天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第14章 会いたい人

7.名誉な愛人

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「ルクト~。ねぇ、ご飯を食べに温室に行くよ」


「あ?温室?」

俺の顔を覗き込んだシェニカにハッとして周囲を見渡せば、応接間の窓はすっかり暗闇に包まれていた。どうやらかなりの時間が経っていたらしい。目の前のソファには、あの気持ち悪いオッサンは座っていない。


「もー。ルクトってば、また聞いてなかったの?夕食は、温室で食べられるようにセッティングしてくれたんだよ。ほら、早く行こ行こっ!」

廊下で待っていたオッサンが案内した温室の草原地帯には、軍の野営用の背が高い大きなテントが2つ張られているのだが、その色は草原と麦畑の緑色の世界には不釣り合いなピンク色だ。

その異質なテントの近くに、8人は余裕で腰掛けられそうな大きな木製のテーブルと椅子がセットされている。既にテーブルの上には、高級レストラン並に見た目が綺麗な料理が所狭しと並べられていた。



近寄ってみれば食欲を刺激するような美味しそうな匂いがするし、見た目にも豪華な料理が並んでいるのだが、俺とシェニカの席は「隣り合っている」とは言い難い、テーブルの端と端でかなり遠い。
テーブルを挟んで向かい合って座るオッサンは俺達の中間地点にいて、グラスに赤ワインを注ぎ終えた執事を片手で下げさせた。

執事と入れ替わるように現れた猛獣達が、シェニカの足元に集まってきた。
ヘビワニは名前が分からないデカイ魚、スザクワシは数匹の丸々と太ったマール、獅子狼と赤虎は兎、鬼熊はトナカイを口に咥えている。
どうやらこの猛獣達は自分で獲ってきたメシを、わざわざシェニカに自慢しに来たらしい。



「ちゃんと狩りをしてきたんだね。みんなえらいわ。前会った時は、食堂でもらったお肉とかメーコが獲ってきたお魚を食べてたのにねぇ。本当に大きくなっちゃって…」


「まったくこの子達はシェニカに褒められて嬉しそうねぇ。さ、私達も頂きましょう」


「私、お腹ペコペコだったの。いっただっきま~す!」

シェニカが食べ始めると、5匹はシェニカの足元に陣取ったまま口に咥えていた獲物をガツガツ食べ始めた。


血生臭い光景と血の匂いが漂っているのだが、シェニカはまったく気にしていない。それどころか、微笑ましく眺めて普通にメシを食ってる。こいつ、意外とタフだなぁ。



「メーコってこんなに大きなお屋敷に住んでるなんて知らなかった。貴族だったのね。そんな振る舞いしてるの見たことないから驚いちゃった」


「ん~。まぁ、うちは一応貴族なんだけど、この国で貴族って言ってもせいぜい広い土地と温室を管理してるってだけで、他の国の貴族とはちょっと違うからねぇ。今まで貴族って身分を考えて行動したことなんてなかったもの」


「そっかぁ。そうだ。メーコは結婚はしないの?あ、恋人出来た?」

シェニカは美味しそうに目の前のご馳走を頬張りながら、オッサンに嬉しそうに問いかけた。
その問いかけの内容に、俺はせっかく美味い味が染み渡った喉の奥から、その美味しさすら吐き出すような深い溜め息を出してしまった。



「私に結婚しようって言ってくれる人、なかなかいないのぉ」

オッサンはそう言って憂いた表情をしたが、そもそもこいつの性別はどう見ても男だ。男のこいつと結婚出来るのは性別が女だけだが、こんな気持ち悪い巨漢のオネエに誰が結婚を申し込むんだよ。


俺は心の中でそうツッコミながら、ただ無心に目の前の美味い飯を食べ続けた。

俺の後ろに広がるテントは置いといて、ピンクがない緑に囲まれた景色はなんて目に良いんだろう。精神疲労も随分と穏やかなもんで済む。この温室は温度だけでなくそよぐ風も計算されているのか、麦畑のシャラシャラと風に鳴る音もとても気持ちいい。俺はこの屋敷に来て今が1番落ち着いている気がする。



「メーコってば可愛いのにもったいない。それでそれで!?好きな人はいるの?メーコの恋バナも聞きたいっ!私が恋バナできるようになったから、教えてくれるって約束したの覚えてるよっ!」

