天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第14章 会いたい人

6.お友達は猛獣

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気持ち悪いオッサンの先導で、薄ピンク色の長く広い廊下を歩いた先にあったのは、他の部屋の扉に比べて一際大きく、鉄の枠で補強された頑丈な木製の扉だった。


「うわぁぁ!すごい!!メーコ、ここ何の部屋なの?」

ギギギ…と重そうな音を立てて扉が開かれると、その先の光景と嗅いだことのある爽やかで甘い匂いに思わず息を呑んだ。
俺の隣にいたシェニカは感嘆の声を上げ、部屋の中に入って先に進むオッサンに小走りで駆け寄った。



ーーなんだここは。本当に雪国のアビテードか?

シェニカの後を追って部屋の中に入った俺は、すぐにたった今入って来たドアを振り返って、ここは雪国アビテードのオッサンの屋敷の中であることを確認した。
目の前に広がる光景が信じられなくて、ここが雪国であることを忘れて、あったかい気候の国にいるんじゃないかと錯覚しそうだ。



「ここは温室よぉ」


「温室?これが?こんなに広いの?この木ってララバの木だよね?ここで育つの?」

オッサンとシェニカに続いて俺も部屋の中に入ってみると、そこは頭の中で想像していた温室とは思えないほどの広大な世界が広がっていた。

部屋に入ってすぐ目の前にあるのは、背が高く大きな葉っぱを茂らせ黄色の実をつけたララバの木の林だ。その林を真っ直ぐ通り抜けるクリーム色の砂地の道が奥へと続いている。
ララバの木は夏のような気候が続く南の国々でよく育つのだが、適度な乾燥と湿度がないと育たないのか、ララバの自生域はトラントくらいまでだろう。

温室とはいえ、寒さの厳しいこの国では育つなんて思えないのだが、嗅いだことのあるこの匂いと目の前にある特徴的なデカイ葉、硬い黄色の実は正真正銘ララバの木だ。



「そうよぉ。ララバのジュースが飲みたくなったから、最近温室で育て始めたのよ♪」


「すごいわ…。温室ってなんでも育つのね」


「やっぱり温度と土壌の管理をしっかりやらないと、上手く育たないわねぇ。特にこの国の土壌じゃ温かい地方の作物が育つには栄養が足りないから、肥料を丁度いい具合に与えないといけなくて手がかかるのよ。
でも、この国じゃ滅多にお目にかかれない野菜や果樹を作ると、みんながとっても喜んでくれるの」


「メーコはみんなのために頑張ってるのね!」


「うふふっ。そう言ってくれてありがとぉ」

ララバの林を通り抜けると、この温室の向こう側にあるはずの壁はなく、そもそもドアも窓もなかったのだが、あり得ない光景に俺もシェニカも立ち止まった。



「なんだこれは…」


「すごい。まるでセゼルに帰ってきたみたい…」

2人で思わず呟いたのは、クリーム色の砂を踏み固めた小道の右側には岩がゴロゴロしている広大な草原地帯が広がり、左側には見渡す限りの麦畑が広がる雪国とは程遠い光景だった。
そして、草原地帯の遥か向こうには、城壁の外の雪一面の銀世界が小さく見えていた。



「うふふ。すごいでしょ?この草原地帯を維持するのは、ララバの林を維持するよりも大変なのよぉ」

温室に入ってララバの林を抜け、ここに来るまでそれなりの距離があったと思うが、入った時からずっと和むようなあったかさが維持されているし、草原の中にはあったかい地方にしかない木々があるし、マールや小魚が泳ぐ池や小川がある。



「メーコがこの温室作ったの…?」

草原の奥へと歩くメーコの後ろ姿を2人で追いかけると、姿は見えないが時折鳥の鳴き声がするし、木や草の陰で野ウサギや野ねずみといった小動物がこちらを警戒しているのが分かる。


「ううん。この温室と屋敷は私の親から受け継いだの。私がやっているのは温室環境の維持と新しい品種の作物を作ることね」


「すごいわ…。メーコが1人でやってるの?」


「温室の主な環境維持は、私とここで働く限られた数人じゃないと出来ないけど、手伝ってもらえることは他の人にもやってもらってるわ」


「あちこちで温室やってるって聞いたけど、温室ってどうやって維持してるの?」


「火や炎、水や風の魔法を使ってやるのが普通だから、黒魔法がある程度使えれば地方の温室くらいなら誰でも管理出来るわね。
でも、王宮やこの温室みたいに大規模になると、黒魔法の細かい微調整が必要になるの。それが結構大変だから、黒魔法の適性が高くて調整に慣れてる人じゃないと出来ないのよ」


