天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第19章 再会の時

16.頑張る王太子

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今回は銀髪将軍視点のお話です。

■■■■■■■■■

犬の散歩や市場へ向かう人で賑やかになってきた朝の時間、アドアニザ領主と共に屋敷の前で待っていると、将軍のギルファスが護衛する一行がやってきた。数台ある豪華な馬車の中でも、特に毛並みの美しい2頭の白馬が引く馬車の扉が開くと、殿下が大きなアクビをしながら下りてきた。御者台から降りてきたライオットという文官は、音もなく殿下の背後に移動すると、胸ポケットからメモとペンを取り出した。何か書くのかと思ったが、彼の視線はまたもや大あくびする殿下に注がれているだけで、そのペン先は一向に動く気配がなかった。


「バル~。おはよー」
「おはようございます」

遅れてくることになっていたとはいえ、もう少し早く到着する予定だったのに。今日のこの時間になってしまったということは、宰相様に何日も監禁されて説教を受け、反省文を書かされ、『もうしない』と誓約させられたのだろう。
特に今回は宰相様が不在で、殿下が当事者国の代表として行くのだから責任重大。おそらく強制催眠をかけられて理解力や真意を何度も確認され、妃殿下か王子を人質を取られたか、罰則が設定されているのだろう。
いや、このまえ宰相様から『鞭打ちと拷問の仕方を指導願いたい』と言われたから、早速腕前を披露したのでは…。


「やっと到着したと思ったら、これから会談かぁ。はぁ~」

殿下は疲れたようなため息を出したと思ったら、一瞬で悪戯を考えついたような無邪気な顔になった。


「そうだ!この街からそう遠くないところに、珍しい魚が釣れるスポットがあるんだよ。シェニカ様と一緒に行ったら喜んでくれると思うんだよな~。会談終わったら様子を見に行こうと思うんだけど、バルが護衛で来てくれない?」
「到着早々、殿下は会談が終わったら釣りの下見に行くと発言。記録致しました」

そう言って殿下の後ろでメモを走らせたライオットは、シェニカ様が選んだドレスの作者として話題になっている、あのミファ・メルピアの双子の兄だ。
こうして宰相様が自身の代わりに殿下の伴としてつけたということは、側近の中でも一番信頼を置いている人物のようだ。この様子だと、メルピア家は今後いろんな意味で注目の的になるだろう。


「ライオット、いいか? これは俺なりにシェニカ様のもてなしを考えてだな」
「ディスコーニ様からは、特にもてなしの必要はないと伺っております」

「いや。なんだ。ほら、そうは言ってもやっぱり何もしないわけにはいかんだろ? こういう提案もあったよ~みたいな感じで言っておくのも大事だと思うんだ」
「ではディスコーニ様におっしゃるべきなのでは?」

「そ、そうだけどさ。良い返事をもらったらすぐ行けるように、下見しといたがいいんだ。行くたびに餌の好みが変わってたりするからさ、俺が行ったほうが効率的に準備が出来るんだよ」
「殿下は感謝すべきシェニカ様を口実にして、釣りに興じられようと画策した。記録致しました」

「ちょっ!おい! そ、そうだ! ライオット、なんか欲しいものないか? なんでも買ってやるぞ」
「殿下は私を買収しようとした。記録致しました」

殿下は我慢の限界だったのか、ライオットに飛びかかったのだが…。ライオットは視線をメモに落としたまま、後ろに大きく一歩下がって避けた。


「くそっ!なんでっ!おい!避けるな!」
「殿下は私からメモを奪おうとなさった。記録致しました」

殿下はライオットからメモを取り上げようとしているのだが、彼は殿下の動きを見切って、ひょいひょいと無駄のない動きで躱し続けている。

『側近たちの技術向上のため、より実践的な読唇術や気配の読み方と消し方、身の躱し方など指導願いたい。見込みのある者がいれば積極的に頼みたい』という、宰相様の求めに応じて、前任の筆頭将軍であるリュバルスに鍛錬を施させた。宰相様の側近だから、そのような指導を求められるのだろうと理解したが、まさか殿下対策であったとは。
たしかリュバルスが、『今回指導した者の中にいたライオットという男だが、性格も身のこなしも暗部向きだった。文官にしておくには惜しい男だったから、そのうち暗部に転向させた方が良い。素直なところもあるが、腹黒さも兼ね備えて面白い』と言っていた。リュバルスが嬉々として教え込んだせいで、人並みに鍛錬を施された殿下も歯が立たないらしい。


