天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第19章 再会の時

18.毒になる声

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今回はディスコーニ視点のお話です。

■■■■■■■■■


シェニカと早めの夕食を終えて拠点に戻ると、会議室の扉の横に、殿下付きの文官ライオットが椅子に座って控えていた。この様子だと、殿下はバルジアラ様のところに逃げ込んで、ライオットに入るなと命じたのだろう。
彼は宰相様から監視役としての強い権限を与えられているから、殿下がそう命じても入室出来ただろうが、グメールとの会談を無事終えたということで、息抜きの時間を作ってあげたようだ。そういう見極めも含め、さすが宰相様から見込まれた有能な部下だと思う。

小さく会釈したライオットに微笑み返して会議室に入ると、殿下は一番奥に置かれたソファに寝そべり、長い棒を左右に大きく振って遊んでいた。その隣にあるテーブルには、山積みの書類を前に静かに苛立っているバルジアラ様が。その手前には自分とバルジアラ様の副官たちが、書類の作成をしたり、フェアニーブに提出する書類の複製などを行っている。
バルジアラ様は書類の決裁なんて正直言ってサボりたいはずだが、殿下の前でサボれば、宰相様に怒られた時の言い訳にされかねないため、真面目にやらざるを得ないようだ。


「ディスコーニ、湿気た顔してどうした? フラれたか?」
「違います」

「んじゃどうした。どうせシェニカ様絡みなんだろ? 恋愛初心者のお前に、俺達がありがたい助言をしてやるから、正直に全部言え」

自分でストレスを発散しようとする上官を見て、自然とため息が出てしまったのだが。思っていた以上に大きなものになってしまい、全員の気を引くことになってしまった。


「…身を引いたほうが良いのではないか、と言われました」

からかう気満々だった上官も、流石に驚いたようで、一気に眉間にシワが寄った。


「どういう意味だ? 上手く行ってるんじゃなかったのか?」

「今は良好な状態に戻っていますから大丈夫と思います。
きっかけは、野次馬の女性たちからの心無い言葉です。注意するほどでもない内容と思いましたが、彼女の辛い記憶と繋がってしまったようで…。
生命の危険に晒される仕事だから、近くで支えてくれる人の方が良いんじゃないか。幸せを願うなら身を引いたほうが良いのではないか、と言われました」

シェニカとの会話はできるだけ自分の胸にだけ留めておきたいのだが、正直なところ、自分の言いたいことだけを一方的に伝えるやり方で良かったのか自信がない。
ありがたい助言をしてくれるならと話したのに、バルジアラ様は答えに困っているようで、眉間にシワを寄せたまま手元の書類に視線を落とした。


「俺。似たようなこと、スァンに言われたことがある」

室内がシンと静まり返る中、寝そべったまま、棒で投釣りの練習を始めた殿下はそう言った。


「殿下はどう答えたのですか?」

「いやだいやだ!結婚してくれ!俺を捨てないでくれ!って泣きながら足に縋り付いて、駄々こねて、土下座した」

「それでよく結婚できましたね…」
「釣りと狩りは粘りが重要だからな」

殿下はそう言うと、よく見えるように右腕を上げ、親指を立てて自慢をしたのだが…。生憎自分には同じようなことは出来そうにない。


「良い返事を貰えるまでは、どうにか極秘に進めることが出来たけど。婚約を発表してからは、貴族の連中から随分と陰湿なことをやられた。発表前に王宮で囲ってたから、直接的なことはされなかったけど、婚約前にスァンのことがバレてたら殺されてたと思う。
連中に出来ることと言えば、教科書どおりの悪口くらいしかないからさ、そんなの雑音だから気にするなよって思ったけど。陰湿な悪意から遠い世界で育ったスァンと、そういうのを見慣れてる俺とじゃ、考え方も感じ方も違ってさ。
解毒出来ないまま毒を浴びせられるから、どんどん元気がなくなって、ふさぎ込むようになって、『殿下に相応しい方はたくさんいます。どうか身を引かせて下さい』って言われた」

