天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第13章 北への旅路

12.捨てられた子供

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「保存食は買い込んだし…。これで支度は終わりね。明日の朝は夜明けと共に出発しましょ」

「分かった」

銅像作家や神官長一行といった迷惑な奴のせいで近寄りがたいオーラを纏っていたシェニカも、道具屋で旅の支度に必要な物を買い揃えている内に気が紛れたらしく、いつもと同じような落ち着いた精神状態になっていた。


「あの…『白い渡り鳥』様。少しお話を聞いてもらえませんか?」

雪が止んで雲の隙間から久しぶりの青空を見上げながら宿に戻る途中、今度は女がシェニカを呼び止めた。


「え?なんでしょうか」

呼び止めたのは、神殿や領主、商人とは全く関係がないことがパッと見て分かるほど、たくさんの継ぎ接ぎだらけの質素な服と褪せた茶色のコートを着た中年の女だ。振り返ったシェニカも同じように思ったのか、不機嫌さは出ずに不思議そうな顔をしただけだった。



「初めまして。私はこの街で孤児院を開いているジナエと申します」

女がそう言って深々と頭を下げると、首の後ろで1つに束ねた茶色の長い髪には白髪が多く混じっているのが見えた。


「孤児院ですか?8つの孤児院は全部回りましたから往診は終わったはずじゃ…?」


「私は私設の孤児院をやっているので、神殿からは紹介して貰えないんです。
本当なら治療院に行くべきなのですが、ベッドから動けない子もいるので治療院に行けなくて…。孤児院に来て子供を診てもらえませんか?どうかお願いします」

一度は頭を上げて事情を説明したジナエは、もう一度深々と頭を下げた。



「喜んで往診させて頂きますから、頭を上げて下さい」

シェニカの言葉に安心したジナエが商人街の外れにある小さな開けた場所の方へと歩いて行くと、オレンジ色の小さな二階建ての家がポツンと建っていた。家の周囲にある雪の積もった広場らしき場所では、ボール遊びをしているガキ達がいる。


「先生おかえりなさーい!」

「ただいま」

ジナエの姿を見付けた3人のガキ達が勢いよく走ってきて、ジナエに抱き着いた。


「先生、この人達だあれ?」


「怪我や病気を治して下さる『白い渡り鳥』様よ。みんなご挨拶して」

俺達をジロジロと見てくるガキ達は、ジナエに挨拶を促されるとシャキッと姿勢を正した。

 
「「「こんにちはー!!」」」


「こんにちは」

シェニカが笑いながら挨拶を返すと、早速ジナエと子供達に家の中に案内されて、寝たきりの子供のいる部屋に連れて行かれた。


暖炉の暖かさが満ちた部屋には、2台のベッドと本棚が置いてあるだけの簡素な部屋だ。壁にはガキが描いたのか、よく分からない絵が描かれた大きな布が飾られている。


「先生どうしたの?」

ベッドの上で寝たきりの2人の少年が、不思議そうにジナエに話しかけてきた。


「ロービンとキュロの怪我を治しに来て下さったのよ」


「え~?治せるの?」


「本当?」

ベッドに横になっている2人は、ジナエにそう言われるとシェニカを疑いの眼差しで見てきた。


「うん、治せるよ。今から治療するからジッとしててね」

シェニカがベッドのガキの側に立つと、全身に手をかざしてから足の方に治療魔法をかけ始めた。
治療に興味が湧いたのか、この部屋に俺達を連れて来たガキ達もベッドの側に来て、シェニカが少年の足に触れて曲げたりする様子を静かにジッと見ていた。