俺の爽やかな世界が崩れる話が始まりそうだったから、俺は口だけ動かしながら意識を遮断した。



「んもう、シェニカったら落ち着いて。また鼻血出しちゃうわよ?
約束だから教えてあげるわよぉ。ずっと前から好きな人達はいるんだけど、なかなか振り向いてくれないの」


「好きな人達ってことはいっぱいいるの?」


「うふふっ!そうよ。いっぱいいるんだけど、アプローチしてみてもなかなか上手くいかなくって。そうこうしてたら、相手が結婚しちゃったりしてねぇ。結婚しちゃったら諦めるしかないじゃない?
まだ未婚の人はいっぱいいるからもっとアプローチしたかったんだけどぉ。色々やりたいことがあったから私は引退しちゃったし、結局こっちに帰ってきちゃったから全然進展はないわぁ。遠距離で片想いのままよ」


「そっかぁ。メーコったら、いい人をいっぱい見つけてたなんて!羨ましいっ!」


「シェニカは私よりもイイ男との出会いがあるでしょう?羨ましいわぁ。『白い渡り鳥』なら王族と違っていつだって公然と何人も恋人が持てるんだから、シェニカもどんどん恋愛するといいわ!恋をする度に女は綺麗になるのよ♪」


「そうなのかなぁ。私は1人で良いよ。複数の人と同時になんて器用な事出来ないし。でも、メーコはいつも恋をしてるから、そんなに可愛いの?」



少し意識が戻ってしまった時にこの発言を聞いてしまったが、こいつ頭は大丈夫だろうか。このオネエなオッサンは可愛くない。気持ち悪い。

そう言えば。このオッサン、『白い渡り鳥』なら王族と違っていつだって公然と何人も恋人が持てると言った気がしたが、王族と『白い渡り鳥』とでは何が違うんだろうか。
確かに『白い渡り鳥』は異性の護衛を多く侍らせてはイチャイチャしている、とはよく聞く話だが、シェニカの恋人はこれから先も俺だけなんだし、別に知る必要はないか。


オッサンが返事をする前にさっさと意識を遮断しなければ。



「うふふっ!そう言ってくれるのはシェニカくらいよぉ。身内のあの子でさえ、私と一緒にいるのは嫌とか、関係は他言するなってうるさくって。
それにこっちは心配してるのに、あの子ってばちっとも帰ってこないのよ?たまには顔が見たいわってフィラを飛ばしても、『そのうち』とか『今、忙しいから』とか言ってつれない返事しかくれないの」


「そっかぁ。寂しいね。メーコはこんなに出来たお姉ちゃんなのになぁ」


「シェニカもどこかで会ったら里帰りしてって言っておいて」


「うん!分かった!」


「そぉだ」

シェニカがそう力強く頷くと、オッサンは持っていたフォークとナイフを置いて、赤ワインの入ったグラスを一口飲んだ。

オッサンの声が大きくて、俺の意識がまた戻されてしまった。



「シェニカはあんまり一途過ぎてもダメよぉ?」


「なんで?」


「一途過ぎて1人に全部をあげてたら、こーゆー男は調子に乗って必ずシェニカを泣かせるわ。だからあんまり依存し過ぎちゃダ~メ」

おい。余計なこと言うなよ。こいつは俺だけを見て、俺だけを想っていれば良いんだよ。それだけ俺もこいつも想い合って共存してるんだ。依存させてなにが悪い。



「そうなのかなぁ。私、1人だけで良いと思うんだけど」


「シェニカみたいな真面目なタイプは、1人に固執すると世界が狭くなるから複数の相手を持った方が良いわ。結婚前には恋人がたくさんいるのが普通で、結婚しても複数の愛人がいるのが当たり前っていう、不倫とも浮気とも言われない公然の特権があるんだから、それをフルに使っても良いじゃない。
身分の高い者の恋人や愛人になるってことはとても名誉なことなのよ?優秀だからこそ多くの人から愛を享受して、色んな形でそれに報いるのよ」


「うーん…。そうなのかなぁ」


「シェニカ、良~い?条件は違うけど、どうして王族や『白い渡り鳥』が公然と愛人を持つのが認められているか分かる?」


「身分が高いことを良いことに、好色な人がそういうのを言い出したとか?」


「違うわよぉ。色んな相手との間に子供を作って優秀なその血を偏り無く残していくって目的もあるけど、事実はどうであれ『白い渡り鳥様の恋人』や『白い渡り鳥様の愛人』『王族の愛人』という肩書きを与えて、『白い渡り鳥』や王族の後見を受けて活躍の場を与え、その肩書きでその人を守ることが出来るからよ」


「どういうこと?」


「例えば、平民出身ながらも優秀な交渉術と話術を持つ男が居たとするわよ?その人がどんだけ優秀な能力を持っていても、身分がないから宰相や大臣にはなることは絶望的よ。貴族の身分は基本的に世襲していくものだし、貴族同士で婚姻関係を結んでいくから、国王に貴族の身分を与えられない限り貴族にはなれない。

