天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第20章 渦紋を描く

4.5 叶えたいこと

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■■■前書き■■■
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更新お待たせしました!
今回はディスコーニ視点のお話です。
■■■■■■■■■

ウィニストラとフシュカードは、国交はある程度あるものの、王族同士は友好的ではないし、フシュカードの建国後、数度に渡って侵略戦を仕掛けられている。そんな関係だから、自分が外出しようとすると険悪な空気を漂わせ、どこで何をするのか詰問され、厳重な監視下に置かれてしまうのだが。今回、警備を担当するエラルドたちは友好的な態度を取り、あれこれ世話を焼こうとする。フシュカードはシェニカの情報を欲しているから、彼女が外出しやすい空気を作り、彼女の趣味嗜好を探ろうとしているのだろう。その意図には注意を払わねばならないが、だからと言って彼女を部屋に閉じ込めておくわけにもいかない。
会話は聞かれ、一挙手一投足を監視されるのは気持ちの良いものではないが、それはフシュカードに限らず、他国に行けばどこも同じ。言動に注意すれば大した問題ではないから、今はこうして彼女と自由に動けることに満足しなければ。


「先程は何を買ったのですか?」
「金木犀の匂い袋だよ。嗅いでみる?」

市場への道を歩きながら、さっき立ち寄った装飾品店でシェニカが買ったものについて尋ねると、彼女は水色の生地に黄緑、青、白の小さな水玉模様が描かれた小さな袋を見せてくれた。
あの店には職人が作ったアクセサリーが置いてあったが、隅の方に見習いが作った組紐細工、匂い袋といった工芸品も置いてあった。見習いが作ったものは、左右非対称だったり色の出方にムラがあるなど、職人の物と比べると見劣りするものが多かったが、彼女はそういった部分も味わいだと思うようだ。
彼女と服屋や装飾品店などに行った結果、値段が安くて、独創的というか芸術的なものを好むと分かった。彼女の好みを探ろうとしているものの、自分は芸術には詳しくないから、彼女が選びそうなものを予想できない。でも、『赤い悪魔』は彼女の気にいるドレスを一発で見つけたから、その辺りのことが分かっているのだろう。それが少し悔しい。


「次はどのお店に行きましょうか」
「ディズは何か欲しい物ある?」

自分の欲しいものといえば、シェニカと一緒にいる時間、シェニカとの思い出、シェニカと一緒に過ごす場所、シェニカとお揃いのものなど、彼女に関することしか浮かんでこない。そう思っていると、フッと頭の中に浮かんだ。


「ではノートを一緒に選んでほしいです」

「ノート?」

「シェニカと一緒にやりたいことを考え、それを書き記しておきたいのです」

「やりたいこと?」

「例えば、生息地に行ってオオカミリスの相棒を見つけるとか、アミズに行ってフラワーパフェを食べるとか。一緒にあれこれと考え、夢を膨らませたいのです」

「それ、面白いね!」

「あっちに旅商人が多数来ているようなので、行ってみましょうか」

「うん!」

市場の隣にある広場に行くと、テントの下で店を開いている旅商人たちと客がたくさんいた。装飾品、布地、本などの売り物を眺めながら歩いていると、ペンやインク、便箋といった文房具を扱っている店を見つけたシェニカは、楽しそうに駆け寄って行った。


「可愛いノートがたくさんあるね。どういうノートがいい?」
「そうですね…。私たちを思い浮かべるようなノートがいいです」

シェニカはノートがぎっしりと入った木箱に手を伸ばすと、表紙に小花が隙間なく描かれたノート、大きな一輪の向日葵が描かれたノート、ノーディスという今はもうない国の地図を書いたノートなどを手に取り、興味深そうに見始めた。表紙のデザインやサイズは多種多様で、彼女と一緒に手に取って確認していると、ある1冊を見つけた彼女は目を輝かせながら自分を見た。
このデザインなら彼女が気に入る、と自分でも分かるものだったから、自信を持って頷いた。


「旅をしているようなリスの絵が可愛いですね。これにしましょう」
「うん!絶対これがいいっ!」

そう決めたのは、背に緑の唐草模様の風呂敷を乗せた2匹のリスが、顔を見合わせながら二本足で歩いているという、可愛いイラストが描かれた胸ポケットに入るサイズのノートだ。代金を支払うと、彼女は満足したような笑顔を浮かべ、まっすぐ宿の部屋に戻った。


