけなくなった私は、ロフトに続くハシゴを登った。
 





「あ!シェニーちょっと待って!」


ロフトを登り終えて布団に横になった時、ハシゴの下でエアロスが慌てたように私に向かって声をかけてきたようだ。



「なにがちょっと待てだよ。中身も身体もガキのお前じゃ満足させられねぇんだよ」



「何勝手なこと言っちゃってくれてるわけ?そんなのヤッてみないと分かんないだろうが!」



「ヤらなくても分かるんだよ!」



「お前、俺がヤってるのを見たことがあるのかよ!」



ハシゴの下でまた始まった2人の居たたまれない会話に嫌気が差し、白熱する2人の会話が聞こえないように布団を被って耳を塞いだ。

 




「もう寝よ…」
 

 
 
ーーーーーーーーー
 

 
いくらこいつを諦めさせようと説得しても言うことを聞かないとイライラしていると、こいつはハシゴを登ってシェニカのいるロフトを覗き込んだ。




「ねぇシェニー。俺と寝よ……ってもう寝てるし。しかも布団のど真ん中」

 
「今日は疲れただろうからな。このまま寝させてやろう。降りてこい」
 
 
布団のど真ん中で眠っているらしいシェニカを移動させるのも可哀想で、俺とエアロスは暖炉の前で寝袋に入って寝ることになった。
 
 



 
「シェニーはさ、『白い渡り鳥』としても優秀だけどそれ以上に良い女だよね。俺、シェニーのこと好きになっちゃった。彼女に恋人って言ってもらえるお前が心底羨ましいよ」
 
 


「やらんぞ」
 


「あんなに仲良しな光景を見せつけられたら、間に入ろうなんて流石に思わないよ。ただ、お前が単純に良い相手を見付けて羨ましいだけ。
怪我してから無性に1人が寂しくなったんだよね~。そもそもさ、2人はどこで出会ったの?」



少し離れた所に寝転ぶエアロスは、俺の方に不思議そうな顔を向けてきた。

普通に傭兵の仕事をしているだけなら、『白い渡り鳥』のこいつに治療してもらったとしても、護衛をすることになる経緯までは予想できないだろうから不思議に思うのも無理はない。





「俺の死亡説が流れた時、呪いを受けて戦場跡で動けなくなったところに、あいつが来てその時に主従の誓いを結んで護衛になった」



「へー。主従の誓いかぁ。こうして恋人になってるってことは、奴隷扱いされなかったんだ。いいねぇ。
シェニーなら俺も主従の誓いを結んでも良いな。お前とじゃなく俺としてってお願いしちゃおうかな」



「だめだ」


主従の誓いは、奴隷扱いせずに互いを想い合うようになったら離れられない『夫婦の誓い』になる。そんなことをこんな奴に絶対にさせない。





「あはは!ジョーダンだよ。俺は護衛より戦場に居たいからな」
 


「まぁ…そうだな」
 


「お前はずっとシェニーの護衛して、もう戦場には戻らないのか?前に新聞で、お前と『黒』が共闘したって出てたけど」
 



「あの時は、あいつを安全な場所に預けられたら一時的にでも戻ってもいいと思った。
だから戦場から離れた街に『黒鷹』の傭兵をつけて待たせていたんだが、あいつを狙う神殿側から元副官の護衛を押し付けられた。
その元副官は『黒鷹』の護衛を押し退けて、あいつに手を出して来やがった。

こういうことがこれからもあり得る以上、実力のある奴に護衛を頼めない限り俺は戦場に戻らないし、心配だから戻るつもりもない」
 


 
「シェニーが神殿に狙われる?『白い渡り鳥』って神殿と関わってるだろ?それが何で?」
 
 


「『白い渡り鳥』が俺たちみたいな傭兵と結婚したり子供を作るのを阻止するためだそうだ。
能力が中途半端な子供が出来ても困るから、強い奴を護衛と言う名の贈り物で送りつけて子供を作らせる」



あいつは俺の物なのに、俺より先にあいつの身体に触れやがったあの元副官を思い出すだけで腹が立つ。

寝袋の中で爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。





 
「うわぁ。何それ。『神殿は神聖な場所です』とか言ってる割にはやることがゲスだな。やっぱりシェニーみたいな優秀な人の護衛は、普通の護衛とは違うんだな」
 



「特に最近、神殿や軍部からの動きが気になる。あいつを利用しようって魂胆だけじゃない気がして、気が抜けねぇ」



「軍部まで?でもさ、将軍クラスになると流石のお前もきついだろ」



「あぁ。今の所送りつけられた奴で面倒だったのは元副官止まりだ。でも、いつどうなるか分かったもんじゃない」



 
「可能な限り加勢に行くから、もし何かあれば俺にも連絡しろよ」



「…そうならないようにしたいが、何かあった時はそうする」
 





今の所、ほとんどの国の将軍や王族は、シェニカと繋がりを持とうとしてくるだけだ。

この間の王太子のように身分を振りかざして引き離されたりするだけでなく、身分も実力もある将軍があいつを直接奪いに来たら、俺はあいつをきちんと守れるだろうか。


いくら軍の規律に縛られている将軍や副官でも、王命であいつに手を出せと言われれば忠実に従うだろう。




もしそうなった時、流石に将軍相手だと自分1人で守れると自信を持って言い切れない。



小国の将軍くらいなら何とかなるかもしれないが、サザベルやウィニストラなどの大国になると、良い人材が集まるから将軍だけでなくその副官達も流石に強い相手ばかりだ。
 

しかも、一対一になるとは限らない。将軍や副官共が束になって俺に襲いかかってくれば、正直言って勝ち目がない。




レオンが以前言っていたように、将軍には将軍、副官には副官が相手をするくらい奴らは強い。
傭兵の俺とでは実力差はおそらくあるだろう。
 
 
だが、それでもシェニカを守るのは自分でありたい。
 




あの銀髪の大男の勝ち誇った顔を思い出し、溢れ出てくる憎悪と悔しさを、食いしばった歯と握りしめた両の拳で押さえ込んだ。
 
 
 
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