「同じですね…」

「スァンが、シェニカ様とはいろんなところが似てるし、すごく気が合うって言ってたから、そういうところも似ているのかもね」

『幸せを願うから身を引く』と考えるのは、逃げているとも言えるが、優しさから来るものだとも思う。共感性が高く、優しいところも魅力なのだが、それを悪意の餌食にされたくない。


「ディスコーニはどう反応したの?」

「自分の気持ちを正直に伝えましたが、それで良かったのか分かりません」

「俺にも何が正しいのか分かんないけど、今できることはそれくらいだから、それで良かったんじゃないかな~って思うぞ」

殿下は上下左右に振っていた棒を腹の上に置き、両手を組んで枕にした。


「スァンはトラウマになっちゃってるから、ちょっとしたキッカケで落ち込んじゃうんだ。そういう時、殻に閉じこもっちゃうから、俺がどんなに励ましてもダメなんだよな。
悪口禁止ってしちゃえば楽なんだろうけど、他人の口を縫い合わせることなんて出来ないし、連中お得意の上げて貶すやり方で来るし。こっちが言ったところで『褒めてるだけですよ』って笑顔で言ってのけるし。

『王族だから守ってもらえる、安全だと慢心するな。悪意の塊になった人間は、笑顔で毒を吐き、裏切り、笑いながら殺した自慢をする。お前は私のようになるなよ』って言われたから、俺が矢面に立ちたいのに。庇い過ぎると最悪の事態になるかもしれないからって止められてさ。歯がゆい思いをしたよ。
スァンのことを考えれば、本当は解放してあげた方が良かったんだろうけど、どうしても手放したくなくてさ。なら、俺が王族やめれば良いんだ!と思って直談判しても、取り合ってもらえなかったし。結局、スァンには随分長い間苦労させちゃった」

「殿下、貴重なお話をありがとうございます。ではバルジアラ様」
「なんだ」

恋愛初心者の私にありがたい助言をしてやると言ったのに、黙ることを選んだ上官に視線を向けると、何を言われるか予想がついているようで、書類から目を離そうとしない。


「シェニカ様を不安にさせたくないので、退役と出国の許可をして下さい」
「んなもん許すわけないだろ。却下だ却下」

「シェニカ様は丁寧な方なので、いろんな人から話を聞くと思います。その真摯な姿勢が」
「言いたいことは分かった。だがダメだ。将軍職だからこそ出来ることもあるだろ」

「それはそうですが…」

やっと視線をこちらに向けた上官は、『許可しないって言ってるだろ。いい加減諦めろ』とばかりに睨んできた。そしてこのやり取りを聞いていた殿下は、小さな声で「この感じ、俺の時と同じ…」と呟き、ガバッと起き上がった。


「俺はディスコーニの味方だぞ!」
「ありがとうございます」

「殿下、あんまりディスコーニを甘やかさないで下さい」
「甘やかしてるんじゃなくて、良き相談相手になったってことだよ。
それにしても、バルは浮いた話ないよね。もういい年なんだから結婚しようぜ!嫁さんと子供がいる生活、いいぞ~!」

「相手が居なければ話になりません」
「バルはいい男なんだけどな~。俺が女だったらすぐ追っかけるぞ。本当にもったいない。
あ、そうだ! ディスコーニ、ヴェンセンクに『殿下は役に立ちました』って、話をちょ~っと盛って良い感じに報告しといてくれない?! あの記録魔が粗探しばっかりするから、帰ったら恐ろしいことになりそうなんだよ」

「分かりました」


ーーお互い手を焼く相手を持つと苦労しますね。上手く操縦する工夫など、意見交換をしませんか。
ーーお力になれるか分かりませんが、ぜひ宰相様のお知恵をお貸し下さい。

以前交わした宰相様との会話を思い出し、どう報告しようかと思いながら、また寝そべって棒で投釣りの練習を再開した殿下を眺めた。
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