「はい、終わり。もうベッドから下りても大丈夫だし、元気にみんなと遊べるよ。もう痛くないでしょ?」


「あ!本当だ!痛くな~い!お姉さんありがとう!次は、キュロも治してあげて!」

ベッドから下りて飛び跳ねた少年は、嬉しそうにシェニカに礼を言うと隣のベッドに駆け寄った。


「はい、じゃ次は君ね。すぐ治るから安心しててね」


「うん!おねーさん、お願いね!」

シェニカはいつもと同じように治療をしているが、1人目の治療で興奮した5人のガキ達はワクワクしたような目で静かに治療の様子を見守っていた。


「はい、終わり。もう怪我しないように気をつけて遊ぶんだよ」


「お姉さん、すごーい!」

シェニカが2人目の治療を終えると、見守っていたガキ達はワッと歓声を上げた。



「じゃ、またみんなで遊ぼ!5人揃ったら雪合戦するって約束してたもんね!」


「行こうぜ行こうぜ~!」

部屋にいたガキ達が元気に走りながら部屋の外に出て行く中、ガキ達の中で1番年上と思われる瑠璃色の髪を三つ編みにした少女が、扉を出る前にシェニカをジッと見つめて出て行った。



「治療ありがとうございました」

子ども部屋から大きな暖炉のあるリビングに場所を移すと、ジナエは俺達に茶を出した。
広めのリビングには頑丈そうな一枚板の長いダイニングテーブル、暖炉の前には木製の長椅子、キッチンに近い壁側には背の高い食器棚が置いてあるだけで、他のスペースは何も置かれていない。キャーキャー煩い声が聞こえる窓の外には、元気に走り回る5人のガキ達の姿が見える。


「いえいえ、お安い御用ですよ。2人とも足を骨折していましたね。こういった怪我は多いんですか?」


「ええ。ここにいる子達は元気だけが取り柄なんですが、怪我が多くて…。首都から派遣される白魔道士が来てくれるまでの間に、必ず誰か怪我してしまうんです」

ジナエは座った俺達の目の前に茶を置くと、向かい側の椅子に座った。


「この孤児院はジナエさんがお一人で?神殿や領主様からは何か援助があるんですか?」


「私が勝手にやっていることなので、この孤児院は神殿や領主様の援助のない完全な私費なんです」


「1人で5人の孤児を預かるなんて凄いです。でも既に孤児院は8か所もあるのに、私設の孤児院があるんですね」


「私設の孤児院はここだけなんです。この街は首都から一番離れた場所にあること、そして行商人がよく通る中継地点なので、普通の孤児だけでなく奴隷商に連れられた孤児達が集まりやすいんです」

『奴隷商』と聞いた途端、お茶を飲もうとしていたシェニカの動きがピタリと止まり、静かに持っていたカップをソーサーに戻した。


「奴隷商が来るってことは、ここには奴隷市場があるんですか?」


「奴隷売買は取締りの対象ではありませんが、どこで市が開かれているかは公表されていません。
市が開かれているのは領主の別宅だとか、商人街のどこからか入れる地下だとか言われていますが、噂の域を出ません」


「でも、この国はしばらく戦争はしてませんよね?どうして孤児がいっぱいいるんですか?」


「この街にいるのは、奴隷同士の間に生まれた子と身寄りのない平民の子なんです」


「奴隷の子供…ということは、この街の孤児達は将来は奴隷に?」


「そういう子は、親が奴隷の子供は生まれた時から奴隷の身分なので、成人すると奴隷商に買われていくんです」

ジナエは深い溜め息をついて、手に持っていたマグカップをコトリとテーブルの上に置いた。


王族や貴族のネームタグの個人番号などを記載した戸籍は王宮で管理し、平民以下の身分の者の戸籍は神殿が管理しているので、その地の神殿に行けば親の身分などを確認することが出来る。
王族や貴族の子供は生まれながらに親の身分を受け継ぐのと同じように、貧民街で生まれた子供は生まれながらに貧民、奴隷の子供は奴隷にしかならない。

例外はあるが、この身分は死ぬまで変わらない。



「どの国でも奴隷の女性に子が生まれると、雇い主が子供を孤児院に送ってしまうことが殆どなのですが、孤児院に連れていくことすらしない人が赤子を街の片隅に捨てることがあるんです。
そういった赤子を見つけたら普通は孤児院につれていくのですが、奴隷商が先に見つけてしまうと、神殿で奴隷だと確認した後に、孤児院に行かずに連れ去ってしまうことがあるんです。
他にも奴隷の身分を嫌う孤児院もあって、そこに入れなかった孤児が街を彷徨っている内に奴隷商に拾われて、連れて行かれてしまうこともあって…。