「そっか~。メーコがやることが出来たって言ってたのは、このことだったの?」


「そうなのよぉ。あの時は任せてた人が逝っちゃって、この環境を維持できる人が居なくなっちゃったの。この温室がダメになるのはマズイから、国王陛下から直接帰ってきてとお願いされちゃったのぉ」

シェニカとオッサンの会話を聞き流しながら状況を確認してみると、草原地帯と麦畑が終わった先に家2軒分くらいの低木が広がっている。さらにその先にある銀世界は、外から見た城壁が欠けた場所だ。
せっかくあっためた温度を逃がすようにポッカリと空間が空いていて、そこから冷たい空気とチラチラと雪が入ってきているのだが、草原、麦畑の境に来る頃にはそういう冷たさや雪は感じなくなっているのだろう。



空気の循環のために、わざと城壁を取り除いているのだろうか。
だが、城壁といえば街を守る要。しかもここは王宮のある首都で貴族の屋敷の中に繋がる場所。そんな場所の城壁が欠けている場所は、城門よりも真っ先に敵の侵攻を受ける。

いくら戦争をやってないとはいえ、これで大丈夫なのか?待てよ。ここ貴族の屋敷ってことは、このオッサンが貴族ってことか?ありえねぇ~。



「本当にすごいわ…。雪国でララバや草原、麦畑を見るなんて思わなかったわ」


「でしょう?ここに帰ってきた時は私1人だったから、この環境を維持するのには苦労したのよ。特に小麦はこの温室じゃないと育てられないから、最初に収穫した時はパンが食べられるってみんなが大喜びしたわ!」


「へぇ!流石メーコね!もしかしてあの子達はここで生活してるの?」


「そうよぉ~。みんなぁ!ここに集まってぇ」

オッサンの掛け声を聞いたのか、温室のあちこちから一斉にデカイ気配が集まり出した。


ーーおい。なんだこれは…。

その集まったメンツを見て、俺は今日1番の驚きで痛いくらいに目を見開いてしまった。



草原の奥から現れたのは、虎特有の黄色に黒の縞模様ではなく、血を浴びたような赤に白い縞々が入った獰猛な赤虎。

艶々とした黒い体毛に覆われた、額に一角獣のような長く白いツノが突き出たレオンのようなデカイ体躯の鬼熊。

大きさは1番小さいが、それでも俺の剣と同じくらいの長さがあり、装甲のようなゴツゴツした体表を持ち、ワニにしてはスリムな体型の割に、他の動物と遜色ないくらい走るのが速いヘビワニ。

身体についた雪をふるい落すように、銀世界からクルクルと旋回しながら飛んで来たのは、神話の朱雀のように赤と緑の派手な尾羽と左右に同色の飾り羽を持ち、成人の男すら持ち上げる強靭な脚力と鋭い鉤爪、高い頭脳を持つ超貴重生物のスザクワシ。

雪を身体に乗せたままの、灰色と白の混ざり合った体毛と首元にはライオンのようなふっさふさの立派なたてがみが綺麗なのに目つきがヤバイ獅子狼。


スザクワシとヘビワニは太い片脚に細い足輪、他の3匹は耳に小さなイヤーカーフをつけている。その装飾品は、形はそれぞれ多少の違いはあるが、全部に共通するのは精巧な装飾が施された金の細いプレートに小さなガラスの塊が嵌められていることだ。
こんだけの猛獣が同じ飾りをつけているってことは、首輪代わりの『所有されていることの証』ってことだろうか。


個性が強すぎる動物が手を伸ばせば届く所に集まっているのに、互いに意識することも誰かに威嚇することもなくオッサンとシェニカを見ている。シェニカの隣にいる俺なんてまるで無視だ。



「わぁぁ!!!キャンディちゃんだよね?おっきくなったねぇ!私のこと覚えてる?」


ーーキャンディちゃんって…。どー見ても虎だぞ。それも普通の虎より危険な赤虎。お前、喰われるぞ。

と、思ったらシェニカが無防備に虎に近付くと、なぜか虎の方がゴロゴロと盛大な音量で喉を鳴らしながらシェニカに巨体を擦りつけ始めた。額を擦り付けるだけでもすごい力なのか、立ったままのシェニカはグラグラと揺れている。