「さっそく書いてみても良い?」

「もちろん」

「オオカミリスの生息地に行く。これは絶対外せない!」

「そうですね。私もシェニカと行きたいです。ここに『一緒にお酒を飲む』というのも追加していいですか?」

「いいね!あ!ユーリくん!今日もかわいいなぁ…」

ソファに隣り合って座り、2人でノートに書き込んでいると、ユーリがポーチから出てきて、ノートの上をウロウロしながら匂いを嗅ぎ始めた。新しいものの匂いが気になるのか、紙やインクの匂いが気になるのか、彼は紙を見るとこうすることが多い。そんな姿が可愛いようで、シェニカは頬を緩ませ、目にハートを浮かべたように熱心に観察している。そんな可愛い様子を見ていると、こんな表情をエラルドのような国が彼女のために選んだ『贈り者』に向けたら…という不安が頭をよぎった。
エラルドは彼女に意識してもらえるように、行先で利用する宿の案内役を引き受け、シェニカの手を包むようにして部屋の鍵を渡しているが、彼女の心が動く様子はない。その様子には安心するのだが、フェアニーブには彼のような『贈り者』が国の数以上に来るから、彼女の心を掴む人が現れるのではないか、という不安が消えない。
彼女を虜にした男性は、必ず自分とウィニストラに近寄らないように言うだろうが、そんな日が訪れてしまうのだろうか。そう考えた時、自分に背を向け去って行こうとする彼女の姿を具体的に想像してしまい、今にも幻を見そうになってしまった。そんな悲しい想像を頭から追い払おうと、楽しいことを考えることにした。


「アミズでフラワーパフェを食べる、一緒に花畑を見て回る、というのも追加していいですか?」

「花畑を見て回れるの?」

「最近は観光用の花畑を始めたそうです。昼間の花畑ももちろん人気ですが、夜の花畑は薄暗い光を浮かべて、デートスポットにしているそうです」

「夜の花畑かぁ。素敵ね。そういえば、オオカミリスは花も食べることがあるって言ってたっけ。ユーリくんも行ってみたい?」

「チッ!」

ノートに書き込み終え、シェニカの顔を見ると。彼女は手のひらに乗せたユーリを見ながら、鼻の下が伸び、至福の表情のまま意識が遠くなっている。彼女は時々こういう表情をすることがあるが、どんな想像を膨らませているのだろうか。ユーリを話題にしている時に多いから、きっと彼の想像なのだろうが、その中に自分もいたらいいなと思う。そんなことを思いながら観察していると、ユーリは彼女の手からカーペットに飛び降りて、部屋の探検を始めてしまった。


「ウィニストラ以外でやりたいことも書いていい?」
「もちろんです」

彼女がノートに書き込んだ内容を見て、なんて素晴らしいのだろうと心の底からの笑みが出た。


「『温泉に行きたい』ですか。あぁ…。素敵です。とっても素敵です」

「ディズも温泉好き?」

「えぇ。シェニカと温泉に行きたいです」

「ユーリくんも一緒に入ってくれるかな」

「私としかお風呂に入らないのですが、きっとシェニカの頭の上でも蒸気浴してくれると思います」

「頭の上にちょこんと乗ったユーリくん…。蒸気を浴びながら一生懸命毛繕い…」

『一緒にしたいこと』を書くノートに『温泉に行きたい』と書き、風呂場にユーリも誘ってくれているということは。温泉地に行くだけでなく、自分と一緒に温泉に浸かりたいと願ってくれている、ということで良いのだろう。
背中を流し合ったり、肩を並べて湯に浸かったり…。そんなことを考えると、一気にドキドキと胸が高鳴り、鍾乳洞にいた時、彼女の下着に引っかかってしまったユーリの爪を外すため、彼女の肌を見たことを思い出してしまった。
指先が触れただけでも分かるほど、白い肌は柔らかくて…。もっと触れてみたい、柔らかな肌にキスがしたい。邪魔な軍服など脱ぎ捨て、抱きしめて、肌と肌を合わせることが出来たら…と、いろんな欲望と想像が駆け巡ってくる。
彼女の気持ちが自分にある、というのは伝わってくるが、彼女が関係を進めても良いと思っているのかは分からない。でも、一緒に温泉に行きたいと言ってくれるのなら、期待してもいいのだろうか。その時はいつ訪れるのだろう。どういう風な空気で…。あぁ、これ以上考えると表情に出てしまいそうだから、考えるのはやめよう。