貴族の中には成人前の子供を奴隷商から買って『反抗しない奴隷』に育てたいという人もいるので、そういう貴族に連れて行った子供を奴隷商が売ってしまうんです」


「そういう子はどうなるんですか…?」

シェニカは奴隷の話に怒りを覚えているのか、膝の上に置いた右手の拳をギュッと握りしめていた。


「貴族に買われた後、外界との接触を避けるために、学校で学ばせるのではなく家庭教師をつけて教育を受けさせるそうです。
その時、『主人に忠実に。身の程を弁えた行動をするように』と切々と言い聞かせられ、所作を叩き込まれるそうです」


俺の頭の中で、トリニスタで出会ったカロという領主の息子の奴隷を思い出した。
カロは確か孤児で、8歳かそこらで孤児院に入れなかった所を奴隷商に拾われ、領主の息子の奴隷として買われたと言っていた。
成人してから身分を奴隷にされたエスニは、主人であるババアの言うことは聞くが反抗的な目をしていた。
それに対し、カロからは反抗する意思も覇気も感じられなかったから、最初からそういう意図で買われた子供だったんだろう。


「ここにいる子は奴隷の子なんですか?」


「いいえ。身分が奴隷の子は神殿でしか保護してはいけないということになっていますので、ここにいる子は平民の子です。
でも、身分は平民であっても数年前までは孤児院での扱いが酷かったらしくて、よく孤児達が逃げ出したりしていました。私が保護したのは、その時に脱走を繰り返していた子です。今は孤児院担当の神官の方が身分に関係なく良く世話をしてくれているので、逃げ出す子は居なくなったのでホッとしているんです」

ジナエの言うその神官がドゥテニーというのは、毎晩シェニカからドゥテニーの話を聞かされたから容易に想像がついた。


「ドゥテニーさん、本当に良い人だったもんね」


「神殿の孤児院は貴族からの寄付金や各地の神殿からの助成でやっていけますが、私のような一個人ではなかなか難しくて…。同情してくれた街の人に助けて貰ったり、蓄えを切り崩してやっているので、子供達にはいつも我慢させてばかりなんです」

リビングの扉がゆっくりと開き、さっきシェニカを見ていた瑠璃色の髪の少女が入ってくると、迷う事なくシェニカの隣に立って不思議そうな顔でシェニカを見上げた。



「ねぇ、ジナエ先生。お母さんが迎えに来てくれたの?」


「え?」

シェニカも俺も、言葉の意味が分からずジナエに視線を向けた。



「ニフィ、この方は貴女のお母さんじゃないのよ」

一度に3人分の視線を一気に浴びたジナエは、苦笑の笑みを浮かべて首を横に振った。


「そうなの?なんだ人違いかぁ」

少女は悲しそうな顔をしてまた外に遊びに行った。


「人違い…?」


「あの子は『白い渡り鳥』様の子供なんです。最初は神殿にいたのですが、ある日突然追い出されて…。神殿の前で神官に怒鳴られて、歩きながら泣いているところを保護したんです」

『白い渡り鳥』本人は身分が高いが、能力の高さでしかなれない職業だからその子供といえど身分は高くないだろう。でも、神殿が子供を追い出したりしたら親は黙ってはいないだろうに。


「『白い渡り鳥』の子なのにどうして孤児に?お母さんは?」


「お母さんが妊娠していて、もうすぐ子が生まれるからあの子は邪魔だと…」


「邪魔って…!お父さんは?!」


「あの子の父親はお母さんの護衛をしていた傭兵でした。お母さんが治療院を開いてしばらくしたある日、この街の外れでお父さんは殺されていたんです」


「犯人は捕まったんですか?」


「いいえ。それが呆気ないほど短期間で軍の調査が終わってしまったんです。お母さんが一生懸命犯人探しを続けるように頼んでいましたが、結局傭兵同士の喧嘩のせいだろうと結論づけられて、犯人は捕まらないまま終わってしまいました」


「そんな…」


「お母さんがこの街にしばらく滞在して、喪に服しながら神殿であの子を連れて仕事をされていました。
それからしばらくしてお母さんに新しい護衛がついたんですが、いつの間にかその護衛と再婚して妊娠なさったそうで…。その頃からあの子はお母さんと会えなくなったらしくて、出産が近くなると神殿から追い出されたみたいなんです」