「キャンディちゃん、覚えてくれてたんだね!」

シェニカが虎の頭を高速で撫で回していると、虎はそれが気持ちが良いらしく、目を細めて大人しく撫で回されている。


「この子だけじゃなく、みんなちゃーんと覚えてるはずよぉ?」


「本当?じゃあ、もしかしてこっちの子はメロディちゃん?!見ない間に立派なスザクワシになったねぇ。初めて会った時はピヨピヨさんだったのに」

近くの岩の上に降り立っていたスザクワシは、バサバサとデカイ翼をはためかせて虎の上に飛んで移動すると、『ギッギッ!』と短く鳴いて大きな翼を広げてその体躯をシェニカに自慢したように見えた。
翼を広げたその大きさは、俺が手を上げて寝そべったくらいの大きさだ。


「随分と豪華でカッコいい姿になったねぇ。ピヨピヨの時は朱色一色だったのに。懐かしいねぇ」


「ギッギィ~」

シェニカが伸ばした手に嬉しそうに頬を寄せたスザクワシは、バサバサと大きな音を立ててはためいていたが、背中に乗られた赤虎は慣れているのか嫌がる素振りも身体が揺れることもなかった。



「こっちのワニはリボンちゃん?前はプニプニだったのに細長くなったねぇ。カッコいい!あ、こっちにくる?」

スザクワシと戯れているシェニカに近寄ってきたワニはシェニカの足元で器用に立ち上がると、抱っこを強請る子供のように足に縋り付いた。


「んぎぎぎぎ……お、重い…」

鋭い爪がシェニカの旅装束にひっかかりそうなのに、ワニが気を付けているのか、シェニカが重そうに抱き上げようとしている時も引っかかることはなかった。


「うっ…。リボンちゃんごめん。私じゃ抱き上げるのは無理そうだから座っちゃうね。お膝においで」

ワニを抱え上げられなかったシェニカが草原に座ると、ワニはシェニカの膝の上に顔を乗せ、くつろいだのかピタリと動かなくなった。シェニカの左には、スザクワシを乗せたままの赤虎が陣取った。


座ったシェニカの背中に頭をなすりつけて来たのは獅子狼で、振り返ったシェニカの頬をペロリと舐め上げた。


「んわっ!このもふもふの毛はポフィちゃん?君もカッコよくなっちゃって。ヨシヨシ!いい子いい子!あ、たてがみ触らせてくれるの?約束覚えててくれたのかな?えらいねぇ」

シェニカにワサワサとたてがみを撫でられた獅子狼は、嬉しそうに身体を擦り寄せながらシェニカの右隣に座った。それに名前がポフィって…。普通の狼よりも身体がデカくて強い獅子狼だぞ。もう少しかっこいい名前にしてやれよ。


「こっちの熊さんはもしかしてシフォンちゃん?すっかりツノも伸びて大人になっちゃって!」

シェニカの正面にのっしのっしと威厳と王者の風格を纏いながら歩いて来たのは、黒光りする毛に覆われた鬼熊だ。最近その白いツノで獲物を刺したのだろう。ツノの生え際の黒い毛には、赤い血がこびりついているのが分かる。

熊が自分のツノが当たらないように顔を背けながらシェニカの鼻先まで顔を近づけると、シェニカは獅子狼を撫で回していた手を今度は熊に伸ばして撫で始めた。



シェニカの膝の上にはヘビワニ、左にはスザクワシを乗せた赤虎、右には獅子狼、目の前には鬼熊。側から見れば猛獣に取り囲まれて今にも襲われる寸前だが、どうやらこの猛獣たちは安全…らしい。

シェニカが嬉しそうに猛獣達を撫で回しているが、どの動物も逃げたり嫌がる素振りを見せないし、全く嫌そうな顔をしない。それどころか完全に服従している感じがする。
どれも個性が強すぎる絶滅危惧種の猛獣だが、こんなに人に慣れるものだろうか。



「みんな覚えてくれてて嬉しいわ!相変わらず人懐っこいねぇ」


「んもぉ、ここにいる子はシェニカだから懐いているのよ?」


「そうなの?あの時はみんな可愛い子供だったのに、ちょっと見ない間でこんなに立派になっちゃったのね!みんなカッコいい装飾品をつけてるのね。メーコに買ってもらったの?」


「シェニカのカケラは足輪やイヤーカーフに加工したの。みんな気に入っているのよ」

シェニカの目の前にいた鬼熊がオッサンの目の前に移動すると、オッサンが蹲った鬼熊の背中に腰掛けた。
巨体のオッサンだから体重も重いはずなのに、オッサンよりも更に巨体な鬼熊だからなのか涼しい顔をして大人しく椅子になっている。