「くっそ~!! バル! 取り押さえてくれ!」
「無理です」
「殿下はバルジアラ様を使って私を押さえつけようとした。記録致しました」
「この記録魔!」
「殿下から『記録魔』と褒められた。記録致しました」
「褒めてない!」

殿下は自国内にいる間だけでも、ささやかな自由を謳歌したかったようだが、宰相様のもう1つの『目』によって潰されている。地方に送った俺の『目』たちは、可愛げのあるやつばかりで良かったと、この2人を見て痛感した。やっぱり男であっても、素直で足りない部分があるくらいが一番可愛い。


「殿下。会談の前に身だしなみを整えましょう」

側仕えに連れられた殿下は、ライオットにガックリと肩を落とした姿を見せつけながら屋敷へと入っていった。
面倒くさい折衝や会談、ドロドロした人間関係から逃げて、楽しいことを考えたいという気持ちは非常に分かるが、陛下から『決して甘くしてはならぬ。必要なら強制催眠も許可する。白魔道士で対応出来る怪我は不問』と命じられているので、生命の危険がなければ自分は手が出せない。
殿下は重い責任がついてまわる立場だから仕方がないとはいえ、雁字搦めのこの状況はストレスが溜まるだろう。つい手助けしてくなってしまうが、殿下にはなんとか頑張ってもらわなければ。



「頑張れ俺!」

自身の頬をバシッと叩いて気合を入れた殿下を連れ、屋敷の応接室に入ると、背中まで伸びた美しい白金色の髪が印象的な若いグメールの王太子と、白の混じった長い顎髭が特徴の筆頭将軍がソファから立ち上がった。
大陸の南にあるグメールは、国土が小さすぎて世界地図では記載が省略されてしまうような辺境の小国だ。切り立った山と山に挟まれた断崖絶壁の場所にあり、農作物は育ちにくいが、ダル山羊やウンベルヒョウ、サンガ鷲など固有の動物を狩って生きている。
攻めにくい特殊な地形をしている上に、侵略したからと言ってこれといった旨味がないという理由からなのか。周辺国がしょっちゅう侵略戦を起こして、国の入れ替わりが激しいなか、比較的長続きしている国だ。


「はじめまして。私はグメール王太子のサンダジュームです。急な申し出を受けて頂き、誠にありがとうございます」

「はじめまして。ウィニストラ王太子のファーナストラです。こちらこそ貴重な機会をありがとうございます」

握手を終えた殿下とグメールの王太子がソファに座ると、すぐさま芳醇な香りを漂わせた紅茶が運ばれてきた。特有の緊張感のなか、王太子が整った顔立ちに微笑みを浮かべながら口を開いた。


「此度の戦勝、まことにおめでとうございます」
「ありがとうございます」

「大罪を犯すなど前代未聞の話でしたが、運に恵まれ、機を逃さないのは流石です。特にディスコーニ殿は就任まもなく大きな成果を挙げられて。優秀な人材に溢れ、本当に羨ましく思います。
滅多に無い機会ですから、ディスコーニ殿から直接お話を伺えませんか?」

予想通りの要望に、自分が返事をすべく口を開いた。


「ディスコーニはシェニカ様の世話役としての職務がございますので、生憎同席出来ないのです」

「そうですか。では、折角の機会なので、シェニカ様にお目通り願えませんでしょうか」

「シェニカ様と面識はおありですか?」

「いえ、残念ながらございません」

「面会は面識のある方のみと、シェニカ様が希望されております。殿下のご希望に沿えず、誠に申し訳ございません」

「ひと目だけでもお会いすることは叶いませんか? お恥ずかしい話ではありますが、辺境に位置する我が国には、なかなか『白い渡り鳥』様の訪れがなく困っているのです。一瞬だけでも構いません。我が国の存在を知って頂くだけでもと思うのですが…」