「ひどい…」


「怒鳴っていた神官の言葉、今でも覚えています。『お前みたいな傭兵の子は能力も中途半端で邪魔だ。次に生まれてくる子はお前と違って優秀だ』
そう言っていました。それからあの子はここで生活し始めたのですが、目を離した隙に神殿に行ってお母さんに会おうとして、追い返される日が続いて…。
お母さんと会えなくなって6年経ちましたが、今でもお母さんが恋しくてシェニカ様にさっきの言葉を言ったのだと思います」


「お母さんはまだ神殿に?」


「いえ、出産して2年後くらいに、生まれた子を神殿に預けて夫の護衛と旅に出ました。
旅立つ少し前から、お母さんは神殿から出てニフィを探そうと孤児院を回っていたそうなんですが、神官や巫女達に連れ戻されたそうで…。結局、お母さんはニフィと会えないまま旅立っていきました」


「それで生まれた子は優秀なのか?」

シェニカに贈りつけられたあの男のような奴が、夫の傭兵を殺して、母親を自分のものにしたんだろうと予想がついた。能力の高い優秀な子供を産ませるために贈られるのだから、産まれたのはさぞ能力の高い子なんだろう。


「リューという名前のワガママ放題の有名な男の子で、優秀なのかは分からないですね。
ニフィは別れた4歳の時の記憶がなんとなく残ってるらしく、お母さんみたいな『白い渡り鳥』様になりたいって言って、学校でも勉強を頑張っているんです。恋しがっているお母さんと同じ『白い渡り鳥』のシェニカ様から何か励ましの言葉をかけて頂けたら、あの子は喜ぶと思うんです」

リューというのは、神官長の足にへばりついていた丸々と太ったクソガキと同じ名前だ。
母親が『白い渡り鳥』、父親がこの神殿から贈った男だから、孤児院に入れられることもなく我儘放題でも許されているわけだ。

あーいうのは能力の高さに関係なく嫌われるのは確実だ。


「私で何か力になれるのなら喜んで」

シェニカがそう言った時、ガチャリとゆっくりと扉が開いた。


「先生。お話終わった?」

 
「ええ、終わったわよ」

さっきの少女が遠慮がちにジナエに尋ねて部屋に入ってくると、部屋の中に進んでシェニカの横で立ち止まりって嬉しそうにシェニカを見た。


「ニフィちゃん、どうしたの?」


「ねぇ!おねーさん。白魔法教えて!私も『白い渡り鳥』様になりたいの」


「うん、いいよ」

満面の笑みになった少女がシェニカの手を引いて暖炉の前の長椅子に行くと、シェニカにくっついて白魔法の話を聞き始めた。
シェニカは少女に初級の白魔法を教え始めると、一生懸命質問したり、小さな手を精一杯動かして真似をしていた。少女はなかなか上手に出来ない白魔法に悪戦苦闘しているらしく、途中で泣きそうになるとシェニカは頭を撫でながらゆっくりと教えていた。

やることがない俺はただ座っているだけで暇で仕方がなかったが、ジナエが気を利かせて差し入れてくれた新聞を何度も読んだ。



「ニフィ、そろそろ夕食の準備をするからお手伝いしてくれる?」


「はーい…」

ジナエがそう言って止めるまでシェニカはずっと白魔法を教えていたが、少女はなかなか出来なかったことが悔しいらしく涙声でジナエに返事を返していた。



「おねえさん、今日はありがとう。なかなか上手くいかなかったけど、私、お母さんみたいな『白い渡り鳥』様になるのが夢なの!」


「そっか。頑張ってね」


「うん!いつか神殿新聞に、ニフィ・ナーアンって名前が出るように頑張るから楽しみにしててね!」


「楽しみにしてるね。でも、頑張り過ぎて怪我しないようにね」

シェニカは少女をギュッと抱きしめると、何度も頭を撫でてやっていた。それが嬉しいのかくすぐったいのか、少女は笑顔を浮かべてシェニカに抱きついた。


「シェニカ様、ありがとうございました。ニフィがあんなに頑張っている姿にみんな刺激を受けたらしく、今日は珍しくみんな部屋で真面目に勉強しています。またこの街に寄る時があったら、是非立ち寄って下さい」