「メーコがお世話してるの?」


「ん~ん。私のモットーは、『働かざる者食うべからず』だから、みんな自分のご飯は狩りに行って、寝床は自分で決めているのよ」


「へぇ~!そっかぁ!みんな狩りが上手くなったんだねぇ。えらいわ。お外に狩りに行ったら寒くない?」

シェニカがそう言いながら周囲に居る5匹の猛獣たちを順番に撫でると、撫でられた奴らは照れたような素振りをした…気がした。



「まぁ、ポフィとメロディ以外は寒いのは苦手な環境で育つものだなんだけど、温室で擬似環境は整備してるのに、いつのまにかみんな寒い環境でも大丈夫になったのよ。慣れって凄いわぁ」


「メーコの特訓って凄いんだねぇ。みんな元気そうで良かった。怪我はしてないかな?」

俺がこの中で1番貴重でカッコいいスザクワシに触ろうと近づくと。



「ギギギ!!」

スザクワシは虎に乗ったまま大きな翼を広げ、俺に威嚇してきた。
このスザクワシだけじゃない。シェニカの膝の上でダラリとしていたヘビワニも、オッサンが乗った鬼熊も、のんびりしていた獅子狼と赤虎も俺を向いて牙を向いて威嚇している。

これだけのメンツが一気に襲ってきたら、俺でも流石にやばい。
絶滅危惧種は世界共通の保護対象で、乱獲だけでなく意味のない攻撃をしようものなら俺が密猟者となってしまい、今いるアビテードだけでなく世界中でお尋ね者になる。
ここで手を出せば俺はお尋ね者になって護衛は解雇され、動物好きのシェニカに嫌われた上に別れを言い渡されるかもしれない。それはなんとしても避けたい。


「残念だけどぉ、私とシェニカじゃないと懐かないし触らせないわよ」


「そうなの?」

ワニを撫で回しているシェニカは不思議そうにオッサンにそう問いかけた。これだけの猛獣を懐かせているお前もオッサンも普通じゃないと思うぞ。


「この子達は私のところにいても、殆ど野生の状態だからとっても警戒心が強いの。この温室によく出入りする子達がいるんだけど、襲いかかることはしなくても触らせたりしないわ」


「そっかぁ。みんな、ルクトは目つきは悪いけど本当は優しい人だから、そのうち仲良くしてあげてね」

シェニカがそう言うと、猛獣達は威嚇する動作を止めて興味を失くしたように俺から目を逸らし、オッサンやシェニカに視線を移していった。

どうやら人間の言葉は正確に理解しているらしい。




「私、あれからお供とか将来のハーレム牧場を作りたくて見つけた可愛い子には全員ナンパしてるんだけど、なかなか上手くいかないんだ。なんかコツとかあるかなぁ?やっぱり動物の気持ちがわからないとダメなのかなぁ」

ちょっと待て。ハーレム牧場?なんだそりゃ。初めて聞いたぞ。こいつの動物ナンパは、もしかしてこいつのせいか?


「そおねぇ。この子達みたいに保護して懐くのはマレなことだから、例外としてぇ。動物は力でねじ伏せて服従させるのが良いけど、非力なシェニカには向かないわねぇ。
だから、手当たり次第じゃなくて『この子っ!』って直感した子だけに一途にアプローチしたらどうかしらぁ?どんなにツンツンしている子でも、一途でアツ~イ想いはきっと届くわぁ。まぁ、何回か痛い思いするかもしれないけど」


「そっかぁ!手当たり次第がダメだったのね!私、今度から一目惚れした子に熱烈アピールして猛アタックしてみる!噛まれても引っかかれても魔法で治療すればオッケーだもんね!」


「うんうん!良いわねぇ。そういうシェニカの純粋で変わったベクトルの一生懸命な感じ、私、だぁぃ好き!」


「私も強くて優しくて乙女なメーコがだぁぃ好きっ!あ、みんなも大好きよ!」

このオッサンのどこが乙女なんだろうか。あいつの頭と目は大丈夫だろうか。



「アンタが飼い主だから懐くのは分かるけど、なんでこいつに懐いてるんだよ」

オッサンにそう声をかけると、オッサンは椅子にしている鬼熊の頭をポンポンと叩いた。



「ここにいる子は狩りもできない子供の時に私とシェニカが保護したの。それ以降、この子達は私と同じ『上位の者』だと思ってるのよぉ」


ーーシェニカを『上位の者』と認識してる?
オッサンが言ったようにシェニカは非力だから、猛獣の子供でも力でねじ伏せるのは無理だし、いかに知能が高い猛獣でも身分なんて分からない動物だぞ。