その人が何かのきっかけで素晴らしい成果を挙げて、国王が貴族の身分を与えようとしても、新しい貴族の身分を受ける者がいるってことは、誰かの領地が減るってことよね。王族が臣籍に降りて公爵の地位を受け、領地を譲るのは既存の貴族達は納得するけど、平民出身の貴族が増えること嫌がるの。ここまでは分かる?」


「うん」


「その人が優秀であればあるだけ貴族達の嫉妬を買って悪評を立てられたり、嫌がらせをされたり、最悪暗殺されたりすることだってあるの。国のことを考えるのが国王だから、優秀な人には活躍の場を与えたいのに発言力のある貴族達の反感を買いたくなくてなかなか手が打てない。強引にやれば政治不安やクーデターの種になることだってある。
そういう時、その人を未婚の状態にして子を産んだ王族の愛人ってことにしてしまえば、身分は平民のままでも堂々と王宮に出入り出来て国王の近くにもいれるし、愛人を持てるのは王族に当然に認められたことなのだから文句も言えない。
その人が国王に色んなことを助言して良い実績を重ねて活躍していけば、当然貴族達は疎ましく思うけど、暗殺や嫌がらせなんてしようものなら、王族への反逆と同義と見られることだってある。

こうやって『恋人』や『愛人』にすることでその人に活躍の場所を与え、守ることになる場合だってあるのよ。だから別に本当に恋人や愛人になる必要はない『名ばかりの』恋人や愛人でも良いのよ」


「そう…なんだ。初めて聞いた」


「貴族の間で大流行中の同時進行恋愛の元になった小説は、高い能力はあるのに身分のない平民の男が、出世するために能力を買ってくれた国王に勧められて、子育てで大奮闘中の王女と名ばかりの『愛人』になるの。そして様々な困難を乗り越えて、最後は貴族の地位を与えられて愛人を返上し、ずっと支えてくれた女の子と結婚するっていう話だったのよ?」


「そうなの?私、あの小説を読んでないから知らなかった。メーコは読んだの?」


「もちろん読んだわよぉ。この話は、身分の低い者を守り、活躍の場を与えるためだけに名ばかりの『愛人』を持つことにした王女と、それを広い心で受け入れたその夫の隣国の王子を始めとした王族の包容力の広さ、そして身分の高い者が持つ特権をフルに活用したサクセスストーリーなのよ。

この話に憧れを持った貴族達がその王族を自分達に置き換えて、自分よりも身分の低い相手を恋人にする『ごっこ遊び』をしているのよ。
爵位が高い者ほど多くの恋人たちを持って、多数の恋人を受け入れられる自分が広い包容力を持ってるとか、高い身分を持っているんだと誇示し始めたの。
でも王族と違って結婚前に限っての話だから、結婚後も関係が切れなかったら『上の身分を持つ者として、ごっこ遊びで付き合った相手に執着するなら、その身分を持つだけの資格はない。恋人たちの中でも身分が1番低い者と同格だ』って冷たい目で見られることになるのよ」


「そういう理由だったんだ。毎回貴族には生まれた子供の親鑑定ばっかりで、その小説を読む気にもならなかったわ」


「シェニカが思ってるほどあの小説は悪いことは書いていないのよ。機会があれば一度読んでみなさい?」


「うーん。気が向いたら…。私には名ばかりでも他の相手を持つって抵抗あるもの」


「まぁ、シェニカにとってみれば初めての相手だから、今はその男だけしか見えないってことも仕方のないことだとは思うけど、そういうこともあるってことを覚えていなさい。シェニカは王族と違って条件無く恋人や愛人を持てるんだから。さ、そろそろお風呂にしましょ。案内するわ」



全員が食事を終えると、オッサンの先導で温室を出て屋敷の奥にある浴室に案内されたのだが、その間、ずーっと5匹の猛獣達がシェニカを取り囲んでいて、俺は全然近付けない。これじゃまるで護衛の仕事を猛獣達に取られてしまったかのようだ。

普通なら動物だろうが俺とシェニカの間に入るのは腹立たしくも思うのだが、なにせ屋敷の中は廊下も壁もピンク一色。精神疲労が再び襲ってきて腹立たしく思う気持ちも起きない。


それに、この5匹は俺がガキの頃に頭に焼き付けるように見た動物図鑑に載っていた、知能が高く人に懐くことがない絶滅危惧種の猛獣として紹介されていた滅多に見れない貴重な動物だから、俺の場所を取られても多少は許せる気がする。