「はい、その時は是非。これ、今夜ジナエさんが1人の時に中を見てください」


「これは…?」


「私からの気持ちです」
 
鞄を漁ったシェニカは、何か詰まったパンパンの革袋をジナエに手渡した。




5人の子供達に見送られながらジナエの家を出ると、 空はどんよりとした雲に覆われて暗く寒くなり、道はチラチラと降る小さな雪で薄っすらと白くなり始めていた。
フードを被って宿への道を歩いていると、前を歩いていたシェニカは立ち止まってどこかを指差した。


「ねぇ、見て。あそこに大きな鐘がある!」

シェニカの指差した先には、商人街の中でも1番細長く高い塔があった。


「あそこで鐘を鳴らしてるみたいだな。随分年季の入った塔だ」

最上部には黒く大きな鐘が吊るされているが、雪がへばりついた石の壁は長年冷たい風にさらされていたせいか、端が欠けたりヒビが入ったりしていて随分とボロボロになっている。


「ねぇ、もう少し近くに行っても良い?」


「構わねぇよ」

鐘に興味を示したのか、シェニカは軽い足取りで大通りを進んで塔の前で立ち止まった。塔の入り口には『関係者以外立ち入り禁止』と張り紙がされていて、鐘が鳴る時刻が書いてある。


「近くで見ると、おっきな鐘ね~」

シェニカは顔に雪がくっつくのも気にせずにずっと塔を見上げていたが、塔の鐘には興味のない俺は周囲を見渡した。雪の影響で人がまばらだが、通り沿いに軒を連ねる店はどれも土産物屋ばかりだ。


「この辺に土産物屋が密集してるってことは、この鐘が観光スポットみたいだな」


「お土産屋さん見てもいい?」


「はいはい」

店のショウウィンドウを見ながらゆっくり歩いていたシェニカは、一軒の土産物屋の前で立ち止まった。
シェニカの視線の先には、ショウウィンドウ内に綺麗に並べられた手のひらサイズの人形があった。フェルトで出来ているらしい人形は2体セットになっていて、それぞれが大きな黒い鈴を持っている。
人形は親子だったり、恋人同士だったり、揃いの制服を着た少女のようだったりと、色んなバリエーションがあった。


「このお人形、可愛い!お店の中に入ってもいい?」


「どーぞ」

ご機嫌な様子のシェニカの後ろを歩いて店の中に入ると、壁の高い位置までショウウィンドウにあったような人形がズラリと並んでいた。普通なら大量の人形に見下ろされるのは気味が悪いが、この人形はどれも目が閉じた状態に刺繍されているから、さほど気にならなかったことに安心した。



「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


「あの、ショーウィンドウにあった可愛いお人形を見てみたくて」


「『親愛の鈴』ですね。こちらにそろえてますよ」


「親愛の鈴?」


「形は人形なんですが、これは離れた相手の無事を祈るお守りなんです。こういったお守りは形や名前は違っても世界中のあちこちにあるんですが、この地のお守りはフェルト製の人形で鈴が使われているのが特徴なんです」


「へぇ~!お守りが人形なんて変わってるなぁ。それに人形のお守りなのに『親愛の鈴』っていうのが面白いですね」


「昔はこの街から北のアビテードへ向かう商人が多かったんです。
今は旅人小屋が整備されていますが、昔はまだ整備されていなかったので、アビテードへ行くのは厳しいものだったそうです。そこでこの街に残る家族が、旅の無事を祈る家族の代わりになるように人形にしたと言われています。
人形には種類があるので統一した名前がつけられなかったらしいのですが、鈴を持っているのは共通だったので、名前が『親愛の鈴』となったと言われているんですよ」