「私も書き込ませて下さいね」

「舞踏会でエスコートしたい、ダンスを踊りたい、かぁ。舞踏会に一緒に行くことがあれば、お願いしてもいい?」

「もちろんです。どこかの舞踏会に出ると決まったら教えてください。ウィニストラが招待されていれば、私も参加できるようにしたいと思います」

「開催日直前に決める時もありそうだけど、その時も知らせた方がいい?」

「えぇ。間に合わない時は仕方ありませんが、バルジアラ様と宰相様が都合をつけてくれます。シェニカとの恋を応援する、と言ってくださっているので、気に病む必要はありません」

「色々と気を遣ってもらっているから、そのうちお礼をしないと。あ、そうだ。ノートはどっちが持っておく?」

「シェニカが持っていて下さいませんか?」

「良いの?何書いたか忘れるから、もう1冊買っておく?」

「書いたことは記憶していますから1冊で大丈夫ですよ。思いついたら手紙に書いて送るので、シェニカが書き込んでくれたらと思います」

「うん、わかった。私も思いついたら、書き込んだよって手紙を書くね」

「えぇ、お願いします。次に会った時に2人でノートを見ましょう」

本当はそれぞれが持っていたいのだが。自分が死ぬと、討ち取った相手やトゥーベリアスのような敵対派閥の者に持ち物を奪われる可能性がある。彼らが欲しがるのは自分の持つ彼女の情報だから、出来るだけ自分の頭の中に仕舞っておき、形あるものは管理を厳しくしなければならない。そのため、彼女から届く手紙は、秘密保持のため読み終わり次第焼却した方が良いと分かっているのだが。彼女の気持ちを踏み躙ってしまう気がして出来そうにない。でも彼女からの手紙は欲しい。焼却せずに済むよう、保管方法を考えなければ。


「ディズって記憶力いいんだね。名前や顔とか覚えてる?」

「えぇ、覚えている方だと思います」

「いいな~。私、声をかけられた時に『見たことあるけど、誰だったかな?』なんてことがあるから羨ましいや」

「軍に入ると犯罪者の名前と絵姿を覚えるので、そういうのは得意になったのですが。声を覚えるのは苦手なので、付き合いがあった人でも、声を聞いただけでは記憶と一致しない時があります」

「声?」

「士官学校を卒業して何年か経った時に、お世話になった教官に街中で声をかけられたことがありました。顔も名前も覚えていたのですが、『おーい』と声をかけられるだけでは全く気付かなくて。思い返してみれば、子供の頃に一緒に遊んだ友人らも、名前や顔、会話した内容は覚えていますが、声をまったく思い出せないのです。
誰なのか分かった後も、こんな声だったか不思議に思うことがあるのですが、シェニカの声は心と頭にしっかり刻んでいますから、安心して下さいね」

バルジアラ様やファズたちのような、毎日顔を突き合わせて濃い時間を過ごす関係だと、流石に声も記憶に残ると思うが、しばらく会ってない知人となると、声をかけられてもピンとこない。人の記憶なんてそういうものなのかと思う反面、同じ部隊の仲間達のことは、たとえ約1年の付き合いで長いこと顔を合わせていないラインとダルウェイであっても、声までしっかり記憶に残っている。
どうしてこんな違いが出るのかと考えると、自分が他人に興味を抱かない性格であること、自分にとって大きな影響を与えた人については、その声色も情報として刻まれているからではないかと思っている。



それからしばらく、2人でノートにやりたいことを書いていると、大体のことは書いたようで書き込む回数がめっきり減ってしまった。本当は『愛し合いたい』『シェニカと結婚したい』など踏み込んだことを書きたいのだが、今はまだその時ではないと我慢した。
何年かかっても良いから、このノートに書いたことを1つずつ叶えたい。そうしていけば、きっと将来を誓い合える関係になれると思う。


「こうやってやりたいことを考えるのって、楽しいね」

「シェニカと未来のことをたくさん話せるのは、とても幸せです。あと1つ、書いてもいいですか?」

「もちろん」

一番の願いである『一緒に旅をする』と書き足すと、彼女は「いつか、そうなるといいね」と言って微笑んだ。
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