どこの誰に需要があるのか知らないが、生体ならかなりの高値で闇取引で売買されるらしいが、死体には価値なしとして値がつかないらしい。知能が高いこいつらを生け捕りにしようと罠を張ってもそう簡単にはかからないから、生け捕りにするのはものすごく難しい。
結局生け捕りに出来なかった密猟者が襲われた時に、黒魔法や剣で殺してしまうから個体数が減っているらしい。

だから、絶滅危惧種の生息地のある国では国の威信をかけて保護をしていているはずなのに、なぜこんな雪国に5種類もいるんだろうか…。



「さ、ここがお風呂よ。ゆっくりと浸かって温まってねぇ♪ポフィ、2人がお風呂から上がったら教えてね」

オッサンが廊下の1番奥にあった2つの浴室の扉の前まで案内すると、獅子狼にそう言って頭を一撫でして廊下の奥へと戻って行った。



「ちょっと長風呂になるかもしれないけど、みんなはここで待っててね。じゃ、ルクトまた後でね」


「あぁ」

本当なら色々と言いたいこともあるはずなのだが、どうにもこの屋敷は俺のやる気を削いでいくから、何も言う気が起きなくなってくる。こんな危険な屋敷はさっさと出ていくべきだと思う。明日にはここを出たい。


そんなことを思いながら相変わらずのピンク一色の脱衣所で服を脱いで風呂場に行ったのだが、やっぱり風呂場の床と壁のタイルも、陶器の浴槽もそこに浮かべられた薔薇も、何もかも全てピンク。
ピンク色と一言で言っても、目がチカチカするようなショッキングピンクがあったり、オレンジが混ざったようなサーモンピンクや、赤と混じり合ったようなローズピンクもある。
他にも形容し難いようなピンク色が、タイルや絵の色使いなどであちこち感じられて、そのピンクの種類の豊富さに感心せざるを得ない。

ピンクじゃない色なんて、床と壁のタイルの間の白い接着部分と浴槽に描かれた薔薇の縁取りの赤か白、天井の丸太の木の色くらいだ。ピンクしかない空間にいると、気がおかしくなりそうだし白い壁や草原の緑色が恋しくなる。


俺が4人は入れるくらい広々とした風呂だったが、全然ゆっくり出来なかった俺はさっさと浴室から出た。シェニカが使っている浴室のドアの前には、5匹の猛獣が寝そべって寛いでいる。どうやらシェニカはまだ風呂でゆっくりしているらしい。
やることがない俺は、浴室の前にいつの間にか置いてあった椅子に座り、この絶滅危惧種の中でも特に希少な、屋敷の中では熊の背中の上に止まって移動していたスザクワシを観察し始めた。


このスザクワシはどんな気候でも生きていけるが、巣を作るのは寒い場所と言われている。
だから標高の高い山があるドルトネア領の中でも、北にある1番標高が高い山が巣があると言われているが、一度も見聞きしたことがない。
スザクワシの保護国であるドルトネアの中では、こいつは畏怖と敬愛の象徴のような扱いで、国旗にもこのスザクワシが描かれているくらい憧れの存在だ。

なのに、まさかこんな雪国のオネエのオッサンの家で、しかもシェニカに懐いている状態で出会えるとは思っても見なかった。
一度で良いからシェニカみたいにこのスザクワシを撫でてみたい。撫でるのが無理ならその立派な翼や尾羽、飾り羽に触れてみたい。

そんなことを思っていると、俺の視線が気になってきたのか、目を閉じて寛いでいた5匹の猛獣達が次々に目を開けて俺をジッと見始めた。その目は『なんだよ。喧嘩売ってんのか?』『ジロジロ見てんじゃねぇよ』と、ものすごく不快な気持ちを伝えてくる。
シェニカなんて毎回、犬や羊、馬、牛とか手当たり次第にナンパしてはフラレまくっているのに、なんでこんな猛獣達に好かれてるんだよ…。普通逆だろ。



俺と猛獣達の睨み合いのような状態がしばらく続いていると、5匹が同時に俺から視線を反らして浴室の方を向いた。どうしたのかと思っていると、シェニカの入った浴室のドアの方で気配が動き始めた。どうやらシェニカが脱衣所に戻ってきたらしい。
俺よりも先にその気配に気付いた猛獣達に、さすが人間よりも鋭い感覚を持つ動物だと感心していると、獅子狼が寝そべったまま『アオーン』と野太い声で遠吠えを1つした。



「はぁ~。いいお風呂だった!みんな大人しく待っててくれたのね。エライエライ。ポフィちゃん、メーコを呼んでくれたの?前はワン!って言ってたのに、立派な遠吠えが出来るようになったのねぇ」