『白い渡り鳥』様と太い繋がりがないグメールは、落ち着かない周辺国の影響を受け、訪れがないのだろう。自国に直接的な原因がないとはいえ、治療の手が行き渡らない状態が続くと、士気の低下、求心力の低下、民衆の不満増加、周辺国からの侵略が増えるなど、厄介な事態を招く。シェニカ様となんとか関わりを持ちたい、来てもらいたいというのは理解出来るのだが…。


「お気持ちは分かりますが、シェニカ様に面会を願う手紙が世界中の国々の代表者、随行者達から日々寄せられており、すべての要望を受け入れるには非常に無理のある状態となっております。
シェニカ様には無理を言って協力していただいております。このような決定に至っておりますことに、ご理解いただければと思います」

「そうですか…。それは大変残念です」

毎日毎日面会希望の手紙が舞い込む状況では、シェニカ様が『自身と面識のある者』という条件をつけるのは当然だ。だが、その条件に合う者は非常に限られる。大半の国が諦めることになる一方で、面会が叶う国や人物がいるだろう。それを見た他の者達が何を思うか。
ディスコーニはファズに仕事をすべて任せ、色々考え込んでいたが。あいつのことだから、うまい落とし所を作るだろう。


「今後、サザベルとの友好関係は進みそうですか?」

「我々からは何とも言えませんな」

王太子が殿下にそう尋ねると、殿下は他所向きのキリッとしていた顔を困り顔に変えた。
国内にいる時、殿下はまさにわんぱく小僧をそのまま大人にした感じだが、公式な場ではちゃんと相応の顔をしてきちんとした言動をする。殿下を直接助けることは出来ないが、宰相様には『グメールとの会談では立派に務めを果たされました』と良い報告を出しておこう。


「小競り合いというのはどこでも起こること。特にサザベルは感情的になりがちですので、小国のそれとは孕むリスクのレベルが違います。その辺りはどのように対処なさるおつもりでしょうか」

「サザベルであろうとも、我が国を相手に大きな衝突を起こせば、得るものよりも失うものの方が多くあるでしょう。大きな問題に発展しないよう、慎重に対応したいと思います」


サザベルは王族、軍人、貴族、民衆含め、個人差はあれど、総じて短気で感情的な奴が多いから、小国の時代から喧嘩や蜂起が起きやすかった。そんな連中をまとめ上げるには、共通の敵を設定するのが手っ取り早いということで、近隣の同等規模の国が敵国として設定されてきた。そのやり方はサザベルの脳筋思考にあっていたようで、敵国の侵略を重ねてあっという間に大国に発展したわけだが。現在、その敵国はウィニストラになっている。

越境の審査に数日要するのは世界共通だから、どこにでもイライラして問題行動を起こす者がいる。そんな状態な上に、短気で感情的になりやすい連中だから、今後は被害妄想まで発揮して、普通なら大したことではない出来事でも、大事のように騒ぎ立てる可能性が十分にある。それがキッカケでウィニストラ兵とサザベルの民間人の衝突が起こり、両国の兵が衝突する事態に発展、という未来を否定出来ない。

大義名分がなければ侵略戦争が出来ないとはいえ、大国同士がぶつかれば相応の被害と影響が出る。陛下は早期の決着を望まれるだろうから、金や互いが欲しい物などを融通しあう形で、外交的な解決を図るだろう。
そうなった場合、ウィニストラがサザベルの持つもので欲しい物といえば、リジェット鉱くらいだろうか。サザベルが欲しがるものといえば、マードリアを乗っ取ろうとするくらいだから領土だろうか。

いざとなったら宰相様を中心に妙案を出してくださるだろうが、そういう面倒なことにならないように、人選や配置など細かく対策する必要がある。
エメルバが「年齢を考え、そろそろ引退も視野に」とか言っていたが、まだまだ引退を許可出来そうにないな。
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