このヤバイオッサンなら力でねじ伏せて服従させたんだろうと分かるが、こいつらにどうやって教え込ませるんだよ。




「そうだ。今日うちに泊まってく?」


「えっ!良いの?折角だし、甘えちゃおうかな!」


ーーちょっと待て。この家の部屋って絶対ピンク一色だろ。なんで俺に一言言わずに勝手に決めてるんだよ。ピンクだらけだと、俺の気が滅入りそうだから宿に戻るべきだ。



「ウチならお部屋でもみんなと一緒に寝られるわよ?」


「そうなの?でも昔みたいにテントで寝たいな。みんなもそう思わない?」

シェニカがそう言って周囲の5匹に声をかけると、獅子狼は甘えたようにクゥィーンと高い声を鳴らすし、赤虎はシェニカの左肩に頭を豪快にすり寄せていた。どうやらシェニカの意見に賛成らしい。


「分かったわ。じゃあテントを用意させるわね。ターニー」

オッサンが名前を呼ぶと、応接間で茶を出した執事服の男がどこからともなく一瞬で俺の後ろに現れた。


長い黒髪を後ろに緩く束ねた細身の男は、真顔で恭しくオッサンに向かって45度に腰を折ると、そのままの姿勢で止まっている。
この男は現れるまで気配が全く感じられなかった。俺に気配を気取らせないなんて一体何者なんだ?



「今日は2人がここに泊まることになったの。ここでテントを張って寝るから、テントは2つ準備して。それから、2人の取ってる宿屋をキャンセルして荷物も持ってきてちょうだい」


「かしこまりました」

オッサンがそう言うと、ターニーと呼ばれた男は身体をピンと見えない糸で吊り上げられたかのような真っ直ぐな姿勢を取って、ゆっくりと温室の入り口の方へ歩いて行った。



「テントが2つってことは、あんたもここで寝んのか?」


「何言ってんのよ。シェニカと貴方の分よ。いくら恋人とは言え、私の家で同じ部屋はダメよぉ?
それに、この子達はシェニカには絶対危害を加えないけど、貴方には保証できないから別のテントよ」


「私、久しぶりにみんなに会ったんだもの。だから今回はみんなと一緒に居させてね」

俺がシェニカに言い返そうとすると、鬼熊に乗ったままのオッサンが目で『黙ってろ』と露骨に威圧してくる。同時に5匹の猛獣も俺に鋭い視線を向けていて、同じことを言っている気がする。
例え黒魔法や剣で攻撃してもそう簡単には倒せないクラスの猛獣だらけだし、かなり強いオッサンがいるから、悔しいがここは大人しくするしかなかった。

それからしばらくシェニカと戯れていた猛獣たちは、何かの時間なのかシェニカからゆっくりと離れると草原や城壁の外へとそれぞれ消えていった。



「あ、なんかみんな行っちゃった」


「みんなやることがあるみたいね。私達も一度応接間に戻りましょう」

温室を出てまた応接間に戻ると、ターニーと呼ばれた執事が暖かな湯気が上がる茶を持ってきた。こいつが持ってきたと思われる俺達の荷物が、部屋の隅にある小さなローテーブルの上に置かれていた。



「ねぇ。メーコ。メーコも日焼けとか火傷って重症化しやすいの?」

最初と同じようにテーブルを挟んで向かい合うように座ると、シェニカはティーカップを持ってフーフーと冷ましながらオッサンにそう声をかけた。


この国出身の奴だから、このオッサンも弱点は火や炎だろうか。是非ともこいつの弱点は知っておきたい。
そう思ってピンクに囲まれて精神疲労がじわじわと襲ってくる中、俺は俯いて茶を少しずつ飲みながらオッサンの返事に耳を立てた。



「ん~昔はそうだったけど、今じゃ全然問題ないわ」


「どうやって克服したの?」


「慣れかしらぁ。この国の人達は基本的に国の外に出ないから、重症化しやすい体質は滅多に変わらないけど、私みたいに長期間外に出ていると身体が慣れちゃうみたいで、いつの間にか大丈夫になってたわ。まぁ、それでも個人差は大きいから、日焼けは大丈夫になっても火傷が重症化しやすい人もいたけどねぇ」


「そっか。メーコってやっぱり身体が頑丈なんだね。羨ましい」


「んもぉシェニカったら褒めすぎよぉ。私はシェニカみたいな非力な感じが羨ましいわぁ。シェニカみたいに守ってあげたくなる感じって憧れちゃう!」

オッサンは胸の前で手を組んでクネクネと身体を動かしたが、それがものすごく気持ち悪い。
だが、この部屋に戻ってからずっと精神疲労が続いている俺には、それを口に出すだけの余力はなかった。


この2人の会話を聞いていると、何もしていないのにどっぷりと疲れてくるから、俺はまた思考を閉じて貝になった。

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