シェニカは獅子狼を褒めながら撫で回していると、廊下の奥からオッサンが戻ってきた。



「ゆっくり出来たぁ?」


「もちろん!薔薇が浮かんだお風呂なんて贅沢過ぎるわ。ゆっくり堪能させてもらっちゃった!」

温室に戻るオッサンの隣には赤虎が陣取り、オッサンの太い足に頭を擦りつけながら歩いている。このオッサンはガタイが良いから、シェニカみたいに赤虎に擦り寄られても微動だにしないのは流石だ。
シェニカの前には獅子狼、右にはシェニカと同じスピードで身体をくねらせながら移動するヘビワニ、後ろにはスザクワシを背中に載せた鬼熊が陣取っていて、相変わらず俺の居場所は取られたままだ。



「薔薇はこの街の隣りにある貴族の温室で作ってるの。そこの温室で出来る薔薇はとても香りが良くて、大人気なのよ。気に入ってもらえて嬉しいわぁ♪
さ、夜更かしはお肌に悪いから早く寝るのよぉ?みんな、シェニカの護衛をよろしくねっ!」

草原に張られたピンクのテントまで案内したオッサンが去り際に猛獣達にそう声をかけた時、オッサンから俺は護衛じゃなくて『シェニカのおまけ』にしか見えていない扱いを受けた。
それにものすごく腹が立ったのだが、俺の僅かな感情の変化に気付いた5匹が視線だけで俺に威嚇してきた。



「ねぇルクト。メーコって、すっごい可愛いでしょ?私のお姉ちゃんみたいな人で憧れなの。みんなもメーコのこと大好きだもんね~♪」

猛獣達が俺に威嚇する視線を送っていることにまるで気付いていないシェニカは、1番近くにいた獅子狼のふっさふさのたてがみをゴシゴシと撫でてそんなことを言ってきた。こいつのこういう鈍感さはある意味すごいと思う。


「憧れ…ねぇ。まぁ、好きにしてくれ。俺は寝る」


「あれ?もう寝るの?メーコとの乙女な話とか聞きたくない?」


「聞きたくない。ほら、お前も寝ろ」

オッサンの乙女な話なんて聞いても気持ちが悪いだけだ。話の内容を想像するだけでゲンナリする。



「んも~。たまには私の話にも付き合ってくれたら良いのに。おやすみ」

ブスくれるシェニカを可愛いと思いながら結界を張るのを見届けて、それぞれのテントに入った。



「はぁ…。やっぱりここもか」

テントの中に入ると、中の状況を見て俺は大きなため息が漏れた。
ピンクのテントの内側には小さな赤いバラが無数に描かれていて、テントの隅に置かれた寝袋は淡いピンクで薔薇柄。赤で大きなバラが描かれた毛足の長いピンクの毛布、ピンクの薔薇柄のパジャマがその隣に置かれていた。

ピンクだらけで全然休めそうにないが、文句を言った所でオッサンと猛獣達に有頂天のシェニカには俺の声なんて届いていないから、諦めるしかない。



「もうこんなピンクだらけで気持ち悪いオッサンがいる屋敷なんて出たい…」

いつもなら俺がシェニカに『早くここを出よう』と言えばその通りに動くだろうが、そもそも過酷な旅をしてまで会いたかった相手なのだから、俺がそう言ったところでシェニカは簡単には頷かないだろう。
仕方なくピンクの寝袋と毛布に包まれて横になって目を閉じると、食事の席でのオッサンの言葉が思い浮かんできた。



『シェニカみたいな真面目なタイプは、1人に固執すると世界が狭くなるから複数の相手を持った方が良いわ。結婚前には恋人がたくさんいるのが普通で、結婚しても複数の愛人がいるのが当たり前っていう、不倫とも浮気とも言われない公然の特権があるんだから、それをフルに使っても良いじゃない。
身分の高い者の恋人や愛人になるってことはとても名誉なことなのよ?優秀だからこそ多くの人から愛を享受して、色んな形でそれに報いるのよ』


シェニカに俺以外の男を作れと言わんばかりのセリフに、今頃になって腹が立ってきた。
あいつと一緒にいるのも触れるのも俺1人だけで良いから、誰ともつるむことなく一匹狼だった俺が柄にもなく依存させているんだ。何も知らない外野は余計なことは言わずに引っ込んでろ。
そう言い返したくなるが、あの気持ち悪いオッサンに近付きたくないという意識が強くて、どうにも言い返す気力が湧いてこなかった。


ピンク色はもう沢山だ。早くポルペアに向けて出発したい…。
『用事が済んだら早く旅に戻ろう』と明日にはシェニカに言おうと決意した。

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