「へぇ、そうなんですか。どうして黒い鈴がついているんですか?鈴って銀色の物が多いと思うんですけど…」


「天気が良くて空気が澄んでいる時、この街の大鐘の音が山に反響して、アビテード領内まで届くらしいんです。その鐘を表現するために黒くて大きな鈴が付いているんです」

シェニカは店員から説明を聞き終えると、俺をキラキラした目で振り返ってきた。



「素敵な話!ルクト買う?」


「俺は興味ない」

土産物としては確かに良いと思うが、俺は人形とかお守りとか興味がない。それに俺が人形なんて似合うわけもない。


「そう?かわいいのに…。じゃあ私が買ったらペアの子いる?」


「いつも一緒にいるから別にいらないだろ。それに、鈴みたいに音の鳴る物をつけていると、戦闘中に居場所を教えることになるから不向きだ」


「まぁ、確かに…」

俺の答えに納得したシェニカは名残惜しそうに持っていた人形を戻し、店を出た。



宿に戻って食事を終えると、ベッドに腰掛けて明日の旅立ちの支度をしているシェニカに気になった事を聞いてみた。


「なぁ、別れ際に渡した革袋の中身は何だったんだ?」


「あれは私が仕事中にナンパしてきた傭兵に貰った宝石や装飾品だよ」


「高いものもあるだろ。良かったのか?」


シェニカが貰っているのは、一級品ではないが、それなりに値の張りそうな物が多いはずだ。他の男から貰った物など身に付けさせたくもないが、売れば懐が潤うというのにそれをゴッソリ渡したとは。
シェニカが誰かに施しを与えている場面など他に見たことはないが、金銭感覚が庶民なこいつにしてみれば随分と大盤振る舞いだろう。



「買えるものは売れるでしょう?なら、私がただ持ってるよりも、ジナエさんみたいな人に活用して貰った方が良いもの。そのかわり、子供達から貰った物は誰にもあげないよ」


「そうか。確かにそうかもな。あの子は『白い渡り鳥』になれそうなのか?」

俺がその話をした途端、シェニカは鞄を抱き締めて俯いた。


 
「……なれない」


「能力値測ったのか?」


「うん…。あの子の能力値は白魔法45、黒魔法55だった」


「なるほど、確かに中途半端だな」

黒魔法に高い適性があれば軍部に入るように促され、白魔法に高い適性があれば『白い渡り鳥』になれるだろう。適性が分かる前に捨てられたのは神殿の勝手な判断だと思うが、どちらの適性も際立って高くないというのは、親に『白い渡り鳥』を持つ子としては将来周囲から『期待外れ』という勝手な烙印を押されてしまうかもしれない。

そう考えると、あの少女がとても可哀想に思えた。


それが簡単に想像がつく上に、引き離された母親に憧れて一生懸命白魔法を頑張る姿を見たのに、どんなに頑張ろうとも『白い渡り鳥になれない』という未来が分かっているから、シェニカはこんなに暗くなっているのだろう。


「あのリューって生意気な男の子、白魔法は75、黒魔法が25だったよ。『白い渡り鳥』にはなれないけど、あの様子だと軍で白魔道士として働いて、そのうち神官として働くんだろうね」


「母親が『白い渡り鳥』でも、子供もなれるとは限らないんだな」

しばらく部屋に無言が落ちた時、俯いていたシェニカは悲しそうな暗い顔をして向かいに立っていた俺を見上げてきた。



「ねぇルクト。あの子のお父さんを殺したのって…」


「神殿が用意した新しい護衛が暗殺したんだろうな。リズソームの奴が言っていた様に、軍人上がりの男を見繕って邪魔な傭兵を殺して、子供を産ませたんだろ」


「暗殺も子供をお母さんから引き離すのも、最低最悪でひど過ぎる。神殿の教育も最悪だし、神殿がどんどん嫌いになっていくわ」


「そうだな」

シェニカの隣に腰掛け、静かに泣き始めたシェニカを抱き締めながら俺は目を閉じた。

俺もシェニカを守れなければ、あの子の父親の様に殺されて、シェニカをその男に奪われるだろう。もしその時に俺たちの間に子供が居て、高い能力がなければあの子のように捨てられる。そうならないためには、俺がシェニカを守り続けるだけの力がなければならない。


それは最近よく頭をよぎることなのだが、その度に俺を優越感の笑みを浮かべながら見下ろす、あの憎い銀髪のあの大男を思い出す。



いつか必ずあいつを越えてやる…


そんな事を思いながら、シェニカを抱きしめる腕に力を込めた。
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